L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:SEVEN

第三幕


時間にして午後三時頃、裕子と葵と志茂は裕子の学校の一階廊下にいた。
その学校は中央区南15〜16条付近に南北線「幌平橋」駅があるのだが、その近辺に
小規模ながら中高一貫の女子校として存在し、その名称は「私立中島根岸女学校」

札幌で有名な「お嬢様学校」というといずれもキリスト教系なのだが
家系として神道な十条家では流石にそれもどうかと言うことで、
かつて十条の資金などにより創設された一応宗教には縛られない女子校を作った。
とはいえ、一学年二組とか、本当に小規模な私立だ。

宗教には縛られないと言いつつも、割と近くに伊夜日子神社、そして
札幌護国神社があり、何となく生徒や教師の間では登校日に一度はどちらかに
参拝というのがこの学校の伝統になっていた。

寮もあり、それなりに規範もあるのだが裕子はそこに基本住まいつつ
割と自由に出掛けたりしているのだが…それがOKなのかNGなのかは
裕子はニコニコしたまま黙していた。

ちなみに一貫校ではあるが、中学から高等部に上がるに至り、試験は行われる。
まぁ形式的なモノではあるのだが、著しく成績の悪い者にはそれなりに補習なり
カリキュラムが組まれるのだ。

裕子は成績は良い方ではあったが、上位になると行動に自由度も増すことから
弥生に特訓を願い出て…ついでに抱かれて扉を開いたりもした訳だが。

閑話休題、寮は併設で学校と同じ四階、渡り廊下(一階・三階)で繋がって居る。
生徒全数が寮という訳でもなく、寮はそれほど広くはない。
この辺りは他にも学校がそこそこあって、豊平川にほど近いこともあり、
段差や、緑も多め…地下鉄南北線に少し行けば東豊線、そして路面電車も割と近くを走っていた。

ルートは幾つも考えられる。
ジャーナリスト…「調べ屋稼業」としてそれなりに修行を積んだ志茂がしかし
ここ数日いい感触を得ていないのだ、どうしたものかと一行はとりあえず
校舎に入った、連絡は既に来ていて、学長は「遂にこの日が来ましたか」という感じで
やや複雑な思いで裕子に捜査を委ねた。

とりあえず志茂は今まで判っていること、犯人がどこに居てドンな物を盗んだり
してたかなどを改めて葵に告げた。

「使い終わった生理用品とかどーすんの?」

葵の純粋な疑問に、志茂はこう答えた

「そう言うのが大好き…或いは固執しちゃう変態はいるって事だよ」

「うへぁ…やだなぁ」

「まぁ生々しい極限はその辺りで…体操着水着楽器…体に大きく密着するか
 口にくわえるかするものが狙われてるね」

「ヘンタイだー!」

葵がイヤイヤってカンジで身震いした。
ちょっと刺激強かったかなと思いつつ、中二という年頃、そろそろそう言うのを
知識として知っててもいいのでは、と包み隠さず教えた。

「というわけで四階ある建物、更衣室…特に音楽室とかその準備室なんて四階だからね、
 「ソイツ」は満遍なく現れる…ただし、姿が確認されたのは学校外壁の防犯カメラ
 ただ一回のみ…周辺の電車や地下鉄と言った施設…コンビニ…その他外向きの
 防犯カメラにはそれらしいモノはどうも写っていないみたいだ。
 流石に全部を二十四時間分チェックは無理だからどこかに居たのかも知れないけど…」

弥生のもっていたコピーでも見たが、改めて志茂のもつ写真を見る。
白黒で決して解像度も高くない、鮮明とも精細とも言えない画質であるが、

「随分色白なヤツなんだな」

葵は改めて見たそれで思った。

「うん…確かに光の加減とかもあるかも知れないけど、それにしたって白いよね」

志茂がそれに応えると裕子も

「しかし人種的には間違いなく日本人…或いはその系列です、
 葵クンのようなロシア系と言うこともなさそうな…かなり純粋に日本人っぽいのですわ」

葵は渋い顔をして迷い無く本郷に電話を掛けた。

一応志茂や裕子も本郷やあやめに相談はしていたのだが、葵には葵の何か
「聞きたい要点」があったようなので好きにさせた。

『お…弥生に電話を掛けず俺に掛けて来たか、よしよし…偉いぞ!』

「ん…、(ちょっと誇らしげ)それで聞きたいんだけどね」

『ったって一応俺達も報告は受けてるんだ、こう言う場合先ず令状もって
 方々に該当する日にち丸一日分の防犯カメラの映像を提出させて精査する
 と言うのが王道だぜ? 一応お前らもこれに関して正規の捜査員だ、令状とるか?』

