L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:FOUR

第二幕


結局カレーはカレー、ギョウザはギョウザで且つ家で夕飯も食べるからと言うことで
阿美は店員にお願いして「半カレー半ギョウザ(餃子三個)定食」を作って貰った。

「ここの餃子って何かちょっと他と違っててイイよねぇ〜」

とか屈託無く弥生に語りかける阿美の言葉に
この店を今現在切り盛りしているバイトの二人は心の中で「有り難う御座います!」と感謝した。

「によしのはたまにって感じか? 阿美は」

「うん、家族でなんか色々用意面倒だね〜って時に選ぶウチの一つ」

バイト店員の二人は心の中でその頻度にかかわらず「いつも有り難う御座います!」
と阿美に感謝を捧げた。

弥生はフッと笑って

『ここの店でこんないい雰囲気になったの初めてだ』

と婆さんに語りかけた

『それはその阿美って子のちょっと危なっかしいが明るい気と
 さっきのお前さんの熱い語りから来るモンじゃろうな、
 店内が「食べることを楽しむ」「食べる楽しみを提供する」空気で統一されて居る』

『そんな事まで読めるのか、ソレは祓いの力なのか?』

『いんや、経験から来る「読んだ空気」ってヤツじゃな』

『なる程…祓いが云々の前にヒトである以上空気も読まないとな』

『そうじゃよ』

そんな時に阿美が、流石にちょっと遠慮した声のボリュームで

「ねぇねぇ、そのおばあさんって今居ちゃったりするの?」

「判るのか?」

「ううん? なんにも? ただ、弥生を明るくするくらいのヒトだから
 ひょっとして弥生のこと気に入って側に居たりするのかなぁって」

弥生は自分の右斜め上(阿美の左上)を指さし

「ここに居るよ」

阿美はその方向ににこやかに手を振った。

『見えては居らんし勘が働くとかそう言うのもない、こやつには
 ワシを感じるチカラは一切ない、じゃが、「弥生が言うからそうなのだろう」
 と言う信頼を強く感じるね、いい子だ』

『ああ、いい子だと思う』

『出会った切っ掛けはなんだい? アンタのそのキレッキレの性格から
 どんな切っ掛けがあったら出会えるのか判らん』

『阿美言うところの「同類の匂い」だってさ、ガチレズってことの。
 で、ちょくちょく話したりするようになって、そのうち
 アタシのちょっとした視線や動きから「ねぇ、そこに何か居るの?」って』

『なるほど、それで見えないし感じないながらも弥生が言うからそうなのじゃろうと』

『うん、そーなる』

『ほうほう、面白い』

弥生が速攻ギョウザカレー大盛りを完食し、阿美が「食べるの早いね〜」と
声を掛け、「阿美はゆっくり食ってていいんだぜ」とまた優しく声を掛ける弥生に
ハートに矢が刺さる阿美だった、二人+霊一人が退店してしばらくこの
ほんわか和んだ空気は継続し、いつまた「によしのデェト」があってもいいように
バイト君は「半カレー・半ギョウザセット」など「ちょっとしっかり食べてゆく」
メニューを店長に提案していた。



「うーん、結構食べちゃったかも」

阿美が冬服のジャケットボタンを外しながら言った。

「あれでも多かったか、今日ご飯余り食えなくなるようだったら、ゴメンな」

「ううん、いいよいいよ、結構楽しかったし、弥生の熱いによしのギョウザ道とか」

「はは…w 実は結構食うの好きなんだよね、ウチは親と
 出掛けるとかそう言うの無くてさ、結構親がいい年になってから生まれたし」

「うんなんか「THE・威厳の父」って感じのお父さんと
 「THE・母の中の母」って感じのお母さんだよね」

流石に卒業式とかそう言う大きな行事にだけは顔を見せるので阿美も弥生の
両親を見知ってはいた。

「まぁ、ファミレスで何だかんだとかそう言うのは兄や姉の役目だった、
 だから思い出にあるのは両親とかより食いモンが美味いとかそう言う方向でさ」

「ふーん、オウチ事情もそれぞれだよねぇ」

「ああ、それぞれだな」

阿美が食べて熱くなったのかブラウスをパタパタしてる時に弥生がちょっと気になった。

「阿美お前緑とか好きなのか?」

「ううん? 特にないなぁ、特に冬のインナー系はもう暖かければいいや的、どうしたの?」

「うん? いや…阿美には赤が似合いそうだなって思ってさ、
 下着とかは白や黒なんだよ、イメージで、でも、阿美の服にはどこかに赤が入ってた方が
 なんか阿美が光る気がして」

