L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:TWO

第一幕


時間を「CASE:ONE第三幕開幕辺り」まで今度は葵視点で戻そう、

葵は初めて弥生と出会ったときから「かわいい」に比べると頻度は落ちるが
言われている言葉がある、それは「貴女の体には神が宿っている」だった。

本当に「何々という名前の神」が宿っているという意味ではなく、
その驚異的な身体能力、そしてカズ君は弥生との共同作業であったが、
基本、力の行使に「詞(ことば)」が必要な弥生や祓いの力を持つ人々の多くに対し
葵は主に「祓いのみ(アタック専門)」とはいえ、その手順が要らない。
圧倒的身体能力から繰り出されるその一打一打が「祓いの行為」という
「才能の塊」なのだ、更に言えば五感が研ぎ澄まされた状態だと先の事件で
弥生も「科学捜査班要らずの目と鼻」と言ったようにかなり色んなモノを分析できた。
それを称して「神が宿っている」なのだ。

葵は最近何となくその言葉の意味がわかってきたところで
体を使った運動などを積極的にするようになっていた。
全ては、弥生の為なのである、というのも
「自分を見つけたから、弥生は自身の未来を決めた」
葵と出会ってしまったから弥生の運命も決まったから、
それに報いるために、葵は一生懸命生きているのだ。

とはいえ、先日は疲れた…
あの化け物カズ君との取っ組み合いだけで1,2時間緊張しっぱなしだったし、
幾ら餃子食べたい気分MAXでも、人間のミンチ死体を山ほど見た後では
流石に餃子を食べたいなんて言えなかった。
弥生が事件現場に着く前にそうこぼしたように、
「今日は餃子要らないかなー」に本当になってしまった、弥生さんはやっぱり凄いなぁ
と思いつつ、弥生と居酒屋でおつまみの丸ごと食べて当たり前の魚を在庫が無くなるまで
バリバリと食べるに昨夜は留まり、家に戻ると弥生の姪で高校生の裕子が
「テスト勉強の構え」のまま無防備に眠っていた。
「忘れてた、どうしよう」でまた悶着があり、やっと今日の予定が組み上がったのが
もう夜中過ぎていた。

そして今朝、嫌な予感はしてたモノの案の定遅刻しそうな寝坊である。
朝ご飯を食べる余裕なんて勿論無く、弥生から「朝ご飯・昼ご飯代」を貰う緊急処置で
葵は家を飛び出した。
ちなみに、葵が通う中学は中高一貫の共学私立校で、弥生の家からは
少し離れているのだが、それもトレーニングを兼ねて家やビルの屋根から屋根を
飛び伝い、直線稼げる道路は走って彼女は登校していた、トレーニングを兼ねていた。
そんな身体能力のない裕子の通学は弥生が責任を持って送る、と言うことで決まった。

葵の驚異的な身体能力を「取り沙汰さ無い事」「体育や部活など参加はさせるけれど
 葵の記録は葵だけの記録で公式記録にしない・葵を正規メンバーにしない」
コトなどを弥生が学校側に掛け合い、実際その能力を目の当たりにした学校関係者や
生徒達も「こんな漫画みたいな話、例外中の例外でいいよな」というカンジで
葵はその能力を発揮している割には普通に学校に溶け込んでいたし、
日本人の血が1/4というクォーターの美少女と言うことで人気もあった。
そして、密かにたまに葵を迎えに来る弥生のファンも多かった。

何となく葵のノロケから葵と弥生がただならぬ関係であることは同級生には受け入れられていたし
その弥生はまたこの学校の教師である赤羽阿美(あみ)ともただならぬ関係であるらしい
(一応、あからさまにそんな態度もフリも見せないのだが、何かあるたびに
 弥生は先ず赤羽先生にコンタクトを取るし、距離も近いカンジだからだ
 そして赤羽先生自身がレズ疑惑のある教師だった)
すらっとして背が高く黒髪長髪少し鋭い目つきにどこか気怠げな雰囲気の超美人なレズビアン、
「おお、ホントにいるんだな、そういうの」という
思春期の青少年たち(男女とも)には刺激的な存在でもあった。

