宇宙世紀0079初頭から続くジオン公国軍と地球連邦軍の攻防は、
最初の一週間で人類の総人口の半数を失ったとも言われる中
双方共に思いも依らない方向で長期戦の様相を見せ膠着状態に移行し
両者の…ジオンにとってはやや分の悪い情勢になりつつある頃…

「クソッ、連邦の奴らめ…手間ァ掛けさせやがってヨォー…
 どこまで流された…?」

戦闘宙域からだいぶ外れてしまったらしいMS-06Fが一機

「こっから…このまま戻れるかな」

搭乗者が周囲を伺う、
すると自機より遙かに地球衛星軌道上の近くにステルス型の中型艦がある、
武装はあるがそう派手ではない、サラミス型でもなければムサイ型でもない、
そしてその上にはMSが一機。
ほぼ漆黒、胸部の一部だけが浅葱色の…

「…05…?
 いや…あんなカスタム聞いたことねー…なんだ?
 肩の多重装甲が頭近くまで覆っているぜぇー…」

その次に「彼」は愕然とした

「いや…そんなことより「あれ」はいつから居た?
 この宙域には何の反応もなかったぜぇー!
 幾らステルス形状の艦とは言え…所属はどこだよォー!?」

その時、そのMS-05を改造したと思われる機体のモノアイが「彼」を向き
プライベート通信で問うてきた。

『ここは現在「掃除区間宙域」よ、戦ってる最中に余計なことは考えられない
 と言っても、母艦に帰られるかどうかってトコロまで流されるようじゃ
 あなたまだ新米ね?』

大人の女の声だった。

「掃除区間宙域…?」

初めて聞く言葉に「彼」が思わず復唱すると

『この船及び私の所属は日本国軍、一応連邦だけれど
 ジオン…サイド3とは古くから付き合いもあるしだいぶ移民も出している
 旧世紀の縛りごとにかこつけて私達は自衛以外の戦いは積極的に行わないわ
 その代わり貴方達や連邦が容赦なくまき散らしてくれてデブリ化して居るモノを
 ある程度まとめて燃え尽きるように地球へ投下するか…
 月のほうで欲しいと言われればそっちへ流すかして居る、そう言う活動』

「連邦である事には変わりはねぇんだなァ-!?」

MS-06Fが機関銃を放つ、MS05改はその公式スペックに見合わない運動性で
母艦から離れ、母艦を含め当たりそうな弾だけを左腕に装備してあった
決して大きくはない盾で受け止め、そしてその黒いシルエットから良く判らなかったが
左手には黒く長い棒のようなモノを持っており、そして右手に銀色の棒を持つ、
即座にそれを構え自分に射てきた!

「弓だってぇェェええーー!?」

彼が驚愕するのも無理はない、この宇宙世紀、そしてモビルスーツが主体となり
武装もほぼ近代的武装の戦いのハズのそこに、そのカスタム05は
火薬を一切使わない手段で自分を射てきた、そして、その一連の動きは速かった。
MS-05とは思えない!

マシンガンで応戦しようとしつつ、どうやら斉射してしまったらしい
矢から庇うように動くと当たった一点から矢はそこを中心に広がり、
間に入念に織り込まれていた薄い膜…いや網? を更に広げながら
その06F型を包み込み、反対側で矢尻部分が合流するとそこが強力な電磁石に
なっているようで動きが取りにくくなる。

「クソッ」

それほど繊維の厚くない網のようなのに自由に動けない、
いつの間にか目の前に05カスタムが居て

『所属はどこ?』

バーニアで焼き切れると言えば焼き切れる、しかしその05カスタム、
腰に原理としてはヒートホークに近いのだろうが、刀まで差していて、
右手でそれを既に自分の機体のパイロット乗り組み部分に当てられていて
スイッチは入れていないが「いつでもやれる」という状態になっていた。

この05カスタム、見た目は胸部と上腕部のみ手を加えているように見えるが
明らかに出力を含め機動力も、関節の滑らかさもその動きの幅の大きさも
手を入れられている、鹵獲したザクの使い回しなどは良く聞く話だが
こんなに手を入れてまで使う理由は何だ?

