玄蒼市奇譚

第〇章

第一幕

皆様は知っているだろうか、日本であって日本で無い場所が存在する事を。

その場所は古墳時代辺りから戦国時代に掛けて、策謀や人の恨み辛みを
晴らすための専門の土地だったが、戦国時代にその意義を失い、暗い闇の意思だけを
大きくはらんだ闇の領域として江戸の頃から意識的に避けられて地図にも記されず、
そして明治の頃、その邪気に惹かれて近付いてきていた魔界と交流を持ち、
魔法や魔術が真剣に研究された土地でもあった。
空撮を行おうと、どれほど細密な測定をしようと、そして航空写真や衛星写真が
出回るようになっても、そこは「意識的に」なかった事になっていた土地になって居た。

そしてそうであるがゆえに、人が迷い込む事は殆ど無く、偶然道順を知った人などが
細々と交流するだけの所であった。

それとは関係ない所で1986年事件が起り、1987年、この地をそのままに
する事は危険だという判断から、人間界と魔界と両方の話し合いにより
両方の技術を持って(片方が気紛れで解きほぐせないように)その地を完全に魔術的に
隔離し、外からの流入、中からの流出を極々限られた正規ルートのみにし、
間違って迷い込むなんて事は無いようにしたのだった。

その事件とは「悪魔召喚プログラム」の開発と、パソコン通信での流布である。

多くの場合それは意味のないものであったが、この地では大きな意味を持っていた。

そう、本物の悪魔と契約し従える事の出来る人間が現れたのである。
そして、それまでの研究から人の戦闘技術(近接・射撃・魔法)も発展した。
こんな事を漏らしてはいけない、第二第三の魔界都市を作って行けば、
いずれは世界中がまた原始、文明黎明期の魔や神々と対峙せねばならなくなる。

まこと現代科学や思想の変化というものに辟易していた魔界側としては
その魔界に近い「その地」さえ拠り所にしていれば安定して存在できるので
魔界側も、そして対する人間側も、「そんな土地はここだけでいい」と
条約を締結したのである。

その地こそ、玄蒼市、かつては一応分類上神奈川県にあったようだが、
現在そこはただの玄蒼市、どこの県庁にも属していない、独立都市になって居た。



201×年、桜も盛りの頃…四月初旬と言った頃である。

一人の男が駅のホームに立っていた。
しかしその時間既に午前二時、封鎖された街も他の日本のごく普通の街のように
大体午前一時前辺りで終電である。
既に消灯され人気の無いそのホームに彼は居た。

人気をはばかるように、彼は何か荷物を大事そうに抱えていてその時を待っていた。

そして午前二時半頃、それはやってきた。
電車である。
そしてその行く先は「東京」であった。

有り得ない、この街は1987年までは限定的に外と鉄道も繋がって居たが、
今現在玄蒼市内をぐるっと回る路線しか無いのだ、東京行きなど有り得ない。

そして、その電車の様子も何かおかしかった。
運転手から乗っている客から、みんな催眠状態のようになっており、
何の感情も示さず、運転手もただ「駅だから」自動的に止まった的な動きであった。

男はほくそ笑み、乗降口から電車に乗り込もうとした時であった。
その手を後ろから掴む手がある、女性の細い手だった。

男はびっくりして振り向いた。

「この街の海岸沿いの四つの駅の最後で乗り込んで逃げ果せられれば
 めっけものですものね、ハイ、残念でした」

いつから自分は見張られていたのか、確かに暗闇に紛れやすいダークスーツの女
とはいえ、そのメガネの右側面にはタッチパネルと幾らかボタンのある
端末がある、この女、バスターだ!

そう思った男は力一杯女をふりほどき、催眠術に掛かったようになって居る
乗客を人質にとり、その喉元にナイフを突きつけた!

