L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:FOUR

第四幕


札幌市豊平区羊ヶ丘…現在は札幌ドームなどがあり、クラーク像のある見晴らしの良い
高台の地形である。
(札幌ドームの完成は2001年、このお話の舞台に含まれる年代だが
 ひょっとしたらまだ出来てない頃の出来事かも知れないのでモヤモヤさせておく)
そこに標高は300メートル弱と低いが焼山と言う山もあるため、方角如何では
春突入とはいえ、まだまだ雪が白くそこそこ厚く残っていた、
その正に雪の残っている、余り施設やら何やらが無い事だけが救いの場所にソイツはいた。

弥生はそこへ物凄い跳躍力とバネとスピードで向かいながら

「婆さん! どっかの神社の御神木にでも捕まった方がいいんじゃあないのか?
 あたしがこれから行くのはアンタにとっては負担がきついぜ !?」

「いや、スマン、お前が負担でなければ連れて行っておくれ、
 何か助言できるかも知れないし…それに…」

「それに、どうした?」

「思いもよらん…まだまだ早いと思うたが今他にアレに対抗できるモノは北海道に居るまい
 弥生、あれが祓えたら、お前はもう最上級じゃぞ、磨く余地はまだまだそれでもあるが
 もう単純に祓いの力という点では到達点に達すると言っていい!」

「…そうか…死なないように死ぬ気で頑張らなくちゃな…!」

弥生は不敵に微笑んだ、一年、たった一年でここまで成長した弥生。
しかし一年とは言え、10cm近く身長は伸び、体つきは大人っぽくなりつつ
ますます基本はシャープにすらっとしたアスリート系肉体美だった。
乳もこの辺りにはかなり目立つようになっていたがw

さておきこれから訪れる泥仕合に冗談というか、余裕など無いはずなのにそれを見せてみた
本当に強くなった、精神的にも祓いの力も、詞ももう全部教えた、弥生が改造したり
自作するほどに拡張も始めた、間違いなく、弥生は単純に北海道で祓いを担当できる
だけではない、全国を含む祓い人の中でもかなりいい線に今でも居るだろう、
それでももっと上を目指せるはずと婆さんは弥生をしごいた、
その成果が試されるときだ、これは婆さんから弥生への卒業試験だった。
弥生にもそれが理解してとれた。

ソイツはまだキロ単位離れていても判るほど巨大な霊の集合体になりつつあり、
かなり抽象的な人のカタチをしていた。
ソイツの目的は不明だが、例えどんな目的があろうと問答無用で他人の魂を吸収
合体して強く大きくなろうなんてのは霊の世界ではかなりの禁じ手だ(婆さん談)

弥生は覚悟を決めた。
高確率で戦いに持ち込まれただでは済まない事、せっかくここまで来て充実してたけど
ひょっとしたらそれも…という覚悟だ。



そして対峙する。

でかい、200mはあるそれはまだ周辺から霊を集めて巨大化しようとしているようだが
流石に体積もでかくなる以上、目に見える大きさはもう余り変わらない。

ここまで来た集合霊体とその核…というかその核が本体になるが、
こういう全方位で強力な力を発揮する霊は大体普通に会話も出来たので、
弥生は少しでも祓いの負荷を減らすため、敢えて普通に叫んだ。

「おい! 一応聞いて置くぞ、目的は何だ!」

その抽象人…埴輪をもっと単純化させたような奴は弥生を一瞥し、無視しようとした。

「…無視かよ…ってことは、強制的に祓われても文句は言えねぇって事でいいな?
 お前の「それ」は危なすぎる!」

鞘から日本刀を抜き、祓いの力を込め、それを一閃するごとにしていたのでは
効率が悪いため、一閃後チャージされる形式を取った。
これの弱点は、自分の祓いの精神力の目減りが最期の方には顕著になる事である。

弥生の肩に「玉」の要領で邪魔にならないよう憑いている婆さんは
この状態なので直接弥生に語り掛ける

「…気をおつけ…そして気を抜くでないよ…!」

弥生はそれに応えなかったが、弥生がここで別な詞を二つ使った、
肉体強化・短時間強力版と、祓いのチャージ量倍増である。

「一気にゆくつもりか…果たして…」

婆さんの呟きと共に弥生の強烈なジャンプと、下から上へ斬り上げる祓いの乗った刀の刃が
巨大なソイツの左足から左肩まで一気に切り裂き、上に登った頂点でチャージ倍増を
もう一度使い、落ちる勢いで左腕から、左足部分を最初とは違う角度に袈裟懸けで
切り裂き、切られた部分とその周囲幾らかを構成する霊達が強制的に祓われて昇華して行く

