L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:SEVEN

第一幕


弥生が急激に体調を崩し、次の朝を迎えた。
葵はその怠そうで辛そうな弥生を見るのは気が気でないのだが、心配とはいえ
熱を測ろうにも弥生の気が自身の意思にかかわらず物凄くささくれ立ったり
勢いが安定しなかったり、祓いの力を持つが故に、
「迂闊に触れたら自分は兎も角弥生さんにもダメージが出る」
という程の不安定さに葵はやきもきするけれど、とりあえず会話は可能なので
朝食や昼食の用意だけはしつつ、なるべくそれらを摂取するのに
手間が掛からないようにベッドの側に用意しておく、と言った事しかできない。

「…申し訳ないわ…葵クン…まぁ、数日の事だから…」

「うん…でもとりあえず出の土曜だけど今日は学校休むよ、本郷さん辺りにも
 お話聞きたいし、先生に電話掛けてくるね」

弥生はその葵の行動を肯定して優しく頷いた。
ちなみに葵の学校も裕子の学校も私学と言う事もあり、四週で二週が土曜半ドンであった。



『あー、弥生の生理のようで生理じゃないってアレかぁ、中二の終りか中三始めかの頃に
 一回、あとは高二の時と大学二年の時になってたかなぁ、
 ある程度チカラがそれまでより高いレベルで安定してくると治るって言ってたけど
 熱がある訳でもなくなにか体で判りやすい不調って訳じゃないから
 何にもしてあげられ無くって辛いのよね、判るわぁ』

「…というわけで、ユキさんだっけ、弥生さん半分やる気出してたんだけど
 動けなくなっちゃって、ゴメンねぇって言っておいて」

『ん、裕子ちゃんの学校の変質者の件ね、判った、伝えておくわ』

「じゃあ、ボクもチョット本郷さんトコ行ったりしたいから、今日はお休みします
 ゴメンなさいね、先生」

『いいのよ、それじゃあワタシが学校終わってからでもお見舞いに行こうかしらね』

「そうして、祓いの力のない人の方が触ったり出来ると思う、今の弥生さんじゃ
 ボク触れる事すら出来ないんだ」

『うぅ…それはさぞかし辛いでしょうね…』

「んーまぁしょうがないよね、じゃあ、そういう事でお願いします」

通話を終えて、弥生の側に行き

「じゃあ、いつもよりしっかり目に家事色々やっておくからあと二時間くらい
 ここには居るよ、何か欲しいモノがあったら言ってね」

「ああ…有り難う、葵クン…今の私じゃナデナデすら迂闊に出来ないわ…きっつぃ…」

「しょうがないよ、早く良くなるとイイネ」

「ええ…」



と言う訳で、午前九時過ぎ、洗濯物もいっぱいして干してさぁ、と言うタイミングで
出掛ける準備をする葵に弥生が何気なく言った。

「そう言えば…貴女は立場的に私の助手…裕子もそう言えばそのままだったな…」

「うん? そう言えばそうだけど問題あるかな?」

「んー、まぁ「もし」を考えたらなぁ…」

その「もし」に葵が物凄く悲しそうな顔をする。
弥生は慌てて取り繕うように

「違う違う、私が死ぬとかそういう事じゃなくて、ホントに今みたいに
 動けない時があるかも知れない…例えば死なないにしてもこないだみたいな怪我とか…」

「そうだけど…あんまりヘンな事言わないで」

その「ボクを一人にしないで」と訴える葵の目、可愛かった。

「…やばいやばい、今ムラっと来たら大変だわ…寝る寝る…とりあえず私は大人しく寝るわ」

「ん…、じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

扉を閉める音がして葵の靴音が廊下をエレベーター側に向かう音を聞き、弥生が
少し静寂を噛みしめた後、おもむろに携帯電話を取りだして電話を掛ける。

『よう、どーした?』

「今日は出番? 本郷」

『俺も富士も出番だよ…なんだ、具合悪そうだな珍しい』

「アンタと組んで少しした頃に一回なったアレがまた来たみたいなのよ…
 で、それについて葵クンが詳しい事を知りにそっち向かったから、
 …で、思ったんだけどあの子単独でアナタのトコ行った事無いのよね」