「はは…! これで電車が出てお前が乗り込んだままだとお前はバスター資格から
 そのスキルから仲魔まで全部失うぜ! それでも俺を捕まえるか !?」

その女は元々目つきが悪く、半分据わったような目をしているが、
明らかに完全な据わった目になり、一言。

「…あのさぁ、ここ抜けられたらオシマイって所であたしが一人で
 ここ来てると何で思える訳?」

男が「え?」と声を上げると
電車の下部に物凄い破壊音とちょっとした電流が走った!
女はやや電車下部を見てしけたツラをして

「…にしてもちょっとやりすぎじゃない?」

と呟いてから男に向き直り

「さて、この電車は発車しない、エンジンぶっ壊させて貰ったからね
 それでもアナタはその馬鹿馬鹿しい人質を取ったまま立てこもるつもり?」

男は「そこまでするか…」と呟いてから

「それでもお前は体制側の女だろ、一般人…特に外からの一般人に
 もしもの事があったらヤバいのは前の方じゃあ無いのか?」

「…まぁ体制側と言えば体制側かな、でも、貴方はここに居るのが警察では無く
 バスターだと言う事を舐めているわ、やるならやりなさいよ、ホラ
 別に何人殺ったっていいのよ?」

人質を殺す事を意に介していない? 何だこの女… !?

「…手荒な真似はあんまりしたくないし、この街の庇護の無い
 外の人への影響もあるから尚更なんだけどさ…とりあえず、外に
 魔術書か何か持ち出そうとしてたって事でいいのかしらね?
 魔術品は「外に持ち出す翻訳」が要るから流石にそこまでの…」

と言いつつ女はまるで値踏みでもするかのように男を見回し

「…とはいえ、アンタがどのくらい下っ端なのか、どの程度の組織なのかに
 依っては…翻訳済みの「もっとヤバい物」の可能性はゼロじゃあ無いか…」

人質を意にも介していない、自分の目的や自分のバックの事だけを考えて居る。
バスターにしても余りに物の考え方が慎重且つ冷静すぎる、
どのみち、電車は先頭車両のエンジンがやられたらしいのは間違いない。
男はヤケになって、人質の首を刺して女が治療か何かするだろう隙に
後部車両にでも逃げ込もうという算段でそうした。

「はい、殺人未遂追加ね」

逃げようと一人になった所を彼女は地を這う氷の攻撃で相手の足を止め
ダメージを与えた!
と言うか勢い余ってソイツまで死んだのだが…

「アイリー、そっちは」

「大丈夫、傷を受けた後も血の跡も何にも残ってないよ、完璧に生き返ってる」

そこに居たのは小さな妖精、ピクシーであった。

「マヌケな犯人だよね、瑠奈と睨み合いしてる内にあたしが既に
 彼の反対側で最上級蘇生呪文スタンバってたってのにさ」

「ああ…あと…」

瑠奈と呼ばれた女は犯人を一応拘束してから

「ゴメン、コイツも蘇生ヨロシク、一番弱いのぶつけたのに死ぬなんて…
 コイツ下っ端も下っ端、いい使いっ走りってトコだったのね」

「まぁ、瑠奈も強いっちゃ強いからねぇ〜」

アイリーと呼ばれたピクシーが再び最上級蘇生呪文を使うと彼は生き返ったが、
当然動けないし、猿轡(さるぐつわ)もされて暴れるも手も足も捕縛されている。

瑠奈と呼ばれた女は男の持ち物チェックをしていて男の方など見向きもして居なかった。

「…大正年間に流石のこの街でも発禁処分受けた魂換(魂の入れ替え)術やら
 GHQ時代に地下組織が開発した指定した悪魔を命などのコストなく
 呼び出せる類の魔法陣やら…物騒ね…これしかも…かなり状態もいいわ…
 あんた一人の思いつきでやった事じゃないのは間違いなさそうだけどさて…」

そんな時乗降口から一人の黒人と白人のハーフなのか顔つきはコーカソイド的なのに
肌の色や骨格は間違いなくネグロイド的な混血の…鍛え抜かれた体をした女性が
入り込んできて瑠奈に言った。

「東海道線用のエンジンは予備があるから直ぐにでも交換が来るって…
 ホームに出ておいた方がいいと思うわ、瑠奈」

「そうね…でもジョーン、エンジンだけで済むかしらね…あの衝撃…」

「…さぁ、電車動けなくさせればいいとしかわたしも言われなかったから」

「…ま、それは確かにそうだ、あたしの裁量だ…と、その前に」

瑠奈はメガネ型端末を操作し、無線にしたのか

「犯人確保、証拠品確保、後はエンジン交換待ちよ、お疲れ様」

無線と言う事で瑠奈の耳にだけで無く回りにも聞こえる男の声で

『また派手にやりやがっただろ! こっちまで衝撃伝わったぜ!』

「乗り込んでたの? お疲れ様、それなら話も早いわ、出ましょう
 犯人引き渡すから、証拠物は魔術に関する事で発禁本も含まれている、
 警察の領域じゃ無いって確認だけしてとりあえず押収物一覧だけ作って」

