L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:FOUR

第一幕


199xから200x年のどこか…中学一年生の十条弥生は荒れていた。
喧嘩などもやっていた、男相手にしかも武器を使わず素手で。
それを可能にしていた片鱗が祓いの力なのだが、まだ知る由もなく。
でも世が世ならかなり上位のスケバン(死語)で、当時周辺校では結構有名人だった。

でも、毎日凄く真面目に新聞配達(朝刊のみ)をやっているという一面もあり
素行が悪いのに素行がいいと言う矛盾を抱えていて教師達を大いに悩ませていた。
そう言う両面を知っていて、特にグレては居なかったがちょっと服装やらは派手に
改造したりはしてたが割と普通な阿美づてに「レズである」事を知っていた
一部の生徒からは地味に支持があったりもしたのだが、なにしろ周辺に名を轟かす
「世が世なら大変なスケバン(死語)」な訳で、誰もがそれを遠巻きに見ていたし、
阿美以外と殆ど接触のない孤高の弥生はただひたすら気に入らないモノをぶっ飛ばしたり
(とはいえ、それには正統な理由が必要であった、それから外れていた場合
 父からの容赦ない鉄拳が待っていたのだ)
黙々と新聞配達を続けたりして、なんというか物凄く研ぎ澄まされた刃物のような状態だった。

3月…そろそろ主な道路辺りは根雪も溶け、根雪を崩して日当たりのいいところに
おいやって自然に溶かすなんて事を住民がやり始める頃である。

いつものように新聞配達から戻って来て汗を洗い落とし制服に着替え
家を出たときだった。

『勿体ないね、アンタは』

弥生の耳に声じゃない声が聞こえてきた

『そう、アンタには聞こえるな? ワシの声のようで声じゃない声…』

弥生は何となく、目でも耳でもなく、気配でそれを探して…そして探り当てた、
ちなみにこれもまだ「経験的」とも言えない「勘」のちょっと上位版くらいの感覚だった。

『おう、なかなかイイ勘じゃな、ヒャヒャ…』

人間の常識、詰まり目線からでは判らない高さ…それは電信柱に半分めり込んで
婆さん?の「生きてない姿」がそこにあった

「なんの用だよ、っつか初めてだよ、そっちから話しかけてくンなんてよ」

『お主、十条弥生…じゃろ?』

弥生は度肝を抜かれた、何故それを…!?
その婆さんと思われる霊は真顔で指さした。

そうだ、自分は家を出たばかり、表札もそこにあるし

「っっばっかみてぇ…」

騙された自分がちょっと恥ずかしくなった弥生だった

『ヒャッヒャ…まぁまぁ、そう怒るでない、とにかくお前さんの力が勿体なくてなぁ
 ついつい話しかけてしまったわ』

「アタシの力?」

『まぁ、学校に行きながら、且つお前さん、ワシのように話ながら登校しようぞ
 遅刻するぞ?』

「アンタみたいに話すって…まずそっから訳わかんねーし」

『ふむ…お前が荒れたお陰で力は「無かったことにならず」今もくすぶり続けて居るが
 そのまんまなんの進歩もないのはなんて言うか勿体のうてなぁぁ〜〜〜』

「じゃあ、その力とその進歩とか言うの教えろよ、人に何か餌的なモン
 ぶら下げといてそれ以上何もしねぇンじゃ、あんたもただの玄人気取りさ」

『おっ、言ってくれるのぅ…ワシの時代なんかワザは見て盗めなんてのが
 あったり前みたいに言われてたモンじゃがなぁ』

弥生は半分興味ないねって冷たい顔を婆さんに向けて

「じゃあ、見せてくれよ」

『それが出来たらもうちっと上手く釣るンじゃがなぁ』

「…話ンならねーよ」

『じゃよなぁ…いやぁ…いい加減成仏したいと思うて居るのに
 なんでか成仏できんくて…なんでじゃろーなんでじゃろー
 言ってるときにお前さん見掛けて、ああこの娘なら
 上手く育てばワシみたいなのを昇華出来るのに、と思うたら勿体のうて勿体のうて』

