L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:FOUR point FIVE

「道警:警備課・特殊配備係(通称:火消し係)物語」



富士あやめが怪我で検査を兼ねて数日入院…という事態になった月曜朝、本郷は
弥生が「やらかした」後始末に追われつつ、頭を下げに来た弥生を屋上で叱り飛ばし
あやめからの電話で二人の「かばい合い」を「なんだかなぁ」と思った後、
いつものようにコンビニ弁当をかき込みつつ手早く火消し作業に邁進してたときである。

それなりめかし込んで美人と言えば美人なんだがキツイ感じで本郷が苦手としている
神田秋葉が警備課の特備に割り振られた小部屋を訪れた。
本郷はおののいたが、あからさまに恐れられてるというのを秋葉はまた眉をしかめつつ

「署長からの打診です! 富士さんの代理で数日入りますからね!」

ええっ…本郷はびくびくしながら

「な…なんでおま…君が…?」

その妙にびくびくした態度が癪に障るらしく、秋葉はあからさまにイライラを現わして

「喋りたいように喋ってください! アナタの言葉遣いが酷いのなんて判りきった事ですから!」

とはいえ、自分もこのイライラ癖が悪い癖だと言う事が判ってもいたので眉間に
指を当てて落ち着くようにしながら。

「本郷さんは知らなかったかも知れませんが、ワタシ、弥生の同級生なんです
 中学と大学の…だから彼女が何か稼業を持っていて、それの火消し役が居る
 って事も知ってましたから、それでだと思いますよ」

本郷は結構意外そうに

「アイツが中学生から稼業始めてたのは知ってたが、学校にそれが知れ渡ってたのかよ?」

それって火消しとしてどうなのよ、とも思った本郷。

「詳しい事は明かされませんでしたよ、でも、何か半分公的な仕事があって
 時々早退したり、はたまた遅刻してきたりってコトはありました
 それについては警察の方から学校に詳しい事は兎も角
 「弥生でないと解決できないコト」があって警察としてもやむなく…
 という感じだったみたいです、弥生もワタシ達にはかなりボカした話しか
 しませんでしたし、良くは判らないんですけどね」

「へぇ…初代火消し…今は公安で全国の祓い火消し総まとめ役にまでなってるんだが
 アイツぁイケ好かねぇ野郎だったなぁ…」

「直で会った事あるんですかぁ」

「俺がまだ「お巡りさん」だった頃にな…今回みたいに弥生のヤツ、
 羊ヶ丘の焼山の一部吹き飛ばしやがった…まぁそれでなんだかんだと」

「あれもう下校時間も大分いいトコって感じにイキナリ山肌光ったんですよね
 ニュースでは研究センターの実験事故だけどこう言う事があってもいいように
 山肌でやりましたし、各種検査も正常ですので心配しないでください
 って報道されてましたけど、あれ弥生だったんですか」

「後から総合すると、そーいうことらしいぜ、俺は
 「これは事故ですが問題なし、と言う事で周辺の住民には説明宜しくお願いします」
 ってあのインテリ野郎に冷静に言われて、こちとら羊ヶ丘を
 えっちらおっちら街から現場に自転車で汗だくになって登ってた所だぜ」

秋葉は笑った。
お、普通にこう言うのはウケてくれるか、と本郷は少し安心した。

「それでヤサグレちゃったんですね、警部補は」

「「素質」はあったんだろーが確実に引き金引いたのはヤツだね」

新橋有楽…彼はあの後弥生が高校三年の途中まで「専任火消し係」として活動した。
彼の見えない物を見えないなりに冷静に分析、何とか理解できる範囲から
推察されるその「魔と祓い」の世界を弥生に質問したりして結構
「見えないなりに」正確に把握していた。

その彼の生真面目さが買われ、公安に引き抜かれ、全国の魔と祓いの戦いの
火消し役総合まとめになっている、因みに国土交通省「特殊地域課」とも繋がりがあり
玄蒼市との魔と祓いの調整も担っている。