さて、前段が長くなってしまった。
三時間目が終わって四時間目の前の休み時間である。

葵はまだ眠いと言う感じで机に突っ伏していた。
結局朝ご飯も固形物なんて食べる時間的余裕はなく、ウィダーinゼリーとか
ああいったモノを二・三個、一つ3秒チャージで絞り出して一気飲み正味30秒で
終了と言った味気ない、栄養価だけは補充したような朝ご飯も物足りなさ過ぎた。

「あー〜〜〜、お昼は購買+食堂だなぁ…」

クラスは早速昨夜の「南区とも中央区とも付かない辺りのガス爆発連鎖事故」
についても盛り上がっていた。
葵はそれを端で聞いていてホントはこうだったんだよ〜と言いたいのを
大体飲み込んでいた。
「もし、被害地域の中にクラスメイトのご家族や親戚や大切な人が混じっていたらその人が可哀想でしょ」
真相を話すことでニュースで言われている以上に悲惨な死に方をしたなどと、
その関係者が居るかも知れないコトに、弥生は葵に周囲への真相を語ることを禁じていた。

増して昨日のカズ君の破壊力、そして恐らく彼のターゲットになりやすい年頃の
女性なんかは潰されて殺された後性欲のはけ口にもされたんだろう、
思春期も真ん中に突入する辺りの葵には、その穢らわしさがよく判ってきたし
それをクチにする事なんて確かに相手を傷つけるだけになるかも知れないとぼんやり思っていた。

「ヒューガ眠そうだね、昨夜はお楽しみでしたか〜?♪」

キャー聞いちゃったって感じにクラスメート田端里穂(りほ)が他数名と盛り上がってる。
気楽でいいな…と、葵は疲労感に押されながらも微笑んだ。

「ううん、ちょっと弥生さんの仕事で疲れちゃって…夜中までバタバタしちゃったんだ」

「そっかぁ、探偵って話によって格好良かったり情けなかったりするけど、やっぱ大変な
 仕事なんかなぁ〜」

里穂の純粋なテレビからのイメージだろう探偵、確かに創作物によっては
それはダンディズムの象徴であり、またある面では情けなくも人情に厚い好漢であったり
はたまた、妙にクールで格好良く人外の事件を解決するいわゆる「厨二心をくすぐる」
ものであったり、色々だ。
葵は、ウチは厨二タイプだなぁ…でも人情タイプのような気もするんだよなぁ…とか
思っていると、どうやら隔離区域ギリギリ外で生き残り且つ正気を保った上で
事件を目撃していた人を親戚に持つ生徒、中里久尾(ひさお)が話に絡んできた。

「ニートの従兄がさー、見たらしいんだけど、事件の顛末を見える範囲で
 双眼鏡とか望遠鏡とかさ、そしたらなんか制服の男達がやってきて
 強制的に家宅捜索させられて、折角撮ったビデオや写真、消されたってさ」

へぇ、記憶はどうしようもないとして記録として残させない以上
証明は出来ませんって逃げる寸法な訳だ…と葵は思いながら聞いて居た。

「えー、なに、じゃああれガス爆発とかじゃなかったの?」

里穂達女子学生が好奇心アリアリで中里君に詰め寄る、
普通ここは又聞きとはいえ情報を持つ者として優位に立ち、或いはモテに通じるかも知れない
優越感を滲ませる場面なのだが…中里君は静かに、なるべく回りに聞こえないように
葵に向けて言った。

「銃声が沢山聞こえて静かになった後にさ、
 近所で有名な池沼(知的障害者の侮蔑的略)の家に入って行く女二人が居たってんだけど
 一人は背の高い黒服の女、一人は金髪で小粒な女…なぁ
 ひょっとして、それってお前とあの弥生さんじゃねーの?」

日常を生きるのに忙しい人間だと非日常に放り込まれた途端自我が崩壊したりするが
ニート…或いは例え何らかの事情があったにせよ重度の鬱以外で
家に引きこもってるような人々にとって「事件」はこの上ない刺激でもある、
あの悲惨な事件も正気を保ったままワクワクした気分で見学していたのだろう、
「そう言う目撃者、厄介なのよね、詮索好きだし」
弥生も常日頃から警戒はしていたが、テクノロジーの進歩も手伝って
遠くからズームでも綺麗に写真や動画が撮れてしまう今、全方位で何キロも
警戒を張るわけにも行かない、厄介なのだ、テクノロジーも時には。

