L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:TWO point FIVE


カズ君事件水曜日、学校異臭騒ぎ木曜日、両者の火消し金曜日、ときて
土曜、本郷は「それこそ残りは一人で大丈夫」といって
あやめの休日出勤を許さなかった、従姉妹も来るとのことだし、
怒濤の三日間だったから少し実家でクールダウンしておけ、と言う厳命もあった。

富士あやめの実家は、札幌市の東の厚別区の更に東側、北広島市とも
江別市とも付かないようで一応札幌市厚別区もみじ台の住民であった。

彼女は大学生まではこの実家で過ごし、警察学校では寮、そして現在は
中央区と白石区・豊平区を隔てる豊平川側の近く、
白石区とも豊平区とも付かないような所に基本は一人暮らしであった。

従姉妹が仕事を兼ねてこちらに来るという事がこの時期に来たのは
何か、計ったような運命を感じて確かにこの異常だった数日で被った「穢れ」を
祓ってしまおう(と言う発想が既に影響されているのだが)と金曜の夜から
実家に戻っていたのであった。
従姉妹がお土産と仕事道具の一部を持って富士家に来たのは土曜の割と朝早くであった。

「わ〜〜ワラビ久しぶり〜まだまだ元気だねぇ〜〜」

富士家の猫「ワラビ」は元々人見知りしない性格で、キジシロと言われる模様配分の猫
(茶・焦げ茶・黒系トラジマ模様がキジトラ、そこに白い毛の部分がくっきりそこそこ目立つのを
 呼称としてミックスしてしてキジシロというのだ)
なのであるが、このあやめの従姉妹「凜(りん)」はワラビ用お土産を必ず
持参しやってくる客人で、一族の匂いもあるので特に忘れることなく懐いていた。

あやめと凜は同い年と言うことと、小さい頃はホントに姉妹のように似ていた
事から、仲の良い関係で、現在映像製作会社のロケ隊として忙しく働く凜が
つまり北海道(札幌付近)に泊まりのロケがあると言うときは必ずこちらに来ていた。

「いやぁ、あやめちゃんまたなんかキレイになっちゃったねぇ、
 小さい頃あんなに似てたのに、神様は残酷だなぁ」

屈託無く凜はあやめを褒めた。
どっちが上の下の張り合うこともなく、たまに会う同い年の同性の親戚と言うことで
どちらかというとお互いの悩みを共有し合ったり、支え合って来た事もある。

あやめはその屈託無い凜の笑顔が眩しかった。
今までちょっとした愚痴を共有し合ってきた仲だったが、
大人になるにつれ秘密を持つようになるなんて成長期云々の問題ではない
世の中の常識がひっくり返るような秘密を抱えてしまった身として、
「この愚痴だけは絶対に吐けない」ということが枷として凜の笑顔の眩しさに繋がった。

勿論、弥生や…いや弥生個人の話はイイとして、
「祓いの力」「悪霊・悪魔」「魔術・魔法陣」「関わった事件の真相」
「日本であって日本から隔離された穢れた街」
こう言ったことなどは誰に口止めされることもなく「当然のように」シークレットだ。

富士凜はなるほどあやめの血縁で小さい頃はよく似ていたと言うことも頷ける
ベースはホントに似ていて、ちょっと薄めの顔立ちなんかは今でも似てる
ただ、CASE:ONEで「美人十段階評価」をしたが、それに沿えば
あやめは人並みを4・5として7くらいと結構高く、この辺りは
「ストライクの人にはドストライク」という感じの事が多い、
ちなみに数字が高ければいいと言うわけでは勿論ない、付き合いやすさや、
中身に関わる事を入れてしまえば外見十段階評価など結局は「それまで」のものだ。
話を元に戻し、凜はこの十段階だと6弱あたり、人並みちょっと上
ぱっと見て「キレイな人だな」とまでは行かないけど、ちゃんと化粧ナリすれば
キレイに化けるタイプである。

