L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:SEVEN point FIVE


時計を前章第五幕始め…月曜朝…弥生がやって来た淫魔をパンイチで叩ッ斬った後である。
まぁ正確にはキャミソールも着ていたのでパンイチではないのだが。

志茂に寝かされ、何となくその野太刀を抱えたまま寝てしまったのである。
志茂は家の中のことを少しアレコレやってから…とはいえ、ほぼ葵と阿美が
やっていたのであるが…始業前であろうから、阿美に電話を掛け、
事件はほぼ終結、これから裏付け等になる訳だけれど、映像担当のいつの間にか
資料制作側になってしまっていて、数日マトモに帰れそうにないことを告げ、
折角上向いたところにチカラを使ってまたちょっと下降気味になった弥生を
また数日ヨロシクと告げて愛してると言い合い、電話を切る。

弥生は静かに寝ているし、すぐ署に戻っても良いかなと思ったが、一応少しだけ
容態を見て、急変はなさそうだと判断してから志茂もまた署に戻った。



「お初にお目に掛かります、六代目…わたくしは初代によりイツノメと名付けられた
 刀工の神の一人…そして、刀に宿り貴女の祓いの為の憂いを晴らす役目のモノです」

弥生がふと気付くと、そこはまるで平安絵巻の中というか、雲か霞に囲まれた
ちょっと広めの社か日本家屋かと言った趣の場所に自分は寝ていて、
ぱんつにキャミソールという出で立ちはそのままだが布団の中、
起きた自分に声を掛けたのは白装束に白袴と言う出で立ちの妙齢の女性であった。

「イツノメ…刀神でイツノヲバシリで女だからイツノメとかそんな感じ?」

弥生が頓智をフル回転しその名の由来を当てて見せた。
イツノメは驚いた。

「正にその由来の通りです…わたくしは遥か古代の刀工の娘として
 生涯を作刀に捧げ、死して魂が昇華しても役目を持ったいわゆる「神」にて御座います
 いきなりわたくしの名前の元にまで迫ったのは貴女が初めてです…」

「…私の不調を整えることも役目って本当?」

「はい」

「婆さんもなんでそれ言わないかなぁ…まぁあの危機的な短時間では無理か…」

「先代が貴女に全てを伝えるには短い時間でありました、先代は何年か掛けて
 貴女様を育て上げつつ、私を正式に継承させるつもりだったそうです」

「僅か一年だったモノね…しょうがないか…イツノメ…私で六代目ってのも
 私は初耳なんだけどさ、ちょっと詳しく聞かせてくれない?」

「とっても長いですよ?」

「寝物語には丁度いいさ、私の体も整えてくれるなら更に言うことナシだ」

イツノメは微笑んだ。

「貴女達わたくしの持ち手は少しずつ違うのに根が似ていらっしゃる方々ばかりです
 さすが一族の祓いの血だと思わせますね」

「ふーん…って事は貴女に名をつけた初代ってのはさぞかし貴女を可愛がったでしょうね」

イツノメは顔を赤らめた。

「…やっぱり同類だったかw 分かりやすすぎるわ、十条の祓いの血は」

「…八重様は既に昇華成仏されてしまいましたが…特別なお方です」

「そりゃ良かった…どれ…」

弥生はイツノメの手をとり、布団に引きずり込む。

「え…その…あの」

「私はその八重って初代じゃあないがその血と力を継ぐモノだ、
 貴女にとって「これ」は何年ぶりかな…?
 私今ちょっと数日の悶々とした感情でなかなか我慢できないんだわ…」

「え…あ…」



事が済んで、弥生は一服したいなと思ったがここはどうやら刀の中の世界。

「ホントに養生だけの世界ってカンジか…今度はタバコ持ち込もう」

イツノメは初代に立てている操と、それでも燃え上がってしまう自分とのせめぎ合いに
やや罪悪感と戦っているようではあるが、人の一生は短く、更に言えば
祓い人の活動期間が三十年を超えることなど滅多になく(この刀のオーナーには居なかった)
そして確かに似た魂と力を受け継ぐ同じ一族の女なのだ、そう言う意味では
どこか懐かしくさえ感じてしまう。

