L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:SEVEN

第四幕


「マジかよ、何語だよこれ、百年掛けて追及を逃れ、ひょっとしたら
 今でも地上の誰かと取引等あるかも知れない見返りに
 自らの存在を知らせないでいるとか言うのもそれも確かな情報か?」

本郷が資料のコピーを眺め、渋い表情(かお)で頭を掻きながらあやめに聞いた

「そっちは音声記録などはとらなかったただの取材だそうですが…
 狸小路の××とか△△とか…あの辺の創業の古い所だそうです」

「突けねぇなぁ…突くとしても揺さぶるくらいだな…
 なんだろ…廃棄食品とか書類とかそう言う「処分依頼」だろうな、
 専門の業者に引取らせるより安く上がるんだろーし…」

「真実なら違法は違法ですけどねぇ」

「証言だけじゃ弱いよなぁ、ヘンに揺さぶって襟正されるのもそれはそれで悔しいし」

「いや、それはそれでいいじゃないですかw」

「いいけど、イヤだな、どうせなら引っ張りてぇ」

「我が儘だなぁ」

「悪党にはワッパを掛ける、銭形警部の信条は美学だと思わん?」

「美学ですけど…w」

それにしても…と本郷が地図を見ながらこぼす

「お嬢ちゃんの学校地下…これは確実…あとどうやら中島公園駅構内のどこかに
 出入り口があることは間違いなさそうだが…それ以外が全然見えてこないのは
 きついなぁ…何人配備すりゃいいやらだ…」

葵がそこへ

「じゃあ、突入組にボクやおねーさん使ってよ、百人力なんてウヌボレは言わない
 でも一人で三人分くらいにはなると思うよ!」

うーん、微妙な謙遜、とあやめも本郷も思ったが

「いいのか? それなりに危険は伴うぜ?」

この時ばかりは裕子もほんわかキラリンではない、真剣に葵と見つめ合い、頷いた。

「構いませんわ、わたくし達の未来の為、是非同行させてください」

「…おし、糸目のねーちゃんどうするかだな」

「私も合気ですけど、まだ二段なんですよね」

「じゅーぶんだよ…どいつもコイツもハイパーな娘っ子だなぁ」

「なんかそう言うのいいよね、ボクも何か肩書き欲しいな」

本郷はしけたツラで

「お前はそのままでじゅー分強そうだし、実際強いから大丈夫じゃね?」

「そーかなぁ」

あやめがそんな葵に

「まぁその…段位とかそういうのは誇る為にあるモノじゃないから…
 葵ちゃんは確かに肩書き何もないけど、ひとたび動けば誰もが判るハイパーさだからねぇ」

「そーだぜ、この世のドコに特別な事しなくても20メートル垂直ジャンプできるとか言う
 女子中学生が居るよ」

「いないかなぁ」

「イネーよ」

本郷の答えに葵以外の全員が頷いた。

「ま、そう言う訳でな、じゃあ、俺は地上のどっかで音頭とらないとならないんで
 学校側からの突入、一応指揮は機動隊のヤツにやらせて、一応機動隊のヤツに
 従って欲しいが、独自にヤバいと思ったならそこはどんどん自分の考えで動いてくれ」

「わかりました」

あやめが言うと全員頷きあって

「突入明日早いから今日は良く休んどけ、日の出直前には行くぜ」

「そんなに早く?」

葵の言葉に本郷が

「真夜中でもいいが、流石にこっちに分が悪すぎるんでな、明け方…午前四時前が
 一番波風も立たない絶好のポイントかなと思うんだ、お前さんがたは現地集合、
 まぁ、今からそれなりに付近の「お巡りさん」達にはそれとなく
 「指定地域周辺」を回らせてある、向こうも出るに出られない部分もあるだろうさ」