『…まーあなたも混乱しているでしょうし、帰ったら上官でも
 誰かに聞きなさい、完全中立とは言わないけど、私達は基本
 自衛のためにしか戦わないし、宇宙の掃除屋をやる事で国際貢献
 って形で見逃して貰ってるのよ』

女の05の方に通信が入ってるのが聞こえる。

『もう帰る燃料もキビシイでしょう、あなたの母艦らしきを仲間が見つけたから…』

05が網に捉えられた06Fを思い切り蹴りながら

『慣性重力くらいは耐えなさいよね!』



「ロスマンズ機が帰還します!」

一方のジオン側、蹴り戻された「彼」の接近を感知して受け入れ体勢に入った。

「ケントか、生き残ったのは嬉しいが…あの様子じゃあ「アイツ」に
 情け掛けられたか…」



「戦場ってのぁ、どこでも良いというわけじゃない、ちゃんと作戦ポイント
 ってのがあって、範囲もどの辺と決められている、
 まぁ敵との邂逅次第の部分もあるとは言え、大体これは決まってるモンだ」

直の上官に当たる背の高く逞しい男は「彼」を怒るでもなく先ずは説明した。

「スマンす…ついおっかけっこに夢中になっちまって」

「出会ったのがアイツらで運が良かったぜ?
 お前のザク殆ど慣性飛行だけでここに来られるように蹴ってくれてたからな」

彼はそこでちょっとどもりつつ

「そ、そ、それよ! 掃除屋って何なんだよォ、俺達新兵はそんなの
 聞いてねぇよ」

艦橋に戻り艦長に生還者全帰還を報告した上官、

「とにかく、無事で帰ってきてくれて良かったよ、ケント・ロスマンズ君」

「彼」…ケントに艦長は直接声を掛け肩を叩く。
物凄く部下思いなのは良いのだが、少々気弱で押しが弱く、とても
軍人には向いていないと思わせる艦長であった。

「コロニー落としに降下作戦と言ったこちらの電撃作戦に対する
 負い目もある教官もいるだろうし、そもそもその降下作戦で初期の南極条約
 細かく知らないヤツも居るだろーとは思ったが、参ったな、モール艦長殿」

「うーむ、日本国は余り触れたくないのが世界の意志のようなモノなのが伝統
 なのだが、どうも上層部は最近そう言ったモノを含め引っ繰り返す
 積もりなのかなぁ、参ったね」

そこへケントが

「それなんだよォ、なんでなんだよォ? よぉよぉ、ウィンストン大尉さんよぉー」

「オメーも上官に対する口の聞き方のなってねぇヤツだな」

「お互い様だぜぇー特に何の特色もない「田舎バンチ」出身なんだしよォー」

モール艦長…階級は少佐なのだが…彼はフムと思案し

「言葉遣いは、とりあえず今はいい、説明しよう」

日本国の異色な歴史と文化に畏敬の念を表して旧世紀末辺りから今に至るまで
コロニー出資やその生産、移住のための人的資源も沢山出してきた事もあり
連邦とも、中立コロニーともそしてジオンとも古くからパイプがある為
MSを始めとする兵器開発やその素材、知財、借款を含めると誰もがどこかで日本の
世話になっていて、基本的立ち位置は連邦としても日本は基本
人種差別に否定的でそれを実践してきた国であるし、中立地帯も設けられて
「影響範囲」の中でしか誰もがもの申せない国でもあるのだ。

「まぁアメリカやユダヤ系の知財能力には及ばないが、
 日本の部品や素材無しじゃ成り立たない製品って結構あるんだぜ」

ウィンストンが捕捉するとモール少佐も

「コロニー落としの影響でかなり工業系は肝を冷やしたそうだからね…
 オーストラリア南部とはいえ、日本もかなり影響は受けたと聞くし、
 製造的にも政治的にも、素材が入ってこなくなることを先ず各メーカーは
 恐れて…今は幾らか自社開発・生産出来た所もあるのかね」

「素材…かよぉー?」

「ピンとはこねぇだろうな、だがザク一機とっても何万とある部品のウチ、
 部品その物、その素材、複合して組み立てるパーツの一つ、
 何か一つ欠けても製品寿命やスペックってな落ちるモンなんだぜ」