そういう「年頃のそれなりの話題」が弥生から出たことが嬉しかったのか阿美は輝いて

「そう? じゃあ、赤でイイ感じのデザインのとか探してみるかな」

「そうだね、似合うと思うんだ」

「その時には弥生も付き合って選ぶの手伝ってよ?」

「え、いやアタシそんなセンスねーから…」

「そんなの二人の意見を合わせて店員さんにも聞けばいいんだよ〜
 センスなんて磨かなくちゃ光らないって♪」

これから磨こうとしている祓いの力にも…いや…人として生きる全ての事柄に
通じる、その考え、弥生はちょっとはにかみながら

「判ったよ…じゃあ、いつ行くなんてのはまた明日にでも、
 今日はアタシこれから用事があるんだ」

「ええーそうなの? ガッカリ、今日のエッチは燃え上がりそうって思ってたのに」

ああ、イマイチ空気読むの上手くないアタシでもそれは読めたよ、と弥生は微笑み
阿美に濃厚なキスをした。
阿美はビックリした、そんな大胆な真似、弥生が人前でしたことはなかったからだ。

『おお、なんとダイタンな』

『うっせーよ、見てンじゃねぇよ、野暮だな』

『うむ…』

婆さんは背を向けるが、天下の往来で女子中学生が女子中学生に熱烈なキスをするなんて
やっぱり結構目立つじゃあ御座いませんか、婆さんは見ないようにしつつ

『…目だって居るぞ』

『そーだな…』

ちょっと長めのキスを楽しんでから、

「また明日な」

微笑みかけた、軽く手挨拶で去って行く
阿美はなんか一皮剥けて輝きだした弥生に特大の矢でハートを射貫かれ

「…うん」

と夢見心地にソレを見送った。

『あの子には赤が似合うか、なる程、アンタはなに色だろうね弥生』

『さぁね、考えたこともねぇや』

弥生は何だか色々スッキリとしてきた、何か色んなモノが
一気に流れ出した感覚を味わっていた、そしてただ流して気持ちいいではなく
その流れをコントロールすることにも目覚めだしていた、
弥生の「オールマイティー型」の片鱗である。



そこからはやや回転速度を上げるが、婆さんは例えば
「悪霊祓いの詞」「迷いすぎて訳分かんなくなってる霊を送る詞」
「ちょっとした怪我を治す詞」「身体能力を正しく向上させる詞」
などというものを弥生に教え、弥生もまたかなり真剣にソレを控えた。
使い方の鍛錬そのものは実際に使って行くしかない、
普段使いでもそれなり使えそうなのは「身体能力向上」である。
とりあえずそれを使いつつ、死んで二年以上うじうじとしてるような
霊については「いい加減諦めなよ」と話しかけ「送る詞」で昇華し
輪廻の輪に戻すと言うことをやって地道に修行を積み重ねた。

ちょっと身体能力向上にしても無茶をして、ワザと怪我をしてみて
それを祓いの力で治療する、という荒療治もやって、

『無茶をしよる…』

と婆さんに呆れられることもしばしばであった。

ちなみにショッピングデートは敢行され、弥生は自分なりに考えイイと思うものを
阿美に伝えたり、阿美の好みを聞いて「じゃあこっちはどうかな」というくらい
ちゃんと相手を見る「キャッチボール」をし始めた。
人としても、大きく育ち始めてきていた。
弥生は自分に似合う色は何かと阿美に問うて、

「弥生は黒か青だね、黒メインで青がポイントって感じがいいよ
 シュッとした弥生に凄く似合ってる、そしてカッコイイし♪」

と、若干阿美の願望入りの好みなんかも聞いて、体育で使うのではなく
日々の新聞配達や激しい修行の時に着るジャージなどはなる程、
黒に青いラインやポイントのモノを選んだりしてみた、

