L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:THREE

第三幕


あやめが気付くとどうやら日が昇っていてそこは病院…警察指定の病院のようであった。
そこには母と裕子がいた。

「お母さん…裕子ちゃん?」

「怪我させてしまったとかあの「爆乳スーツかっこかめい」さんに凄い謝られちゃったよ、
 どんな酷い怪我かと思ったけど、その程度で済んで良かったじゃないのさ!
 ああ、ビックリした、ちょっとお母さんあんたの着替えとか持ってくるから」

と言って母が特に深刻な様子もなく去っていった、
え…だって私右腕引きちぎられたよね?

と思いつつ、右手に意識を集中すると、あれ? 感覚がある
これがもうないのにその部位が在るように感じる錯覚…幻肢ってヤツなのかな…
と思いちょっと頭の向きを変えて自分の右手にあたる部分を見てみると…

右手はギブスに巻かれているものの存在していた。
指を動かすと結構な痛みが走るモノの指も動く、「くっついて」いる

え…日本の医学もここまで来たのか…とかちょっと思っていると、裕子が

「貴女のお陰でわたくしの特性がよく判りました、あの極限状態とは言え
 無茶をなさったモノですが、それでわたくしがナニモノか判ったのですから
 感謝この上ありません」

何のことだかちょっと一瞬判らなくて

「裕子ちゃん学校は?」

「テスト期間振替休日ですの♪」

「なるほど…裕子ちゃんの特性って?」

「叔母様の言ですと「防御とか治癒とかそんな間怠っこしいモノ」
 ではありませんでした、わたくしの特性は「無かったことに出来ること」です
 …とはいえ、今はまだ、駆け出しの身…「無かったことに出来る程度」や
 「無かったことにするための発動条件」はかなり厳しいのですが…」

「えっと…つまり…」

「富士さんの右腕は確かに泣き別れをさせられましたが、
 ある程度わたくしが「そんなダメージは無かったこと」に出来ました」

少し理解に時間が掛かったあやめだったが

「…凄い」

「力の使い方からその使い方の程度から、まだまだ修行は沢山積まねばなりません、
 昨夜は叔母様の激高の力を借りて結構いいところまで原状回復出来ましたのよ?」

そういえば、裕子はまたあのほんわかキラリンになっている。

「そういや…道立近代美術館が在る区間ごと吹き飛ばしたんだよね…十条さん」

「あれはやり過ぎでした、暴走に近いと言えます、あんな力の出し方は
 身を滅ぼすでしょう、祓いの力を持つ者なら、言われずとも察する
 それほどの怒りでした、おうじ↑という悪霊が戦いの最初でルール破りをしていたことは
 ギリギリ飲み込んだようですが、彼が自らの保身のため貴女に手を出したルール破りで
 叔母様の怒りの引き金を引いてしまったようです」

「あれは…私のためなんだ…」

「はい、わたくしや葵クンが同じようなダメージを与えられていたとしても
 あそこまで激高しなかったかも…同じ戦いの土壌に立つ以上はある程度
 自己責任でもありますし…、しかし貴女となりますとそうは参りません
 貴女は、祓いの世界と普通の当たり前の世界とを繋ぐ方です、
 そしてそれに一生懸命な方です、叔母様がなんとしても守りたい方です
 それを、無かったことに出来たとは言え、傷つけてしまったことを
 大変悔やんでおりました、今本郷さんのところに行っていらっしゃいます」

「ああ…ええと…裕子ちゃん、私のスマホ、無事かな?」

「え…はい」

「短縮5番で電話掛けて悪いけど、私の左耳に当ててくれるかな」



ホンの少し時間を遡り場所を変える。

「何してくれてやがるンだァァァアアアアーーーーーーー!!!!」

大音量で怒鳴るため、本郷はわざわざ弥生を警察署屋上まで連れ出してから怒った。
流石に弥生も今日は物凄くしおらしく頭を垂れていた。

「富士に怪我ァさせたってそこまでの理不尽与えろたぁ俺は言ってねぇぜ!」

よくよく聞くと無茶苦茶な物言いだが、弥生は黙って聞いて居た。

「現場一帯を吹き飛ばしたって…幾ら富士がやられて激高したからって
 程度って物を考えてくれよ…!
 なんか裕子お嬢ちゃんが半分無かったことにしてくれたようで
 部分的には何事もなかったかのように振る舞ってるが
 町中に強烈なフラッシュみたいなのがイキナリぼんと光って
 道立近代美術館が吹き飛んでましたなんて、なにしてくれてンだよ…
 しかも富士も幾らか入院必要って事で俺一人であれの尻ぬぐいかよ、勘弁してくれよ」

