玄蒼市奇譚・第一章

第一夜

第一幕



前線の影響か雨は降り続いていた。
前章引きから二日ほど、ドクターによる検死の結果、被害者を貪ったと思われる
悪魔の種類は幾つか特定され、その等級に基づきバスター管理局もC〜B級を
一人警察の捜査班に加えた合同調査が行われていたが、それを嘲笑うかのように
また死体が発見された、ちなみに被害者はやはり地下組織の「総括の結果」のようで
一応市民としての登録情報は出てくる物の、自宅であのような惨劇があったわけもなく
恐らくどこかに「リンチ部屋」があるのだろう…と言う事で主に静岡県側から
真從区、及びその隣接郊外地域、玄磨区市街地(玄磨区は郊外が農地牧地のため除外)
をメインに捜索が開始された。

因みに真從(まじゅう)・玄磨(げんま)・彩河岸(あやかし)と読む。
歴史的には真從区と玄磨区の間に特区として広がる天照院とその参道付近が最初で
玄磨区が農業地帯として先ず開かれ、工場(こうば)などの需要で真從区が次に、
明治に入って内外の情報や物がある程度出入りするようになった頃本格的に
開かれたのが彩河岸区であるが、現在貿易港として機能している港は特区海側にある。

検死から戻ったドクターが事務所に上がって来て濃いコーヒーを淹れつつ溜息をついた。
デスクで地図とにらめっこをしていた瑠奈がドクターに声を掛ける。

「…新たな収穫はナシって感じ?」

「前回と比べ雨量が少ない事と、発見が割と早かったので被害者を貪った
 悪魔に変化はないこと、死亡推定時刻は夜中を狙っているね、
 「祓い人」を警戒していて「祓い人」の事を良く知っている者の犯行…
 或いは指示があるのは間違いない、この街に於ける「祓い人の価値」を知る人
 なんて僅かだから…或いはまた外からの指示なのかもね」

「…こちらも彩河岸担当の二人やフィミカ様に聞いたけれど、
 流石にフィミカ様の熟睡時間内や遠く離れた区の一人の魂の叫びは
 検知が難しいって言われたわ、フィミカ様はやや申し訳なさそうにしてたけど
 …あの人は日の象徴、仕方ないのよね…」

「…ところで何故大正〜昭和初期の地下地図を?
 廃ビルを一時的に閉じる可能性もあるだろう?」

「…としたら情報屋がそろそろ現場を発見なりしてると思うのよね、
 彼らは事件と血の臭いに敏感だから…」

「君らの下調べの結果はどうだったんだい?」

「あたしと一緒の沢山の修羅をくぐったとは言えアイリーじゃやっぱり
 血と死の匂い、魔の匂いには敏感とまでは行かなくて…
 ただ…」

「マンホールの下からそんな気配がする、という情報だけは掴んだわけだね」

ドクターは瑠奈の分もコーヒーを淹れて差し出しながらそう言った。

「廃ビルの可能性もゼロでは無いけれど…うん、やっぱり音漏れ防止の施術や
 現場まで持って行く道のりの特定に繋がりやすいから地下だと思うのよね…」

瑠奈はその濃いコーヒーにいつもの自分の分量の砂糖とミルクを入れて一口、

「この街は本格的な隔離前から隔絶された土地ではあった…
 第一次世界大戦辺りから先進国に仲間入りしようって時期に、
 ここを軍事要塞化する計画が幾つか立てられてはこの土地の穢れによって
 祓い人…主にフィミカ様や当時居た祓い人…仏教系も含めて
 大変な祓いが何度か繰り返され、大東亜戦争末期にはほぼ諦めた状態…
 今地下街としてなんとか使えているのは地下鉄各駅周辺くらい…
 そっちは大正昭和初期に掛けて何とか祓った所を繋げて改めて
 フィミカ様達祓い人に穢れを祓って貰って通した所だけ…
 もっと言えば「地下街」として機能しているのは市政府役所近くの「玄蒼駅」
 地下から地下鉄「玄磨一区駅」までの数百メートル…」