そして日曜も解散となった。



「そうか…葵クンも着々と階段上ってるわね…、私の使命が一つ終わった気がする」

夕食後弥生が相変わらずベッドで本調子ではないが、大分祓いの力そのものは
低いレベルとはいえ刺々しくなくなってきたところだ、そして葵の報告に呟いた。

その手の言葉はでもまだ葵にはNGだった、一気に胸の詰まる葵の表情に

「ああ…ゴメンゴメン…葵クンを一人前に育てるっていう目的の一つが
 達せられたって意味よ…いい事なのよ」

葵の頭を弥生が撫でる、まだまだ、弱々しい。

「時々弥生さん寂しい事言うなぁ…」

「ゴメンね、もう少し言い方は気を付けるわ」

そこへ阿美がパジャマ姿でやってきた、明日に備えて寝るという葵に合わせ
みんなで寝てしまおうという訳である。

「そうよ、弥生たまに元も子もないからね、気を付けないと
 「言えばいいってもんじゃない」これも真理よ」

「ホント…良くこんな私でもそれなりに回りに人が居るモノだわ」

「それは、それ以上に弥生に魅力があるからよ、まぁでも胡座かいちゃダメよね」

「そうね…阿美明日は流石に学校でしょ」

「うん…もう明日いっぱいくらいで弥生も大分良くなると思うし、
 私も担当科目持ってるからねぇ…日向さんは明日本番でしょ、判ってるから、
 ちゃんと学長他担任の先生にも伝えておくからね」

「ん、ありがとう」

ベッドは一つが弥生一人、阿美と葵でもう一つという割り振りである。
お休みを言い合い、阿美と葵がそれぞれ弥生にキスをして就寝し、そして月曜が来る。



午前二時半、葵はセットしておいた目覚ましをバイブにして体の下に敷いていて目覚めた。
阿美はまだ寝ている、彼女を起こさないようにゆっくりベッドから出て、
小一時間掛け一応途中からでも学校に出られるように準備を整え(学生鞄はリュック状にした)
自分の朝食、阿美と弥生の朝食、弥生の昼食、自分の弁当の用意をしてベランダに通じる
窓を開けようと寝室の前を横切り、一瞬弥生を確認した時に

「先ずは何があろうと回りを良く見て、驚くより先にやるべき事をやりなさい
 …なんて、あやめ傷つけられて我を忘れた私が言うのもなんだけどね…」

弥生は起きていた、そして葵に声を掛けた。
葵は小さく「うん」と、でも元気よく頷きサムズアップで答えると、弥生もそれに応じた。

葵が十二階から飛び降りて出動して行く。
普段、登校などで十メートル二十メートルだのはウォーミングアップに過ぎないのだ。

「あの子の体には神が宿っている…でも気を付けて、神だって「もしも」はあるのだから…」



葵が現場に着くと、三時五十分、ほぼ全員集合だが裕子がまたあやめからエヌタロンモカを
飲まされて覚醒を促されているところであった。

「ちょっと遅くなったかな…と思ったけど、いいタイミングかな?」

葵が「そういえばおねーさんは夜に弱かったなぁ」と思い出していると、あやめが

「葵ちゃんもちょっと心配だったけど大丈夫だったね…w」

「あやめさんに無理矢理飲まされたエスプレッソコーヒーは苦かったなぁ
 弥生さんと居るとやっぱりどうしてもボクも油断しちゃうね」

志茂がなんかちょっとヘンなことを考えたか

「あやめって意外と…………だねぇ…w」

あやめが赤くなって

「意外となんだよぉ…/// しょうがないじゃない、作戦開始五分前なんだから」

「五分前か…もうちょっと余裕持たないとダメかな」

葵が冷静に振り返ると、あやめが

「まぁ四時前…三時五十五分辺り…と言っておいて四時行動開始…という目論見では
 あったんだ、余裕があるとは言えないけど、決してダメでもないよ」

「あやめに飲まされるエヌタロンモカ」の味わいが癖になりつつある裕子が何とか
目を覚まし、夜明け直前の行動開始…

全領域中間地点ほどにいる本郷の号令により機動隊の人が音頭をとろうとしたが、
あやめが、突入まで裕子と葵を主体にしてくれと願い出、
まだ夜明け直前の暗い校舎に裕子の詞(ことば)が少し響く。
活動に無理のない範囲で辺りを照らす光が手前頭上に光り、機動隊にどよめきが起る。