ここまでじっくり本郷の怒りと苦情を聞いて居た弥生が

「ほんと…今回はゴメン」

道立近代美術館の区域は、外観的には「概ね」何もなかったかのようになっていた。

「展示物が…ぜーーーーーーんぶ吹き飛んだって…おいおい、
 これどーするよ…やばいよこれ…」

本郷のぼやきに弥生がまた頭を垂れると彼は

「なぁ〜んてね♪
 道立近代美術館の展示物はこの日のために全て贋作とすこ〜しずつすり替えられてきた
 その…「おうじ↑」とやら悪魔の目撃情報から恐らくこれに潜んでるというのを聞き出しては
 祓いのたびに逃げ回って絵を点々とするらしいから、情報だけは集めて
 すこ〜しずつ展覧会を回るごとに本物を減らしていってお膳立ては終了してた
 そのおうじ↑とやらが潜んでいた絵すら偽物にいつの間にかなってたってわけだ」

「そんな事してたんだ…何かもうみんな騙し合いだわ」

「祓いの力を持たないただの人間の足掻きさ…文化財保存とか芸術学校卒業者の
 食い扶持支援って側面もある、国が結構率先してやってる事業なんだぜ」

「じゃあ、世の美術館に飾られてるのはもう殆ど贋作なんだ?」

「そこは、そこが公立か、或いはそこの館長さんの方針ってトコだな
 道立近代美術館は真っ先にレプリカ展示に切り替えてたし、
 実質実は被害殆ど無いんだよな、ただ、夜中の三時とはいえだ、
 街の一区画が突然光って吹き飛んでたなんてのはテレビ塔とか屋外カメラ設置してるトコ
 方々にかけずり回らなくちゃなんねぇ」

「今回は裕子が力に目覚めてくれたから助かったけど、ホントにゴメン」

「いやにしおらしいな、富士を気に入ってくれて嬉しいけどよ
 あのお嬢ちゃんの力の目覚めにも、一役買ってたんだとしたら、
 富士の怪我ってのも、正に怪我の功名だったのかもな」

「…そこは、私的には良かったとは言いがたい…ああ、そろそろ目が覚めたかしら」

と言った頃に前段最後が重なる。
本郷に電話が掛かってきた

「…富士からだ」

通話にして耳に当てた頃を見計らった瞬間

『申し訳ありません!』

「…オイオイなんだよイキナリ」

『私の無謀な作戦と行動が引き起こしたことでもあるんです、
 火消しに回る事も出来ずに申し訳在りません!』

「なんだかなあ、そう言われちまうと誰も責められなくなっちまう
 まぁいいさ、怪我はしっかり治せよ」

『はい! 申し訳ありませんでした、で、あの…そこに…』

「あー、弥生な…あれ…っ」

弥生は消えていた、居てもたっても居られずあやめの元に駆けつけるのだろう

「ったく…お前らホント肉体関係結んでないんだろうな、結構な相思相愛振りだぜ?」

『えっ?』

「とっくにお前の元に向かったよ、じゃあな」

あやめの返事を待たず通話を終えた本郷、
もう一言二言文句言ってやりたかったかなとモヤモヤした気分をタバコ一本に変えて吸い出した。



「いやいや、私の自業自得なんですから、そんなに気にしないでくださいよ」

あやめの病室、弥生が改めてあやめに謝っていたのをあやめはなだめた
弥生は裕子に

「これ以上の治療は無理なの? 私の修復限界は越えてるし…」

「わたくし、あの復元で今殆ど「空っぽ」ですのよ?
 それが回復するまで待って…となりますと富士さんもリハビリを開始してる頃ですわ」

どうも「幾らか骨が欠けたヒビ」くらいになったようで、全治一ヶ月弱と言うこと
それより、弥生も千切れた腕を「何とかくっつける」くらいのことはその言葉から出来るようだ
うーん、祓いの力、凄いや、とあやめは思った。

