L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:NINE

第一幕



その夜、デリバリーヘルスと目される性風俗業で、客の男が女性従業員到着時に
死体で発見されるという事件が起っていた。
死亡時刻、そして死因、そして何よりその死に様はとてもじゃないが
女性従業員など一般の人間…いや、もしそれが元締めの企業であったとしても
それが行えるような物ではなかったため、PTSDに陥りそうな女性従業員をなだめ、
とにかく発見時の状況や何か他に手がかりはないかと警察や
元締めの企業も捜査協力を惜しまず「とにかく他に異常は無いか」などに奔走していた。



場面は戻って23時頃、弥生視点に移る。

「あのアパート六世帯あるのに使える駐車スペースがせいぜい二台分なのよね…
 開いてるかな…」

「凹の字型のアパートってどう言う構造なの?」

山手 竹之丸の住んでいるアパートに向かう途中、葵が部屋割りを考えて弥生に聞いた。

「二階建てのアパートで…かつては十二部屋だったらしいのだけど、
 今は改装して一・二階を使った六部屋…簡単に言えば出っ張り部分二部屋、
 下部分で四部屋…彼女はその三号室に住んでいるわ
 阿美もそこ狙ってたのよね、でも地下鉄が直ぐそこでコンビニも充実していて
 スーパーもあると言えばあるし、家賃もそこそこ安いと来た物で
 なかなか開かないのよね、マルももう何年かな…大学入って直ぐには
 丁度空いてたそこ住みはじめてずーっとだからね」

「ふーん、間取りとか判らないけど、結婚して一人目二人目くらいまでなら
 使えそうな感じなら、確かに人気ありそうだもんね」

「そう、大昔は壁も薄いような安普請だったらしいんだけど、
 ファミリー路線に舵切ってリフォームしたらしいのよね、防音も施して
 ちょっとやそっとの衝撃では床も壁も傷まないように」

「あ、ひょっとしてその人もビブリオマニア?」

弥生がちらっと葵を見て「流石」というニヤリ顔をして

「その通り、分野は問わず専門書や科学系啓蒙本マニアなのよ。
 薹人堂会員認定最年少記録は破られてないはずよ、十歳で認定されてる」

「うひゃー…、知の塊って感じの人だね」

「正によ、そんな彼女が人の生き死にというある種知識や技術だけではどうにもならない
 分野に挑戦したのもそう言う所から起因するのかもね…
 …やっぱコインパーキングにしとくか…朝になったら出られない何てことに
 なったら面倒だし…」

「そのくらいボクと詞で強化した弥生さん二人でなら何とでもなりそうだけどね」

「…ま、本郷やあやめの仕事をいたずらに増やさない為にもね」

「ん、そか、そだよね」

周辺を少しうろうろして「ここにしておこう」という場所を決め弥生が車を止める。
今になって葵が

「あ、そのマルさんちレンジあるよね?」

「あった…と思う、けどまぁ、葵クンの料理なら冷めても美味しいわよ」

「…温かい方が体にいいと思うけど、まぁしょうがないかな」

弥生は微笑んで葵の頭を撫でながら

「行きましょう」



アパートに向かう一・二分の間に弥生がもう一度電話をして

「鍵開ける元気ある?」

『そのくらいなら…』

「レンジある?」

『は?』

「いえ、ちょっとね」

『あるわ』

「判った、中通りに入ったわ、後数十メートル」

『…ホント直ぐそこじゃない…ああ、よいしょ…っと…』

弥生は少し呆れたように

「…言って聞くような人じゃあないと判ってはいるけれどさ、
 私にとって鍵なんてあって無きが如しとは知っているでしょ?
 そんなに無理しなくてもいいのよ」

『…見せてあげるわ、人ってのは案外しぶといモンだってね…』

弥生が思い詰めたような表情をして電話を切った。
だいぶ酷い状態なのだろう事を覚悟しているようだった。
葵は不安そうに弥生を見上げるしか出来なかった。



二人が訪れ「開いてるわ」とドアの奥から声が掛かり、弥生がドアを開けると
弥生は痛ましさを全開にして彼女を見つめ、葵は言葉を失った。

身長も平均よりは高い人っぽいから適正体重は大凡50kg台と言った所だろうに
今の彼女はほぼ骨と皮、30kgだってあるかどうか判らない程の痩せよう。
キャミソールと下着一丁だけにそれはもうぱっと見た目に酷い有り様だと判る。
そして髪の毛は真っ白だった。
染めているのでは無い、白髪なのだ。