「葵クン、他に気配は?」

裕子の慎重な調子に葵は耳を澄まし…

「今のところボクらの他には猫すら居ない…ネズミは流石に要らないよね」

「充分ですわ、参りましょう」

洗面所奧のバケツによるトラップも見た目はそのまま…裕子筆頭に葵が
半地下スペースに降りても、とりあえずそのスペースにも誰もいないと葵は瞬時に
判別し、蓋に載せた岩もそのままの状態…多分…あれからはここは使われていないだろう
…「だろう」というのも油断だけれど…と、今度はそれを外して行き、蓋を慎重にはずす。
総重量など軽く100kgを越えるだろうそれを四ヶ所の重りもそのまま、
でも葵の手に掛かればベニヤ板に軽石みたいな感じに見える。
機動隊の皆さん方も呆気にとられて見守る中、裕子が詞(ことば)で光を作り
下のスペースに投げ入れるようにしてそこで何か調整をすると、一瞬フラッシュのような
強い光になって、下のスペースを強く照らしたようだ。

「…ここから先は、専門の方々…プロにお任せ致しますわ、指示をお願い致します」

うん、正しいと思うよ、とあやめは思い頷く。

機動隊の突入から先は葵や裕子が「空間認識」を担当し、構造などを伝えると
機動隊の指示で動き方を決め…かなり一方的な「制圧」をして行く。
ほぼ抵抗などなかった、なんか、悪い事してる気がしてきた一行だったが、仕事は仕事。

内部はかなり手作り感溢れるモノだったり、部分的にこれは公的に作りつつ
廃棄された場所か何かなのか…という所の再利用と思われる所もある。
意外なことに規格も種類もバラバラであるが、電灯がある、薄明るい。

住民は全部で二百名居るかどうか…そして、予想されたことだがある程度より若い世代には
全く素の日本語が伝わらない…彼らも何か言いたいことがあるだろう、それはわかるし
権利の一つでもある。 でも、今はとにかくその全容を掴む事、
何より「通訳の出来る者」が欲しい、これは両者に共通していただろう。

途中から二手三手に分かれなければならず、裕子や葵がハイパーな事は十分伝わったので
あやめが司令塔として四人と、機動隊の人も二人ほど付いてくる。

「…ここまでで「ヤツ」が居ないみたいなんだけど…もっと奧なのかなぁ」

「他の班で既に拘束済みかもしれませんわ」

葵と裕子のやりとりにあやめが地上と連絡を取りつつ

「あー…凄い混乱してるけど…一応強力な発信器を全員に付けてる関係で
 進んで通り過ぎた分地上待機の人達もこっち応援に回ってきてるから、
 時間の問題だと思うよ…それにしても…」

進みつつ、あやめは何度も声を失いかけたし、その衝撃は志茂にはよく判った。
戦うというか、取り押さえることを忘れてビデオ記録、写真記録に撮りまくった。
志茂は興奮していた。
そこはドコをどう上手くした物だか、きちんと空気が循環し、地上からの雨水などは
より分けられるようになっていたし、電気は盗電もあるだろうが、恐らく
廃棄される紙やゴミなどを燃料とした小規模な発電所まである。
大型の燃えないゴミなどからリサイクルなどをして、結構電化製品も見掛ける。
ただ、一つ気になったのは「情報」にまつわるモノが殆ど見掛けられない。
テレビやパソコンと言ったもの…つまり印刷物も自動化できず活版印刷のままなのか…

あやめがそんな時に

「あ…どうやら忍び込みの窃盗犯が逮捕されたっぽいよ、証拠品もあるって」

「そうですの? わたくし達の手で捕まえられなかったことは残念ですが、
 世の中そうした物でもありますわね」

少し残念そうな裕子だが、歩みは止めない。

「そろそろ狸小路…ここから先は…何か博物館? 宗教施設…?
 議会の可能性も…ここで「地下都市」は終了のようですわね…」

裕子が早速取り入れた「祓いの力の反響による空間認識」を発揮して終点であることを告げる。

「よし…、先ずボク行くね」

葵の言葉にあやめが

「気を付けて」

葵はニッと笑って両扉のそれを開く。
そこは、裕子の見立てが一番近い、複合施設のようであった。
何か歴史博物館的でもあり、それに何か特別な意義を見出す…詰まり宗教のようでもあり
そして議員数はおよそ四・五人と思われる議会会場のようであった。
広さは割とあり、体育館ほど…、つまり全住民を集めての集会も可能…