「本郷さんなら他にどんなこと考える?」

『さぁな…オレもだが、弥生も多分こう言うだろう、
 「自分たちの当たり前と向こうの当たり前は違うかも知れない」』

「それって?」

『後は現場のお前らが考えることさ、ただ俺や弥生は捜査方針を立てるのに
 反証材料として常に「王道じゃないパターンこそが犯人にとっての王道」
 という事は一応考えるって事だ、勿論取り越し苦労って事も多いがなw ははw』

「そっか…ありがと」

通話を終え、葵は考えた。

「ねぇユキさん、おねーさん、空から来るのは流石に馬鹿らしいよね」

それには裕子が

「空から「何故ここを選んだのか」が「下調べの上」か「偶然」かになります、
 どのみちその場合かなりの深夜でなければなりません…余り現実的ではないかと」

「だよねぇ」

志茂がそれに

「じゃあ後は地下だ…、これはまぁ考えられないルートじゃないよね…
 ただじゃあどこから出てくるのやら…何処がドコにどう繋がって居るのか…
 学校だけじゃない、周辺の図面なんかも必要になるよ」

葵は目を伏せ、力を抜きつつ集中した。

「…三階にまだ残っている生徒さんが二人…いや三人…四階にも文化系クラブかな…
 絵の具と溶剤の匂い…美術部の人が居る…運動部も外に居るしちょっとそこが耳に付くなぁ…
 窓や床のスキマからの風はあるけど…特にどうって事はない感じの「普通のスキマ」っぽい」

葵は廊下を一回靴音の鳴る程度に踏みしめ(土足禁止だが、靴底を拭くことで
 靴を履いての入館が認められていた)音の反響を聞いて居るようだ。
凄い…、改めて「この子の体には神が宿っている」事を噛みしめた志茂と裕子。
そしてそれを一階の全ての部屋で一回ずつ行っていった。
職員室もある為、先ず学長室からそれを行い、学長づてにこの機会にと言うことで
裕子の「公職適用時証明書」と共に葵もその補助的な身分と言う事で今
不可解な学校への侵入・窃盗行為を調べている旨を通達した。

集中して一発の足音から反響を調べる葵に教師達は不思議がったが

「この部屋…ここ…(と言ってその場に)この下ってどうなってるの?」

といって床下に何かスペースがありその蓋になっている床を差し葵が言った。
戸惑ってる教師達に志茂が

「防火用の給水口、或いはその元栓だと思うよ…(といいつつ蓋を開けてみる)うん
 普通体型の人にはキツイかな」

「ん、そーだね、次行こう」

なる程非破壊検査だったのかと思いつつ、目立つ殆ど外人の子の不思議な行動に
職員室の一同はぽかーんとしてしまった。



主要の部屋全てで床下にスペースがあり、それに通じる床が蓋になっている構造の
部分は発見したが、そのどれもが人が問題なく…体型によっては可能かも知れないが
少なくとも写真から推定される体型の犯人が通るにはちょっとキツイ場所ばかりだった。

「残るは洗面所ですわね、可能性としては結構高い気がしますわね」

しかし葵は入るなり

「ん、やっぱりタイルか…他と施工が違うしちょっと足音じゃ反響が掴みにくいんだよなぁ」

とぼやくと、志茂が荷物の中から大きめのファイル二つを手に取り、

「この音行けるかな、葵ちゃんちょっと集中して」

「ん」

志茂はそのファイルでスッパァァーーーンといい音を出した。
床という物質の音の振動ではなく、空気の振動から狭い洗面所の共鳴で葵はその
空間配置や構造を頭の中で組み立て…