あやめと凜の差は「基本薄めの顔ながらそれでもほんのちょっと整い度があやめが上」
「おっぱいわりとでかい」くらいであって、しかもそれは外見評価、
全体的な体型バランスなんかを考えれば凜も決して悪くない、と言うところだろう
詰まりあやめは「ちょっと薄めの顔だが整っている・細めの体型の割に胸が結構でかい」
というストライクゾーンを持つ人にはストライク、と言う感じなのだ。

「滲み出る元気さは凜ちゃんには敵わないよ、体力あるよねぇ」

あやめも割とど根性タイプだが、凜は更に上を行くど根性で
割と細身な女性ながら番組製作のためとんでもない田舎の山奥とかまで
機材を担いで撮影隊の一人として奮闘しているど根性娘であった。

ちなみに凜は高専卒でハタチから映像製作会社で働いていて社会人としても
大先輩である、あやめはその凜の中学卒業から自分の将来を見据えて
躍進していたバイタリティを尊敬していた。

朝早くの到着と言う事であやめ実家で朝ご飯から一緒させて貰った凜は

「いやでもあやめちゃん刑事さんじゃん、凄いよ」

そこへ多分凜の仕事仲間からの電話なのだろう、「あ、ちょっとゴメンね」と
凜はスマホを手に取り電話に出た。

「あ、ハイ、スミマセン到着してましたw 連絡遅れてスミマセン。
 現地はどうですか…え、そうなんですか? どうします?
 …いいんですか? ええ、確かにそうですけど…、じゃあ私今日明日休暇扱いで、はい」

凜が休みは嬉しいけど…と釈然としない顔をして通話を終えた。

「休みになったってのに、アンタも仕事人間だねぇ、お父さんの家系って感じだよ」

富士あやめの母、磯子(いそこ)は既に出社して土曜も働く夫を思い苦笑した。

「いや、もう、若さと根性だけがウリですからw
 …あ、ねぇ、あやめちゃん、藻岩山付近で閉鎖地域があってロケできないって
 ディレクターがぼやいてたんだけど、何かあったの?」

どきっとした、イキナリ核心…
ちょっと言葉に詰まった娘の様子に気付いたのか気付いてないのか、母磯子が

「あー〜〜なんかガス爆発の連鎖があって酷い事になってたらしいのよ、
 ニュースでちょっと映像流れてたけどあっちこっち瓦礫になってて…」

噂話に花が咲く「おばちゃん」丸出しで磯子が目を輝かせて喋った。
不謹慎なのは判ってるけれど、でも、やっぱり直で自分と関係ない被害はやはりどこか
「イイ話のタネ」なのである、それを、責めるわけにも行かない
「知りたい」「知ったら話したい」と思うのは言葉を持つ社会生物「ヒト」としての
習性みたいなモノなのだ。
あやめはそんな母を見て思ったのだった。

三日前までそんな思考、してなかった。
「アメーバみたいなグニャグニャした「人それぞれ」の重なった部分が「常識」
 そこに枠を囲った中が「法律」、でも実際ヒトは結構そこからはみ出ていて
 時折不用意に重なるとそこに悲劇は生まれる」
本郷が一行目を、それ以降は弥生の言葉である。
そう、たしかにそうだ。
日常を送るのにそんな事いちいち意識しないけど、極限状態にはそれが
救いにもトドメにもなる…

あやめの複雑な表情に凜が

「あ、警察だもんね、守秘義務ってモノもあるよね」

「…うん、いや…私、現場には行ったけど法的な後処理担当って感じで
 捜査はしてないんだ、だから詳しいことは…それに…」

ここであやめはちょっとイタズラっぽく

「詳しいこと喋ったらご飯食べられなくなるよ」

山ほど見た死体とその匂い、思い出すとまた吐きそうな感覚も来ないでもないが
弥生の「祓いの力」による治療を想い出し喉元に手を当て
「あ…平気だな、私」と思ったあやめだった。
あの時の、弥生の優しい表情と優しい「祓いの力」を想い出した。
しかし、凜は兎も角母磯子は生々しい話が嫌いである、