「私を「その時だけ」八重って呼んでもいいよ、折角の一族の血なんだからさ」

弥生はイツノメを撫でながらイツノメの心で一番深いところに弥生は優しく触れた。
イツノメは泣いた、祓いの刀神としての役目を淡々とこなしてきたが、
自分だって元は生きた人であり、初めてその心に深く触れ合った八重を彼女は愛していた。

ちょっと時間が過ぎてから、イツノメはちょっと拗ねながら

「…なんでわたくしが慰められなければ成らないのでしょう…
 役目はわたくしが貴女の不調を整えることなのに…」

弥生はイツノメに着物を羽織らせながら微笑みかけ

「私はさ、先代からの忠告もあって孤立せずに暮らせている、多少不調が長引いても
 ちゃんと成るようになってきてる、だから、貴女の方こそ何百年抱えたか知らないけど
 募りに募ったキモチを私にぶつけるといいのよ」

「…そうですか…先代は確かに、親しい人の少ない方でした…歴代も決して多くはなかった
 それにしても、神と名乗った私をイキナリ抱くなど…なんという人でしょう…」

「はは、日本の神々って大体人型のモノは歴史上の人物複数分から練り上げた人格だったり
 するものでしょ? 貴女も正にそうだ、古代…ってのがいつか知らないけど
 日本書紀のイツノヲバシリに起源を持つというなら~代の頃かもしれない、
 神を名乗ろうとその力を持とうと、貴女のココロはヒトなのよ。
 貴女にその名をつけた八重はいつのヒトなのかなとかちょっと思っちゃったわ」

「八重様の詳しい来歴こそはわたくしも判りません、過ぎたことは突かない限り
 気になさらない方でしたので…ただ、わたくしがこの刀に宿る事になったのは
 永仁期間です…八重様はそれより二つ前…弘安年間より祓いを始め、正応の時に
 女刀工から一振りの野太刀…詰まりこの刀を手に入れ…使い続けた事で
 わたくしが宿りました」

「こうあん・しょうおう・えいにんって言うと………(元号を数えているようだ)
 大体七百三十年前後昔の人って事か…へぇ…大したもんだ」

イツノメが驚く

「貴女こそ大した方です…そんな計算を直ぐ出来るなんて…!」

「まぁ本とか資料マニアだからねぇ…おっとマニアって横文字も伝わるよね?
 ここは一種の精神世界…言いたい事は伝わるはずだ」

「はい…、理解が早く人の心にぐっと入ってきて引き寄せてしまうなんて何てヒトでしょう…」

「罪深いヒトだって言われるわ」

「ホントウですよ…七百年ぶりがこんなカタチだなんて…」

「間の二代から五代…詰まり先代弥生までは祓い人と祓いの刀神って役目で
 キチンと距離を保ってたって事か、いやはや…悪いわね、乱れきった女で」

「少々恋情に似たココロを通わす事はありましたよ…そりゃ…命を預ける間なのですから」

「初代が鎌倉時代…二代から四代まで知りたいなぁ、かなり油断成らない時代を
 生きてたんだろうし」

「そうですね…二代は応永年間が主な活動…三代は天文から弘治・永禄年間…
 四代は宝暦・明和・安永・天明に掛けてでしょうかね…
 五代は貴女の知る通り、明治の方です、わたくしを受け継いだのが明治十年代
 亡くなったのが四十年前後だったと思います」

「二代が南北統一後室町初期、三代は戦国時代…四代は江戸中期か…そして先代…
 …うん、私までの間が百年、その通りだな…結構間は開いてるけど
 当時は都か幕府の近くで十条は活動してたんだろうから、貴女を受け継ぐ事に
 間が開く事そのものはそんなに憂慮すべき事でもなかったってカンジか」

「そうですね、四條院や天野の方、十条でも別系統の方もいらっしゃいましたし
 当時は連携もそれなりにしっかりしていましたので…明治からの怒濤の時代の変化にだけは
 翻弄されてしまいましたね…、しかし貴女の手に渡ったのです、貴女はまたいつか
 私を受け継ぐ十条の祓い人に托して戴ければ…」