『「かわいい」はお前の助手ってだけだからなぁ、
 お前の同伴がないとちょっと直通は無理じゃね?』

「…そこでお願いがあるのよ、裕子もそろそろそれなりに形になってきたし
 裕子と葵クンにも「公職適用時証明書」作って支給してあげてくれない?」

『お嬢ちゃんは兎も角「かわいい」は十三だろ? はやすぎね?』

「何言ってるのよ、私がそれ貰ったのも十三よ…」

『…いや…警視正殿の回想録によると年相応の面ももちつつお前はかなり思慮深く
 大人びても居たとあるけど…「かわいい」は確かに強いけどさ…』

「…やっぱりそう言う引っかかりあるか…私って大人が居るから
 割と甘えん坊なのよねぇ…自立心もあるはあるんだけど…
 ただ、彼女は従来の「祓いの詞」とは違う物凄く感覚的だけど
 天才的なセンスでチカラを使い分けられる希有な子でもあるのよ…
 公職適用そのものじゃなくても、なんか補助的なモノは付与してあげられない?」

『あー…まぁ、お嬢ちゃんは多分直ぐにでも…写真撮らなくちゃならねぇが
 支給できると思うが…「かわいい」にもなんか考えとくわ、確かに
 お前が使えない事態の時に何かあったら、ってifは組んでおかなくちゃな』

「そう…今がまさにその時…裕子にも学校が終わったらまずそっちに向かうよう
 連絡は入れて置くわ…半ドンだから昼過ぎには行くと思う」

『OK、判った。 「かわいい」についてだけは一考させてくれ』

「了解よ…私も何が何でも支給しろとまでは言わないわ…」

『にしても…早く治せよ、張り合いがねぇよ』

「アナタと毒づき合う為に元気になるってイヤな目標だわ」

『そういうのも人生の味だぜ、まぁゆっくり休めよ』

「ええ…では…」

電話を終えて、少し体調と呼吸を整えて、弥生は裕子にメールで下校時の指示を伝えた。



「え、弥生さんに何かあったんですか?」

書類のデジタル化作業に追われるあやめが途中から作業にならないって感じで
本郷と弥生のやりとりを見ていた。

「手ェ止まってるぞ…それ説明するには俺じゃダメなんだ…
 ええと警視正殿の当時の記録記録と…どこだったかなぁ…俺もようワカランが
 警視正殿の残した記録を見ると「なる程!」と目から鱗が落ちるのに直ぐ忘れちまう…」

本郷がカズ君事件からこっちで関係書類やらファイルやらが急に多くなったので
埋もれがちな狭い特殊配備課のあちこちを探りながら言った。

「滅多に起きない現象って言うと生理とは違うみたいですよね」

「はっきり言うね…お前も…警視正殿の分析によると、そう言う女の体の宿命部分の
 影響も皆無じゃあなさそうなんだが、当の弥生が否定したがるんでややこしい」

「生理のせいにしちゃうのは弥生さん的にはNGなんだと思うんですよ、
 祓い人としてもコントロールしてるんだと思うんですけど、キッチリいつでも
 100%の要望に応えられないけどしょうがないよねと言ってるような物ですからね」

「まぁねぇ…毎月とかだと俺もちょっと不便は感じたかもしれねぇ…
 つか…滅多に起こらない現象ってほうがよっぽど不便かも知れねぇよ…全くよぉ」

あやめは苦笑しつつ

「それは確かにそうですね…w んで、葵ちゃんが来るんです?」

「ああ…そういや一人で来るって言うから、お前警務課辺りまで迎えに行ってやってくれ」

本郷は新橋の残した資料探しが捗らないとしけた顔をしていた。

「そうですね、ここまでセーブと…」



「だからぁ、幾らキミが顔見知りで弥生の大事なパートナーだって判っていても
 一人じゃ通して上げる事は出来ないんだって」

警察署の応接場でやって来た葵を足止めしてるのは秋葉であった。
弥生と一緒の所に出くわして立ち話したりしてそれなりに見知った間柄ではあったのだ。

「うーん、なんで大人の世界ってこう面倒くさいんだろう」

「大人の世界だからって言うか…「身分を保障する」「身分を確認する」
 って大事な事なんだよ? キミ自分が百合が原の学校の生徒だって事以外何か証明出来る?」

葵が渋い顔をした

「弥生さんが言ってたのはこれかぁ」

「うん? なるほど、じゃあワタシ改めて特備に連絡しなくても
 富士サン辺り迎えに来るな、まぁ、警察の中をうろつきたかったら
 やっぱり何かそう言う証明出来る物を持たなくちゃね、弥生もキミくらいの
 年で配布はされてたからさぁ」