「いい反響だ…ここ…奧の用具置き場…地下に通じるスキマがある」

「凄い…科学捜査いらずですわね、叔母様が一生を捧げる覚悟をなさったのがよく判りますわ」

裕子の感嘆、に葵はちょっと照れながら

「いや…おねーさんも祓いの力の反響とかで出来るはずだよ、訓練してみて
 元々これだって弥生さんが祓いの力の反響でやってた事なんだから」

「…あ、なるほど…そうですわね、レッスン2は空間認識能力で組みましょう」

志茂が興奮した

「うん…流石に弥生さんの助手として数々の事件を経験してきただけはある
 イイ勘と考察と検討手段をもってるね…私も惚れちゃいそう」

葵はちょっと赤くなりつつ

「まぁその…ボクまだ弥生さん以外知らないから…お手柔らかに…」

「鼻血出そう…可愛すぎる、この子…」

裕子が志茂に

「葵クンはみんなのアイドル的存在ですから、「ノン気」でいらっしゃる
 あやめさんまで性的なこととは別に可愛いと言わしめたある意味魔性の子ですわよ?♪」

「えーボク魔性かなぁ」

「わたくしどものように半端に汚れたモノには魔性です、あやめさんには葵クンは
 天使のように清らかな存在でしょうね」

「そーかなあ…いや、ボクのことはいいよ、捜査しようよ」

葵が顔を赤らめつつ、やることやろう、とせっついた。
志茂と裕子はいつか葵を抱きたいと欲望を抱きつつ、とりあえず洗面所…
つまり兼トイレの一番奥の扉…用具入れのスペースのドアを開け、
モップなどを使用した後に水が垂れてもいいように一面に吸水マットを
敷いているのだが、志茂がそれをめくると…

タイルに不自然なひび割れ…というか完全にスキマがありしかも
ちゃんと上手く割れ具合で蓋になっているらしく落ちることなく下に通じているようだった。
そこで、掃除用具を一旦脇に置いてマットを完全に剥がし、全容を見る。

ちゃんと指を掛けるところまで細工をした「出入り口」であった。

「こんな所にあったのか…流石に「取材」って名目じゃ判らなかったなぁ」

志茂のこぼしに葵が

「しょうがないよ、正式に捜査になったの今日からだもん」

志茂が何も言わず後ろから葵を抱きしめ頭ナデナデ、葵は赤くなりながら

「それよりこの先…」

裕子がそれに

「判りました、先ずわたくしが降りましょう、大丈夫です、灯りになる詞、
 身を守る術や詞、完備しておりますわよ?」

確かに、それは葵は圓山公園で見た、あの実力は確かに凄いと葵も思った。

裕子が蓋を開け降りて行く。
(人一人が乗っても平気なくらい補強をしつつ、それはかなり薄く加工されていた)

「ご丁寧にハシゴまで掛けてありますわ…」

裕子が灯りの詞を唱え展開する。
調整は可能らしいが前後左右中空に光を灯し、十数メートル四方を照らした。
基本的にただの基礎から床下の構造なのだが、どう言う意図があったのか
それらは結構高さに余裕のあるスペースが設けてあった。
校舎より少し広いかも知れない、志茂、葵の順でそこに降りると、志茂が

「豊平川氾濫などによる冠水防止のスペースだろうね、あの辺りから下水に繋がってる。
 でも、そこじゃあないな、人が通るようにはなってない…」

そこへ葵が

「ユキさん、さっきのもう一度お願い」

志茂はニッコリとその意図を掴み、ファイルを二冊とりだし、タイミングを計り
またいい音を辺りに反響させた。

「…ここから校庭に…あそこからは中庭って言うか壁側に出られる…
 写真は壁側から出た時に撮られたんだろうね…そして…」

葵はパイプやらしっかりした柱やらひしめく中の床部分に不自然な鉄板の箇所を発見した。
志茂がそれに加え

「普通、こう言う時真っ当な施工ならこの奧がなんであるかを蓋に示しておくモノだね
 あるいはその意図が読みやすい物にするか…」

それは四角いマンホールのようで何も模様も文字もなかった。
勿論人が通れそうなスペースである。

「…んっ…ただの鉄蓋ではありませんわ…どうやら重りが四ヶ所に下げられています。
 本来の冠水防止用に蓋が流されては困りますものね…」

葵が裕子を下げさせて、蓋を引きはがす。
そんな事は葵には造作もないことだった、改めて「この子の体には神が宿っている」と思った
裕子と志茂だが…そんな事より葵が呟く。

