L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:TWO

第三幕


450gのハンバーグステーキ・ライス付があやめの目の前に置かれ、少し後悔した。
結構でかい。
弥生の650gも同時に配膳されていて、もう皿の大半がハンバーグになってる。

「ホントに大丈夫?」

弥生が念を押す

「だ…大丈夫です…!」

余り大食でないあやめにとっては結構な「挑戦」になろうとしていた。
そして運ばれる1250gのハンバーグステーキ・ライス付。
皿の大きさそのままのハンバーグ(付け合わせは下敷き)で厚さも3cmはある
なる程焼くのに20分は軽くかかるのだ、しかもそれで居て表面は焼けすぎて居らず
恐らく中もちゃんと火が通っているのだろう、この店、なかなかやる。

「そ…それ食べるの?」

あやめが葵に問うと、葵はきょとんと「うん!」
そこへ弥生があやめに壁を見るように言い、

「この店、650g以上で希望者には一言残せるサービスがあるの
 その人の一言と、名前(偽名アリ)と、その人の食べた量が書いてるわよね、
 …で、あの壁…見て…知らない人だけど」

そこには3kgを越える量が書いてあって、流石にチャンピオン扱いの特別な
大きさの紙にでかでかと書いてあった。
あやめはこの世の深淵の一つを見た気がした。

「流石の葵クンもアレは無理だってさ、世界は広いわね」

弥生が呟くと弥生と葵が「いただきます」をした、あやめも呆気に取られつつ
あとに続いていただきますをして食べ始めた。

美味しい…確かに弥生の言う通り、それはライスに良く合う柔らかさと味付けの
ハンバーグで、付け合わせのスパゲティ(肉汁味)などもいい味出している
でも…これは戦いだ…!
あやめは必死でそれを平らげた。



十一時頃から事件はスタートし、十二時過ぎに葵と弥生が合流し、調査をしてから
この店に来て焼き上がりを待ち、そしてその量を食べ終わるまでには十四時を回っていた。

最後まで「美味しい、うん、味は美味しいよ」と思って食べられたことだけは
この店のハンバーグステーキ・ライス付に対する礼儀を果たせた気分になりつつ、
流石に食べ過ぎて椅子にもたれ天を仰ぎちょっと動けない感じのあやめに弥生達が苦笑した。

「富士さんがもう少し復活するまで間を置きましょうか、私外で煙草吸ってくるわ」

「あ、うん」

弥生が店員にもその旨を告げ、外の灰皿が置いてあった場所まで出ていったようだ
それは店内からは見えないので「だろう」になるけれど。

「お二人のペースに結構引きずられちゃう、こんなんじゃいけないよねぇ、私…」

あやめがぽつりと葵にこぼした。
追加でデザートも頼んでいてそれを頬張る葵は「んっ」とあやめを見て

「うん…? でも、弥生さん珍しく凄く慎重に富士さんとの距離取ってるよ
 「富士さんには嫌われたくない」って多分そんなカンジ」

「私に…嫌われたくない…って…私そんな大した何か持ってる訳じゃないけどなぁ」

「…そこはボクにも分かんない、でも、弥生さんの人を見る目はボク凄く信頼してるよ
 弥生さんはだから、自分が譲る形になってでも、富士さんとは長く上手く
 やっていきたいって思ってる、それはお昼から今までの短い時間だけど、よく判った」

