L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:NINE

第三幕


その後弥生は一旦一人になって、携帯もあるというのに
とある特定の電話ボックスに入り、領域指定をして十円玉一つだけを入れて
通常の番号では有り得ない電話番号を入力し、少しタイミングを待った。

『新橋ですが…十条さん、どうしたんですか、緊急特殊ダイヤルにまで掛けて
 私を呼び出すなんて、相当な事が起りつつあると言う事ですか?』

「いよいよ誰かさんが本格的に人間や霊の悪魔化実験を手広く始めたみたいでね
 …とはいえ、ターゲットは一つ、用件は二つ…用件の一つは…特備と後~会の
 一時的なコラボレーション許可…これについては後に詳しい連絡が
 特備からそっちに行くと思うわ」

元弥生担当として、彼も当然後~会は知っていた。

『「それほど」の事は起きているようですね…もう一つは何でしょう?』

「これは貴方と言うより貴方を通してちょっと国を動かして欲しくて…
 多少資金面で十条や後~会なんかに負担はさせてイイと思うのだけど…」

弥生は用件を伝えた

『…それは…なるべく早く承認させますが、十条や後~会の手は要りません
 そちらはそちらで別々に中規模程度の同じような施設を用意できるよう
 説得してください…「訳アリ用」病院…確かに今までは個別に
 済ませられましたが、今後被害も拡大する可能性を考えますと
 それは確かに必要だと私も思います…』

「東京や主だった都市には今そう言うのはないの?」

『東京と大阪と北九州にありますが…なるほど札幌が警戒区域になっていたのに
 札幌に無いのは手落ちでした、早急に手を打ちますが、やはり個人病院などは
 地元の理解者やそこの十条に負うところも大きくてですね…
 国立ならとりあえず一つ用意させますよ』

「じゃあ、北大で一つ」

『当てがあるのですか?』

「ええ、一人」

『なるほど…判りました、裕子さんも北大医学部への進学を考えて居ると言う事で
 確かにその方が都合がいい…ま、受かってくれない事には先に進めませんが…』

弥生は苦笑して

「その辺もその「心当たり」にしごいて貰うつもり」

『判りました…ともかく、この件に関しましては早急に手を打ちます』

通話は終了し、「さて、」と弥生は戻って来た十円を財布に戻しながら
今度は車に乗り込み、停車したまま本郷の携帯へ掛けた。

「本郷、あやめは着いた?」

『着いたよ! お前どー言う提案だよ、俺が悪党にはワッパを掛ける主義なの
 判ってて俺に指揮執れってか !?』

「本郷、でも地の利、敵の目的の一つ、地域封鎖と火消しの援助…
 すすきの界隈でこの条件を揃えられるのは彼らしか居ないわ。
 我が儘言わないの、今後「誰かさん」は人間型だけじゃなくて
 こないだの拳銃所持逃亡犯みたいに人間をバリバリ美味しく頂く
 スプラッタな光景をまき散らすような事だってするかも知れないわ
 この件に関しては貴方よりあやめの方が実体験を積んでる限り
 彼女の方が正しいとだけ私は後押しするわよ」