その後二年ほど道警警備部が臨時で持ち回り担当しながら、
その間に「街のお巡りさん」から「一課の刑事さん」になって
警備課特備の係長になった本郷であった。

「なんで当時一課の本郷さんだったんですかねぇ」

そこでまた面白くなさそうに本郷はしけたツラをして

「…新橋警視正…当時警視殿の推薦だってよ…まぁ一回はその現場近くまで行って
 直にアイツから指示受けて一応その通りにしたから…っつかあんなの
 どうやったって理解の外だからアイツの指示通りにしなきゃどーにもならねぇ
 って感じではあったんだけどな…ま、何となく俺の現場に向かう
 「街のお巡りさん」感があの警視正殿の無表情さでも印象あったんだろうな」

「街のお巡りさんだった頃の警部補の写真とか見たいなァ」

「止せよぉ…あの頃の俺に惚れたって今はこれだぜ?」

結構ユーモアの歯車さえ噛み合えばなかなかいい空気になるモンで、
秋葉は笑いをかみ殺しながら

「そりゃソーですね…さて…ワタシ何しましょう」

「あー…ちょっと外でるぞ、電話で通達したから言う事聞くとは限らねぇからな」

「あ、ハイ…ワタシは」

「俺が午前中にリストアップしたあの辺で事件地域が写る屋外カメラ設置してる所のリストだ。
 今日未明午前三時辺りから一時間くらい立ち会いでそれとなく消してくれ」

そのリストを受け取った秋葉はあからさまに眉間にしわ寄せて

「コンナにあるんですか !? これ今日中に火消し完了しますかね、
 バックアップとか取られちゃったらどーするんですか」

「一日じゃ無理だろ、こっちから「消せ」って指示のあった物を
 訪ねるまで放置してたくらいは咎はねェが、コピーしてあまつさえ
 ネットにアップしてたとかそーなったらちょっとこっちも全力で潰しに掛かりますよ?
 という脅しはしてあるよ、ネットも一応監視はしているし、一応最後は
 「お互いの信頼でお互いの為に無かった事にしましょうね」
 ってのがウチの役目なんだよ、ま、二・三日は覚悟して呉れ」

「はァ…で? 本郷警部補は如何なされますか?」

本郷は思いっきりしけたツラでもう一つのリスト

「あの日あの時間帯にあの辺を通りがかった可能性のある交通機関…タクシーとかの
 車載カメラのチェック、更に月曜未明とは言え動いてたオフィスだって
 あるわけだしよ…そのヘンのチェック…お前の割り振りなんてまだマシだぜ?」

確かに、本郷のそれはタクシーくらいはいいとして一般車とか一般の建物なり
などからの「偶然の目撃→撮影」などのしらみつぶしの捜査と隠滅という
雲を掴むような大変さ。

文句を言おうと思ったがそれなりにちゃんと配分を考えてくれてる本郷に
ちょっと申し訳ないなって顔を秋葉はして(本郷はその表情を、おっ結構可愛い顔するじゃんと思った)

「判りました…警備課特備って大変な仕事なんですね」

それに関しては本郷が「いやいやいや…」と

「この数日が異常だわ、ま、頑張って仕事しようや」

しけたツラなりに秋葉に微笑みかけて本郷達は街に繰り出した。



本郷洋光と十条弥生の出会いは、先に示したが弥生19歳、本郷26歳の頃であった。
「うわッ、何をどーしたらこのスレンダーな体にこんな乳が育つンだよ」
というのが本郷の第一印象であるw

当時の弥生はスーツではなく、普通にスカートで普段着だったり、スーツにしても
ちゃんと女性用の物だったり(今のも女性用だが、それよりもう少し体の丸みなどが判るような)
今よりはもう少しファッショナブルであった。

「アナタが本郷さん? 私の専任ってコトでいいのね?」

第一声がこれだった為、本郷は弥生を「かわいくねーヤツだな」と思った。

「何か良く知らんがそういう事らしい、まあ宜しく頼むわ」

一応大人の対応らしい余裕を見せつけておいた本郷であった。

ただ、弥生のこの対応もよくよく考えたら仕方のない事だった。
臨時で繋ぎ繋ぎやってきた為、そのたびに弥生は「火消しの手ほどき」を
火消し係でもないのにしなければならないし、祓いについても
臨時係に深く教えるのもその後の守秘義務に響く感じがして、
弥生としては父を通じ警視庁などに「専任」を付けるよう要請していたが
(流石に大学生の弥生ではまだそう言う場所に働きかけるほどのチカラはなかった)
新橋が去ってから約二年、やっと「今日からコイツが専任ですよ」と紹介された本郷に
弥生のあの第一声はやや仕方がない面があった。

