L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:NINE

第二幕


それはすすきのにほど近い(豊平川に掛かる豊平橋を渡ってすぐ)豊平区だが
白石区にもほど近い場所にある立派な日本邸宅であった。
ヤクザと言っても風俗関係もやっているだけでそれなりに真っ当な事業
(とはいえ、ちょっとワケアリを含む)を展開している。

弥生は何となく車に積みっぱなしにしてあったイツノメを手にして馳せ参じた。

ドスや合口、そして普通の日本刀とも違う、七百数十年使われてきた歴史あるそれ、
ま、ちょっとした箔付けにも使わせて貰いましょ、くらいの感覚で弥生は居たが
思ったより構成員達のビビリが凄く「ちょっと強すぎたかな…」と思い直していた。

通常日本刀は鞘入り状態では反りを上にして持ったり腰に差したりするが、
天神差しといって逆さに差す事もある、まあ乗馬の際などだが…
刃渡り四尺弱の「イツノメ」で坂を下るときなどは確実にぶつけたりする恐れがある、
歴代はだから、イツノメは背負うのでなければこの天神差しか、
反りを下にして持つのが普通であった。

そうでもしなければ持ち歩けないほどの日本刀の威厳は、弥生が思ってた以上に
強い威光を発していたようだ、
『そっか、私そんなイツノメをイキナリ抱いたのか…w』と心の中で苦笑した。



「済まないな、とはいえ思い返せば誰もお前さんのプライベートな
 電話番号なんて知らなくって、事務所に電話掛けるくらいなら直接と思ったら
 空振りだったし…警部補…いや、警部に昇進したのか、本郷に世話ンなって
 しまったが、良く来てくれた」

謁見の間とでも言うのだろう場所の上座に和服のよく似合う、まだオヤジと
呼ばれるには少し若くもあるのだが、五十代くらいの男が居て、
弥生は数メートル離れ一応座布団は用意されていたのでそこへ正座。
イツノメは当然後ろに置かれる。

「イチ兄とはどう? 上手く提携できてる?」

十条家長男と彼は要するに事業面で繋がりがあるらしい、

「ああ、おかげさんでね…」

「私のプライベートの連絡先か…蓬(よもぎ)ちゃんだったら善いけどねぇ」

オヤジさんは顔をしかめ

「おい、娘はやらんぞ」

オヤジ…関内 住吉(かんない・すみよし)には娘があり、弥生が好き者の
ガチレズだって事も良く知っていた。

「そりゃ…ま、私も責任とれったって「どうとるの?」って話だし
 迂闊にくれとは言わないけれどさ、ある程度はご縁って物があるじゃあないのw」

ニッコリそれを言う弥生に住吉はヤレヤレ…と言う顔をしつつ

「ウチみたいな半分真っ当・半分汚れたような所に生まれ育ったにしては
 良く育ってくれたし、それにはお前の兄…霜月にはだいぶ融通はして貰ったが…」

「裕子と同じ学校に居てあの淫の気にもやられてなかったくらい浄い子なのは
 寮住まいでなくここから通ってる事は大きそうだから、いい家だと思うわよ
 蓬ちゃんの兄弟達はどうしてる? やっぱ兄貴は真っ当に生きるつもり?」

現在蓬が裕子と同じ高校三年、兄は大学三年、そろそろ進路を決める頃。
弟はまだ中学生なので将来云々には早いだろう。

「本題に入りたいんだが、アンタには愚痴りたくなっちまうな、不思議な人だよ
 ああ、尾上(おがみ、兄の名)はなんぞ研究職に付きたいとかで…
 寿(ひさし、弟の名)の方は…ウチの若い衆とも仲がいいし、或いは…
 とはいえ、俺も人の親だ、好きにさせてやりたいと思いつつ、
 この仕事継がせるのもどうかなぁって思っちまうよ」

「才能の片鱗が見えたなら、磨かないと勿体無いよ、確かに今時世襲制だの
 血縁主義的なのは時代後れかも知れないけれど、でも確かに冷静な目で見て
 継がせるだけの物を持ってる場合はあるからね、半ば厳しく育てると善いのさ」

