L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:TWO

第二幕


「出会いのタイミングって結構残酷ですよね
 なんで大学生と八歳の女の子だったんでしょうね」

弥生の話で「なんで中学生を連れてるんだ」と思っていたあやめの疑問は氷解した。
「そう言うタイミングだったから」それに尽きたからだ。
「望んでたは望んでたけど、なんで今なんだろう」そういう事は、良くある事だからだ。

「…ただといって大学卒業辺りだと私は札幌を離れて神奈川県と静岡県の間の
 玄蒼市に行ってたし、葵クンも中学生とかまで育ってたらもう力は無理矢理
 「ないもの」として生きて自分で自分の才能の芽を摘んでいたかもしれないのよね
 私ロリコンじゃない、ただ、葵クンだけは特別なのよ…」

弥生がお得意のしけたツラをした。
同性愛について偏見が無くなったわけではないけれど、
この二人の出会いは運命だったのだ、其れは良く判って微笑んだあやめ。

「玄蒼市ってよく判らないんですけど…其れってシークレットなんです?」

敢えて話題をそらしてみた

「…うーん…知りたければ国土交通省に問い合わせてみて、私の名前を出して
 私と向き合うのに玄蒼市について知りたいって言えば一応教えてくれるはずよ」

「本郷さんに聞くのではダメなんですかね」

「いいけど、本郷が玄蒼市について聞いたのはもう何年も前だし、
 正確に覚えてるかどうか…何しろ特別な許可がないと出入りできないってトコだからね
 「俺にゃぁ縁のなさそうなハードそうな街だな」って一言で感想終りだったし」

「…あ、ハードな街なんですね…そかそか…祓いの力がないと生きて行けないような?」

「…いえ、そーでも無いみたい、約束事が幾つかあってそれさえ守れば案外普通の街として
 暮らせるかも、だってさ、ただその約束事が現実離れしていて、
 「精神的に受け入れられるか」の方が大事なんだって、
 祓いの力は、そこではストレートには使えないらしいわ、ただし、そう言う才能はあった方が
 いいんだって、戦いに有利だからって…
 祓いの人間にとっては忙しい土地って事だと理解してるわ…」

よいしょ、と弥生が創成川通りの北四十九条東2丁目の交差点を右折した。
もうあと数分で現場である。

「まぁ詳しいことは国土交通省ですね、判りました」

「ごめんね、私も結局行かなかった訳だしさ」

「いえ…でも、そんなところに人って住んでる物なんですね」

「群体としての人間って、案外強くてしぶといのよね」

「そうですねぇ」

さて、百合が原桜木中・高等学校の横にまで来た、生徒達が大勢下校しているところでもある
正面に回って門の側に葵は居るはず、特に打ち合わせはナシで弥生はそのように動いた



同時刻、葵視点である。

「お腹空いたなぁ…食堂は現場からちょっと離れてるから何とか今日だけ開けて
 そこでお昼食べてくのおっけーらしいけど…」

中里君が何気に留まっていて

「食ってきゃあいいじゃん」

「これから…多分調査がまた始まるからねぇ、多分警察の人も一緒に」

「お前はもう十分役目果たしたんだし、いーじゃん、食っちまえば」

それも中里の優しさなのだ、それは判ってる、葵ははにかむように微笑んで

「実際会って伝えなくちゃならない事があるんだ」

「ふーん…」

実は中里の目当ては葵ではなかった、弥生だった。
それで何となくずーっと門からつかず離れずダラダラしてたのだった。

そこへ、右折でやって来た古い英国小型車のような車、弥生だ。
中里の鼻の下が伸びた、葵はをれを横目で見て苦笑した。
『弥生さんみたいなエロい外見の大人の女の人が見たいんだろうなぁ
 弥生さんのあーんなところやこーんなところをボク知ってるよ〜
 って言ったら中里君どんなリアクションするんだろ』

弥生が門の手前で反対車線(右折で門前に来たのだから左車線にいる)で一度止まって窓を開け

「少年、ちょっと門の前からどいてくれる?」

と優しく車を敷地内に入れたいのだという希望を伝える。
やっべ、いいとこ見せようと思ったのにカッコ悪いとこ見せちまった!
別にいいとこも見せてないし、そんなにカッコ悪くもないのだが、
そこは自意識過剰な年齢、中里君は明らかに狼狽して焦って移動した。

