L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:SEVEN

第二幕


「警察庁警備局特殊配備統括課よりお伺いに上がりました…
 蒲田御園(かまた・みその)巡査部長であります…新橋警視正の指示により
 お伺いに上がりました…宜しくお願い致します…!」

余程急いだのだろう、やや息も上がり気味な妙齢の女性刑事。
勿論顔も体も弥生好み、本郷はやや渋い顔で頭を掻きながら

「…警視正殿も富士がイイ感じだからって二匹目のドジョウ狙いってのは
 欲が深すぎるんでねーの…?」

あやめ以下、御園以外の全員が「そうだよね…w」と汗する。
御園はなんの事か判らず、あたふたしてると、あやめが

「まぁ、こちらにどうぞ…今お茶でも淹れますので…」

「申し訳ありません、私軽度とは言えカフェイン過敏症なので、
 喉が渇きましたら自分で水なり買いますから…」

本郷がさらに

「あのカフェイン女に更にノンカフェイン女刑事ぶつけてくるとは、
 警視正殿は全くチャレンジャーだな…」

いちいち新橋の意図が透けて見えてくるのに御園以外の全員は頷くしかなかった。

「ええと…先程からお話の意図が読めないんですが…」

御園のごもっともな姿に、あやめは一ヶ月ほど前の自分の姿を重ねて
「ああ、私もこんなだったなぁ…」と思えるくらいには特備に馴染んでいた。

「いやぁ…どうしようかなぁ…これ言って蒲田巡査部長が異動願いとかって事態は
 流石に俺の管轄じゃねーし…」

本郷が心底「参ったな」という感じで頭を掻く、あやめがそれに応えて御園に

「弥生さんは何て言うか凄く特殊な人で…人を選ぶって言うか…
 あ、気むずかしいとか言う意味じゃなくてですね…むしろフレンドリーなくらい
 なんですけど…」

「…はぁ…」

本郷がそこへ

「まぁ良いや、警視正の狙いだけは言っておくわ、多分お前さんを
 弥生の道外活動させる時の担当にしたいんだと思うよ、それで
 「任務に一生懸命です!」ってカンジの初々しいお前さんを寄越したんだわ」

「…申し訳ありません、その警視正の狙いは判ったのですが、それが
 なぜまだ配属になって間もない私なのかが判りません」

「やっぱそこ掘り下げちゃうよね…w」

あやめがかつての自分がそうであったように考え悩む御園に同情を向ける。
しょうがねぇなぁ…と本郷は呟き、窓際に立ち、くるっと振り向いて

「はい、この中で弥生お手つきの人!」

と言うと、女性陣のあやめと御園以外の、志茂・裕子・葵が元気よく手を上げる訳だ。
あやめがもうどうしようもないよね、と言う感じで

「あの人レズビアンなんです、しかも結構移り気な…私が何かそこを上手く
 弥生さんと「そういうの抜きで」良くやってるって事で貴女をここに
 寄越したんだと思うんですよ…w」

御園の「ハァ?」という表情(かお)がまた懐かしい。
あやめは心底同情した。

「うん、よく判ります、私もそうだった…こう考えてください、貴女は多分あの人と組んだら
 振り回されるんですけど、それで成長して行けば逆に弥生さんの手綱を握れるように
 なるんじゃないのかって警視正の読みがあるんですよ…私もまだそこまでじゃないですけど」