「…やな空気だ…かなりの構造…そして人の存在が感じられる…
 蓋をこじ開けられたことに警戒しているよ…」

「地下に…誰かが密かに独自のスペースを持ち生活していると言う事ですの?」

「…ヤバいよ…再出発ジャーナリストの半端な私の勘でも
 「このまま無策に進むのはヤバい」って予感がビンビンする…」

裕子がとりあえず一呼吸して

「葵クン、蓋を閉めてください、出来れば何かで追加の重しが出来れば幸いです」

「…わかった、ユキさん、写真は?」

「押さえた、ここまでのルートはバッチリ」

その志茂の言葉に葵はさっさと蓋を閉め、「ちょっと見張ってて」と二人に言いつつ
ちょっと大きめの石(数十キログラム)を二個ほど持って来てその蓋の縁の両端に置いた。

用具置き場の方もとりあえずバケツ等に水をたっぷり入れ蓋の上に置き、
校庭や壁側の「出られそうなスペース」にも大きな石で蓋をした。

そして裕子が学長へ事の次第を告げ、学校の図面などを先ず見せて貰う。
更に同時刻、葵が本郷へ連絡する、志茂も葵にピッタリ付いて内容を聞き取るつもりだ

『地下から更に地下に通じて人が生活している痕跡がある? マジかよそれ…』

「マジだよ…何人住んでいてどのくらいの複雑さで広さの構造なのかは判らない…
 でも火の存在や食べ物の存在は感じたんだ、間違いなく生活してる、
 ボクらが「蓋」を開けたことに警戒してた感覚があったから何か動き出すかも、
 流石にこれはボクらの領域じゃ無くなってきたよ…カズ君みたいな
 化け物の感覚は今のところ無かったけど…「ヤバい」って雰囲気だけはあった」

『公安警察か自衛隊か…或いはそこ一応ウチの管轄なんだよな。
 俺と富士は道警からの出向だけど…一応今所属は中央署だし…他方に応援求めて
 こっちでどう言うことなのか紐解いてみるか…他に任せて情報ナイナイ
 されちゃあこっちとしてもモヤモヤが貯まるばっかりだし…』

葵が本郷へ

「どーする?」

『おし、今日はもういい時間だろ、蓋にでかい石も置いて邪魔してきたっていうなら
 とりあえず現場に直の危機はないだろうし…、他に出口もあるだろうが
 流石にそんな広域の捜査をなんの手がかりもなく進める訳にもイカン、
 俺からも連絡しておくが、阿美からも取り次ぎ頼ませておいて呉れ、
 「地図・都市計画」についての専門家…つーかマニアがいてな
 アポイントとって明日にでも話を聞きに行け、こっちはこっちで管轄内事情説明と
 捜査班の編成とかやっておくからよ』

「判った、先生に言えばいいの?」

『阿美からの紹介で俺の情報屋になった奴らなんだが、阿美からの一言添えがあった方が
 あいつら構えないみたいなんだよな…マニア仲間ならではの連携っていうか』

「ん…なるほど、判った」

葵が一旦電話を終えた頃、裕子が葵に

「矢張り、設計の段階で地下の更に地下などというモノはあるはずのない領域です…」

そこへ志茂が阿美に電話を掛け

「阿美、地図マニアの人に「本郷警部から連絡行ったと思うけど」ってカンジで
 明日私達三人が向かうこと予約とってくれない? 向こうで時間指定があるなら
 それには乗るし、何かお土産必要なら教えて」

『判ったわ、戸塚船大(とつか・ふなひろ)って人で…お土産は特別なモノは
 いらないと思うわ、「やきそばBENTO(商品名)」箱でもって行くと
 喜ぶと思うけど、その程度』

「「やきBEN」ひと箱…そうかw 判った、今日は阿美はそっちだよね?」

『うん、お願い』

「判ってるって、うーん、葵ちゃんどーしよーかなぁーと思ってね」

恐らく電話の向こうで阿美が弥生に相談している。
ややもして電話に戻った阿美は笑いを噛みしめながら、

『日向さんはこっちに帰してだって』

「うーん、そっか、やっぱり弥生さんにとっても特別か、この子は…しょうがない」

葵が赤くなって、裕子が葵に微笑みかけながら

「まぁ、明日の予定などは細かく連絡を取り合えばいいことです、では今日は
 この辺で、お疲れ様でした」

「う、うん、お疲れ様」

裕子は学長へ

「事が少々大きくなってしまいまして、今日今すぐ明日にも直ぐというわけには
 行かなくなってしまいました。 一応学校への侵入は難しくなったと思いますが、
 開き直って外からの侵入などあるかも知れません。 警戒を強めてくださいませ」