葵はおかしかったが、さっきちょっといいフォローくれた中里の名誉の為に堪えた。
車の中の…今日は本郷さんじゃなくて新入りの富士さんって人なんだ…
彼女は今の光景を微笑ましく感じて弥生に
「若いっていいですよね、少年の青春って感じします」
と語りかけたのが口元で判った。
結構打ち解けたんだな、でも弥生さんの態度は結構真面目だから
純粋に信頼関係を積んでるところって感じかなぁとかも思った。
そして、弥生の影響なのか、あやめを
「可愛い人だな」と思った葵だった。

弥生が車を敷地内で止める場合、大体「そこ」と決まった場所があった。
絶対ではないけど、高確率。
案の定そこに止めて、弥生が車から出ると玄関の方からちょっと黄色い声が上がった。
見ると里穂達数人も弥生目当てで残っていたらしい、
なんだかなぁ、葵は苦笑した。

男物っぽいダークスーツにネクタイをして帽子まで被ってる弥生、
帽子はちょっとフェミニンな匂いも感じるが、男装の麗人…おっぱいでかいけど
中里も堪能してるようだ。
あーなんか既にあんな事やこんな事をしてしまってる自分としては
みんな純粋で可愛いなぁ、と苦笑気味になって、弥生に駆け寄っていった。

「忘れる前に、弥生さん紙とペン、あるよね」

葵がそう言うと、弥生は後部座席からスケッチブックと鉛筆を取りだして、

「何か覚えたのね」

「うん、写真だと上手く写るか分かんない微妙なのだったから記憶だけだけど…」

葵はそれをボンネットの上に広げて見た光景で「こんな感じ」を描いていった。
サヴァン症候群…というものがあるが、葵も割と傾向があるのか
見た状況を事細かに正確に覚えていてそれをかなり正確に描ける特技もあった。

「凄…」

あやめが舌を巻いた、この子には神が宿っている、という弥生の言葉が
あやめにも渦巻いた、確かにこの子には何かある、凄い何かを持っている。

「おいおい、君らいつまでも留まってちゃいかんよ!
 まだ完全に換気から何から終わった訳じゃないんだから、
 ホラ、帰った帰った!」

熱血隊長が玄関先までやって来て里穂や中里君たち、それ以外にも
食堂を使っている様子もなくブラブラしている生徒に帰るよう発破を掛けて回った。
そして、弥生達の方までやってきた。

「貴方はこの生徒さんのお姉さんですか?」

熱血隊長上野鶯が弥生に声を掛けた。

「…ええ、まぁそんなような物ね」

弥生の応えに、彼は頭を下げて

「彼女の迅速な救助活動のおかげで被害は最小限で済みました!
 素晴らしい判断力と行動力です!
 しかし、彼女は将来ある子供ですし、余り無茶はしないよう
 お姉さんからも言ってください」

弥生はこう言う気持ちのいいくらい真っ直ぐな人が結構好きだった。
あ、恋愛的な意味でなく人として。

「ええ、言ってるのだけど、この子も結構熱い子だから
 今回は大目に見てください」

「いえ、正直、助かりました」

隊長が下げた頭を上げた頃、あやめが警察手帳を持って身分を示しながら

「警備課の富士と申します」

「…警備課の刑事さんが事故現場になんの御用でしょうか?」

この男、熱血だが縄張り意識はあるようでちょっと訝かしげにあやめに聞いた。

「事故かどうか、疑わしい可能性があると…通報が入りまして…えーと」

葵→弥生→自分というように指で順路を示しながら

「今後の情報的「火消し」のこともありますし、出来れば現場を
 見させて戴けませんか、事故でない可能性が潰れるなら越したことはないですし」

「そうですね、しかし、その可能性ってどう言うことです?」

「それはまだ何とも…」

あやめがちょっと困惑して現場の絵を描く葵とそれを見ている弥生を見る。
葵の絵が完成したようで、弥生にここが特に怪しかったと言う感じで説明をしている。
そしてその弥生の目は確かに厳しかった。