「裕子さんもそういや、お前さんから指導を受けてるんだってな、
 娘から裕子さんはいつも「叔母様」ばかりと愚痴られた事があった」

「…裕子にも言っておくわ、友達も大事にしなさいって」

「とはいえ、おい、あんまり深い友達ってのも…」

「裕子ってあんまり同世代に興味ないみたいだから、大丈夫じゃない?」

「そ…、そうなのか…何か安心してイイやら…じゃあ、そろそろ本題に入るぞ?」

「ええ、こちらも聞きたい事は用意してある」

それに対し住吉は片眉を上げ

「ウチに聞きたい事?」

「ええ、二ヶ月ほど前に風俗関係で働いて居て失踪した女が居ないかとね
 単なる足抜けじゃあなくて、何かもうちょっと特殊なワケアリで」

住吉は、部下に早速そっち関係の責任者宛に連絡を要求した。

「…流石というか、もう充てはある程度あるようだな」

「探偵として一本立ちしたのは四年前でもこちとら十三年捜査経験があるからね」

住吉はフッと笑って

「そういやァ何年か前に起きたすすきのの事件でも世話ンなって、今回はドジ踏みやがったが
 大崎を発掘したのもお前さんだったな、学生だったが本郷に指示までして
 あの一課のカミソリみたいな本郷がねェと思ったモンだが、納得だよ」

「本郷とはどうなの?」

「元々マル暴じゃあないしな、ま、適度に距離は保ちつつなるべくアイツの側では
 部下どもにも襟は正せているよ、アイツはしつこくて鋭くていやな奴だが
 付き合い方を心得れば持ちつ持たれつも可能な奴だからな…そういやぁ…
 最近その「火消し係」に新しい女が入ったな?
 家も割と近くだ、それとなくウチの監視を命じられてるのか…」

「そこはわからないけれど…」

ここで弥生は物凄い冷気を発するような雰囲気を纏い鋭い目つきになり

「あやめに迂闊に手ェ出したら例えイチ兄の懇意でも覚悟して貰うよ」

それなりに修羅を生き歴戦の住吉も背筋が凍った。
やると言ったらこの女はやる、改めてそれを思い知った。
住吉は少し気圧されて

「お前の女か…」

「違うけれど、彼女とあんたらが直で利害がぶつからない限り
 彼女に無用な手出しや追及は許さない」

「お前の女でもないのに、その入れ込みようか…いや、聞くまい…」

「ええ、そうして」

そこへ、風俗担当の幹部がやってきた。
五反田 広小路(ごたんだ・ひろこうじ)インテリ風ヤクザって感じの男である。
彼は住吉に一礼をしてから弥生(知り合いでもある)の方を向き。

「一件、それらしいのがありましたよ、風俗営業の禁を破ってくれた角で
 放逐というのが正しい処遇ですが」

「元々好き者で業務外お持ち帰られの売春紛いまでやってたって所かしら」

五反田は驚いた、その表情だけで判る、弥生はニヤリとした。

「今回のすすきのでの事件は貴方達への報復、或いは挑戦って所ね
 半ばヤケにもなってるだろうけれど」

住吉が驚きつつ聞くべきを聞く

「半ばヤケとはどう言う事だ? 何に対してだ?」

「彼女はもう人間じゃあない、どっかの誰かさんの力添えもあって悪魔になってるわ
 そしてそのどっかの誰かさんは主に中央区や「北・南何条何丁目」みたいな
 区域…もっと言えばそれを管理する火消しを入れて中央区付近での活動を
 禁じていた…私が動く事を知っていたからだ、だからまだ連携の弱い
 豊平、南、白石、東にしても東雁来とかの隅っこ、北も同様に屯田とか
 ぐるっと大きく札幌を大騒ぎにならない程度に一・二件男の精気を吸い尽くし
 ミイラ化させて自分の力にしていたのよ…」

「ああ、それでそれがどうヤケに繋がるんだ?」

「切っ掛けは判らない、だけどソイツはやってくれたのよ、私や葵クンの
 活動圏内で、名前が紛らわしいからって理由だろうけど
 「タマにはこう言うのもいいか」的に人の女襲ってくれたのよ、
 まだ彼女は生きてるけれど、私を知っている誰かさんは「潮時だ」と
 そいつを捨てた、誰かさんは知っているんでしょうね、
 人の女に迂闊に手を出してくれたお礼はキッチリさせて貰う私の主義を」