こう言うときに葵は弥生に言われていたことがある、
全否定をしてはいけない、そこに、真実をひとつまみ入れて上手く
追及の矛先をずらす、これがウソの付き方だと。

「…うん、居たよ」

その声に葵の席の周りにたむろしていた生徒達はどよめいた。

「居たけど、ストーカー事件の依頼者が丁度あの辺りの人で、
 助けてって電話掛けて来たからそれで」

「行ったのかよ!」

中里君はちょっとそのニートの従兄を尊敬して食いついてきた。

「大変だったんだよ、もう、色々次どうなるか分かんない状況で
 何とかその人助けてさ、自衛隊の人は来ちゃうし、それでわや(混乱)だったんだ」

そう、葵の話は事実だ、色々沢山抜け落ちているけど、事実を話していた。

「その池沼の家が依頼者?」

「ううん、加害者、でも、あそこも爆発で家吹き飛んでたハズだよ、
 誰も生き残ってなくってさ、ああ、なし崩しにストーカー事件終了だねって
 で、その後自衛隊の人に怒られてたの」

うわ、大変そう、葵はそれで疲れていたのねと里穂達女子はそこで十分話に納得できた。
中里君はしかし

「でもあれ…化け物が暴れてたって俺聞いたんだけど…」

葵はそこで

「そこはよく判んない…でもあっちこっち爆発とか破裂とかしてたから
 それが化け物っぽく感じたんじゃないかなぁ、人の吹き飛んだ死体とか
 沢山見ちゃって夜マトモに食べられなかったさ」

少しだけウソを混ぜ、かつ少しだけ内容に迫るディティールを織り交ぜ
そしてまた真実をひとつまみ、なかなか上手いさじ加減だった。

うわぁ〜〜〜と女子が引いたところで中里君もこれ以上突っ込んだら
女子にドン引きされる、思春期のモテたい男にはここは引き際だった。
そして丁度よく四時間目始業のチャイムも鳴る。
何とかその場は解散になった。

四時間目の授業が開始され、その先生は赤羽先生だった。
赤羽先生は数少ない「事情を話してもいい人」だったので、葵も秘密を抱える苦しみを
最低限に出来た、そして赤羽先生も葵にはメロメロであった。
流石弥生の古い友人にして「アッチ仲間」でもあるだけに、好みがよく似ていたのだ。
葵の居るクラスの授業は、赤羽先生至福の時間でもあった。
赤羽先生は葵の声が大好きで、普段はランダムで生徒に発言をさせるが
必ず授業中一度は葵に発言させ、その声を聞いて至福を感じていた。
そしてその漏れる「至福の心」が「あの先生もそっちの人だ」の根拠になっていた。

ちなみに赤羽先生は南米系の日系三世でもあり二世の父が日本に戻り、同じ二世の母と結婚し
生まれた子であった、南米系ハーフの父と南米系ハーフの母で生まれた、
ちょっと複雑なハーフの人で勿論成人し今は日本国籍なので「日系人」などではないのだが、
そう言ったわけで南米系の遠慮のないボディとちょっと浅黒い肌を受け継いでいて
厚いぽてっとした情熱的な唇にくっきりした目鼻立ち、ちょっと長くて濃いまつげ、
「派手なタイプの美人」と言う奴であった、名字が赤羽だからって訳ではないのだろうが
赤い服を良く着ていて、それがまたよく似合っていた。

…でも彼女もかなりどーしよーもないレズビアンであったw

授業が開始されて割と直ぐ…葵の鼻が「異常」を感知した。
葵クンの「科学捜査班要らず」のその分析力は
「ここは今のところ問題ないけど、濃度が高くなったり、そう言う場所にいる人はヤバい」
という事が直感として判った、全く葵の体には神が宿っているのだった。

