玄蒼市奇譚

第〇章

第二幕


現場に着くと、もう全ては終わっていた。
捕縛に成功した襲撃者数人に悪魔数体、そして傷尽き倒れた警官や、襲撃者、
そして魔界大使館より鶴谷さんが汗とちょっと傷跡から血を滲ませながら
肩で大きく息をしていた。
彼は生粋のファイター、正体は人間では無いが人間の姿で通常過ごして居るし
ここへも人間離れした速度、そして力で暴徒を鎮圧していたのだ。

三谷は横柄に鶴谷へ

「おうおう、到着が少し遅いんじゃございません? 魔界大使補佐官の鶴谷さぁ〜ん?」

「ウルセェ! これでも全速力で駆けつけたんだ!」

アイリーがとりあえず回復呪文と、蘇生呪文を試み、警察側は全員復帰、

「…襲撃側の死人はダメだね、生き返る事を拒否してもう完全に死んでる」

アイリーの一言に瑠奈は鴨翼邸の破壊っぷりを見ながら壁の崩れた邸宅内を見て

「主な目的は彼の蔵書や研究の略奪…かなり選んで持って行ってるわ…
 先ず強力な襲撃者に襲わせながらその隙にって所ね…細かいセクトは一斉捜索
 してるのだから…更にそれらから派生した新たな活動組織って所かな…
 今までのは公安や警察や管理局にかなり動きを押さえられていたからね」

「グズグズ監視してねぇで別件ででもさっさと叩いとくべきだったんだよ!」

三谷が叫ぶ、確かにその通りだ、事なかれ的で別件逮捕は悪的な流れを作られ
メディアもだいぶそれに汚染された雰囲気がある中、中々実行できずに居た所を
新たな組織が今度こそ秘密裏に作られてしまった、と言う訳だからだ。

「鶴谷さん、容疑者護送時に関して檜上さんは何て言ってる? 予想はつくけれど」

「そうっスね…魔界からの直接介入も間接的な穴を幾つか通して大本が
 判らないようにカモフラージュしてあったそうです」

瑠奈がそれに

「やはりね、人間界のネットの発達でゴニョゴニョっと生IP回避するような
 やり方を魔界側も学んで来たか…新組織のバックには、間違いなく
 今回手を下してきた「神」がバックに着いてるわ」

三谷は忌々しそうに

「どーせ捕縛した襲撃者も無理矢理吐かせようとしても既に体内に
 自動で動作する魔法か何かセットされててどうにもならねぇとか言う感じだろ?」

韮淵にもそれに深いため息をつきながら

「参っちゃいましたね…実質こっちのやられっぱなしですよ」

「…まぁ待ちなさい、捕縛した悪魔は兎も角、人間の方は解除が可能かも知れない
 ただし条件がある、ウチで引取らせて、ドクターとあたしでやってみる
 死んだって文句は言えないわよね、元々そうした効果なんだから」

三谷は熟々忌々しそうに

「ドクターってのはあのいつも地下にいて色々研究してる女か、医学博士号もあるんだっけ
 …しょうがねぇ、それに賭けるしかねぇみてぇだからな、だがおい、
 例えその成功率が5%だとか言っても成功させろよ!」

「人事は尽くすわ、鶴谷さん、これに関する書物が無いか檜上さんに聞いて
 ウチに持って来てくれない?」

「おっ、判りました、「余計な事喋らせないようにする為の体に直接張る
  魔術的な罠」についてッスね、了解です!」

韮淵が

「悪魔についてはどうしますぅ? これ…」

「…管理局に引き渡したってただ殺されるだけだわ…猿轡(さるぐつわ)だけ外してやって」

その悪魔はゲーデと言う鬼神族・死神だった。

「「面白そうだから乗ってやった」そんなトコロかしらね」

「ああ! そうさ! 目的は知ってる、魔界都市を増やすためさ、
 キミの言った通りでね、と言っても、それは僕を呼び出した奴らの
 言ってた事で僕はバックまでは知らないよ!」