「私のことより、葵ちゃん、どうしました? 凄い怯えてましたよ、
 悪い事して母に叱られるウチのワラビ思い出す感じでした、ああ、ワラビってウチの猫ね裕子ちゃん」

その言葉に弥生はまた自己嫌悪に陥った感じで

「うん、ものすごーーーーくなだめて慰めた、たっくさん撫でてキスして
 やっと落ち着いてくれて、裕子の「無かったこと」のお陰で怪我は殆ど
 気にならない感じまで回復したから、普通に着替えて今授業中」

「そうですか…いやぁ、だって「こんな十条さん初めて見る」って感じで怯えてたし…」

「ええ…、ええと…私の年が半分くらいの時に一度マジギレした以来で…」

「そういえば「婆さん」って誰ですか? 裕子ちゃんも心当たりがない人のようですし」

「ああ…なかなか難しいわね、まぁ、私唯一の師匠と言える人なの、とっくに故人」

その話は裕子も知らないらしく

「まぁ、叔母様にそんな方がいらっしゃったなんて、直近の一族に祓いの力を
 持つ者は三代くらい居ない状態での叔母様とわたくしなのです、わたしくしの記憶では
 物心ついた頃にはもう叔母様は今の感じだったですし、どう言う方だったのでしょうねぇ」

あやめはピンと来て

「よし、じゃあ葵ちゃんがここにお見舞い来たら話して貰いましょう!」

「仕方ないわね、結構しょーもない昔話だけれど、それでお詫びになるなら」

その流れを聞いて居たのか居なかったのか裕子が

「あ、叔母様、もうそろそろお昼時ですので、今日こそは連れていって戴けません?」

マイペースでほんわかな裕子に二人はちょっと汗しつつあやめの方が

「どこに連れて行って貰うって約束してたの?」

「はい♪ 「やきそばや」か「によしのギョウザ」です♪」

ああ…お嬢様だから行ったこと無いのね…と思いつつ、まぁ女の子が一人で
行くようなトコでもないよなぁと思い

「わたし…そんな重傷でないなら外出許可貰って一緒に行こうかな」

「富士さんも来られます? 嬉しいですわ♪」

弥生がやや呆れて

「…どっちもいわゆるB級…そんな期待してたらがっかりするわよ?
 トッピング出来る焼きそばと、ギョウザ+カレーとどっちが気分?」

裕子は必死に考えてるが決めかねているようだ。

「わたし、によしのに行きたいです、裕子ちゃん、今日はによしのギョウザにしよ」

あやめがそれに踏ん切りをあたえた、裕子は喜んで

「はい、そうします!」

弥生とあやめがその様子に微笑みあって、あやめがベッドから起き上がり

「じゃあ…外出許可とれる物なのか確認してきます、ダメだったらお二人で
 楽しんできてください」



あやめの外出許可はとれ、今多分豊平川の方の自分の部屋に
着替えなどを取りに行っているのだろう母に電話を掛けながら、病院外に出て歩いていた。

「お母さん、外出許可とれたから、私お昼外で食べてくるね、
 うん爆…(汗)かっこかめいさんと一緒に…(汗)
 うん…、大丈夫だよ、あーうん、そうだね、気を付ける、じゃあね」

「そういや出会い頭に爆乳なんたらって言われたわねぇ、なんなの?」

弥生に続いて裕子も

「わたくしも似たようなことを…爆乳お嬢様でしたか…」

滝のよーな汗を流しながら
『なに本人目の前にしてそんなニックネームで呼ぶのよ母さん!
 遠慮なさ過ぎでしょ、後でこう言う場面に私が出くわすかもって思うでしょフツー!』
…でも、まんまそのとおりなんだよねぇ…爆乳スーツに爆乳お嬢様…

「あは、は、は、は、は…あの…それは…」

実家に帰っていたときの従姉妹とのやりとり、テレビ映像のこと、一応面白おかしく
家族で「凄い胸凄い胸」と賞賛の意味で盛り上がってたことなんかフォローして
簡単にあやめは伝えた。