「あ、スイマセン、センセー」

葵が赤羽先生の授業を遮って立って手をあげ、発言の許可を求めた。
そんな事、今まで無かったので赤羽先生は虚を突かれるも、
葵クンが直で自分を指して声を掛けたことに至福を感じた。

「うん? なぁに日向さん、何か判らないところ、あった?」

ものすご〜〜く嬉しそうで甘く柔らかい口調だった。
「この先生も大概だよな、えこひいきしてる訳じゃないからいいけど」
と生徒達もちょっと呆れるのだが、そこへ葵は割と真剣に

「…何か…薬品系の匂い…しませんか?」

クラス全員が「えっ?」となって一斉に匂い始めた。
「だれか屁でもこいたんじゃねーの」と茶々を入れようかと言う
いかにも中学生な男子も居たが、窓際の生徒が

「ホントだ…なんか…臭うかも…」

となって、丁度窓際だった中里君が窓を開けた、
すると、そこから確かに何か薬品系の匂いがなだれ込んでくる。

葵は直感した、このままここに居るのはヤバい!
葵が中里君の机の上に乗り、窓から身を乗り出して匂いの中心地を探る。

葵の通う中高一貫校「私立百合が原桜木中・高等学校」は北区無印百合が原に存在し
私立校ではあるが、公立校とそれほど大差ない教育カリキュラムを敷いており、
余り敷居そのものは高くない学校であった。
中高一貫と言う事で敷地は広めで、グラウンドや各部活用のスペースなども入れると
「無印百合が原(他の百合が原は1から11の地域と、百合が原公園という分け方である)」
ほぼ全てをこの学校で占めていた、まぁ一つこの学校の利点があるとしたら、
広い敷地を活かし割と運動系の部活が強いと言うことだろうか。
グラウンドの他に体育館も充実していて「健康な体に健全な精神は宿る」というわけである。
ちなみに今の校長は三代目、直系血縁での跡継ぎではなく、教育・経営理念での
選抜によるスカウトであり、そしてその校長が弥生の父と学友だったところから
赤羽先生も居たこともあり、ちょっと遠いけれど…と葵をここに通わせたのだった。

中等部・高等部共に三階建てだが、廊下と渡り廊下で隔てられていて北向きに「への字」の
中等部は左辺に当たり、二年生になった葵は二階、クラスは五組でへの字左辺「止め」の近く。
ただし、一番端っこは
一階が音楽室・音楽準備室、二階美術室・美術準備室、三階理科室・理科準備室
葵は二階からこの匂いを「三階理科準備室」と定め、風向きも考え

「先生! 今すぐ中等部全員高等部側校庭に避難させて!」

と叫んで廊下に飛び出し非常ボタンを…勢い余って破壊してしまったw
が、非常ベルは幸い鳴ってくれた、
葵はクラスにいる放送委員にもう一度中等部全員を高等部側校庭に避難させるよう
告げて廊下でもそれを叫び、何だ何だと廊下に出てくる生徒達に廊下には確実に臭ってくる
「理科準備室」からの薬品臭が危険だと叫び、つまりへの字「止め」側の階段は使わないように
避難してと叫んだ。

その頃には主に三階(三年生)の教室でも異変を感じていたので、元兇に近い三年五組→四組
と言うように割と素早く避難を開始した。
どうもこの気体空気より若干重いらしく、一階でもそろそろへの字止め側、詰まり一年五組
辺りでは匂いもしてきていたので素早く避難は進んでいった。

二階美術室と言った塗料と薬品の匂いが日常的にするところもこの騒ぎに避難を開始する。

校庭に続々と中等部の生徒が避難してきて学年、クラスごとに並び出すわけだが…
二年二組の生徒が丸々居ない…

葵は理科室を見上げた、まだ、助けられる命がある!