住吉も五反田も息をのんだ。
弥生の目は、その表情は絶対零度の冷たい物だった。
我を忘れる怒りでは無い、完全にコントロールしきった冷酷な魂を感じた。

「…どうせ捨てられたなら、自分を放逐した貴方達にも報復ついでに
 もっともっと男の精気を吸い取って巨大な力を持つ悪魔になろうとするでしょうね」

「…ど…どうすればいいんですか…その…襲ってきたら」

弥生は内ポケットからCase:SIXで出てきた「魔階レポート」から
サキュバスの項だけコピーした物を更に自分で補足した物をだし

「外見はあくまで一例、普通の弾丸や刃物でも戦えるわ、一発や二発じゃ無理。
 でもそいつが襲ってくるのは眠ったとき…最も無防備な時よ。
 …とはいえ、幹部やその候補、そしてオヤジさん、貴方くらいの
 手練れなら迂闊には手を出せないと思うわ、狙われる可能性があるのは
 構成員なら下っ端って所だろうけれど…」

「何てことだ…五反田、悪魔になっちまったならもう無駄かも知れないが
 一応名前やら略歴やらお教えしてやれ」

「は、はい…目黒 アンジェリカ…どうも複雑な混血同士の結婚で生まれたようです。
 両親が割と敬虔なカトリックである事から地元で暮らす間は結構
 持て余されてたようですね、何故我々がそれを知るかというと…
 彼女の行き過ぎた性欲から来るトラブルは一度や二度では無くて…」

弥生はじっくり聞きながら

「それで他には?」

「彼女自身じゃないんですが難病を抱える弟が居ましてね…
 その入院費やら何やらの半分以上を捻出していたのも間違いなく彼女で…
 親としては痛し痒しな存在のようです、自らの信仰から許せる娘では無いが
 世を圧倒的に支配する金銭的事情的にはすがらざるを得ない状況に…」

「ふーん…、と言う事は金さえ掛ければ治るどころかジワジワ進行しかしない
 って類の難病みたいね、切っ掛けは判らないけどそこをつけ込まれたか…」

住吉がそこへ

「どう言う事だ?」

「吸った男の命や精気を分け与えられれば或いは的な事でも言われたんじゃあないの?
 そして彼女はその誘いに乗ってホイホイと悪魔融合…或いは端霊などによる
 悪魔昇華実験に組みしたとか…、彼女の財産とかは?」

五反田はちょっと苦々しく

「さすがに我々も一般の銀行や個人的資産全てまで踏み込めなくて…不明です」

「OK、有り難う、本郷かあやめかどっちか公権力にその辺はお願いしましょう。

弥生はイツノメを持って立ち上がりつつ、

「とにかく、夜に大崎を使えるようにだけ調整して付近を警戒させて頂戴。
 サキュバスは多分大崎の存在には気付きつつ、短時間に二人は流石に多いと
 今回は見逃した可能性がある、彼のレーダー能力は先に潰したいはず。
 五反田さん、貴方には今からちょっと付き合って欲しいところがある
 オヤジさん、借りていって善いわね?」

「ああ、お前さんが無意味にそんな事をするはずは無い、頼んだよ。
 こっちも風営法などギリギリの線でやってる事は崩したくないし
 商売である以上余りヘンな噂を流される訳にも行かない」

「じゃあ、正規の依頼って事でいいわね?」

「頼む」

弥生は一礼をして、五反田を連れだって去って行った。
住吉はそれを見て思う。
弥生が自分の目を掛けた女を傷つけられる事を極端に嫌うように、自分も今回の
サキュバスが息子や娘をターゲットにした場合、容赦はしないと。



厚別区にやって来た弥生と五反田、そこの病院に件の少年は居た。
弥生は身分証明をして「あくまで参考人として」目黒アンジェリカの動向を
探ると称してついでにその弟への面会を希望した。
五反田は弥生が正規の捜査権を持つに至った事を知り驚いたが
「貴方達との付き合いを基本変える気はないわ、持ちつ持たれつよ」
という弥生の言葉に少し胸をなで下ろしつつ、担当医から病名と症状と
その現状を聞いた。