「…その子が葵って子ね、連れてくると思ってなかったからイキナリ
 イヤな物見せてしまったかな、でも、キミ、このアタシを見て正直にどう思った?」

葵は言葉を選ぼうにも選べなくて

「人間って…こんなに痩せても生きて動けるんだなって…」

弱々しいが竹之丸は満足そうに微笑んで

「宜しい、正直且つ、生命のしぶとさを理解したと思うわ、さ…上がって」

弥生が玄関に入るや否や有無を言わせず彼女をお姫様抱っこで抱え上げた。
竹之丸はちょっとその思い切った弥生の行動にビックリしつつも、
それが弥生の純粋な優しさから来る怒りだと言う事は何となく判った。

「葵クン、レンジあるようだから、探して使って」

「あ…うん」

弥生が少し怒っているようだ、こんな時に、自分の命を使ってまで
冗談めかした行動を取った事に、少し彼女に対して怒ったようだった。

弥生が竹之丸を楽な姿勢で上半身を起こしていられるように色々調節して

「病気だというなら貴女のその挑発的とも言える行動は受け止めたけれど
 今の貴女には何か別な作用でその状態に追い込まれているわ、
 死なない程度に生かし続けられている感じよ、今ヘンに動いたりしたら
 本当に死んでしまうわ」

流石にちょっとやり過ぎたかな、と思った竹之丸は素直に苦笑の表情で「ゴメン」
と言いつつ、

「…所でその「作用」ってやっぱりアナタの領域?」

弥生は詞を両手に込め、竹之丸の全身を改めて詳しく探りながら。

「特にドコが著しく悪いと言う事は無い、物凄く均等に貴女は弱っているわ
 そしてその割に精神的には以前と変わりもなく、意欲はある…
 恐らく何者かに精気を吸われているわ…それが何者なのかまでは判らない」

「…そう…じゃあ、残りの検査も問題なしって結果で終わるかな…」

「心当たりは?」

「…特に…これは関係あるのかな…寝てる間の無意識なのか
 起きたら服がはだけていて濡れてたりするのよね…いわゆる淫魔?」

弥生は慎重に考えつつ

「…だとしたら…まずただの霊のイタズラでは無い…イタズラするだけで
 精気を吸い取るなんて芸当は霊には出来ない。
 次に、それはインキュバス…詰まり男の淫魔では無い…男の淫魔なら
 貴女を逆に健康に生かし子種を植え付けるはずだからね…
 でも…貴女も性欲をため込む事はあったのだとしてもインキュバスを
 呼び込むほどとは思えない…」

「…考えられる結論は?」

「…サキュバス…ただし…レズのサキュバスって訳でも無い…
 名前か何かで勘違いしたけど女もちょっとイイかなくらいの感覚なのかもね…」

「…ふむ…、身を委ねるならアナタと思って居たけど、そう言う意味じゃ
 汚されてしまったか」

弥生が神妙な面持ちで竹之丸を撫でた。

「もうちょっと小まめに連絡を取っていれば良かった…ゴメン、マル」

「いや…急に来たんだ…、ホントにここ数週って所で…」

弥生は深い悲しみの次には強い怒りを発した。
その弥生の表情を見て

「まぁ、気にしないで…、それこそ悪魔の子種植え付けられたって言うなら
 アタシも人並みに取り乱したかも知れないけれどさ」

「絶対に貴女の精気を食ってる奴を私が直にけじめ付けさせる」

キッチンの葵には弥生が「絶対」を付けた事にちょっと不安というか
恐怖の片鱗を味わった。
いつものちょっと高見で余裕を見せるようなやり方はしない、
何が何でもソイツを追い詰めてこの手で祓う、そう言っているのだ。
弥生は、阿美に対してもそうだが祓いの力を持たない愛人が
酷い目に遭う事を許さない人なのだ。

そう、あやめの言っていた「一定の縁が必要」というのはこう言う時に効力を持つ。

このヘヴィな弥生が受け止められるかどうかが多分愛人の条件なのだ。

竹之丸もそしてその弥生の心意気を「嬉しい」と思える人のようだ、
それも愛人の条件なんだろう。

祓いの力を持つ…自衛の手段を持つ自分や裕子とはちょっと違う尺度のそれ
こういうifは無駄な思考だけれど、もし自分がただの娘だったならどうだっただろう
そう思った時に、レンジが温め終りを告げる。