「まー、そーね、でも、何が起るのか判らないのが人生で運命だから」

「はぁ…」

訝かしげにイツノメが言うと、弥生はその頭を撫でながら

「おっと…覚醒しかけてるな…この事は絶対忘れないわ…必ず記録として残す…
 じゃあ、また寝る時来るから、またね♪」

弥生が社から出て霞の中に消えてゆく、何てマイペースで訳知りで、
人の心をぐいっと寄せるのに長けたヒトなのだろう、イツノメは少し頬を赤らめ見送った。



「さぁ、イツノメ、寝る時にここで私が欲しくなるモノ色々持ち込んできたわ
 寝物語に色々聞かせて貰うわよ」

祓いの力を持って「精神世界で消費すれば実物も消費されるように」調整して
弥生はポットと紙コップと灰皿とタバコまで持ち込んだ。

「継続して使用できるならここに幾らか持って来て置いて貰ってもいいな」

イツノメはあきれ果てたが驚きもした。

「…なんというヒトでしょう、享楽的なといいますか…」

「人生は楽しまなくちゃね…さて…イツノメ」

その言葉の意味は判る、拒む事も出来るはずなのに、どこかワクワクしてしまう。
ちょっとだけ罪悪感を抱きつつ

「本当に八重様とお呼びしてしまうかも知れませんが…」

「同じ刀を受け継ぐオーナーだ、ある意味どこかで魂が繋がってるのかもしれない
 構わないというか…むしろ光栄な事だよ」



弥生がイツノメから聞く古い記憶。
普段なら淡々と恭しく話すのだろうが、弥生が八重の記憶と共にイツノメを抱くモノだから
イツノメもちょっと感傷的に、結構生々しいトコロまで話し始めた。
神明作り改の社は生活スペースも兼ねていて、内部の床は回廊より高くなっており
背面の戸を開け、弥生は床に腰掛け一服しつつ、同じように座り弥生にもたれかかる
イツノメに依る初代から四代までのそれぞれの大まかな略歴は数日にわたり話された。



十條八重は鎌倉時代に生きた祓い人、当時はまだ日本の人口も少なく
「魔」はかなり日常の近くにいた。
ちなみに、「魔」は普通の人にも見える存在で、「霊」は勿論普通には見えない。
恐らく十代には活動を始めていて、詞を使いつつ、武器も使う、武器に詞も込めるという
十条スタイルとも言うべき元祖的存在。
時代は完全に武士社会、八重は言ってみれば男装に近い格好で野太刀を振り回し戦うという
益荒(ますら)振りであった。
ただし、その太刀筋や、併用される詞による戦闘スタイルは嫋やかでもあり、
巷で一定の人気こそあったらしいものの、じつにサバサバと、ある意味近づきすぎず
一定の距離を保って誰とも接していたために、本人のしたためた手紙や書状と言った物は
殆ど無いようであるが、祓いの仕事に関しての間接的な記録はある。
当時はこう言った物をややも大げさに書き、功績を称えると言った事は普通であり
(初代に限らず四代までそんな感じである)当人からしたら苦笑モノであったようだ。

十条自体が割と良家である事から、以降も基礎知識的な教養は確実にあったと思われる。
活動は主に都か幕府の置かれた鎌倉近辺であった。

八重は完全にイツノメと共に生き、イツノメだけが何もかもを許せる人という立ち位置で居た。
「なぜ、そうなのか」についてはイツノメは八重の傷をえぐる行為に思えて聞けなかったが
どうやら、自らが宿る野太刀を作刀した刀工の女性に関して色々あったようである。
イツノメが宿った頃にはその女性は既に亡く、八重は時々その墓に出向いては
ただただ冥福を祈っていた。

多分その恋は実ることなく散った事で、実際の人々とは男とも女とも距離を置くように
なったのではないか、というのがイツノメの予想である。

八重の最後は、魔階に於けるギリメカラの刃を止めた弥生のような感じで
敵の動きを止め、他の四條院や天野の祓い人の勝利に貢献し、その命を散らした。
本人はそれで満足であり、いつか、イツノメを振るうに値する十条の祓い人に
それを捧ぐと昇華成仏してしまった、イツノメは悲しかったが、
神にまで昇華すると言うのでもない限り、これが人としての最後なのだ、イツノメは
八重の遺言を受け止め、次の時を待った。

