L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:THREE

第一幕


「トリックスター?」

ケース・2.5直後、弥生の元に駆けつけたあやめが、
今回の仕事について弥生から話のさわりを聞いて聞き返した。

「ええ…まぁ「イタズラはするけど人に甚大な被害は与えない、噂の種になって
  注目されたい」っていう…霊というか下級悪魔なんだけどね、
 なんていうか、祓い人との追いかけっこに精魂賭けてるようなヤツ。
 普通トリックスターって英雄的面もあるモノだけど、この場合
 「普通の人に対して甚大な被害は及ぼさない」っていうだけ…だけなんだけど
 私達のような祓い人には容赦ないからね」

「イタズラ…ですか…いわゆる絵の目が動くとか、ラップ音とかですか?」

あやめの質問に弥生が

「ラップ音的なものはそうね、普通の人・祓い人共通で判る仕業だけれど
 「絵の目が動く」って実は祓い人にはよく判らない現象なのよ、
 そういう霊って実は凄く力としてはか細くて、祓い人だと逆に検知可能限度レベルなのよね
 よーーーーーーーーーーーーーく見たら絵自体にもや〜んとソイツがいるかもくらいの。
 そう言うのも含め、逃げるのが上手いのよ…今回のターゲットは…「分霊」って判る?」

弥生の質問に、あやめは考えて

「神道用語でしたっけ、要するに分社作るのに「そちらにも神を分けましたよ」的な」

「うん、神道的にはそう、だから基本は正解。
 祓い人の間になると、これは単純に「ターゲットの分身・分裂」も意味しててね
 で、今まで本州にいたソイツが祓い人の追及逃れて流れ流れて北海道に来たのよ、
 それで、ソイツの除霊依頼って言うか…」

「…あ、何となく見えてきましたよ、ソイツ、自分を複数にして一体だけ隠れるとかして
 祓いの人の追及をかわし続けてるヤツなんですね?
 で、時間が経って力をどうやってか取り戻してまたイタズラを繰り返す…
 それで手が足りるかどうかって」

「理解が早くて助かるわ、ソイツが「自分は百になる」と力を使えば百体になれたりするのよ、
 でも百になれば力も1/100だから、カズ君事件みたいな悲惨さはゼロだと思って
 ご家族の人が心配なさっているなら、いたずらっ子を捕まえるようなもので
 危険はないとか言って大丈夫だと思うわ」

「武器持った警官でも、一般人と見なされますかね」

「ソイツは基本霊体、普通の人間の普通の攻撃…銃を含めてね、は効かないの
 だから、ソイツも祓いの力を持たない普通の人は、襲わないのが流儀。
 ま、はっきり明文化されたモノでもないけど、トリックスターどもにとって
 「普通の人は襲わない」は「マナー」とか「モラル」に近いルールなのよ」

「あ…でもそれじゃあ、私が加わってもプラス零点幾つにはなりませんよ?」

「うん…こっちもある程度さ…その場所に被害は出すだろうけど
 いいわよねって本郷には聞いてあるんだ、明日は美術館休みだから
 その間に何とかすればいいさって
 それで…」

弥生はホルダーに入れていた銃を取りだし、マガジンを外し一番上の一発目を
あやめに見せた、そこには単純なようで何かしら意味がありそうな模様が彫ってある

「これ、私がいちいち祓いの詞(ことば)言わなくていいようにって作った特性の弾丸
 …で、これを」

弥生がジャケットのあちこちに予備のマガジンを出して見せる

「作るの大変だったんだわ、これ、一発一発手彫りなのよ?」

総数200発くらい…

「霊体ならヒットしさえすれば弾ごと昇華されるから、腕前さえあれば
 建物とかに被害も出さないわ、結構スグレ物でしょ?」

そもそも探偵が銃持ってるってのはどうなのよっていうのはまず野暮なんだよな
そう、だって初仕事がカラ薬莢拾ったり外れた弾丸拾ったりだったもんね
うん、なにを今更だ、あやめは思い