「ああ、いい、いい、ご飯時なんだから美味しく食べちゃいましょう!」

といって食べることに復帰する。

と、そこへ丁度北海道の情報番組内のニュースコーナー(現地バージョン)で
私立・百合が原桜木中・高等学校異臭騒ぎについての事をやり始めた、
ロケ映像もあり、それなりに構成のある作りと言う事は「小特集」みたいな
カンジなのだろう、あやめはちょっとウンザリした

『…こんな事件も特集されちゃうのか…事故って事になったのに…』

「不用意に触れるべきではない」全く知らない人でただ事件の見解を求めたに過ぎなかった
魔術・魔法陣に見識のある百合原瑠奈という「悪魔探偵」にそう言わしめた「事件」

複雑な思いでテレビを「なんとなく上の空」で観ていると凜が何気なく

「あれっ? これあやめちゃんじゃない?」

「え"ッ!!!!!?????」

100デシベルは超えたろう、かなりの音量であやめが声をあげた。

「ちょっとなぁに、そんな大きな声出してぇ」

磯子はあやめを窘めたが、その後番組を観ていると…
事件のかなり早い段階からどうもたまたま近くをロケしていたクルーが居たらしく
駆けつけていて、一応生徒の顔は見えないようぼかしなりが掛けられているが、
自分たちが到着する「前」の映像がある。

いや、取材に来ることとか多少関係者にインタビューがあるとかそういうのはいい、
そう言った物を調整するために金曜日に奮闘していたのだから。
勿論、それなりに取材してもいいところ、インタビューの範囲、模範解答
その他慣れないながらも調整役として奮闘したのだ、

「木曜の映像があってそれを使うなんて…!!」

「あーもう、あやちゃんがヘンな声出すからお母さんよく判らなかったじゃないの
 まぁ、お父さんこの番組好きで録画もしてあるからあとでもう一回見てみましょう
 あやちゃんここにも何かしに行ったんだね」

母としては「仕事を頑張る娘」を誇らしく思うくらいのキモチだろう、それは嬉しい。
けど。

内心心臓バクバクなあやめを尻目に番組を冷静に観ていた凜が

「事件当日の映像はあったら警察として不味いの?」

あやめにはそれが聞こえてなかったのか呆然と

「ああ…今日本郷さんは出署してるから電話しないと…
 放送されちゃった物は仕方ないけど…生徒や現場の混乱にはぼかし入ってたし…
 ただ、テレビ局にはマスター消して貰わないと…」

あやめは居間から出て家電(いえでん・固定電話)から本郷の携帯に電話を掛けた。

『俺はそんなモン(番組)見てねぇが…はは、やっちまったなァ
 確認すべきだったぜ? まぁ弥生も見落としてたんだ、相手もプロ、この辺は
 どーしたって抜け落ちることはあるさ、気にスンナっていうか、あとは
 俺と弥生でどうにかするよ、奴らもそれでゼニ稼いでるプロなんだ、
 念を押したから素直に言う事聞くなんて思うなよ?
 まぁ、失点は失点だけどな、別に咎はねぇが今後は気を付けろよ』

「はいッッ!! 申し訳ありませんでしたッ! 以後気を付けます…!」

コップの水をつつくカッコウの置物のように電話に向かって頭を下げながら
あやめは最上級にしけたツラをして通話を終えた。

この時点でCASE:2第四幕直前と言った時間軸である、この後
前章第四幕で「追加の火消しもあり、弥生は署に呼ばれ、あの四幕の会話」
となるわけである。
ただ、本郷や弥生にとっては「その程度」の出来事であって話題にも上らなかったが
なにしろ加減など知らない新人のあやめは最悪の気分になった。
弥生も見落とした・失点は失点だけど気にスンナでも気を付けろ
というちょっとしたフォローだけがあやめの救いだった。