ドクターは応接スペースの瑠奈近くのソファに座り、

「それで、施工はされど未開発で終わった地下を探っているわけだね」

「…ええ、防空壕としての役目も果たしたし、かなり頑丈に作られている
 …流石に高高度からの爆撃だと「漏れて」ここに被弾した焼夷弾も
 結構あったようだけど…軍事要塞化の失敗から大した施設もなかったのが
 幸いして、地上も被害者人数が他の都市に比べ格段に少なかったようだわね」

「ふむ、なるほど爆撃に耐えうる地下の線は濃そうだね」

「先代の堀江さんが何を調べてこんな資料を沢山もってたのかはもう判らず仕舞い
 だけれど…今となっては大変貴重でいい資料だわ…」

「先代さん…か、知っているのは君とジョーン君くらいかな」

「そうね…あたしは中に籠もって魔階(フロア)での演習の繰り返しって言うのに
 向いていなかったから、外に活動を求め、探偵事務所であるここの門を叩き
 とりあえず書類整理などから仕事内容を覚えるように言われて…」

「…そんな時に起きたのがバスター追放事件…そして先代さんもその一人になった」

「そう、あたしも一通りノウハウは得た所で実務に入って直ぐだった、
 思えばバスター資格からその能力、仲魔まで一瞬で失うような「穴」が
 この街にあったなんて寒気がするわ…ひょっとして、当時から
 「事件」は始まっていたのかもね…バスターの無力化…とはいえ
 一度に数人が限界だから非効率も甚だしいけれど」

「君の捜査やそれに協力した先代の友人、そして檜上さん達によって今は完全に
 穴は監視され塞がれた状態と言っていい、君の横の付き合いが広がる切っ掛けにも
 なった訳だし、何とも言えない案件だったようだね」

「ついぞ堀江さんは何を探っていたのかは教えてくれなかったけれど、
 でも何となくそれは「果たせた」気がするのよね…多分それが
 エーデルステン博士夫妻の研究を破壊することにも繋がって居たと思う」

「君と私の縁というか…私が彼らの元で解析のアルバイトをして居たのに
 あの日に限って休みを貰っていた…これは運命なのか…複雑だったな」

「襲われたのが市政府では無く一研究所だった事で大ごとにはならなかったけれど
 バスター側に力を付けさせたくない勢力の封じ込めにはなった…
 生存者がリーザ一人って言うのは余りに痛ましい結果だけれど、
 その場にいた警備員はD〜C級…逃げだした人も居たようね」

「君も当時レベリングはしてたがC級だった筈だ、メギドを覚えて居たこと
 リーザ君を最後の最後まで守った使用人が手傷を負わせていたことで
 何とか治めたんだったっけね、君から私への依頼は、
 使用人、ユーリ・スギノ…何の縁かわたしと同じ名字の彼女をなるべく
 生前の姿に近く復元することだった、彼女とも紅茶の魅力について
 話し合ったこともあって、悲しかったな」

「…幾星霜…色々あって今がある、堀江さんが何を探って集めたのかは判らない
 この地図達は、でも今あたしにとって大きな答えへの扉になる…そう予感するわ」

話に一段落付いた所で

「時に百合原君、お昼は食べたのかい?」

「え? あ、もうそんな時間か…」

「ダメじゃあないか、私が何か作るから、調べ物は続行しているといいよ
 ジョーン君ほど料理は得意では無いがね(苦笑)」

「ええ、有り難う、カレーくらいしか作れないあたしにとってはそれでも有り難いわ」



捜査は難航し、彩河岸区の二人の祓い人を借り出す算段も始めた警察と
バスター管理局だったが今度はそれを逆手にとって彩河岸区での事件とも
なりかねない。
捜査範囲を絞る意味でも、祓い人を動かすことは出来なかった。

「此ばかりは誠に申し訳なく思う、わらわの完全に眠った時間を狙われて居るなど
 己の習慣を呪うばかりじゃ」

真從区と玄磨区の間の特区…この街の起点であり、
玄蒼市一番地を宛がわれた天照院、江戸時代中期の
開墾当時大工達が資材置き場に使ったりしていた事もあり、
やたらと広い敷地に立派な社を建てて、それ以外にも立派な家屋を
幾つか作ってフィミカ様に献上された。

その理由は、他を開墾するたびに発掘される中世〜古代の遺跡から
発掘される遺物を鎮めたり、保存するための物として
広い敷地ながら建物はほぼ埋まって居る状態でもあった、
フィミカ様は特に縄文の古物を愛しており、結構なコレクターでもある。