「それで私は…」

「まだ他にも予備の弾もあるし、もし「これは数的に面倒だな」と思ったら
 助けて欲しくてさ…銃支給されてるわよね?」

あやめは弥生にツッコミを入れる

「すいません、休憩上がりの私は携帯してませんよ!
 そんな気楽に銃なんて携帯なんて出来ませんって!
 少なくとも一度署に戻ってちゃんと手順踏まないと持って来られませんよ!」

弥生がしけたツラをした、あやめが

「一度署に戻って良いですか?」

「うーんでも…そうなると使用が適切だった云々何故持ち出した云々面倒なことになるのね」

「そうですね、本郷さんはどうしてたんですか?」

「いえ…彼に発砲させたことはないのよ、私も初めてのケース
 トリックスターは今まで何度か祓ってきたけど、今度のヤツのしぶとさは
 群を抜いてるらしいわ…ええと…どう言う由来だったか、ソイツには
 「王子(おうじ↑)」と固有名詞が与えられていて…」

「おうじ↑?」

「そう、落語の「王子の狐」のおうじ↑」

「はいはい、騙し狐の騙され噺ですね、父が落語好きで」

弥生は凄く満足そうに

「いーわぁ、貴女と話すとちゃんと返ってくる、本郷みたいに
 「あー、しらねぇ」「あーそうだっけ」「興味ねぇなぁ」
 じゃないのが凄く新鮮だわ♪」

知識の深さは知らないが結構雑学的に広範囲な知識を持つ弥生に
全く我が道一直線な本郷の態度は容易に想像が付いた、あやめが苦笑した

「まぁ、これはたまたま知ってただけです、それで、私一回署に戻ります?」

「どうしようかなぁ、面倒くさいのは私いやだなぁ」

うん、弥生のような欲求にストレートなキモチを抱く人は間怠っこしいだろうな、
とあやめは思った、弥生が考え込んでいると、今まで黙って話を聞いていた
葵と裕子のウチ裕子の方が口を開いた

「あの…わたくしの特注で良ければ…お使いくださればと思います」

裕子の差し出した拳銃は、いわゆるレミントン・デリンジャーと言われるタイプの
装弾数二発の中折れ式弾込銃であった。

「…裕子ちゃんも銃持ってるの!?」

あやめがうら若きお嬢様って感じの裕子が物騒なモノを持っている事に流石に汗した。
裕子はほんわかキラリンと

「祓い人の嗜みと叔母様が申しましたので、訓練はしておりますが…
 わたくしどうにも余り射撃に向いているとも思えませんので」

それに対しては弥生が

「いやいや…「だからこそ」アタックに祓いの力が向かない裕子には銃が要るのよ?」

「はい、心得ております、しかしながら、今回の件…わたくしが銃を使用する
 イメージが湧きません」

ここまで黙ってた葵とあやめが口を揃えて

「「イメージが湧かないって…」」

しかし弥生はその言葉を真剣な表情で受け止め

「それは…予感に近い?」

「なんと言いますか…これに関しましては「違う、そうじゃあない」という感覚が」

弥生は頷いた。

「よし、なら貴女の銃を富士さんに貸しましょうか、
 その方が弾のストックも私と共用で数を稼げるし」

あやめはそのデリンジャーをしげしげ見て刻印などを確かめながら

「…9×19mmパラベラム弾用にカスタムしてあるんですね…」

裕子がまたほんわかと

「ええ、叔母様の使っていらっしゃる弾と共通にしませんと煩雑ですので…
 …あ、あまり引き金は持たないでください、元のデリンジャーですと
 引き金が重すぎると言うことでわたくしでも引けるよう幾らか調整しておりますので…」