「でもそれは「弥生さんだから」だと思うんだよね、ボクじゃまだ早いかなぁ」

結構身の程は判ってるんだな、と秋葉は思い、そんな葵をちょっとかわいいと思ってしまった。
そんな時にあやめがやって来て辺りを見回しつつ、

「ああ、神田さん済みません、葵ちゃん、行こうか」

「その子を弥生が大層可愛がって育てていて結構強いっぽいのは知ってるんだけど
 うーん、確かにその子の言う通り、それを知ってても通せないってのは歯痒いね」

「そうですねぇ…、まだまだ葵ちゃん十三歳、これからだよ、ね?」

「そう思いたい!」

秋葉は苦笑の面持ちでそれを見送り、持ち場へ戻った。



「俺達が「今後を見越して」係から課に格上げになったように、
 許可証も段階を踏んでお前にも支給すべきかも知れねぇとは思うんだよな」

特備課にやってきた葵に本郷は目を向けず捜し物を続行しながら呟くように言った。

「それってどーいうこと?」

「まぁ昼過ぎに裕子お嬢ちゃんこっち来させるって弥生が言っててな…
 お嬢ちゃんにはとりあえず「公職適用時証明書」の配布はしてぇんだけど…
 どうせ今後を見越すんなら、単純に弥生一人しか居なかった頃の緊急措置で
 配布開始されたソイツ自体見直していいんじゃねーかなっと」

あやめが葵に缶ジュースをご馳走しつつ本郷の言葉に

「どう言う具合にしたいと思ってます?」

捜し物を継続しつつ、本郷は結構真剣な表情で

「弥生をどこまで信用するか…あるいは信用できないところまで見越した上で俺達が
 アトシマツに追われるか…そこなんだよなぁ…」

「えっと…もしかして捜査権の付与?」

「今でも俺らが認めた場合は捜査権付与されるんだけどな…それをある程度
 俺達に気兼ねなく動けるようにしていいものだか…」

「うーん…確かにそうなるとちょっと考えますね」

葵はきょとんと

「なんで? 弥生さんちゃんとやってるじゃん」

本郷が「ホラこれだ」と葵を見てしけたツラしながら

「「終わりよければ全て良し」とはならないのがこの世の中なんだよ…
 こないだの…お嬢ちゃんとお前さんの捕物帖だってそーだろ?
 「ちゃんと出来たからいいじゃないか」って話にゃならねーのよ、世の中は」

葵が渋い顔をしながら

「でもさぁ、公務員じゃない弥生さんやボクらが動かなくちゃ行けないような
 事態を「想定する」ってだけでも十分そう言う世界だと思うんだよなぁ」

あやめがクスッと笑って

「それはそうだ、私的には一本とられたなぁ、本郷さんの懸念も判りますけど、
 その案賛成しておきますよ、その場合裕子ちゃんや葵ちゃんはどうなるんです?」

「あくまで案だぜ…かなり希望が入ってる、
 弥生にはもうこの際半分公務員になって貰う、ただし祓いだけで生活を保障する
 もんじゃないが昔からそれで商売をやってた一族の一派ではあるんだから
 「権限のみ」の公務員化だ、待遇その他は今まで通り。
 お嬢ちゃんが今の弥生の立場…俺達が「いいぜ」と言った時だけそう言う権限を持てる
 (葵を見て)お前さんは…助手は助手でも権限を持った…詰まり弥生・お嬢ちゃん
 俺・富士、いずれかの指揮と指示の元でという限定付きで公職扱い…くらいはいいかなぁ」

本郷の懸念をあやめは感じ取り

「葵ちゃんが目の前の敵をぶっ飛ばしたくても本郷さんが「ダメ」って言ったら
 我慢できる? それができるなら、ここにも一人で来られるようにするって」

本郷がそれに

「判りやすいな、弥生はいい、お嬢ちゃんもいいだろう、富士の言う事も聞くだろうが
 俺の指示が聞けるか? それができるならこの案のまま富士に公安まで
 連絡とって貰うけどよ」