そんな天照院の拝殿奧にて赴いた一課の刑事三人と瑠奈は下座でそれを聞いて居たが

「貴女は十分この街の発展に貢献してきたわ、今回の事件を引き起こした奴らは
 「祓い人」…特に市内の祓い人について良く知っている何者かが関わっている事は
 確実…だから、フィミカ様が気に病むことはないわ」

瑠奈の言葉に三谷が

「しかしこれ以上…今は組織内の「総括」で済んでいるが事が一般市民に及ぶと
 流石に貴女にも協力願わなければなりませんよ」

既に三件目の死体も見付かってそれもまた組織内部の「総括」であることまでは判っていた。
あれからまた二日が経っていた。

「真夜中はどうにも苦手なのじゃが…どうも二日おき…事が起きるとして
 定石にはめるなら明後日夜という事になるじゃろう、それまでに体調管理はしておくので
 今回までは許しておくれ」

「頼みますよ…この街の開祖にして戦後までは結構市政に口も挟んでいたそうじゃないですか」

二浦が言うと

「…鉱山や銅山、工業化に対する水質汚染や無理矢理な土地開発で折角わらわが
 築いた「そこになければ意味のない結界の役目を果たす祠」などを
 どけたりしたからに過ぎぬよ、この街の特に玄磨・彩河岸の奥地は水源にも
 なっておるでな、それが汚染されたとあっては長い目でこの街のためにならん、
 まぁ魔術等の発展で物理的に人間が魔に対抗できる土地になってきたわけじゃから
 最近はもう何も言わぬことにして居るだけじゃ」

そこへ瑠奈が

「…魔術的な隔離のせいで祓い人が正常に祓い人として活動出来なくなった
 犠牲もあるけれどね」

「まぁ、そこは祓いの力を持たぬお主らが力を付けることでお主ら自身が
 自ら魔と対峙できて居るからむしろ歓迎じゃよ、じゃが、
 霊や魂となると話は別じゃな」

「そこは科学的にまだ確立とまで言えない状態…幾らこの街でも霊や魂までは
 科学に出来ていないからね…フィミカ様にも協力はして貰わないとならないかも…
 …出来ればその前に…あたしの目星が付けられればいいのだけれど」

そこへ韮淵がやや正座を辛そうにしながら

「もうそろそろアタリが付けられそうなんですか?」

「…範囲的にはね…ただ、出入りに魔術を使っている可能性が高い、
 そうなると傍目にはただの床とか壁にしか見えないから…範囲じゃなくて
 「ここだ」って所を確定しないと…」

三谷がそこへ

「とりあえずその「範囲だけ」でも提出してくれませんかねぇ、
 こちらも警察犬など導入して血の臭いを追わせているんですが
 奴らも馬鹿じゃないのかあちこち歩き回った末に死体を遺棄しているらしくて」

「そうね…一度事務所に戻ってスキャンとOCR、今の地図と合わせてどの辺りか…
 って作業があるけれど、そこは協力するわ」

二浦がややあきれ顔で

「…情報料は別途請求ですか?」

「そうしたいけれど、ここまでに犠牲者が三人、ドクターの分析も
 対象悪魔が魔獣タンキ・オルトロス、妖獣ヌエ、邪龍タラスク…
 もう一種何かあるかも知れないけれどほぼ毎回それだと言っているわ
 特に他に進展があるわけでも無し…正規の協力費でいいわよ」

韮淵はフィミカ様にあらかじめ「座りたいように座るが良い」
と言われていたので正座を崩しつつ、二浦の瑠奈に対するツッコミに
「勇気あるなぁ、流石ベテラン」と思った。

