L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:FOUR

第三幕


「六年前自殺として処理された事案ですか…」

道警警備課で、担当になったとは言え今日初めて会うので、かるく自己紹介と挨拶を済ませた後、
要件に入った時に担当者「新橋有楽(あらはし・うがく)」は思いもよらぬ角度からの
要請に戸惑い、思わすこぼした、一度自殺として処理された案件を掘り起こすなど
なかなか至難の業だからだ。

ちなみにこの男、新橋はキャリア崩れ…というか、微妙に警察内の「なぁなぁ」に馴染めない
コトと、それなりに成績は良かったんだろうが見た目インテリ特化(運動ダメ系)のかどで
持て余され、「丁度いい」と言うことで弥生の担当に宛がわれたのであった。

「難しいとは思う、でも、これが一人の昇華成仏に関わるコトなんだよ、頼む…頼みます」

そう言われてしまうと確かに自分の仕事の範囲なのである、新橋はメガネをキラリンと光らせつつ

「判りました、担当署にとりあえず当時の捜査資料などを見せてもらいに行きましょう、
 僕も同行しますよ」

何ともキッチリカッチリした面白みの無い感じ、持て余されるのも判るし
「有楽(うがく)」という親の願いの込められた意味の名は全く届かず成長したその姿、
でもこの場合それが幸いした。



担当署内に向かう車内で、とりあえず新橋は弥生に質問を色々繰り出した。
祓いとは何か、見えないだけで札幌にはそんなに霊がいたり悪さしたりするモノなのか
それは現実の破壊を伴ったりするモノなのか、それは何故なのか。
物凄い理屈人間であった。

弥生は学校の成績は良い方であったし、祓いの方も中級を突っ走ってるわけで
「自分はまだ道半ばの半端物だけど」と前置きをした上で、それら一つ一つに
答えては、新橋の納得を得たり得られなかったりで質問が増えて…

何だコイツめんどくせぇ…と思い始めるも、でも、一般人にとって
どれほどエリートでも見えない物に対する考えや評価などそんな物なのだろう、という
事もよく判った、弥生は担当署の駐車場に着いた後もしばらくこの議論に付き合い、

とうとう当時の担当部署の応接室にまで持ち込んで丁々発止を繰り広げていた。
エリート崩れの刑事と、発育はイイ物の態度と言葉遣いが微妙に悪い女子中学生とのそれに
担当署も「何だこいつら…」という空気に溢れつつ、資料を持って当時の担当者がやって来た。

「あ…」

その担当者が弥生を見て一言あげた。
決して大きなボリュームでもないその一言は、でも二人の丁々発止を止めた。
新橋は流石崩れてもエリート、その一言に何かあるコトを感じ取り黙った。
そして弥生はその担当者に向けて言った。

「覚えてるモンなんだな、アタシが第一発見者だってコト、お久しぶり、刑事さん」

その一言に新橋は驚いた、なる程、何故今この事件をと思ったが、
故人の命日で、七回忌で、祓いの力が一定に達し祓い人として活動を始めた今
納得のいかなかった「これ」に手を掛けたのか、なるほど、新橋の溜飲が「一つ」下がった。

「皆戸さんご両親は昨日も再捜査の嘆願に来てたんだよ…今日七回忌か…」

担当者はちょっとやりきれない思いで資料を二人に提出した。

弥生は実況見分的なものより、直接の死因には繋がらない彼女の部屋の中の
捜査資料を念入りに読み出した。

「何か気になることでもあるんですか」

担当者は新橋に質問をするも

「彼女には何かが気になるようです、申し訳ありません、僕には何が何やら」

そのうち弥生が

「…やっぱりだ…違和感がある…」

やや小太りの担当者が夏の陽気に汗を拭いながら

「どうかしたかい?」

「幾ら警察の捜査が入ったからったって、自殺案件に家具の移動とかまではしないよな?」

「ああ…遺書などがないか、或いはパソコンなどにそれに類するモノはないか
 と言うことを調べるくらいだね…パソコンで作ったと思われる遺書があった事と
 横領も容疑があるけど、それに関しての記述も遺書にあって…
 会社のロッカーなどから発見されたから…」