「…そっかぁ…」

「好みのタイプだからいつか押し倒すのに拒絶されたくない、押し倒すための段取り
 って言うのかも知れないよ、でも」

あやめは「うっ…」と、いい気分になりかけてた腰が折れた。

「そこは分かんないよ、流石に昨日の今日だもん、でも、間違いなく
 弥生さんは富士さんに敬意を払ってる」

「…うん、それは感じる、押収物だって…別に私が居なくたって
 お二人で探し当てたんだろうし」

「「そこはちゃんと、折角警察の人が居るんだから誰にも文句言われないようにしましょうよ」
 って弥生さんは言ってたけど」

「私…育てて貰ってるんだなぁ…」

「でも、するべきツッコミはするべきだよ、ヘンに遠慮したら弥生さんしけたツラになるから」

「引け目を感じる事はない…って事かな…うん、頑張ろう」

「富士さん、根性ある人っぽいから、そこが気に入ってるんだろうね」

「まだ新人で若くてぺーぺーだけに根性だけしか取り得ないからねぇ…w」

「弥生さんだって、最初はぺーぺーから始まったって言ってた、ボクも、みんなそうなんだと思う」

「いい子だなぁ…貴女に関わってる人みんな貴女にメロメロなのがよく判る」

「えっ、そ、そーかなぁ」

葵はちょっと照れた。
そこへ弥生が戻ってきた。

「どう? 富士さん」

「…はい、いつまでもだらけていられません、作戦会議と行きましょう!」

あやめが姿勢を正した。



「…科学教師は死んでいない?」

あやめが理解不能という感じで弥生に聞き返した。

「正確には…回収されたのは「空っぽの体」で…医学的にはまぁ死んでるんだけど
 超高濃度で深呼吸って言うんでもない限り酸欠で死亡にならない、
 中毒量も結構許容範囲があるような微妙な気体よ?
 葵クンが異変に気付いた段階で即座に「アレはもうダメ」と思えるほどの
 状態に陥るとは思えない…そしてこの…論文よ…」

一応押収品なので弥生も手袋をしてパラパラとめくる。

「それ…なんなんですか?」

「魂の移管について…その魔術的アプローチが書かれているけれど…
 残念ながら詳しい手順や陣の組み方なんかは書いてない、あくまでそれは可能で
 それには何が必要で…というベースしかない…この先の論文もあったのかも知れない
 葵クンが見たって言うこの床の薬品焼けによる魔法陣の一部と思われるもの…
 これについての情報がないから彼が正確に何をしようとしていたのかが判らないわね…」

「今から戻ってもう一度探しましょうか?」

「いえ…、彼も薬品焼けによる魔法陣製作はその後の中和作業で消えることまで
 計算に入れてたみたいだから…余り直接的な証拠を残すとは思えない…
 それよりもう少し確実な手段を執りましょう、少し時間は掛かるけれど…」

「なんです?」

「丁度いいわ、富士さん、国土交通省に事のあらましと、この論文の存在と
 葵クンの描いたこれ(現場)を元に玄蒼市に見解を打電してくれない?」

そう言って弥生は奥付のページをあやめに示した
その印刷所の住所、細かい所に意味は無いが、はっきりと頭に「玄蒼市」とある

「論文自体はそれこそ二十数年前…一応玄蒼市封鎖後のものだし…
 書いた本人がまだ存命かも知れない」

「判りました…でも国土交通省のどの部署宛てに連絡すればいいのか…」

「ああ…ゴメン、私そこまでは知らないの、本郷が知ってるかも」

「そうですか、判りました、では早速署に戻って問い合わせてみますね」

弥生は少し可笑しそうに

「動ける?」

まだ満腹感で一杯のあやめだが、そこは若さと根性で

「動きます!」

やっぱりあやめは可愛い人だな、と葵は思った。



「…富士、もう上がりの時間だぞ」

その日の夜6時頃である。
カズ君大暴れ事件の後始末、一人で出来ると言っていた本郷だったが
そんな訳はなかった、会見開いてどーのという判りやすい役目でなく(それはそれで部署がある)
書類上、法律上で何をどーすると言った手続きをやらなくてはならない、
彼が「今日はとりあえずここまで」と決めていたぶんまででもまだもう少し。

「本郷さん何が一人で出来るですか、今日の分までさっさと二人で
 終わらせましょうよ」

ちなみに本郷は身分としては係長な訳で、給料には「みなし残業分」が割り当てられ
既に何時間残業しようと給料は変わらない状態であった。

「お前さん残しておくとそれはそれで警務課や会計課がウルセーからさぁ…」

本郷もしけたツラをして頭を掻く。

「残業を常態化させちゃ行けませんよ、早く帰るときは帰る!
 そのために片付けなきゃいけない物があるならさっさと片付けましょうよ」

熱いヤツだな…本郷は苦笑気味に笑うと

「悪りぃな…カズ君大暴れ事件みたいなど派手なのは流石に手間ァとらせやがるぜ」

「やっぱりあそこまで酷いのは滅多にないですよね」

「ああ…数年に一回…って感じかな…それも大体は自衛隊の方の後始末なんだが
 今回は弥生にやらせてるときたもんだ…フン、組織の歯車の俺でも
 何かきな臭いねって思うわな、ま、あちらサンもそこは承知だろーが」