「…そういう風に言われるとなる程って思います…」

「いちいち一ヶ月前の私思い出すなぁ、凄い同情しちゃう…w」

本郷がそこに

「多分今日は顔合わせだけの積もりだよ、お前さんは多分他の…四條院とか天野とか
 十条にしても北海道の十条じゃない別なのとかの担当補佐として普段は過ごすと思うぜ」

「あ…っ、でも…どうやらここにはいらっしゃらないようですね?」

「伝えるまでもないかと思って抜いちまったが、弥生は今体調崩しててなぁ」

「それは困りました、本人に直接支給せよと厳命されていまして…
 恐らくこちらの特備に来ているだろうから…と」

真面目だなぁ…たった一ヶ月のことなのに、何で私こんなに「懐かしい」と思うんだろう
とあやめは一人胸に染み入る感情に浸っていた。

「顔合わせだけの積もりだったろうし、まだ日は高いし、終わったら直ぐ帰ってこい
 ってカンジだったのか?」

本郷の言葉に、御園はちょっと困ったと言う表情で頷く。
本郷は警備局に電話を掛け、手短に用件を告げ少し電話を待つ。

「ああ、どうも警視正、蒲田巡査部長は確かに今ここに…ええ
 どんな手を使っても最短でとか仰有ったんでしょうな、その通りに来ましたよ…
 それで問題はですね…弥生が今「皆既日食」だって事なんです…
 ええそう、部分食でも金環食でもない、皆既日食だと思われますよ、
 「かわいい」…いや、日向葵の証言と警視正殿の記録を合わせると…」

皆既日食…御園以外の全員が先程のファイルを見る限りそこにはこうあった。
「もう自分をコントロール出来ない状態、精神的にも肉体的にも不安定
 触れるべからずな領域」
葵がそれに

「うん、確かにそんな気の落ち込み方はしてた、じゃあ今戻るのは
 例えボクでも神経に障るかも知れないなぁ、付き合い長い先生に任せておこう」

あやめがそこへ

「そんなに酷いの? 困ったな、終わったらお見舞いにでもと思ったけれど」

本郷が訝かしげな顔で電話を続け

「そうですか? そう上手くゆきますかね? まぁ判りました、では…
 (電話を切り)おい、富士、蒲田巡査部長を連れてお見舞いがてら支給しに行け
 おっと、その前にお嬢ちゃんと「かわいい」の分はここで支給してくれ、
 お前らはお前らで学校の方を探るといいだろうよ、学長の方には俺から連絡しとく
 …というわけで、富士、例え短時間でチラッとでもいいから会わせろとよ」

「…判りました大丈夫ですかね…、こう言う時何買っていったらいいんだろう…」

あやめの呟きに葵が

「判らないなぁ…ボクには、おねーさんは看病した事あるんだよね?」

「わたくしもあの頃は小学生でしたから…桃缶とかそういうのしか浮かばなくて
 叔母様は食べてくれましたけれどね」

そこへあやめが

「とりあえずアポイントメントだけは取っておくかなぁ」

と、スマホで弥生の携帯に電話を掛けた。



時間を前幕最後の「昼過ぎに志茂が特備に合流した頃」まで時間を戻そう。

弥生は昼食を終え、何とか後片付けをしつつベッドの上で大人しくしながら
前にも後ろにも進まない感覚を味わっていた。

眠たくない、けれど起きて何かをしたいという気分でも体調でもない。
音楽を聴く気力もない、テレビやラジオなど論外、
目を開けていても見えるのは壁や天井だけ、見ていても詰まらないけど
目を瞑りたくもないし、矢張り眠たくはない。
そしてそんな自分に軽くイライラしていた。