そこへフィミカ様が意を決したように

「その資料とやらを警察に配布し実際に現地に赴くのならわらわも同行しようぞ」

韮淵が驚いて

「無人にして大丈夫なんですか?」

「無人にはせぬよ、「はと」を残すでな」

そこへ茶と茶菓子を持ってやって来るもう少女と幼女の間くらいの幼い子なのだが
綺麗な所作でそれぞれに配り、フィミカ様の側に座り「あにゃー」と一言。

瑠奈がちょっと苦笑気味に

「どうぞ遠慮なくお召し上がりください」って意味よ。

韮淵が

「判るんですか!?」

「正確には…(苦笑) でも、そう言う意味の言葉を掛けてくれたのでしょう?」

瑠奈が「はと」と呼ばれたその少女に言うと、満面の笑みで「あにゃー♪」と返す。
そこへフィミカ様が。

「この「はと」は「はとほる」なのじゃが、徳川時代に長崎に貿易でやって来た
 古めかしく、もう詳細も判らぬような石像に宿った二つの個性の一つ、
 古代えじぷとのかなり長く続いた家系でその家の女児に伝わり
 幼い信仰心が形となって現れた、未熟ではあるがれっきとした神じゃぞ
 この「はと」に留守を任せる、なに、賽銭投げ込んで何ぞ祈願する以外の
 用事で拝殿の奥に来る物はほぼ天照院参道周りの商店街の者達だけじゃ、
 古くからの馴染みじゃし「はと」でも十分用は果たせる」

瑠奈が補足し

「一般の契約に基づいた「仲魔」じゃないのよ、未熟なハトホルって言うのは
 確かに確認された亜種だけれど、この子は全然ルーツを別にした特別な子。
 フィミカ様と共に三百年近く活動してきた実績があるわ、大丈夫でしょう」

三百年…そう言われてしまうと三人も納得せざるを得ない。
既に瑠奈は図面の加工をドクターに代診しており、取りに行くだけになって居たので

「既にデータとしてはあたしのCOMPにあるわけだけど、
 一課の三人に言っておくわ、三課の人にも応援頼んでおいて」

ちなみに通常警察は色々な課があり、細かく役割も違うがこの街では人口は
七十万と少し多めではある物の、区ごとには署を置かず分註所というか
交番の少し大きい交番統括みたいなのがあるのみで、警察署としては
街に一つしかなく、しかも通常の課を幾つか統合してあり(たとえば鑑識と科捜研)
「お巡りさん以上」になるためには結構な努力の必要な街でもあった。

三課は殺しまでは行かない暴力沙汰や薬物関連、外国人関連を扱う部署、
一課はいわゆる凶悪犯罪、殺人、強盗致傷・致死、事故死、銃刀法違反の一部

銃刀法に関して三課は一課とぶつかることも多々あるので
余り関係の良い課ではないのだが、瑠奈はその要請を勧めた。

因みに二課は詐欺などの経済犯罪の他にもサイバー部署も兼ねていたり
輸入物、輸出物にも捜査範囲が及ぶので、これまた麻薬絡みなどで
各課ぶつかり合うことがある。

大概は「それが起きた場所」で譲り合うのが通例となって居た。

一課の三人は渋々三課にも数人の応援要請と共に百合原瑠奈の営む
「工藤探偵事務所(因みに先代堀江さんは二代目、
  工藤さんという人が開いた事務所なのだ)」
近くでの集合を掛けた、フィミカ様は瑠奈の車に同乗して事務所へ向かった。



「…なるほど…真從六区が範囲に入ってるんじゃ三課も止む無しか…ちっ」

配布された地図を見ながら三谷が納得せざるを得なかった。
この街にも「どう言う訳か・どこから流れて来たのか」戦後…もっと言えば
封鎖後にやって来た外国籍の人物もそこそこ居て(全人口の2%程である)
真從区六区はそう言う外国人の多い場所で、勿論治安も決して良いとは言えない。

三課の辺島課長も参加していて

「…これ外国籍絡んでたら厄介だよ、服役後国に引取って貰ってそれぞれの
 国に返してやれって言っても何故か突っぱねられちまうんだよな」

「K国人の前例作っちまって数十年アメさんに抑えられっぱなしだった間に
 強固なネットワーク作られちまって教育機関は共産系に幾分抑えられて
 国民もだいぶ事なかれ花畑主義に染められちまったからな…
 課長さんの苦労もそこだけは同情するわ」

三谷の言葉に辺島は何とも言えない表情で「悪いね」と言った。
瑠奈がそこへ

「とはいえ、「一応」なのよね、三課の人達に頼みたいのは
 詰まりそう言う「総括」の断片でもいい、死体を運んでる奴…或いは複数の
 目撃情報がないか、先ずそこメインでお願いしたいのよ」