とりあえず気を取り直して…、葵は料理を竹之丸に振る舞った。

「ちょっとなにこれ、弥生アナタ最近こんないい食事取ってた訳?
 全部キミが作ったの?」

がりがりに痩せているとは思えないほど彼女はその料理にがっついた。
葵はその勢いに「大丈夫なのかな」と思いつつ

「ハイ…ボクが大体…と言うか殆ど」

「なるほど素直そうなその性格といい、猫派の弥生らしい様子といい
 抱きたくてうずうずしてるのに小学生だからって我慢してた鬱憤
 アタシもよく判ったわぁ…たまらないわね、こんな子が居てくれたら」

弥生がまだちょっと悲しそうな表情をしつつも、苦笑の面持ちで葵に

「彼女も猫派なのよ」

「ボクそんな猫っぽい?」

それには弥生もがっついてる竹之丸も揃って大きく頷いた。

「結構自立心旺盛だけど甘えん坊な所とかもね、前も誰かに言ったけど
 「ぽい」だけで猫だとは思ってないわよ?」

「うん、いや、ボクも猫好きだけど、そうかなーって思って」

「まあ、葵クンの魅力はそれだけじゃないわ、別に猫っぽいからってだけじゃない」

「ん、それにしてもマルさん、そんなに一生懸命がっついて大丈夫?」

その言葉に、竹之丸は布団の側の照明を調節してもうちょっと明るくする。

「台所、見てみなよ」

「うわっ」

葵が驚嘆の声を上げた。

「HONG KONGやきそば箱買い、やきっぺー箱買い、やきそばBENTO箱買い…
 凄い……」

「まともに動けなくなってからはもうお湯さえあればOKな「やきBEN」だけよ
 動く元気がある時ならまだ近くにサイコーマートもセブンイーブンもあるけど…
 こんな滋養もありそうで油も調味料もしつこくなく弱ったアタシ用なのか
 野菜も何も柔らかいし…こりゃ弥生も惚れるはずだわ…アタシも惚れそうだもの」

「そう、言われなくてもちゃんと考えて行動するのよ、そこが私のストライクで…」

つい、葵自慢を繰り広げる弥生。
葵は真っ赤になりつつ

「それで今夜はどうするの?」

「いつぞや松浜さんに使った手を使って様子見ね、
 今日今すぐ動きがあるかは判らないから、葵クンは戻って寝てもいいし
 ここで夜を明かしてもいいんじゃない?」

「ん…弥生さんが一人でやるつもりなんだとしてもボクは居るよ、
 だから、お布団もうひと組あるかな?」

「あるある…弥生がセックス抜きで…アナタが見学旅行か何かで
 一日二日空けた時にウチに泊まりに来たときに用意したのが…
 結局弥生は布団の上でアタシの蔵書読みふけってたけど」

「そういや…」

葵は部屋を見回す、本棚に本がぎっしりなのは勿論、山積みにもなってる。
二階も恐らくそうなのだろう、弥生の比では無い蔵書量なのは容易に想像が付いた。

「良くこんなに集めたねぇ…」

「お陰でこのアパート出られないけどね…ああ、ごちそうさま…
 久しぶりに生き返るような食事だったわ…」

「いえいえ、お粗末様でした…弥生さん暫くここに居るの?」

「そいつらは基本昼には動かない。 明日ちょっと中央署に出向くわ」

「ん…そしたら…連絡はするけどボクこっちに戻ってこっちでご飯作るよ、
 27条東一丁目にスーパーもあるしさ」

「そうして貰える?」

「幾ら何でも悪い気がしてしまうなぁ」

竹之丸がこぼすと、弥生がそこに

「私の予感だけどね…マルがここ数週間ということは…これは
 正式に警察から依頼の来る私案件になる」

「被害者が他にいるかもって事?」

葵の問いに弥生は頷いた。

「とりあえず、寝ましょう、マルも…今少しだけアナタの体に活力を分けるわ。
 もうそれ以上は絶対に痩せさせない、元々若白髪だったけど
 真っ白になっちゃって…そこはどうしようもないけれど」

「ああ…髪の毛なんていい、いい…気にしちゃ居ないわ
 でも、これも科学じゃ割り切れない何かの縁なのかな…
 弥生になんの用があったかはまだ聞いてないけれど、たまたまが重なったというか」

