L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:SIX point FIVE


物事に対する良し悪しの判断について一つ一つ「それは何故・どうして」と
問うて行くと、最終的には「個人の判断」になる。
法律や条令やモラルと言ったものは判断材料にしか過ぎず、最終的には
その人それぞれの持つ「美学」がモノを言うのだ。

ただ、大体の場合それは表面化する事もなく、ぶつかり合う事もない。
それらが衝突する時と言うのは「それについて突き詰めあった時」なのだ。

そう言う意味では教育・環境・巡り合わせ、と言うのは「人の形成」に於いて
時に大変な齟齬を生み出してしまう。
それがまた世の中を面白くする…多様化させる要素でもあり、
そしてまた世の中を一層複雑怪奇にしてしまう要素であるのだ。

大学を出たての岩淵志茂(いわぶち・ゆきとも)はまさにこの齟齬の間に挟まり
自らの楽観していた世界観…人生観に十条弥生と出会った事でその世界を粉々に
打ち砕かれた一人である。

しかしそれは先に弥生が示した通り、「それは何故・どうして」を少し深く
掘り下げる事を提示したに過ぎなかった。
ちょっと考えたら矛盾に満ちたモノを「正義と悪」の建前に判断を曇らせていた…
まさに志茂はそんな一人であった。

建前はしかし大事なのだ、行動原理に使えるのだから。
弥生もそれを否定する気はないのだが、自らのスタンスと対決するカタチで
建前を振りかざされるとそれは相手にせざるを得なかった。

志茂は正義の御旗を掲げぬモノには「とりあえず否定」から入り
声高々に正義の錦を掲げるモノには無条件で阿(おもね)っていた。
要するに判断が非常に浅かったのである。
しかしそれも彼女を責める事ではない、世の中は、そうした面も強いのだ。

弥生だっていちいち否定に走る事はなかったのだ。
ただし何度も言うが、それが対立するところに来た場合、弥生は容赦をしなかった。



大学を出て間もない志茂は「祓い」という存在に気付き、
そしてそれを「インチキ」と決めつけ弥生を詐欺師として追及を始めていた。

それは今このCASE:ONEからSIXに至る時間軸の二年近く前の話である。

詰まり弥生24歳、葵はまだ11歳、志茂は22歳。

ほぼ見えない事をやっているのだから、どう思われようと構わないという意思を
弥生は基本持っていたが、それがジャーナリストとなると話は別である。

そこで弥生は彼女を連れ、仕事に同行させた。
多少凄惨な現場でも「人間でないそれ」の諸行を可視化して見せ、
そしてそれを祓った、それは紛れもなく現実であった。

ちなみにこんな風に現実を見せたのには「それが志茂だから」という面がある
当時欲求不満気味であった弥生にとっては「餌食候補」の面もあったのだ。

普段普通のジャーナリストに目を付けられた場合、大体その所属する会社や
フリーであるならその個人の弱みを調べちらつかせればいいのだ。
報復に来ようとも返り討ちに出来る。

そう、志茂だから、現実を見せたのだ。
そして、彼女の浅い考えを一つ一つ掘り下げた、ただ言葉攻めをしたのではない。
きちんと資料を出し、提示し、世の中の価値観を声の大きさで決めては行けないと
説いたに過ぎない、それがまだ幼き葵には「容赦のない論破」に見えたのだ。

志茂は泣いた、守るべき誇りや尊厳をはき違えていた事を恥じた。

次の日葵が小学校に登校した後、彼女は弥生に話した。
自らの半生やそのコンプレックス、そこから世に阿る事に居場所を見出した事。
弥生はそれを否定しなかった、何しろ彼女も中学校二年になる前、
初代弥生の導きがあったからこそ乗り越えられた精神的障壁はあったからだ。