「ソイツ」にしてみれば意外なほど強力な一撃だっただろう、体の左三分の一が
一気に祓われてしまったのだ。
バランスを崩す「ソイツ」は体を組み直さなければならない、200メートル以上あったそれは
縮小せざるを得ない状況だ。

「邪魔ヲスルナ! オレハ…人ノ世ガアル限リソノ力ヲ行使スルタメ
 霊ヲ吸収シテ大キクナッテカラソレヲ消化シテこんぱくとニナリ
 実体化ヲ得ネバナラン! オ前ゴトキ構ッテイル暇ハナイ!」

周囲にその声が響く、着地した弥生は、既に疲労の色が見え始めていた。

「訳分かんないし…コンパクトに強力な実体化した霊になって
 何の力を行使したいってさ」

弥生の全ての「半分くらい」を掛けた一撃だった、それで1/3…分が悪い
婆さんは思ったが、しょうがない、今は見守るしかない、と思い黙って居た。

「永遠ガ欲シイノダ! 人ノ世ノ終リマデ、ソノスベテヲ見届ケタイ
 ソシテソレヲ可能ニスルタメニハ人ノ世ニ直接行使デキル力ヲ
 持タネバナラヌ、ソウ、オ前ノ祓イノ力ノヨウナ!」

呼吸を整えつつ弥生が

「…なる程アンタはあたしら人間のようでアリながらその逆の存在に
 なろうって訳だ…良く分かんないけどさ…人間界で好き放題する為の
 チカラが欲しいって、要するにそういう事でしょ?」

もう一度同じ攻撃を、今度は奴の右側に敢行し、頂点から袈裟懸けで
下るときにソイツの膝の強烈な一撃でアッパーを食らった。

弥生の体の何カ所も一気に骨が折れただろう、血も吐く。

「イカン! 弥生ッ!」

ちょっと木の多い所に彼女は落ちた。
かなりの重症だ、既にもう戦えるかも怪しい。

「早すぎるぞ弥生!」

弥生はそこへ祓いの詞を両手指先に貯めてその手を握った。
折れた骨が治って行くのが婆さんの玉(魂)に伝わる。

「…あの無茶苦茶な自傷修行も一応は役に立ったか!」

婆さんは呆れたが感心もした、ここは自然の中、判りやすい「サイクルの中」
そういう事もあり、祓いの力の回復は町中よりは早い。
そして「抽象ハニワ(仮名)」は、阻止したとは言え上昇二斬、下降一斬の強力な攻撃に
体を作り直さなくてはならず、それに苛立ち、手間取っていた。

なるほど、とりあえず相手もただで済まないようにして、自分がダメージを負っても
回復する手段もなるべく確保しておき、時間を掛けてでも戦い抜く、と言う事だ。

相手が幾ら周辺の霊を吸い寄せると言っても、限りがあろう、いや、もし無かったとしても
それは地球の範囲が限度のハズだ
「回復さえ何とか追いつけば、いつかは倒せる」
超無謀にして何という泥仕合…婆さんは弥生の覚悟とど根性に呆れつつ
「それなら…いけるやもしれん…」とも思った。
このすがるモノのないいわゆる浮遊霊を吸うやり方は、例えば先の
「古い都に彷徨う無念霊」のような極限まで単純化された強力な「ある意味で」頑固な霊は
吸い取れない、そして吸い取って体にしてしまえばもうその個性は発揮されない
「抽象ハニワ(仮名)」の細胞になるのである、チカラの大小は全て核である彼に集約される。

しかし、といって体に意味は無いわけでもなく、コンパクト化する前なら、
その体を切り裂く事で吸収した魂のチカラの解放も出来る。
とにかく、コンパクト化をさせるのがこの場合一番不味い!