裕子が思った以上のスペースに光の詞を追加し、一気にある程度視界を広げる。

志茂がその博物的なモノを眺めつつ

「…うん、明治時代から主に終戦後…昭和三十年代辺りまでのここの歴史みたいだ…」

葵がそこへ

「…この自転車は? 今でも割とありそーな感じだけど」

「ええと…セーフティ型と言われるこのタイプは1880年代に考案されて
 販売が開始されてその後広く普及したタイプなんだけど…ドコで作られたモノ?」

葵はアレコレ見て回って

「スターリー&サットンってとこっぽい?」

志茂は「おおう」と感嘆の言葉を盛らし

「スターレー&サットン…後のローバーサイクルカンパニーリミテッド…
 ローバーって言えば今じゃ車のイメージだけど、その出発点だよ
 輸入で入ってきたんだろうけど、ということは1890年代真ん中以前の製作だなぁ…
 タイヤはどうなってる? 固定ゴム?」

「ううん…フレームしか残ってないね、空気入れるチューブの穴あるよ」

「と言うことは1888年のダンロップチューブ式タイヤ以降の物だね…
 1889〜1896年辺りのどこか、まだ自転車が職人の作るモノだった時代だ
 輸入品でそれって、凄いハイカラだなぁ」

全員が仕事を忘れ志茂の知識に感嘆した。 志茂は「おっと」と熱く語った自分を制止し

「温故知新は弥生さんの受け売り、古いけど新しい明治から昭和初期のモノとか好きなんだ」

へぇ…と機動隊の人も一緒に声を漏らしたその時だった。
葵があるモノに気付いた。

「…ねぇ…サドルのフレーム裏の所に掘ってあるこれ…半分錆びてるけど…」

全員がそこに注目し、裕子の灯りもその辺りで読みやすいように色々角度や光度を変える。
裕子が代表し

「…何かが掘ってあるのは判るのですが…」

志茂も

「科学分析か何かして貰えば判るかもだね…」

あやめがそこで我に返って

「あ、そうだ…(無線を使い)本郷さん、終点です」

警察装備から幾らか漏れ聞こえるお馴染みの声

『おう、かなり大人しいというかほぼ抵抗なし…ときたもんだ…あっけないモンだな』

と言った頃、葵が驚愕の声を上げた。

「これ…ひょっとして…!」

その時、物陰に老人が一人隠れていて、葵に向かってパイプのようなモノを振り下ろす!
老人はその手を離し、懐から…拳銃を取り出すようだ…!

「葵ちゃん!」

あやめの声が響く、
葵は頭から血を吹きつつ半ば反射的にソイツに対して容赦のない反撃を加えようと動く!
そして老人は銃の引き金を引き、葵ではなく裕子・志茂・機動隊の人々の方へ二発撃ったタイミング!

「葵ちゃん! ダメだよ !!」

葵の拳の先に何とか回り込んだあやめの視線が葵に届き、葵の目に光が戻る。
あやめの目の前数センチでその拳は止められ、あやめの飛び込んできた勢いで
老人は飛ばされつつ、志茂と機動隊によって確保された。
老人の発射した弾丸は裕子の目の前で×に組まれた拳の中で止められていた。

「…やれやれですわ…最後の最後にこれですもの、油断なりませんわね」

裕子の両の拳がゆっくり開かれると、片手にそれぞれ一発ずつ受け止められた
弾丸が石を敷き詰めた床に落ちて響く。

あやめの顔に一気に汗が噴き出し

「うわー…怖かった」

葵がそれに

「ご…ゴメン、あやめさん、大丈夫?」

「大丈夫、ちゃんと私の目の前で拳は止まったよ、(そして真剣な表情になり)
 葵ちゃん、最後のは不味いよ、葵ちゃんの自動的な反撃なんて
 人間をメチャメチャに壊しちゃうよ」

「う…うん、ゴメン…ビックリしちゃって…」

葵の頭の中に「どれほど驚こうと先ずは冷静に」という趣旨の言葉が渦巻く

「ボクはまだまだだなぁ」

「いや…普通の人なら確実に重傷を負ってるはず…というか死んでいても
 おかしくないんだけどさ…おかしくないんだけど、でもといって
 相手を「壊していい」って話にはならないんだ…裕子ちゃん…葵ちゃんの怪我…」