「そうね、私の用件がもっと遅くても、貴女が調子を崩す前でも事態は
 もっと悪かったでしょう、科学で定義できない物とは言え、馬鹿にした物ではないわ」

弥生は、慈愛に満ちた手で竹之丸を撫でながら

「私の用は、貴女の身に降りかかった災難を祓ってからでいいわ、
 先ずは貴女が…元々細身だったけれど、ある程度戻ってくれない事には…
 折角結んだ貴女との縁、絶対にこんな事では切らせはしない」

「ん…」

また絶対を付けた、その優しさと怖さ、それが弥生の魅力なのだ、
葵は布団を用意しつつ、でもこんな風に守られてもみたいかな、とちょっと思った。



翌朝、弥生の張った罠には何の変化もなく、最近はコンビニで野菜や肉なども売っている
事から、葵はそこからまたコンロが二つとレンジのみという竹之丸の台所を考え
(一応一人暮らしで自炊する気はあったのか包丁やまな板、炊飯器はあった)
手軽でそこそこの物を食べられるよう買い出しをしつつ、
三人分の朝ご飯と、弥生は昼はどうなるか微妙と言う事で、
竹之丸のお昼と自分の弁当を用意していた。
その手際の良さ、竹之丸は惚れ惚れしたように

「善いわ…こう言うの…」

しみじみしていると弥生が朝の珈琲を飲みながら苦笑して

「よっぽど弱っていたようね、貴女がこう言う事で感動するなんて」

「まだ二十代だと舐めてたけど…流石に朝起きたらこんな家庭的な
 匂いと雰囲気があるのだと思うと、やっぱりちょっと人生考えてしまうわ…」

「葵クンは私の一生の出会いよ、年はちょっと離れているけれど、
 あげないわよ?」

さり気に熱いセリフを耳にした葵は耳まで真っ赤になりつつ調理を続行し、
ちゃぶ台のような座卓に三人揃って戴きますをする。

「戴きますなんてするようなタマじゃなかったのに、人生観変わっちゃった?」

弥生が食事開始時にそんな問いかけをするなんて珍しいなと葵は思いつつ、
なるほど、そのくらい食事とかにも無関心に近い人だったのかな、と思った。

「身に染みる…アナタがB級グルメ渡り歩きを卒業したのがよく判った」

「…でも、実際に行って食して情報を入れておく事は無駄では無かったわ
 マルも私みたいなのじゃない、いい人が見付かればいいわね」

「そうだねぇ…本に埋もれる事が好きで炊事バッチ来いってのは…居るかねェ」

しみじみと食事をするマルの姿、そしてここ数年B級グルメ渡り歩きをあまり
しなくなった弥生にはなるほど、こういう朝の風景が必要だったんだなと葵は思った。
そして二人とも炊事はまるでダメ、米が炊けるくらい。
葵にとってみれば「食事代が馬鹿にならないから」くらいの動機で始めた炊事だが
炊事というスキルを持たない彼女達にとって、それは大きな大きな衝撃だったのだ。
葵はちょっと幸せな気分になって、自分が作ったご飯がちょっと美味しく感じられた。



さて、行動を開始して弥生が特備の部屋にやって来た。

「あれ? 弥生さん、どうしたんですか?」

「…嫌な予感がするぜ? お前事件の種持ってるだろ、そう言う顔してるよ」

弥生はニヤリ顔で

「流石じゃない、本郷…でも、と言う事はまだ案件としてこっちには
 来ていないって事になるわね」

あやめが

「どう言う事ですか? 何か起ってるはずだって事ですよね?」

そんな時、中央署生活安全一課の石川 松陰(いしかわ・まつかげ)警部補が
特備課に飄々と現れ、

「おっ…、祓いの姐さんも居ると来た、丁度いいね、あんたら案件持って来たよ」

特備の二人は驚き、弥生は矢張り、とばかりにニヤリとした。
本郷が半ば冗談としてであるが

「お、お前まさか自分で事件仕込んでるんじゃあないだろうなァ?」

「幾ら今ほぼ素寒貧な私もそこまでプライドは捨てないわ」

「いや、ま、そらそーだけろーけどよ…んで石川、何があった?」

「もう一発でここ行きだと思ったね、ミイラ死体…まぁそんなの
 一人暮らしで油断すれば時期や環境によって発見時にミイラ化してる…
 なんてのは無い話じゃあないけどな、痛ましいけどさ。
 所がガイシャは一昨日まで元気に生きてたって話だ、デリヘル嬢が指定のホテルに
 到着したらミイラ死体がありました…そんな事件、ここ以外無いだろ?
 一応一課とかにも話は通したが死因の特定は衰弱死としか言えないって
 鑑識の報告にお手上げ、署長からも姐さんに正規の依頼、ホラこれ」