葵がそれにやや口を尖らせながら

「それが霊の類で本郷さんやあやめサンに見えなくてそれが驚異でも?」

「瞬時の判断が生死を分けるってんならまぁしょうがねぇや、そういうんじゃなく、
 待機中に俺が突撃を待てと言えば待てるかって話だよ」

「そのくらい出来ると思いたい」

「思いたいじゃダメなんだよなぁ」

「できる、出来まーす!」

半ばヤケに葵も言っているが、弥生の懸念の真相を知った後では自分も
「弥生のパートナー」と言うだけじゃダメで成長しなくちゃ弥生にも迷惑を掛けるのだ
という事が判ってきた、葵も、成長をしているのだ。

「…まいいかぁ、と言う訳で、この件はもし要件の盗み見なんてされたって
 抑止効果しかないだろうさ、通常の手段で打診してくれ」

「判りました…、本郷さん、大分カオスですけど捜し物は…?」

本郷はしけたツラのまま捜し物を続行しつつ、井上陽水の「夢の中へ」を口ずさみ始めた。
葵がそこに

「何探してるのか判らないけど、手伝おーか?」

「…いやぁ…見た目ただのファイルだしなぁ…正確なタイトルも忘れちまったが
 見れば思い出すんだ…じゃぁよぉ、どっからか棚一個借りてきてどっか開いてるトコに
 これ…(チェックし終わったモノと思われるファイルの山)をとりあえず
 かたづけておいてくれねーかな」

「うん、いいけど…どこに行けばあるんだろ」

「こう言うのは各課それぞれで別個に聞くか…警務課になるのかなぁ
 全く、ファイルばっかり増えて全然デジタル化が追いつかねぇぜ」

「ボクが一人で聞いて回って大丈夫かなぁ、運ぶのは任せてだけどさ」

そこへ丁度、あやめが電話を終え

「電話+メールで用件は伝えました、私と一緒に行こう、葵ちゃん」

「うん!」

「…仕事早えーな、会話の途中で既にメール文章組み立てて居やがったか
 流石元々エリートの道があったヤツだな」

それより最後にあのファイルを見たのは何年前だっけ、弥生の前回の症状の時に
一回だけならアレはもう七年前になるのか…七年前のファイルってどの辺だっけ…
と、一回腰を伸ばすついでに伸びをしつつ、頭を掻いた。



「やっと見つけた…こんな所にありやがった」

もうお昼前、葵とあやめが借りてきた金属製のいかにも事務用の棚です!
と言う奴にあやめの指示の元使用頻度の少ないモノを最下段、
以下使用頻度が増すごとに上の段というように分けていた時にやっと本郷が
目指すファイルに辿り着いたようだ。

しかもそんな時に警務課から「裕子が到着した」とも連絡が入る。

「よっぽど稀で忘れられがちだったみたいですね…そんな奧に…」

あやめが汗して本郷を労う、ナゾの達成感に溢れて嬉しそうな本郷が

「おう、それよりお嬢ちゃん連れてこいよ! みんなで講習会と行こうぜ」



「祓いの一族」には…勿論これは長い年月による変質…例外もあるのだが
それぞれに特色があった。
新橋は弥生の一例だけでは絶対この事例の特定には至らないと、
全国の祓いの一族から該当するような症状や現状と呼べるような物はあるか、
その伝承や記録などはあるか、あるなら一定の情報量で構わないので
提出を希望したらしく…

例えば京都の四條院やその近縁にまつわるものであれば
「人と深く繋がりを持ち、交流を持つ事」が祓いの力の充実や成長を促すが
そう言う意味で別離が下手をしたら能力の枯渇に至る事もある、
女性特有の体調の変化・妊娠や出産などもそれはそれで強みにもしてしまう
部分がある、ただし、弱みにも成り得る、四條院は良くも悪くも精神に依存する。
余り四條院の男性には祓いの力は現れないが、
現れるとかなり強く育つポテンシャルがあるらしい。
術式的には魔法系列が多い。