そんな時に廊下を歩くヒールの音…歩幅などから弥生はそれが阿美だと判る。
合い鍵を使って阿美は静かに入室し、そろーっと寝室を伺う。

「…起きてるわ、いらっしゃい阿美、何もしてあげられないけれど」

「ん、なんかまた今月は弥生ツイてないね…」

弥生は自嘲気味に苦笑しながら

「ホント…なんでこんなんなってるやら…」

阿美はそんな弥生の額に掛かる前髪をアップにするように撫でて

「でもしょうがないのよ、そう言う時はあるのよ、うん」

お、空気清浄機までこっちに置いて、流石日向さん
とか言いながらそのスイッチを入れ阿美がタバコをくわえつつ

「弥生は? 吸う?」

「んー…気分じゃないなぁ……ああ、阿美は気にしないで吸って」

「今飲み物は?」

「…なんだろ…」

「じゃあ、ワタシ適当にコーヒー入れちゃうけどそれでいい?」

「任せる」

「ん」

牛乳多めのカフェオレを弥生に渡しながら阿美が

「弥生はさ、色々背負って責任もあって大変なんだよね、
 大人の間に女子中学生だったり女子高生だった弥生が体調如きで
 へこたれてられないって、祓いの力を持った人が弥生しか居ないとか
 もうそれはそれは自分で選んだ道とは言え物凄いプレッシャーだったと思うよ」

阿美はタバコに火を付け吸い始めながら

「大学に上がったら今度は先ず担当が固定しないのとやっと決まったらまた
 体調崩して…そのうち今度は日向さんを引取って…毅然とした大人でなくては
 ならなくなったのよね、いつ気を抜くんだろってくらい
 …だからさ、今のこれは「ちょっと休んどけ」ってどっかからの啓示なんだよ
 弥生はいつだってそうだった、飄々としてるようで物凄く考えて居て…」

とばかり話した頃、阿美は話題を変えた。

「「見えない婆さん」って人…あの人と会ってから弥生変わったよね
 ワタシにもなんか優しく色々してくれるようになって」

阿美の話題変換に弥生は「んっ」と阿美の方を見て

「うん、まあ…考えるところがあった…てのはあるかなぁ」

「勿論、ワタシそれで弥生に惚れ直したし、それで今までやって来たんだけどさ
 ワタシ、寄らば斬るってカンジの頃の弥生も好きだよ、(苦笑気味にして)
 あんな弥生と仲良くできるのワタシくらいなモンでしょへへーんって感じでw」

弥生も釣られて苦笑した

「あんな私にでも阿美を引きつける何かがあったのかなぁ」

「違うよ、初めて話した時の事、覚えてないかな、中一になって廊下でばったり出会って
 弥生一瞬だけどワタシの全身をさっと見たんだ」

「ああ…(苦笑)今なら言ってもいいというか阿美ならお見通しかな…
 「二次性徴って凄いな」って思ったんだよね、阿美見て」

「実はあの時ワタシも弥生に同じ事を思ってたんだよ、つまりあれ、
 どっちがどっちにって話じゃなかった訳、最初に声かけたのがワタシだってだけで」

「同類レーダーみたいなモンかな、ははっ」

「ある意味運命だと思ってる、弥生、貴女が誰を愛そうと誰と住んで
 どんな一生を送ろうと関係ない、貴女は恋人じゃあないし、そう言う関係に
 落ち着きたいとは思わないけれど、貴女を一生愛している」

「私もだよ…」

弥生の目に涙が溢れてきていた。

「私の弱いところを…見せてもいいって思える一生の人だ」

阿美は弥生を撫でながら

「愚痴吐くなんて弥生らしくない、だから泣いちゃえ、弥生、今は弱ってていいんだ」

大声ではないが、弥生は静かに泣いた。



少しして落ち着くと、弥生の気もなだらかになってきたのか、
普通に何かをつまんだり、飲んだり、タバコを吸ったりするようにまで落ち着いた

「ねぇ、弥生? ちょっと買い物行くけど、何か必要なものある?」

「ナプキン…量多めでも大丈夫ってのがいい、葵クンのを余り使うと悪いし
 葵クンのそんな量多めタイプじゃないし…」

「ん? ちょっと弥生…(色々見て回って)
 ダメだって! 弥生、こう言う時には薬だって飲まなくちゃ!
 祓いの力が上手く作用しないならそう言うところにも気を向けないと…!」

「え…あ、そうだね…ゴメン」

阿美は弥生から症状やアレルギーなどについての話を慎重に聞き、
「病気の可能性も考えなくちゃダメだよ」と念を押してから
とりあえず様子見の投薬を兼ねて近所の薬局まで買いに走っていった。