弥生も自らの半生を話した。
かなり端折ったりボカしたりもしたが、概ねCASE:4の通りである。
ボカした範囲は阿美の名前や外見的特長であった。
心を入れ替えたのだとしても、今しばらく様子を見ないと一般人というか
教師として頑張って居る阿美に迷惑を掛けかねないからであった。

阿美を、恋人ではないが愛している、そんな弥生の気持ちだった。

志茂には弥生の築き上げた独自の世界は勿論初めてのモノであるし、
その全てを受け入れられるかは兎も角
「貴女だからぶっちゃけたのよ?」
とか言われてしまうと人間、ちょっとは傾くモノである、
自らの価値観が反転する勢いのショックを受けた後なら尚更である。

それはある意味「再洗脳」であって弥生もそれは承知していた。

志茂はその名前、身長の高さなどのコンプレックスから
恋人居ない歴=年齢であったし、背伸びをする勇気も持てずに
その背伸びの切っ掛けをジャーナリズムに求めたに過ぎなかった面があった。

もう、志茂は捉えられた獲物であった。
たっぷりと、弥生によって洗礼を受けてしまった。

その後、まぁ心を入れ替えるといっても自分の都合のいいようにするだけでは
心苦しい、どうせジャーナリストを目指すなら、逆に自分のチカラになるような
「S的」ジャーナリストを目指して欲しいと告げ、志茂を父親に紹介し、
その人脈から更に裕子の親…詰まり弥生の兄を仲介し、志茂は日本全国の
例えば本来なら一般人には入れない・体験できないようなモノに触れて回り
「思考する事の下限」を掘り下げて「ここまで」と定める期間に入った。

その途中途中札幌に戻っては、交流していたのが裕子である。
裕子もまた、志茂に大きな影響を与えた人物である。
物腰が柔らかく、丁寧なようで頑固で押しの強い、そしてでも魅力的な小悪魔。

弥生から「抱かれて扉を開いた」志茂は、裕子を抱く事で「扉の先」に進んだ。
弥生や裕子と肌を合わせた体験は、志茂をやや移り気にもした事で、
志茂は全国を飛び回っている時も積極的にナンパなどするようになって居た。
勿論女の子を、である。
彼女は攻めに目覚めていた。



そして、201x年、GWも終盤のある日に裕子から電話を受けた志茂。
久しぶりと声を掛けると間もなく弥生に電話を替わるという。

ちょっとドキドキした。

攻めに目覚めた志茂だが、弥生は別格だった。
向こうも向こうでややギクシャクしているのは知っていた。
「やり過ぎだったかも知れない」とは二年近く前のあの時も言われたからだ。
そんな事はない、感謝をしていると伝えたかった。
そして仕事先というか…自分の情報屋としての顧客も用意するという。
素晴らしい出発になりそうな予感がしていた。



そして次の日の朝、久しぶりに見る弥生にちょっと目が合わせにくくて
ハンチング帽を目深に被ったモノの、直ぐに見破られ軽く赤面しつつ、
少しは成長した自分の姿を見せられたかな、と思った。
あやめや本郷のことは実は事前に調べていた。
カズ君事件は逃したモノの、それで北海道に戻り、今度こそ弥生を支える為の
ジャーナリストとして下調べをして居て二人の存在を知ったのだ。
そして、この二人を掘り下げる事は「余程怪しい動きが無い限り」タブーと
自らに課す事もまた「美学」に依る物になっていた。

なるほど、まだまだホントに駆け出しのあやめを支える事が自分の再デビュー
と言う事なのだ、相手が本郷とかだと出し抜かれる可能性を考えた弥生の計らい
あやめと二人で成長していって欲しいと言う弥生の計らいも感じられるようになった。

真面目で一生懸命で、そして自らの掘り下げた深さを測りつつ正義を執行しようとする
あやめを志茂も気に入った、彼女の為に情報を提供するのは悪くないと思った。

そして…阿美である。

初めて見る人に初めて聞く名前だが、弥生とのやりとりを見ればそれがわかる。

弥生を14年、精神的な一面を大きく支えた「大親友(深入りしてる)」というのは
彼女の事だと直ぐ判った、そして弥生と裕子の影響で花開いたレズで攻めのスタイルが
阿美を「美味しそう」と瞬時に判断させた。