学長が面倒が大きくなりそうと言う事に少し複雑な表情を見せるがしょうがない。

三人は…裕子と志茂がまず護国神社に参拝するというので葵も一応作法は知っていたし
一緒に参拝をした後、志茂と裕子で地下鉄へ、葵は買い出しをしつつその足で
それぞれの場所へ戻っていった。



次の日、日曜日。 待ち合わせ場所にはあやめも居た。
次に来たのは葵で、

「あ、あやめさんも一緒なんだ♪」

と屈託無く喜んだ、あやめはにっこり微笑んで

「私昨日あれから蒲田さんを送って割と早く札幌の署に戻ったら
 本郷さんが忙しそうで…今日見解を求めるのと、資料としての提示を求めるのは
 私の役目って事になっちゃった、まぁお休みしてても暇だしねぇ」

「お休みなのに大変だね」

「まぁ、今のところ基本土日休みってだけで今だって別な平日に休み振り替えたり
 してるからいいんだw そろそろ慣れっこだよw」

そこへ、地下鉄駅から志茂と裕子もやってきて志茂がにこやかに挨拶する。
あやめも手を振り、葵も屈託のない笑顔で二人に手を振る。

二人のハートに矢が刺さった様子があやめにもわかった。

「伝染するんだなぁ、あれ…w」

志茂と裕子は今日あやめが同行することを知っており、駐車場に向かいつつ

「叔母様の容態は如何でした?」

「んー、やっぱり具合悪そうだね、ボクが付いてると平気っぽい振りしちゃうから
 挨拶とお風呂以外迂闊に近づかないようにしてたんだけど」

「お風呂?」

志茂の細い目が少し開き、キラーンと光る。

「うん、まぁ弥生さんもちょっと汚れちゃってたみたいだし、と言って一人で
 お風呂入れる状態じゃなかったから、ボクと先生で」

「いいなぁ…」

志茂の心底から発せられた言葉にあやめが汗しつつ、裕子が

「あら、でも叔母様を支えるくらいにはお互いの祓いの力を制御できてた
 と言うことにもなりますわね、資料に曰く「皆既日食」とは思えない静けさですわ」

「何か弥生さん、殆ど完全に一般人になる…祓いの力を滲ませないくらいまで
 抑えて何とかって感じだったみたい、そこまで落ち着けたのはやっぱ先生のお陰かな」

「いいなぁ…」

志茂の二度目の発言に葵はちょっと赤らんで

「流石に何もなかったよ!(手ブンブン)先生もこう言う時は
 「先ず弥生さんの親しい人」で次に「ボクは生徒で弥生さんは保護者」ってカンジ
 だって言ってたし…一緒に寝てよっぽどそんな雰囲気にならない限り大丈夫だって」

