L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:THREE

第二幕


おうじ↑の分霊、なかなか手強かった。
見た目の区別が付かない状態で「数稼ぎ専門分霊」と「アタック用分霊」が居るらしく
上手い具合に数に紛れさせられ強い分霊の始末が捗らない…

流石の弥生も戦いながら思わず舌打ちをした。

そんな時強い分霊(一ステージ一体ではなく二・三体居るようなのが更に腹立たしい)が
弥生のジャケットを虎パンチで切り裂き、葵のジージャンもボロボロではぎ取られてしまった
多生、二人の皮膚に爪痕に依る血もにじみ始めた。

「ホラホラ…どーした…? ジワジワ俺が押してるように見えるぞぉー?」

弥生は軽く弾む息でフンっと鼻で笑って

「それはアナタの本音なのかハッタリなのか…流石おうじ↑と言われるだけあるわね…
 女狐じゃないってだけで」

「強がるなよぉ、お前が俺が上だって認めてくれるんなら見のがしてやってもいいんだぜぇ
 代わりに全国の同業者に向かって「わたしまけましたわ」って回文回せよ!
 ギャハハハハハハ!」

葵はこの煽りに憤慨し怒りまくったが
弥生はここまでかなり冷静だった、相手の煽りなど意にも介して居らず、
戦力やその配分を分析していた、少なくとも、「力の強い分霊」に関して
始末が捗ればこちらに勝機はある、「強い分霊」に上手く攻撃が当たったとき、
完全祓いまで行かないがソイツに手傷を負わせたときなどはおうじ↑は確かにちょっと焦り
その完全祓いが出来ない手傷を負った分霊を「数稼ぎ専用」に移して幾らか
能力は下がりつつ、その「強い分霊」を大事に使っていた。

全ては区別が出来、一発必中で一気に強い分霊どもの始末が出来れば
必ずこちらが勝利すると、そればかりは確信できたが、
何しろ、見分け方が判らない、平面の絵から飛び出してきた動く虎の絵を
ただコピペしただけの…隠しステータスが見えないこともないが、
動き回って「数稼ぎ専用」と紛れられると矢張り見失いやすい…

しかし、葵も自分も地味に服や皮膚にダメージが蓄積して行く、
流れを変えなくては勝機が掴めない…!

「しょーがないわね…今更カッコ悪いけど…」

僅かな隙を突き、弥生は携帯電話の短縮ボタンを押しあやめに連絡を入れる
…が、「加勢を呼ぶ気だ」ということが分かるとおうじ↑はそれを何が何でも止めようと
強い分霊が一斉に弥生が襲いかかり、短縮でダイヤルが掛かった…!
と言う瞬間くらいに虎パンチではじき飛ばされ、オマケに食われてバラバラにされた、
しかし、その行動で、弥生と葵は目線でお互い確認し、
「強い分霊一体」を祓いの弾丸と葵の拳で一気に昇華させた。

弥生は高らかに笑った、もう、結構服もボロボロだしあっちこっち出血もしてるけれど

「あっはっは、馬脚を現わしたわねぇ、加勢が加わっちゃあ不味いわけだ、
 今一体完全消去させて貰った、残るメインターゲットは二でいいの?
 まぁ、どっちでもいいわ、アンタは私達を追い詰めている
 でも、私達もアンタを追い詰めているわ…!」

「うう…ッ、くそ…ッ、この女狐め…」

「止してよ、王子の狐はアンタでしょ、オスのようだけど」

そう言ってカラのカートリッジを外し、次のを装填するも

『これ合わせてあと二つか…』

と、少しだけ最悪の事態での緊急回避も考え始めながらスライドを引き弾を装填した。



じりじりとした時間だった、時間は午前二時過ぎ、いわゆる丑三つ時に含まれる時間

「…現場に到着してそろそろ二時間半だよね…どうなってるのかな…」

あやめは心配で心配で居てもたっても居られなかったが
事務所のソファーに深く座り込み、自分のスマホを眺めていた。

裕子はやっぱり眠気には勝てないらしいのだが、いちいち起こすより
ここぞって時に起こす方向でとあやめは思っていたのでとりあえず眠らせていた。

あやめは警察官になって間もないがその時の宣誓を想い出し呟いた。

「私は、日本国憲法及び法律を忠実に擁護し、命令及び条例を遵守し、地方自治の本旨を体し、
 警察職務に優先してその規律に従うべきことを要求する団体又は組織に加入せず、
 何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものをも憎まず、良心のみに従い、
 不偏不党且つ公平中正に警察職務の遂行に当たることを固く誓います」

あーあ…
まぁその火消しって存在意義からして宣誓の特に前半とは真っ向勝負だけどさ…
でも後半部分には燃えてるんだよね…私…(デリンジャーを見て)法を侵すけど
正義を執行します…それで許してください、川治利良大警視…

そんな時、着信が…!
…と思ったらコール音が鳴ることもなくまたスマホは沈黙した。

あやめは確信した。
弥生が危ない、と!