「日本は特殊な国土の成り立ちと地下資源の乏しさで旧世紀末からは完全に
 特殊鉄鋼や高精度の求められる部品、特殊な素材など単純に知財と言うだけでなく
 製造面でも他に追随を許さない立ち位置を崩さなかったからね」

「それで…あの…あの女は…掃除ってでもなんかよぉー?」

「オメーデブリに当たったことねーのか」

「ねぇーなぁー」

「悲惨だよ、下手をしたら飛んできたボルト一つで人間を粉々にするからね」

モール少佐の一言に震え上がるケント。

「まぁ、そう言ったモノは何となく浮かんでるモノか、慣性を持って
 衛星なり軌道上を回っているかでも変わるんだけどな、
 だが、とても厄介なモノなんだ、それで日本軍は旧世紀に立てた誓い…
 押しつけ憲法からその精神だけを引き継ぎ、侵略戦争をしない代わりに
 オレ達や連邦の後始末を負うようになったんだ」

「だったらよぉー何で事前に連絡とか宣伝とかしねーのよ?」

「そこで俺がさっき言った「戦場とその作戦ポイント」ってのが絡むんだよ」

「私らも日本も連邦も、一々通達してからなんてやっていられないからね、
 ただし戦場はずらして行かないとただ飛ぶだけで危険になる」

モール艦長の言葉にウィンストン大尉が

「攻略ポイントとなる場所が明確な場合はその場の責任担当が、
 それが大まかに地球圏…それも太平洋上…になると出てくるのが日本なんだ
 滅多に見られないんだが「シロナガス」とか「ジンベイ」とか呼ばれる
 コロニーの出来損ないみたいな馬鹿でかい回収船もあってな、
 大きな戦場跡だとそういうのが大まかに掃除してってくれるんだぜ」

「回収・再資源化の要望がある時に月へ投下、それ以外はある程度の大きさにして
 大気圏で燃え尽きるように調整して地球へ投下しているんだよ」

「あ、それ言ってたぜェー」

「「特に事前連絡もなし」「戦闘行為ではない」と言うことで日本軍はレーダー影響下でも
 そして光学望遠圏内に於いてすら全てを訓練として隠密行動、またはその動きや
 実現するための素材のデータ取りも兼ねているらしい、
 あのザクがほぼ真っ黒なのも「全く見えないのでは困るが視認出来る範囲で
 視認を難しく・電波上ステルスで」というギリギリの塗装のようなんだな」

ウィンストン大尉はムサイのテータから検索をしてMS-05カスタムを見せる



「こいつだ! えれぇー早くて動きも滑らかで正確だったんだ!」

「「黒い閃光」…呼ぶ奴はそう呼んでる、恐らく地上降下作戦の時に鹵獲したのを
 徹底的に改造したんだろうな、両手持ちの武器を使いいいように肩と鎖骨を
 一体化させたような柔軟な動きの代わりに肩の装甲が如何しても薄いの
 何枚重ねになっちまうからちょいとマッシブにも見える。
 …見えるんだが、どうも外装甲から内骨格に至るまで殆ど造り替えてるようだ。
 より軽量に、より強固に素材から」

「それも思った、なんでなんだよ?」

「俺も聞いたことないんで、聞いてみたいところだな。
 ただ、ジオンに偽装したいわけでもなく、連邦に逆らうつもりでもなく
 何か理由があるそうなんだが、俺は会ったことがなくてね」

そこへモール少佐が肩をすくめながら

「本当に「たまたま戦線をはぐれてしまった」者くらいしか遭遇しないオマケに
 明らかな殺意を持った的確な攻撃には容赦なく返し討つからね、
 真っ二つにされて網に囲まれそのまま放置、と言う形で見つかることもある」

再び震え上がるケントにウィンストン大尉が

「オメーが新兵丸出しだったからだろうさ、アイツ刀を持っていて
 ヒートホークや開発中のヒートサーベルよりも遙かにえげつない切れ味なんだが
 お前を抵抗しないようにだけして、こっちまでほぼスラスター噴かさず
 帰ってこられるように蹴って寄越した…」