持つべきものは友達というか…友達と言うにもよく判らない、不思議な関係だけれど
阿美が居てくれて、救われたと弥生は心底思った。

そんな時に二項前、あやめの電話が重なった。

落ち着いて気も少しなだらかとは言え、具合が悪くはあった弥生だが、あやめから
と言う事で勤めて普通っぽく

「こんにちは、あやめ。 どうしたの?
 …ふむ…なるほど…うん、まぁ今から数時間内は多分結構落ち着いてると思うから
 どうぞ、いらっしゃい、何もしてあげられないけれどね」

と、電話を切って、ふむ、そうか…公安の新人を連れてくるってことは
少しは大丈夫そうを装った方がいいのかな…と弥生は思ったのだが、
そんな時に阿美が帰ってきて世話女房しつつ

「阿美…今からあやめが何か私に新しい公務許可証と共に公安の人紹介に
 連れてくるんですって」

「弥生の状態知っててそれでも来るって言うんだから、それなりに何か
 大きな理由があるんでしょうね、うーん…」

弥生は今大きなクッション状枕に上半身もたれつつ楽にしている感じ。
阿美はちょっと考えて

「ブラウスだけ、羽織っておきましょうか、髪も梳かすくらいはワタシするわ」

「悪いわね…」

「そんな遠慮はワタシ達の間ではナシよ、むしろ今まで沢山ワタシの為に
 色々してくれたお返し」

二人は見つめ合って微笑み合い、軽くキスを交わした。



あやめと共にやってきた御園に阿美も一瞬で「お上の意図」が透いて見えた。
「…なるほど」という表情をした。 あやめもその空気を察知して、

「そう言う訳なんです…w」

あやめ達二人をベッドルームに通したら阿美は自分には直で関わりのない事なので
リビングでコーヒーとタバコを楽しむ構えだ。
弥生は前述の通り大きめのクッション枕で上半身を起こしつつ体を沈め休んでいて下半身は
毛布で判らないが恐らくパジャマ、上半身はキャミソールにブラウスを羽織っているだけ。

「…悪いわね、折角東京からここまでご足労願ってこんな有様で…」

流石の弥生も薬も効きかけ、失血量もそこそこあり祓いの力も安定せずの状態では
冗談めかす事も出来ずに、挨拶もそこそこ、ちょっと気弱な発言をした。
「うーん、これはかなり弱ってるな…」とあやめは思った。
御園が「ちょっと目のやりどころに困るな…」という感じの視線で