弥生が阿美を「恋人」としていたなら我慢するところだが、
二人はもっと自由な関係、そして精一杯クールに振る舞った自分に対し
阿美の方も好感触、アッチの方も、いい駆け出しになりそう、と予感しつつ
周囲の警戒及び、怪しい動きや中座する一般人全員の監視と記録…
それは必ず飯の種になると言う読みで余すところ無く記録した。

ジャーナリストというか「情報屋」として、それは確かに成長した姿。
数日後、警察が潰しきれなかった情報を厳選し、お届けに上がったのは
前CASE第五幕終盤の通りである。

「あやめは手をつけてはいけない人」と言う事も弥生の態度から直ぐ判った。
弥生の過去話からあやめが「初恋の人にタイプが似ている」と言う事も直ぐ結びついた。
あやめだけは不可侵(ただし、ちょっとからかったりするくらいはOK?)

魔階騒ぎの後、ファミレスであやめや阿美と話して
阿美の持っていた「マニュアル」も見せて貰い…実は機密に触れられるかは
彼女にとって賭けだったのだが、弥生が信頼を寄せるこの二人がいいと言うのなら
自分にもその資格はあるのだろうと有り難く拝見した。
そしてその体験も聞いた。

弥生は恐らく手術が必要だろうと言う事で数時間、たっぷり話を聞いた後
全員でお見舞いに行ったりして…

あやめと阿美を送ろうとしたが、あやめは自分の車が弥生のマンションの
駐車場ゲストスペースにある事を告げ、そこまで連れていってくれれば、
と言う事でそのようにした後、阿美と二人きりの帰りの道中である。

「弥生が怪我して入院なんて予想してなかったから助かっちゃった、
 弥生に送って貰うつもりだったからw」

何気なく会話しつつ、阿美は自分の趣味(レズであると言う事ではない)に
少しコンプレックスがある事を志茂は感じ取る。
それで何か自分を誘いたいようで、少し気が引けてる感じを受ける。

阿美を送ったお礼としてコーヒーでも…と勧められ、「酷い家だけれど…」
と前置く阿美の部屋に入ってそれが判った。

安いアパートの連続した一階と二階の二室契約しており(例えば101と201号室のように)
通されたのは二階の部屋だったが、一階の方には二階とは問題にならないほどの
蔵書があるという、それが阿美の趣味、読書でありコレクトである、ビブリオマニア
というわけだ。

正直志茂は感動した。

「凄い…天国のようだ」

読みたいのにもう国会図書館とか余程渋いところにしかないんじゃないのか
と言う本が当たり前のようにある。
その志茂の輝いた目つきに阿美も「同類」が居ると判った。

…実は志茂の読書癖も弥生の影響ではあるのだが、弥生の元を離れ
一年半ほど、独自に独自の価値観…美学を磨く為に彼女は彼女の
読書の趣味を広げていた、そしてその範囲は弥生より阿美の方に近かった。
スタンスとして「文体の合う合わない」という意識は多少あるモノの
弥生ほどではなく、とりあえず読みたいと思えばきっちり読む気質。
(弥生は合わないな…と思ったらかなり流し見になり、概要を掴むまでしかしない)

ちょっと寄ってあわよくばエッチでも…と思っていた志茂だったが、
どうしても読みたかった本がそこにあった事でそれを読ませて欲しい!
と言う目的に変わっていた。

そして阿美の振る舞うコーヒーなどを飲み、小休止に阿美もタバコを吸うようなので
換気扇の側で阿美と談笑しながらタバコを吸って…とやってるうちに
もう完全に気分は出来上がっていた、二人は心ゆくまで愛し合った。
大量の本を持ち込むのに補強に防音をプラスしていたので心ゆくまで。