「ちょっと鑑識回してくれ、大がかりでなくてイイから、お願いだから寄越してくれ」

弥生の願いに担当者は渋る、もう、終わったことなのだし…と。
新橋は面倒くさいヤツだったが、こう言うときに彼が担当という真価が発揮された。

そういうコトでは警察は信用を失ってしまう、彼女が折角何かに気付き
小規模でもイイから調べて欲しいことがあるというならそれを聞くくらいすべきである

彼が青臭い演説を始め、ウンザリした担当者は、それを承諾し、鑑識を一人回して
弥生達は再び現場…彼女の部屋に向かった。

車中、弥生は堪えきれず笑いをこぼし、

「見直したよ、面倒くさいヤツって思ってたけど、アンタのその熱い刑事魂、嫌いじゃないぜ」

「面倒くさいヤツって良く言われるよ、でもそれが僕の性分なんだ」

「熱い刑事魂は嫌いじゃない」と評されたことでバツの悪そうに新橋は言った。



「ご推察の通り、年単位「以前」に動かした跡がありますね…」

鑑識官は家具の幾つかが2〜4cmほど動かされた跡を埃の痕跡などから示した。

「そう言う目で見ますと…一度数十センチ…この辺りまでずらしたようです、
 フロアのつや出しに僅かな引きずり跡も確認出来ます、時期の特定が
 出来ない事が難点ですが、確かに何者かが、この写真の撮られた後に
 この辺りの家具のみ一度大きくずらしています、その割には
 配置は換わっておりませんので、模様替えなどは考えにくいですな、まるで…」

それに新橋が

「まるで何かスキマか奥に入り込んだモノを無理に探したような…
 この写真の女性のチカラでそんな事やったとは思えない…男性のチカラか…」

それに対して鑑識も

「断定は出来ません、しかし、そうですな、結構豪快に動かしたようですから
 可能性は否定できません」

そこへ弥生が

「あの人は当時カレシ↑が居た」

新橋がそれに

「ああ…同じ会社に勤めていたようだね…何でも彼の強い推薦で…とのことだった
 と捜査資料にはあったな、まぁどうでもいいことなんだろうけど…ふむ…
 君(鑑識)、ちょっと手を貸してくれないか」

意図は直ぐわかる、もう一度これを動かしてみようと言う事である。

「アタシも手伝うよ」

「君は、女の子だろう」

「ナメんなよ、アンタよりは強い自信あるぜ」

「…そうかい、確かに運動量の適切な引き締まった筋肉をしているようだが…」

弥生はもう何も言わず綿手をはめて家具を移動する、確かに力持ちだ。
呆気にとられたが、新橋と鑑識も続いて家具を動かし出した。
そのうち、壁際のスキマから何かの部品と思われる幾つかのプラスチック片が出てきた。

「…ナンの部品の欠片だろう…?」

新橋と弥生が頭を悩ませていると、その欠片の幾つかは更に組み上げることが出来るらしく
鑑識さんがそれをヒョヒョイとチョイスし、仮止めテープで復元して行くと

「カセットレコーダーのスイッチの一部ですな、この赤丸からして録音ボタンと思われます
 ついでに言えば、家具と壁のスキマの幅から考えますと、普通サイズのカセットテープではなく
 マイクロテープのレコーダーと思われます、上手くすれば機種も特定出来るかも知れません」

弥生が感嘆する

「すげぇな、流石鑑識、博識でもある」

「お褒め戴き感激であります、わたくし、天職だと思っております」

「マイクロカセットレコーダーか…ひょっとして彼女は会話を録音していて気付かれ
 レコーダーを投げて判らないようにしたが、それが元か殺され、
 そしてレコーダーは探し当てられた…」

新橋の推理に鑑識が

「しかしその場合、すでに証拠は隠滅されたことになります、
 家具には不自然に一部指紋を拭き取った跡がありますが、壁や床までは気が回らなかった
 ようですな、男の指紋…おっとこれは指の大きさでの類推なのですが…が出てきます
 当時念のため採らせて貰ったカレシ↑とやらの指紋と一致するかも知れません」