居間に戻りしけたツラで溜息のような声を吐きながら「あぁぁあああぁぁああ」と落ち込む。

「ちょっとなにあやちゃん、何やらかしたのさ」

磯子の言葉に凜が

「えっとね、番組の構成としては
 ・事故の概要と共に校舎の映像と、消防のヒトなんかが出入りしたりしてるトコ
  この一場面にあやめちゃんが写ってた
 ・どんな混乱があったか、たまたま近くをロケしていたスタッフが撮った
  事故直後の映像、ぼかし掛かってたけど、救助活動している生徒の中に
  人間じゃない動きしてるのが居るような、ぼかしもそこは強く掛けられてた。
  ここが不味いの?
 ・事故の被害者、科学教師御徒について、さらりと
 ・関係者、消えた男子生徒について、目撃情報など、さらりと
 ・直接被害にあった二年二組の生徒はほぼ回復、
 ・学校は月曜から再開される
 ・本来予定していた小特集は、詰まりこの偶然居合わせた事故取材のため
  後日改めて放送します。
 って感じだったよ」

さすが製作会社勤めだ、そして彼女も「あやめの守秘義務と自分の好奇心」の
せめぎ合いにある、と言うことがあやめに判った。
葵の驚異的な身体能力を実はあやめは殆ど知らない、ただ通学に
高低差お構いなしで地図上一直線「己の肉体のみ」で通い、交通機関使ってマトモに
通学すると40分のところを20分くらいで登校しているらしいこと
と言うことは目撃情報や通報も結構多いんだろうけど…
もみ消せてるって事なんだろうかなぁ…でも、映像として残るのは不味いよね…

「えっと…凜ちゃんの言う箇所が不味いのと…
 っていうかそれが…何の管制を敷く余地もない当初の現場映像が
 存在していて放送されたことが一番不味いんだよね…」

あやめの落ち込みに、凜が

「だったら、製作会社は判ってるよ、何をスクープにすべきか、
 救助活動の何か凄い動きしてた生徒については「お約束」があるって感じがした
 強調したいのはそこじゃあないんですよ、救助活動なんですよー
 といいつつちょっとだけ「アレ?」と思えるような…なんていうか「注目点」なんだよ
 それ以外の「科学教師」に関しても、「不明生徒」に関してもあくまで
 「こう言う注目点がありますがよく判りません」一点張りだったし、余り無責任な
 予想は立ててなかった、何でもあけすけに放送するのは流石に自分たちの身が危ない
 なんて事は、プロだもん判ってるよ」

『相手もそれでゼニ稼いでるプロ、釘刺したから言う事聞くとは限らない』
という本郷の言葉も渦巻く、映像会社はある程度詰まり弥生と葵の活動は知っているし
それについてどう扱うべきかも…そこにはせめぎ合いがあるが一応判ってる

「そうだといいんだけど…とほほ…私の火消し担当なんだもん、落ち込んじゃうよ…」

大分慰められたが、まだまだ自分はプロとプロの狭間で翻弄されるぺーぺーなのだ
という本質が今度は押し迫ってきた、そしてこればっかりは経験を積むしかないのだ。
ついつい自分の仕事内容についても吐露したが、それがかえって相手の信用というか信頼を掴み、

「火消しって事は…何かやっぱり他に隠すべき事はあったんだね…
 まぁそこはあやめちゃんの聖域だよ、何が何でもそこは守り通さなくちゃ」

「うん、一番肝心なところは大丈夫…ただ、うん、その前段でちょっと油断しちゃったな、
 …百合が原の特集取材って…本当なのかな…まさか…」

もしかして放送局絡みの事件なのかと思わず口にして推理するところがまだ甘いあやめであるが

「先週の予告で今週は百合が原の桜についてそれを世話してる木のお医者さんとか
 専門業者の人達の事やるって、確かにちょっと予告映像やってたよ、
 アンタが何心配してるんだか知らないけど、確かにこれは偶然だよ」