志茂は実家暮らしだったのだが、次の日には親にルームシェアで
恩人の大親友と暮らすとだけ告げて一緒に住みだしたのである。

一応阿美を両親にも会わせたが、普通に普通のやりとりで終わった。
まぁイキナリレズビアンとしてのパートナーだとは言えないので
心の中で「お試し同棲」と言う事で二人の間では決めていた。

ホントにキモチが結びつくようなら、その時は正直に言うつもりだ。

志茂の部屋は弥生と阿美の蔵書を足して四で割った量…かなり多いが
矢張り部屋の大きさなどで量は限られる、そして、本の趣味の傾向は
やや阿美寄り、と言う感じだ。
ただ、阿美と弥生二人が目を付けていなかったよさげな本などもあり、
阿美はコレが読みたい、と何冊かを二人の住まいに持っていった。

阿美は一人暮らしをする位なのだから一通り家事は出来たし、
志茂も多少専門店などに依存しつつ一通り暮らすスキルは持っていた。

担当をそれとなく決めるも、お互い何となくやってしまったりして
とりあえずは和やかに過ごせている、読書の時間・エッチの時間
両方を共有しあえる、素晴らしい時間だった、その合間、
阿美の仕事の時間には自分が情報屋としてあやめに情報を売ったりしていた。

ジャッキー・モリモリでの昼食会の後、阿美に二万円を生活費として渡しつつ
記者として本格的な再始動の為にも動き始めた。

前置きもだいぶ長くなったが、CASE:SIXより数日、GWを長めに取っていた場合でも
流石に人々も日常に戻っていた頃である。



ある気怠い昼過ぎ、弥生の家のベッドには大きなクッション枕にもたれてくつろぐ
弥生と、それに寄り添う志茂の姿があった。

恋人は恋人として、エッチは基本「相手を選ぶコミュニケーション」というのが弥生や
阿美のスタイルである、そこから派生した志茂も当然そういう信条であった、
そして、攻めに目覚めていた志茂でも、弥生だけは別格、
ファーストインパクトの余りの大きさは覆せない、志茂にとって唯一
「抱かれたい」と思う人、それが弥生であった。

「阿美とは上手くやってる見たいね…ついでに裕子も引き込んだようだけれど…」

「姪の為に一肌脱ぐのを躊躇う貴女が行けないんですよ?
 まぁ…物凄い好奇の目で見られる視線の痛さに居心地が悪そうで頼めない…
 っていう裕子が私に調査依頼をしてきた事…阿美も裕子を「美味しそう」と
 思っていた事…巡り合わせですよw」

志茂がイタズラっぽく一つのカップで共有していたカフェオレを一口飲んでタバコに火を付けた。
抱かれたのは初めての時と後もう二回ほど、一年半ぶりくらい、志茂は満足であった。

「裕子の学校で不法侵入の上の変質者か…どうにかしてあげたいんだけどなぁ…」

弥生の複雑な表情。
裕子がレズである事は半ば知られていた、ただし本人は否定も肯定もせず、
そして話に良く出てくる「叔母様」という存在、叔母と言いつつ九歳差で妙齢の
裕子曰く「強く美しく厳しく優しいわたくしの指標」弥生は信条もあり
服装もスーツ基本を曲げる気はないし、身長も高く、乳もやたらとでかく育ってしまった事は
もうどうしようもない、ある程度好奇の目で見られる事は覚悟の上なのだが
(事実葵の学校では逆に愛想を振りまいたりしてるわけだし)
どうも弥生によると、裕子の通う女学校の「好奇の目」はそんな物ではないらしい。