良く見ると理科室の窓が少しだけ開いていて、男子生徒の手が力なく垂れ下がっているのが見える。

葵は走り出し、ジャンプで一気に三階まで飛び上がり、
割っても人的被害が少なそうな窓を割って理科室内に進入した。

中里君は思った
「やっぱ昨日の事件解決したのアイツらなんじゃないのか、
 アイツらが対峙していたのはやっぱり化け物だったんじゃないのかなぁ」

葵が即座に脱出用の袋を展開し、校庭にいるクラスメート達に
(ちなみにあれ、ななめに降りるのを斜降式救助袋と言うそうだ)

「結構重症そうな子達をこれで降ろすから! みんなで救助して!」

と言ってそのように救助を開始した。
全員で動くのは混乱の元なので、二年生が率先して先生達とどんどん降ろされる
生徒達を受け取っていった。

「日向さん! アナタも危ないわ!」

赤羽先生が救助に加わりながら三階で作業を続ける葵に声を掛ける。
葵は一人降ろしてにこやかに

「大丈夫、一回三分くらいまでなら息持つから!
 苦しくなったら一回降りるよ、ありがとう!」

赤羽先生のハートにズキュゥゥゥウウウーーーーンと特大の矢が刺さったのが
その場にいた全員に見えないけどよく判った、作業は手伝ってるから文句はないけど。

そして息が苦しくなったのだろう辺りで葵は二人抱えて三階からジャンプして降りてきた。
あ、ちなみに葵はこんな風にかなり動く子なので普段からスパッツ着用なのだ。
抱えた二人に降りた衝撃が強くのしかからないように気を付けつつ
あの中ではまだ開いた窓の側に居た「元気な方」を少しは無理が利くようにと
選んで担いできたのだった。

葵が深呼吸を何度かしているときに他の先生が

「消防と救急もそろそろ到着するから無茶は止しなさい!」

と声を掛けてきたが、葵はそれに真剣な面持ちで

「その一・二分の間に救えなくなる命があるよ」

と言って再びジャンプで三階に戻り、今度は降ろすたびに
「あと×人!」と声を掛けた。
消防と救急も到着し、彼らが三階まで駆け上る頃、
とりあえず理科室にいた最後の一人を抱えて葵が窓辺に立っていて、
やって来た消防員に

「救急医療の資格持った人は下にいるよね?」

消防員達は一体何が起ってるのか…と思いつつ、反射的に頷いた。
すると葵はためらいもせず窓から飛び降りるのだ、彼らは度肝を抜かれ
窓辺に駆け寄ると、着地した葵はその最後の一人を直で
救急医療班に引き渡すところだった
部下と思われる男が隊長と思われる消防員に

「…何モンすか…」

「素人が自らの危険を省みないで救助なんて危ない、後で叱ってやらないとな!」

「え、思うところそこッスか」

とりあえず、「元兇」である理科準備室の方へ彼らはなだれ込んでいった。



現場はその沈静化でてんやわんやで、校庭では不安と悲しみが辺りを包んでいた。
そう、確かに葵は危険を顧みず救助に勤しんだが全員を一度に降ろせない
矢張り基準がなんであれ選んで降ろさねばならない、そして体質には個人差というモノがある
降ろされた生徒32名の内、
13名は直ぐに息を吹き返しほぼ大丈夫、保健室で軽く検査をして念のため病院で検査
15名が意識は復活し、8名が話は出来る状態、7名が意識朦朧、
そして痛ましいことだが四名は意識不明の重体であった。

葵の救助はほぼ完璧で、今の数字のほぼ逆の順で救助をしていた、詰まり
命の危険度が高い方から救助したのである。
例外が最後の一人で割と元気を取り戻しそうだったのだが最後になってしまった事で
「話は出来る組」になってしまった。

しかしここで問題が発生した。
二組の担任が生徒名簿で無事と状態を確認していると、一人足りないのだ。
出欠は取っている、詰まり登校はしている。
皆、ざわめいた。

「よぉし、行ってくる」

葵は流石に薬品混じりの空気の悪さに少しだけ気分を悪くしていたが
何かもう使命感としか言いようのない気分であった

「ヒューガは凄いし、その一人助かって欲しいけど、もうヒューガがそんな
 頑張る事じゃないよ、プロに任せようよ」

里穂が流石に心配になって声を掛けた、クラスで声をあげる全員がそれに同意した
が、

「気になることもあるんだ、…ひょっとしたら弥生さん向けの仕事かも知れない」

と、葵が言うと、今度は登る場所はどこでも良かったという感じで
一気に屋上までジャンプし、屋上から理科準備室を目指した。

「弥生さん向けって…」

里穂が呟くと中里君が

「…なんかヤベー事が起ころーとしてンのかもしれねーな」



ここまで一応屋上に人影は見当たらないことを確認しつつ、
理科準備室の窓の上の辺りまで来た。
足の甲で壁の縁にぶら下がる感じで理科準備室を葵は覗いた。

この「事故」による死亡者は科学教師、御徒央夫(おかち・なかお)(57)
葵が異変に気付いた時点で既に「もう確定死亡」と言うことで葵は流石に
彼については「申し訳ないけど」救助からは外していた。