ある程度立ち上がれるようになった弥生は少し狂気すら感じるニヤリ顔で
次なる一打、今度は往復ではなく一閃一過、相手の低い位置を攻めようという
作戦のようである、

しかしそれも二度三度繰り返せば読まれて、一閃しようというダッシュの勢いそのままで
殴り返され、また全身の骨バキボキに折れて血を吐きながら吹き飛ばされ、また
相手が建て直す隙に自然の中で怪我の治療と祓いの力の回復をするというわけだ。

余り大きく泣き別れをさせても、矢張り祓いの範囲が別れさせた全てに及ぶとは行かない
弥生はそのギリギリを見極めているようでもあった、
再構成に使えないようにそぎ落として行く、その感覚をだ。

「お前は馬鹿じゃよ、弥生、じゃが最高の大馬鹿者じゃ」

あきれ果てつつも賛辞を贈った、こんな無茶でギリギリで何もかもを削るが
なる程いつかは勝てるかも知れない方法を、迷いもなく繰り広げるなんて。

弥生が笑いながら起き上がる。

「はは…有り難う…、さて…あんまり休んでも居られない…次行ってみよう!」

微妙に回復が追いついてない気がするが…この非常事態に弥生の大きな祓いの器に
何だかなみなみとその力が湧いてきているような感じもある、
今まで判りやすく言えば二リットルの器に修行で一リットルの祓いの力が基本注がれていた、
とするならいまそれを「良く見たら一・五リットルだったから五百ミリリットル注ぐね」
と言う感じに再計量して新たな力が湧いてきている感じ…そう、そこが最上位になってからも
伸びる「余地」と言う奴なのだが…
弥生はもうその領域にまで足を踏み入れたか、いや、そうでもなければこ奴は倒せん
結構なピンチというか相手が連続攻撃、或いは何をしても先ず追い打ち、という
攻撃をするとかなりヤバいのだが、そんな状況でも何となく、婆さんにも笑みが浮かんだ。

抽象ハニワ(仮名)は数十メートルまで小さくなっていた。
…が、弥生もそれに合わせ着実に疲れたり怪我の治療などで余力の多くを使っていた。
戦い始めたのが昼前、もう日も暮れ始めて昼下がり、数時間は闘ってた。

「テメェ!!! オレノ邪魔スンナ!!!」

「アンタ…大分余裕無くなってきてるよね…もうちょっとかな…ははっ」

体も当初から見るとだいぶん小さくなり精神的余裕のなくなった彼に、
体的にどう考えても限界が近い弥生、正に泥仕合。

弥生が何とか貯めた祓いの一閃力をまた何とか振るった時であった、
体勢を崩しつつ、抽象ハニワ(仮名)は弥生に渾身の一撃を与えた。
「これ以上体を削られるのは避けなければならない」本気の一打
であった。
もう何度繰り返されたか吹き飛ぶ弥生、いつもならそこで間があるのだが、
ヤツは「もうこれ以上は…建て直すより先にコイツを潰さなければ」
と言う方向に変えたようだ、婆さんの恐れた「追撃」である
死ぬのは免れても、そうなるとしばらく再起不能になる!

「やっべ…あたしもここまでか…、婆さん、済まない…」

まぁ、やるだけはやったし、ヤツもこれで「流石にこれはヤバい」と
聞きつけた本州からの増援組があったら、それに倒されるだろう、
ただ、最終試験、やっぱ一年じゃあ無茶だったかなぁと「治療の祓い」はしつつ
迫り来る拳を冷静に見つめていたその時だ。

自分の肩から婆さんが飛び出し、ソイツの拳に当たると
婆さんも弾け飛んだが、ソイツの腕も弾け飛んだ!

「婆さんッッ !!!!!!!!」

弥生の叫び、その瞬間、弥生の記憶が一瞬飛んだ。



弥生に記憶が戻ったとき、弥生は「抽象ハニワ(仮名)」の核…詰まりソイツそのものを
腕で掴み、昇華ではなく、消滅させ掛けているときだった。

『やり過ぎじゃ! やり過ぎじゃよ! 弥生! だから言ったじゃろ! 我を忘れるなと!』

弥生が辺りを見回すと、森も芝もまだまだ厚く積もっていた雪も全て丸々百メートル四方くらい
吹き飛んでいた。

記憶が甦ってくる、そうだ、「これ」をやったのは自分だ。



時間を少し戻す、

大恩ある師匠を粉々にされて弥生は激高し、我を忘れた。

祓いの二リットルの器の祓いの力をジャンジャン使いつつジャンジャン注がれる感じ。
無茶苦茶な怒りのパワーが発露し、山肌の一部を「ソイツのボディごと吹き飛ばした」
と言うわけである