「それで…あのこれを…名称はほぼ同じですけど「公職適用証明書」…つまり
 十条さんには権限的には一般の警察官と同じ捜査権が付与される事になりました!」

弥生はそれを受け取りながら

「ふぅん…新橋には何か考えがある的に思ってたけど、本郷がそこまで思い切ったか…」

あやめが

「信頼してます、そして弥生さんも私達を信頼してください、これはそう言う事です」

ちょっと弱々しく弥生が微笑み

「…判った、有り難く拝受するわ…」

「じゃあ、用事は終わったんですけど、弥生さん!」

「え?」

「五分ほどお待ちください、蒲田さん、ちょっと」

「はい?」



キッチンであやめは林檎を剥きつつ、御園がそれを手早くすり下ろしていた。

「第一印象どう…? っていってもあれじゃあなぁ、いつもより弱ってるし」

「いえ…あの…」

御園が「ファースト・インプレッション」と聞いて先ず思い浮かんだ事は
全く公務にも、そして自らの性癖にもなかったはずの事だった。
その困惑した様子にあやめが

「…ああ、うん、判った…私も麻痺してきたなぁ…凄いよね、あの人のプロポーション」

御園がびくっとして摺り下ろし器に指を引っかけてしまった。
図星だったようである。
アワアワと焦る二人にリビングの阿美が気付いてやや呆れた様子になり

「ワタシが摺るわ…、今救急箱と絆創膏はベッドルームだから治療して」

「す、済みません!」

あやめが御園を連れベッドルームに、窓の外を見ていた弥生が少々訝かしげに

「どうかしたの?」

「ああいえ…蒲田さんがちょっと怪我を…」

弥生は少しその様子を見て

「どれ…蒲田さん、見せて…」

「は…はひ…?」

右手のその結構な裂傷というのか、摺り下ろし器で負傷してしまった指を
手に取り、弥生はそれを口にくわえ傷口を舐めた。

あやめにはそれが多分「治療だ」という事は分かったのだが、にしても
弥生にしては判断力が鈍っているような…チカラの戻り具合は…とか
色々渦巻いてしまって何も出来ず、そして御園は固まって居た。

やや艶めかしく少しの間そうして、弥生の口から御園の怪我をした指に
絡められていた舌がほどけると…傷は矢張り完治していた。

あやめは一応フォローも兼ねて

「…チカラの具合はどうです?」

あやめのフォローを受け取って弥生も

「…まだまだね…いつもならあのくらいひと舐めよ…」

「そうですか…何日くらい引きずりそうです?」

「それは何とも…多分週明けには突入すると思うわ…悪いわね…でも
 裕子や葵クンを使ってあげて、私でなくても出来る教育はあるはずだわ」

「はい、お任せください…って、私もまだまだ吸収段階ですけどね」

「いやいや…怒濤の一ヶ月だったお陰か、結構キモ座ってきたわよ…
 …蒲田さん固まってるけど、直ぐ帰らなければならないようだから、ヨロシクね」

「あ…はい…w」

御園は固まって居た。
レズで美人の女の人にセクシーに妖艶に指を舐められたと思ったら確かに
怪我をした指が治っているのだ、祓いの力の一端を、御園はここで初めて知ったのだ。

「…すごい…」

あっという間に治ったその傷に弥生がまた外を向きつつ

「そのくらい、五歳の裕子でも出来たわ…、祓いの力の行使される世界の激しさを
 貴女もこれから知るでしょう、覚悟なさい」

「あ…っ、は…はいッ! では…失礼致しました! 養生してください!」

弥生は一瞬あやめと御園の方を向いてニッコリ笑って手を振った。

「林檎はちゃんとアナタ達二人からって言っておくから」

玄関まで見送りに来た阿美がそう言うと

「済みません、なんかかえってゴタゴタしに来ちゃって…」

あやめが応え、御園も「お騒がせしました!」というのだが、阿美はニッコリ

「アナタ達と会えたことは、弥生にとってもちょっとずつ復調する切っ掛けになったと思う」

「そうあってくれるといいですが…、とりあえずお邪魔しました…!」

二人がお辞儀をして去って行く。
摺った林檎を盛りつけてスプーンと共に弥生の元へ、矢張り弥生は少し無理をして
普通を装っていたようだ、疲れが滲んでいた。

「治らないわね、アナタのそのカッコ付けたがりは」

「んー…やっぱ性分なのよね…」

「じゃ、これあの二人から…はい、あーん」

弥生はちょっと顔を赤らめ焦った

「えっ…///」

「え、じゃあないわ、ワタシがねだって弥生にあーんして貰ったことは
 結構あるけど、弥生にしたことなんて数えるほどしかない、だから今日明日は
 思いっきりワタシが甘やかしてあげる♪」

クールが持ち味の弥生だが、正直悪い気はしない。
ちょっと締まらない笑いを浮かべながらも

「あーん…///」



駐車場まで降りてきたあやめは本郷に電話を掛けた。

「本郷さん、終わりました、どうしましょうね? 札幌駅まで送るか
 それとも札幌新道から私一気に千歳空港まで送って直帰でもいいですかねぇ?」

『なんてかお前も加減が判ってきたっつぅか、いいよ、お嬢ちゃん達に指示できることが
 あったとしても俺がその役目を負うわ、一応お前サンまだ一ヶ月だもんな、
 ここに来てから…なんか色々あってもう一年くらい居るような気がしてたが…』