ジャージなんて今デェトの時に買わなくてもいいのに、と阿美は言いつつも
でもやっぱり、その色合いが似合うよ、とも。

なかなか充実した日々だった。

祓えるモノを吟味できて祓って行ける爽快感、街の見晴らしも良くなってくる、
二年生になって、弥生は素行は完全に真面目になり、言葉遣いはまだ荒いモノの
何かに耐えて押し黙っているような表情や空気はなくなり、
阿美とも結構笑顔を交えて話すようになり、阿美づてに話す人も増えていった。
クラスメートとも少し話すようになってきた、そうなると弥生は結構人気者で
割に男子の趣味に理解を示すことも多く、漫画とかを読むようにもなり
女子からはそのきりっとした風貌と基本クールな物腰がカッコイイとちょっと
思春期の淡い憧れの対象にもなったりした。

ちなみに弥生はテレビ番組という物は殆ど見ず、ソフト化された映画を物凄く
沢山見ていた、集中して、その世界に入り込めるし、名作と呼ばれるような映画は
やはり演者のキモチもスッとその世界に入っていて単純にのめり込めたし。
弥生の語彙が微妙に堅く古くさいのにはこう言う理由もあったのだ。

そんな初夏に弥生は婆さんから

『まぁ、初級から中級には入ったかな、その辺の「霊能者」よりは上の段階じゃ』

と言うお墨付きを貰ったこともあり、父母に
「自分は祓いの力を持っていてソレを使う祓い人になりたい」と言う事を初めて告げた。
祓い人、ここ数代北海道の十条家には居なかった才能である。

父母は大変驚いたが、確かにそう言う才能の生まれるコトのある家系ということは伝わっているし
何より四條院や天野に対する連携と補佐、これだけは一族の厳命として守られてきたこと。
「祓いの力のなんたるか」は良くは判らないが、どうも数代ぶりにそのチカラが十条の家に
目覚めたらしいことに父は喜び、母は戸惑った。
弥生は母に告げた。

「悪いけど母さん、アタシは母さんの願うようなフツーのオンナにはなれねーわ」

祓いの力の目覚めとその取得修行などについては弥生はボカしにボカした。
「ふらっと来て教えてくれるチカラはないみたいだけどその筋の婆さん」
くらいの説明で終えていた、父とすれば気になるところだが、
弥生が今は深く掘り下げないで修行に励ませてくれということで黙することにした。

祓いの稼業を始めると言う事は、ソレによって目だったり街などに被害が出た場合の
火消しもしなければならない、弥生父はそれについて警視庁→道警という感じで
通達をして貰い、とりあえず弥生担当火消し係を設定して貰うよう依頼した。



そんな七月のある日である、弥生が神妙な面持ちで

『今日はちょっと個人的に行きたいところがあるんだ、婆さんは付いてきても
 ついて来なくてもいいぜ』

『…阿美とまた乳繰り合いでもするのかい』

『違う…』

いつもなら「ちげぇよ」という弥生が改まっている。
そして、その表情には「覚悟」が見て取れた、正直、婆さんは好奇心が疼いた。

ついて行くとも行かぬとも言わずに何気に何となくついて行く。

それは「いつもの生活圏内」や「修行用の郊外」ではなかった。

『どこに向かって居るんじゃ』

弥生は振り返らず、

『アタシの小学校の通学路だ、これは…』

『ああ…そういやそうだね…なんだって今更…?』

弥生が通っていたルートは最短ではなかった、むしろそっちが「何故」だった

『アタシ…こっから一本向こうを通っていたけど、知ってたか?』

『ああ、理由は判らないというか気にしてなかったが、今気になったよ』

『見せてやるよ…アタシが普通に考えたら通るべきルートを通らなかった理由』

最短ルートに入ってからじわりじわりと「その感じ」が大きくなる
そして、通りすがりの十三階建てアパートの敷地内、通りに面した一番近い側には
一階から十三階までの通し階段があり、その階段の下の「ある地点」に「それ」は居た。

恐らく、転落死体が元なんだろう、とりあえず霊体は人のカタチをしているが
かなり悲惨な死に様だったらしいのがその「魂から漏れ伝わる痕跡」で判った。

婆さんが物凄く険しい顔になる

『"特定人物待ち伏せ型"の霊か…なるほど…既に凶霊と言っていいほどじゃ…』

美人判定十段階評価6から7という感じの「イイと思う人には凄くイイ」タイプ。
ただ、その思い詰めた目、永遠にでもその時を待つという狂気の思考、
その自分の思考で既に「大変な怨念・「自縛」霊」になっていた。