志茂がクスクス笑う。

「裕子を小悪魔にしたのは多分半寄宿舎的な生活にあると思いますよ、
 中等部では特に何もなかったそうですが、高等部に上がってからなんだか
 その気のある上級生に目を付けられては…返り討ちにして…と言う感じで
 あ、勿論アッチの意味ですよ、なんていうか…そう言うある意味で
 マウンティング的な行為を返り討ち…で、学年も上がりますと
 いつの間にか「凄いテク持ちお姉様」的存在になりつつ、そんな彼女が
 常に話題に出す貴女に興味津々なのはある意味しょうがないですよねw」

弥生もタバコをふかしつつちょっと詰まらなさそうに

「私、裕子の学校での「その辺」の話題は殆ど聞いた事無いのよねぇ…なんでなのかしら」

「同世代…自分の年齢プラスマイナス二・三歳くらいの近い年代って
 興味ないんだそうですよ、基本的に、だから貴女に話す事も特にないみたいで…でも
 葵ちゃんだっけ、私余りあの子とは話した事無いけれど、あの子だけは特別で
 かわいいかわいいって褒めちぎってましたね、特に、弥生さんが葵ちゃんを抱いた後から」

「裕子って小悪魔って言うかレズ専ファム・ファタールの素質十分だわねぇ」

「人の事は言えないと思いますよw」

ちょっと気まずく視線をそらす弥生にタバコを吸い終えた志茂は弥生のタバコを奪いつつ
それを消しながら唇を重ね

「…罪深い人です、でも、誰もそれを後悔してない…本当に罪深い人です」

もう一度、ひとしきり燃え上がる二人。



「へぇ…いいじゃん…こんな写真集作ってたんだ…お、ここ良く入れたわね」

ちゃんと情事の後を色々整えて場所を事務所に移して改めて今日訪ねた理由の一つである
写真集などを見せながら志茂は裕子のトラブルの方も相談する気で居た。
ただ、思ったより写真集の感触が良かったのでつい志茂も嬉しくなって応えた

「弥生さんもフルで家の権限使えばもっと凄い貴重なとこも行けるんですよ」

「あんまり旅行にも興味湧かなくてねぇ…仕事で道内なら移動するし…」

「凄い体験でした…まさか小規模とはいえ写真集として出版(だ)してもらえるなんて」

志茂再始動最初の正式な仕事は全国武者修行中に訪れた場所…中には結構な許可を
必要とするような場所にまで入っての貴重な文化財などの写真を撮っていた。

「…写真のセンスや技術が良かったから…と思って勧めた事でもあるけど…
 いい美的感覚してるわ…カラー写真なのに光と影の極限でモノクロのような
 迫力を持ちつつ僅かに感じる色が文化財の存在感を増している…
 カラーでこんな緊張感出せるモノなのね…凄いじゃない」

「芸術写真のつもりはなかったんでモノクロにはしなかったんですけど
 かえってそれが良かったみたいで、出版社の人にもそこ評価して貰いましたよ」

「何て言うか、土門剣(写真家名)のような存在感だわ…で、コレ戴けるの? いいの?」

「校正チェック用試し刷りなんですけど、これはどうしても弥生さんに差し上げたくて」

「それじゃあ…有り難く戴いて置くわ、どうせだからそれっぽくサインとかして♪」

弥生はにこやかに万年筆を志茂に渡した。
志茂がちょっと苦笑しながらペンを取り一筆入れている間に弥生は
「裕子の学校に出没するという変質者」の「監視カメラによる写真」を見て

「…コイツの写真はこれ一枚で情報はどこまで?」

志茂はサインに一筆添えを終えて弥生に万年筆を返しつつ、渋い表情で

「…確かに現場には「そこに誰かが居て何かをしていた痕跡」だけはあるんですけど
 どうも近所のヤツじゃないみたいなんですよね…で、コイツも毎日来てる訳でもなく
 カメラ位置は気に掛けるようになったらしく、一昨日と昨日掛けて
 学生や教職員から情報募っても見たんですけど…警戒されたのか芳しくないんですよ」