「追及はかなり難しいが、再捜査は可能かも知れないな…」

と新橋が言った頃、弥生が何かに気付いた。

「…あ…! ひょっとして…!」

弥生が部屋を飛び出した、ビックリして残る二人も追いかけると、弥生は
階段下、配電盤などの箱物とそれを囲う柵のある一点に走り立ち止まり、
左手指先を口元に寄せ何かを呟いた。
その時、彼女の指先がほんのり光ったのを新橋は確認した、
新橋は科学では解明しきれない何かがそこにあることだけは完全に理解した。

今までずっと静観していた婆さんが焦る

『弥生! おやめ! さっきも言ったじゃろ! 危険じゃ!』

無視して弥生は未奈美の霊の肩を掴み、弥生の方を向かせ言った。
この時、無理矢理凶霊(悪霊と違いターゲット特定の霊を本作ではこう評する)に
障ることでお互いのチカラの干渉が起るのだが、弥生はそれに打ち勝つことも出来るだろうに、
敢えて自らがダメージを被るカタチで彼女を自分に向かせ、言った。

『お姉さん、アナタ持ってるね? アイツを破滅させる一手を、持っている!
 お姉さん、それをアタシに託してくれ、綺麗事じゃあねぇ、アタシは
 生きた人間としてアイツに社会的制裁を食らわし潰してやるよ!
 そっから先はお姉さんに任せる、アタシは敢えてそれを見ないことにする
 約束するよ、お姉さんの恨みをアタシにも背負わせてくれ!
 そして晴らさせてくれ! 生きた人間だから出来る制裁を、食らわさせてくれ!』

男は証拠隠滅を計るだろう事は判っていた、だからこそ彼女はそれを必死に
守る目的もあって凶霊化していた面もある。
未奈美の静かに狂気をはらんだ目に、少し「真っ当な」光が戻ったのが婆さんに判る

『ホント…? アイツを…懲らしめてくれる? 社会的にも追い詰めてくれるの?』

『ああ、約束する、アタシはナンだってやる、綺麗事のためじゃねぇ、アナタのためだ!』

『…判った、君に託すね、これ…私警察にも渡さなかった…
 いつか彼がこの辺りを通ったときに捕まえて大音量で中身を読み上げる積もりだったんだ』

彼女が立ち上がる、その膝下に、土で半分埋もれたそれは…
マイクロカセットテープである。

弥生はそれを取りだした。

鑑識さんが驚く

「ええっ、まさか…当時確かに見聞したんですよ !? 見落としなんて…!」

弥生はそれに

「さぁ…当時のこの辺の砂利や石か何かに上手く紛れちゃってたんじゃないかな」

「…そ…そうでしょうか…そう言って戴けると幾分慰められますが…」

新橋が

「六年の劣化を考慮して慎重に中身を確かめる必要がある、そしてもしそれが
 自殺でなく殺人を示す内容のモノであれば、再捜査は余儀ないモノとなります
 先ずは鑑識です、イイですね」

弥生がそれに

「いいけど…追及はアタシにやらせてくれ…」

「は…? 君にそんな権限は…」

と正論ブチ吐く新橋が言葉を飲んだ、
弥生の犯人に対する凄まじい怒りの表情とその気に気圧された。



後日、とある企業の応接スペース(事務所とは区切りのみの隔て)
追及の場に弥生が居て弥生が追及するのまでは余りの迫力に渋々承諾した新橋だが
捜査権を持つ刑事として同席した。
男は六年も経てばかなり記憶も薄れ余裕なのか

「イキナリなんですか…当時捜査協力もしましたよね…?」

弥生はあれだけ怒りを滲ませていたのに、いざ本番にはかなり冷静であった。
感情のコントロールに波やムラがあるモノの、それを調整する心を持っていたようだった。

「…六年…七回忌…アンタ呼ばれてたけど欠席だってな…薄情なモンだな」

「口の悪い子だな…、僕はもう結婚してるんだ、過去のことだよ…痛ましいけどね」

弥生は鼻で笑った

「フン…痛ましい…ホントにそう思ってるのかね…痛むとしたら、
 「まさかしてると思わなかった」ヤバい会話の録音をし、それに気付いたアンタが
 奪おうとして彼女が家具裏に投げ込んだレコーダー本体だけは処分できたが
 中身がどーしても見付からないことに関して…じゃあないのか?」