「これマジ?」

「マジ」

「えっと…他に何か変わったことはない?」

「現場的には…うん、でも、居るはずの生徒が一人消えてるんだ、今も多分見付かってない」

「そう…とりあえず現場が見たいわ」

弥生と葵のやりとりにあやめが

「許可はとりました、行きましょう、二人とも」

「え…ちょっと待ってください、貴方はいいとして、この二人は
 生徒とそのご家族ですよね、それは許可できません」

「あー一応私こう言うモノで…」

弥生が真っ直ぐな人は好きだけど利害がぶつかるとメンドクサイという感じで
上着の内ポケットから名刺を取りだし、隊長に渡す、
「霊能探偵」なんて肩書きの名刺で大丈夫なのかとあやめは思ったが、
そこは立場の使い分けで二種類用意してあるらしい、ただの私立探偵、とあった。

「…探偵さんですか…」

隊長さんが考え込んでいる。

「で、葵クンは私の助手なの、優秀でかわいいのよ」

「…判りましたが、準備室もそれほど広くありませんし、
 今は捜査のためモノを動かすことは厳禁ですので、
 探偵のお二人は入り口まで、警備課の刑事さんは、必要な情報があるかどうかの
 確認にいらしてください」

それは困った、多分あやめが見たって判らないからだ。
そこへ弥生が耳元で

「だったら本棚に怪しい本がないか…オカルト関係というかそう言う匂いの…
 探してくれないかしらね、多分そんな大仰な本ではないはず…」

「あ、はい、それでしたら…お二人は…」

「大丈夫、考えてあるわ」



三階角、一番端っこは一階から屋上までの階段ルーム、
そこの直ぐ内側が理科準備室、現場だ。

足下に色々荒らしてはいけない物がまだあるのであやめはかなり窮屈に本棚を探した
十分ほど念入りに、あちらこちら背表紙を確認するも、別にごく普通の本のようであった。

「うーん…普通の本をくり抜いてその中…いやでも十条さんそんな大仰でないはず
 って言ってたしなぁ」

消防員部下である東が

「あれっ、探偵さん達どこいったんスか」

「ええっ」

上野も声をあげると、弥生と葵の声が…

「…今は痕跡は…?」

「ダメだ、中和作業で痕跡が消えるように計算してたのかなぁ」

「…流石カガク教師…敵もなかなか然る者だわね」

二人の声が窓際から聞こえる。
二人は三階窓辺に居てそこから中を見聞して居るようである

「えっ、ちょっとどうやってそっちに回ったんスか」

東の問いに弥生がきょとんとした風で
「上をぐるーっと回ってきたのよ」という感じで指でルートを示した。

「この妹にしてこの姉アリって所ですか、困った人達だ!」

上野がそう呆れたが、

「いや、呆れるトコそこッスか」

と思わず東が突っ込んだ。

「まぁ、ここから中は入らないわ、絶対、だからまぁ、今回は勘弁して」

弥生がにこやかに言う。

「頼みますよ、こちらも仕事なんですから」

上野が言うのだが

「それじゃまたこの人達三階から飛び降りるのか?」

ちょっと東は何が何だか判らなくなってきた。

あやめはここまでで三回ほど本棚一通りの背表紙と、机の上、棚の中の無造作な書類に至るまで
チェックしてみたが矢張り特にオカルティックな物はない。
「やっぱりありませんよ」そう言うのは簡単だし、昨日までの自分ならそう言ってただろう。
だが、弥生の経験と勘が「あるかも知れない」と言っているのだ、
…待てよ、論文って言い方してたな…論文なんて印刷したってよっぽどじゃない限りそんな
厚さはないし、そんなに凝った作りはしてないし…
あやめは本棚の中でも広報や学校内部発行の小冊子などが並ぶ棚周辺に焦点を定めた。
「広報はいい紙使って色印刷で目立つようにするはず…学校内広報物は
 シンプルだけど表紙には色紙くらいは使うはず…名簿以外は…」
ぶつぶつと呟きながらあやめの視線と棚を探る手つきが鋭くなってきた。
「紛れども混ざらないように区別するはず…判る人がみてぱっと…「これ」ってカンジに…」