「ああ…あれねぇ…気付いては居たのよ、
 でも「どこから撮ってた」如何では許してたから…
 葵クンも目立つし、私もそんな風に育っちゃったからね」

「そうなんですか? どう言う基準なんです?」

「いえ、そのまんまよ、装うだけでも「ただ偶然映り込みました」ならOKだけど
 例え装って偶然でも私や葵クンが力を行使してるところを撮るのは当然NG
 後で確認しようとは思ってたのだけど、その後の展開で忘れてたのよね
 貴女が…というか貴女の従姉妹が気付いてくれて良かったわ、
 一応「お約束」でボケにボカしてたけど元映像は葵クンバッチリ撮ってたし」

「ですよねぇ…いやぁ、凜ちゃん流石そっち関係の仕事してるだけあって
 かなり細かく分析してたんですよね…あ、勿論詮索はNGって判ってますよ」

「映像製作会社…テレビ番組のロケを担当してるって感じのようね…
 まぁ確かにちょっと油断ならない子だけど、貴女の従姉妹だって事で信用するわ」

「はい、そうしてください、凜ちゃんは私より根性根性で生きてきた苦労人なんで」

「…ホントにタブー犯してくれたらそんな泣き落とし聞かないけど
 映像の頭の中だけの分析なら、まあいいでしょ」

ああ、やっぱりそうか、厳しい世界だけど、当然だよなぁとあやめが思って、ふと

「そういえば登下校時の葵ちゃんって大丈夫なんですか?
 目撃くらいはされちゃいますよね?」

それについては弥生もちょっと苦慮しているのか

「あの子がトレーニングがてらそうしたいって事は止められないし、
 どうも、そういう目撃の目があって、ソイツが映像に残そうとしてるかどうかとか
 気配を読みながら動く練習してるらしいの、まぁ確かに、凄くいい訓練になるのだけど」

「「漏れ」があったら大変ですよねぇ」

「そうなのよねぇ…どうしてもやっぱり距離ある程度遠くして全方位となると
 全部が全部とは行かないのよねぇ、増して非常時になったら」

というあやめと弥生の会話に、裕子があっけらかんと

「ところでその「爆乳」ってなんですの?」

弥生とあやめは固まって半ば真っ白になって裕子を見つめた。

「?」

にっこにこしてハテナマーク飛ばしてる裕子にあやめが汗しながら

「…えっと…「すっごくおっぱいでっかい」ってことだよ…」

「ああ、なるほど…でも何故「爆」なのか…判りませんねぇ…」

「そ、そうだね…」

「ですが、なかなか愉快な言葉を覚えました…「爆乳」ですわね」

「い…いや、裕子ちゃんはそんな言葉覚えなくていいと思うよ、そんなキャラじゃないから」

「そうなんですの? 使いどころが難しい言葉なのでしょうか」

「少なくともそんな上品な言い方じゃないから…覚えてもいいけど覚えるだけだよ、
 裕子ちゃんの口からそんなはしたない言葉出しちゃダメ!」

「…はい、富士さんがそう仰有るのでしたら」

弥生がそのやりとりに我慢しきれず声を漏らして笑った、

「あなたたち、昨夜も思ったけれど、結構いいコンビになるかも」

言われた裕子は嬉しそうな顔をしたが、あやめが

「いやぁでも、昨日は私が無理矢理裕子ちゃんを引っ張りすぎました」

そこへ裕子が

「でもそれは、わたくしがもう少し安定した力の維持と出力の増大が出来ましたら
 案外悪くなかったですわ、あの時もし、掛け軸の前まで行ける力がわたくしにあれば
 そこで事件終了になっていたわけですからね」

弥生は満足げに頷いて

「そうね…いえ…昨日の出来事はホントに私最初は
 ちょっとした手数になってくれればくらいだったのよ…
 でもコロンブスの卵って言うか灯台もと暗しっていうか…
 祓いの力のない人だからこそ見えると言うか気付くことがあるんだなって
 再発見だったわ…といって…貴女を余り危険な目には合わせられないけど」