男の顔色が変わった…ふん、ここまでか、と新橋は思い

「マイクロテープが発見され、その中身も解析できた…
 実はもう、捜査令状も取ってるんだ、僕はスマートに再捜査と行きたかったんだが、
 彼女がね」

「馬鹿な! アイツの体や家中全部探したのに!」

男の叫びに弥生は立ち上がり右手に持った「修復された音源」の入ったICレコーダーを
音量最大にして再生した。
社内にそれは響き渡る、
不正をし使い込みをした男は帳簿を誤魔化すよう未奈美に言い寄り、断られる、
その為にお前をこの会社の経理に入れてやったのに、等々…
最後の方は何か争う音声のみ、

男は叫んで止めさせようとしたが、弥生は大の男の揺さぶりや暴力にびくともせず
全てを再生しきった。

名誉棄損で訴え返される覚悟あっての行動だ、火消し係としての初の仕事は、
それに対して働きかけ弥生を守ること、であった。

まぁ、再生を止めさせようと弥生を殴ったりかなり乱暴に手を引っ張ったり押したり
したのだから、尻ぬぐいをするのに大した労力は要らないだろうが。



同日夕方、自殺改め「事件現場」に弥生と新橋、そして新橋には見えないが婆さんが居た。

弥生はICレコーダーの音量を小さくほぼ誰にも聞こえないようにそれを再生しながら
普通の言葉と霊語りとの両方で喋った。

「『ただ再捜査するってだけじゃアナタの気は晴れないよな、
 だから…コイツを社内で大音量再生してやったぜ…
 アイツを大勢の前で破滅させたやったよ…再捜査は勿論行われる、
 今後不審な点は幾つも発見されると思う…アイツは色んな意味で終りさ…』」

新橋としては、事情はわからないが「そこ」にいて要するに自分にも判るように
弥生はそう喋ってくれたのだと言う気遣いが判ったので

「…彼は十条君を名誉棄損で訴えるかも知れない、でも、それから僕は君を守る
 その為の新設部署…その為の僕だ」

「アリガトな、新橋、面倒なことやらせて」

そこは普通に喋って、そしてそこからは霊会話だった、
新橋にとっては故人を悼んでいるようにしか見えない光景だった。

『ゴメンな、アンタ自らがアイツを地獄に落としてやりたかったろうけど
 アイツアンタを捨ててさっさと結婚してやがった、この辺に来るかも
 判らなかったんで、「皆の前で罪を曝き恥をかかせる」までやっちまったけど、
 許してくれ、アンタの怒りの残りはアタシが受け止める』

婆さんは魂消た、そんな事をすれば…まぁ弥生くらいの器のある祓い人なら
命は持つだろうが、ただでは済まない、そんな覚悟までして、これをやったか…

未奈美の体が光り出す、昇華成仏が始まったのだ、
その昇華成仏の光は新橋にも見えた、「なるほど、これが祓いの昇華成仏か…」と思った。

『ううん…もういいよ…私の方こそゴメンね…いつも私をみてくれていた近所の可愛い女の子
 そんな子にこんな事させちゃって…ゴメンね…もういい…私…もういいよ…』

『…お別れだ…アナタは輪廻の大きな輪の中に戻る…「魂のるつぼ」でこの世の
 全てを真っ新にして、まるで古鉄を鋳溶かして真っ新な鉄にするように、
 アナタは生まれ変わるんだ…そして…今度こそ幸福になって欲しい…』

『有り難う…私あの日彼が来る前家族に…電話したんだよ、アナタから元気を貰ったって
 いつも見ていてくれて有り難う、だから私頑張れた、悪い事に屈しないで、それで
 …物凄く暗く死んじゃってこんなになっちゃったけど…
 それをまた君が救ってくれたんだね…有り難う…』

『違う…それは全てアナタの持つ前向きな心のチカラの転嫁だ、
 アタシはそれを受け取って反射してたに過ぎない、アナタは、眩しい人だ、今でも』

彼女の体は完全に昇華モード、何の悔いもなくスッキリ逝けると言うことだ。

『私はそれはアナタの心のチカラだと思うんだ、元気出してアナタは凄い人だよ
 こんな…ただ道ですれ違ったりするだけの私にこんな事までしてくれて…』

『それは…』

弥生がうつむき、その声が震えた。
かつて告白で大失敗してグレた経緯があるだけに、これは彼女にとって勇気の要る行為だった。
弥生は意を決し顔を上げ、それを大きな霊会話で伝えた。