ルナとアイリーとジョーンと呼ばれた混血の女が暗いホームに出ると、
結構後ろの方の車両から駆け足でやって来る三人組。
若い刑事と、中年世代だが一番血気盛んそうなのと、ちょっと老年に
片足突っ込んだ三人組であった。

「多分コイツから聴取しても大した収穫無いと思うわ、
 罪状は「外」へ行こうとした事と、殺人未遂。
 あとこれ押収品、(勿論瑠奈は抜かりなく白手袋をはめていた)」

一番血気盛んなのが

「殺人未遂って…(電車の中を見渡して)アンタまた犯人焚きつけて
 実際に人質に危害加える所までやったろ!」

「一応そこの部分だけは後で映像証拠渡すわ」

「完全蘇生できるからって無茶しないでくださいよ…「もし」それで
 その人質が催眠状態解けたら面倒なんですから…」

一番年上のたたき上げっぽい刑事が息を弾ませながらも瑠奈に釘を刺した。
若いのが証拠品を見定めつつ

「魂の入れ替え術とか…指定悪魔の召喚とか…確かにこりゃ
 警察と言うよりはバスター研究所の領分ですねー」

血気盛んな刑事がそれに

「ウルセェ! おい、探偵さんよ、お前さんそっちの研究もしててある程度判るだろ、
 署に来て貰うぞ、解析して足がかりになりそーな物は何でもいい、
 見つけ出せ、そのくらいやって貰わんとこの派手な有り様は
 無かった事にしてやらねぇからな!」

ジョーンと呼ばれた女の通報で玄蒼市内の鉄道会社から該当部品を
持って作業に入ったが、「これエンジンだけで済みますかねぇ」
「とりあえずひん曲がったガワは内側からでも何とか誤魔化せ!」
とか愚痴混じりの声が聞こえて、ジョーンは知らんフリをしている

瑠奈は深ーく溜息をつき

「ま、しょうが無いわね、でもあたしを呼ぶって事はこのくらいは覚悟してよ、もう」

それには血気盛んな刑事が

「最初からコイツ(容疑者)が素人同然だって判ってたら応援なんて出してりゃしねーよ!」

「ま、ね…ジョーンは帰してやって、子供達の世話とかもあるんだから」

そこに若い刑事が

「子供達ったって高一と高二でしょう?」

「まぁあぶれた養成所の子を引取っただけで血の繋がりは無い
 体ばかりは大人の階段上ってる子達だけどさ、
 まだ炊事できますって程そっちのスキル育ててないし
 ジョーンにエンジンを破壊して止めなさいって指示したのあたしだから」

ベテランっぽい刑事が

「判りましたよ、全部は百合原特別捜査官殿が負うというならそうしましょう」

「そうして、その方が話しも楽だし、じゃあ仕方ない、署に向かいましょうか」

「待機させてた車ももうすぐ来るだろ、探偵さんの車にはそちらの
 ジョーンさんがお乗りください」

血気盛んのがややイヤミ気味に言うとジョーンはまるで通じてないかのように真顔で

「ええ、そうさせて貰うわ、では、瑠奈後は任せて」

瑠奈は車のキーを渡しながら

「宜しく頼むわ」



時間を前日まで戻そう。

「召還魔法陣漏洩捜査に加われって? 今から?」

そこは警察とはまた違う、魔とルールを持って戦うため、或いは街にはびこる
魔と対峙するための組織の長官室での事であり、長官の一言に
呼ばれてきた瑠奈が「しけたツラ」をして聞き返した。

「キミぃ、言葉遣いには気を付け給えよ…仮にも私は長官なんだから」

「いいように人こき使ってくれちゃう癖に…」

「まぁまぁ…キミの言いたい事も判る…だが、街を大っぴらに歩けてそれなりに強く
 それなりに目立たなくて街をそもそもの探偵仕事の舞台にしてるなんてバスターは
 キミくらいしか居ないのだから、そう眉間にしわを寄せないで呉れ給えよ」