「ええ…まぁ…確かにあんなもう痛いとか言ってられない衝撃はあんまり
 味わいたくないですね…」

「お可愛そうに、辛かったと思いますわ、直ぐに楽にして差し上げられなくて申し訳なく存じますわ」

「いえいえ、私の無茶が引き起こしたことですから、自業自得です、ホントに」

恭しく治療してくれた裕子にあやめが頭を下げていると、弥生が

「裕子はこれからちょくちょく仕事に付いてきて欲しいな…もう少し
 使う機会自体を増やさないと…」

「そうですわね、使う機会がなければレベルアップは望めませんわね」

その裕子の言葉にあやめが

「うーん、ある意味真理だなぁ、私も場数踏まないとベテランの道なんてとてもとてもだし」

そこに弥生が裕子あやめそれぞれを優しく撫でて

「でもそれは「一日も早く」と思いつつ、無理矢理にでも毎日という意味でもないから
 ある程度「機会」というものと巡り合わせでね…」

あやめの心がほんのりあたたかくなる、恋愛という意味ではない、
私この人好きだわ、人として、好きなんだなと思った。
そこへ裕子が

「あら…? 叔母様の手から力がわたくしに…」

「…え? 私は特に貴女へ寄付してるつもりも、吸い取られてる感じもないけれど?」

「…いえ…でも…」

裕子が右手指先に詞を込めて、あやめのギブスの上に優しく触れた。
ホンの少しだけれど、指を動かそうとすると感じる筋の痛みが和らぐ

「追加で炎症を抑えてみましたわ…もうレントゲンも撮られてしまいましたので
 ヘタに「無かったこと」には出来ません、骨の奥や炎症と言ったものを
 調整致しました、これで全治二週間から三週間ほど…」

弥生は裕子の頭をグリグリ撫でながら

「やーん、そんな事言わずにもっとあげるから一気に無かったことにしてあげてよぉ」

「いえ…あの…もう流れてこないです…不思議です、先程は確かに…」

あやめは何となく判った、それは「祓いの力」が燃料なんじゃない
弥生の(意味はなんであれ)愛が裕子の心に力を与えたのだ、
無理にやろうと思って出来る事じゃない、今みたいに、話の流れなどで
じわっと弥生の相手に対する慈愛を感じたときに裕子はそれを「祓いの力」に転嫁できるのだ

「まぁ…二週間くらい安い勉強代ですよ、お気持ち有り難う御座います」

「…そぅお? 力の移動は出来るは出来るけど、ロスもかなりあるから
 ワザとしては余り使いたくないのよね…ごめんなさいね」

ちょっとしけたツラの弥生だが、あやめが

「ホラ、そこ、によしのですよ」

と、二人を後押しして入店していった



「えー三人で「によしの」行ってたんだぁ、いーなぁ」

午後四時近く、下校して病院で合流した葵がちょっとその赤いぷっくりした頬を膨らませ
口を尖らせた、相変わらずかわいい。
裕子はキラッキラで

「初めての体験でした、素晴らしかったですわ♪」

「おねーさん何食べたの?」

「ギョウザカレーです♪ 初めてでした」

「…まぁあんなメニューそうそうほかにはないからねぇ…w」

裕子→葵→裕子→あやめ
と言う流れに弥生が一言ちょっと残念そうに

「…メニューが随分日和ってたのが気に入らないわ…唐揚げだのラーメンだの…
 によしのといえばカレーとギョウザのみ! くらいの潔さがいいのに…」

ああやっぱりこの人なんか凄い拘りある人だ…w
とあやめは思いつつ

「でもここ何年か増えてた感じですよ? 弥生さん最近余り行ってなかったんです?」

「生活圏内にあると言えばあるけれど…ここ何年か葵クンの手料理メインだったし
 生活圏内まで戻ったら「ああ、ウチで食べるか」って感じになるしで
 七年くらいご無沙汰だったのよね…あんなに近頃のチェーン中華的な
 日和を見せなくていいのに…」

「拘りがあるんですねぇ」

「によしのは中学高校の頃の私のガソリンだったからね…学校帰りにほぼ食べてた」

「良く太りませんでしたね…」

「ああ…、朝のみだけど新聞配達やってたから…ウチの家徳は
 一人で出来るようになったらなるべく一人でやる、だったから、
 母は私に「女らしさ」みたいな教育しようとしたけど、私にはそんな才能無くて
 折角の母の厚意を無にしたのは悪かったなぁと今では思うけど、
 あの当時は祓いの力の片鱗がなんなのかわかってなかったオマケに
 自分の性癖についてまともな理解が得られないことで荒れてたからなぁ」