『アナタは…アタシの初恋の人なんだ…!
 あたし…ガチレズなんだよ…気持ち悪いだろうけど…好きなアナタが
 打ちひしがれてそこにずーっと居るのがずっと辛かった、何とかしたかった
 だってそれは…アナタがアタシの初恋の人だから…!』

未奈美の霊は微笑み、言った。

『うん…確かに生きてるときに告白されても、困っちゃっただろうね…
 でもね…その気持ちだけは、有り難う…私、最後の最後に暖かくなれた
 有り難う、私を見てて、好きになってくれて、有り難う…』

未奈美の霊が弥生に口づけた、未奈美の恨みなど暗い心から昇華された「チカラ」が
弥生に引き継がれたのが婆さんには判った、婆さんが感嘆の表情を浮かべて見守る。
二人は抱き合うようにして、実際には何も触れてないその抱擁とキスを少し
したあと、未奈美は完全に昇華した。



弥生は声こそあげなかったが泣いていて、一言呟いた

「祓い完了…」



初恋を昇華させた弥生は更に険が取れて、ますます輝いた。
「若い年頃のノイズ」ももう気にならなくなっていた、全てコントロール出来る
この頃には弥生は自分なりに研究して詞(ことば)をアレンジしたりもしていた。
着実に、中級から上級への階段を上っていた。

その充実した精神、肉体、それはもうそれだけで何を行使せずとも回りにプラスをもたらした。

伝説のスケバン(死語)の権威や威光は消えなかったが(ちなみに現在でも同年代では消えてない)
もうすっかり「ちょっと言葉遣いが悪いだけ」の素行も何も良好な人物になっていた。
ガチレズってだけでw
そして自分がレズビアンであることも全く隠すこともなくなっていたし、
それによって引くも引かずもその人次第と完全にその辺りもコントロールできるようになっていた、
初恋が「最期の瞬間半分だけ」とはいえ成就したのだ、もう弥生に怖い物など何もなかった。

阿美との関係も良好であった、ついぞ「恋人」にまではならなかったが、
二人にとっての「イイ距離感」が定められ、お互いに多少の感化をし合う中に。



そんな二年の三月…あれから一年という頃である。
この頃には道警からの依頼、噂を聞いた近所の依頼なんかも聞くようになっていて
ソツなくこなしていたことから婆さんからも『もう上級じゃな、最上級までは険しいがな』
と言わせるほどにまでなっていた。

『ただ、お前さん、感情のコントロールがたまに下手というか読みが甘い部分がある
 一気に感情が爆発するようなコトだけは避けるんじゃぞ』

『そーだな…初恋の成就の時は証拠見つけたアイツ追及前は結構ヤバかったけど、
 時間あったから冷静に戻れただけだったし…気を付けるよ』

『そうじゃぞ、我を忘れることほど怖いことはない…』

この頃になると弥生は若いキモチのスパークがランダム方角にならないように学校全体に
祓いの力を及ばせ流れをコントロールしていたので、
地味にそうなると学校も荒れず、大きな問題も起きず、学校としてもいいことだった
そしてそうやって整理された中になると、婆さんも教室の窓縁にいた。
「煩くない」というわけである。

学校の暖房の強さと外の気温の意外な高さが教室内に「ちょっと暑いな」をもたらしてて
窓を少し開けていたのだが、それにめり込むようにして婆さんはまた
涅槃図を気取っていた。

弥生は婆さんと霊会話しつつも真面目に授業を受けていた。
ちなみにこの学校は一年から二年でクラス替えがあり、阿美が同じクラスになっていて
それが弥生の魅力を引き出す要因の一つにもなっていた事は特筆すべきコトだろう。
そのくらい、「同好の士」が居て、それが阿美であると言うことは大きかった。