「はい…といいますか…治りかけておりますわね…血を拭けばいいだけになりつつあります
 全く、葵クンの体には神が宿っておりますわ」

葵はそれでも思いっきり殴られて少々ふらついたのか患部を片手で押さえて

「ダメだ…驚き過ぎちゃったよ…この自転車…」

「どうかしたの?」

あやめの言葉に

「これ…旧字っていうの? 今の書き方じゃないから正確な事は言えないんだけど…」

と葵が口を開いた頃、あやめの無線装備から本郷の怒号が聞こえた

『バカヤロー! 窃盗の容疑者が逃げ出したとか何やってんだ!』

瞬時にその場の六人(あやめたち+機動隊二人(正確にはこれに反抗した老人一人))が反応する。

「ここは、俺達二人で大丈夫だ、君らは逃げた犯人を追ってくれ!」

あやめ達は頷き、飛び出していった。



軽く脳震盪を起こしているのか、葵の走る勢いが人並みであった。
この際は有り難いような、この上ないピンチのような。

あやめが無線で位置の確認をする、どうも「窃盗犯」は裕子の学校から外へ出るつもりか?

「あやめさんと志茂さんは先にお急ぎください!
 放っておいても大丈夫と思いましたが事情が大分変わりました、これではいけません!」

裕子が葵を止めて「詞」による治療を始めた。
うん、こう言う時のハイパー女子中学生だもんねぇ…という感じであやめと志茂が急ぐ。

「いや、でも流石に外に出られるかなぁ? 警察がどんな動きをして
 本郷警部殿がどんなコマの動かし方したやら…」

あやめがそれにフォローというか…

「判りやすい抵抗したのが私達が最後に出会った「長老格」一人だけだったからねぇ…
 油断しちゃったかなぁ」

突入口から地下構造へ戻り、構造を縫って洗面所まで来た物の、登った頃
地上からの追っ手と鉢合わせてしまった。

「しまった、既に校内のどこか…!?」

あやめの言葉に一応志茂が地下構造内をくまなく電灯で隠れられそうなポイントを探して回るも

「…どうやら、一歩遅かったね」

とりあえずあやめと志茂も地上に戻って一階のどこかが破られていないか、
二階以降は…増援はあるのだろうが、何しろ保護・捕獲した人数もかなり多い。
中央署と他署の応援で警察もかなり大掛かりといえど、一辺に全員を監視できそうな場所は
一番奥にしか無く、その一番奥の構造は部屋の外両脇が多分「正式な」狸小路へ抜ける
出入り口となっているようなので、そこに押し込めて監視人数をもし減らして
逃げられでもしたら収拾が付かなくなる恐れすらある。

狭く限定された今まで全く知られていなかった地下構造とそこに住まう無戸籍の人々
どんなモラルや規範で動いているのかどんな思考なのか、言語も判らないし
今のところ逃げた一人と最後に反抗してきた老人一人以外大人しいが余りに底知れない。

追うにも人員が余り割けない!

そんな時、廊下からだと壁側の眺めなのだが、その外壁の一部がぼん、と吹き飛び、
ハイパー女子中学生とハイパー女子高生が相次いでその中庭にしてもちょっと狭い
スペースに躍り出る。
裕子が両手に詞を込めると、まだ夜が明けて間もないこともあり薄暗いそこに
割と強めの、でも淡い光がその両の指先に灯る。
何かが渦巻いているようにも見えるが、それがなんなのかは普通の人は判らない。

裕子の両手が外壁に触れるとそれは何か波打って波紋のように校舎に広がっていった。
そしてその反響が次々と帰ってくる。
何をやっているのかは誰にでも判る、それは祓いの力によるレーダーだ。

流石に広い範囲を読み込み頭の中で図面を描くのは大変らしく、壁を両手に当て
頭を垂れ、集中していたが、その裕子が顔を上げ叫ぶように言った。

「葵クン! 既に三階渡り廊下から寮の内部に侵入しておりますわ!
 三階の窓は中程だけ鍵が掛けられておりません!」

その言葉に葵は三階渡り廊下屋根に飛び乗り、開けられる窓を特定し、中に入って行く。
あやめと志茂以外は呆気にとられていたが、あやめと志茂も階段を使い後を追う。

裕子は小中庭スペースに立ったまま、また何かの「詞」を両手指先に込めている。



葵が寮内部に侵入すると、「ソイツ」の「熱の残り」が感知できる。
誰かの部屋に突入と言う事もなく、奧に逃げているようだ、そして何かを呟いているようだ

寮の気の流れがおかしい、各室からなんというか…「淫気」とでも言うのだろうか、
思春期の年頃加減と共に女学校で寮で、裕子なんて言う存在も居るからなのか、
それは妙に生々しい、ねっとりとした気であった。
そしてそれが逃げる「ソイツ」にまとわりついて行く、「ソイツ」は階段を上り上へ上へ…