「いやぁ…私もたった一ヶ月なのに妙に馴染んじゃった気がしてます…
 油断がこれから生じるかも知れませんねぇ、行けません行けません」

『そーだなぁ…まぁ、とりあえず今日はそのお嬢さんをだな…ってどうだったよ?』

あやめは御園をちらっと見て小声で

「…やっぱり弥生さんも本調子じゃないからか…加減がちょっとおかしくて…
 彼女がとりあえずこのまま別な担当について冷却期間をおくのはイイと思います…」

『何やらかしたんだよ…』

「蒲田さんが怪我した指を舐めて治しただけです、それだけと言えばそれだけです」

『ああ…想像つくわ…そこまでイヤらしくねっとりやる意味あるのか…ってカンジだろ
 そらーちょいとヤバいかもな…陥落寸前だぜ、しかもそれが祓いの力を
 目の当たりにした初めての瞬間だって感じなんだろ?』

「…その通りです…本郷さん流石ですねぇ…一気に心を引き寄せた感じです、
 あの人は、加減をしないとホントに魔性の人ですよ…w
 (ここで声量を戻して)では、蒲田巡査部長を空港まで送って直帰しますね」

電話を終えて、まだ少しぼうっとしている御園にあやめは「どうしたもんかな」と思いつつ

「蒲田さん、空港まで送りますよ、乗ってください、チケットの予約とかは
 ご自分でお願いしますね」

「…えっ…は、はい! 有り難う御座います!」



弥生の家のあるマンションから少し北上し、北33〜34条の間にある札幌新道千歳方面に乗り
結構なスピードであやめは飛ばした。

新道に乗るまで間、御園は飛行機のチケットなどの予約をしつつ、ぼうっとして居たが
新道の流れに乗った辺りで我に返ったように

「あの…「覚悟なさい」って…そんなに過酷な世界なのでしょうか…」

あやめは何とも言えない気分だった、自分の火消し初体験が思いっきり今までの
祓いの中でもヘヴィ級だったらしいのだから…

「それは…巡り合わせだと思いますよ…私のは…街角の一角が整備不良起こした
 精肉工場みたいな有様から始まったんで…あと…一時的に…そして
 「無かったこと」になったとは言え、私の無謀な作戦で私…右腕のこの辺…
 (と言って一瞬左手をハンドルから離し右腕の部分を差す)
 一旦もぎ取られたんですよね、アレはもう二度と味わいたくなかった…w」

自分と同い年か一個下くらいの御園にはそれは余りにヘヴィだった。

「私が最初の一ヶ月の…更に最初の一週間でそんな経験したモノで…
 でもあの本郷警部にしてみれば「あれは異常」なんだそうです、
 そう…ちょっとしたビルや施設の幽霊騒ぎの祓い…本来そのくらいなんだそうです、
 多分、よっぽど巡り合わせが私みたいに悪くない限り、
 順当に経験を積んで行けると思いますよ…w」

「そ…そうですか…」

「例えば…」

と、あやめは…「アルシナシオン」の中でもケース分けされていない…
例えばケース5第一幕冒頭の「何てこと無い祓い」と軽く流した事件を詳しく話した。
「本来そっちがメインらしいですよ」と付け加え。

「ただ…弥生さんはどうも規格外の強さらしいです、あんなにオールマイティーに
 色々な能力を発揮できる人は少ないらしいんですよ、私はむしろ他の例を知りません、
 四條院の人は呪術的と言うけれど、天野の人は武術体術的というけれど、
 それがどう言う物かは良く判りません、ただ、弥生さんはその両家の特徴を内包しつつ
 そのどれもが高いレベルなんだそうです、新橋警視正からもし直接聞けるのでしたら、
 あの人の話を聞いてみるとイイと思いますよ」