このコンビの初仕事は、とあるビル内に出没する亡霊退治である。
霊というのは何か波長が合うとカメラに写り込む事があるのと、
それらの仕業と思われる被害のでる出来事も起き始めた為、祓いの依頼だった。

真夜中の真っ暗なビルを一人でソイツを捜す弥生と、
数名の警備員と共に各フロア・各角度のカメラ映像などを元に
インカムを使い「×階に異常がある」などの連携をしていた。
確かに居るはずのない「ぼやっとした人のような物」は時々写ってるし、
まぁなるほど、幽霊ってのは居るのかねぇとは思ったのだが…

どうもその幽霊は弥生とは距離を置きたい…というか逃げたい
ようであったが、ビルに縛られた霊であるが故、ビルからは出られない。
本郷と弥生がお互いの情報を総合するとそういう事のようで、
では…と、弥生は靴を脱ぎ素足で音や気配を殺しながらソイツに迫り
対峙したとなったら相手は仕方がないので問答無用で襲いかかって、
弥生の愛銃H&K P7M13から繰り出される祓い専用弾によって一発で仕留められた。

「…おい、女と霊が対峙してから今までの録画消せ、音声は? 入らないンだな、じゃあ
 このフロアだけでいいよ、消せ、今すぐ、俺が確認出来るよーにだ」

本郷は自分の役目を一瞬で理解した。

「何で大学生が拳銃持ってぶっ放してンだよ…」

彼は呟き、

「霊が居たとかいうのはいいわ、面白おかしく心霊動画だとか
 テレビ局に提供してくれても構わねぇよ、まぁ居て写っちまったモンはしょうがねぇよな
 でも対峙から退治の辺りはNGだわ、消してくれ」

そして、その場にいた依頼者であるビルのオーナーにも

「もし面白おかしくテレビに提供したいんならNG以外のシーンだけは提供許すよ、
 ただし弥生には盛大にボカシ掛けてくれ、加工済み映像だけは提供を許す。
 「この後霊は除霊された」とかでもしといてくれや、お約束はそこな
 そこさえ守れば後はどうにでもなるさ、ただし、提供しちまったら元映像も消せ、
 出来れば提供もナシで全部消して欲しいが、ま、少しは世の中刺激もあった方がいいんだろうし」

テレビ局などに関する「お約束と綱引き」はこの時に制定された。
新橋の頃は「今夜の分全消し」という所だった。
新橋から推薦を受けて警備部特備には配属になった物の、裁量は任せるとのコトだったので
本郷スタイルって事である、これはこの後弥生とも「どこまでOK・どっからNG」は
正式に話し合われ、概ね本郷スタイルで行く事になる。

ちなみに、弥生が受け継いだ初代弥生の日本刀であるが、今は弥生の家に
厳重に保管されており、たまに父の頃から馴染みの業者に調整なりして貰っている。
弥生にとって初代の日本刀は「本当の勝負武器」ということで普段は拳銃にしたのだ。

更に言えばこの日の弥生は「その火消しの目的を悟らせやすくする為に」
使わなくても楽々祓える悪霊…かなり小粒だが…に銃を使った。
そう言った意味では、本郷もそれとなく弥生に「教育された」訳ではある。

新橋とはまるでタイプの違う適度に…言葉の通りに「いい加減」な本郷を
弥生は結構気に入って、今に至るのである。



先週水曜よりここのところほぼ毎日何かあった(まぁ人によっては土曜や日曜は
 何もなかったりした)わけだが、水曜日の事であった。

「本郷さん! 何かいつも酷い食生活してるんで思わず作って来ちゃいましたよ!
 何も言わずに今日はこれ食べてください!」

呆気にとられる本郷に手渡された手作り弁当、白米の暖かさやオカズの匂いがほのかに漂う。
そして、本郷の喰いっぷりから予想された「本郷一人前」の量を考えた弁当だった。

「あ…いや…悪りぃ…すまねぇな」

「何も言わなくていいですから、ただし食べ終わったら洗って返してください」

30代まで独身で自炊なんてカップ麺程度の本郷にとってはそれだけでも面倒であったが
ここで面倒というと折角そこそこ機嫌良さそうな秋葉の機嫌を確実に損ねる、

「お…おう…判った…ちゃんと洗えてるといいんだが…」

「はァ? じゃあ、その時教えますから、お願いしますね!」

なんで? 何で俺こんな事になってるの? なにこれ
ほんごうはこんらんした!