『一目でよく判ったな、この人は、ある特定の一人だけを憎んでいるみたいなんだ
 そして多分アタシはソレが誰なのか大体知ってるんだよな』

『…先ず一つ聞くぞ、何故これを今祓おうと思った』

『これは祓いになるのかな…アタシにはわかんねぇや…というのも…
 アタシはこの人の本懐を遂げてやりたいと思ってる』

「本懐を遂げる」とか妙に古くさい言い回しを知って居るなぁと思いつつ婆さんは

『…なる程、この女が恨む…まだ生きておる奴をこの女に捧げると?』

『それじゃ、恨みは晴らせるが本懐を遂げるまで行かない』

『どうする気だい?』

弥生はそして改めて会話の詞を乗せてその女性へ近づいた

『おいおい…ソヤツは確かに特定人物待ち伏せ型じゃが不用意に触れるでないよ』

弥生はその女の人の側まで行って、半分力なく膝立ち状態の彼女に目線を
合わせるためにしゃがんで声を掛けた

『今日はあれから六年になるのかな、残念な日だった。
 アタシのことは…もう忘れたかな』

その力なく膝立ちでうなだれてた女は顔を少し上げて目線を弥生にやり

『覚えてるよ…大きくなったね…』

婆さんが驚いた

『知り合いかい』

『いや…知り合いまでも行かない…何せマトモに会話できなかったからね
 顔見知りだったかもしれないくらいだったんだけど…覚えて居てくれたみたいだ』

女は呟くように

『…君…そう…まだ…小学校低学年って感じの…私が大学生で…
 バイトとかの時間の都合で結構見掛けてた…君はいつも
 私の方を見てたよね…私が社会人になっても…』

『そう…アタシはアナタを見てた…アナタの生きる事に一生懸命でなるべく楽しく
 生きて過ごそうって言う前向きで根性あるアナタの「気」が好きだった
 当時はソレが「気」って言うモノなのか判らなくて…とにかくアナタが
 あたしには輝いて見えた…』

『一生懸命前向きに…そんな時期もあったね…』

女はまた俯いて会話のチャンネルを閉じたようだ。
婆さんは慎重に

『…もう一度会話を試みようなどと思うなよ…この手の霊は本懐を遂げる前に
 代価昇華的な動きになると強烈に魂の力が解放されて…
 この辺一条一丁くらいの区域が丸々吹き飛ぶぞ…』

弥生は流石に苦々しく

『そんなにか…ちょっとでも魂が軽くなるか、或いは…なんか別な価値観が紛れて
 ちょっとは薄くなるかと思ったけど…やめといた方が良さそうだな』

『言う事があるなら、「やることやってから」言うんだね…』

『判った、そうしよう』

弥生は通学路とは別な方向に歩きだし、公共機関の乗り物を乗り継いでどこかに向かった

『…聞いていいかい? といって「何処へ行くんだい」じゃないぞ』

『違うのか…いや、でも判るぜ「何故今日彼女なのかさっきのでは答えになって居らん」
 とでも言うんだろ』

『応、ワシの言いたいことも大分判るようになったようじゃな、いい事じゃ』

『教えるよ、アタシの知る限りの事と、ソレで今どこへ何をしに向かっているのかをね』



ソレは弥生が小学生になってからであった、通学路で見掛けるその
生きる気力に充ち満ちたその女性に惹かれた弥生だが、ソレが何故なのか
何で光って見えるのかが判らないのと、当時は「普通の人には見えない
 生きてない人への扱い」が判らない事で内気になっていた事もあり
たまに見掛けてもただ、十三階建てアパートの道路側三階角部屋に住んでいる
彼女を見掛けてその姿を確認するだけで弥生は何かモヤモヤしつつ
満ち足りてもいた、其れで善かった。

時々目があった気がしてたが、恥ずかしくて目は合わせられなかった。
そして彼女には社会人の彼氏も居るようだった。
学年が上がり、二年生、相も変わらずたまに見掛けては何となく居ることを
確認して一人満足してたある日、彼女はどうやら大学を卒業してちょっと
タイミングがずれたが働き出したらしい、自分の通学と方向が逆で
時間は一緒、つまりタイミングさえ掴めればかち合うことが可能、という状況になった。

ただ、すれ違う可能性があるのはアパートから数十メートル、丁字路の反対方向に
彼女は通勤するので後ろ姿を見送ったり、彼女の元気なパンプスの音が聞こえたと
思ったら、既に通り過ぎていたアパートから出てきたところで、少しソレを見送ったり