消防部下達と隊長が現場の中和を終え、換気を始めたところだった。
それは毒性そのものはそれほど強くなく、多少匂いは気になるモノの
濃度の濃いところで一気に呼吸をしない限りはそれほど危険はないモノのようで
消防の人もそのように周辺にはアナウンスするよう指示を出していた。

…と

「おい君!」

隊長らしき消防員が覗いてる葵に気付き声を荒げた
「あっ、やば…」と葵が思うも

「君が頑張って救助し助かった命が沢山あったのは大変喜ばしいことだ!
 でもそれで君にもし何かあったら君の家族はどうすればいいんだ!
 君の正義の行動には敬意を払うが、今後は先ず我々を信頼して欲しい!」

その男、上野鶯(おう)この辺りを管区とする消防署の名物男であったが
これはそのファーストコンタクトであった。

『暑苦しそーなおじさーん…』

葵は思うも、これはひょっとして「ここに居ること」を誤魔化せるかも知れないと思い
上手く窓枠にひるがえり立って、一応しおらしく、可愛らしく葵はこう言うのだ

「ごめんなさぁい」

「うん! 君は立派だった、でも気をつけてくれ!」

「いや、隊長、その子なんでここに居て…」

冷静な消防員がツッコミを入れている、隊長さんが「そうだな!」となるまで
十秒あるかな…葵はその間に出来るだけ室内を細かく見た。
恐らく今回の「間違いない被害者」であろう化学教師の倒れていたあと
何か…何かそこにはパターンがある…葵はそのパターンを脳裏に刻んだ。

「だから、先ずこんな所に生徒が居ること自体ダメでしょう」

「ああ…そうだな! 君!」

はい、終了…葵はしょうがないな…と思いつつ

「はーい、ごめんなさーい、失礼しまぁす」

ぺこりんと頭を下げ、そして矢張り葵は窓から飛び降りた

「物わかりのいい子じゃあないか」

「いや…ここ三階ッスよ…」

一応無事を確認すると、葵はクラスメートに合流しつつある、矢張り無事
何事もなく当たり前に一階と三階をジャンプで移動できる…

部下、東京(フルネーム、あずま・けい)は深く考えたかったが、
考えれば考えるほど訳がわからなくて、彼は熱血単純な隊長の対応が正しい気がして
ちょっと隊長を見直し、現場検証を再開した。



そして皆で声を掛け合ったあと葵はごそごそと制服の胸の下辺りから
スマホを取りだした、学校自体で禁止されているわけではないが、
授業中などは使わないようにカバンにしまう、という指導を徹底されていたのだ。

『そんなところに隠してたのか…』
『胸でかいからこそ出来る隠し方だな…』
『いーなぁ、アタシもあんな隠し方してみたい』

と言う空気を何となく感じつつ、葵は赤羽先生に「弥生さんに電話します」と宣言し
みんなに背を向け電話をかけ始める。

「…うん、弥生さん、それが学校で異臭騒ぎがあってね…
 騒ぎは収まりつつあるんだけど…どうも現場がおかしいんだ…
 うーんとね、三階の理科準備室、うん、宜しく
 とにかく何かがおかしいんだ」

葵は余り大声では通話はしていないが、昨日の事件で今日のこれである
クラスメートにとっては耳が三倍くらいに大きくなる聞き耳だった

とりあえず、中等部全員の最終点呼を取り、欠席が伝えられた児童以外
行方不明は一人であることを確認し、教師達は会議に入った。

そこへ、あの熱い消防隊長さんがやってきて、校長と話し合いを始めた。

そして熱血隊長さんが壇上で、今回騒ぎになった異臭の元は
余程濃度が高くない限りは多少具合の悪くなる程度のそれほど毒性の強くない物だが
現場に近い中等部のクラスで希望者はちゃんと病院の診察を受けること
大変な事になって動揺しているだろうけれど、気をしっかり持つことなどを語り
校長に話を引き継ぐ、