「OK、貴方の言う事に嘘偽りは無いと判断した」

瑠奈は紫の大きな波動を唱え始めた。

「結局の所貴方にとっては「死」すらそんな価値、受け取りなさい」

「あいよ!」

ゲーデの体が飛び散り一気に雲散霧消する程の破壊力。
瑠奈は他にも同じように質問し、矢張り同じような答えしか返ってこない事を
確認して全てを始末しまくった。
三谷が渋い顔をして

「結局殺すんじゃねーかよ」

「話を聞くか聞かないかの差がある、少なくとも新たな組織がそれなりの準備と計画を
 以てこの昨夜からの一連の事件を企てた事に確証をプラスできただけでいいじゃないのよ
 それにバスター管理局なんかに引き渡したらこの悪魔達可哀想に色々実験台にされる運命よ」

とりあえず第二波の襲撃を警戒して韮淵はバスター管理局にB級の応援を要請し、
自分たちは鑑識と共に出来る限りの実況見分と鑑識を行う事にした。

瑠奈は自分の会社から社員と車を呼ばせ、容疑者諸共自らの社に向かった。



翌朝警察署に訪れた瑠奈は明らかに不機嫌の様相を呈していた。
マル暴や、多少悪魔絡みの特殊部隊の人にすら近寄りがたい雰囲気を纏って。

どさっと少し厚めのファイルを一課の三谷刑事の机に放り投げ一言。

「やるだけはやったわ、でも一人一人の思想まで読めなかった、
 魔術的な罠だけは外して人命優先で既に報復の及びにくい指定病院に収容されてるわ
 もう間もなく意識回復すると思うから、後は貴方達でやって」

流石に有無を言わさない態度に三谷も一瞬ひるんだが
二浦刑事がそのファイルを手に取り、

「開頭手術三人分に罠外しまでして…間もなく目覚めるもんですかね」

「ウチのハトホルの治癒力舐めないで」

ハトホル、大種族神族・小種族女神。
一番基本的なレベルのハトホルだが、瑠奈が育てたハトホルは
元々持つ能力を最大限に引き出すように手間を掛けられていた。
そして、治癒系はハトホルの独壇場なのだ。

ファイルの大多数は文字や写真、ちょっとした図と共に簡略化した
魔法陣とその効果についての説明書きがメインだった。
若手の(と言っても瑠奈よりは年上なのだが)韮淵が恐る恐る

「上手く行ったにしては…機嫌悪いっスよね…」

瑠奈は元々眉間にしわの寄りやすい目つきの悪さだが、更に迫力を増し

「いかにバスターで街探偵でもあってそれなり修羅くぐったとはいえ三徹して協力して
 やってんだからね、ホントなら別途請求書叩き付けたい所だわ」

そう言えば、最初に夜中の電車での逮捕劇の後は押収品の解析、その後
先日の逮捕劇の後のドタバタ、地味にその前の日から「動きがある」事で
捜査に参加させられていたので、確かに三徹してる事になる…
流石に誰も毒づけも、下手な慰めも出来なかった。

そのうち二浦がファイルの中にぼやっとしたイメージ写真とそれを
ブラッシュアップしたスケッチ(Joanとサインしているのでジョーンが描いたのだろう)
がある事に気付き、それを取りだして

「申し訳ありませんでしたな、特別捜査官どの、捜査協力で色はつけるように
 署の方に申請はしますんで…これについて教えてくれませんかね」

瑠奈は眉間を押さえながら

「それだけは三人共通で「浅い所にあった」記憶だったからなんとか拾ったわ」

三十代程と思われるスーツの男性と、眼鏡の女性。
三谷がやっと口を開き

「浅い所にあったと言う事は比較的新しくてインパクトある強烈な記憶だった
 と言う事でいいのか?」

「そういう事ね、モニター越しで何らかの指示を聞いたのでしょう、その内容までは
 個人個人の記憶箇所の複雑さがあるから踏み込めなかった、
 目を覚ましてから貴方達で尋問ヨロシク」