「そうですか…(怪我をしてた指先を撫でながら)ビックリした…」

あ、やっぱり今までの話は半分でそっちのインパクト大きかった?
とあやめは汗し、かつての自分をもう一度思い出して

「あの人はちょっと思いがけない人…沈着冷静ってカンジのイメージからは
 ほど遠いようなとんでもない作戦をためらいもなく展開しちゃう人なんですよ…
 一ヶ月の間で私はなんか一年担当したようなスリルぎゅうぎゅう詰めの
 ジェットコースター味わいましたよ…w」

「それでも、ついて行けたんですね、富士警部補は…」

「弥生さんは…思いがけない人だけれど、基本的に優しいですよ、
 まぁ…その…「女なら尚更」って言うのは喜んでいいのか…ですけれど…w
 何だかんだいいながら、祓いの力を持たない私達のことは気に掛けてくれています
 そしてでも、それに対して甘えるのではなく、グイグイ理解を深めてきて欲しい
 という一種の宿題を毎度提示されてる気がしますね…なんとか及第点は貰ってるのかな」

「そうですか…」

御園は指の「傷跡だったところ」をさすっている。
あー、ちょっとこれ心奪われちゃってますか、とあやめは汗した。
よし、甘い幻想はとりあえずぶち壊しておこう、と決意し

「ちなみに弥生さんの家にいた南米系ハーフの人、十四年来の弥生さんの愛人さんです、
 それ以外にもチラホラと肉体関係を結んでる人が居るのは特備課で三人
 「お手つき」さん居ましたよね?w」

「じゅ、十四年? ってあの…」

「中一から…恋人にはついぞならなかったけれど、でも大親友でそして愛人なんですって」

御園が愕然としている

「エッチは「相手を選ぶコミュニケーション」なんですって、まぁ
 女同士というか同性愛だからこそ持てる感覚なのかも知れませんが…」

「なるほど…男女では洒落にならないですものね」

「まぁ…そう言う訳で私も慣れてきたとはいえ未だに「この人は乱れてるなぁ」と
 改めて思うこともしばしばですよ、あの人のインパクトに負けちゃダメですよ
 今、蒲田さん飲み込まれ掛けてます…まぁ飲み込まれるのもそれはそれで
 手なんでしょうけれど…たぶん火消しとしての「公務」には支障をきたす恐れが
 ありますので…その…燃えさかろうという気持ちは抑えてください…」

図星を突かれて御園が黙った時にあやめが

「私も一回…出会って二日目でちょっとグラッと来ちゃったんです。
 でも弥生さんの方が抑えてくれました、それで持ち直せたんです
 あれ…私がもう身を委ねちゃってたら、今の私はなかったかも知れません
 深入りしすぎて、業務に差し障りが出てきてたかも知れません
 あの人は…甘美な毒薬です、でも、向き合って付き合う事の出来る妙薬でもあります」

「甘美な毒薬…」

「ええ、警察って立場でなく出会ってたら…特殊配備…火消しとしてではなく
 直接関わりのないところで出会っていたなら…ちょっとそう言うifは
 考えてしまいますね…でも、そうじゃなかったんです、それを考えることに
 意味はありません、私達は、彼女たちが気持ちよく仕事を遂行する為の
 お膳立てをする為の課でもあります、蒲田巡査部長も、負けないでください
 勝つのはあの人の魔性にではありません、それにグラッと来る自分ですよ」

「…はい、そうですね…!」

ホントに一ヶ月前の自分を見るような気分で、あの時の本郷のキモチも判る位置になって
あやめは千歳空港行きのICを降りて行く。

まぁ、後は祈るしかないよね、と思いながら。

次幕では少し時間を遡らせて戴き、裕子側に視点を移そう。


第二幕  閉


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