弥生はちょっと電話を掛けたいと言う事で非常口から外に出た。
残された二人はとりあえず面会に向かう。

『感染性間質性肺炎か…しかも病状は長引いていて入院した頃にはかなり悪化
 人工呼吸器で既にほぼ日常生活を送る事は不可能か…』

「ピルフェニドンとか言う薬ももう大した効果無いって」

『うーん…後唯一有効なのは肺の移植手術くらいか…合併症や他の
 原因の要因もあるや無しや如何によっては迂闊な事は出来ないわね』

「そう…判った…」

『また「奇跡」でも起こす気?』

「さぁね…どうしようかなって」

『いいけれど…そういうの、現代社会では騒がれやすいわ、
 今後はさぁ…少し段階踏んで専用の病院抱えた方がいいかもよ?』

「マルの方で北大にそう言う部署作って貰うのは?」

『無茶言わないでよ…それとも貴方の家なんかが手厚く手を掛けてくれるなら
 不可能でもないかも知れないけどさ』

「ふーん、やっぱカネの力は偉大か」

『金って言うより「金とコネ」よ、騒ぎ立てようって相手を黙らすには
 金とコネと情報…特にコネは鶴の一声が可能だからね』

「…そうか…ちょっと考えてみるか…」

『北大にそれ作るんなら私は喜んでそっち配属にはなるよ
 色々ワケアリで少しの奇跡もあるかもねって部署はさ』

「判った、その後どう?」

『アンタとあの葵クンのお陰でモリモリ体にチカラが戻って来てるわ…
 もともと飢餓などによる自然な物じゃないから戻りも早い感じね』

「そう…よかった…」

弥生が余りに気持ちを込めて言う物だから

『家庭的な雰囲気とかは兎も角…アナタとはこれからも宜しくしてたいよ』

「ええ、私もよ、葵クンとか色々居ちゃったりする乱れた女だけどね」

『そんなトコロもアナタの魅力なのさ…じゃ…』

通話を終え病室に向かうと、医師は居らず、五反田だけになっていた。

「担当医は緊急が入ったようです」

「そう…そりゃ都合がいい…」

弥生が両手に詞を込め、機器類に触れる。

「…一時的に数字の変動を無くさせループさせる…」

「え…十条さん、何をする気ですか !?」

「殺すんじゃあないわ、安心して」

更に両手に詞を込め頭から足先まで祓いの波を行き渡らせる。

「…方々弱っているけれど、矢張り肺がメインね…よし…」

弥生が片手に一つずつ詞を込め、先ず片手、次に片手…と言うように
そのチカラを少年に行使する。(年の頃は中学生くらい)

結構なチカラを行使するらしく、弥生の額に汗が滲んでいた。
五反田はスッとハンカチをとりだしそれを拭く

「サンキュー、さすが幹部…気遣いが行き届いてるわね」

「…しかし、そんな事をして大丈夫ですか」

「ここはキリスト教系病院みたいだから奇跡って言っておけばいいんじゃない?」

馬鹿にする意図はないが、「そうとしか思えない」現象を起こす訳だから
適切と言えば適切なのかも知れない。
そしてひとしきり弥生が集中した後、もう一度両手に詞を込め、
全身に行き渡らせる。

「最後に免疫力の正常化と体力の補充…」

「祓いの人って…昔は医者でもあったんですかね」

「らしいわね…近代医療が入ってからも先代は時々そう言う用事が入っていたようだし」

ふーとひと息ついて弥生が

「よし、あとは状況から医者が適切な治療をするでしょ…直ぐ退院できる
 レベルじゃあないけれど、病状は快方に向かうはず…」

「凄い人ですね…でもこんな事商売には出来ませんね」

「これが犯人の動機の一つと思われるんじゃ今回は大盤振る舞いよ…さて…
 ねぇ、厚別の辺りでガッツリいけるところ市ヶ谷さんに聞いてくれる?」

「はい?」

「お腹が空いた…昼時でもあるし、祓いの力の行使には体力を使うの」

「なるほど…少々お待ちを…」

市ヶ谷 九段(いちがや・くだん)とは関内の運営する「後~会(こうしんかい)」の大幹部…
いわゆるナンバー2の男だが、これがまた無類の食べ歩き好きでもあった。
弥生と違い余りチェーン店には行かないが、弥生もチェーン店ばかりという
訳では無いので、たまに情報交換などもしているという実は「食い道楽仲間」でもあった。