天野の家系は男女とも大きく自然から力を得て、それを祓いに変換する事で
能力を発揮するタイプが多く、余り街型ではないが、最近は緑化運動なども功を奏し
都市部にも天野は存在できる、四條院と相性がよく、お互いを補い合う事もある。
四條院の溢れ出る泉のようなチカラを変換することで天野は長く活動できるフシがあるのだ。
天野は基本その命を祓いの力への変換の元にしているので、激しく長期の活動には
向かないというか、文字通り命がけで挑まねばならない。
術式的には武芸・格闘系列が多い。

そして問題は…十条だ…
祓いの力を継続して継いだり見守る事の無かった十条には上記、四條院や天野のような
「傾向」「謂われ」というモノが既に失伝して居たのである。
全国の十条に問い合わせてもこれと言ったモノは出てこず、千年の重みを新橋は思い知る。

そこで彼は考えた。
弥生の祓いの力の急激な衰えが来る時期というのは、
「九割以上が欠ける部分食〜金環食〜皆既日食」のようなものではないか、と。
祓いの源や、自然のサイクル、そう言う意味での女性特有のサイクル、色んな要素が
ある一点で重なる時期が来るとなる現象なのではないか、十条はその代わり
四條院ほど精神の調子でチカラの博打はしなくて良いし、
天野ほど命と引き替えと謂うほどでもない、
ある意味、「そこの数日間」さえ凌いでしまえばどの祓いの一族より安定したチカラを
得やすいのではないか…ということ。
加えて弥生は万能タイプ、魔法系列も体術もなんでも御座れと言う希有な存在。
この才能は大事にしなければならないという一言書きもある。

なるほど、新橋の弥生への肩入れには「各祓いの一族の特徴」も相まって
高いレベルで万能タイプという弥生の特徴の再確認もあったのだろう。

「…としたらおねーさんはまた別なタイプになるのかな?
 あ、でもこないだ弥生さんがやってた属性別で詞の使い分けとかは結構得意なんだっけ」

葵が裕子に話しかける

「どうなんでしょうねぇ…叔母様ほど攻撃的なチカラの使い方をしてこなかった「だけ」
 といえばだけなのかも知れませんが、成長の過程で「何でも防御」
 「なんでも無かった事に」という所の方へチカラが膨らんでいるようです、
 そう言う意味ではわたくしも万能タイプなのだと思いますよ、叔母様とは
 得意とする範囲が違う…まぁそれもかなり大きな要素ですが…」

そこへあやめが

「裕子ちゃんは今まで体調とかに引きずられて寝込んだ事は?」

「ありませんわ、むしろ七年前の叔母様不調の時にはわたくし迂闊に看病時に側で寝てしまって
 次の日に引きずられたくらいでしょうか…」

裕子のその証言に葵が

「ああ、それで弥生さん知ってたんだ…一緒に寝ちゃダメって」

「ホントにほんの数時間ベッドの横でもたれて寝ていただけでした、
 乗り物酔い的な祓いの力の波動になって体調にも悪影響が出ましたわ
 阿美さんが結局その時はお世話してましたねぇ」

「今日は土曜…明日に掛けてじゃあ先生に甘えさせて貰うかなぁ」

「下校時志茂さんに言づてをしつつ葵クンからの報告で今日は
 志茂さんとわたくしは阿美さんの家に泊まり、
 阿美さんだけ叔母様の所に行って貰おうかなって話し合いましたの、
 わたくしと志茂さんは事件を追いませんと…」

そこであやめが思いだした。

「あ、そうですよ、公職適用時証明書を発行しませんと。
 裕子ちゃんは本郷さん案でも従来型で行く予定ですから、
 写真さえ撮ればいつでも発行できますよ、証書と証明バッジ(手帳式)」

本郷がそこへ

「ああ、そうだな…発行しちまうか…ん? 富士よ、公安からメール届いてんぞ」

デスクトップパソコンの液晶パネルには、先程要件送信したメールソフトが
前面に来たままだったので、着信の太文字が何となく目に付いた。

「あっ、はい…(カチカチ…)あ、ええと…裕子ちゃんの証書などの発行
 チョット待ってください、今日日中は我慢してくれですって…どういうことなんだろ」

「あの警視正殿の事だから、俺達のこの流れ予感して後は俺達が
 「それぞれにどんな権限を与えるか」だけを待って今作ってるところとか有り得るぜ
 お嬢ちゃんも「かわいい」も最近ヤケに畏まった写真撮らされなかったか?」