学術関係書でも例えば考古学発掘などに関する報告書は特殊加工色紙
(つるつる加工よりは凸凹加工)などの色紙を使い、そこそこの厚さのあるモノは
背表紙に印字も入ってるが…
そこに一冊、明らかに毛色の違う白い、サイズも少し特殊な薄い背表紙を見つけ引き抜いた。

「…十条さん…! これ…、そうじゃないですか!?」

そのシンプルな白中厚紙の表紙に普通の全く凝ってないフォントで印字されたタイトルは…

『魂換術』

「でかした…! 素晴らしい、エクセレントよ富士さん!」

弥生が声をあげると、葵も拍手していた。
ちょっと嬉しいなっと舞い上がったあやめが上野に

「これ…証拠品として押収したいんですが、宜しいですか?」

「なんの本です?」

「えーと…(パラパラページをめくりながら)
 少なくとも薬品の調合に関する事ではないので宜しいでしょうか」

「ちょっと見せてください…なんですかこれ…オカルト思想があったって事でしょうか」

「かも、しれません、それで…」

「ええ、そちらは私共の管轄外ですから構いませんよ、どこから抜いたなんという
 押収物かと言う事だけは…こちらに記しておいてください」

「あ、はい…」

あやめが手続きを済ませ、準備室を出ようとしたときに窓辺を見ると二人が居らず
準備室から廊下に足を踏み入れたところで視線を前に戻したら
目の前に既に弥生が居てちょっと屈んだ目線に弥生の遠慮のない胸がどーんとあった。

あやめが固まった

「富士さん?」

葵が弥生の胸の下から覗き込むようにあやめを見た、それであやめは始動した

「…はっ…なんか凄いモノを見た気がして…」

「あっはっは」

弥生が屈託なく笑う。

「じゃあ、こっからどうしよっか」

葵の言葉に弥生が

「とりあえず作戦会議兼ねてお昼食べたいわね…ここの食堂ももうあらかた
 売れただろうし、外で…何か葵クンリクエストある?」

葵はここぞと元気に

「ジャッキー・モリモリ!」

弥生は微笑みながら

「肉行けるようになった?」

「もうね、空腹が限界なの、あそこでいっぱい食べたいんだ!」

弥生が微笑みながらあやめに

「富士さんは、もう肉とか食べられる?」

「…そういえば…あれからもう全然吐き気来ないですね…
 あの時喉に当てた光…あれも祓いの力なんですか?」

「「祓いの力」って総合的な呼び方なのよ、効果は修行やその人の特性いかんで
 それぞれ違うわ、まぁ「魔法の力」くらいに思って」

「ジャッキー・モリモリって聞いた事はあるんですけど、何屋でしたっけ」

葵がそこへぴょんぴょん跳ねながら

「ハンバーグ屋だよ! 150・300・450・600gと選べるほかに
 650gからは50g刻みでハンバーグとして焼ける上限まで頼めるんだ!」

「味もね、悪くないのよ、ちょっとふわっと系でライスに良く合うハンバーグって感じ」

弥生も補足した、うん、悪くないかも!

「いいですね、そこにしましょう!」

「ちょうど創成川通りで戻るついでに寄れるわ、いいチョイスよ、葵クン」

「えっへへー♪」

三人の明るい声がほぼ無人になった中等部校内にちょっと響く

「弥生…」

玄関近くに赤羽先生が居て弥生にちょっと恨めしそうに声を掛けた。

「阿美、どうしたの、アナタは…まぁ教師としてはまだ帰れないか」

「ワタシもその子とデェトしたいわ…うう」

たまに弥生・葵・赤羽先生の三人で出掛けることもあるのだ。

「アナタにはアナタの仕事があるのよ、ここは堪えて…ね?」

弥生が赤羽先生に近づいて優しく頭を撫でながら猛烈なキスを始めた。
舌を絡め合うこともまた性行であると言う証明のように、ナメクジの交尾のように
濃厚なディープキスをした。