韮淵がそれに

「モニター越しって、随分周到ですよね…本拠地はまた市内の別なのかな…」

「そこで…こっちの元イメージ写真の方…うっすらと奧に地図らしきモノ見えない?」

二浦刑事が老眼鏡を外したり掛けたりしながらそれを確認し

「相当ボケてますが、確かに見えますな」

「地図の左上に海とおぼしき青い領域が広くある、陸地はやや左上に偏ったV字曲線…
 左に海って言ったら日本じゃ日本海か東シナ海、限定的にオホーツク海以外に無いわ、
 でも沖縄や知床・根室半島のような細い陸地でも無い」

三谷が叫ぶ

「ちょっと待て! 「外から」指示があったって事になるじゃねぇか!」

瑠奈は冷静に

「そうなるわね、符合するような地形は幾らかある、国土交通省特殊地域課にも
 送付してあるわ、何とか特定に繋がらないかとね」

韮淵が訝かしげに

「それにしてもこの二人…何なんスかね…スーツ姿とは言えどう考えても
 一般人じゃあないですよね」

「…判らない、でも「ひょっとして」魔界の誰かが検知不可能な分霊・分身として
 どこかで暗躍している可能性は考えてもいいと檜上さんからアドバイスは受けたわ
 …その場合、それなりの地位・役職のある何か…企業程度では無くもっと大きな
 何かの一部に潜んでる可能性がある…」

「政府関係者か…警察か…いや、地方の警察なんて大した力はねぇ…
 …自衛隊とか…そのヘンも考えられるかな」

三谷の推理に瑠奈が

「流石に向こうもそこまではボロ出しちゃくれなかったようね、地図だってちらっと
 写り込んでた程度だし、魔界大使館って言ったって檜上さんと鶴谷さんの
 たった二人で回している訳だから全国隈無くリアルタイム監視なんて不可能だわ」

韮淵がそこへ

「待ってください、この街は隔離されています、魔術的にも、現実的にも
 限られた回線と、航路、それもきちんと何をどのくらいというコントロールを
 されているはずです」

「先日の直での手出し…あれと同じように多分魔界から魔階(フロア)の欠片を幾つか
 通して専用回線のようなモノを敷いたのかも知れないわ…かなり不味い状態よ」

魔階…フロアとは、人間界と魔界の間の亜空間で、人工的に作る事も可能なのだ。
人知れず、そんな断片を繋ぎ繋ぎ魔階から人間界へ通じる「階段」を作ったと言う事だ。
そして基本、ある程度の広さや大きさがなければ魔階異常を担当する大使館にも
発見が大変に難しいのだ、そもそも魔階は「人と悪魔が戦いを織りなす」舞台だからだ。
二浦が溜息をついて

「この街の中で起った事なら我々の領分ですが、外が絡むとなると
 国土交通省から公安警備統括、そこから各所警備部内特殊配備係や課などに
 それぞれ要請という形になりますな…話が大きすぎる…
 それで鴨翼も昔の情熱に火が灯ってしまったのか…」

韮淵が二浦へ質問した

「昔の情熱って、具体的には何しようとしたんです?」

二浦は溜息をついて瑠奈を見た。

「日本全国の玄蒼市化、魔界との一体化よ」

何とスケールのでかい、三谷も韮淵も開いた口が塞がらないようだった。
二浦がそれに

「三十年程前の時はその目標だけを掲げて半ば無計画にとりあえず東京みたいに
 考え、魔界側との協議で新宿区を「二つの世界にする」事で収めたんだよ。
 だから今回はもうちょっと考えてどこか地方都市に絞るんだろうと思う」

韮淵が

「ちょっと待ってください、実際に新宿はじゃあ「新宿」と「魔界新宿」と
 二つある事になりますよね? そっちもコッチと同じように?」

瑠奈がそこへ

「管理局にも問い合わせたわ、その時は新宿支配側と魔界・バスター連合とで
 壮絶な戦いを繰り広げて今はほぼ廃墟ですって…生き残った人や悪魔がまだ居て
 油断のならない場所…ただし魔界側で行き方を制限したので
 よっぽどの偶然に迷い込んだ人が新たに増えたかもくらいだってさ」

三谷が顔を引きつらせながら

「ホントにあったんだな、「魔界都市新宿」…」

「ええ…ただ、人も主要な施設もほぼ無い状態だから、何て言うかな
 新宿であって新宿でない無法地帯くらいの場所、支配する魅力の無い
 魔界からの監視もある場所になってる、両者でそのくらい外観が変わったし
 今更融合も出来ないから放置って状態ですって、こっちは檜上さん情報」