『っく〜〜〜〜〜、今度その魔階事件とやらがあったら俺同行させろよ』

「あら、悔しい?」

『悔しーさ、俺もかわいいの学校の異常事態は見たし、悪魔共と話もしたけどよ』

「ふふ、負けず嫌いね、魔階では無いけれど今夜、その戦いを体験できるかもよ?」

『…すすきのの一部封鎖、人払い、情報統制…そして武器…確かに
 今までボロらしいボロを一つも出さなかった後~会なら適任だ…』

「言っておくけど、新橋には既に話通したからね、後で詳しい事
 貴方の方から行くと思うけれど、と」

『何だよ、おれ四面楚歌?』

「今回に関しては朱に交わって朱くなってしまいなさいな、
 大きな目的の前に例え馴れ合わずとも協力をする事くらいは出来るわ」

『確かに…それもそうだが…モニョモニョ』

「はい、いつまでもうじうじ考えない、後本郷、貴方が暫くお悩みモードなら
 あやめに取り次いで、欲しい情報がある」

本郷はあやめに電話を代わった。

『…なかなか難攻ですね…w』

「ま、しょーがない、でね、被害者に何か共通点無いかしらね?
 職業外見体つき年齢…何でもいいと言えば何でもいいのだけれど」

『ええと…ちょっと待ってください…』

そのまま30秒から一分置きに「もう少し待ってください」と言われつつ弥生は待った。

『年齢も職業そのものもバラバラなんですが…やや筋肉質でスーツを着る職業
 では無い感じ…と言うのが多いですかね、生前の資料によりますと…』

「力仕事関係?」

『…とも言いがたい感じです、趣味やマッチョイズム的思考から
 筋トレをやっているような感じでそれをちょっと誇示したいって感じですかね』

「いわゆる男らしさ…か…」

『そうですね、一言で言ってしまうとそんな感じです、あと犯行時刻は
 大凡22時から午前二時辺りですね』

「OK、判ったわ有り難う、本郷陥落は目前と思うから背中押し頼むわね」

『(苦笑しながら)判りました、弥生さんは?』

「時間があまりない、もう全てが私の作戦通りに動くと仮定して次に進む」

『弥生さんはちょっと強引な作戦を立てて実行しますけど、でも確かに
 効果のある作戦立てるんですよね、その大胆さ、ちょっと見習いたいな』

「やめておきなさいよw 空振る時は豪快に三振するんだから…w」

あやめは笑い、そして本郷は何とか説得すると言って通話を終えた。
弥生は次の一手を打つ。

「オヤジさん? まだ警察からは話行ってないと思うけど、ほぼ本決まりだから
 すすきの界隈でも封鎖しやすくてそれなりに人通りを制限できるような
 フィールドの策定と流石にサイレンサー辺りは用意させておいて」

『上手く行くかね…』

「私から東京の公安に話は通した、本郷が幾ら渋ったって鶴の一声が来るわ」

『…熟々お前を敵には絶対に回したくないな…』

「ふふふ…それで…囮役に大崎をね、べろんべろんに酔っ払わせて欲しいのよ、
 作戦決行が何時かはまだ判らないから潰れない程度に今から始めて
 で、彼いわゆる細マッチョでしょ、ちょっとこう、一時的に
 筋肉増強とかするようなアレやコレや使っていいから、
 ちょっとそう言う体つきの判りやすい服装させておいて」

『ま、奴にはそのくらいは役に立って貰わないとならないから、それは了解したよ』

「後は、正式な協力依頼を待って準備して、ただしあからさま過ぎず、
 且つ人の通行はそれとなく制限できて、何が起っても
 「何も無かった事に出来る」ような数十メートル四方の罠は用意して欲しい」

『難しい事をサラッと言ってくれるよ、前代未聞だ』

「これからはそういう事も「アリアリ」な世界になるかもなのよ、
 今のウチに慣れて頂戴」

『怖い事を言う…』

「今日明日って話では無いわ、でも、今後はすすきの界隈での特備向け事件には
 先ず間違いなく協力要請が入ると思う、逆にいい仕事見せつけて
 「持ちつ持たれつ」の幅広げなさいよ」

住吉はフッと笑って

『大胆というか、無茶苦茶な奴だよ相変わらずお前さんは…
 でも何とかその通りやり切っちまうんだから畏れ入る』

「さっきも特備に言ったけど、空振る時は豪快三振だけれどね」



「十条センパイ、携帯鳴ってますよー」

「えっ、あらあら…わたくしとした事が集中しすぎてしまいましたわ…」

そこは裕子の通う中嶋根岸女学校の敷地に新たに設けられた道場で、
裕子が合気道の段位持ちと言う事で始められた合気の部活での事であった。
四段は基本指導者的立場であり、師範…つまり試験などによる昇級での
決定権はないものの、一中高一貫校の部活の面では問題も無かった。
本気でやる気のある人だけが試験を受けるスタイルという感じであった。

裕子はこれでまた「お姉様的立ち位置」が増してしまった事に少々複雑では
あるものの、確かに護身用としてそれを修めるのはいい事だという思いもあり、
部活の範囲内でやれる事をやっていたのだ。