回りに生徒も他の先生も居ないし、葵は慣れた物なのか
顔を真っ赤にして固まってるあやめに対して

「あの二人、別れ際いつもあんな感じだから」

「ええ〜〜〜〜……//////」

一分ほど長いキスを楽しんだあと赤羽先生は葵に

「…仕方ないわね…日向さん、月曜にはまた会いましょうね」

「うん、学校再開するなら来るから、じゃあ先生さようなら!」

葵が元気いっぱいで手を振ると
またズキュゥゥゥウウウーーーーンと彼女のハートを特大の矢が貫いたのが判る

三人は学校をあとにしながら

「むしろロリコンは彼女」

弥生が赤羽先生をそう称して車に乗り込んだ。

「…はい、葵ちゃんも彼女の扱い判ってるみたいね」

あやめが葵に声を掛けながら、葵が先に後部座席に入ると言って葵が乗り込みながら

「…利用するつもりはないんだけど…情熱的すぎてちょっと…w」

うん、確かに弥生のようなクールなタイプをベストとしているならああいう
大らかなラテンタイプは体力居るんだろうなぁ、とあやめも思う

「でも、いい先生なんだ、ボクのこととかもちゃんと判ってくれようとするから
 好きは好きだよ、ただその、熱すぎるかなってだけで」

葵は、人をちゃんとみている、そして出来るだけ敬意を払おうとしている
この子はホントに素晴らしい子になるんだろうな、そして、
この子を発掘した十条さんは確かに凄い人なんだろうな、
あやめはそう思いながら助手席に乗り込んで、車は発進した。



正確には創成川通りを一本だけ東側に入った道なりにその店、
「ジャッキー・モリモリ」はあった。
店舗の様子はちょっと小ぶりなファミレスっぽい外見。

中に入るとお昼時と言う事もあり、そこそこ客は入っていて、
弥生達は窓際の四人席が丁度空いていたのでそこに座った。

「何グラム行こ〜かなぁ〜〜〜〜〜♪」

メニューに目を通しつつハンバーグステーキ・ライス付、と言うのはもう決まっていて
何グラムにするかだけを葵はワクワクしながら決めていた。
その様子、確かにかわいい、「本郷さんも十条さんがそう言ってると言うだけじゃなく
 確かにかわいいはかわいいくらいは思ってるんだろうな」と微笑ましく思った。

「150・300・450・600…でしたっけ…数字で言われてもピンと来ないな…」

あやめが基準を求めていると

「んー…スーパーの精肉コーナーで売られているような標準サイズで100gくらい
 一般のファミレスだと150から200、「びっくりドッキドキ(店舗名)」で
 大きいサイズって表記だと400から450gのはずよ」

弥生が物凄く細かい基準を示してきてあやめがそれこそビックリしつつ

「あ、有り難う御座います、詳しいですね」

「葵クンがおさんどん係になるまで外食三昧だったからね、私料理全然ダメで。
 ちょうど母の遺産が入った頃でもあったし、なんかちょっとお金の使い方も
 判って無くてさ、その時色々食べ歩いて…今もちょくちょく
 外食で…葵クンにもたまには楽して食べる側になって欲しいしね」

と弥生が言ってから

「あ、ゴメン、ヘンに引っ掛かる重さの話しちゃったわね、ごめんなさいね、気にしないで」

うん、なる程、お母さんを既に亡くしているのか…とあやめは思ったが、
本人が「そこまでは余計だった」という旨の発言をしているし、ここは弥生の意を汲んで
あやめはちょっと「思ったことがある」くらいの表情だが微笑みを浮かべ頷いた。
その様子をみて、弥生も優しく微笑んだ。
あやめに別なモノローグが炸裂する。
『ヤバい…私この人のペースにどんどん飲まれてる気がする…
 このやりとりも何だか凄くイイ感じに思っちゃってるよ、私、大丈夫かな』

ただ、あやめは改めて思った、弥生は今この昼時の光が丁度ななめに差し込む窓際の
その光に溶けて透けるような綺麗な肌の…ちょっと浮世離れしたとても綺麗な人だな、と
『なんでこんな綺麗な人がレズビアンなんだろう』ともw