裕子はそれに

「わたくしは…修学旅行が台湾予定なのでその関係でパスポート用のが余っておりましたから
 それが欲しいとは叔母様に四月中旬から下旬に言われまして渡しましたけれど…」

葵が更に

「そういえばその…新橋さんが弥生さんとによしので食べるって時に撮ったなぁ。
 制服じゃないとダメっていわれて」

本郷がニヤリとして

「ホラ見ろ、あいつは抜かりなさ過ぎて怖いくらいだね」

「一応…確認取りますかねええと…」

とあやめが受話器を取ろうとすると、直通で特備に電話だ。
余りのタイミングにあやめがちょっとビックリしながら受話器を取って挨拶をすると

「…はい、今拝見しました、あ、矢張りそういう事なんですね、判りました、
 有り難う御座います、ん、はい、判りました、伝えておきます、では…」

本郷が訝かしげに

「うん? 思い通りの展開だったか?」

あやめがふざけてちょっと新橋の真似をするようにメガネを直す真似をしながら

「「警部の判断は正鵠を射ていると思いますよ、評価します」ですって」

「つか、このタイミングで電話とかよ…こないだ来た時に盗聴器でも
 仕掛けたんじゃねーだろーなおい…」

そう言えば…と葵が

「ボクってタイプ的には「天野さん系列」になるのかな? 体術系とか」

本郷がそれに「違うね」と速攻否定を入れた。

「どーして?」と問う葵に本郷は

「命削って戦うタイプなら弥生はお前をあんなに派手に使ったりはしないし
 普段はもっと抑えて生活しろって言うよ、アイツがそういう事を言わずに
 どんどん育てようってんだから、アイツの言う通り、お前さんの体には
 神が宿っているのさ」

あやめも裕子も深く頷いた、そして矢張り付き合いの長い本郷は良くそれを判っていた。

「神って言われてもピンと来ないんだよね、嬉しいんだけど」

そこへ裕子が

「「形容不可能・分類不可能」と言う事なのだと思いますわ、
 だから「そうとしか言いようがない」のだと、そのくらい、葵クンは
 奇跡的なチカラと才能の持ち主なんですわ」

「そうだね、私もそう思うよ…、優しいいい子だと思うし、
 弥生さんはロリコンじゃないけど葵ちゃんは別って言うのと同じ感じで
 私レズじゃないけど、葵ちゃんが妹だったらシスコン姉間違いナシだねw」

葵は顔を真っ赤にしてクネクネしつつ

「いやーん…そういうのくすぐったいしぃ…そろそろお昼にしない? ここ食堂ある?」

本郷はしけたツラというか複雑な顔で

「あるよ、カネ持ってるか? あるか、ん、じゃあ行ってこいよ
 一応一階の係…神田辺りでいいかな、に声かけてさ、一般の手続きとって…」

本郷はまだ秋葉からの弁当の差し入れを受けていて、しかもその弁当代を払っていた。
「作って貰ってる」という段階になっていた、と言うか払っても払わなくても
秋葉は作ってくるのだが、それじゃあ気が済まないと言う事で弁当代を払っているのだ。

あやめもちょっと悪そうに

「ごめんね…署内で過ごすのが判ってる時は私も家で作ってきた弁当なんだ…w
 本郷さん一人にするのもなんだし…w」

「気にしなくてもいいけどよぉー」

裕子がそれでは、と

「では、そのように致しますわ、量はどのくらいなのでしょう?」

それには本郷が

「定食系はまぁ普通って感じかな、蕎麦とか麺類はひと玉がちょっと多めだな」

「おっ判りやすい、じゃあ、行ってこよーか、おねーさん」

「ええ、参りましょう♪」

お手々繋いで食堂に向かっていった。

秋葉の差し入れ弁当の包みを開けながら本郷が

「…とはいえだよ「日中は」我慢してくれってどーいうこと?
 まさかまた直で持ってくるから夕方ね、とかそーいうこと?」

あやめも包みを開けながら苦笑しつつ

「流石にまた警視正自らって事はないと思いますけど…航空便から
 バイク便取り次ぎじゃあちょっと心許ないですから、やっぱりあちらの
 公安からどなたかが直接いらっしゃるんでしょうねぇ」