「うーん…これだけじゃ警察も警戒を強める…と言う名のちょっと寄る回数盛るくらい
 しかできないわよねぇ…ただの探偵業って言うんじゃちょっとやっぱりあの視線には
 耐えられないし…せめてコイツが憑かれたか何かで祓い稼業の範囲になって
 くれたら吹っ切れるんだけどなぁ」

「実害は今のところ生徒の私物…結構生々しいモノも込みですけど…の
 窃盗だけといばだけなんですよね、下着だの水着だの楽器等教材…
 年頃の女の子だけに被害届も出すに出せない…あやめも悔しそうでしたね」

弥生がちょっと気になって

「まぁ彼女に貴女紹介したの私だけど、呼び捨てで呼び合う仲に?」

志茂はちょっと弁解するようなポーズになり

「あー、誤解しないでください、彼女とは同い年で、彼女の熱い刑事魂が
 結構気に入ったもんで、通常の捜査の範囲でもちょくちょく情報特価で
 渡したりする取引場にこっちが信用置いてるカラオケボックスとか
 使ってお互い歌いながらとかやってたら、やっぱ世代が同じなのとか
 親の世代も近いのとかあって、普通に気が合っちゃってw」

それを聞くと弥生は心底ホッとしたような表情(かお)になり、

「そういえば同い年よね、そう…なんか本郷によると
 彼女友達と言って普段から遊ぶような…或いは連絡取り合うような程の距離の
 同年代が居ないらしいのよね、付き合いはいいし、影もそれなりあるけど
 どっちも大勢に紛れやすい絶好のポジションで気付いたらぽつんタイプだって」

志茂が笑って

「わたしもそう言うタイプですよw だからかも知れません
 友情なんて今から築いてもいいよねってカンジでw」

弥生がちょっと自らに端を発するアレやコレやに複雑そうに笑った。
そんなバツの悪そうな表情をする弥生もステキだと志茂は思って
まぁ、それはさておき…というところで元気の良い葵の「ただいまー」が
住居部分で聞こえた、住居と事務所を繋ぐドアを開放しているので良く聞こえた