ここで弥生がちょっとだけ「胡散臭さ以外の感情」を婆さんに向けて

「逝きてぇのか?」

『もうだいぶん長いこと逝けんでなぁ』

「ふーん…アタシ小せぇころから見てて自分なりに思ったんだが
 どうも早くて即、長くても二年ってところだぜ?
 それ以上なんて大体ロクでもない抱えごとしてるような奴らさ
 あんまり気になったんで死因とか家庭環境調べたことあるんだけど」

『ほぉ、なんじゃお前、結構真面目にやっとるじゃないか』

弥生はそこで絶望の顔をした

「でも知ったところで何も出来ねぇし、どうしてやることもできねーんだよ」

『辛かろうな』

「はん、逝けない婆さんに同情されたって嬉しかねーよ」

『それもそーじゃな! ヒャッヒャッヒャ!』

弥生は流石に面倒になって

「おい、その声じゃない声のしゃべり方教えな」

『うーん…なんというかなぁ…こう、右でも左でも良い、指先を
 口元に持って来てじゃな』

弥生が従うのは面白くないと表情でツッパリつつ自分の言う通り左手で
その動作をやって見せたのを婆さんはちょっとかわいいと思った。

『こう呟け「あ・なとぅここるぅゆわゑ(weではなくye)り」
 いいか、ワシの発音なるべくそのままじゃぞ?
 そしてもし、指先を中心に柔らかい光がわき上がったらそれを自らの額に当てよ』

弥生は成績は悪くなく、物覚えもいい方だったので
言われた言葉を何となく「超・大昔の言葉」なのかなと言う感じで受け止め
それをとなえた。

オイルが切れかけのジッポライターのような感じでちょっとくすぶりつつ、
指先に確かに柔い光が灯った、弥生は密かに感動したが、悟られてはなるまいと
それを額に当てて、そして心で呟くように

『おう、これでいいのかよ』

婆さんは感嘆した

『おお…! まさかこれほどとは…』

『結構な手間だな…ここぞって時の手段にしておきてぇ…まぁもうこの辺
 他に登校してる奴居るから「ここぞ」だがな』

『うむ…まぁちょいとした鍛錬のつもりで歩きながら話そうぞ』

『これに関しちゃあよ、ありがてぇや、ひょっとしたらこれ他の
 生きてねぇヤツとも話だけは出来るようになるんだろ?』

『それに関して今更言うが、余りこの術を使わんと会話できんような霊の
 話は聞く価値はないぞ』

『…予想はしてたけどそんなモンか、しけたツラぁしてよ、テメェはもう
 死んだンだっつの、いい加減諦めろよッてのだったりよ
 そうでなけりゃぁぶつぶつぶつぶつイチャモン付けてきそうな
 あぶねーツラしたのバッカだもんな』

『まぁそれに対してお前さんが「祓い」を覚えたら、話すことにも
 意味は出てくるやも知れんが』

『逝けねぇ婆さんが何が「祓い」だよ、笑わせんな』

『まぁまぁ口の減らないというか、熟々言ってくれるのぅ…』

もうかなり学校に近い、孤高の弥生を遠巻きに、その姿を見るのを
楽しみにして居る女生徒(他のクラス・上級生)が遠巻きに弥生に視線を集中している
婆さんはちょっと微笑みながら