そんなある日より、概ね彼女は元気なのだが、元気じゃない日が出始めてきた。
帰りの時間はもうずれてるし、夜や休日のプライベートなんて知る由もない
弥生は心配はしたが、そう言うときにカレシ↑っていうのは居るはずだし
仕事大変なのかな、辛いことが沢山あるのかな、と思っていた初夏のある日、
通学中、凄く慌てて走り出てきた「彼女」と弥生が出会い頭に衝突しそうになった

「あああ! ごめんなさい! 大丈夫?」

弥生はビックリして固まってただ頷くしかできなかった、
微妙に元気じゃないっぽい女の人は、弥生の顔を見てそれでもにこっと微笑んで

「お早う、行ってきます」

と言った、弥生はほぼ言葉にならず、まるでファンの有名人に会ったかのような
緊張と、真っ赤な顔になった。

女の人は、にこっとして、弥生の頭を撫で、元気になっていつもの通勤路を走って去っていった。

…その夜…

既に就寝中だった弥生の心というか魂に強烈な衝撃が走った。
物凄くマイナスの「悲しい・何故・どうして・苦しい・悔しい・…恨めしい」
そう言う感情の波が一気に押し寄せ、眠っていた弥生は飛び起きた。

その方角は、いつもの通学路の方角、弥生は急いでジャージを来て
その場に向かった。

…そこにあったのは「あの人だったモノ」、幾らかの肉片骨片になっていた死体と
そして膝立ちでうなだれ、静かに暗い波動を滾らせているその人の「生きてない姿」だった。

何かあったのだ、彼女の本意でない何かがあって、彼女は何故か死んでしまって
ソレが納得いかないのだ、弥生には一気にそこまで理解はしたが、そこから先が
どうしようもなかった、とにかく、119番通報して
「声じゃない声が聞こえて来てみたらこうなってた」
と言うほかは無かった。

その女の人は、仕事で大きなミスをして悩んでいたらしい、そして会社のカネに手をつけ
それを苦に自殺と言う先でカタが付けられた。

彼女の父母はそれに反発した、あの子はそんな事はしないし自殺なんかする子じゃない、と

弥生もそう思った、というか、自分でしてしまった自殺でこんな暗い波動は抱けない。
弥生は、それが判ってももう彼女とは話も通じない壁に隔てられたし、
自分に判ることは余りに半端すぎて何も出来ない、悔しかったし、
通学のたびに無念の彼女の姿を見るのは余りに辛かった。

そして弥生は通学路を変えた。

時間を再び戻し、交通機関内の弥生と婆さんの会話に戻る

『今でも三階角部屋はあの人のご両親がキープしてる
 そして今でも、再捜査を嘆願し続けている』

『そうかい、お前の…いわば』

とまで言ったとき弥生が睨んだ

『それ以上言うな』

『判った判った…誰にも容易に触れられたくない部分はある、うんうん
 それで…そのご両親の家に行って…線香でも上げつつ何とかして
 三階のあの部屋に入って何か探そうと言うんだね?』

『ご明察』

『ご両親はお前を知ってるのかい?』

『さぁね』

『おいおい…』

先の思いやられた婆さんだった。



「未奈美(みなみ)の?」

「はい…、当時は小さすぎてマトモに交流も出来ませんでしたが…
 元気な彼女を当時知っていた身として…線香の一つでもあげたくて…」

そんな事をしても無駄なのだが…形式として…
突然娘の命日に現れた女子中学生、確かにあの地域の小学校に通っていたなら
顔見知りである可能性は高かったし、その命日を知っていて訪ねてくるほどの子だ
皆戸(みなと)家の父親は弥生を通し、仏前に通した。

「済みません、ウチ神道ナンで…自分なりの気持ちでイイですか」

どう言うカタチでもいい、悼んでくれと親は言った。

そしてリビングで故人を忍んで色んな写真を見せて貰った。
その女の人…「皆戸未奈美(みなと・みなみ)」の幼い頃から、就職して
間もない頃辺りまで…どれも、彼女らしい明るい笑顔とポーズで写っていた。