葵は少し考え、気配を消すように、音も殺しながら素早く後を追い始めた。
弥生の言ってた「苦手な感じ」が葵にもよく判った。
なんというか、ねっとりした淫の気なのに、消極的というか、受動的な気だった。

「上に行ってどうする気だろう…」

葵は追いつつ本郷に電話をし、ソイツが学校の寮の屋上に上ろうとしていること、
何をする気かは判らないけれど、警察の人は下を警戒して固めていて欲しい、と伝えた。

『いいぞ、結構頼もしいな、お前、丁度追うべきか下で待機すべきか混乱してたようだ』

「早く指示してあげて、もうそろそろ屋上に出る」

そして葵が屋上へ出ると、「ソイツ」は淫の気を「チカラ」に昇華してる?
何かソイツの回りに力場のような、力場といいいつつそれ自体が生物であるかのような
「何か」に変貌しようとしていた。

「…この方…「才能」は在ったようですわね…詰まりこの特殊な女学校ならではの
 淫の気から自らを再構築と言いますか…」

屋上に出た葵と向かいになるように、「ソイツ」を挟むように裕子は
手すりの上に立っていた。

「じゃあ…コイツには何か計画が? まさかその…魔法陣とか…」

葵の疑問に裕子が

「それは…まだ捜査を進めなければ何ともですが…魔法陣の類は見えません、
 あくまでこの方の才能のようですわ、勿体無い…こんな淫の気に溺れるような
 チカラに身を委ねてしまったら…行き着く先はインキュバス…淫魔ですわ…」

愛欲に溺れているという点だけなら弥生や裕子なども人の事は言えない訳だが、
淫の気を祓いの力に転嫁などはしていない、これはそう言うことだ。

「ぶん殴れば祓えるかな?」

「恐らく…」

裕子の言葉に葵が「ソイツ」に殴りかかると、「ソイツ」は空を飛んだ!
翼のビジョンすら見える。

意外! と言う感じに空振った拳もそのままに「ソイツ」を見上げる葵、
そんな時屋上にあやめと志茂も到着し、ソイツの有様に驚いた。

「え…なにこれ…」

裕子が驚いて

「お二人にも見えるのですか?」

それに志茂が

「なんていうかこう…いかにも「悪魔で御座い」ってカンジの…」

裕子が表情を引き締めた

「なんと強い意思…彼はもはや人ではありません!」

そんな時「ソイツ」が、ある名前を叫びつつ、北北西の空へ飛び去って行く。

ジュウジョウヤヨイ

ややあやふやな発音ながら、それは確かにそう言っていた。
全員が驚愕する、なぜ、その名を?

「寮の子達の叔母様への感情? それともまた別の?」

裕子が若干混乱して居ると、葵が

「先ずは追おう! おねーさん、ボクにも飛翔の詞使える?」

「もうこの際です、空っぽになるまで行きますわ、アタックはお任せ致しますわよ?」

「任せて!」

「志茂さんとあやめさんは如何なさいます? わたくしどもに捕まって
 ついて来られても結構ですわよ、行く先も大体判りますし…」

「弥生さんのマンションの方角だよね…あれって…」

あやめが飛ぼうと手すりの上に上がる葵に捕まる。
志茂は「飛んだ」経験がないので少し躊躇したが、あやめが戸惑うことなく
葵に捕まったので、自分も裕子にそうした。

「参りますわよ…、あやめさん、本郷警部に連絡を…まだ午前六時前とはいえ、
 そろそろ出勤の人々も動きます、学校から叔母様のマンションへの直線ルート火消しを…」

と言ってあやめを抱えた葵と、志茂を抱えた裕子も寮の屋上を飛び去る。
後に残された捜査班は何が何やらだが、本郷があやめからの通信を受け、
「やれやれだぜ」という感じで待機していた捜査員に地下施設等の捜査に戻ることを告げた。


第四幕  閉


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