「運が良かったね、まぁこれに懲りて作戦宙域は守ってくれるように頼むよ」

「お…おう…」



月の表側、赤道部東経23.5度付近にフォン・ブラウン市がある。
人口約五千万、政治的には中立なれどアナハイム・エレクトロニクス社の工場などがあり
ここも矢張り「完全な中立」とは行かず色々な思惑や政治が絡む場所なれども
比較的治安は良いところであった。

その一角、一人の女性が疲労の色を隠さずにある施設へ訪れた。
「イトカワ総合研究開発設計局」
因みにこのイトカワは小惑星の名にもなった糸川博士に因んだ屋号であり
フォン・ブラウン市と同じ経緯で糸川博士を敬愛する者に付けられた名であった。

「ああ、もうぎゅうぎゅう詰めの四年間だったわ」

「お帰りなさい、ルナ・リリー新局長」

「止してよ…貴方が父の右腕だったのだから貴方が局長になるのが残当なのに
 なんでまた必要資格取り立てのあたしなのよ?」

「いや…こう言った物は新陳代謝ですよ、前局長…お父様の事故死…痛ましいながらも
 矢張り熟々思いました、お嬢様の指摘通りの欠陥が原因…遠因なれど重要な
 欠点だったという報告がお戻りになる少し前にありましてね」

そこでルナは神妙な顔になりつつも冷静にその報告書を受け取り読みながら

「…とりあえずお嬢様は止して…」

「単に親の後を継ぐだけでは伝統技術でも無い物は直ぐにも廃れると
 必要な技能や資格を短期間で全て取得出来るように無理矢理にでも
 複数校に通い出席日数の足り無さをテストや論文で巻き返そうなど
 その無茶っ振りも局長の若い頃に似ていましてね」

「父の強い勧めで地球ではなくジオンで…なので主にこれからも父を継いで
 ジオン系の設計がメインになると思うのだけど…
 予算の都合もあるとは言え、向こうの要望をその範囲内で100%発揮しよう
 なんていうのは…矢張り無理のあるコストダウンや工程の削減、部材の質…
 色んな者を犠牲にするわ、603にすら評価通して貰えないような
 無茶な兵器を自力で「なんとかして」なるべく他人巻き込まないように
 とはいえ…父らしいと言うか、出来んモノは出来んと言えないのも
 それも政治なのかしらね」

「…そう言う場合もあります、如何してもその範囲でその性能で…と
 ロン・ドン・リリー前局長はそのギリギリを何とか実現してきた人でした、
 ただ、戦争が始まって…予算も削られてきて、とうとう…
 予感はしてらしたそうですよ、ジオンや他の大手開発社を相手に
 最後の事故の前に「次は余り無茶を言わないでお呉れ」と打診して…」

ルナは色々よぎる思いを溜息一つに載せて

「とりあえず全職員に会合と今やっている設計をざっと見せて」



この会社の主な仕事はバラバラな要求・設計で別々の会社から流れてくる
それぞれの武器なりMSなり艦船なりを
ある程度ひとまとめに製造出来るようにチェック、必要であれば再設計
そして製造発注を正式に行う業務であった。

正直かなりその運用要求にその機能やスペックは如何なのだろうと思うことはあっても
父はそれを全て実現してきた、残りは専門の「第603技術試験隊」に任せた。

ルナはここからは仕事をキチンと選ばなければと心に誓った。
益々痩せ細りながらも高くなる要求に全ては応えられないと言うべきだと信じた。
実際試験兵器の方もこの後に「一年戦争」と呼ばれる期間の間に乱開発された物に
603も疲弊させられていたし、そこに直接伝手があるわけではないが、
ある程度コンセプトと設計をまとめる部署として機能しているだけに、
やり方を新型・強化一辺倒ではなく改修・改良にも尽くそうと決めた。

マ・クベ大佐の「統合整備計画」に半ば乗る形で
(と言うのもこの局が直接生産ラインに関われるわけでもないので)
やりやすいように後押しという面もある。

逆を言えば、それでも統合しきれないだけそれまでバラバラだったのである。



「なにこのガルバルディって」

ジオン軍MS開発のためのコンペティションでルナは図案の一つに一言。
ガルバルディに携わった技術者の一人が

「ギャンは一部の士官用特化使用での少数枠のみでしたが
 あの格闘能力は捨てがたいとゲルググのライン流用でビーム兵器等にも対応した
 改良型を、と思いまして」

「なんでいちいち別機体作らないと行けないのよ!?
 ゲルググの仕様少し変えるだけでは済ませられなかったの!?
 これじゃあまりに半端じゃない!? こんなモノ量産する気だったの!?」