この日は木曜日だったので、これからまだガスの影響も抜けていないし
現場検証なりなんなり部外者がかなり出入りすることになる事から、
今の時間を持って中等部も高等部も今週いっぱい臨時休校とすることを伝えた。
「皆さん気を付けて帰ってください」と校長は肩を落として居た。
『校長先生自身にはなんの落ち度もないのに、可哀想だな』と葵は思った。



場面は変わってCASE:ONE第三幕の最後の場面の続きにあたる、
今度は弥生視点である。

札幌方面中央警察署の駐車場。
弥生の車を見たあやめは

「昨日はそれどころでなくて良く見ませんでしたけど、随分クラシックな
 小型車に乗ってるんですね」

それはいわゆる「ローバー・ミニ」と呼ばれる前の「ミニ・クーパー」とか
ああいった物の外観だったのだ。

「レトロ趣味なのよね、温故知新大好きっていうか…でも古いのはガワだけよ」

確かに、乗り込むとそれは確かに計器類から装備から新しそうであった。

「これ…車検通るんですか?」

「…ええ、通して貰ってるわよ」

…深く追及しないでおこう…そうあやめは思い、二人はシートベルトをして車を発進させる。

「ええと…百合が原だから創成川沿い…北四十九条東二辺りで右折でいいかな…」

小型車特有の軽いエンジン音だが、加速はよい感じでスタートした、
弥生はなかなか運転が上手いみたいだ。

「お住まい兼事務所が北何条とかと八軒何条とかの間辺りでしたっけ
 彼女はやっぱりバスとか乗り継ぎで通ってるんですか?」

「葵クン? まさか、彼女の肉体一つよ、一応学園都市線八軒駅から百合が原駅で
 四十分弱で行けるみたいだけど、3Dで動けるあの子にとって地図上一直線で
 二十分ちょっとくらいだってさ」

「肉体一つで3Dって跳んだりはねたりで十メートルも二十メートルも
 飛んだり出来るって事ですよね!? …あの子は一体何なんですか!?」

「…聞きたい? まぁ現場到着まで時間はあるから、話しましょうか」



日向葵は施設の人が付けた名字と名前である。
彼女は生後間もない状態で、せめて寒くないようにと沢山の毛布などに包まれて
小樽にある施設の側に捨てられていた子であった。

どう見ても日本人の子供ではなかったので、場所柄も考えロシア人絡みで
何かどうしてもどうにもならないトラブルでもあったのかな…という風にしか
考えられなかった。
後に検査で日本人の血が1/4入っていると言う事でロシア人とのハーフを男女問わず
調べる…訳にも行かず、結局その子は明るくたくましく太陽に向かって育って欲しい
という意味を込め「向日葵(ひまわり)」から字を並べ替え「日向・葵」と名付けられた。

この葵、変な癖があった、誰もいない、何もないはずのところに、あたかも
誰かが居て、それを気にしたり、話しかけたりしていたのだ。
まぁ、小さい頃ならそういう事もある、そう言う病気もある、大概は自我が確立してくる頃に
収まる物であるし、施設の人も余り気にしない方向で葵を育てた。

どうも、自分には見える「生きてない人」は他の人には見えない物らしい、
葵が回りの自分に対する生暖かいリアクションからそう思うのに物心つくまで掛からなかった。

そして、どうにもその「生きてない人」とのコミュニケーションのコツがわからない。
色々試しているのに、判らない。

そのうち、八方ふさがりになり、小学校に上がる頃には葵は人とコミュニケーションを
余り取りたがらず、一人で居たがる子になった。
誰かと一緒に行動していても「その子には見えない誰か」が気になったりして
どうにも素直に付き合えないからだ。