磯子が何かを悟ったようにあやめを慰めた、そしてその「予告」とやらは真実なのだろう
つまり、自分の最悪のシナリオは回避できた、あやめはホッとしつつ

「ああ…ゴメンね、いきなり私が写ってるなんて言われてビックリしちゃって…w」

朝食を再開しながら

「こっちの方がビックリしたよ…」

と磯子が「全くこの子は」という感じでお茶碗のご飯を一口頬張る。

「…私が写ってた…って事は…凜ちゃん、私の他にもう二人写ってたよね…?」

「メインで四人写ってたよ、凜ちゃんの他に…一人は消防のヒトで、
 もう一人が何か黒いスーツの女の人のななめ姿と、
 あとなんか車のボンネットの上でなにかしてたその学校の生徒さんなのかな?
 って女の子、肌の色とかからしてド金髪でも違和感ない外人さんの女の子?
 の後ろ姿…とあとその他下校してる生徒さん、こっちはぼかし入り」

「…ああ…到着して直ぐの時か…十条さんは葵ちゃんをメインにファンらしき
 生徒の子達に愛想振りまきつつあの消防員さんと話をしてて…
 私は身分証明と現場検証立ち会い申し出のタイミングを計ってたから…
 確かに注意力散漫だったかもなぁ…」

「あやめちゃん、クチにして考える癖治した方がいいかもよ?w」

「あやちゃんは昔っからぶつぶつ考え事する子だからねぇ」

凜と磯子にそれぞれ突っ込まれてちょっとバツが悪くなるも

「ううん、多分ここは話せる範囲だから、いいんだ、でも気を付けるよ
 確かに独り言は私の悪い癖だね」

「話せる範囲…か…じゃあじゃあ…!」

凜の目の色が変わった、職業病でもある、知りたがりなのだ。

「一緒にいた黒スーツヒトは同僚の刑事さん?
 でも警察車両といえど一般車…とはいえ、あんなある意味「目立つ」
 ローバー・ミニっぽいのに乗ってて大丈夫なの?」

…話してイイ範囲なんだろうけど「どこまで」の範囲が難しいことがまた来た

「…ううん、あの人は…えっと…凜ちゃんが「外人の子」って称してた
 女の子の保護者って言うか…で…調査会社のヒトなんだよ、
 警察の方でもたまに協力して貰うんだ」

あやめは流石に守秘義務に関して「ウソの付き方」は心得ていた。
大筋では真実だったが、上手く細かい所はボカした。

「じゃあ、たまたまその子の学校で事故が起こったから駆けつけたんだ、その人」

「そう、あの日は警察署でちょっと打ち合わせをしていて…そしたら
 その外人の子…日本人の血が1/4のロシア系で葵ちゃんって言うんだけど
 その子から連絡あって、こっちも警察だから、一応事件事故両面から
 捜査したかったし、北区は担当外だけど、加えさせて貰ったんだ」

「へぇー、いや、見た感じすんごいカッコイイヒトだなって思ってさ
 男装の麗人って言うの? なんかそういう」

そこへ磯子が食後の茶をすすりながら

「あら、凜ちゃんそっちの趣味が?」

「いえいえww 目立つヒトっているじゃないですか、なんかそれで目についたっていうか」

「…うん、それは同意する、十条さんあんな目立つヒトなのに…
 (探偵と言いそうになり言葉を飲み込み)調査会社に勤めてるなんて世の中判らないよね」

あやめも同意した。

「お母さんそれ見逃しちゃったよ、早くこの番組終わって録画おわんないかしらねぇ
 そう言われると気になっちゃうわ!」

あやめと凜は向き合って笑ってごちそうさまと後片付けを始めた



久々に実家に帰ってきたあやめの膝の上のワラビを撫でたりあやしたりしながら
あやめと凜がまったりしている午前十時、

「よし、録画終わった!」

余程気になっていたのだろう母、磯子がリモコンを操作して件の箇所を確認開始する。
ちなみに今でもアナログ変換でご覧の家庭もあるだろうが、
富士家は父が電子工業系の会社勤めと言う事もあり、こういった映像音楽の
視聴環境には凝っていた、詰まり、フルハイビジョンによる録画環境があるのだ。