「あの…問題でしょうか」

「問題だらけでしょ!? ジオンのどこにそこまでの余裕あるのよ!?
 この大戦ももうそろそろ連邦の反抗も必至の自体にやることじゃないでしょう!?
 改良と言ってもこのスペックではギャンとしてもゲルググとして半端すぎるわ、
 やるにしてもバリエーション機体でゲルググ量産しておきなさいよ!
 試作を走らせてしまったならそれはもうどうしようもないけれど
 こんなモノに量産用の材料ロット動かせないって!」

ツィマッド社の技術者がその有様を鼻で笑いつつ

「ギャンの性能の上前だけはねようなんて考えるからだよ」

しかしルナはツィマッド社へも噛みつく

「確かにギャンも悪いとは言わないわ! でももう地上へ送るにも遅いってこの時期に
 何を今更なのよ、なんであんなロマン機体が量産通ると思ったのよ!?
 地球侵攻時に間に合っていたら間違いなく傑作だったけれど半年遅いっての!」

既に地球では戦線を拡大させすぎて東南アジア以北ではジオンが敗北する
戦場も出てきていて、日本への侵攻時には既に息切れ間近で国内を戦場にして
コロニー落としの傷も癒えていない日本国も無駄な戦いはしたくなかったため
僅かな交戦でお互いに白旗を揚げずに中立化し、周囲の戦況でのジオンの
常駐撤退を刺激しないという形で収めていた。

「とにかく!
 よほど新機軸、或いは大幅な強化を見込むモノでない限り部分的な
 パーツ交換やそのリビジョンアップによるカスタム機種以外には基本
 リックドムとゲルググのライン用にしかウチの社では手配しないからね!
 試作までするなとは言わないけれど…このガルバルディとか言う
 いいとこ取り狙って半端になったようなモノの量産は認めない!」

ツィマッドは正規ラインに乗せられた機種こそ少なかったモノの
名作と呼ばれたモノを送り込んでいたことでギャンでのコンペ敗北は
致し方ないとしてもさすがに今から新しい何かをもう試作するのも時期が悪いと

「もうそろそろ…イチからの開発は何か目的を持った特定機種のみになりそうだな」

ツィマッド社の言葉にルナも

「そうね…あたしは戦場に出ているわけでもないし戦況までは判らないから
 めったなことは言えないにしても、今やるべきは基礎能力の高いゲルググと
 既に大量生産体制に入れたリックドム、そしてもし何か多少の新機軸を
 搭載するとしてそのバリエーションにとどめておくべきだと思うわ」

そこへジオニックから出てきてガルバルディ開発チームだった先の技術者が

「そうなってしまうともう後はNT用MAからのMSくらいしか…あ…っ」

ニュータイプは機密に関わることだったので技術者は慌てて口をつぐんだが

「…ウチの社で既にブラウ・ブロの図面は見ているわ、何を今更よ」

ルナは既にその存在を知っており

「ついでにまだ型番すらも振られていないような試験タイプの推進装置実験で
 あたしも父を亡くしているし、とにかく新型を安く安く開発しよう、
 ウチにその材料安く引っ張ってこいとか言わないでよ」

そこで会合に来ていた一人の威厳ある技術畑の軍人が

「お父上のことは誠に遺憾に思う、各社も
 ヅダのような事のないように、キチンと制御出来るモノをよろしく頼みますぞ」

ルナは頭を垂れて

「承知しております、各社も、ヅダを山車に嘲笑うばかりでなく、
 それは無茶を通そうとする限りどこでも起こりうると考えて、なるべく
 途中経路を省いて量産に繋げる意味でも、統合整備計画を参考に
 ライバル心とかかなぐり捨てて、そういうのはコンセプトの方で勝負するように願うわ」