市ヶ谷が弥生達の現在地から推してきた店はその病院からほど近い住宅街の中華料理屋だった。
一品料理からランチメニューから充実しており、弥生は五反田が引くほど食欲を発揮し
ランチセット+単品メニュー二つ更にご飯お代わりまでしていた。

「ふぅ…流石彼はいい店を知っているわ…駅回りだけの散策じゃあこうはいかないわね」

「本当に会計別で良かったんですか?」

「市ヶ谷さんにも言われたでしょ、それが私の流儀なのよ」

「はぁ…それで次は…」

「アンジェリカの住まいって今どうなってるのかしら、まだ賃貸状態なら行きたいかも」

「賃貸契約を終了させるには契約にも依りますが二ヶ月前までに…と言う場合もあります、
 もし、十条さんの言う通り全てがこちらの放逐より始まりその後…と言う事であれば
 まだ現状は確保されている可能性はありますね、向かいますか」

「…いいけど、そうなると多分警察と…と言っても火消しのどちらかだと思うけど
 鉢合わせOK? ま、元雇用側って事で向こうも聞きたい事はあるだろうけど」

「構いませんよ、そのくらいの事でうろたえるような経営はしていませんから」

弥生はニッと笑って

「流石幹部、では行きましょうか」



そこは裕子の学校にもほど近い路面電車通り付近のアパートだった。

「こんな所に住んでたんだ…ひょっとしたら裕子の学校の寮に渦巻く淫の気にも
 それとなく影響与えてたのかも知れないわね…」

呟きながらアパートの金属製の階段を上って行く時、そこに警察官が立っていて
弥生は余裕の笑顔で公職適用証明を示し、五反田を何気に連れていった。

「弥生さん! 今回の被疑者、彼女って事でいいんですか?
 …あ、その人は」

そこに居たのはあやめであった。
解約すると通達したのは一ヶ月半ほど前、失踪後もちょくちょく戻った様子があるというのだ。

「彼は…彼女のかつての雇用主…家庭の事情などもあって何度か彼女の
 掟破りを黙認してたけど、このままじゃあいずれ手入れが入ると
 彼女を解雇したそうよ、解雇理由は業務外の売春などなど…」

「そうなんですか…ここ裕子ちゃんの学校にも近いですよね」

「私も思った、影響を与えていたかも知れないわね、あ、彼は五反田 広小路さんよ」

弥生の言葉にタイミングを合わせたように名刺を差し出し、

「五反田と申します、過去の違反見逃しの件について咎があれば受けますが
 彼女の兄弟にまつわる境遇など簡単にも切れない事情がありまして
 酌量の程願います、決して組織だった行動では無いことは調査なり何なり受けます」

「あ…どうも私…富士と言います(同じく名刺を差しだし)それに関しましては
 私は部署も違いますし、弥生さんに言われた資産の確認や痕跡を確認しに来た
 だけですので…余り緊張なさらないでください」

「それで、どうだった? あやめ」

「不動産会社に既に十分な退去料金を払っているそうです、家財道具の処理含めて…
 その他の財産は…全額引き落とされ、ご両親に渡したようですね
 流石にプライベートな手紙などの書状は処分、あとスマホが残されているんですが
 それだけはまだ契約状態を継続しています、んで今見ていい物だか…と言うところで」

「私スマホのいじり方よく判らないからあやめ頼むわ、彼女が犯人…というか
 既に人ですら無くなってる訳だけど…見てもいいと思う
 知能犯的では無いみたいだわね、私が動き出した事を知りつつ
 そう言う物を残しているようでは…」

あやめがスマホを操作しようとすると…

「ロック掛かってますね…」

「五反田、弟さんの誕生日判る?」

「流石にそこまでは…」

「じゃあ…ええと…」

弥生は部屋に貼られたカレンダー…スケッチブックのように破るのでは無く
一ヶ月おきにめくって後ろに回すスタイルのそれを手に取りめくって行き
色んな印がしてあるそれからあやめに四桁の数字を伝えてみた

「…すごい、開きました…、弟さん思いなんですかね」

「…自分が両親の望むような「よい子」になれなかった贖罪もあるのかもね
 両親が敬虔なカトリックらしいし、淫乱という性癖をどうする事も出来ないから
 自分では無く弟に賭けたのかも…ただしその弟は難病で入院中だけれど」