「裕子ちゃん! 裕子ちゃん! 起きて! 十条さんがピンチだよ!」

「…ん…」

目覚めはしたモノの反応が薄い、仕方ない…このために購入した必殺…

「裕子ちゃん、ちょっとこれ飲もうか」

結構小瓶の金属蓋を開け、あやめが裕子にゆっくり優しく飲ませた。

「…んっ…、」

全部飲み干してから

「…な、なんですの、これ…」

あやめはその瓶を裕子にじゃじゃん、と示し高らかに

「寝ちゃあ行けない眠い時にこれ! エヌタロンモカ!」

裕子が凄い味のモノを飲んだ、と言う顔で口に手を当てつつ

「その効果ではないと思うのですが、ビックリして目が覚めました」

「行こう、弥生さんがピンチなんだ!」

「えっ」

あやめは確信していた、それは、かなりギリギリの状態、
ワン切りなんて符丁にもならないホンの一瞬の着信に、それを確信していた。



「…くそ…さすが北海道をほぼ全域カバーしてる奴らだな…」

おうじ↑は流石に苦々しく吐き捨てるように言った、強い分霊はもう一体、
ほぼ始末されて何とか体の移し替えを何度か繰り返し「数稼ぎよりちょっと強い」
程度になってしまったし、残る一体を迂闊には使えなくなっていた…

しかし、

対する弥生達も結構体力の限界が近かった。
葵はゼーゼーと玉のような汗で拳が腫れ上がって幾らか出血していて拳が壊れかけていたし、
(祓いの力で霊体を攻撃するとは言え、逆にそう言うわけで殴る実感がある)

弥生はもう帽子もジャケットもはぎ取られというか着ていてもしょうがない状態にまで
ズタボロで捨てたといった方が正解で、
ネクタイは引っかけられたら首を絞められる恐れがあるため速攻捨てて居て
ブラウスはその大きな胸が半分露わになりしかもそれには痛々しい爪痕が、
足や腕も胸ほど目立たないが似た感じでまだ結構無事なのは靴だけだった。

「泥仕合だッつったでしょー?」

最後のカートリッジの既に半分と一発を撃っていた、残り六発…
弾が尽きたら祓いの詞だが…その前に葵クンの拳を何とかしてやりたい…痛し痒し…
弥生はここまで来てまだ冷静だったが、たった一つ計算に入れられなくて困っていた。
あのワンコールにもならなかったろう送信の結果である。

『届いていて欲しい…これは私の甘い希望だわ…』

しかし、それに頼った作戦の組み立てをしてはこちらの負けだ、
弥生は、ふっと昔を想い出し小さく呟いた

「…婆さん、まだここが終りじゃあないとは思うんだけどさ…
 ここで終わる可能性くらいは考えてもいいよね」

そして葵に

「もしもの時は私は貴女の拳だけは何とかする…成長して建て直してね」

「…え…っ、そんな、弥生さん!」

おうじ↑の笑い声が響く、ちなみにこの時分霊全体が同じように笑い喋るので
どれがメインかは全く判らないのだ。

「お前、負けることをルートに入れたな? よーし、オレも結構ヤバいんだが
 だからこそ全力で行かせて貰うぜ…!」

虎たちがまた間合いを詰めてくる
葵がもう拳なんて壊れてもいいと言う覚悟で荒い呼吸を整える深呼吸をして
ファイティングポーズをとる。
彼女にとって、弥生は全てである、自分がどうなっても弥生を守り通す覚悟だった。
その様子に、弥生は物凄く嬉しい反面、苦笑気味に思った。

『婆さん、心中は許しちゃくれないわよねぇ、私の道に反するもんねぇ』

どうしようかなぁ、と思ってたときにどこからどう進入してきたんだか、
回転灯と敷地内に入ってからだろう、一回だけサイレンを鳴らし
もう、駐車場だのなんのいってらんねーって感じで一台の軽自動車が
やって来たのが美術館の入り口ガラス越しにライトで判る。

弥生はそこに勝機を見て強い表情の笑みを浮かべた。

「十条さぁーーーーーーーーん!!」

「叔母様!」

あやめと裕子だ。

「くそッ…! 送信されちまってたか!」

しかし、裕子は驚き

「富士さん! わたくしから余り離れないでください!」

「…えっ?」

そこにはまだ多数の虎が居た、何となく殆どが数あわせのカモフラージュだけど
それのどれかが強い分霊であり、そして本体も居るはずである、しかし
全部同じ絵から飛び出た虎でどれがどれやらわからない!