そこへあやめが

「一見イイ話っぽくても条件によってはやっぱりグラッと来ちゃうんだなぁ…w」

「あ、そう言えばそうだね…ボク流石先生だ! って思ってたんだけど…」

「羨ましい…」

志茂の呟きに、裕子も同調した

「一緒にお風呂、いいですわね…」

何とか流れを変えなくては…! あやめの頭がフル回転し、葵もそのあやめの空気を読んで

「ホラ、あやめさんも困ってるよ、この話題終り! ね!?」

「やっぱいい子だなぁ…私も「一緒にお風呂羨ましい派」になっちゃおうかな…w」

すかさずあやめと裕子を肩組みで「きらっ」と仲間にする志茂。

「そんな事より行こうよぉ!////」

葵は赤面した。



「いやぁ…こんなに女性が訪問なんて…前代未聞ですなぁw 杉田氏」

戸塚宅に付くと、何故かもう一人男性が居て、JCはいるわJKはいるわ
なかなか興奮状態なようである、葵があやめに凄い小声で

「…そんなに大興奮する事かな?」

「弥生さん家(ち)に男性ばかり四人来るような事態に近いんだと思うよ…
 彼らは別に恋愛どうのじゃないと思うけど…」

「…なるほど、仕事内容で有り得なくもないけど確かに珍しいかも」

志茂がそんな葵の様子に頬を緩ませる。

「ピュアで真面目だなぁ…」

そんな時に戸塚氏が口を開き、もう一人を紹介する

「ああ、わたくしが戸塚…地図マニアでして…彼…杉田新(すぎた・あらた)は
 少数民族やその文化に傾倒しているマニアです」

裕子が首をかしげ

「何故また少数民族のマニアさんがこちらに?」

それには杉田氏がメガネ位置を直しながらやや興奮気味に

「あるかも知れないと言われていた幻の地下街…地下都市と言いますか…
 そしてそこを拠点に独自の文化を育んだ「日本人であって日本人でない」
 人々も実在するかも知れない…僕はとても興奮しているんです…
 これ…地下鉄南北線中島公園駅構内で偶然見つけたモノです…」

厳重に全面ピッタリと薄いビニールで覆われたそれは新聞のようであったが…

「え…? なにこれ…?」

あやめと葵が声を揃えた。 志茂も驚いて

「ネットで出回ってる「日本語のようで日本語でない架空の新聞」のフェイク画像に
 似ているけど…これは違う…なんて事だろう…これ…活版印刷だ…
 詰まりこれ一つ一つ活字として組まれたモノ…ほら…使い込まれた文字なんかが
 高さ微妙に足りなくて印刷が薄いでしょ…?
 活版で新聞ってのも驚きだけど…これ…いつのモノなんです?」

日本語のようで日本語じゃない…少なくとも「平仮名・片仮名・漢字」の組み合わせに
似てるけど違う「何か」で構成された新聞。

「実は戸塚氏をマニアの道に引きずり込んだのは僕でして…これ…拾ってからは
 窒素など酸化が進まないように処理をして保存していますが、拾った時点で
 まだ二十年程です…新聞のここ…見てください、普通に…丁度その
 二十年前に符合するような普通の札幌の写真も入ってますよ」

あやめが

「…ホントだ…十何年か前に中身が違う店舗になっちゃったお店の看板が昔のまま…」

杉田氏はやや興奮しつつ

「二十年ほど前と言えばまだ「パソコン通信」から「インターネットという名称」
 と言う頃です、巷で見掛けるようなフェイク画像なんて欠片もなかった頃…
 活版印刷自体かなり特殊用途になって居た時期です、誰がこんな手間の掛かる…
 しかもこれ…「一見それらしい」じゃないんです、ちゃんと言語なんです」

訪問組四人の女性は驚いた。

「じゃ…じゃあこれ…なんについて書いてるの?」

葵が代表して聞くと、杉田氏が

「それが…文法は日本語と同じ、ただし単語などは独自のモノで発音も判らないので
 日本語類似の言語として成り立っているようだ、としか言えないのです、
 何しろ単語や接続詞などはどうも日本語ではないんです」

そこへ戸塚氏が興奮気味に

「彼の研究の結果を聞いて、わたくしは興奮しました! ひょっとして
 この札幌には知られていない街があるのでは…?
 各種古地図などを買い求め、色々…例えば明治期のアイヌの人々の集落などを調べ
 それ以外、例えば明治期ですと大火で焼け出された人々も居ますから、
 そう言う方達の独自の集落…政府に認可されない…があったのでは…と
 方々を史跡求め歩き回りもしましたが…」

やや興奮気味に喋った戸塚氏が一息つき、また話し出す

「確かにそこには集落跡はありましたが、違います、何しろ航空写真などが充実した今
 余程でなければ人の営みなど見通せてしまうモノです…そこで…」

彼はどこからかどこかの土木建築会社の青写真ファイルとおぼしきモノをとりだし

「徹底的に調べました…とはいえ、正規の地下街など意味は無い…
 正規の地下街の歴史は1971年からですが…違う…日本の地下街の歴史は
 東京で1930年代のモノがありましたが…概ね1950年代から60年代です…
 でもどれも違う、非常に真っ当な物しか出てこない…
 けれども、そのうちなんか妙に触れられてない領域がある事に気付きました」