「…そこはとりあえず置いておきましょうよ」

「うん? 危険な匂いプンプン感じるかい、お前さんでも」

「それもあるんですが…」

あやめは顔を上げ丁度自分を見た本郷に向かって

「集中する段階は踏みませんとね」

弥生が先程あやめに言った言葉だ、それが弥生の口癖である事を知っている
本郷は心底ニヤリとした。

「ああ、そーだな…じゃあ、ちょっくら残業前休憩行ってくるわ」

「あ、はい」

なかなかイイ感じに影響を受けてるな…これが「感化し合う」まで行けば
俺もあの弥生と「かわいい」の師弟関係じゃあねェが
引き継ぎは完了したって言えるかも知れねぇ。
本郷は呟きながら自販機で缶コーヒーを買い、喫煙所で一服を始めた。

そこへ警務課の神田秋葉(あきは)がちょっと怖い顔をして現れた
微妙におののく本郷、地味に秋葉が少し苦手だった。

「…な、何かな?」

「国土交通省から連絡が入ってますよ! なんで係の電話不通にさせてるんですか
 また時間外にメンドークセェとかそう言う理由でしょ!?
 いい加減にしてください!」

「あ、は、は、は、悪りぃ…今すぐ取り次ぐわ」

吸い始めて間もないタバコだが、急いで本郷はタバコをもみ消した。

「警務課に直接来てください!」

「…あー…ちょっといいかな?」

秋葉はギロっと本郷を睨んで

「なんですか!?」

「国土交通省からの連絡っつったら多分俺じゃねぇや、富士の方だ
 アイツも残業するってまだ係にいるから、そっちに声かけてくれ…ませんか」

「……判りました、残業は程ほどにお願いしますね、昨日の事件が酷いのは知ってますから」

正統な理由があり、ちゃんと何をどうすべきか筋立てをすれば穏やかなのだ。
来たときよりは温度の下がったつかつかという足音が去って行く。

もみ消したタバコにもう一度火を付けようかと思いきやかなりぐしゃぐしゃに
してしまってて、しけたツラをして本郷はもう一本新しいタバコに火を付けた。



「よう、国土交通省から「あの街」に連絡とったって、何がどーした」

五分ほどして休憩から上がり係に戻って来た本郷があやめに声を掛けた。

「…はい、今日の「事故に見せかけた事件の容疑」に関しまして…
 ファックスがいいかメールがいいかでメールを選んだんですけど…」

それについては本郷は若干知っていた、数年前に一度問い合わせた経験があったからだ

「情報にカギは掛かってるわ圧縮掛かっててその圧縮解凍にもカギ掛かってて
 直ぐオフライン機器に移動させたら元データは完全抹消してくださいってあれかww
 相変わらずメンドー臭そうな街だねぇ…」

「ここまで厳重だとは思いませんでした…それにしても早かったな…三時間なんて…」

「…いい時間だな、お前その情報持ってアイツのとこ行きな、んで直帰でいいや
 飯だけは集中して食うヤツだから八時半くらいまででお前さんの今日の勤務時間で記録しとくわ」

ああ、やっぱり弥生に関するそう言う基本情報は知ってるんだなぁ、と改めて
本郷が「先輩」であることを感じたあやめ。

「いいんですか?」

メールで受け取ったデータをオフライン設定したタブレットに有線で送り、
元データは専用消去ソフトで消す、周到だ。

「電話でアポだけは取っとけ、じゃあ、お疲れさん」

「あ、はい…ではお先に失礼します、
 本郷さん、明日の予定はまだ判りませんが、明日には終りが見えるように頑張りましょうね」

「あ…おう…」

まだまだ残ってる「整理」に本郷はしけたツラをした。
整頓して去って行くあやめを尻目に本郷は書類の一つに目を落とした。
「大宮家に関する今後の処遇」という書き出しの書類だった。