自分の荷物の置かれた所に赴き、画面を見ると、それは弥生からであった。
裕子は急いで通話状態にして

「遅くなりまして申し訳ありません、裕子です、何かありましたか? 叔母様」

『…用件の前に裕子貴女ひょっとして合気の指導員やらされてる?』

確かに周りには稽古のかけ声や受け身などの音も響く。

「ええ…まぁ、こう言うのもいいのではないかと学校からの要請に応えまして
 GWの事件のコトが意外と知られていて…」

『うん、孤高を貫いた私なんかより遥かに有益よ、いい事だわ、それで裕子
 今夜一働きをして欲しいの』

「夜なのですね?」

『私から本郷へと言いたいところだけれど、私からの推薦で貴女をと言う事で
 貴女から本郷かあやめの所に早い内に連絡してくれない?』

「それでわたくしは何をすれば良いのでしょう」

『ステルス型領域指定を…数十メートルの範囲で…出来れば四時間ほど』

「無理ですわ! 確かにあれからわたくしも日常の中で色々と細かく
 修行は積んでおりますが、四時間なんてとても…!」

『そこをやって見せて欲しいのよね、なに、完全な気配消しでなくてもいい、
 人が猫やネズミ程度の反応になるくらいの完全な物でなくていいわ』

「…で…ですが…」

『とりあえず本郷か後~会の市ヶ谷さん辺りに送迎は頼むから
 ぶっ倒れるまで出来る限り頑張って欲しいの、そこでの役目は
 「相手に手傷を負わせる事」…それは警察と後~会がコラボする事になると思う』

「後~会と警察のコラボですか !? そんな事可能なのでしょうか」

最初の方の声の音量が少し大きくなってしまった事で稽古をして居た一人が
気付いて裕子の元へやって来た。

「ウチがどうかしたんです? 裕子さん」

「えっ…いえ、その…思わず声が大きくなってしまいましたわ…迂闊でした」

『なに、蓬ちゃん? ちょっと出してくれる?』

「は…、はぁ…でも一体何を…」

と言いつつ「叔母様から」と伝えて蓬にスマホを渡す。

『久しぶり、何年ぶりかしら蓬ちゃん、大きくなったでしょうね』

「はい、お久しぶりです弥生さん。 ウチと警察のコラボってどう言う事です?」

そこで弥生は掻い摘まみ、事件のあらましを隠す事無く伝えた。
蓬の顔が少し険しくなる、そして何かを覚悟したように意思の固い表情になり

「判りました、裕子さんは私が責任を持って、今夜はウチにでも泊まって
 頂きます、私も同行させてください」

流石の弥生もちょっとビックリして

『…貴女が見る事になるであろう出来事は決して美しい物ではないわよ』

「判っています! 裕子さんは私がしっかりサポートしますから!」

『フフッ、じゃあ、宜しく頼むわ…中央署の本郷か、貴女のトコの市ヶ谷さん
 辺りにでも裕子か貴女かが連絡して、私からそう言う頼みがあったと言う事を
 …ま、だとしたら本郷が判りいいかな、よし、じゃあ裕子に戻して』

蓬は強い意思を崩さずちょっとビックリしてる裕子にスマホを返し

「私だってもう高三、箱から出ないと、そして裕子さん私のそれを手伝って」

裕子はスマホを受け取りつつ、ちょっと複雑そうにしてから

『貴女は先代の話の何を聞いてたの? 分野は違えど後~会と十条は繋がって居るわ、
 そして貴女の同級生で名前で呼び合うくらいは親しい仲なのでしょう?
 覚悟のある友達を貴女が支えてあげなさい、友達も大事にしなさい、
 でないと何年も経ってから一気にダメージが来るわよ』

裕子もある種の覚悟を決め、頷き、蓬を見つめて強い意思で頷き

「判りましたわ、ではわたくしの方からは本郷さん、彼女の方からは
 市ヶ谷さんに連絡を取りますね」

『OK、それでこそだわ、出来れば今夜私の居る北三十二条西三丁目付近に誘導宜しくね』

通話が終り、裕子は部活の終了を告げ、他の生徒達の下校を促した。



「うぶひゃっ…にゃにこれ…」

弥生帰宅後「ゴメンね、食事支度中にこんな事頼んでゴメンね」とは
言った物の、先のビーカーに封入された「行為の後」には流石に「うん!」と
元気に言ってのけた葵も思わず顔をしかめた。

「ゴメンゴメン…でも臭いとしては判るわよね? そこから男の臭いを
 さっ引いて女の臭いだけでいい、覚えて欲しいの」

葵は弥生以外を知らない、まぁでも例えば先の異臭事件の際に研ぎ澄まされた感覚で
「無視すべき」大勢の生徒や先生達の匂い・臭いは区別して意識しないようにしていた
確かに全く嗅いだ事のない臭いと言う訳でもない。