母も何とか操作を覚え、その箇所を探しているが、
結構長い情報番組なので悪戦苦闘していた。
その様子を微笑ましく見ながら、凜があやめに

「っていうかあやめちゃん、同僚じゃないにしても知り合いなら写メか何かないの?」

「知り合ってまだ四日めなんだよねぇ、流石にそこまでは…」

…気安くないと言おうとして、でも木曜夜ちょっとだけ
「深く気安い関係になってもいいかな」
と思って(自分にとっては)大胆な真似をしてしまい、弥生を大いに悩ませた事を思い出し
今更ながら何か顔が真っ赤になってきたあやめだった。

うわ、私なんでそんな自ら餌になり行くような事しちゃったんだろ…!
十条さん折角私の前では「ビジネスライクな仕事仲間」的に振る舞ってくれてたのに!
私自らがそれを試すようなことしちゃって…うわー、何かごめんなさい、ごめんなさい十条さん

と心の中で懺悔を始めた、流石にこれは呟かなかったw

「…ん、何か想い出しちゃった? なんか失敗したとか?」

凜の言葉は「仕事に関してその人の前でやらかした失敗談」の意味だったのだろうが
あやめにとっては渡りに船の言葉だった。

「…うん、その人の前で思いっきり恥ずかしい事しちゃって
 十条さんはスルーしてくれたけど、想い出すと恥ずかしくて申し訳なくて…」

これも内容としては真実である、あとは凜が勝手に

「あるよねぇ、相手のフォローがまた淡泊すぎてかえって恥ずかしくなるような失敗とかさぁ」

「そうそう、そうなんだよ…私まだ新人だし、訳も判ってない部分があるのに
 生意気やっちゃったかなぁってさ…」

「あー、判る判る! 私も最初の二年位そんな感じ! 今やっと先輩側の立場で
 うんうん、最初はみんなそうだよ〜なんて言えるようになったよw」

「最低二年かぁ、頑張らないとなぁ」

「その辺りまでは失敗にいちいちくよくよどうしてもしちゃうね、
 三年目くらいからだね、開き直れるの」

「頑張る…まだ四日目かぁ…」

「数えちゃダメだよ…w 数えるなら
 「先ず三日」「次に一週間」「次にひと月」「もうイッチョ半年」「やったぜ一年」
 って感じであとは一年刻みで頑張るって決意すればいいよ」

「ああ、そうかぁ、じゃあ私、一週間は頑張ろうって段階なんだなぁ」

「そうそう、三日頑張れれば一週間頑張れる一週間頑張れれば一ヶ月頑張れる
 そんな感じだよ」

「うん、ありがと」

と言うときに母、磯子が

「あったあった!ここからだわ」

と、問題箇所をコマ送りで慎重に見だした。
「そこまでしなくても…」と娘二人組は苦笑気味だが、
どうもコマ送りにすると録画状態のデータだとビットレートが足りないのかコマ送りの仕様なのか
動きAの画と動きBの画が重なり、場面A+Bになってしまったりするようで
キレイに見えないし確認出来ないとご不満なようでアレコレ調整してた。

凜は微笑ましくそれを見ていたが、あやめはちょっと心配になった、
どの程度の大きさでどの程度詳細にそれが写ってしまっているのか、
どうも自分が写った辺り…というか未来ある青少年以外ぼかしは入ってないようなので
(葵も最初の方は後ろ姿と言う事でぼかしが入ってないようだし)
ちょっと心配にもなったあやめのワラビを撫でる手が止まり、