「ま…今回の事で国庫行きになった財産もけっこーあるからよ…
 娘さんはそっから何とか医療補助・生活補助すっから、成仏してくんな」

大宮珠代はまだ、昏睡であった、まるで、もう目を覚ましたくないと言っているかのように。



「わーい♪ 富士さんもやってキター!」

葵が喜んであやめを迎えた。
餃子の焼けるいい匂いがする、まだ昼間のハンバーグが残ってる感じもあるモノの
「あ、美味しそうだな」と反射的に思ってしまい、「私太るなぁ…」と
葵には見えないようにしけたツラをした。

来るからには何かお土産でも…と言うこともあり、副菜になりそうなモノを
あやめはそれなりに買ってきていた。

既に食事は始まっていたのでとりあえず席に座りなさい、と弥生が
キッチンテーブルの一席を指すと「さーさー♪」という感じで葵が
椅子を引き「どーぞ」と促す。
結構熱烈歓迎、でも葵に懐かれるのはなんか純粋に嬉しかった。

「はい、では今焼き上がりました、こちらをどうぞ、お召し上がりください」

物凄い丁寧な口調、ちょっと甘い声とトーン、前髪ぱっつん系で
黒髪ロングなのはやっぱり弥生の家系なんだなという裕子。

「あ、はい、いただきます」

「私が包んだド下手くそなのも含まれてるけど気にしないでね」

弥生が微笑みかけた。
確かに、焼く前から失敗だったのだろうのが幾つか混じってる。

それにしても…裕子はなる程目鼻立ちや肌や髪の質が弥生にそっくりだが、
でも不思議なことに物凄く柔らかい印象だった。
弥生と聞いて思い出す顔がクールな真顔なら、裕子はニッコニコ微笑んでるような。
そして、まだその途上にあるのがよく判るが、弥生ほどはないが平均よりは高い身長で
弥生より凸凹した体型、うーん…凄い家系もあったモンだ、あやめは思った。



食事後一服して(ちなみに弥生は普段は葵も裕子も全然気にしてないと言うことで
 室内で喫煙をしているが、今日はあやめがいるという事で外で喫煙していた)
弥生が裕子や葵にお風呂に入ってきなさい、と促しそういう当たり前の生活の中

「で…どうだった?」

と、事務所のテーブルを挟んだソファで真向かいにタブレットを囲んで
弥生とあやめ、あやめはタブレットの電源を入れ、立ち上げを待ちながら

「…私もまだ中は見てないんです、受け取ってとにかく情報をここに持って行けって」

「ふむ…」

解凍されたフォルダにはきちんと「科学準備室に於ける事件の可能性についての報告書」
とあって、中身はpdfファイルであった。

「貴女に見解を求める依頼を出してから三時間でこれって…仕事の早いわねぇ
 …目次から幾つかの資料と論証を元に考えられる「事件」の可能性と
 個人的見解、そして…」

pdfファイルは二つあり、もう一つが

「偽の『魂換術』一部一式…素晴らしいわ、この担当者、いい仕事するわね…
 気楽に連絡とれるなら「今度ご飯おごるわ」って言ってあげたいくらい」

弥生がその仕事の完璧さと細やかさに脱帽した(室内だから被ってないけど)
あやめはそれに

「これって…押収物をすり替えろって事ですよね」

「そう、やっぱそう言うの気になる?」

「二つの意味でなります、一つはお察しの通り法の杓子定規に引っ掛かってること…」

「もう一つは「そうまでしなければならないほどこれはヤバいモノなのか」って事ね?」

「…はい」

「いいわ、その是非については先送りしましょう、先ずは見識の方のファイルを
 開いてくださる?」

「あ…はい…えと…ああ、開いていちいちくるくる回すのは無駄ですね」

あやめは立って、弥生の隣に座り、余り大きなタブレットではないので
結構密着した状態でファイル操作をした。

「あ…ちょっと待って」

弥生がちょっとあやめから上半身を反らすように反対側を向いて俯き胸に手を当ててる
「自分に気があるからこの状況にドキドキ」という「演技」をしてるのではないようだった。
あやめはなんか少しだけイタズラっぽく

「…私でドキドキなんかしちゃうモンです?」

「そんな自制心を揺らすような言葉は吐いて欲しくないわねぇ…」

にこっとして

「スミマセン、でも弥生さん、純粋な人なんだなって何かちょっと分かりました」

そう純粋、欲望に対しても、そう言う人なのだ、あやめにはそれが何となく見えてきた。

「まぁまぁ…葵クンはともかく裕子の居る同じ家でサカっちゃ叔母としても祓いの先輩としても
 面目も立たないわ、よーし」

どうせ狭いなら肩くらい抱いてと言う感じで弥生は開き直り
(お互い右利き(少なくともあやめは右利きで、弥生も生活の大半は右手主体)なので
 左手が邪魔にならないようにそうするって感じでもある)