幾つかあった留守電とメールの着信をあやめは大凡の内容と日付などを記録していた。

「九日ほど…帰っていないようです、九日前と言ったら…」

「裕子と葵クンで学校探索した日だわ、力の抑制の良く利く裕子じゃあないわね…
 葵クンの隠しきれないチカラを感じて察知されては不味いと思ったかな
 そうか…この辺での事件を避けた理由は裕子にもあるかもしれないわね…
 「誰かさん」にもそれとなく言われたでしょうね、なるべく家には近寄るなと」

そして最新の留守電は事態に興奮したのだろう、先程面会した医師の物であった。
弥生はそれを聞きながらニヤリとして。

「もう彼女をのさばらせる理由はなくなった。
 今夜辺り追い込み漁と行きましょうかね…、とはいえ、うーん…こんな連携可能かなぁ」

あやめがそれに

「…あの…どんな連携を考えてます?」

「すすきのでまず最初の追い込み…こっちにその付近の火消しを兼ねて
 本郷プロデュースで後~会の皆さん達で手傷追わせるってのは無理かしらねぇ」

あやめも五反田も顔を青くした。
最初に口を開いたのは五反田だった。

「いえ…それは幾ら何でも…」

「そ…そうですよ…、それに確実に呼び込める方法が在るんですか?」

「絶対確実とまでは言えないけれど…、さっきもオヤジさんには言った、
 大崎って言うレーダーは潰したいはず、彼酔をわせて囮に使う。」

「大崎か…なるほど、先程仰有ってましたね…今回は見逃した可能性があると」

五反田の納得にあやめが疑問を持ったのを感じた弥生があやめの発言を止めさせ

「下っ端のチャラ男的若造なんだけど、「霊・魔・祓いの力」を
 感知する事が出来る特殊能力持ちなの、彼が居る限り自らを放逐した
 後~会への復讐は難しいわ、レーダーを破壊できれば…くらいは考えると思うのよね」

「なるほど…それは確かに戦略上必要ですね…うーん(汗)
 でもちょっとそれ本郷さんに相談しませんと…だってあの…ゴニョゴニョと
 銃刀法を飛び越えてくれてるって事ですよね…私は魔と戦う以上は
 そう言う装備がそう言うときに炸裂するのは全然アリだと思いますし、
 地勢的に火消しも協力してくれるなら楽です、私はいいと思いますけど…」

五反田がちょっと驚いて

「随分柔軟な思考の方なんですね」

弥生がそれに

「まぁ…悪魔の出現するゾーンで一緒に戦った経験あるから、魔に対抗するには
 必要だって事は彼女は判ってるわ」

「一応警察としては…無視は出来ないんですけど、そんな杓子定規で
 魔を野放図に振る舞わせミイラ死体増やす訳にも行かないですからね…
 とりあえず署に戻って本郷さんや公安特備と相談しますよ、
 その結果如何では…後~会さんでしたっけ…正式に要請するかも…」

五反田は慎重に

「それにつきまして「地域の封鎖」と「大崎を協力させる」だけはとりあえず
 いつでも相談に乗りますよ、それ以外についてはノーコメントとさせていただきます
 流石に今ここで迂闊に先の話を一幹部に過ぎない私がする訳にも行きませんので…
 ただ「そう言う作戦があって、多方面での正式な協力要請があるかも」
 くらいの事はこちらでも関内へ伝えておき一考するくらいはしますよ」

弥生がそこに

「それじゃ…今昼下がりか…日が落ちる頃には決めて頂戴よ、私は私で
 追い込まれた彼女の行く先は判るからそっちに居たいし」

あやめが

「銃撃だけでは不十分ですか?」

「十数人で銃撃しても百発百中とは行かないだろうし、手傷は負いつつ逃げられる
 とは思うのよね、まぁ全て上手く行ったとして…最後は私が仕上げるわ」

「祓いの力で浄化するのが正しいでしょうねぇ…もしじゃあ特備と
 後~会さんが一時的に色々見なかった事にして手を結べたら、
 私弥生さんの方に付いていいですか?」

「…いいわよ」

許可はしたが、それには含みがあった事をあやめは見逃さなかった。
弥生は一体何をする気なのだろう…?


第二幕  閉


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