「兄のモデルガンでしか見たことないや…本物の…しかもカスタムのデリンジャーか…
 これ…人差し指で銃身を支えて中指で引き金引くんでしたっけ」

弥生は結構ビックリして

「貴女ご家族のこと余程信頼しているというか趣味を理解しているのね、
 そんなの兄弟がはまってたって普通左から右なのに」

「ああ…w はいw 仲いいのだけがウチのいいとこです、他は人並みですよ」

「そんな事はないわ、温かい家庭は財産よ、そう、ますます貴女を大切に育てなくてはね」

「あはは、まぁその、多少無茶利きますよ、根性だけはあるつもりですからw」

弥生は優しく微笑んで

「よし、では…(事務机に行き机の引き出しを引き)1…2…
 9パラは十発あるわね…貴女に託しておくわ、いいわね?」

「…これ持ったら私敵認定されますかね?」

「そこはソイツの個性次第のところもあるかなぁ…」

「まぁその…あとは訓練通りに行くかどうか…ですね」

弥生は優しく、でもちょっと挑発するような視線で微笑みながら

「期待してるわ」



夕方の招集には意味があった、行動開始が夕方ではなかったのだ、
前段のやりとりの後、
「では、腹ごしらえを始めましょう」となり、葵と裕子で作る美味しい食事の後一時間後
「では寝ましょう」になった。

「え、寝るんですか?」

あやめは思わず聞き返した。

「おうじ↑のヤツ、夜中の巡回の時に主にイタズラするんだってさ、警備にならないからって、
 私達に美術館からと、おうじ↑を追ってた天野の祓い人から引き継ぎ依頼なのよ、
 だから真夜中の行動なの、さ、ホラ寝ましょう。
 大丈夫よ、ダブルベッド二つだから裕子と一緒なら貴女も危機感ないでしょ?」

「あ…いえ…あ…あの、十条さん」

「うん?」

「木曜…生意気しちゃいました、スミマセン」

弥生は微笑んで

「貴女のそう言う真面目なとこ、大好きよ、純粋に」

あやめの頭を撫でて

「四時間弱しか眠れないけれど、寝ましょう」



23時半、起床、はっきり言って眠いが、仕方ない。
裕子は朦朧としているし、健康優良児たる葵も「夜は寝るモノ」として
余り夜中の活動には向いてないようだったが…

「ホントにこれで大丈夫なんですか?」

あやめが汗してエンジンの掛からない二人を見て弥生に問う。

「葵クンはまぁ…事件現場に着けばエンジン掛かると思う、今までもあった
 …でも裕子は…夜中に待機させるの初めてだから…
 富士さん、何とか頼むわ、お願い」

「はいー…頑張ります、裕子ちゃんカフェインとか大丈夫ですかねぇ」

「紅茶派だからカフェインそのものは大丈夫だと思うわよ」

「そうですか、では頑張って見ます」

「ヨロシクね…ではわたしは行動開始するわ」

「いってらっしゃい、ご無事で」

弥生はそれに言葉では応えなかったが、半分寝ている葵をお姫様抱っこで連れて行く片手で
ひらひら「バイバイ」をしつつにっこり微笑んで退室していった。

…それにしても…と「十条探偵事務所」を見回す。
弥生から自由に見学してイイと言われていたのでそれに甘えた。
大体弥生の趣味で構成されているらしい、アイテム類は渋めのチョイスだった。
葵の個人部屋というのはあるはあるけど、「どこで過ごすかは葵クンの自由」
としているらしい、そして葵はだいたい弥生の側に居た。
葵の部屋の内装などははそこそこ「女の子」してるんだけど、今となっては
トレーニング器具部屋で、全く女の子らしくないw

弥生の個人部屋は書斎になっていた、とはいえ、机はないので
ホントに本を置くためだけの部屋、一応オカルト関係の…それらしい本もあるが
科学関係、小説、漫画、映像関係、図鑑、何でもある、ネットの発達した今
半分くらいは知識としてはパソコン一つで済む物だろうが、
そうじゃない、紙の本で揃っていることが大事なのだ、
と言う弥生の美学が見えてくる。