「お帰り、葵クン」

弥生が声を掛けると、「お客様かな?」と思いつつただの客なら
ドア開放するはずもないので知り合いだな、と葵は瞬時に判断し、
ひょこっとドアの横から頭だけを出して

「ん、ユキさんだっけ、いらっしゃい」

猫のような表情と挙動の葵が次に

「お楽しみになりましたかぁ〜?」

と、ちょっと頬を染めワクワク顔で聞いてきた。
弥生のそっち系の繋がりで訪ねてきてただで済むはずがない、という葵の推理だ。
志茂はニッコリ微笑んで

「抱かれるなら弥生さんだなって、楽しみにしてたんだ、借りてたよ」

「ううん? 何時間してた?」

「休憩挟みながらエッチそのものは三時間くらい…?」

「そっか、やっぱそうだよね、弥生さんの攻め六時間に耐える先生はやっぱ凄いや」

弥生が「この子はまたヘンなところに関心もって…」という感じにする。
志茂がその様子に微笑みつつ

「あ、そうか、君が帰ってきたって事はこっちもそろそろかな」

葵は頭だけ事務所のドアから覗かせつつ、ドアの向こうでエプロンを羽織っていたようで
材料の野菜とかを手に持ちドアにエプロン姿で現れながら。

「うん? 三人分作ろうと思えば作れるけど、いらない?」

「ありがとう、キモチだけ有り難く貰っておく、阿美迎えに行ったりしなくちゃ」

「んー、すっかり先生とも仲良しだねぇ、その割にはボクの一挙一投即に
 キュンキュンしちゃってるのはかわんないの、ふっしぎ」

志茂は余裕で微笑みながら

「好きなタイプにキュンキュンするのは彼女の趣味みたいだからね」

「ヘンな趣味だよね、弥生さんそう思わなかった?」

弥生はちょっと済まなそうに

「…ゴメン…私、彼女にそれを趣味として植え付けてちょっと楽しんでたかもしれない…」

志茂はニッコリして

「…やっぱりアナタは罪深い人だ、じゃあ、「それ」に関して心変わりがあるようだったら
 連絡ください、早朝時間帯でなければいつでも出ますから」

葵と「またね」と声を掛け合い志茂が去っていった。

「なに? 仕事の種?」

葵がちょっと覗き込むと

「いえ…裕子の学校は基本苦手…祓いの仕事なら行くけれど…」

「あー…一回行った時ボク車の中から弥生さんに集中する視線ビームが
 痛そーだなぁって思って見てたけど、やっぱりかぁ」

「好奇の目も多少なら楽しみにする事は出来ても、アレは無理…妙に本気できっつい…」

葵はウンウン頷きながら

「弥生さん、もしそれに応えだしたら精根尽き果てるまで何十人も
 相手する事になりそうだもんねぇ、流石の弥生さんでもそこまではキツイかぁ」

「少子化にあんまり貢献もしたくないし…」

「弥生さんと関わった人って大体ホンモノになっちゃうからねぇ、
 一回だけ抱いた人とかで弥生さんの影響から抜け出せた人ってどのくらい居るんだろう」

弥生はちょっと頭の痛い話題に…

「そこそこ居ると思いたい…で、葵クン」

「ん、ご飯作るね」



志茂が車で帰る途中、裕子から電話があった。
一応横道に一時停車をして

「裕子、私。 やっぱり弥生さんは厳しそう、私が何とか頑張るわ」

『そうですの、まぁあの視線には叔母様みたいな結構真面目な方には耐えられない
 でしょうねぇ…あ、それよりですね、栄町駅に寄って戴けません?』

「あー…そういや学校も南北線側、東豊線乗り換え直ぐだもんね、「来ちゃった」っていうんじゃ
 拾わない訳にも行かない、わかった…ええと…」

『ある程度時間が掛かりそうでしたらダイヨー(商店名)で買い出ししますけれど』

「いや、そんなに掛からないから…じゃあダイヨーの駐車場に入っちゃうわ
 裕子はじゃあ正面出入り口とか判りやすいところにいて」

『来てしまってから言うのもなんですけれど、お邪魔ではありません?』

「大歓迎だよ」

志茂の顔は楽しみでにやけていた。
阿美も念願だった裕子と触れられたし、足りない「攻め」は志茂、
受けつつ一緒に気持ちよくなろう的な阿美、そこに挟まれただ快感に身を委ねる裕子
とりあえずポジション的にはバッチリだった。
料理も美味い、家事も完璧というか趣味ですらあり、本を読むのも好き、
喫煙に否定的ではない、何より、弥生の血縁らしい魔性さ…裕子だけではない、
弥生は弥生で根が真面目だけで十分魔性の女だ、でも、弥生の回りの特に「同類」は
それを自然のモノと受け止めていた、それでいいと思っているのだ。



弥生宅、夜は矢張り燃え上がってた。
昼燃えて夜燃えて、弥生の体力は凄い。

「でも、葵クン…、阿美に対抗というか肩並べようなんて思わなくっていいのよ?
 貴女は貴女のなるようになってね…」

慣れてない相手ならひと舐めでも夢中にさせる弥生の手や指や舌の動きに
葵は答えようと思ってもまともな声にならない、ただの喘ぎ声になってしまう。
夜中を越えた辺りで小休止。

時間はそれこそ二・三時間なのに、葵はクタクタだった。

「これだって普通の子なら半日動けないコースなんだから、葵クンは十分凄いのよ?」

「…ん…」

でもまだ荒い息が収まらない、弥生の触れていた全ての感触がジンジンと
体の中を反響するように葵を浸らせ、夢見心地にしていた。



十分ほど浸っていると葵も落ち着いてくる。

弥生はそれを微笑ましく見守りつつ、ベッド脇で飲み物を飲んだり一服したり、
そして微かに灯してあった灯りで例の写真のコピーを見ては「どうしたものかなぁ」と
思案しているようだった、裕子自身は大概のトラブルでも平気だろうが、
少女達に直接の被害が出る場合を想定すると、それはそれで勿体無い、勿体無い。