八重最後の祓いで同行していた四條院や天野により事の詳細は十条に伝えられ、
十条家でもその遺言は守られた。

ここまでで月曜夜である。
弥生は半覚醒状態になると隣のベッドの阿美や葵にメモ帳とペンを求め、
とりあえずその記憶を断片的に書き写して行き、起きてる間はPCへの記録に努めた。



二代目は「弓(ゆみ)」と言う名だ。
通名なのか今となっては判らず、弓と刀で戦うスタイルからそう呼ばれた。
仏教化も甚だしい中世に於いて社を構え祓いをするという四條院スタイルに近いながら
弓と刀という武器依存的な天野スタイルっぽさもある。
初代の持つある意味雄々しさはほぼなく、女性的であった。
南北朝平定から応永の乱で亡くなった霊を鎮めたのが彼女の活動のメイン。
荒ぶる霊を鎮める為に刀による祓いも使われた。
この辺りから古武道に類する、体術も自力会得でなく流派に通い取り入れ始めたようだ。
活動地域はだから広く、実家はあれど祓い人になってからは特定の場所に住む事はなかった。

応永年間は35年あり、この応永の間に弓は現れ、戦のアトシマツをするかのように
討ち取られていった霊を鎮める事をメインに、魔とも戦いつつ、病で亡くなった。
二代目には決まった相手はなく、各地の未婚の娘と大体一回限りの関係を結んでいたらしい。
未婚に拘ったのは趣味ではなく、人のモンをとるには値せずと言う事である。



三代目は「八千代」
枝分かれした十条でも割と余裕のある文人家系に生まれ、古今和歌集にある
「我が君は…」に始まる歌から、征夷大将軍だの幕府だのと言ったものでなく、
この場合我が子に長く平和な世を願う意味で付けられたのであろう。
何しろ時は戦国時代…いよいよ室町も傾き始めたが、時代に翻弄されながら
静かにその役目を終えようとする中「次」を虎視眈々と狙う輩がしのぎを削りあった時代だ。

八千代の活動期間は1540年代〜60年代で、生まれは恐らく織田信長とほぼ同じ、
ただし、祓い人の常というか、三十代で亡くなっている。
文人家系と言うだけあり教養高く、文武両道であったが、余り前に出る事を善しとせず
ひっそりと祓いの請け負いなどの為の社に住んでいた。
そして、二十代になってからは近辺の子供達などに初等教育を施したりしていたようだ。
祓い人でありながら、祓い以外の事もやって生計を支えた、イツノメの持ち主では
最初の人物である。

十ほど年の離れた教え子とキャッキャウフフな関係であったようだ。
ああ、言うまでもなく女の子だ。
その子を助手のような小間使いのようなと言い訳しながら側に置き続けそれなりに
平和に過ごすものの矢張り戦乱の世、武将達のチカラの、そして政治の思惑の中で
八千代の住む場所も翻弄され、何とか略奪だの何のと言った祓いとは関係のないところで
八千代は守るべきモノは守り通しつつも、命を落とす事になる。
助手は、刀の十条家への返納や、その他引き継ぎなどを終えると八千代の墓の側で自刃した。

火曜日中にまどろんだ時には話も短めに、メモ帳を手に持って半覚醒になるとメモを開始した
(刀の世界の中に持ち込んでしまうと戻せなくなる)



四代目、「宵(よひ(よい))」
平仮名二文字の名前という江戸時代の一般的な名前だったのだが、自らそれに
「宵」の字を充て、名乗るようになる。

ちなみにこの頃放浪していた天照フィミカが舶来の神の子を連れて
忘れ去られた穢れの地に於いて己の全てを賭けた祓いに着手し、偶然その地に迷い込んだ
江戸の職人「大八」によってその存在が地味に知れ渡り、大八はその話を聞きつけた
天野の祓い人や大八の仲間と共にフィミカ様のトコロに押しかけ、怒濤の開拓を始める。
フィミカ様は何百年掛かろうと自分とお供の二人で全てをやり切ると言う物の、
おせっかい焼きの大八は、天野の祓い人「ホヲリ(男性)」と共に頑なに譲らず居座る。
根負けしたフィミカ様だったが、そこから三十年もするといっぱしの町にもなり
命と引き替えに祓いをするホヲリも昇華成仏した。
フィミカ様は「もう担がれたくない」という理由で千年の眠りの後数百年を
過ごして居たので(詳しい事はいずれ玄蒼市奇譚にて)一人ないし二人だけ
開拓し祓いの場も機会も広がった「玄蒼の町」に四條院・天野・十条の者を
招き入れる事に同意していて、宵はホヲリの後釜としてやって来た。