「なるほどね、じゃあ仕込みの要りそうな料理店辺り辺りから聞き込み開始するか
 おう、じゃあ行くぞ」

辺島課長は部下二人と先に車で現場へ向かった。
三谷がそれを見送りつつ、

「地下を奴らが使ってるって言う算段は立てなかったのか?」

「…多分「誰かさん」はそう言う民族性も熟知していて内部には入れてないか
 居ても下っ端だと思うのよね…特に大陸系は組織を腐らせる名人だから」

「言えてる」

「さて、あたし達は先ず「どこからこの地下構造に入れるか」の入り口探しから」

二浦が視線だけ天を仰いで

「雲を掴むような話ですな」

「アイリーとの下調べで微かに感じたマンホールからになると思うけれど
 構造自体結構本格的で広いしね、ある程度覚悟して。
 皆対悪魔用装備というか弾丸くらいは用意してきたわよね?」

「そこは抜かりなく、当別捜査官どの一人では手に余る事態くらいは想定してますよ」

瑠奈は少し微笑んで

「いい心がけだわ、では行きましょう、正確にはそのマンホールは真從七区にあるわ」



玄蒼市の下水道というのは実に複雑で、先に示した通り地下開発の影響もあって
もういっぱしのダンジョンと言っていい複雑さであった。

全員が降りてそれぞれにライトなどを照らそうとしたときに、フィミカ様が
両手を口に寄せ何かを呟きその両手を広げると四方に眩しすぎず、かつ
それなりに裸眼でも視認性の高い光の領域を作り出した。

「この方が、視界も良好じゃろ」

祓い人という物を今ひとつ理解していなかった一課の中でも特に韮淵が
それに驚愕し、なるほど、こう言う事も「能力に含まれるのか」と感心した。
因みにフィミカ様は常に両目を伏せていて、視力自体はないが別の何かで
世の中を見ている、この光は詰まり、瑠奈達四人のための光なのだ。

「有り難いわ…後はどこかに血の跡でも残っていれば…」

闇雲に歩くのでは無く、古い計画地図からそういう「リンチ部屋のありそうな空間」
を割り出し、瑠奈は歩き出した。

「…とはいえ、当時から浮浪者対策なのか計画が打ち切りになった途端入り口も
 コンクリで埋め直されてるからね…二浦さんの言う通り、雲を掴むような話だわ」

全員目を皿のようにしてその「残り香」を探す。

そのうち、フィミカ様が

「おう、待て待て、臭うぞ、怨の欠片がある、近くにある」

とはいえそこはただの通路で一見何も無い、下水も初日の大雨のせいで
数日水が溢れていたのだろう、足下には血の跡も見付からない。

「どこかもっと正確に判る? フィミカ様」

「待って居れ」

フィミカ様が今度は右手指先を口元に持って行き何かを呟くと
右手指先に円盤状の波打つ白い光が現れ、歩き回る内にその波に偏りが見え始める
なるほど、祓いによるレーダーなのだと一課の三人は祓い人の存在を改めて見直した。

「…ここのようじゃな、この奧じゃ」

そこへ瑠奈が

「…確かに入り口は塞がれているけれどその奥には部屋があるわ…」

三谷も地図を確認しながらそれに応え

「ああ、あるな…だがどうやって…魔術的な開閉となると探偵さんの領域か?」

「かも…ちょっと待って、檜上さんにも意見求めてみるわ」

と言って瑠奈がCOMP越しに魔界大使館へ連絡を取った。
フィミカ様は壁をしげしげと見つめながら(とはいえその両目は瞑っているのだが)

「難しい呪文は使わぬはずじゃ、それなりにばすたーでいうC級辺りでも
 十分使えるくらいの…詰まりわらわの十分抑えた「詞(ことば)」でも代用は
 効くと思うが…どれ…」

一課の三人や瑠奈を余所にフィミカ様は少し考え、位置を調整し
今度は口元には指先は向けずに

「tsodital kwabe yo tsophila t(ou) nalitse pfilak(ue)!」

敢えてアルファベットで示したが、それは古語っぽい響きでフィミカ様の
両手がコンクリートの壁に触れて押すと、それは開いた。

一課の三人が思わず「おおっ」と声を上げる一方瑠奈は思わず笑った

「あっはw そうか、そうよね、そんな難しい技法なんて覚えて施行するだけで
 面倒だものねw」

電話の向こうの檜上さんも

『フィミカ様の選んだ言葉で開きましたか、では実情は結構単純な「呪文」かも
 知れませんね、考えすぎは禁物といういい教訓です』

「全くだわ、どれ…あたしも極力知られた魔術の中から最も簡単な分類で探ってみよう
 取り敢えず、まずは何番目の現場か判らないけれど、中の調査だわ」

「待て」

フィミカ様が結界のようなモノを敷き、再び何らかの詞を投げると
血だまりや食い残しの著しいそこに人影がぼんやり浮かんだ、
その顔からして、一人目の犠牲者のようだった。