水曜も概ね月曜火曜と変わらず…そう言えば該当時間に現場近くを通った車の特定の為には
流石に幾らか動画を警備係に残すのだが、秋葉は自分向け外回りのフィニッシュで午前、
午後からは外に出た本郷と連携して特定完了して用済みになった動画を消去する仕事などを
やっていた、結構面倒なんだなと秋葉は思った。

そんな時、特備の部屋に弥生がやってきた

「うん? 秋葉、もしかして富士さんの代理? ゴメンね、私が彼女怪我させちゃって」

「富士さんの怪我は彼女に謝ってくれればそれでいいよ、
 今札幌の警察にいてアナタの「シゴト」と「アトシマツ」のこと知ってるの
 ワタシくらいだからね、丁度いいと言えば丁度いいっしょ。
 いやぁ…ただ、弥生に謝って貰いたい訳じゃないけど、結構キツイ仕事だね
 街中で道立近代美術館って所がまぁミソだったんだろうけど」

「十二年前になるのかな…あれも目撃はかなり多かったけど、
 今回は私の姪のお陰で助かったわ…羊ヶ丘と違って放っておいて何とかなる
 所じゃないからねぇ」

「ん、じゃあやっぱりあれは弥生の「シゴト」だったんだ」

弥生は、あ、そうか、そういう事は言わなかったな、と思い当たって
油断して喋ったけどいいよね、的な苦笑を浮かべながら

「そう…あれが卒業試験みたいな物だった、お情けで合格貰った感じ」

「卒業試験って誰が? 火消しの人?」

「違う…私の師匠…阿美は何か秋葉には言ってなかった?」

阿美と秋葉は純粋に友人であった、小学生の頃からの。

「ああ…うん何か弥生にそう言う人が付いてそれで弥生最近変わってきたんだよって
 中二になった頃だったかな、言ってたけど、それかぁ」

「ふむふむ、阿美はそんな風に言ってたんだ」

「深い仲だった癖にそういうの符丁とらなかったの?」

「阿美に任せてた」

恋人未満でも、端から見たらアツアツ…そんな二人のそんな信頼の証とも言えるような
でも適度に距離をとってたというか、そんな考えようによっては複雑な二人の位置取りを
秋葉はちょっと不思議だな、と思いながら弥生に聞いた。

「阿美は元気? 向こうは教師で結構忙しいみたいだからねぇ、もう何年かなぁ会ってないんだ」

「元気でやってるわ、今でも「好きなタイプにハートキュンキュンされるのスキ」って
 ウチの葵クンに発揮されてる」

「阿美のソコ変わってるよねぇ、身を固めて落ち着くよりミーハー的に生きていたいって
 コトなんだろうけど」

「最近ちょっとロリコン気が強くなってきた気がする、捕まらないように祈るしかないわね」

弥生が祈るフリをすると、秋葉が

「弥生も人の事言えないじゃん」

適切なツッコミが即座に入ってしまう、弥生が何とも情けない顔で秋葉を見つつ

「流石落研出身、鋭いツッコミだわ…」

「へへ、まぁね」

秋葉は大学時代落研(落語研究会)所属であった。
ただ、その何て言うか毒っ気の強さがきつすぎるってコトで
若いうちからそれは無頼派が過ぎるという指摘もあり、彼女は二次志望の
警察官を目指し、そしていまに至るのだ。