あの日感じた眩しさの名残をそこから感じてまた弥生は切なくなった。

そのうち一枚の写真に目が止まった。
ご両親・彼女・弟とおぼしき家族写真だが、ちょっと引きで室内が判りやすい写真。

「これ…この家の内装じゃないですね…あの…角部屋の彼女の部屋ですか…?」

「ええ、そう…これは就職祝いの時かな…あの子の部屋にも同じモノが…」

「アタシ…当時小学生ですし、道すがらちょっと顔を合わせてくらいの…
 顔見知り程度なんですけど…その部屋…行ってもいいですか」

行ってもいい、とのことだった、鍵は向こうの管理人が持っているので、
こちらから連絡をしておくとも、ご両親はこれからまた七回忌というコトで
色々忙しいから、出席者はもう決まっていて来てくれても良いけれど
大した持て成しは出来ない…とも

弥生は元々、近所の知り合い程度、ただ、自分にとっては思い出深い人だったという
ことで、その彼女の部屋を見て偲びたい、七回忌はちゃんと家族や親族、親睦の深かった
人達でどうぞ、というコトで収めた。

『何とかなるモンじゃなw』

婆さんは流れのいい展開に口を挟んだ

『それほど…ご両親にとっても大きくて重い「事件」ってことなんだよ』

『ふむ…まぁ、確かに例え衝動的でも自らした自殺であんな自縛霊にはならん
 …しかし六年という月日は真相を探るには遠くないかの?』

弥生は神妙な面持ちをした、

『かもしれない…それでも色んな事が噛み合いだした「今」だから出来るかもしれない』

『なる程…「好機」を掴めるか…自らの運命に挑もうというわけじゃな…
 お前、ワシが思うておる以上に成長をして居る、矢張りめんこいヤツじゃな』

弥生はしけたツラをして(この頃からするようになった)

『アタシもまだまだガキだけどその「めんこい」攻めもうちょっと抑えてくれよ
 ナンか恥ずかしい』

『何を恥ずかしがることがある、誇りに思え、ワシはお前が誇りになりつつあるんじゃぞ』

未だに正体を掘り下げてない、正体不明の「事情通」の百年前に大変な心残りをして
死んだらしい婆さん、何か知らないけど自分は彼女が気になって育てる気になったらしい
「弟子」のようなキモチらしい、弥生も、彼女を「師匠」のように、思いだしていた。

そして現場に戻る、複雑な顔をして「未奈美の霊」の横を通り過ぎ、管理人と話を通し
「終わったら鍵を持って来てね」という感じで弥生だけが部屋に向かった。

うん…社会人祝いで撮った写真の頃から僅か三ヶ月ほどで死んだのだから
何も変わってない部屋だった。
そして、母親が呟いた通り、未奈美の部屋にもその就職祝いでの家族の集合写真は飾ってあった。

弥生はそれをあらかじめ買ってきた白い綿手を手にはめ、慎重にその写真立てを手にした。

『まるで刑事だねw』

『アタシはただ偲びに来たんじゃない、真相を探るためにここへ来たんだぜ』

『といってもねぇ…警察だって一応捜査はしたんだろうさ…それで今があるわけでさぁ』

『…そうなんだよな…』

弥生はベランダに出てみて、あの頃の彼女よりホンの少し高くなっている自分の身長で
昔彼女が見てたんだろう風景を見る、アタシはあの道を行ったり来たりしてたんだ、とか
感慨に浸って、部屋に戻り、夏の北海道の暑くなりかけた空気の中
ふと、この写真をどこから撮ったのか気になり同じ風景を見たくなった。

「…?」

違和感がある、何かが違う

『…どうしたい?』

『…いや…よく判らないんだけど…でも…』

弥生は部屋を出て管理人に鍵を戻し、そしてまた歩き出す。

『どこ行くんだい』

『担当区域の警察署』

『だったら先ず、アンタの火消し係に任命された道警の警備課の刑事に連絡を取りな、
 物事には面倒くさい順序があるよ、集中する段階は踏まないと、それを忘れるでない』

弥生は、婆さんを見た、珍しく飄々とした婆さんが真剣にそれを自分に言ったことを
重く、重く受け止めた。

『その通りだ、アタシは順路を誤るところだった、済まない婆さん、感謝するよ、有り難う』

弥生もかなり真剣にそれを評し、婆さんに謝辞を述べた。
婆さんは何も言わなかったが満足そうに微笑んで頷いた。

弥生は道警警備課の担当に連絡を取った。

弥生の、探偵としてのキャリアのスタートである。


第二幕  閉


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