『密かな人気があるよーじゃな』

『アタシは珍獣だからな』

『そうカリカリするでないよ…この好奇の視線を楽しむくらいダイタンにおなりよ』

『アタシにとってテメェ(自分)が「ガチのレズ」だって事は笑い事になんて出来ねぇよ』

『まー、直ぐには無理じゃろがなぁ…開き直ると結構開ける道ってのもあるもんじゃよ』

それに関しては、弥生も少し思うところがあったらしく

『…うん…そーかもな…なぁ、婆さんアンタはアタシをどう思う』

『性癖がどうこうよりまずそのむき身の刃みたいな心の力の片鱗が勿体のぅて…
 性癖の方は…いいんじゃあーないの? そーゆーのもいるっしょ』

ハナホジって感じでどうでも良さそうに婆さんは言った。

『アンタ口調コロコロ変わるなあ、でもまぁそっか、「どうでもいい」って
 そう言うのもアリだよな』

弥生はその昔風なんだか今っぽいのか判らない口調になる婆さんに

『なぁ、気がかりがあって逝けねぇってな、どンくらいだよ』

婆さんは事も無げに

『あー…百年くらいかのー、明治の半ば過ぎじゃったから』

弥生はつい「霊会話」ではなく普通に声をあげた

「百年 !?」

あっ…と…回りの生徒のヘンな注目を集めた、顔を赤くして俯く弥生

『ヒャッヒャ…アンタめんこいなぁ』

「めんこい」は「可愛くて愛しさを覚える」という意味の方言である。
弥生はバツが悪く顔を赤らめたまま、婆さんに目線が合わせられないまま

『今度は東北弁かよ…アンタ何モンだよ…百年逝けねぇ魂って
 ドンな理由があったらそんなにむき身の魂がこの世に居続けられるンだ』

婆さんは飄々と

『それが…「心残りがある」ってトコだけが突っ掛かってて
 そもそも「何が心残りだったか」を忘れちまったんだよ』

弥生は呆れた

『なんだよそれ…動機を忘れて…行動だけが残るなんてどう言うんだよ』

『いやいやお前、古い霊ってそーいうモンじゃぞ、お前さん、京都とか奈良とか
 古い都には行ったことはあるかい』

『ねぇなぁ、親戚は居るらしいがあんまりウチは親戚付き合い濃くないし』

『「無念だ」「残念だ」そんなキモチだけが残って「何がそんなに?」を忘れて
 彷徨う古い霊…じゃが、彷徨って「無念だ・残念だ」言うだけじゃし
 ある意味それが「半端に悪霊化しつつある霊」を自動的に吸い取ったりしてくれるから
 放置されてる、なんてのが居るんじゃぞ、そーいうのはヘタに触れないで
 勝手に彷徨わせて祓いの手助けにさせておくんじゃ』

『へぇ…その半端悪霊を吸うってのは?』

『それをまた燃料に「無念だ・残念だ」と彷徨うんじゃ』

『考えように依っちゃ案外厄介だな、それ』

『うむ、ヘタに手が出せん、というのはある』

弥生はここまで来ると結構素直に婆さんの話を聞いていて、
滲み出る「なんだコイツ」感は大分薄くなってた。

『アンタの「心残り」か…なんなんだろうな、もしアタシが「祓い」とか言うヤツ
 覚えたって、アンタの心残りを晴らすんでなければ意味ねーだろうよ』

『お前はめんこいし優しいのぅ』

弥生はすっかりペースを婆さんに握られまた赤面した

『…ウルセェよ…祓いか…親族回ったってそんなのイネーっぽいし
 アタシぁどーしたらそれを身につけられるんだろう』

『まぁ、気になるならちょこちょこっと「詞(ことば)」だけなら幾つか
 教えられるよ、ただし使いこなすにはあんた自身がかなり修行せにゃならんよ。
 んで、その気になれば自分で詞を組み立てて拡張することだって出来る
 ただし「詞」は物凄く限られた語彙と発音で組み立てなければならん』