「えっと…そうですわね、富士さんには見えないのかもしれません…
 ここには数十体の大橋翠石の絵から飛び出した虎がいます…
 殆どは多少引っ掻く程度の力しか持っていませんが…その中に
 殺傷力を十分に持っている者が居ますわ…! 危険です!」

裕子の言葉に弥生がちょっと弱々しく笑って

「大橋翠石だったか…ま、候補には挙げてたし…w」

「…見えないのにどうやってフォローすればいいんですか、十条さん!」

今更と言えば今更だがw

「テキトーに撃てば当たる状況よ、気にしないでぶっ放して頂戴な」

弥生もまた無茶を言った。
あやめは困惑して

「裕子ちゃん、一時的にも私に見えるようには出来ないの?」

「やれるはずなのですがやったこともなく、またそのような
 未経験のワザを今この状況で「試す」のは気が引けます」

「うーん…」

試しに二発撃つと、なる程途中の何かに当たったらしく壁に当たった感じもなく
すっと光って消えてゆく。

おうじ↑の声が響く、

「くそ、その一般人にも「弾」渡してやがるな?
 おいおい、弾は何発だ? 数如何だったら俺は優しいから敵認定しないでおいてやる」

そのおうじ↑の声はあやめにも聞こえた

「おっ、おうじ↑の声は聞こえるなぁ…」

「声は聞こえますか…でも声だけが聞こえましてもこの状況では…」

「ええとですねぇ…ええと後何発残ってるんだっけ」

「真面目に応えなくても宜しいんですのよ? 富士さん」

「ははは! まーいいさ、大した数は持ってなさそうだ、余り場慣れしてねーよーだし
 何発か持ってたってオレの姿そのものは見えないはずさ、寛容なオレ様は許してやるよ…ま、
 折角呼んだ応援がそれとは…オレも最初はここまでかと思ったがどうやらまだ勝機はあるぜ」

余り場慣れしてないとか言われるとあやめもちょっとむっとして

「うーん、むやみやたらに撃つって非効率的だけど…」

他に手がないので素早く排莢、弾込をし、計6発、撃ってみた。
弥生や葵もギリギリそうだが何とか闘っている…のだが…
裕子の顔が不安に満ちている、こんな事では勝てないと言っているようだ。

そんな時だった、あやめがふと裕子に問うた。

「ねぇ、大橋翠石だっけ? その人の絵の虎って事が判ってるんだよね?」

「ええ、でも、今この状態では…それに、普通は絵からその像を飛び出させた以上
 そこに存在するはずなのです、絵から絵の移動に関しては、叔母様のことですもの
 抜かりはないはずですわ…」

「普通なら…でしょ…?
 大橋翠石大橋翠石…虎の絵…ええと…裕子ちゃん、どんな絵だっけ」

その問いに裕子は

「毛の一つ一つまで描くような繊細で、且つあたかもそこに本物の虎が在るかのような
 正確な造形とデッサンが特徴です」

「詰まり見た目本物っぽいって感じだね」

「はい、一応日本画の流れではあるのですが」

「うーん…何か記憶の片隅に…そうそう、「何でも鑑定軍団」だ、思いだしたぞ!
 えーっと…」

あやめは裕子を上手く誘導しつつ、展示室Aを見回し、

「あれだ」

掛け軸に描かれた虎の絵があり、そしてその絵の虎の目が挙動不審に目をそらした。

「あ…今絵の目が動いたような」

あやめが言うと
弥生がまた高らかに笑い出した

「あっはっはっはっは! そーか!
 アンタ最初っから真っ向勝負で泥仕合なんてする気なかったって事か!
 祓いで逃げ道塞いでも無駄だった訳だ、最初からオリジナルは検知不可能レベルの
 端霊になって虎の絵の中から強い力を分けた分霊を操ることだけに集中してたわけだ!
 警備員達の会話を聞いて何時に私らが来ることを知っていて、始めから闘う用意をして
 流石だよ、祓い人を何人もダメにしただけはある、トリックスターとの勝負は真っ向って
 最初の土俵にすら立ってなかったんじゃそりゃ、逃げられるしいつか負けるわ」