「お主はもう死んだのじゃ、この際全てをぶちまけて昇華成仏とは行かぬか」

その魂は言った

「…上の欲しがってた本が探し当てられなくて…増援が来たせいで
 撤退したからだよ…なんでここまでされなくちゃならないんだ…」

「さぞ苦しんだのであろう、お主の魂からも漏れ伝わる、しかしもう終わった
 最後に何という本かを教えてスッキリと昇華せぬかや?」

「広範囲結界術序の版…」

「よし、お主自身は暫く無念も晴れんじゃろうが、わらわが後押しをしてやる
 逝くべき場所に逝き、大きな和の中に戻るが良い、そして今度は
 道を誤るでないぞよ、(フィミカ様は右手に詞を込め、そしてそれを被害者に向け)
 また来世じゃ」

「…ああ…有り難う…こんなオレでもやり直せる機会があるなんて…」

そう言いながら、その無念の塊はきらきらと光って昇華していった。
フィミカ様はそれを見送り

「うむ、祓い完了」

全てが一課の特に三谷や韮淵には初めて見る光景であった。
なるほど、魔だけじゃない、霊だって居て、それを悪霊・魔物にさせないために
祓い人は必要なのだ、という小山内警視殿の言葉をはっきり理解した。

「広範囲結界と言えば…この街を封鎖するしないで少し悶着があった頃に
 注目を浴びた本だけれど、初版は大正時代のはず…全四巻で、全てが
 揃わなければ全容は掴めないという内容の本の筈よ…表面上調べた知識に過ぎないけれど」

瑠奈がそう言いつつ、一課の三人を先ず中に入るよう指示する。

「って事は…今回の犠牲者三人の内残る二人もその関連って事ですかな」

犠牲者の魂は昇華成仏したとは言え、一応その骸に手を合わせながら二浦刑事が言った。

「可能性は高いわね…鴨翼邸から奪われた本の中に広範囲結界に纏わる本が二つあった。
 もう一つが重要…今の段階では範囲が広すぎてもう一件について
 何とも言えないけれど残る二人の内一人は確実にそのうちの一つ、
 「纏めの版」でしょうね」

三谷がそれに

「と言う事は間の二冊は持って行かれたって事になるな」

「そうなる、ただし序の版が無ければどう施行すればどんな範囲をどの程度というのは
 コントロール出来ない、ある意味真ん中二冊だけあったってしようが無いのよ、
 多分「誰かさん」は候補地を範囲に恐らくバスターの介入を遅らせる為に
 結界の距離を決めたいはずだからね」

韮淵がそこに

「鴨翼邸現場は封鎖はしましたがそのままです、放っておいちゃマズいんじゃ
 ないんですかぁ?」

流石に読みの深い二浦が

「奴らもそこまで派手な戦力を一気に使うほどの大きな勢力じゃないって事だよ
 確かに公安や我々が手をこまねいている間に秘密組織は作られたが
 大半の既知の活動場所は押さえられ、既に収監済みだからな」

瑠奈に戻り、

「とはいえ、放って置いていい案件でも無いわね、一時的に魔界大使館預かりに
 した方が無難かも知れない、その手続き、警察側の方宜しく、
 あたしはバスター側へそれを打診する、そして鑑識を呼ばないと、
 あたしらは次へ進まないとならない」