校舎に着いた、婆さんは学校の外壁の上に「涅槃図」のように横たわって動かなくなった

『…それ、教えてくれよ…で…アンタそこで何してンだよ』

『ワシはここから先は学校の中が煩くて敵わんので入らん』

弥生はそれは何となく判る理由だった、「年頃」というのは
その才能にかかわらず何となく「ぽん」とそれらしい効果を一瞬だけ燃えがらせたり
する時期でもあるのだ、ノイズみたいに他人の「感情」が流れてぶつかることがある
それも弥生を苛つかせていたのだが、それは流れてぶつかってくる感情が
苛つくのではなく、「どうしようもなくそんな「年頃」である」
「気になるけど、その対処法も判らない」というところに苛ついていた。

『そっか、じゃあな、今度その…詞(ことば)教えてくれよ…』

婆さんは元々目線のちょっと高いところにいた上で更にイタズラっぽく居丈高に

『「お願いします」は?』

弥生の顔が真っ赤になる、新聞配達の配達順路を教えて貰うのとかそう言うのは
事務的に「はい」とか「わかりました」とか言っておけばいいのだ、
でもこれは違う、自分のため、逝けない誰かのため未来のために請う教えだ。

『…お…お願いします…』

何に苛つくにも訳は判っても対処の仕方が判らないなんて言うのは
もうゴメンだった、ヘンにイライラするし、自分のためにもならない
阿美と体を求め合うのだって、もう少しキモチが入るかも知れない
折角のレズ仲間なんだから。
弥生の頭の中に今までのくじけていじけていた時期を悔いるキモチが生まれた。

婆さんは優しく微笑んで

『良く言った、時には素直になる事も大事じゃよ、やっぱりあんたはめんこい
 ホレ、学業に励んでいらっしゃいな』

バツが悪いがめんこいと言われて悪い気はしない、
弥生はきびすを返しつつ、チラと壁の上で涅槃図気取る婆さんを見て登校した。



「どーしたの弥生、今日はナンか機嫌良さそうじゃん」

休み時間、赤羽阿美は別のクラスなのだが、時々弥生のクラスにやってきて
後ろから抱きついては話しかけていた、
正直、それだけで阿美は一目置かれた存在であった、あの伝説級のスケバン(死語)である
弥生にナンの気兼ねもなく後ろから抱きつくなんて、レズとかそう言うのを抜きにしても
とてつもなく「大胆な」行動であった。

そして弥生も余り表情を崩さないながら、阿美とはいつも淡々と話してた。
ちなみに会話量の七割は阿美で、弥生の残り三割の内「ああ」「そうだな」とかの
受けごたえが二割の弥生、と言う構図だった。

赤羽阿美、先に書いた通り、ちょっと複雑なハーフアンドハーフの結果ハーフ
という南米系微褐色美少女、小さい頃は逆に貧相なぐらいの体格だったのが、
小学校高学年になり二次性徴が始まった頃から
その南米系だいなまいつ・ぼでーが炸裂しだした。

ちなみに13歳のこの時期、阿美は少女らしさを存分に滲ませるも
体型はもう結構「女らしく」なっており、胸も目立つ男子垂涎の的(でもレズ)
弥生は、平均身長より大分高く、160cm台に乗っており、
(13歳の平均身長は150cm辺りで、男女とも余り性差はない)
細身で運動により引き締まったすらっとした流れるような流線型の体型に
胸は「密かにでかい」くらいのまだ途上の時期だった。

「見えないバーさんに話しかけられてさ、「話し方」教えて貰ったんだよ」

弥生は阿美には自分の何だかよく判らないモヤモヤとした「能力の断片」や
それによって引き起こされること、見えるモノについては話していた。
阿美はその弥生の話を「信じる・信じない」ではなく受け止めていた。
受け止めて、弥生の立場になって感想を言ってくれていた、だから
弥生は阿美と急接近した、でも、女の好みの「近さと遠さ」で折り合わない面もあったw