弥生に変わり裕子があやめに

「基本、戦える状態に…霊体化しますと一般の人に見えたり見えなかったりなのですが
 モノに潜む霊そのものはむしろ一般の人が良く見えます、学校の音楽室のハイドンの肖像の
 目が動いたですとか…そう言う類の…逆にわたくしどもがそう言うの判りにくいんです」

その裕子の説明に

「ねぇ、今私の目の前ってどうなってる? あそこまで行ける?」

「え…正直…かなりきついですが…やって見ます…!」

あやめがゆっくり大橋翠石の絵に近寄る、それに対して裕子が
「もう少しゆっくりお願い致します」とか指示を出す。

「くそっ…分霊どもが見えないのが逆にこっちにとって徒になったか…
 しかもその祓いの女の壁…なかなか堅てぇ…!」

おうじ↑の声があやめにはその絵から聞こえてくる、間違いなく、おうじ↑はここに居る。
しかし、彼も必死だ、数合わせ分霊が幾らか合体し強力になり
裕子達に襲いかかってくる、あやめにも何か「障壁」があって防がれている攻撃が
だんだん弾力を持ってこちらに攻撃が到達しそうな脅威を感じた。

心臓がバクバクしたあやめだが、

「裕子ちゃん、ごめんね、もう少し頑張って、後何匹虎が居るのか判らないけれど」

「ええと…二十数匹居てその中で気を付けるべきは先ず殺傷力の強い一頭、
 油断すべきでない再合体分霊が…二・三頭…と思われます…」

「翠石の絵の前まで行ける?」

裕子は汗を滲ませ、少し悔しそうに応えた

「…無理です、恐らくは彼もそれを許さないでしょう、常に数匹絵をガードしております、
 そしてわたくしの壁も…そこまでは祓いの力が…持ちません…、申し訳ありません!」

「いい、いいんだよ、有り難う裕子ちゃん、じゃあ行けるところまででいいや、そして…」

あやめは裕子に作戦を耳打ちした

「瞬間…でいいのですね?」

「うん」

そしてあやめは少し距離のある弥生と葵に向かって叫んだ

「十条さん! 葵ちゃん! もうすぐだからね!」

もうそろそろフェイントからの本攻撃へのカウンターだけになっていた弥生や葵が顔を上げた。
裕子とあやめがじりじりと絵に向かってあと十メートル強と言うところで
あやめがまた二発発砲し、素早く最後の二発を込め、ぐっと二メートルほど近づくも
流石におうじ↑の全方位での攻撃に先へ進めなくなった代わりに裕子があやめに叫んだ、

「今です!」

あやめが一発目を発砲する!
そしてあやめは裕子から離れて虎の絵に走っていった!

「えッ! 富士さん!」

祓い組三人が同時に声をあげる、あやめの作戦、それは、一時的に絵の前の虎が
一頭になる瞬間を裕子に聞いて居たのだ。
そして見えなくてもゼロ距離なら間に邪魔が入る事はない!
走るあやめの足下に何かが当たり

「んっ…見えないけどやっぱ確かに何か居るんだな…でも…!」

デリンジャーを虎の絵の前にかざし引き金を…!

「危ないッ! 富士さぁぁーーーーーんッッ!!!」

裕子の叫び、そう、そんなのは絶対に許されないおうじ↑としては
絶対に殺傷力のある分霊でそれを阻止するはずである、見分けはつかずとも、戦略的に明らかだ
一頭の虎の分霊があやめに襲いかかり、その虎パンチを見舞う!

富士あやめの右腕は肘の少し上辺りを下から上へ引きちぎられ、空を舞った。
宙に舞う自分の見慣れた右腕の見慣れない有様、そして噴き出す血液!
熱い・痛い・苦しい・動けない・何も喋られない・動けない・叫ぶしかできない!

富士あやめの絶叫が館内に響き渡ったその時、最後の強い分霊で在るそれは
葵の渾身の一撃で昇華された!