上記の事情でやって来た宵であったが、四條院ほど不安定でもなく、
天野ほど命を削りまくるスタイルでもなく、高いレベルで万能型と言う事で
かなりフィミカ様に頼られた。
四條院や天野ほど力を持った子が頻繁に産まれない代わりの高い能力、
「これも巡り合わせというものじゃろうか」とフィミカ様にしんみりさせた。

そして文武両道はある程度十条の嗜みと言う事もあり、やや享楽的な宵は
割と気易くフィミカ様と過ごした人でもあった。
春には春の、夏には夏の、秋には秋の、冬には冬の。
そして「後進を育てる」と言う事に目覚めた最初でもあった。
とはいえ、刀を継ぐのなんのいうものではなく、民間で祓いの力を断片的にでも
持つ者に対して、祓いの指導を始めたのだ。
お約束であるが、そんな祓いの巫女候補達とお楽しみしていたのが宵である。

しかし、急激に開拓発展する玄蒼地方に対して元々魔の強かった土地柄、
魔のしわ寄せが来て天明年間に魔が蜂起した。
フィミカ様、そのお供の「はとほる」、宵、そしてその弟子達、彼女たちは戦った。
戦って戦って、魔を退ける事には成功したものの、広い範囲を弟子を守りながら
戦い続けた宵は燃え尽きていた。

そして刀はその謂れに従い、十条家に返納された。

火曜の夜、四代はする事をしてから聞いた。
本当は各代とももっと細かく詳しく聞いて居るが、全部を書くとトテモじゃないが
脱線が過ぎるのでここでは概要だけをお伝えしている…
そして、単純な好奇心や遠い祖先…直系ではないが…への敬意という以外に
弥生自身の先代への郷愁…「次代を見つけ育てる事が出来なかった」という思いで
百年逝けず彷徨い偶然同じ名で才能を持った自分と巡り会う事になったその縁、
先代だけはその人生をより詳しく聞きたいと真剣にイツノメに申し出た。

その意味は多少違うが、イツノメにとって初代が特別なヒトであるのと同じように
二代弥生にとって初代弥生は特別であった、絶対頭の上がらない先輩というか
ココロから尊敬していた。
そして明治の開拓期という激動の時代に彼女が何を思いどういう風に生きたのかが
とても知りたかった。

弥生は、先代に関してだけは二日ほど掛け、じっくりと話を聞いた。
そして、先代が自分に言った数々の助言は正に自らの苦しみから滲んだモノだと
思い知るに至るのだ。

イツノメも、先代はインパクトの強い方だったらしく、割に詳しく覚えて居た。
弥生は覚醒している間は一心不乱に事の次第を記録して行っていた。

体調はほぼ復調していたが、週末も見えてきた頃、弥生は朝のラジオ体操にも復帰し、
前章第五幕後段にあるように、先代について聞いたその人生から
「今回の忍び込み事件の顛末」について推理を交えて葵に聞くと、そこまで裏付けは
進んでないという、なるほど、それでは口を割らせてみましょうと言う事で
いつもなら余裕を持って登校する葵(プラス一緒に登校する阿美)に少し待ったを掛け
弥生はあの先代を想わせる装束と髪型、そして化粧を施していったのだ。

CASE:FOURで写真は残っていると言ったがそれは勿論十条家所蔵で
勘当に近かった事もあり一枚きり、見た事があるのは実は新橋と阿美くらいであったが
捜査の関係上地下から出てきた資料写真に巫女が含まれていた事には葵も「うん?」と
思っていた事もあり、それが先代であると言う事が今この弥生の巫女装束とメイクにより
確定していった、化粧や着付けを手伝う葵も阿美も魂を奪われるようになっていった。