「ふーん、なんか今まで随分間怠っこしいって感じだったモンね
 なんかイイ感じになれればいいね」

「ああ」

阿美は何となく折角上向いた感じの弥生の心に近づきたくて

「ねぇ弥生、この髪ただのストレートじゃ勿体ないよ」

と言って切りそろえてある前髪を残し他は後ろに寄せピンなどで固定して
ポニーテールのような膨らみでなく、平面的にそれっぽくして
とにかく後頭下部にスキマが出来るようにした。
弥生はされるがままであった、周りの人間は阿美に対して「度胸あるなぁ」と思った

「弥生、結構動くからさ、こうした方が蒸せないし、かわいいよ」

今の弥生にも通じるそれ、阿美から手鏡でそれ見せられ、何となく機嫌の上向いてた
弥生は、これは阿美に対してですら超珍しいことだったのだが、
優しく微笑んで斜め後ろの阿美を見上げて言った。

「ありがと、気に入った、後でやり方教えて、髪留め代はそん時払うわ」

弥生の優しい笑み、阿美は初めて弥生を仲間と感じ取り意識したとき以来
ハートを矢で射貫かれた、阿美は地味にこの「好みの人にハートを射貫かれる感覚が好き」
という何だかよく判らない性癖を持っていて、今現在それは葵に対して発揮されているw
回りのクラスメート達も、いつも押し黙って何かに耐えているような表情でなく
優しく微笑んだ弥生の眩しさにちょっと心奪われた。



『おや、髪型変えたのかい、よく似合ってるよ、どう言うの風の吹き回しだい?』

下校時、婆さんがどこからともなく話しかけてきた。
ところで「死んだ人の魂」というのは生きた人間に迂闊に交わると
その生きた人との魂の綱引きになり、下手をしたら自分の存在が取り込まれ無になるので
大体道の脇とか、木の上とか、高くて余り猫や鳥も通りがからない所に
うずくまったりしてじっとしてることが多かった、動き回る霊はだから
結構慎重に動くか、そうでなければ魂をコンパクトに「玉」にして移動した
そのコンパクト化した魂がごく稀に火の玉として恐れられたりもした、
科学現象であるリン(原子番号15番・原子記号P)の昇華、自然発火とは別の
本当に「不可解な出来事」としてそれは「たま」に目撃されていた。

『ダチがなんかアタシが機嫌良さそうだからってやってくれた、ケッコー気に入ってる』

『心の距離を上手く測ってくるいい友達じゃないか、アンタにそんなの居たんだね』

『ああ…ってほっとけよ…』

『大切にしておやりよ、友情なんて直ぐぶっ壊れるよ、案外脆いからね
 お互いがお互いを見なくなって自分が、自分が、って自分ばかり押し出したら
 後はもう相手がいつソイツを切るかって段階なのさ、面倒くさいけど、それでも
 大事なんだよ、友情ってのはさ』

その通りだ、そう言えば阿美にあんまり自分が何かしたって事無いな…と思い至り
弥生はちょっとそんな自分を反省しつつ、

『肝に銘じておくよ…ありがと』

『お前はホントめんこいのぅ』

『…あんまりそのめんこい攻めするのやめてくれるかな…調子狂うんだよ…』

『おう、そうかい、で、アンタどこに行くんだい』

そう言えば、とふと思い立って弥生は婆さんに問うた。

『婆さん、アンタいつから、どの程度の頻度でアタシを見てたんだ?
 いや、プライベートがどうの言う気はねーし、教えてくれよ』

『アンタが黙々と新聞配達をして居るときの淡々とした力の脈動を発しているとき、
 アンタのやり場のない怒りをなんて言うか無駄に破裂させてるとき…
 喧嘩とかそう言うときだね、でも初めてアンタの存在を大きく感じたのは
 アンタが振られたときだね、ありゃあ酷い波じゃったよ』