ワラビが「どないしたん、手ェとまっとるで」という感じで
ひと鳴きすると、

「よし、ここだわ!」

母がやっと「これぞ決定版!」という場面を一時停止させた。

「ああ、いたいた、この奥のがあやちゃんだね」

それは一見「少し高い俯瞰の位置から学校の正門の画を撮っていますよ」というようでいて
微妙にその左手に止まる弥生の車にも角度を寄せたものであった、
明らかにカメラマンの意識は画面の端である弥生の車での出来事にフォーカスをあてようとしていた。

距離が多少あるのか、凜が

「フルHDの画だけど、これレンズ使ってズームで撮ってるね、
 多分向かいの建物の…二階まで行かないな、踊り場辺りからだ。
 距離や障害物如何では気付かなくて当然かも」

「凜ちゃん凄い」

思わず感心した、流石専門家

「これでご飯食べてるプロですから〜♪」

そこで磯子が何コマか進めてもうちょっとそれぞれが判りやすいコマで停止させ

「ああ、この人かい、うわ、すごいねこれ
 こういうの爆乳っていうの? 肩凝りそうだねぇ、垂れたりしないもんかねぇ」

母の率直で身も蓋もない感想にあやめは苦笑し、凜が

「うわホント、動いてるトコだとそうも感じなかったけど、止め画で見たら凄いね」

「うん…、このあと現場検証の時にちょっとタイミング悪くて
 目の前にどんっとこの胸来て固まっちゃったよ、凄いの見たって感じで」

「本物の胸なの?」

「…あの人の性格から後でそう言う底上げする人とは思えないなぁ…」

「うわー…こんなバランス有り得るんだ…凄い、身長があって
 手足のバランスとか色々絶妙だからって感じだなぁ、目立つ人だよ、やっぱ」

「この金髪の子もかわいいじゃないの、ほら、ちらっと顔写ってるよ」

母の目ざとさに

「それはNGだな…まぁ本郷さん上手くやってくれたと思うけど…
 ちらっと動くこの絵をわざわざボカシ入れたりコマ送りする人なんて居ませんよね?
 って事なんだろうかなぁ」

あやめのぼやきに

「うん、そのくらいはやっちゃうね、コマ送りで見なければ顔写るのなんて
 10フレーム…0.3秒もないし、ボカシ入れ遅れましたけどしょうがないですよねって」

凜が答え、続けて

「ただ、流石に賭けな部分があるよ、もしこの金髪の子が何かあるなら
 …ある程度駆け引きな面があるね、あ、おばさん、ちょっとリモコン貸してください」

凜がリモコンを貸して貰い、流石手慣れた感じで操作をしながら

「この後の事故現場での救助活動場面…殆どボカシな上
 ここ…校庭から一気に三階まで何かが跳んでるんだよ、ここだけボカシ強いけど
 色味からしてこれさっきの金髪の子じゃないのかな」

「すっっご…」

あやめは凜の映像構成や加工による洞察力分析力に感嘆した。
あやめはそこは通報による話と、後で金曜の火消し作業の時教師側証言でしか聞いてない。
葵が物凄く頑張って一クラスの殆ど全員(きな臭いのを除けば全員)助けたのだ。

「へぇ〜オリンピック選手になれそうな子だねぇ」

と、母は暢気な感想をぶちまけ場の空気が何か緊張感を無くしたが

「…で…その金髪の子の保護者的な人が…この…爆乳スーツ(仮名)でしょ
 …そろそろ踏み込んじゃ行けない世界かなーとか思ったりして」

「爆乳スーツ(仮名)って…w でも確かにその通りだなぁ…w
 うん、詳しくは勘弁って言うか…私もまだ四日だからさ、
 意外と大食いとか食べ歩きには結構拘りありそうとか
 そういう事しかまだ判らないよw」

「以外と大食いって?」

「ハンバーグのグラム数と大きさって判る?」

…という感じに弥生達の話からハンバーグや、北海道ならではの
食の話などに話をずらし、元に戻りそう(弥生情報の追及)になれば
ワラビをだしに「そう言えば猫派らしい」とかそんな話で何とかやり過ごした土日。