60歳そこそこくらいの長官としては脂の乗った彼の苦労も判る。
バスター…正確にはデビルバスターとされる「悪魔専門退治稼業」は
その武器防具の新規開発などで町中を歩くにはちょっと…という
派手な服装と武装と、そして何より契約した悪魔を代表で一体呼べるのだが
それがもう神の分霊(その神その物よりは当然弱い)だったりして
最上級のバスターともなると目立つ事この上ない。

「キミみたいに普通に街を跋扈しても目立たず然りとて実力的には
 S級とも言われ、しかもメインの仲魔(契約した悪魔)はピクシーと来た物だ
 しかもキミが手を掛け強いと来ている…キミしか居ないんだよ」

「それも判るけどさ…バスター管理局でも警察でもどっちもでいいから
 公職適用案件って事でちゃんとそれなりの手当着けなさいよ、
 お互いのライバル心から管理局は「警察へ移管したんだから」
 警察は「お前はバスター管理局の管轄だから」ってマトモに
 手当付けないというかせっつかないと無視って何事なのよ?」

長官はふぅと息をつき

「未遂を含めた漏洩事件なんてここ最近になってから増え出した案件で
 まだ完全な横の連携がねぇ」

瑠奈は眉間のしわを更に濃くして語気を強めに

「今すぐ市政府に掛け合ってちゃんと連携の場合の管理や経費など
 チャッチャと決めなさいよ」

余程似たような事に何度も借り出され、ただ働きに近い事もあったのだろう、
彼女はもう我慢は限界と受話器を手に取り長官に押しつけた。

「とりあえず会議して方針を決めると確約するなら、とりあえず今回は
 動いてあげるわよ、ウチは基本悪魔連携探偵業であって長時間のただ働きなんて
 やってあげる義理はないんですからね?
 現に今日だって仕事は入ってるわけだし、ジョーンやジタンに肩代わりだわ」

渋い表情(かお)の長官だが彼女の言っている事は尤もだ。
彼は市政府公安に電話を掛け、その一件を話し始めた。
ある程度それを見届けた彼女は退室し、警察に向かう。



彼女は古い形式の軽自動車に乗り込み、管理局から車を出す。
そこは一見普通の中規模都市の大通り、別に普通の街と何も変わりは無い。
ただし、良く見ればその辺りの植樹された木の回りを「木霊」という
緑色して平べったい土偶を更に簡略化したような物がひらひら待っていたり
ちょっとした緑地にはピクシー達が居たりする。

助手席にいつの間にかアイリーが居て窓を少し開けてその緑地のピクシー達に
手を振ったりしてる。

「瑠奈もさぁ、もうちょっと慎重に言葉選ばないと損するよ?」

アイリーはそう言って未だ眉間にしわの寄った瑠奈に声を掛けた。

「判ってるのだけど…高校生の頃から上も下もあったモンかって修羅場の連続で
 言葉遣いだけはどうにもならないわ…確かに損よね…アイリーの言う通り」

ピクシーは普通群体生物に近い、契約者を持たない野良のピクシー達は
仲間達一人一人の体験や記憶を共有し合い、連帯感を持っているのだが、
人と契約したピクシーとなるとまた少し話は別で…とはいえ、ピクシー達との
共有をなるべく半々くらいで失わないようにも、全く人のシモベとして
連携を断つようにも育てる事が出来る。
人と契約した悪魔は、その人と共に成長する事が出来るのだ。
それを可能にしたのが悪魔召喚プログラムで、
N島という開発者…今彼がドコにて何をしているのかは不明だが
(日本政府が取り込んでいるとも、何か独自に組織を立ち上げているとも言われている)
この街に「バスター」という悪魔専用職業を作る切っ掛けになったのだった。

「魔法陣漏洩なんて…まぁやる事は一つだろうけど、どんな陣が漏れる危機なんだろうね」

アイリーが車窓を眺めながらも瑠奈の方に顔を向けて質問する。

「…悪魔召喚その物なら古くからあるし、各地でそれぞれ伝承になって居たり
 する場合もあるんでしょうけれどね…大半はもはや正確な機能を果たさない
 「ただの模様」に成り果てているんでしょうけれど…
 「通行数一」と制限を課した物とかなら今でも全国で小数だけど
 出回っていると思う…だから…多分それ以上の…」