「…あ、それで思い出しました、弥生さん、「婆さん」についてお話しくださいよ」

「そうだ、ボクも気になってた、弥生さん家族で口に出すのっておねーさんか
 精々お父さんくらい、おじいさんもおばあさんもどっちの方もとっくに
 亡くなってたらしいし、美術館のあの時怖いと思いながらも気になってたんだ」

それに弥生が焦って葵を抱きしめナデナデし始めて

「やーん、葵クン、まだ傷ついてた? ゴメンね、怖い思いさせてホントゴメンね」

「いやぁ…もう大丈夫だけどぉ…えへへ」

いちゃいちゃし始めた二人にあやめが咳払いして…

「多分色々総合するに、弥生さんが荒れていた時期とそのお婆さんは時期的に
 シンクロしてる見たいですから、一人部屋じゃないここでお話を聞くわけには
 火消し係としてまいりません、屋上にでも行きましょう、弥生さんも一服できますし」

「ああ、うん、そうね、祓いに関する事が含まれるからね」



飲み物も人数分買って、屋上で弥生は風下側で一服しつつ、
チラホラ話し始めた。

「先ず…私がぐれた切っ掛けから行きましょうか…
 一つは私が小さい頃から見えるのに誰にも見えなくて、そしてその
 見えない人達に対して何かが出来るはずなのにそれが判らないもどかしさ…
 これは葵クンと共通ね…ま、祓いの力を持つ人なら大体通る道だと思う」

「でも決定的だったのは私がレズビアンだったから、もうどうしようもなく同性しか
 恋愛対象に出来なかったの、まぁ性に目覚める前ならそう言うのもかわいいモンだけど
 小学校も高学年になったらそっちも目覚めてくるし、調べようと思えば
 色々調べられるわけでさ…で、ある日、告って盛大に拒絶されたのよ
 振られたんじゃない、拒絶よ」

「もう、自分が普通じゃないのは判ったけど、そこまで拒絶される存在だなんて
 それで荒れたのよね…まぁ小学生の荒れ方なんて程度低いけど、
 中学になったらね…、ちょっとヤンキー的なというか…
 ただ、そう…祓いの力の片鱗なのか、体を動かしたくてしょうがないのを
 家徳にシンクロさせて新聞配達をやり始めたのだけはあの頃の自分GJだわ、
 あれのおかげで後の開眼に繋がるし…」

「あ、ちなみに阿美とは小学校の頃から知ってたけど、クラスずーっと違ってたから
 話すようになったのは中学になってから、んで…随分乱れたのもそこからだわね。
 思春期でもあるしさ、貪るように求め合ったりして…でも恋人って感じにもなれなくて
 お互いただの「慰め合い」って感じでさ…性的衝動は解消できたけど
 気持ちは晴れなかったのよね、んでもう、理由のない不良素行は父にぶっ飛ばされるから
 余り舐めた真似は出来なかったけれど、言葉遣いと態度はかなり悪くなったわ、
 母は随分心配してたけれど、父としては「そう言う時期もあるさ」くらいで
 我慢の限度内だったみたいよ…」

思ったよりヘヴィな出だしで三人とも声を失った。
そんな三人の空気を読んだか読まずか弥生が遠い目をした

「正確に13の頃だったか14の頃だったか思い出せないな…13だったと思う、
 中一から中二になる時だったかなぁ…なりかけの春くらいだったから…
 朝の新聞配達の時に婆さんと出会ったのよ」

普段のクールでありつつおどけた弥生とも、
単純に真剣で真面目な弥生とも違う、そこには「切ない郷愁」のようなモノを
滲ませながら、彼女は「昔話」を始めたのだった。

もう夕方に差し掛かる病院の屋上の気温は下がって来つつも、
この時期の北海道は気温差が洒落にならないほど激しく、
この日は日中結構暖かかったので、その場の全員は西日に眼を少し細め
その場を弥生の言葉が包み込み始めた。


第三幕  閉


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