「富士さん! 富士さん!」

身をよじり叫ぶしかできないあやめに声を掛けながら裕子はあやめの右腕を拾った

「こンのォォォオオオーーー!」

葵が絵に対して一撃を放とうとした時であった。

眩い光が当たりを包んだ

「い…いけない、葵クン、わたくしのそばへ!」

裕子が葵とあやめを無い力で一生懸命引き寄せて小さく伏せた。



少しだけ痛みに叫ぶのにも疲れてきたあやめが痛みにギリギリ抗い
玉のような脂汗を流しながら目を開けるとそこには…

一区画、まるまる建物も木も「なにもなかった」

そして、ボロボロの弥生が一つの霊体を掴んでいた、それは見えた。
と言うのも、弥生の力の行使がジワジワ及んでいるからそれ自身が見えるカンジだ。

そして、葵が物凄く弥生に対して怯えていた。
あやめはぼーっと、ああ、悪い事して母に怒られるワラビに似てるなぁと思った。

「オメーが逃げよーったってこの辺に取り憑くモノなんかもうねーぞ、おお?
 テメェ…トリックスターの誇りなんか最初からどーでも良かったんだなァ?
 祓い人とも最初からマジで真正面から戦う気なんて無くてどうやってからかいつつ
 殺すかだけ考えてたって事だな、あァ!?」

弥生の口調がいつものじゃなかった、目も据わっていた

「トリックスター最大の特徴一般人は襲わないもかるーく破ってくれたよなぁ
 トリックスターってのはなァ、認めるときは認めるモンなんだよ、負けをよォ
 ルールもヘッタクレもあるよーでねぇとか抜かすなら、こっちにも考えがあるよ」

弥生が掴む霊体が、小さく弾けていった。

「ヤメテクレ…ヤメテクレ…そんな事されたら…」

おうじ↑が命乞いを始めた

「ウルセェよ、テメーはこの世の魔と祓いのルールを欺いて
 「最初から同じ土俵にすら上がらない」というタブーやらかしてるんだ
 格ゲーの世界の中でキャラ同士が闘ってる「ルールの中」かと思ったら
 テメェは「プレイヤー様」でコンティニューしまくりだったってコトなんだよ
 そう言うルール無視にはルール無視が高らかに適用だ」

あ、なんかちょっと判りやすい例えかも…なるほど…CPU同士観戦モードと思ってたら
実はおうじ↑は自分でキャラ操ってコンティニューまでしてたと…そりゃズルイね…
もやっとした意識の中であやめは思った。
おうじ↑はジワジワと弾け無くなってゆくが、昇華ではないようだった。

「テメーを輪廻の和になんか戻らせてやンねぇよ…永遠の無になりな」

どうもこの光景を、祓いの力経由で見ると物凄い恐怖の光景らしい、おうじ↑は消えた。
怯える葵のリアクションからも「見たことのない弥生」のようだった。

出血などで頭がぼーっとしてきたあやめだが、何か一瞬だけまた
「凄く痛い感じ」があって「うっ」と叫ぶと、
恐らく自分に何かをしていた裕子が立ち上がり、そして弥生に声を掛けた

「叔母様、叔母様! やり過ぎです、叔母様! 回りを見てください!」

と言って右手の指先に何か詞を込め、弥生のこめかみあたりに当てた。
そこには多分あやめのモノと思われる血がべっとりと付いていた。
はっ…と弥生が我に返るのが判る、目がいつもの弥生に戻っていくのが判った。

「…あッ…!」

一区画丸ごと吹き飛ばした事に思い至り、弥生が頭を抱えた

「やっちまったァーーーーーーー!!! ゴメン婆さん、言われてたのにやっちまった…!」

婆さん? 誰のことだろう血縁上の…父方か母方かの人だろうか…にしては
裕子ちゃんも「何のことを言っているのだろう」という顔をして居るなぁ
とあやめはぼーっと思っていた。

裕子が今までほんわかな感じだったのに結構強い語気で

「叔母様! それだけの力がおありでしたら、わたくしに少々お貸しください!」

裕子の左手が弥生の胸の上から喉元当たりに触れると、どうやら弥生の力を
裕子が吸い上げているようである、そして裕子は

「とりあえず、全てとは行きませんが…」

裕子の右手指先から光る柔らかく暖かい光が当たりを包む、
あ…この光…すごくいいかも…と、あやめの傷の痛みも楽に感じた。

『ああ、そういえば、右手無くなっちゃったんだなあ…こんなんじゃ刑事
 続けてられないかなぁ、せっかく、刑事になって、担当部署にも着いて
 一生懸命頑張ろうって時だったのに、凜ちゃん、一週間も持たなかったかも
 っていうか…私これからどうしよう…せめて十条さんの何かが出来ればいいのに…』

楽になってゆく痛みと共に、失血量も多かったこともあり、あやめは気絶したようだ。


第二幕  閉


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