あやめがそこへ

「弥生さん、「心当たり」ってなんですか?」

そこで弥生は昨日話した「マル」の存在と、その現状と、推測を話した。
石川警部補は

「ハ、こないだの地下の男はインキュバスで今度はサキュバスか、
 なるほど、じゃあひょっとしたら他の管轄にも連絡とってみた方がいいかもね」

じゃ、と飄々と石川は去って行った。
自分の方でやる気は無い、と言う事だ。

「…ったくよ…アイツももう一仕事くらいしてくれてもいーんじゃねぇの?
 しょうがねぇ、おい、弥生もだ、全員で中央署以外の出来れば近隣の
 市町にも問い合わせ片っ端から掛けるぞ」

「月曜の朝にイキナリ結構なのが来ましたねぇ…」

「私も?」

「お前だって捜査権はあるんだ、やって貰うぞ」

弥生は肩をすくめ、

「判ったわ」



三人で集めていった情報を摺り合わせ、ホワイトボードに時系列を整え
書き出して行き、一応地図にも印をして行く本郷。

「二ヶ月ほど前から豊平区の平岸、西岡と来て南区澄川…んでイキナリ
 白石区に飛んで南郷、北郷と来た後東区東雁来、伏古、また飛んで北区屯田、
 麻生と来るわけだ…マルってお前の女はこの伏古から屯田の間辺りから
 ちょくちょく被害を受けてるって所だな…そして昨夜はすすきの…大本命って感じの場所だな」

それほど広域には及んでいなかったが、一度時計向きに回るかと思いきや
南区で回れ右して反時計回りで攻め直した…そういう風に受け取れる。

「また南ってキーワードが気になる案件ですね…」

「時期的にも多分「よしお」と同期してるわね…「カズ君」でドジ踏んだからか
 触れるのはヤバい匂いをまき散らしつつ、やってくれるじゃあないの、誰かさん」

弥生が少々思い詰める。

「やっぱりそう感じます?」

「前も言ったけど触れるのはNGよ、国家を動かすか、有無を言わせず鎮圧できる程の
 戦力を持った上で相手の出方次第という何とも難しい匂いがするわ…」

本郷が頭を掻きつつ

「イヤだねぇ…大ごとはよォ」

ただしと、そこで弥生が

「コイツももう捨てられている、タブーを犯したのよ、それはマルに手を出した事…
 偶然だったんだろうけれど…「誰かさん」は私を良く知っている、そんな気がするわ」

本郷が

「それでこのまま西区や発寒、手稲とは行かずに判りやすいエサ場で
 貪って遂に俺達の知る所となった…って訳か…、くそ、まだまだ連携が足りねぇな、
 中央以外の他の区でも説明不能な事件はこっちに回すよう通達しねぇと…」

「北区や東区の「何条何丁目」を基本狙わなかったのは「誰か」が弥生さん…
 及び葵ちゃんの活動区域を読んでいたから避けさせた…確かにそうも取れますね、
 同じ区で二件程度というのは…事を大きくさせない為の作戦だったんでしょうけれど…」

あやめの推理に弥生が頷いた。

「でももう淫魔は作戦もヘッタクレもないはずよ、本郷他に何でもいい、情報ない?」

「伏古と屯田の事件では被害者は最後に抵抗したらしく、爪の間に「犯人」のモノと
 思われる皮膚片があったんだが…鑑定の結果これがまた人だとしてもヘンで
 他に何と例えられるような生き物でもなかったようだ」

「…なるほど…手傷を負った状態でそれを治すのに男の精気より…
 マルは偶然だったとしても同じ女の精気がしっくり馴染むって気付いて生かして置いて
 段階的に襲ったのかも知れないわね…」

「弥生さん、なにか祓いのセンサー的な物を数キロおきに置く事って出来ないんですか?」

「出来る…でも結構限られた範囲と高さ、深さだから…相手が「魔」のようだから
 索敵範囲を抜けられる可能性があるわ。
 特に魔は人にも見える、だから「誰かさん」から写り込んでも目立たないように
 高く飛んでおけと指令を出されていたなら降りる瞬間くらいしか…」