「…そう言えば貴女のお陰で落語の知識ちょっと付いた私だけど
 富士さんもお父様が好き…とか言いつつ王子の狐とかの内容把握してたし
 結構その辺話せるかもよ?」

弥生が思い出したように秋葉に言うと

「へぇ、そうなんだ、やるじゃん、今度話題振ってみるか、…で弥生ここへは何しに?」

最初にすべき質問が大分遅れた。

「本郷に「何か手伝える事はないか」って、留守電入れたわ、で今返事待ち」

「ふぅん、あの人も何だかステータス「シゴト」に全振りしすぎだわ、
 もうちょっと何か他のスキル身につけないとツブシ利かないよ、あれ」

言わんとしてる事は良く判る、弥生は笑った。

「あっはっは、テキトーなようで地味に仕事熱心なのよねぇ
 まぁそう言うとこ私は嫌いじゃなかったりするけど…あ勿論…」

「言わなくても大丈夫、仲間としてって事でしょ」

「ありがとw でもそう言うところ、秋葉としては気になる?」

「気になるわよ! あの人弁当箱洗う事すら満足に出来ないんだから!」

見ると、秋葉の荷物に大きめの弁当箱が一つ、弥生は苦笑して

「彼の「躾け」は大変よ、根気よく行きつつ、多分どこかで妥協しないとストレスマッハよ」

流石の弥生も食器洗いや洗濯くらいはするので確かに本郷の徹底した
「シゴト以外の事は出来ない」体質には少々呆れもしていた。

「ホント、もうホンの三日なのに眉間のしわが固定されそうだわ!」

「あっはっは」

と言った頃、本郷から弥生に電話が掛かり、
幾らか言葉をやりとりした後、秋葉に「じゃあまたね」と言いつつ、どうやら
現場直行のようだ、下げたくもない頭下げるのはスキじゃない、と言う弥生だが、
今回は下げるべき理由があると言う事で協力的な事を、意外というか「いい事だ」と
思いつつ、何か不気味だな、明日雪降るんじゃないのか、と
夕方に戻って来た本郷がこぼしていた。



木曜日、ギブスに包帯で腕を吊っている状態だが、あやめが復帰した。

「いやぁ…今回はホント申し訳ありませんでした」

弥生から増援の事を聞いて居たので菓子折が本郷用と秋葉用に二つあって
秋葉はあやめとはちょっと落語の事で話せる仲だと言う事で友達認定してた。

そして何故か本来の警務課に戻ったはずの秋葉は今日も本郷に弁当を押しつけていたw

「うれしいけど、うれしくない」と言ってる本郷の顔がなんか少し可笑しかったあやめだった。

火消しは流石にもうほぼ済んでいて、余りに不明瞭で画像や動画ファイルに余り細かい
情報が残らないような物は「はいはい、フェイクお疲れさん」で通す事にしたようだ。

「見ろよ、現場写真」

愚痴としてあやめは「裕子によってある程度無かった事になった美術館内部の月曜の様子」を
本郷から写真で渡された。

展示物ゼロ、建物も一部「無くなったまま」の部分があり、一日では修復しきれず
ちょっと営業に差し障りがでたらしい。

「まぁ、展示物は既にオールフェイクだったしいいんだけどよ…
 復元しきらなかった建物部分はソコだけ進入禁止にすりゃいいんだし」

「いやぁ、私本物だとしても迷わず撃つところでしたよ、
 おうじ↑の必死の抵抗で私それで怪我したんですけど、
 どうもそれがあの手の「トリックスター」のタブーだったみたいですね」

「おいおい…本物でも迷うことなく一点物の掛け軸撃ってたってか、勘弁してくれよ
 更に言えばおうじ↑はトリックスターを気取りたかっただけのただのDQN霊
 って事のようだし、まぁ、色々今回は噛み合わせが悪かったような良かったようなだなぁ」

「本州の展示会回るたびに祓いと絵のフェイクすり替えってそう言う横の連携
 良くできましたね」

「ああ、公安特備課…つまり俺達の総元締めにあたる組織直々の発案とお達しだからな
 しかも今その総元締めのトップは弥生の初代担当って具合だ、
 弥生の実力はよく判っているし、多少派手にやってもそれまで祓えなかった
 難攻不落のおうじ↑を必ず仕留めるだろうと信頼してたみたいだぜ」

「十条さんの初代担当さんって新橋有楽さんって人でしたっけ、
 十条さんから少しだけ話し聞きましたよ、融通の利かない理屈っぽい面倒くさい
 エリート崩れだけど、仕事には熱心で研究を良くしてて、それで本庁というか
 公安引き抜きだそうですね、凄いですよね」