二浦刑事が

「ああ、そうだな…しかし…残忍な奴らだ…いざ現場を眼にすると余計にそう思うよ」

「悪魔に心酔して悪魔の言う通りに動く奴らだぜ、もう心も売っちまったんだろーぜ」

三谷刑事の言葉に

「そう…そうかもね、相手が人間だからと言って人間並みに扱うと痛い目見るかも」

瑠奈が呟き、一課が鑑識の手配をした所でフィミカ様に

「流石だわ、祓いの頂点と言われるだけはある」

「何のあの程度なら楽なモンじゃよ」

「流石の「誰かさん」も貴女相手には報復も飛ばせなかったようだし」

「それは様子見なのかある程度仕方ないと思うておったか何とも言えぬがな、
 さあ、次に行こうぞ、わらわももう後数時間が限界じゃ」

「判ってる、そう遠くない所に他のもある筈だわ、行きましょう」



二件目も間もなくフィミカ様が探り当て、一件目と同じ要領で同じような流れの後
そこでの総括理由は矢張り「纏めの版」奪取失敗に依る物であることが判った。

地下ダンジョンを進む五人だが方向的には横並び(地図上南北)の六区七区ではなく
五区の方へを進んでいた。

「嫌だわ、ウチに近くなって行ってる…三区だからまだ遠いけれど」

瑠奈のこぼしにフィミカ様が

「魂の叫びなど祓い人か死人(しびと)、一部死に関連する悪魔くらいしか
 聞こえぬじゃろうよ、おぬしが落ち込むことでは無い」

「…とはいえねぇ…(瑠奈はCOMPのターゲット感知精度を少し高め)
 ねぇ、フィミカ様、ちょっと次はあたしにやらせてくれる?」

「む、何か掴んだか」

「今後のために練習というか…、韮淵、鑑識一人ここに呼んで」

不意を突かれた韮淵刑事が

「えっ、はい!」

三谷が怪訝な表情(かお)で韮淵を見つつ

「お前も条件反射的にホイホイ言う事聞くんじゃねぇよ!」

軽く韮淵の頭を叩く

「いやでも…何かバスター案件っぽいかなと思ったんで」

二浦刑事が助け船を出すように

「そうだぜ、特別捜査官殿には次は自分の出番だと言っているしな」

「ここまで俺ら現場の保全と鑑識への橋渡ししかしてねぇ…何のために来たんだか…」

三谷のぼやきに瑠奈は答えた

「けしかけてくる恐れがあるからよ、主な活動場所…
 本拠地まではもっと考えに考え抜いた場所にあるんでしょうけれど、
 そこに迫ろうとするあたし達を牽制するために」

韮淵刑事がちょっと引き気味に

「それって悪魔をって事ですかぁ?」

「人はもう割けないでしょうから、そういう事でしょうね」

そこへ到着する鑑識、麦原、少々太り気味なこともあり息を弾ませつつ

「いやいや…お待たせ致しました…で、わたくしめは何をすればいいのでしょう」

瑠奈は空(くう)で壁の一メートル四方を囲い

「この辺りに何か人が陣を描いた痕跡が見付からないかとね」

三谷が

「そー言うのってお前の範疇じゃあねーの?」

「描かれて間もないか、壁ごと切り崩してラボで解析すればね」

麦原は慎重に「人の指の通った気配」を浮かび上がらせる薬品等を吹きかけて
薬品その二を吹きかけた所…それは現れた。
四角を二つ並べ、お互いの最も遠い辺に内から外へ払うように描かれた物。
瑠奈はまたほくそ笑んだ。

「お手柄よ麦原さん、もういいわ、ここは危ないから避難して」

「えっ」

麦原含め一課の三人も声を上げた。
フィミカ様がそれに応えた

「捜査が始まりこのペースでは核心に迫るか地下構造のここいらが
 使えなくなる警戒を敷かれてしまうことに、罠を張ったようじゃ」

そして瑠奈が何語か判らない呪文を一言その浮かび上がった陣と共に同じように描き上げ

「開け!」

と叫ぶとあっけなく壁は障子の扉を両手で開くようにゴンッと開いた。
警察官はCOMPまで行かないがセンサーは持っているのでそれに
室内が物凄い反応を示していることに驚く。

「ここからは瑠奈、おぬしの出番じゃ、もうこれは祓いではわらわの力が持たぬし
 ばすたーとしての力量はおぬしの方が遥かに上じゃ」

「ええ、フィミカ様には協力して貰って感謝してる…だから次はあたし」

その瑠奈の表情(かお)はしかし、不敵に微笑んでいた。


第一夜・第一幕  閉

キャラ紹介その1・フィミカ様と「はと」

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