「どれ…弥生、アタシにもそれ嗅がせて…」

竹之丸が寝床から自分にも嗅がせろと言ってきた。
弥生がそっちへ行き竹之丸にも嗅がせる。

「…フム…男の方は少々タンパク質に拘りすぎかな…「手っ取り早く」
 プロテイン辺りで見せる筋肉って感じの鍛え方してるっぽいな…
 教科書通りの「トレーニング趣味」だわ…女の方は…流石に
 私には繋がる場所なんて無いから向こうの臭いはアタシには痕跡として
 残っていないけれど…何か強烈なホルモン系の分泌がされてる?
 男を酔わせる為の物かしらね…?」

竹之丸は流石専門書&科学啓蒙本マニアの医者と言う事で分析が細かかった。

「流石すぎるわ…チカラの何のでは無く経験と知識でここまで来るんだから」

「まぁそりゃぁ、患者だって医者や看護師だって人間…色々あるからね…
 おっと、アタシには色々は無いよ、その痕跡は結構見てきたって話」

竹之丸がなんか変な弁解をするのを弥生は微笑んで髪をなで上げ

「まだまだ40kg台まで戻ったかどうかだけれど…もうそろそろ外出も
 してみてもいいかもね」

「とりあえずさ…垂れきった胸だきゃどーにかしたいわ、もうちょっと脂肪付け直さないと」

「ん…まぁもし何なら矯正下着のローテーション出来るくらいのプレゼントはするわよ」

「矯正も何も、脂肪も筋肉も足りなすぎるけどまぁ、呉れるって言う物拒むのも無粋ね」

二人が微笑み合う中、葵が

「う〜〜〜〜〜〜、うん、覚えたよ、ただの女の人って言う臭いじゃない
 マルさんの言ってた「強烈なホルモン」とか言う奴の臭い…多分
 二キロ圏内に来れば確実に判る」

「有り難う葵クン、流石すぎてもう感謝しかないわ」

「でも、このくらいの事弥生さんでも索敵で出来るよね?」

「今晩は索敵は使わない…、いえ使えないのよ、私は「その時」が来るまで
 じっとじっと耐えてなければならない、マル以外の全員を隠して」

「…それは…弥生さん流の「オトシマエ」って事でいいかな?」

「お願い、今回ばかりはそうさせて」

「ん、判った、夕飯もうすぐだから、座卓出しておいてね」



「よう市ヶ谷サンよ、お前サンと食い物屋以外で出会う事になるたぁ複雑だな」

結局公安による鶴の一声が決まり、道警公安数名含む本郷が後~会の選んだ
場所に集まったのは午後七時の事だった。
市ヶ谷という男、年の頃は四十代、体つきはそろそろ余分な脂の落ちる頃
だが190cm近い身長、骨格自体はしっかりしている事、かなり強面だが、
こう言う時のサングラス姿はどこから見ても堅気では無い。
普段びしっとビジネスマン風にして仕事の傍ら食い歩きを楽しんでいる道楽者の一面もあり、
本郷とは全くの偶然に定食屋で出会っていて、その後後~会である事を知りつつ
「美味い店を教え合う」食い道楽仲間になっていた。

「…最近昼に外出なくなったようだな」

「あーまぁ…ちょっとなぁ、有り難い事にちょっと仕事で一緒になったりする
 警務課のヤツに弁当渡されたりしちゃってて…」

「そりゃノロケか」

「ちげぇよ…気が強すぎて断れねぇし、まァ確かに外食食い道楽なんて
 デスクワークも結構ある俺には不健康だしまぁ、受け入れちまったというか」

「…オメェも年を気にするようになってきたか…お前ンち宮の森だったか
 北二条西二十ナンボとかだっけか」

「ああ…」

本郷はタバコをふかしつつ、市ヶ谷は続けた。

「山の手と宮の森の境…宮の森四条宮の沢通りに粗挽き蕎麦の店がある
 …低GIを気にするようになったらそう言うのも食うんだな…
 山菜+油揚げ一品で雑穀握りなんて添えるとなかなか持ちもいいぞ」

「流石だぜ…西区に近い方は攻めていなかった…今度仕事上がりにでも寄るか
 代わりに…別にふつーの定食屋なんだが北七・西七の西六沿いにある
 「ぎんぼし」推しとくわ、スゲー美味いとかじゃあないがお安くて
 雰囲気や味に安心感がある、ただ、頼みすぎには注意だ」