韮淵が感心したように

「相変わらず百合原さんは軽やかに管理局情報と魔界情報を両方取得してますねぇ」

「あたしの属性はニュートラルだけど「どっちつかず」では無くて
 「どっちの理もそれなりに遵守する」方だからね…何か魔界側に
 気に入られてる節があって…」

流石に一仕事終わった疲れが来たのか瑠奈の声に力がなくなってきた。
二浦は察知して

「仮眠部屋で寝るかしてください、とりあえず次は我々の出番ですから」

「ええ、そうさせて貰う、でもバスター待機部屋で寝るわ、あそこのが落ち着くし。
 三課の課長さんにはコーヒー飲みに来てもいいけど静かにお願いって
 言っておいて、昼過ぎか夕方前には復活するから」

「おう、お疲れさん」

三谷が言うと、瑠奈は一課を去って署内にあるバスター待機所へ向かった。
ちなみにこの場所はバスターで警察に捜査協力する場合に誰でも使える場所であるが
何故かほぼいつも瑠奈が使っていてほぼ瑠奈待機所になっていた。



昼を過ぎ、朝のやりとりから5時間ほど…と言う所でバスター待機所へ
五人の男がやって来た。

バスター待機所とはいえ、それほど広い空間では無く、六畳ほど。
机が二台、棚類が壁面にそれなりに、そして応接スペース的に
テーブルとソファが向かい合わせであり、瑠奈はその入り口側で寝ていた。

ひそひそ声で五人のウチの三人、韮淵が

「毎度目隠し代わりにピクシーが顔に乗ってますよね…よくあれで寝ていられるなぁ」

二浦がそれに

「「毎度」だからだよ…、特別捜査官殿とそのピクシーの付き合いは
 9年くらいだっけか…初めて仲魔にしたピクシーをそのままずーっとだそうだから」

三谷がそれに応えるように

「バスター界隈で「ピクシー馬鹿」と言われてるほどピクシーに入れ込んでるからな」

「そんな事よりセンパイ…起こさないと…」

「ヤダよ、俺は…わざわざあの「殺すぞ」って不機嫌満開の目で見られたくねぇし」

そんな三谷の言葉に五人の内の一人、結構な高官らしき人物が後ろから

「事は重大です、何でもいいから早く起こしてください」

他の四人は「だったら貴方がやってくださいよ、小山内警視どの…」
と思うのだが、そんな時に。

「ごちゃごちゃごちゃごちゃ煩いのよ…起きたわ…アイリー、休憩終り」

瑠奈がアイリーのウェスト辺りを手で掴んで持ち上げ、自分も起き上がりつつ
テーブルの上に置いておいた眼鏡型COMP…バスターの証でもある
悪魔召喚プログラムその他他の仲魔などもその右側の端末に収まっているそれを装着する。

ちなみにバスター訓練初級で支給されるのは腕にはめる肘から手首まである
薄型のハンドヘルドコンピューターであり、それ以外のCOMPは
大体が何らかの報酬か、有料で買うモノである、瑠奈のは勿論自分の
イメージに合った眼鏡型を選んで買って使っているのだ。

「ん…うーーーーーーー………ん…おはよー…」

半分寝惚けたアイリーが五人に向かって柔らかく眠そうに微笑みかける

「あ、お早う御座居ます…w」

韮淵が反射的に愛想笑いで応えるが、この小さなピクシーが車さえ両断しそうな
「神の剣」を跳ね返したり、神の雷を全吸収したりしてるのだ、正直、怖いというか
韮淵の笑顔はやや引きつっていた。

そこへ五人最後の一人、三課の課長さんが申し訳なさそうに

「静かにって言われたけど起こしたら悪いと思ってさ…コーヒー頂いていいかな?」

瑠奈は目覚めきらない頭を再起動するかのように眉間を指で押さえながら

「じゃあ、人数分お願い、ここからまたここで会議に入るわけでしょ」

この瑠奈という女、相手の身分が高いと言うだけではなんの意にも介さない
言葉遣いも至っていつも強気な感じであった。
彼女が敬称を付けたりそれなりに言葉を選ぶのは、彼女が尊敬するに値すると
彼女が認めた人物だけなのだった。
まこと、損する性格をしているのだ。