…あとこれは「意外なこと」として大人のおもちゃが一切出てこない…
まぁ…物が物だけに非常に巧妙に隠してあるのかも知れないが…
でも事務所は兎も角ベッドルームなどプライベートスペースでそんなにびくびくする
対応するとも思えない、そんな細かい性格してるとも思えない。
道具とか、使わない人なんだ…
とりあえず自分も使ったことはないけれど、知識としては知っていて
レズビアンの人なら…的に考えて居たモノが一切出てこない。
まぁ、使わない人も居るよね、と言えばそれまでなのだが、
弥生はそう言う人なんだな、と言う風に思う訳で…

…ふと我に返って「私何家捜しみたいな真似してるんだろ…しかも大人のおもちゃなんて」
と、顔を真っ赤にして、どう見ても殆ど寝ている裕子を見て…

「やっぱり必要かもなぁ…、裕子ちゃん(ちょっと肩を揺すりながら)
 裕子ちゃん、私、ちょっと下のコンビニ行ってくるね、何か買ってくるものある?」

と声を掛けると、裕子は少しだけ起きた頭でちょっと考えて

「申し訳ありません、わたくし家の方針でそのようなお店を利用したことがなく…
 高校になったら好きにしていいと言われてはいたのですが………(眠りかける)
 ついぞ入店した機会もなく…何が売っておりますのか判りかねます…
 わたくしのことは構わすどうぞ行ってらっしゃいませ………(半分寝てる)」

あやめがそのスローな一言一言をうん、うん、と結構真正面から
「もう何だか生粋のお嬢様だなぁ…」と思いながら聞いて

「じゃあ、一階のコンビニだから、五分くらいで戻るからね、
 十条さんもまだ現場には着いてないだろうし、今しかないから」

「…はぁい……いってらっ………………(「しゃいませ」を言おうとしたらしいもそもそ声)」

この子…こんな危機感なくて良くこの家に出入りしてるなぁ…
弥生さんはこの子に手を出してないような感じだけど…
でも「嗜み」とか言って実はっぽいし…うーん…w

事務所を出て一階に下りるエレベータを待ち、乗り込み降りながらあやめは思う。

「祓い人」で「好き者レズビアン」で、自分とは縁遠い世界の人なのに
そこには判るなぁと思える美学や趣味も垣間見える。
初めて見る世界にその美学や趣味も垣間見える。
弥生曰く「壁の越え方」さえ間違わなければ、ホントにイイ信頼関係を結べそうな人だ。
そういう純粋さと魅力を感じる、そう、よく判らない生業と性癖だけど、
尊敬できる人だと、あやめは思った。



ちなみに「現場」は道立近代美術館であった、主な展示スペースは一階に二つ
…展示室Aが二階までぶち抜きで、展示室Bはワンフロア。
主に海外からの貴重な展示物などイベントとして大きなモノがA室で行われるイメージだろうか

そこの展示室Aで行われている近代日本美術(西洋画・日本画・銅版画・木版画問わず)の
展覧会の絵の中の一つに「そいつ」おうじ↑は潜んでいるらしい。

ソイツの手口はこうだ、主な活動時間は特には決まってないが「人が極端に少なくなった時」
なので確率として夜間の警備巡回などがメインになってしまうのだが…
そこで怖がらせたり、ちょっとしたイタズラ…物音を立てたり、大したモノじゃない
…例えば施設の仕切りとかを倒したり…そんな感じなのだが、一般の人にとっては恐怖、
祓い人が招聘され、祓いになるのだが…

このおうじ↑、最初の方こそ単純な分霊で一つだけ逃げおおせ、何か展示物に乗り移り
昼間の閲覧者の「気のようなモノ」を受けて力を貯めて行く…
普通のトリックスターと変わりはなかった。
100の分霊なんて一気に数えられないので99倒して残り1を探す頃にはそいつはもう
画に完全に紛れていて、まぁ分霊後は大した力も発揮できないので
「しばらく大丈夫でしょう」という対応が多く、それでも抜け目ない、「強い」
祓い人ならその1を見逃さないし、完全除霊も不可能ではない。