「む…そのすぐ側の「わがお」には行ったが…そうか、矢張りそこも攻めておく
 べきだったか…判った…楽しみにしておこう」

そんな時に若い衆が

「お嬢さんと…裕子さん来ましたよ…いいんですか本当に」

住吉が特に穢れ無きよう大事に育てている事は構成員なら誰もが知る所なので
その若い衆もだいぶ狼狽していた。

「ま…とりあえず話は聞くさ、理由が弱すぎるなら五反田に送り返させる。
 裕子さんは本郷、お前の管轄な」

「フ、あのお嬢様は言い出したら聞きゃしねぇよ、流石弥生の姪だよ、付き合って貰うさ」

構成員もちょっと驚いた、「よもぎお嬢さんのご学友の十条のお嬢様」くらいしか
知らなかったが「警察にも知られた弥生の姪」と言うだけで「祓いの力を持つ」という
事が判ってしまう、あの姐さんの姪…そういう風に思ってしまうと
「将来の姐さんその二候補」という風に裕子を思ってしまう。

迎えに行ったのは五反田だったようで、やって来た三人にまず市ヶ谷が口火を切った。
こう言う時はサングラスを外し、眉間の険を取りふつーのおじさんっぽくする。

「お嬢さん、判っているとは思いますが、今からやる事は下手をしたら
 危険も伴うような…しかも警察とウチみたいなヤクザのコラボとか言う
 上手く行くものだかどうだかという初合流の場です、一体何故こんなトコロに?」

それに対し蓬はキッパリ言った。

「私がヤクザの娘なんて言うのは小学生の頃から知っていました。
 友達に言えば次の日には親に何か言われたのでしょう距離を置かれ、
 隠して友だち付き合い…親の職業を話せないような友情なんて偽物です、
 でも中嶋根岸に入ってやっと私は「それも社会の一つの側面に過ぎない」と
 思えました、十条さんもその一人です、決して十条だって清廉潔白とまで
 言えないところだと言われ、ウチとも繋がりがある事、あの学校には
 ある程度そういう「訳アリ」な家の子も小数含まれていると知りました!」

蓬は一息ついて

「私は…後~会のいい面も汚い面も全て受け入れるつもりです、
 それがあの家に生まれた私の使命…とまでは言いませんが、必要な事です
 私はヤクザの娘だけど、それがどうかした? 別に私は私だけど?
 と言えるようになりたいんです、箱から、出させてください!」

思ったより真剣に、そして穢れを知らぬはずのお嬢さんは、それはそれで
小さい頃から抱え事をしていたのだ…市ヶ谷はここまで黙って聞き

「それで…お嬢さんは今ここで何をなさる気ですか」

「裕子さんの補助です、様子を見たり…何か弥生さん伝手に裕子さんから聞いた話だと
 ひょっとしたらドリンク剤なんかがいざという時に助けになるかも知れない
 と聞き…(ドラッグストアの大きめの袋にどっさり入ったユンカーやツェナの高いの)
 これをいつでも飲ませられるようスタンバイしています!」

…祓いという分野を良く知らない後~会の面々としては「何かズレてる…」と思いつつ
そこへ本郷が

「まぁ「魔階(フロア)」なんつー特殊空間ではよく効いてくれたって話は俺も
 富士から聞いたし報告は受けてる…確かに現実世界でも全く効かない物じゃないし
 同世代の友達がそういう事やってくれる方が裕子お嬢ちゃんもいいんじゃね?」

市ヶ谷はサングラスを掛けつつ極道の顔に戻って

「蓬お嬢さん…それでいいんですね? オヤジにはそれは告げましたか?」

「ええ、反論はさせませんでした、自分の家の事を知らんぷりして生きるような
 娘に育てたいのかと言いました、それでも戸籍上は切れませんし
 私は関内の家に生まれたからには、その何もかもを受け止めるべきだと」

市ヶ谷はニッと笑い

「こりゃぁいい姐さんになりそうだ、判りましたよ、まぁ
 後~会だってヤクザとはいえちょっと法の線上をふらっとする事があるくらいで
 そんな派手な麻薬だのなんだのには手ェ出してませんしね」

そこへ本郷が

「銃には手ェ出してるけどな…」

「手っ取り早いんでね…後~ヒトマル式…弥生の弾丸製作所で作って貰ってる。
 今んとこ「けじめ」以外には使ってないし、殺ったヤツはちゃんとお勤めさせてるだろ
 お前さんも弥生のP7黙認するならそれ以上は野暮って物よ」