そんな時だった。

「…未だに言われますよ、面倒くさい人だと」

どうやら今回の祓いに多少のやり過ぎはあった物の無事おうじ↑を仕留めたかどで
「ご苦労さん」を言いに来たようである、初代火消し担当新橋有楽。

あやめは大いに焦り、ダラダラしてた本郷はすっ飛ぶ勢いで立ち上がり敬礼していた。
突然の来訪に混乱しつつ本郷が

「警視正が自ら何の連絡もなくイキナリこちらにどのようなご用件でしょうか!」

「…ああ、そういえば連絡し忘れたかも知れません…などという冗談は抜きに…
 ここの生の姿が見たかったんですよ、今日から富士巡査長も復帰と言う事ですから」

あやめがそれに

「わざわざその為にこのタイミングで、でありますか?」

「いけませんか? ここは私の古巣でもあるんですよ?
 部屋も変わってない、雑然とはなりましたが、相変わらずのようで何よりです」

ちなみに新橋警視正、弥生の担当になった直後は二十代半ば過ぎ、今丁度四十とか
その辺りである。
無表情なエリート然とした風貌は変わらない物の、矢張り郷愁は感じるのか室内を見回した。
本郷は、まだ若干緊張しつつ、訝かしげに

「しかしわざわざこちらまでいらしたからには何か理由もありますよね、
 そちらをお聞かせ願いたいのですが…」

ここで新橋はちょっと意外という感じに本郷を見て

「なるほど…私とはタイプは違えどなかなか仕事熱心な人だとは聞いて居ましたが…
 いいでしょう、通達は明日にでも正式に来ると思いますので覚悟しておいてください」

え、何を? まさか道立近代美術館を一時的とはいえ吹き飛ばしたから
特殊配備係お取りつぶし? 路頭に迷っちゃうの? 公安ったらおこなの?
本郷とあやめが不安に煽られる。

「やや変則的ですが、明日よりこちらは警備課内特殊配備課に格上げになります、
 ついては本郷洋光警部補を警部に、富士あやめ巡査長は…貴女のお陰で
 おうじ↑の本性とそれを仕留める事が出来たと聞いております、
 警部補と言う事で、通達が下りると思いますので宜しくお願いします」

は !? 係が課に格上げ? 昇級ですか?
ちょっと心の中でHAPPYが踊り掛けたが

「…ぬか喜びはしないように、これには理由もあります
 国土交通省伝手に今後ひょっとしたらかなり厄介な案件が全国に
 広まるかも知れない、との事のようです、詰まり、玄蒼市から魔が外にしみ出し
 方々で策謀を繰り広げる可能性があり、事実その疑いのある地域もある、と」

本郷が少し引きつる

「ま…まさか…」

「そのまさかです、この札幌もその候補に入っています、その為の格上げと昇進です
 今後何らかの事案で方々に応援を要請しなければならないような場合に
 係のままでは格好も付きませんので…」

本郷が話を真剣に受け止め

「なる程、承知しましたが…警視正は今現在何か情報をお持ちなのでしょうか」

「さぁ…まだ、玄蒼市内でもきな臭い匂いを感じる…という段階のようで
 具体的に何がどう動いているなどの情報はありません、ですが…」

本郷とあやめは固唾をのむ。

「かなりの大物が動いているようなのです、その特定と、その目的などはまだ不明です
 玄蒼市内でも魔界と通じお互いの安定の為にこれを調査摘発予定だそうですが、
 こちらの方で見える動きも今後あるかも知れない、との事ですので
 その為の準備ですよ…そう、メールや電話などでは「ひょっとする」可能性がありますので」

あやめが感嘆して

「…それでわざわざ直接こちらに通達に来られたのですね」

「…はい、まぁ私でなくとも良かった、と言う意味ではちょっと古巣の現在を
 見たかったという郷愁も含まれますが…今の担当の方々にもお会いしておきたかったですし
 …本郷警部補…いえ、警部とは羊ヶ丘で会っていますけれどね」