技術者の一人がそこへ

「工程を経ないと君の取り分も減るよ?」

ルナは平然と

「最終チェックで各社へのリテイクもかなりあり得るから、
 ウチの局を困らせたければ一発でいい物を作ってご覧なさいよ
 最終チェックから材料面の調達調整はどのみちウチの担当、
 必要な部品の点数全部列挙出来るようになってから皮肉はお願いね」

この女ならどのモビルスーツのどの部分にどんな機構がどのような部品と
材料で出来ているのか、そのコンデンサの一つにまで数を問われたなら言うだろう
そう思わせるだけの気迫と説得力はあった。

前任のリリー技術准将はジオン初期からの「馴染み」であったし、
その一人娘のルナも小さい頃から現場でその仕事を見てきていたし、
見るだけではダメでキチンと最新の技術と知識まで携えて今そこに居るのだ
口喧嘩では勝てないだろうな、と皆は苦笑しつつ口をつぐんだ。



「オッゴ…量産されるのです?」

帰り道、途中までの道のりをシャハト少将と共に歩きながらルナが言った。

「ああ…君の父君をしてこんな物を量産させるようではジオンはお終いだと
 言わせしめたオッゴ…まだ勿論本格的に追い詰められたわけではない、
 だが…連邦ももっと運動性や機動性に富んだMSやボールも改良されるだろう、
 今のウチに、幾つか実際に作って評価をしなければならない」

「…あたしは…幾らか先を見て設計や意見をすることは出来る…でも…
 こんな兵器を…開戦間もない時期に提案設計するだけの先見の明…というのか…
 これを使う日も計算に入れなくてはならない覚悟は…流石にあたしはまだ青いな」

「…そうだね、君はまだ若い、色々な苦難がこれからもあることだろう、
 だが、その客気は失わないで欲しいね」

シャハト少将の優しい笑みにルナはばつが悪そうに

「な…なるべく気をつけるようにはしている…の…ですが…
 何かもう政治的なことよりも本質を突きたくて、どうにも…」

「懲罰を恐れず進言すべきは進言する、その勇気も必要だよ、
 余計な災いを招くとも限らないが、そこは、やり方次第だ、
 政治というのはね「抜かり無さ」の追求でもあるのだよ」

「抜かり無さ…確かに」

「君の父君はジオンの軍属として生きたが君もそうするのかね」

「生まれも育ちも月ですが…父のダイクンへの傾倒やその意義は理解はしているつもり…
 雲行きは…正直どうなのかと思うけれど…ですが…
 ジオンの軍属としての身分は受け継ぎます」

「まぁ、そうしないと仕事も流石に回せなくなると言う事情もあるとは言え
 難しい時期に難しい選択をさせることになって、申し訳なくも思うよ」

「お気になさらず、目にしたメカニックもほぼ100%ジオンですし
 連邦のは解析で自分で図面引いてみたに過ぎないので」

「敵を知ることは、良い事だ、では、技術大尉」

そろそろ分かれ道というところでルナが

「あ、あの、そうだ、一つだけ聞きたかったことが」

「…何かね?」

「もうそろそろ実戦に投入される頃でしょうか、ゾックについて」

シャハト少将は少し怪訝そうな表情を隠せず

「また妙な物を持ち出してきたね」

「やはり「妙」ですか」

「私もあれの技術的評価しか知らないので、本来の設計やそのコンセプトまで
 となると幾らか人を辿らなければならないな」

「いつかで、いいのです、ちょっと個人的に思うところがあって」

「ふむ…製造工程に入って居る物なら特に難しくもなかろう、覚えておくよ」

分かれ道をルナは敬礼で見送った。



そんな月の裏側にあるグラナダでの会合の後、通路で迷っている風の少女と
ルナは出会った。

「軍属とも思えない格好だわ、誰かのご息女?」

その少女はルナに気付きちょっと慌てた風ながらも

「あ、ううん、移動の途中で…待つように言われたんだけどそこから何も
 指示がなくてどうしたのかなーって、あ、あたしは
 アイリー・アイランド、9バンチ生まれ育ちなんだけど、
 といってお金持ちとかでなくてね、そこで占いやってる家系なんだ」