「…ソファは詰めれば三人入れるからここでもいいし、スペースが欲しかったら
 机の方の椅子持って来て、とりあえず流れを聞きましょう」

三課の課長さんも結構いいように瑠奈を使ったりもするのだが空気を読むのだけは
そこそこ上手いので、最初の一杯を瑠奈に渡しつつ

「三課の俺必要かな?」

「え、コーヒー飲みに来ただけじゃ…」

韮淵が突っ込むと

「あわ良く三課領分の種でも拾うつもりだろうさ、いいんじゃないんですかー」

ややあきれ顔で三谷が三課の課長さん…辺島係長を見ると、彼もニヤッと笑って応えた。
二浦が小山内警視を案内し入室しつつ

「とりあえず、事は大きくなるよ、俺達警察が出来る事はこの市内での動きの監視と
 捜査、立件、逮捕など実働隊の確保がメインになる、そこは基本悪魔召喚でもない限り
 特別捜査官といえどそう易々と踏み込めさせませんがね…」

二浦が聴取した資料を、小山内警視(公安)がまた別の資料をテーブルに置き、
瑠奈の向かいに座った。
三谷がイヤそうではあるが瑠奈の隣に間を置いて座り、そうなるとしょうがないので
韮淵と辺島課長は机から椅子を持って来て応接スペース側へ寄った。



「貴女が記録した候補地が幾つか絞られました…」

小山内の言葉に瑠奈は資料を拝見しながら

「外の国交省とか向こうの公安特殊配備係から正式に回答があったって事ね」

「ええ…何しろ不明瞭なイメージですし、事情聴衆でも背景に写りこんだ
 地図まで気にしてみた居たモノなど居るわけもなく、それが誰でそこがどこか
 確定には至りませんでしたが…」

「一つだけ気になる土地があるわ…」

「勘付かれましたか、そうです、迂闊な事にそこはノーマークに近かった」

それは、札幌であった。

三谷が警視に質問というように手を上げ

「ノーマークに近かったとはどう言うことでしょうか」

それには瑠奈が答えた。

「「祓い人」の存在よ、本州の候補地なら陸続きだしある程度の人の融通も利く」

そこへ小山内警視が

「北海道は現在正規で「祓い人」として活動している人物が一人しか居ません、
 腕の立つ助手が居るそうですが、まだ中学生とのことで実質一人で札幌…いえ
 北海道全域をカバーしているわけです」

そこへ韮淵が

「ええと、祓い人って言うと…天照院(てんしょういん)のあの人とか
 何年か前入ってきた彩河岸(あやかし)地区担当の二人の巫女の事でしょうか」

瑠奈がそこへ

「そう、この街ではもう魔界と絡み合った部分があるからストレートに祓いの力は
 使えないけれど、この街の「外」では霊や魔に対抗する人達として
 千数百年は確実に歴史を持つ職業らしいわ」

「千数百年って…奈良時代とか…」

「いえ、もっと昔…ひょっとしたら縄文の頃から原型はあったかもだってさ
 この街にはこの街なりの理論や理屈、学問やその効果があり、
 そのお陰で一般市民でもいわゆる「祓い」に似たことが出来るわけだけれど
 そのせいでこの街では祓い人はストレートにその力を使えない何て言うか
 魔術的障壁があるのね、それでもこの街ですら矢張り祓い人は必要なのよ」

そこへ二浦が

「良く覚えてますよ、まだ私が今の韮淵くらいの頃に起きた魔神降臨事件
 それを治めたのは当時技術も何も未発達だったバスターじゃなかった。
 天照院の宮司にして巫女の天照フィミカ…彼女の力は圧倒的だった…
 魔界からの応援が来る頃には街は半壊かと思われたその時に放たれた
 太陽のような白い光、魔神はその一撃で体の殆どを吹き飛ばされ、
 後ろにあった建物すらも吹き飛ばしてしまった」

瑠奈が補足で

「この街で祓いの力を素で使おうとすると出力が大変に難しいらしいわ、
 フィミカ様もその一撃でふらふらになったらしいしね」

韮淵が感心したように

「あのちんまりとした「いつまでも年を取らない」女の子ってそんな凄いんですか?
 祓い人がみんなそうなんですか?