明治時代に亡くなったはずの先代弥生が、そこに居たのだ。

当然そこでも撮影会は行われ(葵も阿美も大興奮だったw)
行ってきますのキッスと共に二人を送り出した後、一服をし、
紅を引き直して弥生は徒歩で中央警察署へ向かい、途中途中で外国人旅行者や
日本人にすら写真をとられまくり(刀は竹光と言い張った)
署に着くと秋葉とのやりとりから前章第五幕後段に繋がるのだ。



昼間はあやめの手足となり方々で動画・写真などをチェック、該当部分があれば
「穏便に」消去…ネットでのアップなどしつこい場合は公権力がものをいいますよという
脅しもプラスされ、弥生も既に権限だけは警察と同じになっていて
身分証も警察の正規の物に準じており、わざわざ制服着てまで弥生は写真をとっていた。
(新橋が用意していたのだ、勿論色々なパターンから普段のスーツのモノなども撮っていた)
公権力として脅しを掛けられるってのもなかなか面白いなと思いつつ
ネットなどの監視はあやめが主に行っていて、もしアップされたとして
その位置情報やアップ主のアカウント…正直に書いてるとは限らないが…などを元に
弥生が捜査をして探偵の軽やかさをプラスし探し当てれば公権力で消させる。

週末まではそんな感じで結構忙しく過ごして居た。

阿美と葵も、一緒だと「生徒と先生」でもあるわけでやっぱり遠慮が働くのか
夜に燃え上がる事もなく、「家族のように」穏やかに過ごせていた。
元々弥生と阿美は社会人になってからエッチの機会も減っていたのだから
GWの時の四半日効果はまだ結構続いていて(阿美自身は志茂や裕子とのエッチもあるし)
割と穏やかであり、葵も「先ずは弥生」というスタンスであることから、
特に夜の関係については何事もなく土曜に向かう。

志茂の映像関係の方は弥生的にはどうしようもないが、証拠品として押収された物の内
明らかに「先代・十條彌生」に関するモノは帰属が十条家→弥生という流れに
なっていたので、事件のアトシマツ的に土曜の途中まで弥生は署に通っていた。

「思ったより大変でしたけど、何とかなりましたねぇ」

お昼直前にやっと収束というカタチでいいかな、と言うところに来て、
屋上で弥生が一服しつつ、缶コーヒーで一息つきながらあやめが言った。
弥生がそれに応えてニッコリしながら

「「アトシマツは私に任せて思いっきり行こう!」って二人に言ったらしいわね
 あれは勇気貰ったって葵クン言ってたわ」

「弥生さんはやっぱ別格なんだなって思い知りましたからねぇ、
 こっちが覚悟しないと二人とも思いっきり行けないだろうなって…」

「その折角の心意気と二人のやる気を私が削いでしまう結果になって何とも申し訳ないわ…」

「まぁ…しょうがないですよ、二代に渡って強く生々しく求められた事に不機嫌MAXでは…w」

「あの地下の男ももう能力を持つ事はないでしょう…勿体無いわね…あんな暗い情熱さえ
 抱かなければ、真っ当に真っ当な宗教での修行をしていれば、何かしら
 祓いに似た使い手になれたかも知れないのに」

「性欲って、怖いんですね、何となく人それぞれ的にしか考えてませんでしたけど」

「三大欲求だ何て言うのはいいとして、そこに溺れ「それこそが力の源」になって…
 その為の手段を間違えてしまうと犯罪者になったり…果てはああなったりするのよ
 理想やその予想ばかりが高くなってしまうのも危険な兆候だわね」

「…そうですねぇ…理想ばっかり高くなると危険な兆候、かぁ」

「勿論全部が全部じゃないわよ、可能性が上がるって言うかね、ヒトの道を外れる」

「うん、そうですねぇ」

志茂も合流し、一服を開始しながら

「そう言えば裕子がむくれてましたよ、「自分だけ巫女姿の叔母様を見てない」って」

「そうだっけ…何かもう会う人会う人にビックリされて本郷に引き回しの刑
 食らったりしてて覚えてないわ」

あやめがちょっと困り笑い気味に

「私もなんでかユキの撮影会の時に写メだけど撮っちゃってるしなぁ…w
 わたしもズルイって言われましたよ…w」

「んーとしたら次に会う時には必ずそれ言われるなぁ…w」

弥生もちょっと参ったな、と言う感じで指先で頭を掻いた。
志茂が缶コーヒーをぐいっと多めに飲んで

「…今日は流石に今からだとタイミング合わせにくいですね、
 裕子もそう何日も授業だけ出てずっとこっちって訳にもいかないらしくて
 寮や学校の方でアトシマツに追われてますよ、今日には何とかですって」