「…占いね…ふぅん、どこに移動?」

「サイド6とか言ってた、なんかキシリア様がどうとか」

サイド6、占い…ルナの推理がある一点を示したが、この少女は何も知らない
ようであるし、まだ出来たての機関の内容まで詳しく知るわけでもないので

「結構当たるのかしらね、貴女の「占い」」

少女はややばつの悪そうに頭を掻きながら

「いや~、こう言うのってさ、「言い方」って物があって、あたしはまだ
 お母さんとかには及ばないなぁ」

「今さっきあたしも偉い人に言われたわ、遠回しだけど、誰にでも
 殆ど敬語使えない性格になっちゃったから、学生時代もそれで
 成績でなく内申でかなり落とされそうになったものだわ」

ルナの苦笑にアイリーも釣られたか

「ちょっとじゃあ真正面から顔見せて」

「ん」

ルナ・リリー、パーツ自体はそれなりに整っているが、きつい性格を
そのまま表に出したような目つきの悪さ、そしてソバカスがある意味彼女の外見に
マイナス面を持たせていた。
何よりベリーショートにして居る髪の毛は見ようによってはやや中性的にも見える。

ルナもアイリーを自分なりに観察する、見た目背も低いし幼そうだけど、
人を見る目は結構な年季を感じる、自分と違って華やかな美少女と言った趣で
ふわっとした大きめの巻き毛もその淡目のブロンドと相まってとても似合っている。

「ルナは、大丈夫、思ったことをキチンと伝えさえすれば、大丈夫だよ」

シャハト少将にも言われた、言い方はかなり違うけれど。

「その「キチンと」がまた難しいのよね」

「うん、だから自分の言いたいこと伝えるために使える物は何でも使って」

微笑みながら言うのだが、その言葉には遠慮も何も無かった、本心だとルナは思った。

「…そうね、まだまだ青いんだけど、強くなってみせるわ」

「そうしたら、ルナは大丈夫だよ」

「貴女にも、これは占いでもなんでも無い、直感だけど…
 貴女には陰りが何一つ見えないわ、きっとどんな中でも前を向けるでしょうね」

「おっ、ルナも結構素質あるかも?」

「止して、あたしの場合は相手と論争するために磨いた技術みたいな物よ」

「あー、なんか勲章とかあるし頭良さそう」

「親の引き継ぎって言うのもあって必要な技能たたき込んで
 こないだジオンから戻ったばかり、とはいえ、あたし生まれも育ちもここで
 専門教育だけジオンなのよ」

「大学どこ?」

「いやもういくつか掛け持ちでね、出席日数足りない分はテストや論文で稼いで…」

「そんなこと出来るんだ?」

「死にそうなくらい疲れたけど、やってやれないことはない、
 まぁ掛け持ちなんて本来出来ないんでしょうけどね、あたしの場合必要だったから
 バラバラに何年も掛ける余裕もなかったの」

「すっごいバイタリティ、うん、ルナは大丈夫だよ」

そんな時に二人が軽く飲み物でも飲みつつ座っていた通路の向こうから

「こんな所に…出発準備が出来ました、アイリー・アイランド、行きます」

「あ、はい、そう言ったわけだから、ルナ」

その時になって迎えに来た女性士官はルナの存在を知り

「…これはどうも、お気づきもしませんで、設計技師の方ですね?」

「ええ、ルナ・リリー技術大尉」

立って敬礼するルナにその女性士官も

「私も技術系です、シムス・アル・バハロフ中尉であります」

「名前だけは、ブラウ・ブロ、成功すると良いわね」

「リリーと言うことは…」

「ええ、ロン技術准将の娘よ」

「なるほど、あのような前例のない論理設計に携わっていただいて感謝しております
 プラウ・ブロはまだ動かせる段階にありませんが、屹度」

「あたしも設計図・仕様指示書をちらっと拝見したに過ぎないし
 大変な規模だと思うけれど、試作という面から見ても技術評価に値すると思う」

シムス中尉が敬礼で応えるとルナも敬礼で応えてからアイリーへ

「貴女も屹度大丈夫よ」

「だといいなぁ」

そして、そこから、幾らか時が過ぎる。
状況は容赦なく変わる、ジオンにとっては良くない方向に…




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