「開きっぱなしで周囲に悪魔が乗り移り放題になるような?」

「…或いは「呼ぶ相手をきちんと指定出来る」物かしらね、
 今日本中で出回ってる魔法陣の大半は呼び出すにも対価が必要なものばかりのはず」

「…なんでそんなものを…不思議だなぁ、なんで外に漏らそうと何かするんだろう」

アイリーは開けた窓からの風を受けて気持ちよさそうに春の匂いを楽しみながらも疑問を呈した。

「開拓期から戦争を挟んで復興・高度経済成長期から日本がそれなりに
 テクノロジーで進歩を遂げてた時期なら内を向けて居たのかも知れないけれど
 もう玄蒼市も大体どの地区でどんな産業や、地下の開発には
 限界がある事なんかを思い知っちゃった時期だからね、それにやっぱり
 人口百万を超えるような大都市で物流も何も自在なフィールドに
 「魔の種」を蒔きたくなったんじゃあ無いのかな」

「しかもそれが悪魔に心酔する人間だなんて」

「裏に操る何者か…恐らく黒幕は大物…神だと思うわよ、人間がただの思いつきでやれる
 程度を越えてきてるからね、最近は…と…、警察署到着…」

「日本中…世界中がこの街みたいになったら…大変どころじゃ済まないよね?」

開けていた窓を閉めつつ、瑠奈の降りる登場席側からアイリーも居りながら言った。

「人も悪魔も何もかも…アルマゲドンかラグナロクかはたまたデビルマンのように
 戦う相手を間違え滅びの方向に向かうのか…どのみち碌な事にならないわ」

1987年の封鎖と言う事で70年代が原作のデビルマンなどはこの街でも読めた。
この街では「ごく普通に有り得る洒落にならない漫画」として受け止められている。
二人が警察署に向かい、瑠奈が「公務適用時証明書(バスター版)」を提示し中に入る。

これからまた警察が「情報屋」などから仕入れた状況を元に夜まで打ち合わせだ何だ
時間を取られるのだろう、瑠奈はジョーンに自分の夕食は要らないこと、
仕事を押しつけた上で申し訳ないけれど、夜から夜中に掛けて協力を
要請するかも知れないコトを伝え、しけたツラをして会議室に赴いた。

それがプロローグの前段である。



時間を「逮捕後」へ戻そう。

捕まえた容疑者や証拠品から公安・警察・バスター管理局合同の
複数箇所に及ぶ大規模な捜査が敢行された。

それは矢張り組織的で、かねがね公安も目を付けていたそれらに
一斉捜査が始まることを意味していた、そして中には非公式バスター
あるいは引退後反旗を翻しアウトロー化したバスターなどを相手にする場合もある。
つまり、悪魔と対峙することも十分あり得る捜査というわけだ。

とはいえ、バスター管理局の派遣は初級〜中級・中高級をそれぞれの
班に一人二人というお寂しい派遣であった。



バスターはそれはそれで一応公権力なのだが、
公権力として振る舞えるのは悪魔関係確定時のみで、特別な許可があった時のみ
警察と合同などで公権力として動ける事もある。

そして、「評価レベル・評価ランク」という物があり、
(評価レベルに関してはこの街の殆どの住民がある程度試験や資格として持っている)
評価ランクこそがデビルバスターの評価基準であると言っていい。
一般人に近い方からF→E→D、この辺りは一般市民でも訓練して
一般市民として振る舞う事の出来るレベルである、評価レベルとしては
5〜25レベルを目安として欲しい(評価レベルだけならもっと上も居る)

ここからが「半公権力」となるC→B→A、この辺りが中〜中高〜で、
詰まり今回の場合、C級バスターからB級バスターまでがそれぞれの捜査に
借り出されている、引退した者も、C級からは予備役としてある程度訓練などを
こなさなくてはならないので、一般ではわざとD級止まりで居る人も多い。

警官などは場合によってはバスター資格を持つ場合もあるが、捜査権優先のため
D級までしか取れないと言った制限もある(評価レベルその物は上げられる)
C〜B評価レベルは26〜60辺りが目安である(これも同上でレベルはもっと上の者も居る)

A級、ここが分かれ道になる、普通はA級の時点でバスター管理局に完全に所属し
これなりの悪魔専用軍隊のような物に属する事が殆どである。
この辺りになると能力的には余程でない限り大体成長のしにくい
評価レベルまで上がっている事が多く、魔術付加のされた装備次第、
習得したスキル次第、仲魔の育て方次第によっては
S級と余り区別がない者も結構居て評価レベルは70から90レベル台まで幅広く、
S級に成ると所属と活動ノルマ的な物や「バスター専業」となるために、
例外も有り得るA級止まりでいる者も居る、街探偵である百合原瑠奈もそんな一人である。