彼はその青写真ファイルの数々を積み上げてそれを元に今現在の札幌の地図をだし
それには色鉛筆で所々「この辺り」という感じで、狸小路(南三条中通り)辺りから
中央区…詰まり豊平川よりやや西寄りに南にポロポロと広がる一定の領域

「…あ…、ここ…! 中島根岸女学校…わたくしの通ってる学校ですわ…
 ここにも「領域」が少し被っています…!」

マニア二人が「来た!」という顔をする、代表して杉田氏が

「いつ? 誰が? なんの為に? どうやってこの領域を?
 ひょっとしてこれは明治の大火で焼け出された人に端を発し、日露戦争
 太平洋戦争、そして敗戦と…ここは札幌です、ロシアやソ連の脅威を感じた
 一部の人々などと合流し、ひょっとして「一時避難場所」として
 正式な記録には残らなかった地下街…文字通り生活もする街を…
 百年近く掛けて…作り上げたのでは…?」

志茂が渋い表情(かお)で

「無戸籍者達か…中共風で言えば黒孩子(ヘイハイズ)…言語が変わった理由はなんだろう?」

それについても杉田氏が

「最初は政府の追及を逃れる為の符丁と記号だったんだと思うんです、
 それが長い間に完全に日本語と入れ替わったのではないかと…」

志茂がそれに

「…うーん…荒唐無稽だけれど、「標準語」が策定されてから
 百何十年も経ってない…って言うことを考えたら、元々暗号を兼ねていた
 地方の方言が別言語に聞こえるというのをもっと極端にすれば…有り得るのかな…」

あやめも今までの話で「なるほど…」と呟き、裕子がそこに

「葵クンが昨日言っていた「色白」な理由は少なくとも地下をメインとした
 生活だから…で済みそうですわね…」

葵がそれに

「昨日おねーさんの学校の地下から通じたあのスペースの気配…あれはホンモノだ…
 いっつもそこに人が居るのかは判らない、でも、少なくとも暮らすことのある
 レベルであの未知の空間は使われているよ…この地図…予想範囲の
 学校付近のはかなり正確だと思う…よく調べたよね、凄いよ」

得意な戸塚氏、そこへあやめが

「これ…ある程度存在の実証を示せる部分の図面や地図のコピー…
 そして…杉田さんの新聞のコピーも戴けます?」

そこへ戸塚&杉田二人が「おっと!」
あ、情報料と資料代はまた別か…とあやめはちょっと「やっちゃった」という表情をする。
戸塚氏が

「情報量はこの…やきBENひと箱を杉田氏と山分けで…それでOKですが」

「そうですよね、判りました」

と言ってあやめがバッグに手を掛けようとした瞬間、志茂が厳しい表情でそれを止め

「その情報、私も大変興味がありますよ、私に買わせてください、幾らです?」

二人への交渉を始めた。



中央署へ全員で向かう傍ら志茂指定の順路である小道に入り、缶ジュースなどで休憩を装いつつ、

「例えあの二人が信用のおけそうな二人だとしてもあの場でアナタが動いちゃ行けない、
 あの二人には悪意も敵意もなくても、「悪意の第三者」が警察の不手際を
 手ぐすね引いて待ってるかも知れないからね」

「そ…そうだね、迂闊だった、というか、厳しい世界だな、やっぱり情報の世界は」

「それで飯食ってるプロは…時に法だってひょいっと飛び越えるよ、
 弥生さんのように「祓うべき憂いを晴らす為」でなく「利益追求の為の明確な悪意」
 っていう、吐き気を催すような悪意を避けるにはこう言う…一キロくらいは何もなくて
 見渡せるような場所じゃないと…」

葵がそれに

「怖い世界なんだな、ユキさんの居る世界は」

「怖いよ、でもだから戦い甲斐もあるよ、今、世の主流のメディアは
 猛烈に腐ってるからね…でも、それだけに「あーんなこと」や「こーんなこと」も
 結構油断して見せてくれたりするけどね」

「うーん、ハードボイルドだ」

あやめが呟くと葵も裕子も頷いた。

「ま、それはそれとして、立て替え分は少しオマケするよ」

「イヤイヤそれは悪いよ…」

と言うやりとりを少し繰り返し、彼女たちは中央署へ改めて向かった。


第三幕  閉


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