小学生の時の拒絶されたあれだ、直ぐ思い至り

『アタシのその力の断片とかやらは、そんなにあんたら界隈に迷惑掛けてるのか?』

『迷惑って言うんじゃないが…気になるって言うか…下世話な霊ならアンタのその
 負の感情の波がご馳走ってゲスもいるね』

弥生は顔をしかめて

『マジか…そんな奴らに餌与えるのはナシにしてぇな…』

『それもあってな…お節介じゃろーなと思いつつ今朝話しかけてみた』

『お節介だが、有り難いぜ…アタシだってその気のないキモチの波紋であんたら刺激したり
 ゲスな霊に餌やりなんて真っ平御免だからな…』

『…何年か間が開いたのは様子を見たかったのと…後は「分別」というモノの
 熟成具合を見るというか…矢張り小学生に分別と言っても判りはするじゃろーが
 深刻さも足りないじゃろーしのぅ』

『そんなモンなのかな…良く判ンねぇ…まだ中一…もうすぐ中二…
 まだまだしみったれた小僧なのには違いねぇだろーし』

『そーなんじゃが、悠長にして居ったらお前さん場合の才能の芽が潰れる、
 自分で自分の力というか心というか可能性というかを「分別」で「無かったこと」に
 しちまうかもしれん、これが何とも勿体のうてなあ』

弥生はおかしな話だなと思いつつ

『別に、アタシの才能なんて潰れたって同じ事じゃねぇの?
 磨いたところで無理矢理成仏なんてそれはそれで何かに反してないか?』

『お前、なかなか思慮深いな、うむ、確かに無理に祓うべきでない霊もある
 じゃがな、無理でも祓うべき霊というのも、確かに居るんじゃよ…』

『ここは百万都市札幌…北海道だって結構広いし…その手の「拝み屋」って
 いるもんじゃねぇの?』

『おるよ、殆どただの人に毛の生えた感じじゃがな』

弥生は鼻で笑って

『フンw 全くのインチキって訳でもなかったりするんだ、へぇ…』

『「形だけ」でもなぞることは大事なんじゃよ、「南無阿弥陀仏」言っておけば
 救われる、みたいなのに近く、もう少し踏み込んで祓いの勉強をすれば
 才能は別にして多少はその力を操れるようにはなる』

『カタチから入るってのも、じゃあまんざら馬鹿にしたモンでもないんだな』

婆さんは逆さに浮きながらウムと頷き

『しかし、そんな付け焼き刃では対処の出来ん大物も居る…今この北の大地では
 それに対処できるモノが居らん』

弥生はちょっとそれを馬鹿にするように

『なんだよ、婆さんひょっとしてゲームや小説みてーにアタシが
 それらを倒す力を持った伝説の勇者なのだとか言うンじゃあーねぇだろうな』

『ゲームや小説は知らんし伝説の勇者なんて偉いモンじゃないが、そうじゃよ
 お前は今この北海道で唯一そういう奴らに対抗できる力の片鱗がある
 「ただの」才能の芽と言うだけならたまに生まれるが、ワシはそれを多少の手ほどきはしたが
 後はその者の実力や意思に任せた、才能が芽吹くも潰れるも何かそれには
 運命というか切っ掛けがあるじゃろ、とな…しかしお前の力は強く、成長分別の狭間で
 そう悠長に構えていられなくてな、勿体無いんじゃ、とにかく』