「…あれァあんまりでしたよ、「何かの実験でああなったけど危険はないらしいですよ」
 なんて街のお巡りさんが必死になったって限度ってモンがありますよ」

新橋はフフッと笑って

「申し訳ありませんでしたね、あれ私も冷静なようで結構焦っていた物で…
 まさか彼女の本気…といいますか激高がここまでとは…という感じで…」

言われてみればそうだ、新橋だってその当時弥生の担当になって半年とかそんなものだ。

「あの…」

あやめが恐る恐る発言の為の手を上げた

「何でしょう」

「先程、おうじ↑について私の評価がありましたがそれって…」

新橋はメガネをかけ直しキラリンとさせながら

「今でも十条さんとは年数回電話で近況報告をしています」

なるほど…という顔をあやめはした。

「貴女が二階級昇進なのはその功績込みです、まだ若く経験が足りない事は
 貴女自身が重々承知している事でしょうが、期待していますよ」

あやめはガッチガチに固まってお辞儀で応えた。
本郷が〆に

「あぁ…では…昇進と格上げはあるモノの基本変わらないと考えて宜しいのでしょうか」

「はい、ただし、急で大きな何かが起きたときに直ぐにそれなりの人数を動かせるようには
 配備をお願いしますよ、その為の準備段階なのですから」

本郷はちょっと面倒になるかなと頭を掻きながら

「…了解致しました根回しは色々しておきます」

「お願いしますよ…さて…」

「あ…」

あやめの声に意表を突かれたと言う表情で新橋があやめを見る

「十条さんにはお会いに?」

新橋はちょっと今までより判りやすく優しく微笑んで

「ええ、これから会食をして、それが済んだら東京へ戻ります」

あのB級グルメ好きが警視正と会食ってどこでだ、と言う表情を二人がしたのを
新橋は見逃さなかった。

「会食といっても、彼女の出身校近くのによしのギョウザですよ」

本郷が意外って感じで

「警視正がでありますか?」

「…あれって北海道限定ですからね…北海道を離れて9年ほど…
 によしのが急に恋しくなりましてね、彼女にも苦笑されてしまいましたよ
 今は彼女が余り行かなくなったそうですが…当時の彼女は一日一食
 必ず食べてました、私も仕事後結構付き合わされましたよ、それも今は懐かしい」

何となく暖かい雰囲気になって三人がちょっと口の端を上げ軽く微笑む。

「…お二人には特に希望がない限りなるべく長く現場に居て欲しいので
 その希望だけは伝えておきます、ヘタに出世なんてしてしまうと、
 …詰まらないわ私の性格以上に面倒くさいわ…
 彼女のクールな外見から繰り出される無茶な作戦と行動に振り回された日々が
 今はとても懐かしいです、彼女も、なるべくペースを掴んだ慣れた人と
 一緒に仕事を続けたいはずですから、お願いしますよ」

本郷が笑って

「判っておりますよ、俺は現場がスキですし、富士もかなり十条とは
 上手くやって行けそうです、彼女が無茶できるようにお膳立てする事も俺達の仕事ですからね」

三人でお辞儀し合って、そして新橋は去っていった。
本郷が胸を押さえ

「…ああ…心臓止まるかと思った…」

「…私、大したことしてないのにいいんですかね」

「二階級昇進か? いいんじゃねーの? 俺を追い抜くって言うんじゃなければw
 と言う冗談はさておき、おうじ↑の祓い人に対する被害ってな結構酷かった
 らしいんだ、方々で祓いの穴が開きかけたとか、お前の作戦、大分無茶だったらしいが
 それでもそれで仕留める事が出来た事も事実、だからいいんじゃねぇの?
 折角授かるんだ、貰っとけよ」

「はぁ…今ひとつ実感が…」

「何も変わりゃあしないんだよ、ただ、緊急配備について対策練っておけって事なんだ
 そう言う意味じゃあ、マジで準備はしなくちゃあなんねェがな」

「…うん、そうですね、頑張りましょう!」

「お前は怪我も早く治せよ、一度は腕もぎ取られたって聞いたぜ?
 裕子お嬢ちゃん様々だったな、今回は」

「はい、そうですねぇ、以後気を付けます」

「そうだぜ? だが、いい根性だ、馬鹿だとは思うが敬意を表するよ」

あやめは苦笑しつつはにかんだ。


CASE:FOUR point FIVE  閉幕


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