「それでもそれやるしかねぇんじゃねぇの?
 いや、でもターゲットの情報が今ひとつわからない状態でそれやると
 今度はノイズが酷い事になるよな、通り過ぎただけの霊にも反応したり…」

「そうなのよ…「ソイツがそれだ」と判るような後一押しが欲しい」

「うーん…先ずは手がかりですね…解剖の所行きます? 何か手がかりはあるかも」

「俺もとりあえず今はそれしかねぇと思うぞ、弥生」

「そうね…」



台に乗せられ安置されているそれは正にミイラだった。
弥生はふーと溜息をついてシーツを剥いだ。
そして内ポケットから小さいビーカーのような物をとりだしてしけたツラで

「こんなの葵クンに頼みたくないけどしょうが無いわねぇ…」

ミイラとはいえ全裸のそれにちょっとあやめが生々しさを感じて赤面している側で
本郷が訝かしげに弥生に聞く。

「おい…サキュバスの痕跡ってのァまさか…」

「まさかも何もここしかないでしょ、繋がってた部分なんだから」

少々他で仰いでその匂いというか雰囲気をビーカーに注ぎ、蓋を閉める。

「アイツそんなんで判別できんのかよ?」

「大丈夫よ、普段はそこまで敏感じゃない、アンタが二日くらい風呂入らず
 着替えしなくたって集中しなきゃそんな臭い判らないから安心なさいな
 しかもこの場合かぎ分ける臭いはこれと特定出来るから大丈夫」

仕事一辺倒の本郷とは言え、流石に今後は身だしなみも少し考えないとと身を引き締めた。

「男を知らない私でも男の臭いは判る、というか女の方は良く知ってるから
 その逆ってカンジでね…私も少し臭いの痕跡は掴んだわ…
 ただし、完全な特定にはまだ弱い…そんな時の葵クン」

「うーん、確かに葵ちゃんにはちょっと酷な気もしますけど、しょうが無いですよねぇ」

「さて…とりあえず手がかり一つ…あとは…ねぇ、高解像度で
 予想空路を定点撮影してるような場所知らない?
 例え朧気で拡大したらディザりまくってたとしても、何か外見的特長が判ればそれでいいわ」

本郷がせめてもの男の情けとばかりにシーツを戻し南無南無しながら

「…判った、それは俺と富士でやる、お前はどうする?」

「すすきの近辺探ってみるわ、後ろ盾を失った事は彼女自身知ってるでしょうから、
 もう後はひたすら補給しやすい場所近辺で痕跡があるかも知れない」

「おっし、頼んだぜ」



領域展開を発動しつつ、すすきののとあるビルの屋上に立ち、弥生は索敵を開始していた。
芳しい表情では無かった、そんな時、そのビルの屋上に通じるドアが開き、
いかにもチンピラで御座居ってカンジの若い男が現れた。

「大崎、そうかアンタが居たわね」

「十条の姐さん、やっぱりその関係でこちらに居たんスか?」

この男、大崎 広(おおさき・ひろし)この男は祓いの力では無いが
霊も、魔ならその大凡の力も、祓いによるカモフラージュやその威力も「見える」
という特殊技能(とはいえ感度はそれなり、修行した祓いには及ばない)を持った
チンピラであった。

「…アンタが直で私に会いに来たって事は、現場の風俗店はアンタの所の
 オヤジさんの店だったって所か」

大崎は肩を落として

「そうなんスよ…おれ一昨日は飲みつぶれてたんで「あーなんか来てるなー」
 とは感じたんスけどまーいーやーって寝ちまって…姐さんからおれの能力
 聞かされてたオヤジから昨日は説教の嵐で…おれ今回のこれ解決に貢献しないと
 三ヶ月給料ナシって言われちって…参ってます」

「…そしてアンタが私に会いに来たって事は…ここで索敵しても意味無しって事ね
 半分無駄骨、でも半分は収穫だわ、オヤジさん、私を呼んでるって事ね?」

「流石ッスね、「残り香」嗅がされてトテモじゃねェがただのヤクザの領域じゃねぇ
 っておれが言ったモンで、事務所の方にも直でお伺いしたんスけど
 いねぇって事で本郷の旦那に聞いてこっちに」

「おっし、オヤジさんトコ行きましょう、それならそれで聞きたい事が私にもある」


第一幕  閉


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