そして「敢えて残した」核だけを手づかみし、婆さんを「殺した」報復というわけである。



「婆さん…あれ…?」

『ああ、ソイツは消滅させてイイよ、ソイツは放置しちゃ行けない、
 輪廻の和に戻しちゃ行けない「異端」だ』

命乞いやら何やら一生懸命喚いていたが弥生は無視してソイツを消滅させた。

「一体どー言う事だよ…??? アレは一体何だったんだ?」

『タネを明かすよ…よくお聞き、アタシの悔いは「後継者を見つけ育てられなかったコト」
 だったんじゃよ、忘れてなんか居らん、ワシが死んだら次がない…
 案の定北海道はしばらくでかい霊が来たら対処出来ん有様じゃった
 逝くに逝けん、そうじゃろ?』

「あんた…あたしの大先輩だったのか…!」

『うむ…祓いの力で育てるべき次を待って待って百年持ちこたえた、
 最後の祓いの力でヤツの拳を祓ったってコトじゃな、それをお前が
 アタシがやられたと勘違いしたんじゃよ』

弥生はずっと「食えない婆さん」だと思っていたが、ここまで食えないヤツだったとはと
愕然と婆さんを見た。

『なかなか完璧に「ただの無縁仏」に装えてあったじゃろ?』

「いや、どー見ても経験者か祓いの近くに居た人だってのは丸わかりだった
 でもまさか今の今までチカラを隠し持ってたなんて、そこまでは見抜けなかったよ
 あたしもまだまだだな」

『そうでもない、もうお前は合格でイイよ、お前は良くやったし、アイツほどの
 悪霊なんてそうそう現れるまい、今度はもっとマシな作戦立てておきな』

それに関しては素直に弥生は頭を垂れ

「ああ、全くスマートじゃなかった、その辺もこれから追及する」

婆さんは笑って、そして昇華成仏の状態に入る

『よし…思い残す事はもうない、これで逝けるよ…やっとじゃ、ながかったのぅ〜
 弥生、これだけは言っておく、我を忘れるほどの怒りを抱かぬよう、
 お前はもっと心を磨く必要がある、あれだけはやっちゃイカン
 目立ち過ぎるし、お前のチカラも無茶に溢れてお前自身が壊れ兼ねん
 よいか…? お前は、我を忘れるほど怒ってはならん…』

弥生は神妙に

「ああ…肝に銘じるよ…婆さん、最後に教えてくれ、アナタの名前を…」

昇華して行く婆さんはにやっと笑って

『十条弥生…』

「うん? あたしがどうした?」

『違うよ…アタシもアンタと同じ名前だってコトさ…
 アンタは直近で二代目の十条弥生なのさ、ああ、スッキリした。
 婆さんの振りも、もうこれで終り、じゃあね』

実は婆さんですらなかった…! なんて女狐!
…いや、ということはかなり若くして死んだと言う事でもある…逆に弥生の胸は詰まった。
婆さんの姿が、「祓いのチカラをベースとしたカモフラージュを解き」本来の姿に戻る。
…それは矢張り多少遠いが血縁だけあって、自分に似た、三十代くらいの女盛りであった。

『若くして死ぬのは怖いかい? そりゃ、そーだよね、でもね…次さえ育てておけば
 それでいいのさ、そう言うモンだろ?
 アンタは、それを忘れないで、生きてるウチに、次を見つけて育てておきなよ?
 別に一族の中でなくていい、才能は、磨くべき才能は突然ぽっと生まれる事もある』

「ああ…判った…有り難う、先代」

『頑張れよ、二代目』

かなりスッキリ、お互い微笑み合い、初代十条弥生は昇華した

「…祓い完了…かな、これも」



少し時間を戻す、弥生怒りの爆発の直後まで戻る
少し距離を置いて弥生が闘っている相手そのものは見えないが、
弥生の一撃で祓われ昇華する部分は見えるし、そして相手の攻撃に
吹き飛ばされる弥生などから、相手の規模や威力を冷静に推計していた男が
車の中から双眼鏡で様子を見つつ、ノートに記録していた。