「じゃあ、詳しく見て行きましょおか」

ちょっとヤケクソを感じる口調で「次」を促す弥生にクスッと笑ってあやめはタブレットを操作した。



曰く
・その本はその本単体では力を発揮しないが、掘り下げることによって真理に到達可能である
・事件現場のスケッチから見ても、相手はかなりキレるタイプで
 恐らくは『魂換術』一冊から術式に関するアプローチと、証拠消しを科学的見地から自作
・魔法陣(部分)によるそれぞれの記号や配置の意味と
 事件現場スケッチから見て取れる「魔法陣全容予想」数パターン、及びその効果
・魔法陣の出所だけは不明、可能性として、自力で思いつく可能性極小、
 何らかの資料があったが隠滅された可能性中、出所は他にある可能性中
そして、その担当者が最後に個人的見解として
こう書いていた。

事件前後で生徒が一人行方不明になっていること、
既に教師は「死体」ではなく「空っぽの体」であったことなどを考え、
当初の予定では事故を装い大量死に紛れてしまう予定で仕組んだ事件、
それが崩れて事件が露わになりやすくなったのは、
生徒の一人がガス発生ギリギリで僅かにでも窓を開けられていたこと
そしてその匂いに敏感に気づけ、避難勧告や誘導、そして救助活動を
どうやったのだかは知らないけれど迅速にやったこと

目的は「肉体の若返り」多分その学者にはまだ大きな野望があり、
それには時間がどうしても必要だと追い込まれたのが動機、
理由は特にないが、件の教師の財産などが無くなっていて
行方不明の生徒が行方不明のまま、或いは全く関係ないところで
目撃情報だけ出てくるようであればほぼ確実。

誰かに雇われている可能性アリ(詰まりかくまわれている可能性もあり)

強制的な憑依の排除は難しいと思われる、どうしてもやる場合、
新鮮な空っぽの体(死体)を用意してからでないとヘタをすると乗っ取られた体の魂も滅ぶ
そう、学生の魂はまだ解き放たれて居らず、言わば追っ手が掛かった状態での「人質」
最終的な目的が判らないため、追及は今のところ難しい、
相手がもし組織的だとしたら、今の段階で無理に追及すべきではない。

何か新情報を掴んだら、こちらにも情報を送って欲しい。

このファイルはオフライン保存して、関係者以外が見られないように
厳重に保管しておいて、またいつでもこれに類するような事件があったら見返すように。



「…私の仕事無くなっちゃった」

弥生がしけたツラ(最上級)でこぼした。

「…なるほど…もしこの通りなのだとしたら確かにこんな本(押収物はあやめが責任を持って管理)
 残して置いては行けませんね…人間、良心に基づいて動くとは全然限りませんからね」

「じゃあ、ちょっとだけオンラインにして偽の方印刷するわよ」

「はい、そうですね」

「ついでにメモカにデータ移しておこうっと…保管場所はウチでいい?」

「ええ、こんなの署内にあってもどうしようもありませんよ」

「それにしてもコイツ何者?
 幾らシークレットな街でシークレット体質でも体制側の人間じゃあないわね」

「一般の研究者とかでしょうか」

と言った頃、湯上がりでほかほかしたタンクトップとぱんつ一丁の葵が
ソファの後ろから二人に抱きついた。

「どーしたの、なんか弥生さん「面白くない」って顔凄いよ」

「面白くないわよ…富士さん、多分これ同業者だわ…
 私が類推すべきを全部網羅してしまってる。
 信じる信じないを別にすれば、誰にでも判るように書いてあるし…
 「空っぽの体」というのは貴女がそう向こうに報告したんでしょうけど
 それで相手も「ああ、こっちにもある程度事情判ってる人居るな」って
 誰にでも判るけれど、補足や強調は宜しくって感じにまとまってるわ」