しかし、おうじ↑はどこかで分霊の応用を覚えたらしい、
一度に百でなく、何度かに分けてもっと多く分裂したりするようになった。
「強い」祓い人でもこれはなかなか厄介で、言ってみれば「祓いの力」が
極端に磨耗…疲れ切ってしまい分霊の弱い弱い攻撃にすら対応出来なくなったりして
とうとう死人まで出てしまった。
先程弥生も言ったがトリックスターは普通の人には(実際的)危害を加えないポリシーだが
祓い人となるとそうは行かない、命の取り合いになるのだ。

本州の展覧会で取り憑く絵を点々としながら数名の祓い人をしばらく活動できないような
状態に追い込み、そして死人まで出した…本来なら総集結してでもそんなヤツ
倒さないとならないのだが、人口に対する有効な祓い人の割合や人数はそれなりに
限られていて(そりゃそうだ、そんな人だらけだと逆に怖い)しかもそう言う人達には
大体担当地域というモノがあり、トリックスター一人のために持ち場を離れるわけにも
そうそういかない、しかし、その持ち場を持った祓い人がやられたとあっては
事態を重く見なくてはならない、そこで祓い人たちは一計を案じ、
「たった一人(厳密には二人だが)で北海道の殆どをカバーする」
強力な弥生の所に仕事が行くようにした。
一見酷い話に聞こえるかも知れないが、そういうものである。

弥生は弥生で、玄蒼市行きを葵の発掘と育成で断り、本州勢の四條院や天野に
頭を下げて代行して貰った経緯もあるので義理もあった。

仕事の押しつけなんていつもなら「しけたツラ」筆頭なのだが、
今回は結構真面目に対峙しようと思っていた。
そのくらい、葵の育成に関して理解を示してくれた玄蒼市内のフィミカ様や
四條院・天野の両家には感謝をしていた。

…中央区北一条から北二条にまたがり、西十七丁目を…ほぼ二区画を占有する形で
道立近代美術館はある、とはいえ付近には知事公館区画(四区画)
札幌管区気象台(北一条北半分から北二条南半分までの変則一区画占有)など
キレイに「一条一丁目」分けされていた札幌市中央区大通り近辺の中では少しだけ
特殊な一角と言えた。
(いやまぁ、建物やら何やら全て違うのだから真っ平らな地図上で見て「やや」の程度だが)

夜中の美術館に弥生の車が乗り込む、警備員の人がやってくるも
「夜中に警備代行来たり」の通達はあったので「ああ、この人かな」と待ち構える。
…「その人」は同行者である少女を揺すって何とか起こすのに少し悪戦苦闘し
すこ〜し待たされたモノの…「その人」が少女にキスをして何とかエンジンを掛けたようだ
警備員は「えーと…」と思ったものの、とりあえず待ち続ける

「お待たせしたわね…連絡は来ていると思う、お疲れ様、退避していていいわよ」

車を出てそう言いながら弥生は「警察手帳のようなモノ」を取りだして開き、身分を示した。
そう、公的な依頼がある弥生は半分公務員扱いであった、奇しくも
あの気に入らないライバル、百合原瑠奈と同じ立場である。
分類不可特殊事件担当の公務員として動くこともあり、今回はそれだった。

「退避して構わないのでしょうか」

警備員が聞いて居た段取りとはいえちょっと大丈夫かなと思うと

「言われた通りに、お願いね、猫の子一匹…というのも難しいけれど
 なるべく一定以上の生き物は排除しておきたいの」

「ガスでも使うんですか?」

「いいえ、うーん…そうねぇ…職業上の秘密で安全の確保のため…としか言えないわね
 警報装置なども全て、Offでヨロシクね」

「そうですか…判りました、現時点を以て近代美術館の警備を明け渡します」

「はい、お疲れ様」

弥生はにこやかに敬礼をして彼らが(三人ほど居た)全て退去するのを待った。
葵がその様子をまだちょっと眠そうに見送って

「間怠っこしいね、普通の人間は霊の逃げ道になる恐れがあるからなんて
 言ったって判りっこないしね、おねーさん(裕子)が居ないと防げないし
 そのおねーさんも一人二人のガードがやっとだろうし…ふわぁ…」