『ちょいと待ちな、「そう言う奴らに対抗できる」とは、まるでそいつらが
 存在して虎視眈々と何か企んでるよーな言い方じゃねぇか』

『当たらずとも遠からじ、雪山の雪崩のよーに、いつかそう言うこともあるかも知れん
 そういうタネが野放しになって居るってことじゃよ』

弥生はちょっと事態を深刻に受け止めつつ、半分「厄介な面倒ごとだな」とも思い

『それでアタシは何をどーすりゃその力を鍛えられるってのさ、
 「詞(ことば)」っての覚えればいいのかよ?』

『覚えるだけじゃあー三分の一ってトコじゃな、使いこなしてこその祓いの力』

『今からやる気満々かよ』

『お前次第じゃな』

『おっし、判った、今から腹ごしらえしとく、腹減ってしょうがねぇ』

というやりとりの後ろから弥生を呼ぶ声がする

「弥生〜♪ どこ行くのぉ?」

阿美だ、教師に文句言われるか言われないかギリギリの、改造制服をさらに
着崩したそれは、13歳の癖に色気をちょっと振りまいていた。

自分が自分がと自分押しして居ると友情は直ぐ崩れる…という婆さんの言葉を思い出し

「ちょっと腹に入れておこうと思ってさ、髪の礼、おごるぜ、によしのだけど」

阿美はそんなやりとりを余り弥生としたことが無く、「嬉しい」って顔を満面に

「なーに? によしのデェトなんてムードもヘッタクレもないけど、おごられてあげる♪」

弥生に腕組みをして弥生に微笑みかける。

『おやおや、なかなか妙な距離の間だコト』

婆さんは何とも熱烈なその空気にちょっと気圧された



学校近くのによしのギョウザは新聞配達を始めて二次性徴も加わり
体が大きく成長する弥生にとって必要なエネルギー補給場所であった。
ダイタンにも女子中学生が一人で入店しガツガツとギョウザカレー大盛りを食べてゆく、
注文以外寡黙で、でも結構じっくり味わってるっぽいその様子、
話しかけたりとかそういう事は無かったがちょっとした名物常連であった。

そんな弥生が今日は同級生を連れてきて「遠慮するなよ」とか言って
その子にメニューを見せ、その子があんまりによしの歴が無く、
何を食べていいか、どの程度の量なのかよく判らないと言うと
いつもギョウザカレー大盛りしか食べてないはずの弥生は地味に他の客
特に常連のメニューを良く見ていたようで、細かくそれを教えていた。

「でも、どンなけ食うかってのはそれぞれだからな…阿美って食う方なのか?」

「んーーー」

阿美は立ち上がり店内をキョロキョロして「あからさまに」他人様の頼んだメニューを見始めた

「あ…ちょっと阿美…!」

「だってよく判らないンだモン…すみませぇん、ちょっと見させて戴きますね〜」

微妙にエロ気を発する中一の彼女に困惑しつつ「あ…はい」って感じに気圧される他の客

「ねぇ弥生ぃ、カレーにギョウザが載ってる人とバラバラの人が居るけど、何か違うの?」

弥生はそれに対してはキッパリと

「それははっきり言って気分というか「それはそれ・これはこれ」っていう区切りだ
 渾然一体とライスの上に置かれカレーを掛けられたソレはその連帯感とスピードを楽しむ物、
 分けられたソレは、カレーはカレー、ギョウザはギョウザで楽しむ、あるいは
 幾つかをギョウザ単体、幾つかを「ギョウザ後乗せ」で両方楽しむ、さらに言えば
 それぞれを口に入れて「口の中でギョウザカレーを完成させる究極のフィニッシュ」
 を楽しむものと言っていい、アタシはまだその領域に達してないからオンザライスの
 ギョウザカレーで「手早く済ませる派」なんだよ」

伝説級スケバン(死語)と言う噂もある寡黙な常連の熱い語りに他の常連は頷いた。
そこには何か連帯感が生まれた。
食べ物メニューが基本餃子とカレーしかない「によしのギョウザ道」とも呼ぶべき
熱い世界だったのだ。

「うわー…w 弥生って結構熱いヒトだねw」

熱く語ってから自分のその熱さに気付いて弥生は赤面した

「ま…まぁ…それは道を究めようという場合の物差しだから、阿美は阿美で
 好きなの頼みなよ…」

寡黙でスケバン(死語)の常連の可愛い一面を見て何かちょっと店員含めみんな
ほっこりにやけて和んでしまった。

婆さんは弥生と阿美の間、ちょっと弥生寄りの空中で腕を組み苦笑していた。


第一幕 閉


戻る   第二幕