「よっし! 1250! 決めた!」

「せ、せんにひゃくごじゅう!?」

葵の注文決定にあやめがつい復唱してしまった。
弥生は至って普通ににこやかに葵に向かい

「あら、1500とか行かないの?」

「だって、今夜こそ餃子パーティーだよ! 沢山作って貰ったんだから
 沢山食べないと!」

それで減らす量が250gなの…? という心のツッコミのあやめ

「そういえば、裕子も呼んで餃子パーティーもいいかもね」

「あー、いーかもねー、おねーさんも寮暮らしだと窮屈かも知れないしね」

「裕子さんって…」

聞いたかも知れないし聞いてないかも知れない、昨日の今日で記憶がちょっと混乱して
復唱してしまったあやめに弥生が

「私の兄の娘、詰まり私の姪ね、女子校で高校生してるわ」

「その裕子ちゃんも祓いの力を?」

「…あの子はちょっと特殊ね…そしてまだ未熟…いずれ私と共にか
 私を継いで北海道地域を…と思うけれど…闘うのには向いてないのよね…」

「アタックはボクの役目さ、おねーさんが大人になる頃には、ボクも強くなる!」

弥生は葵に微笑んで「そうね」と声を掛ける。
うん…特殊な才能の一族によるなにか一般人には判らない世界がそこにはあるのだ。

店員が注文を取りに来ると、葵は元気に「1250!ライスで!」と言い、
ちょくちょくこの二人は来店するのか、特に大げさにリアクションするでもなく
注文を書き込みながら復唱し、
「焼き上がるまで少しお時間頂きますが、宜しいですか」と聞いてくると
満面の笑みで「はい!」と葵も応える、そのふっくらとした赤い頬の満面の笑み、かわいい
そして弥生が「650、ライスで」という
あやめが反射的に

「ええっ、十条さんも結構行くんですね…」

「昨日今朝とマトモに食べてないからね…それに、祓いの力の行使ってちょっと体力使うの」

「なる程…私は…うーん…そう言えば私も昨夜からロクに食べてないんだよな…
 うん、450をライスで!」

あやめもちょっと葵にあやかって元気よく言ってみた、葵が13歳であやめは24歳だけどw
弥生がちょっとおかしそうに微笑みながら

「450でも結構な量よ、大丈夫?」

「大丈夫です、行けます!」

「じゃあ、この子1250、私650、彼女450、全員ライスで、なるべく三人で
 同時に近く食べ始められるようヨロシクね」

と改めて店員に告げ、焼き上がりを待つ、弥生によると20分くらいは掛かるはずとのこと。

『ああ…この人達と一緒にいると引っ張られるなぁ』

改めてあやめはそう思った。

富士あやめ、地味にキャリア組。
でも彼女は現場で揉まれることを望み、そして配属になったのが
北海道警・警備課「特殊配備係」、現場では「特備」とか「火消し係」と呼ばれている。
本郷一人の部署だったところに二人目の…いや、今まで何人か配属になっては
ついて行けずに辞めていったり転属希望した人も居たようだ。
でも、その話を今のあやめは「勿体ない話だな」と思った。
こんなに…性的な意味でなく魅力的な人達なのに、何にそんなについて行けなかったのだろう
本郷さんの言ってた「正義の味方ではない」というところかな
確かに法の杓子定規には余り拘ってない人っぽいけれど…

あやめは「うん、それを許すのではなく窘められるようになろう!」と決心した。
ケースバイケースで見逃すことくらいはあるかも知れないけれど、
基本的に私は警察の人間であることを忘れないで、するべきツッコミは
しなければ、この人達と対等かそれ以上なんて到底無理だ。

「…そういえば…押収物…どうしましょう」

あやめが弥生に話しかけると葵とにこやかに会話していた弥生が

「まぁ、先ずは腹ごしらえよ、集中する段階は踏まないとね」

「余り「ながら作業」しないタイプですか?」

「食べる時だけはしない主義なの」

「あ、結構な食べ歩きポリシー持ってそうですね」

「まぁね♪」

弥生がにこやかにあやめに言った。
じゃあ、焼けるの待ってがっつり行ってから次だな、あやめは
お腹が強烈に減っていることを再確認して水を一口飲んだ。


第二幕  閉


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