そう、だからあやめと裕子、と言うコンビなのだ

「裕子は防御とか…守りや癒しの力っぽいのよね…あの子の能力を
 上手く開花させてあげたいけれど、方向性が違いすぎて難しいわ」

まぁ多角形のパラメータ図があったとして葵は殆どアタックに振り切れた、
弥生はほぼ均等だけどややアタック側に膨らんだ、裕子はアタックの真逆に振り切れてるだろう
という感じなのだ、それもまだまだ途上なので、どこでどんな能力が開花するなど
実は育ててみなければ判らない面がある。

本当は、祓い人というのは教育係というのが居たりして一族全体で能力の管理を
するモノなのであるが…十条は半分それを捨てた一族なのだ。



少し話がそれるが聞いて貰いたい、
話は「やまと(大和)」が関東圏辺りまで統一し、ほぼ現在の日本としてのひな形が出来上がった
頃から始まるのだ。

祓いの力は大昔はそれほど特殊ではなかったが、人が洋々で高度な文明を持ち
それに頼るようになると少しずつその力は失われていった、しかし、魔というモノは
決して滅びはしない、人が居る限り、魔も存在するモノなのである。

弥生時代…いわゆる「卑弥呼」の時代の辺りはまだ祓いの力が「クニ」を構成する上で
大事であったが、それも文明(というかいわゆる「中国」化)やらで
普通に武力や財力、権力が優位になっていった。

しかし先の通り、魔は決して滅びはしない、勢力は収束しつつも祓いの力は
大きく三家系に分かれて、そのうちの二つは大和の中央近くで公式勢力として
一つは野に下り、一般の魔とそれぞれ対峙した。
これが関東圏統一でそろそろ「飛鳥時代」と言われる頃である。

奈良時代も進んで平安時代…京都に都が移るという頃に、公式祓い家の一つが
離脱し、やや中央とは距離を取りつつも先に野に下った一族と公式とを繋ぐ役目に回った。
ちなみに公式と言っても、それらは文書には残っていない、影の公式である。
その当時の世の流行りである陰陽道などはまた別勢力で、そちらが表の公式。

都から去った一派は、古代神道(のさらに古やまと派)の仏教化やその時々の流行りに流される
スタイルにどうしても馴染めなくなった事もあり離れたのだが、
(祓いの力への敬意も薄れた事も半ば愛想を尽かした理由の一つであった)
一応朝廷としても「祓いの力」は一目は置いては居たし、どうしたものか、
この時「祓いの力・祓いの一族」であることは半分捨てて、役人などとして
働きつつ、野に下った最初の一族と、今、野に下ろうとしている一族を
大きく繋ぐ役目に切り替え、「祓いの力とその一族の存亡のため」
敢えて自分たちは祓いの役目だけでは食べて行けない状況を「公的勤め」で回避し
且つ野に下った二つの一族を影ながら支援する側に回った。

この、都に残り勤め人として祓いの力を捨ててでも「全体としての祓いの力」を
維持しようと奮闘したのが「十条」である。
最初に野に下った一族は「天野」、平安遷都で都を捨てた一族は「四條院」といった。

とはいえ…元々祓いの力を持つ一族なのだから、捨てたと言っても才能を持つ者は
生まれてくる、一族内のそう言う者は大事に育てつつ、十条は甘んじて
先ずは世に盤石な経済基盤を打ち立てることに邁進した、しかも影ながら。

その甲斐あり、職業身分を問わず十条は各方面に広がり、基本ネットワークを組むが
もう本当に当初の目的を忘れ組まなかったり、十条ではなくなったり、
十条であってもそれを忘れたりしていった。
そんな中、折角才能が生まれてきても「育てる人が居ない」という時代が出てくるようになった。