「ああ…資料探しのついでにお前らにちょっと整理頼んどいて良かったわ
 ちぃとは格好も付いただろ」

「完全に偶然の産物ですけどね…w」



その頃弥生は何とか起き出して葵が事務所においている小さい冷蔵庫から
レンジからなにからベッドの側に置いてくれていたお陰で何とか
「食べるか…」という気になって準備してた時である。

「…あ…やべぇ…何年ぶりだよ…葵クンの…あったよね…」

足の間を血が伝っていた、そういう事だ。
祓いの力の歪みはこの時結構酷く、普段なら抑えられるはずの生理を
抑える事も出来なくなっていた、これは大学の時になった時より状態が悪く、
十年ぶりくらいの大不調…しかもあの時に比べチカラは格段に高いレベルで安定しているのだから
より酷い落ち込みようと言う事も差していた。

弥生はちょっとイライラしつつそれらの処置をして

「婆さんもタイプ的には私に近そうだったし、こんなんだったのかなぁ…」

と呟きながら「女性特有の」と言う物に甘えたくない弥生は少し悲しくなってしまった。



昼過ぎには署に志茂も合流していた。
限定的とはいえ、被害届もマトモに出ていない裕子の学校を捜査するのに
裕子自身が捜査権を持てる事に志茂は喜んだ、やはりただのそこの学生と
フリーのジャーナリストと言うだけでは探れる事に限界があって壁に当たっていたのだ。

「まぁ、一応何回か取材にはお伺いしますって名目で…明日も
 無人の講堂の写真が欲しいとかなんとか理由つけて入るアポイントは取ってたんだけど
 これに関して正規で裕子ちゃんが捜査できるんだとしたら色々捗るかもね」

本郷がそれに頭を掻きながら

「まぁ、こっちで人員は割けねェからお嬢ちゃんが捜査員としてってのァ別にいいんだが
 お嬢ちゃんが「祓いの力を持ったちょっと違う人」って言う情報は上の方には入ってンのか?」

本郷の疑問に裕子が答え、

「学長を始めとした極一部の教職員の方だけですわね、流石に葵クンのように
 ほぼ全ての人が「アレは別」と言えるほどには浸透しておりませんね、
 わたくしが合気四段と言う事すら余り知られていないかも…」

「…んーまぁ学長とその一部の教職員ってのにだけ正式に通達入れてから
 向こうに判断させるか…いいか、お嬢ちゃん、これ交付されたら最後、
 こっちから要請入ったら授業だ何だ関係なく出動を余儀なくされる事も覚悟してくれ
 弥生が居るからまぁあんまりないとは思うが、覚悟だけはしてくれ、
 「かわいい」もいいな…? ってかお前さんは元々弥生について早引けとか
 結構やってたな…」

「叔母様の父親であるお爺様が百合が原の学校の学長とゆかりのあるという事と
 やはり叔母様と付き合いの長い阿美さんがいらっしゃるのは大きいですね
 わたくしの学校の学長は十条に繋がりはありますがそこまでですし
 しかし、交付されるからにはわたくしも責任を負う分けですから、判っております」

「ま、そんなに堅くなる事はねぇよ…油断は良くねェが、そんな大変な祓いも
 ねぇだろ…カズ君事件から一週間くらいが異常だったのさ」

そこに葵が

「確かに、そうだね…そう言えばあれもこれも判らない事だらけだな…」

あやめがそれに

「でもそれは、突いちゃ行けないって弥生さんが言ってた、今の私達では
 下手な追及はやめておきなさいって、言われちゃったな」

志茂が

「まぁ多分、あの辺のあの辺りかなと弥生さんは目を付けてると思います。
 その上で詮索無用と言ってるんですから、私達はそれに従うべきと思いますよ」

本郷に戻って

「多分、普通の人間や法の杓子定規じゃどーにもならねぇ事なんだろうな
 俺もまだ命はオシイや、放置で最悪の事態になる前までには判断が欲しいが
 その前に俺達特備も連携を深め強めてお嬢ちゃん達もレベルは上げといて呉れや」

と、皆が頷き合った頃、特備に一人の人物がやってきた。


第一幕  閉


戻る   第二幕