阿美も弥生も成績は悪くなかったので同じ高校・大学に行こうという約束をしていた。
超一流校などではないが、手堅く、さりとて自分たちの実力でも「背伸びナシで」
行けるところ、と言うのを二人でリサーチしていた。
弥生は別に学校がバラバラになっても二人の間は変わらないと言っていたのだが。
「甘えたがりで甘やかしたがり」な阿美は「甘やかしたがりで密かに甘えたがり」な
弥生以上に波長の合う人を見つけることは多分かなり困難と見なしていて、
離れたくなかった、そこがまた弥生的には「カワイイ奴だな」となるのだが。

そんな穏やかな気温の穏やかに晴れた日のことである。

『む…ッ!』

婆さんが何かに引っ張られるような感じを味わい、その流れは弥生も感じた。

『い…イカンこのままでは…何のチカラもないむき身の魂では…引きずられる…!』

弥生は左手指先に祓いの詞を込めて自らの左肩に触れ

『婆さん! アタシの左肩に捕まりな! 何だこれ…!』

婆さんが何とか引き寄せられるチカラに抗って弥生の左肩に捕まり、耐える

『これは…大物じゃぞ…理由や切っ掛けなど判らん、ただ「ソイツ」は
 雪だるまの核になって札幌中の「捕まるモノのない」霊を吸い寄せようとして居る』

『豊平区羊ヶ丘…そこ中心だから北広島とか恵庭・千歳とかも含むな…
 そんなにでかくなって何する気だ…?』

『判らん…判らんが…そんなでかい霊の塊を操ろうとするヤツの目的が
 見えんコトには…! くぅ、結構な吸引力じゃぞこれは!』

弥生は立ち上がり、「どうした」と声を掛ける教師に

「済みません、物凄く立て込みそうなコトが起ったみたいなんで、早退します」

と言って窓際までつかつか歩き窓をがらっと開けて、教室移動して授業をしていたので
二年生だがそれは三階で行われていた、弥生はそこから飛び降りつつ、
祓いの詞で肉体強化ロングタイム版(弥生アレンジ)をかけ、十数メートルほどを
一気に跳んで教室から去っていった。
クラスがざわめき、窓際に。

真っ先に窓際に駆け寄った阿美は叫んだ。

「弥生!」

チョット悲痛さも感じるその叫びに何が起きるかは判らないけど
何か大変な事が起ろうとしているような予感を揺り起こされたクラスメート。
阿美は続けて

「ぱんつ見えてるよ!」

クラスが激しくずっこけた(死語)
「そっちかよ!」というツッコミも聞こえた。



弥生の体に触れた婆さんは弥生越しに普通に会話が出来た、弥生がこぼす。

「やっべぇ…そういやそうだわ、ジャージ取りに戻るのもなんだしなぁ」

「うむ、まぁ、若い娘がはしたないなんてのは、この際じゃ…
 じゃが弥生、武器は持った方がいい!
 家に行け! 父の奥の間の方にあるじゃろ!」

「ある…! って言うか良く知ってるな、それ、外からじゃ見えないぜ?
 霊がその場所の所有者・使用者の許可無しにそこへ入る事は出来ないはずだ」

「気にするな、とにかく武器に祓いの力を載せ威力を増す…そうでもないと
 もし祓うにしても祓いきれんぞ…!」

「そうだな…親父には叱られるだろーが、しょうがねー…」

丁度それほど寄り道にならないルートで家に戻れたので急いで戻って来つつ

「弥生さん! 学校は!?」

母が気付き弥生を追ってきて問うた。

「悪い、詳しいことはまだ判らないけど、かなりヤバいのが羊ヶ丘に育ちつつある
 …それで…」

弥生は奥の間に飾られた日本刀を手に取り

「これ、借りてく、父さんに言っといて、後でぶっ飛ばされてもしょうがないけど
 今はこれが必要なんだ!」

「え…そんな、弥生さん!」

母の声も届かず、弥生は速攻人間離れした運動力で去って、なる程確かに
羊ヶ丘の方に去って行く…
母は心配を重ねたが、振り返った奥の間の柱にこんな文字が刻まれていた

『アタシが許す 持ってた奴』

母は、何が何だか判らなかったが何か情報が繋がった予感があり、
父に連絡する前に道警警備部新橋に連絡を付けた、羊ヶ丘で何か大きな祓いがあるらしい、と。


第三幕  閉


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