「玄蒼市版霊能探偵って所ですか?」

「そう、あっちでは魔術に関しては本格的な学問なんだから
 それをある程度知ってる、且つ法の上に立ちながらもその線上を敢えて
 行ったり来たりするような軽やかさも感じる、しゃくに障るなぁ」

葵がおかしそうに

「弥生さんが嫉妬するなんて初めて見る、じゃあ、向こうでも結構凄い人なのかもね」

「どっかに署名無い? 富士さん」

あやめはおかしそうに吹き出しながら

「さっきは「ご飯おごってあげたい」ってくらい感心してたのに…w」

「その名前、覚えておいてやるわ、会う事はないんだろうけど」

会う事はないのだろう、そう、コンタクトはとれるようだけれど
確かに、国土交通省経由なんてこんな面倒をしないとやりとりも出来ないなんて。
あやめは何となく「縁(えにし)」と言う言葉を思い浮かべて
弥生のリクエストに応えるべくファイルを見て回る

でもどうやら普通に見える状態では署名は一切ない。
「玄蒼市DB管理局付け」という所属だけだ。

「…名無しの権兵衛気取るたぁーますます気に入らないわねぇ…いや、待てよ
 同業者だとしたら…報告書のどっかに「自分がやった」って証は入れるはず
 富士さん、電子透かしとかそれに類するステータス見当たらない?」

「ええ…? 普通はそう言うの見えませんが…えーと…」

あやめは授業としてはIT関連モノも受けているし個人的にPCも使う。
なので…まぁそこはごにょごにょっと電子透かしを表示させた

「専用のソフトも使わず…あなたもやるわね」

「まぁ、一応色々と…」

そして色々見つけた制作者の情報を寄せ集めるとこうあった
『バスター階級A 半公立悪魔探偵 百合原瑠奈』

「名前は本名のようです、公式に登録してある名前のようですから」

「百合原って珍しい名字だね、ウチの学校みたいじゃん」

葵が屈託無くキャッキャとはしゃいでネタにしている

「名字が百合原だから「百合が原」で起きた事件担当にさせられた
 ってくっだらないオチもありそう、だから名前も残さずさっさと仕事終えた感じもするわね」

「そんな事って、あるかなぁ」

葵がウケて笑っていると

「だって、仕事に不機嫌が見て取れる、こっちに仕事させてやらないって」

「まぁ…実際に会うなり会話するなりコンタクト取れない限り真相はわかりませんね」

あやめがしめると

「ユリハラ・ルナね…ライバル認定しておく」

弥生は終始面白くなさそうだった(冗談めかしているようには振る舞っているが)

「まぁまぁ、十条さん、関係各所への報告はまた明日として、
 貴女もお風呂入ってスッキリほかほかして寝ましょう!
 お疲れ様でした」

あやめが弥生と向かい合い(超近距離)微笑みかける
弥生がどきっとしたのが判る、唇なんて奪おうと思えば直ぐ数センチだ
葵も「おっダイタンだな」と思って見守るが、少し見つめ合ったあと
弥生はソファ越しにあやめの肩に掛けていた左手を避けつつ立ち上がりながら

「そうしましょう、お疲れ様」

上手い具合にライバル心をいなされつつ、ちょっとキモチのなかの
あやめの順位を上げさせた、一息ついてヤレヤレって感じに

「貴女とはいい仕事仲間になれそうよ」

「私もそうなれるよう頑張ります、じゃあ、葵ちゃんお休みなさい」

「ウン、お休みぃ」

「裕子ちゃん…は…」

裕子はリビングでバスローブのまま寝ていた。
無防備だ。
あやめはちょっと声のボリュームを落として、

「ではまた明日、連絡しますね」

「ええ、お休みなさい」

あやめは帰って行った。

「なかなか…」

弥生が何か言い掛けて、葵が「うん?」と弥生を見上げた。

「もしあそこで私がキスして押し倒してたら彼女どうしてたと思う?」

葵はちょっと赤くなって、でも昼間からの彼女の様子を思い浮かべて

「…受け入れていたとは思うよ、思いっきりその後ギクシャクって言うか
 立場と実際とで距離掴め無くなっちゃうと思うけど」

「…そうよね、彼女も結構迷ってる感じはあった、賭けてたっていうか」

「いつか抱きたい?」

弥生はフッと笑って

「判らない、今後次第かな」


第三幕  閉


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