道警・警備課火消し係(仮名)の男、新橋有楽である。

弥生の発する光だけは、先の実例のように見える、
強烈なフラッシュと共に周囲100mを一瞬にして「無」に吹き飛ばしたそれを見て
新橋は少し眉をしかめた

「これを火消しですか? 困ったモノですね…まぁ試験場や区は変わりますが
 自衛隊などもありますから多少の泥は被って貰いましょう」

またしばらく様子を見ると、どうやら何かが昇華成仏の様子である
弥生の様子からそれは敵ではないようだった、

「そろそろ…合流してもいいですかね…」

そんな時、バックミラーに付近の通報があったからだろう、
自転車でえっちらおっちら現地に向かおうとしている「お巡りさん」が来た

新橋は車の窓を開け

「ああ…そこの…おまわりさん!」

丘を幾らか自転車で登ってきた彼は汗だくでヒーハーいいながら止まって
車の窓から警察手帳で身分を示す若い男(とはいえ自分よりは上そう)に
寄って行き、敬礼して

「あ…あの…通報が…ありまして…あの…光と…その後…なーんにもなくなったのを…」

彼が一生懸命説明しようとするのを遮って

「詳しい事はこれから調査しますが、あれは事故です、何の後遺的危険もない
 ただの事故です、そういう事で、付近の住民の方々には説明をお願いします。
 なに、半年も経てば見た目判らないよう草もぼうぼう生えるでしょう」

お巡りさんは「ハァ?」という感じだが、新橋は真面目に

「私がそう言っているのです、「そういうこと」にしてください、
 あと、実際に例えば放射線とか危険な薬品類などの検査をしてもホントに何も出ませんよ
 それだけは確実に言えます、それだけはね」

「はぁ…」

新橋はウン、と頷いて

「では、持ち場にお戻りください…えーと…(名札を見て)階級は?」

「あ、巡査であります」

「では、宜しく、本郷巡査」

愛想無く、新橋の車が発進していった

「ああ…? なんだよ…こちとら何が起ってるのかを正確にだな…
 って判りそうもねぇから、上のお墨付きで「ただの事故」っていうなら楽だけどよ…」

釈然としないながらも「そう」だから「そう」なのだ言われて「そう」としか思えない事態に
若き本郷洋光は元来た道を戻っていった。
彼はこの頃から、この新橋の対応の一件でちょっとヤサグレの道を歩み出した。



初代を見送り、二代目はフッと笑って、何とか足下に残ってた日本刀を拾った。

「やばいやばい…コイツまで吹き飛ばしてたら流石にヤバかったな…
 地震雷火事親父ってね…ええと…鞘は…絶望的かな…こりゃ…」

そこへ、新橋の車がやってきた、弥生の近くの道路(吹き飛びの範囲じゃなかった)まで
来てから、降りてこちらに向かってくる新橋、その際何か見つけて拾った。
刀の鞘のようである。

弥生が苦笑した

「そうか、戦闘開始したのはあの辺だったのか、助かった…」

新橋は弥生の手に日本刀が握られているのを確認し、鞘を渡しながら

「そう言う獲物はなるべく持ち歩かないでください、
 通報されたら結構大変なんですから…と言いたいところでしたが
 今回かなり緊急で大変な祓いだったようで、まぁ、大目に見ます、この有様も」

「ゴメン、新橋、面倒掛ける」

弥生が素直に頭を垂れた。

「なんか、半年くらいの間に、大きく成長しましたね、羨ましい」

弥生は微笑んだ。

「新橋、帰る前に寄っていっていいか?」

「どこへ?」

「によしの」

「もっとイイのおごりますよ…どこに行きます?」

「いや、間食はあたしのカネであたしの食いたい物を食いたい、によしのギョウザがいい
 中学の近くの支店が更にいい」

新橋は呆れつつ、によしのも嫌いではなかったので

「判りましたよ、では会計はそれぞれで、乗ってください」



新橋から渡されたジャージの着替えでボロボロの服を着替えた弥生は、
によしのギョウザでいつものようにギョウザカレー大盛りをがつがつ食べ
新橋にその量とスピードで呆れさせつつその後家に帰り、
新橋と共に刀を持ちだした事情を父に伝えつつ、
明治時代中頃に自分と同じ名の一族があったはずだ、と進言した。
そこへ母がやってきた、十条家の古い資料を探し回り、見つけたらしい

確かに明治時代、まだまだ開拓が始まったばかりのこの札幌をメインの舞台に
活躍した祓い人「十条弥生」が居たようである、この時期まだ職業身分によっては
銃刀の持ち歩きに関して緩かった時代なので(逆を言えば油断ならない時代だったので)
その祓い人、初代弥生は日本刀を愛武器にしていたようだ。

ある日大きな祓いに成功しつつ、その命も燃え尽きたらしいとの事だった。
初代には子供も夫もなく、その刀は十条家で受け継がれた、と言う事だった。

弥生がその名を授かったのは正に三月生まれだったからで、恐らく初代もそうだろう
詰まり全くの偶然なのだが、ある意味それが二人を引き合わせたのかも知れない。
父は法的に弥生の所持が認められるならその刀を弥生に譲るとした、それが正当な
継承者だからだ、と。