葵がフラフラッと弥生の背中に抱きつき。

「気になるなら、授業中とか限られた時間とかタイミングだけでも
 見に行ってみたらどうかなぁ?」

「うーん…」

弥生がちょっと本気に考え出した時だ。
弥生の祓いの気の流れがちょっとおかしい事に葵が気付いた。

「弥生さん…? どこか体調悪い?」

弥生は少々考え込み、

「…あ…、ひょっとして…! ちょっと葵クンゴメンね」

弥生はリビングの方へ何かを取りに行った。
きょとんとしてベッドの上にいる葵に、何かノートを見ながら戻ってくる弥生

「…ヤバい、そろそろだったか…」

「なに? どうしたの? 弥生さん生理は完全調整してるし関係ないよね
 そんな物に体調を左右されるようでは仕事に障るって」

「そう…確かに表に症状というか現象として現れる生理はそう…
 裕子や貴女も、そう言う気の整えが働いてるから生理は殆ど現象として現れないか
 あってもごく軽いハズよね…」

「うん? 体調としてじゃない生理とかそんなのあるっけ?」

「これは…祓いが一定まで育つと出てくる現象と言ってもいい…
 貴女も裕子もいつかは覚悟しないとならないかも…」

葵がちょっと不安になる。

「いえ、死ぬような現象じゃないし、貴女と暮らすようになってからは今回が
 初めてのハズよ…うーん…今月の私は何かツイてないなぁ…」

「具体的に何がどうなるの?」

「なんだろう…祓いの力の波を太陽の運行…人間の体で現象としての生理と…
 この二つの波が合わさって日食っていうのかしらね…
 一時的に祓いの力が極端に弱まったりといってカッカと燃えさかる勢いは
 あったりと…一定しないのよ…今月は貯金切り崩し決定だわね…」

「祓いの力の波と、体調の波でなるって事か…」

「そう…祓いの力が育つ前に体調のタイミングが重なるとなるっぽい…
 もうそろそろ祓いの力の方が上回ったかと思ったけど…こないだの
 フロア(魔階)事件のせいで「成長の余地」が開いて空っぽになりかけた事で
 一時的に不安定になったようだわ…」

「弥生さん、じゃあそれが収まったらまた一つ強くなるって事でもあるね?」

「かもね、私自身は何かを越えた感じってのがないから何とも…
 うわ…こんなんじゃ裕子の学校の騒ぎどころじゃないわ…
 葵クン、こんな安定しない祓いの力と体調の波のいり乱れを貴女に
 浴びせる訳に行かない、貴女にも累が及ぶ可能性がある…数日ベッド別ね」

「ええー? やだよー」

「やだよじゃない、試しに今夜だけ一緒に寝てみる?
 起きても疲れは取れないどころか余計疲れていて祓いの力の具合もおかしくなってるわよ」

「そんなに?」

「ええ、こればっかりは私もどうしようもない、
 …本郷なら知ってるかな、アイツと組んでしばらくした頃一回なったから…
 前任の新橋の記録なんかもあるかも知れないから…もし何なら
 明日でも聞いてみて…新橋の方が割と真面目に研究してたかもしれないからさ」

弥生がそもそも体調不良なんて(怪我や祓いの関係以外で)珍しい事なので
葵は心底心配しつつ、ベッドを別にするしかなかった、明日じゃあ学校は休んで、
弥生さんの様子見て大丈夫そうだったら本郷さんトコに聞きに行こう、
と葵は思って眠りについた。

弥生の気は確かに妙な脈動で弥生自身もどんどん具合が悪くなって行っているようだった。


CASE:SIX point FIVE  閉


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