SS級、出来る事やれる事体験できる事はほぼ全てこなし、日々修行に明け暮れ
仲魔も沢山最上級まで育て上げ、本人も限界まで鍛え上げている、
神と目される悪魔達にも渡り合えるような力と持った者達は、ほぼ
バスター領域区画内でのみ活動をしている、彼らが街に完全装備で出動すると言う事は
街の存亡…ひいては世界の存亡の掛かる時と言っていい。



閑話休題、

「お前がわざわざテメェで袋に包んだ指紋まで残ってたんだ、
 ドコでどう言う繋がりの下っ端使ったのかもバスターの協力で
 報復が飛ばないようにしてから全部昨夜逮捕した下っ端に吐かせた。
 言い訳はさせねぇよ」

血気盛んな三谷刑事が令状と共にやって来たそこは現在は細々とバスター関連の
魔術的技術支援を生業としている研究者の邸宅だった。

「…電車を無理矢理壊してでも阻止するなんてそこまでするとはなぁ…」

その研究者、鴨翼 三七(かもよく・さんしち)は流石に観念した。
ベテラン刑事である二浦は彼を知っていて

「折角刑期終えて真っ当にやってたのになんでまたこんな事しでかしたんだ」

「二浦さん、人間ってのァね、若い頃受けたインパクトには所詮抗えない
 物があるんですよ…ま…残りは聴取でも何でもしましょう」

彼はこの街が封鎖される前後辺りに少部数ながら「魂換術・基礎編」を
大正時代の発禁本から抜粋し、ただでは判らないようにしつつも
研究すれば真理に辿り着けるような危険な本や、
「とにかく招魂する」だけの魔術本を流通させ、服役した事がある。

魂換術・基礎編は直ぐに大部分が回収、処分できたが、招魂術は外の印刷所が使われ
僅かながら日本全国に普及してしまって全部を回収とは行かなかった経緯がある。
二浦は諭すように

「若い頃…研究中神がやって来てお前を指導したというあれか…」

「朧気な姿だけだがあれは神だった…私はそこから抜けられなかったよ…
 今…「彼ら」はそれを欲している…」

と言った頃、空からイキナリ空間が避け、かなり大きな剣が迫ってきた!

「アイリー!」

「あいさー!」

同行していた瑠奈の指示でその剣はアイリーによって鴨翼を逸れ、はじき返された。

「ヤバいわ! 早く彼を厳重に、且つ迅速に護送しないと!」

瑠奈の言葉に三谷・二浦・もう一人の若者刑事韮淵(にらぶち)は急いで
彼を車に乗せ、瑠奈はトランクを開けさせそこに乗り込んで次の報復に備えつつ
護送に回った!

次には強烈な電撃…と言うかほぼ物凄い雷が発進しつつある彼らを襲い、
邸宅も一部巻き込んで破壊したが、狙いである鴨翼の前にアイリーが立ちはばかり
その全てを吸収した!

「向こうも余り手の内は見せられないはずだわ! 技から特定も可能になる!
 早く出発しなさい!」

瑠奈の指示で急発進したそれは一路警察署の特別な収監・聴取室に移された。



そして、護送途中には悪魔含めた暴徒が鴨翼宅に押し寄せていた事も通報されていたので
容疑者は二浦刑事に任せて残りはトンボ返りで現場に急行した。

一時警備が手薄になる事も向こうの計算のウチ、瑠奈は予想はしていたが
余りに計算され、翻弄された自らに舌打ちをした。
韮淵刑事が

「百合原さん、増援は望めないんですかぁ?」

「魔界大使館から鶴谷さんが急行しているとは思う、相手が直接手を下した瞬間にはね
 バスター管理局の方は…C〜Bが一人増援あるかないか…」

三谷が忌々しげに

「クッソ…市内なら兎も角「外」に波及するかもってんじゃてんやわんやだぜ!
 それでも管理局はS以上のバスター出せねぇのか!」

「Aのあたしが居る事だって例外的なんだから諦めてよ、管理局は
 街その物の悪魔による侵略とかそう言うのでしか公権振るえないんだから」

「メンドクセェなぁ…」

三谷刑事も舌打ちをした、車内の三人+ピクシー一人は充分事の重大さは理解できているが
何しろ「外」が絡むと色々面倒なのだ。
韮淵刑事が「そういえば」と

「深夜の電車は昨日何時の電車か判ったんですか?」

それに対して瑠奈は即答で

「昨夜21時台の東海道線上りで間違いないわ、時空を曲げてトンネル通過させる時点で
 ウチ含む管理局や貴方方にも大使館から連絡は行ってるわよね、
 一時的に4時間程「後の時間」に連れてこられた事になるわね、
 復旧は明け方前、トンネルを抜けた頃にはまた昨夜21時…厄介な手法もあった物だわ」