四條院や天野と緊密であればそれは代行もしてもらえるのだが、何しろ1500年の年月は長すぎた。

更に言えば、江戸時代の琉球方面・蝦夷一帯、ロシアの東進・南下、明治維新、西洋文明化、
激動の時代があり、祓いの一族の全体数は昔と余り変わらず、且つ日本全土としては
管理区域も広がったわけで(ちなみに台湾にまでは祓いの一族は一度進出した)
十条は隠れ財閥として大きくはなっていたが、祓いの面ではかなり薄くなっており
何とか四條院や天野のやりくり(そのやりくりは十条の経済的な援助も含まれる)で
どうにかやってきたのだが、たまに、三族全てで「空白の時」が来ることがある。

祓い人が居ないとまでは言わないが、とてもじゃないが「他に人は割けない人員不足」
と言う時期である。

北海道がほぼがら空きになってどうしようという時期がちょっと続いた。
そんな時に「突如」…本当に突如としか言いようが無く才能を開花させ
力を発揮しだしたのが当時中学生の弥生であった。
と言うわけで、北海道方面で師匠の役割が果たせるのは弥生のみ、と言う状況なのだ。
オールマイティータイプとはいえ、ややアタック優先な弥生にはちょっと
裕子の能力をどう育てるものだか手探りな面があった。

…ちなみに三族以外にも祓いの力を持つ者は居る、葵がその筆頭だ。
祓いの力は人の根本であり、たまにその巡り合わせと流れががっちり組み合わさると
一般の家庭でも生まれることがある。
ただ、それに気づけるか、磨けるか、活かせるか、そこが、問題なのであった。



自分たちとおうじ↑以外誰もいない美術館、弥生の革靴と葵のスニーカーの足音が館内に響く。

「お、来やがったな? オメー強いんだってな? オメーを倒せばオレを祓おうなんて
 奴は居なくなるわけだ、全力で殺らせて貰うぜ? トリックスターの頂点だ!」

おうじ↑の声が響く。

「上等だわ」

弥生が即座に左手指先に詞(ことば)を込めてその左手を壁に「ぱーんっ」と
いい音立てて当てると、弥生の祓いの力が館内全域に染み渡っていったのが見える

「むッ」

おうじ↑の「何しやがった!」と言う感じの声。

「この館内で、アナタが今からどこへ逃げ込んでもその痕跡が残るようにしたわ
 だから、ここからは泥仕合よ、私が力尽きるのが先か、アンタが滅ぶのが先かのね」

「てめぇぇええ…」

館内の方々からトラが現れた、日本画の筆致だが、写生はリアル

「ああーっと…これは大橋翠石か岸竹堂の岸派か…動き回っちゃ特定が難しいわね」

「特定してどうする、オレはもうお前らの前に居るんだぜお前の目の前の虎全部がオレだ」

「そらそうだっと…何十頭居るのかしらね、潜む絵によっては絵からパワー貰ったりもするし
 なかなか虎とは厄介だわ…」

「食い殺してやるぜ…! 分霊でも、そのくらいの力は蓄えさせて貰った…!」

葵はファイティングポーズをとり、弥生は一発目を装填した。



現れてはある程度消したら、現れてはある程度消し…何度繰り返したか
流石に弥生も銃を持つ手が疲れてきたし、葵も肩で息をし始めた

「…くっそ…流石に強いな…朝まで粘られたらケッコーヤバいかもしんねぇ」

そのおうじ↑のぼやきに弥生は疲れたながらもフッと笑って

「…言ってくれるわね…」

「弾は後何発残ってるんだ? あっちこっちから出して来やがる
 胸以外細めのその体のどこにそんな隠してやがるんだコイツ…
 食って確かめたいぜ…」

「まだあるわよ…とだけは言っておくわ…弾無くなっても、しょうがない、
 祓いの詞で闘うだけよ…言ったでしょう…これは泥仕合だってね」

肩で息をする葵が気合いを入れ直して

「思ったよりきつい相手だけど…
 富士さんに大見得切っちゃったからには負けられないよね!」

「左様に…!」

また戦いは再開された。


第一幕  閉


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