「ユキには連絡行ってるでしょうけど、阿美は葵クンや希望者生徒数名と
 ドライブ行ってるからねぇ、あからさまにデェトじゃなんだからって
 ワンクッション置いちゃってるのが可愛いというか」

「増毛(ましけ)か留萌(るもい)まで行く積もりって何時に帰る予定なんですか」

「どっかの展望台で夕陽を見たいって言ってたから帰りは夜かなぁ
 その辺りはまたその辺の時間になったら連絡するって言ってたけど」

あやめが何気なくその流れで

「今日は何となくそれぞれがそれぞれに落ち着くような気がしますよ。
 阿美さんはユキと、葵ちゃんは弥生さんと、裕子ちゃんは寮で私はアパートで」

「じゃあ、明日はドコで先代について話そうか?」

弥生の言葉に「えっ」という表情のあやめが

「弥生さんのウチですよね?」

「ウチでもいいけど、本郷が来られないわよ?」

「いいんじゃないんですか? 報告書ってカタチで一応文章で出すんですよね?」

弥生と志茂が思わず笑って、弥生が

「容赦ないわね…w まぁ、その方がこっちとしては有り難いけれどね」

「それじゃあ…何かお土産でも持って集合って事にしますか、何時頃がいいかな」

「お土産に関しては余り気を使わなくてもいいけれど…そうね、
 夜には解散できるようにとなるとやっぱり午前中には来ていて欲しいかな」

弥生と志茂のやりとりに、あやめが

「じゃあ、十時にしましょう、何となくですけど朝色々やってから出られますし」

「任せるわ、明日はじゃあまず駐車場に着いたら、葵クンの指示に従ってね」

あやめと志茂の頭上に「?」が踊る。

「…うん、ちょっとね、今日も今これから…準備も色々あるから」

「何かそんな大掛かりな準備が必要なんですか?」

「絶対必要ではないけど、ちょっとね、まぁ明日になってから詳細は話すわ」

「まぁたそうやって気になる事言うんだからぁ〜」

志茂のほっぺたのの字攻撃に弥生も

「だって署内でとかどっかファミレスでとかとかだったら「別にいいか」だけど
 ウチでやるならせっかくだしぃ〜」

うーん、ちょっとそののの字攻撃いつかやりたいなぁとあやめは思いつつ

「何かついでがあるんですね、判りました、じゃあ解散しましょうか」

「丁度お昼だよ、この三人か…他に誘える人居たらみんなで食べて解散するのは?」

志茂の提案に全員賛成した。
昼間と言う事で酒はナシ、捜査員達の方でもそろそろ上がれるというヒトを含め
声かけられるだけ掛けて本郷や、秋葉なども参加し近くでイキナリ十数名が
押しかけられるようなトコロを探し、とりあえず本郷持ちの会費制と言う事で
それなりに美味いモンを「お疲れ様」と食いに行った。



あやめの予想した通りというか、阿美は夕陽を石狩市厚田で見つつ、
そこまで来ると三十分程で札幌に戻れるので、葵は買い出しついでに
自分の足で帰ると、阿美は里穂達参加者を送りつつ先に帰って家の掃除などをしていた
志茂と阿美は久しぶりに合流し、そして葵は弥生といつも通りの二人きりになった。

カップル二組がその夜燃え上がったのは言うまでもない。

弥生の話を聞いて葵は刀に住む女神とヨロシクしてた事にはちょっと頬を膨らませたが
まぁ、その後取り返すようにクタクタになるまで抱かれるのだからほだされもする訳で
「会ってみたい」と言われる訳だが、健康に戻って、しかもオーナーではない
葵も伴えるモノなのか…弥生も実験を兼ね、一緒に寝てみたりした。
結果から言うと「今回は恥ずかしいから」とその日は断られた。
脈はあるようだ、弥生は思った。