「事前に防げないんですか、そういうの」

「余程事前の動きが大掛かりな儀式含むって言うなら兎も角だけれど…
 こればっかりは1987年封鎖前の技術アレンジだから魔術をそれなりに勉強してる
 誰もがちょっとした施術で出来てしまうからねぇ…特定は難しいわ」

三谷刑事が忌々しげに

「悪魔召喚プログラムか…なんでそんなモン作って配布なんてしようと思ったんだ」

「判らない…永遠の謎だわ、開発者本人が今どこで何をしているかも不明じゃね…
 しかもプログラム制作者と配布者は違う、何て噂もあるし」

それには韮淵が

「聞いた事ありますよ、配布者は車いすの男だって…ますます判りませんよね」

「お陰様でこの街は魔界都市決定、元々魔を呼び込みやすい土地柄だけに
 魔界とも協議を行ってこの土地の封鎖…まぁ魔界側も良くそれで条件のんだと思うわ
 …ま、人間界を支配するも何も身の程を知っている神…悪魔も多いでしょうからね」

韮沢がそこへ

「身の程って何です?」

「所詮神も魔も人の作り出したイマジネーションの産物だって事よ、人類が滅べば
 自らのアイデンティティだって失い、今度は神々で争うようになるんでしょう、
 はっきり言って不毛だわ、今でも信仰の中心地や分社などには降りられるし
 信仰がまだ残っている神にとっては魔界都市なんてここだけでいいと思えたんでしょう」

「じゃあ…今回の犯行って今現在信仰としては殆ど残ってない大昔の神とか何ですかね」

「…判らない、存在意義その物が「破壊」だっていう神だって居る訳だし
 腹の内では自分の支配地を持ちたいと願っている上級悪魔も居るだろうしね…」

瑠奈は少し考えて居たが、二人にこんな話をした。

「実はもう魔界都市は幾つかある、と言う噂もある、それは魔界の中でも
 ごくごく一部しか知らない事らしいんであたしも又聞きもイイトコだけれど」

刑事二人は驚いた。

「とはいえ、こことはだいぶ様子が違っていて…ここはホラ、元々が穢れた土地だったから
 「魔界都市新宿」なんて読み物や漫画があるけれどあのまんまとは行かずとも
 「日本国民の良く知る新宿」と「魔界都市新宿」で「二つに世界を分ける事」で
 事を治めたり、封鎖はされていないけれど、バスターに似た稼業が存在して
 外との繋がりは「限定的」なままって所もあるって話を聞いた事あるわ」

三谷が

「そういやぁ「魔界都市新宿」も悪魔召喚プログラムも同じ1980年代だな…
 何かその頃にあったのか…わかんねぇが…それにしても何故それが今になって…だ」

瑠奈は冷静に

「それについてはこの街が封鎖されて30年前後…もし噂が本当なら
 新宿も二つの新宿になってそのくらい…さて…、「どこかの誰か」が
 またぞろ魔界都市を増やしたいと思い始めたのかもね」

「いただけねェ、いただけねェなァ、こんな都市ここだけで充分だろうに」

三谷はぶっきらぼうだが、正義は持っている男だった。
瑠奈は三谷のそんな熱い刑事魂は嫌いでは無く、フッと微笑んだ。
現場に近付くと、運転手の韮淵が

「うわ…かなり派手にやられてるっぽいですよ! 今ちらっと見えました」

「ああ、煙も上がってる…クソ、現場検証もこれで不可能か」

「多分これも狙い通りなんでしょうね…、鶴谷さんが駆けつける事も含め…
 やってくれるじゃあないの…「誰かさん」…」

元々目つきの悪いの瑠奈の目が完全に怒りを滲ませている。


第一幕  閉


キャラクター紹介その1

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