「いえ、フィミカ様は特別…というか祓い人の頂点…それでも人口70万にまで
 膨れあがったこの街を一人で…正確には彼女の仲魔…これも特殊だけど
 二人でカバーするには広すぎた…だから数十年置きに外から祓い人を
 何人かだけ呼び寄せこの穢れた町の浄化に勤しんできたのよ」

そこへ三谷が

「今はバスターが居るから別にそんなのいらねーんじゃないのか?」

「「命がありそれが尽きる限り無念はなくならない」フィミカ様の言葉よ、
 あとバスターとは言え本来A級になったら所属について一種軍事的な活動の
 メンバーとして動かなくてはならない、例外中の例外があたしと、
 彩河岸地区の二人、あたしが例外なのは高校生になった途端修羅に巻き込まれ
 街探偵としての経験を積まざるを得なくなった事情から単独が許されたパターンで
 彩河岸地区の二人…四條院沙織と天野宇津女この二人がA級なのに
 所属が管理局にないのは「祓い人」だから、彼女達の所属は何があろうとフィミカ様」

そこへ二浦が

「あとは…上り詰めた途端に「飽きた」とバスター引退しつつ、非合法バスターとして
 敵なのか味方なのか中立なのかすらも判らない輩ですな」

そこへ小山内警視が

「この街では悪魔が基本ですが霊だって居ます、その霊を下手に魔に昇格させない
 為にも、祓い人はこの街にも必要なのですよ」

韮淵が妙に感心したようにへぇ〜〜と言う。

「そして話は戻るわ、北海道は札幌が候補地…そして正規の祓い人は一人…
 これも元々はフィミカ様が彩河岸の二人の前の候補として欲していたほどの
 逸材らしかったの、北海道はそれでは穴が開くという事で四條院や天野の
 幾らか分家を移住させて北海道を何分割かして管理させるつもりだったんですって」

「天野や四條院ってそんなに祓い人が多いんですか?」

瑠奈は流石にちょっと困った表情になり

「あたしもどんな頻度でどの程度の割合で祓い人が居るのかは知らない、
 でも考えてみて、一人招聘の予定が代価二人になってやって来た…
 その一人は相当に強いらしいわ、滅多にその血筋からは祓い人は生まれなくなったけれど
 出てきたら強い…十条という家系らしいのだけど」

小山内警視が

「話が戻った所で本題です、日本と言う国は古くからのモノの考え方や習慣も残る
 国ですから、魔界との繋がり云々では無く力を持った霊や魔が時折出現します。
 本州各地ですと、それぞれの活動もそれぞれの祓い人やその「火消し担当」である
 警備課・特殊配備係…或いは課による記録もあります、誤差は多少あるモノの…
 その中でも…札幌ほど誤差のある土地はありませんでした」

二浦が

「それはどう言うことです?」

「どうも…防衛省が絡んでいてそちらはそちらで独自の機関を持っていて
 迂闊につつけないらしいのですが…魔に対して自衛隊で処理して居た節が
 何件かありました…本来それは祓い人の領分なのですが…なぜか
 率先して自衛隊の…これが特秘の部隊があって活動しているらしいのです」

三谷がまた怒りを滲ませ

「どーして組織ってのはそうなんだ…何かヤバい研究でもして居るのか?」

小山内警視もその三谷の怒りを受け

「わたくしもそう思いますよ…ですから政府を動かしてでも「不明瞭な退魔解決」を
 少なくするよう働き掛けました」

そこへ瑠奈がコーヒーを一口飲んで

「札幌ね…十分怪しいわ、統一された歴史が出来るのが近代に入ってから、
 日本国所有だと主張するのに地図作らせたのだって近世になってから、
 その頃には各地にいたアイヌがそれぞれの文化などを持っていた、
 歴史的にも霊験灼かと言う物に乏しい所だわ…」