葵が八歳になって間もなく…もうすぐ小学校三年になろうという頃だ、
いつも通り、下校時にはどうしようもなく目に入る「生きてない人」を
「気にしないように」歩く葵に綺麗な女の人が声を掛けてきた
「アナタ、この人達が見えるの? 余り構わない方がいいわ、
 今のアナタでは彼らを「還す方法」判らないでしょ?」
葵がこの世で一人じゃないと悟った瞬間である。

そして自分がやるようにやって見なさい、と言われ
でも「詞(ことば)」が覚えきれなくてフリだけで似たようにすると、それでも
葵の手に淡い光が、光る水を纏うようにそれが灯った。

女の人は驚いた、「詞も使わずに、アナタの体には、神が宿っているわ!」
そして、「この生きてない人にはこうしなさい、こっちの人にはああしなさい」と
「やり方」を葵に教えた、それらは特に意思を示さないながらも
実感として「行くべきところに逝く」「大きな輪の中に戻る」という感覚が得られ
天に溶けて消えていった。

「それがアナタの力、「祓いの力」よ」

その女性の優しく、そして自分への賞賛に満ちた声と態度と表情で褒めてくれた。
葵にとって、その女の人が自分の価値観の全てになった瞬間だった。
自分を発見し、自分の価値を認め、自分の才能をどう使うべきかを示してくれた。

その女の人は札幌の大学生で「祓い人」の十条弥生と名乗った。
たまたま祓いの仕事で小樽に来てみたら、こんな才能が眠っていたなんて、
世界は素晴らしいわねと彼女も感動していた。
葵は無理を言ってその仕事に同行させて貰い、その現場…悪霊に取り憑かれた少女に対する
退魔除霊だが、弥生が葵をガードしつつ、悪霊の動きを止め少女から引き出したところを、
葵がその祓いの力を込めた拳で悪霊を祓い、弥生の仕事の補佐をして見せた。
本当はそれはかなり弥生のお膳立てがあったのは葵にも判ったし、弥生一人でも
出来た仕事であったことは間違いないのだが、弥生は葵がそんな風に感じている事も承知で

「アナタは素晴らしいわ…今はまだまだ荒削りだけれど、アナタは立派な無敵の祓い人になれる」

弥生の賞賛の言葉がもう葵にはたまらなく嬉しかった、どんな愛より愛を感じた。
そして弥生は、施設の人と話し合いをし、実家にも許可を貰って
特例的に「養育里親の超拡大解釈」的に葵を引取り、小学三年生から札幌に移動し
弥生の元から学校に通うようになったのだ。

小学校五年になった頃には台所仕事をやるようになり、
中学になって彼女も性や恋に目覚めるときには、もう彼女の目には弥生しか映っていなかった。
葵にとって弥生は世界の全てだ。
弥生は観念して葵を愛人として受け入れたって言うか小学校も卒業って頃には
体もかなり丸くなってきて、育つごとに自分の好みに育って行く葵に我慢も限界だった。
別に、光源氏計画とかではなく、葵は自然と葵の「こうすべきああすべき」が
弥生のツボにいちいちはまったと言った方がいい。
割れ鍋に綴じ蓋と言う奴なのかも知れない。

葵が小学四年生の頃、弥生は二年ほど前から招聘されていた「玄蒼市行き」を
この葵の育成のために一生を捧げたいと言う事で正式に辞退することになる、
弥生は人生で初めて詫び状をいうものをしたため、名前しか聞いた事のない
「祓いの家系の頂点」天照フィミカ様に向け玄蒼市に郵送した。

後日大変達筆で豪快な筆致で

「汝には汝の活き方がある、其れで善い、運命は大切
                  天象フィミカ」

という旨だけ書かれた返事が届いた。
弥生は葵を引き連れ、自分の代わりに玄蒼市行きになるだろう候補の家に直々に頭を下げに行き、
(葵にはただの遠い親戚挨拶回りといって詫びを入れる段階では遊ばせたりして遠ざけた
 しかし、弥生が本来の自分の人生の予定を曲げてまで自分のために生きてくれるのだ
 と言うことが葵には判っていた)
そして、弥生は正式に札幌の「祓い人」としての活動をメインにすることにした。

…いまに至るのである。


第一幕  閉


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