さて、翌日である。
弥生の住むマンションに、裕子を拾ったあやめ、志茂と阿美が少しずれて、
でも時間前にはやって来た。

葵が駐車場で出迎えて

「弥生さん今週に入って刀とお話しするようになってから急になんか
 色々やり出したみたいでさ…この直ぐ近くの土地…狭いけど買ったり」

みんなが驚く

「土地買ったって…」

あやめが言うと

「住む土地じゃないんだ、昨日ボク帰ってきてやっと何をどうしたいのか判ったよ」

弥生の住む場所は…現在の建築基準では有り得ないのだが「創作物」と言う事で
有り得た事にしておいて欲しい。(ただし、古くは認められた建築でもある)
弥生の住むマンションは琴似川支流二つが交わり琴似川になるところの交点にある
と思って頂きたい、そここそが、中央区と北区と西区を分ける基準点であり、
その真上にマンションがあるからこそ「ドコとも付かない」と言う事になっているのだ。
(あやめも同様に白石区と豊平区の間にアパートがあると思ってください)

葵の案内で駐車場を出てすぐ東…中央区と北区の境にまたがるとこに余り大きくはないが
神明作りの社があり、そしてそこに、詞と共に神楽を捧げるのは、先代の扮装に更に
貫頭衣の千早を纏い、完全に巫女として振る舞っていた弥生であった。

「あっ、終るタイミングでって言われてたのにちょっと早かったな」

葵がこぼす、多分「恥ずかしいから」という理由なんだろうな、とあやめは思った。
一度その刀を社に収め、詞を捧げてから改めてそれを両の手で受け取り二拝して
それは終わったようであった。

一般の巫女神楽や祝詞とは違う、何か祓いの一族に伝わるやり方なのだろう。
いや、元々例えば参拝の仕方にしても特に決まったカタチなどかつてはなかったのだ。
独自の作法がそれぞれで出来上がるウチにとりあえず「スタンダード」として
作法は定められたに過ぎない面がある、大事なのはキモチなのだ。

くるっと振り向いた弥生は全員に気付き多分かなり赤面したと思われる。
化粧の及んでいない耳が赤くなっているからだ。
皆、あやめさえもその様子に「可愛い」と思いつつ、それにも勝って裕子が感激し
恐らく改めて自分の為に先代の格好をさせて撮ろうと思っていたのであろう
カメラでの撮影すら忘れて感激を弥生に伝えていた。

この場所は、かつて先代が暮らしていた場所…に近い。
もうそれに関わった人々も何もここには居ない、全て昇華成仏してしまっている。
だからこれは今を生きる人にとってのココロの拠所であり今を生きる人の為の施設である。

弥生は先代と自分が今暮らす場所として、ここに十条のイツノメを手にした五人の祓い人を
祀る場所として社と碑と、そして墓を建てていた。

「数日で出来る物なんですか…」

あやめが何か凄いなと思い弥生に質問すると

「特急で作らせたわ、この思いよ新鮮なウチに、ってカンジで」

葵がそこに

「昨日帰ってきて、ここで何か工事やってるなーと思ったらこれなんだもんw」

弥生が何か凄くスッキリした表情で

「今日は先代に関して話す訳だけれどね、イツノメにまつわる初代八重から先代彌生に至る
 何かそんな社があっても、「そんな奴が居たんだよ」って証があってもいい気がしてね
 とはいえ、一見ただの社であって碑も隈無く見ないと何の碑だかって感じだけど」

志茂がそこへ

「この…墓の方の十條彌生はいいんですけど、やいと来て「やいぬまたき」って誰です?」

阿美がそれに対して

「矢井沼・たき ってヒトじゃないわよ、多分。
 ヤイヌ・マタキ「思慮深い妹」という意味のアイヌ語、多分ね」

「流石阿美、大正解。 この…(といって刀身を柄から外す)銘とも思えない
 いかにも後から手彫りしましたって下手くそな平仮名らしき文字見える?」

うん、言われてみれば…と言う感じで皆が確認すると

「そもそも「ぬ」なのか「め」なのか「あ」なのかすらも判らないような
 なにこれって12年思い続けてたんだわ、その答えがやっと判ったわ、
 まぁそれに関しては今から話すから、部屋に戻りましょう」

弥生が案内しようと動くと、裕子が

「お待ちください、叔母様!」

「なに?」

「そのお姿とお社で…写真を撮らせてください!」


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