「とりあえず、札幌の件につきましては、今後様子見の一つとして
 自衛隊の特殊部隊には動きを抑える通達は行くはずです、問題はその後ですよ」

「…ま、まだ疑いの濃い候補地ってだけだからこちらから手出しは今のところ無理ね」

「ええ、他にも候補地はありますから、どちらにせよ…」

小山内警視の資料と、幾らか事情聴衆に応じた犯人側から
「報復の飛ばない範囲」での情報をまとめた報告書を並べ

「この街の外から何者かがこの街を利用して外用に翻訳した魔術を広めようとしている
 事だけは間違いがありません」

小山内警視の言葉に二浦が瑠奈に

「実はもう何度か魔術本やその材料になるようなものを電車使って外に出してるん
 だってよ、手口は入ってくるときに一番近い駅で一瞬乗り込んで
 外との手引き者の荷物に潜ませる方法だそうだ、
 ただし、数日から数時間時間が前後するという魔術的効果で手引き者自身の
 記憶が混乱して上手く運び屋にならない場合もあったらしい、
 そこで今回、最後の四つ目の駅での「逃げ切り作戦」
 何時間時間が戻るのかも込みで用意してたそうだ、そして、最悪の事態として
 そいつが捕まり、鴨翼の事情聴衆になったら襲う手はずまで整えてな…」

瑠奈はじっと資料を見つめ

「改めてやってくれるじゃあないの…「誰か」さん…
 やられっぱなしも癪だわ、外に関しては「待ち」の部分が多いけれど
 中から方々突く事には少し力を入れましょうか…鴨翼邸から盗まれた本、名簿出来てる?」

そこへ韮淵が

「あ、はい、えーと、これですね、マメな人で目録作ってたんでそこからさっ引いた
 なくなった本の一覧です、これ、これらに関しては警察よりバスターの案件
 でしょうから、百合原さんが管理局と掛け合ってください」

瑠奈は少々呆れたように溜息をつき苦笑しながら

「あたしは伝書鳩か…ま、了解したわよ」

さて、じゃあ会議も解散か? と言うときに小山内警視が

「最後に、貴女の事務所の開頭手術や魔術的施行に関する細かい請求書がありましたが
 …高すぎます、正規の値段でお願いしますよ」

「何言ってるのよ、あたしもあたしで高校時代から独自に魔術を研究し幾らか資格もある、
 けれど、あたしは専門の研究家でもない、実践型研究者に過ぎないわ。
 ドクターは医学博士号は持っていて実習には入っていても免許ないんですからね
 そしてウチの設備はあたしやドクターで独自に開発したモノだらけだわ、
 それがあったから怪しい人物像だって掘り出せたし無駄に命の危険にさらすことなく
 外科的にも魔術的にも施術が成功したのよ、文句は一課の三人に言って頂戴、
 任せるって言ったの彼らなんですからね」

一課の三人は驚愕した、三谷が代表で

「あのドクターってモグリなのかよ! ドコのブラックジャックだよ!」

「モグリって訳でも無いわ、受けようと思えば即授与出来る物だけど、
 何しろウチが忙しいからね」

「ねーならモグリだろーがよ! 判ってたら頼んでねーよ!」

瑠奈はそこで少しイタズラっぽくニヤリとして

「ま、交渉には応じるけれど、正規の価格というわけにも行かないわね
 何度も言うけどウチにしかない独自の設備の開発のために何億使ったと思ってるのよ、
 折角の機会だわ、償却費用にさせて貰う」

小山内警視が一課の三人を睨む、縮み上がる三人だが

「…ま、確かに一般の指定病院、或いは魔術研究家だけではこうはならなかったでしょう
 交渉には応じましょう、ではわたくしと百合原女史はここに残るとして…
 四人は持ち場に戻ってください、いいですね」

「はいっ!」

三課の辺島課長には関係の無い話だが、四人がすっ飛ぶ勢いでお辞儀をして
バスター待機所を後にした。


第二幕  閉


キャラクター紹介その2

戻る   第一幕へ   第三幕へ進む