日曜夕方に、色々ロケに都合が付きそうと言うことで準備を凜が始めて
「慌ただしいわねぇ」という磯子と「若いうちはいい経験だ」と満足げなあやめ父

「じゃあ、また都合が付いたら来ますね、また来るねワラビ〜」

凜がそういって出迎えに来たワラビを撫でたりしてたその時である
あやめのスマホに呼び出し音が…電話である。

見ると知らない番号…

「誰だろう」

あやめが電話にでると、

『私、十条弥生よ、本郷から聞いたの、お休み中悪いわね』

「十条さんですか、どうしたんですか?」

爆乳スーツ(仮名)から、その言葉にワラビを撫でる凜の手が止まり、その耳があやめの電話に釘付け
「なんや、あんたもか」
とワラビはひと鳴きした。

『悪いわね…彼もイイ上司気取りたいモードとやっぱめんでぃーモードと
 裏表があって…貴女にも世の理不尽を少し見せてやれとかフォロー断ったものだから…』

「…何か起ったんですね?」

『いえ、「判らない」から調査に向かうのだけど…手が足りなくなる予感がするのよね…』

「判りました、どこに行って何をすればいいですか?」

『私の家に来て待機してて…、一応今から裕子にも来て貰うから…』

「…そんなに大変な何かが?」

ここまで来てこれ以上通常の会話は不味いと思い、家の奥まで行って

「起ろうとしてるんですか?」

『それも判らないの…いえ、カズ君事件程じゃないと思う、ただ、予感として一時的に
 二人では手が足りず、裕子ではまだ「一人」に数えられずで…あなた
 射撃訓練や体術等それなりにこなしてきてそれなりの成績だった訳よね?
 祓い人ではないにしても、裕子と貴女で「1とちょっと」にしたいのよ』

「…なるほど、判りました、でも現場というわけではなく事務所で待機でいいんですね?」

『私の「予感」にしか過ぎないことだからね…悪いのだけどお願いできるかしら』

「構いませんよ、その為の私じゃありませんか、では!」

あやめはちょっと元気よく依頼を受けて、電話を切った。

玄関に戻ると、流石にちょっと物騒な内容っぽい話に両親が心配モードに入りかけた。
ちなみにあやめは二子長女で、ちょっと年の離れた兄が居て既に独立している。

「なに、どうしたの、大丈夫、新人でぺーぺーな私は後方待機だってさ
 それにそんな大したことにならないかも、警戒だけだからって感じだから、
 私も行ってくるね、凜ちゃん、合流場所によっては途中まで送るよ」

折角明るく振る舞うあやめに応えるように凜も少しおどけて

「…残念!! いや近くまで迎えに来ることになってるんだ、
 ディレクターはこの家の場所と外観は知ってるから…
 だから残念…! 爆乳スーツ(仮名)の事もっと知れるか見られるかと思ったのに」

「爆乳スーツかっこかめい」は富士家でちょっとしたブームになっていて
日曜日午前中だけ顔を出した長男一家も先の情報番組にあやめが弥生と写ったところを
母と凜がやんやと指して大受けしていたのだ、場が一気に和む、が、
それなりに真剣な仕事である、あやめは素早く身支度して、

「では、私も行って参ります!」

と元気よく家を出た、駐車場に行く間に凜が

「なんだか分かんないけど、無茶しないでね、根性ってたーまにロクでもない事になるから」

その言葉に心底にこっとしてあやめが自分の車に乗り込みながら

「そうだね、根性娘二号も気を付けるよ、ありがとう、センパイ!」

と言って出発した。
見送った根性娘一号こと、富士凜は、この後このあやめが抱えた「言えない秘密」の
一つに飛び込むことになるのだ、あやめは弥生と、凜は瑠奈と、それぞれ
これから大きく「魔」と関わる事になる。


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