後継者を捜し、育てられなかったのが心残り、なるほどその後百年
広域で北海道を預けられるような祓い人が現れなかった、その間ゆっくり初代は
「もうどうしても諦めなければならない魂の寿命」を祓いの力で設定し、
婆さんになっていた、と言う事のようであった、後で弥生なりに調べての結論であるが。

弥生の表情は晴れ晴れしていた。

今まで家で食べるご飯など(ちなみに使用人が作る)義務的なモノだったが、
食後居間でくつろぐようになって
「鉄腕奪取っての見ていいかな? 阿美が…ああ、友達…親友なんだけど
 その子が好きみたいでちょっと話し合わせたいし…」
とか、中学生になってからかなり子供らしい要求をするようになり、
親友が出来た事を父は喜び、ちょっと子供らしい様を見せるようになった事に母は喜んだ。
ちなみに、テレビやラジオと言ったものも幼少の頃「ごちゃごちゃした思考を感じる」と言う事で
自ら殆ど見聞きしなかったが、ここ一年の間に当然それらはきちんと受け止めるべきと流すべきを
整理できるようになっていた、堰を切ったように、そう言った物を見だした。

流石に、その阿美が親友であるほかに愛人…自分がガチレズだってコトまではまだ言えないが。

そして、
この後弥生は裕子を発掘し、中三、高校、大学…
大学生の時には葵を発掘し、育てつつ今に至るのだ。



以上の話を弥生は幾つか掻い摘み簡略化しつつ、しかし大体正直にあやめ・裕子・葵に伝えた。
もう、日は落ちていてた。

「わたくし達の遥か昔に、一人で闘っていたご先祖様がいらっしゃったのですね」

裕子は感動し

「しかも、十条さんと同じ名前、二代目なんて、何か縁(えにし)を感じますねぇ」

あやめも感想を語り、

「そっか…ボク何となく弥生さんが富士さんに凄く優しい理由判っちゃったよ」

と葵が言うと、弥生はちょっとぎくっとしつつ、背を向けタバコの一服を始めた。

「まぁ、どう言う事ですの?」

とこう言うときに空気の読めない裕子が素で葵に聞いて、
あやめは、あっ、と何となく今までの話で思い当たる節があり、顔を赤らめた。

「皆戸未奈美さんって人と富士さんが、何となくその生き方とか
 生きるチカラの向きが似てるからだと思う、つまり初恋の人に…」

とまで葵が言ったときに弥生が咳払いをした
流石にそこから先は、遠慮して欲しそうだった。

初恋の人に外見とかではなく似ているから…あやめはくすぐったかった。
確かにストレートに受け止める度胸はないが、その気持ちは嬉しい。
あやめは、弥生に向かって苦笑しながら言った。

「でも私、カレシ↑居ませんけどねw」



流石に冷えてきたのであやめの病室に戻ると食事時間も
過ぎており、あやめの分はなく、同室の人(一人)はリクライニングルームかなにかで
休憩しているらしく居なかった。

「はぁ〜〜〜〜食べ逃しちゃった…」

あやめがこぼしたら

「じゃあ、今度は四人で食べに行こうよ!」

葵の提案に裕子が喜んで

「いいですわね! 次は「やきそばや」がいいですわ♪」

流石に弥生は

「イヤイヤ裕子、B級チェーンなんて二食続けるモンじゃないって…
 チャートハウス行きましょうよ、アメリカンスタイルの
 気取らないレストランなんてのも貴女、未経験でしょ?」

その提案に先ず葵が

「あー、チャートハウスいいね! あそこのフライパンピラフと
 パフェがっつり行きたいなぁ!」

期待に赤い頬を膨らませた、かわいい。
あやめはその店が大通り沿いにある事だけは知っていた。

「あー私知ってるけど行った事無いですね、興味はあるなぁ
 ハードルは高くなくてむしろお得な感じですよね、ここからもそんな遠くないし」

裕子は

「まぁ、そうなんですの? では折角ですから、そちらにしましょう
 叔母様、「やきそばや」はまたいつかお願い致しますね」

弥生は苦笑しつつ微笑んで

「ええ、約束するわ、じゃあ、食べに行きましょう」

四人は病室をでて、あやめはまた外出許可を取り、
レストランでの会食を楽しんだ、貴重な話も聞けたし、
あやめ以下若い三人は大満足だった。




第四幕  閉  CASE:FOUR完結


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