「クッソ…確かに…お嬢ちゃんもデリンジャー持ってるんだっけか」

今までじっと聞いて居た裕子がキョトンと

「はい(といって鞄のポケット部分からそれを取りだし)いつでも使えるように」

「まぁなァ、これ見逃しといて警察からの協力で魔と対峙せよなんて話には野暮だなァ」

頭を掻いて少し考えたが、吹っ切った本郷はその場の全員に。

「さて…時間にはまだ余裕がある…出前でいいか? 食ったら夜中まで滅多な補給は
 させねぇからな、トイレから何から殆ど今のウチだぜ!」



「おれ、なんスか、これ…ははっちょっとしたマッチョ気分っスね」

イイ感じに出来上がった大崎はトレーニングシャツのような物を着せられ、
筋肉増強剤などを盛られ、酒の回りと共にトレーニングもさせられていて
既に疲労と回った酔いでほぼ普通には歩けない状態であった。

現場の路上に構成員に抱えて連れてこられた大崎の前に裕子が現れる

「あーあー、ええっと、そうそう、姐さんの姪御サン!
 どうしたの、こんなとこに来るような子じゃあないっしょ」

「ええ、まぁ少し社会見学と申しましょうか、それでですね…」

裕子は両手に詞を込め、市ヶ谷などから聞いて居た増強剤の効果を
高まらせ、大崎を細マッチョから「まぁマッチョ」くらいに一気に代謝を上げた。
そして、もう一つ詞を込め、サイレントに、それが大崎の体の中に染みこむように詞を施した。

「代謝を上げてしまったので、申し訳ありません、睡眠導入剤辺りで後押し
 宜しくお願いできますか?」

裕子が大崎を抱えてきた構成員にそれを伝えると、それを持っていた構成員が
酒でそれを大崎に飲ませる。

「今の大崎さんは普段の大崎さんと違ってかなり男性的な雰囲気に溢れていると思いますわ」

「そ…そーお? でもどうしてそれを…」

彼は訳を聞かされていないのだ…裕子はそれを知り、いいのかなぁと思いつつ

「大崎さんを美味しそうだなって寄ってくる女の人待ちですの
 あの…動けなくなる前に彼にインカム付けさせていただけません?」

「おれを美味しそうだなって女を釣るって…ウチそんな事やってましたっけ?」

大崎を抱えた構成員にそれを聞くも、答えられるはずは無い、「生き餌だ」などとw

「あれ…なーんかイヤな予感がするよーなイヤでもダメっす、ちょっと休ませて貰って
 いいっすか…」

何だかんだ睡眠導入剤とお酒の効果が来てくれて彼は駐車してある車に凭れて
ぼーっとして座り込んでしまった、夢と現の間を彷徨っている感じだ。
裕子が所定の位置に戻り、

「では、領域展開を始めます、わたくし本当に気絶するかも知れませんので
 四時間…叔母様にやって見ろと言われた事だけに集中しますわね…
 通りを挟んで幅約十メートル、長さは約八十メートル…高さ約十二メートル…
 南側だけで良いのですね?」

本郷がそれに

「ああ、北側には人員を配置していない、車も廃車引っ張ってきただけだ、
 付近にはネオンなどだけ付けておくよう指示をして両隣ではそれとなく
 人避けをさせている、俺達が仕留めるのでは無く、あくまで
 悪魔と化した女に手傷を負わせ、北に逃走するよう仕掛ける…」

「仕上げをドコでするのか気になりますが…叔母様があとは決めるという算段ですわね」

「ああ…何でここでそれをしないかについては…アイツなりの「けじめ」だってよ」

「…詳しくは聞いておりませんが…恐らく叔母様の恐ろしい面が発揮されるでしょうね」

「だろうと思う…ホントにアイツだけは敵に回したくねェよ」

「大丈夫ですわ、それさえ判っていれば」

裕子が領域展開を続けつつ、笑って見せた。
裕子の領域展開は、建物の壁などの中に染みこませていて、ステルス性も高く
祓いの気配を感じさせないようにもなっていて、当然周囲のビルに張り付く
公安も、後~会の面々も、魔の目からはほぼ無視していい小動物的にしか
写らないようにしていた。
ただ、裕子の構えた両手から発せられる短距離間にだけ周囲に染みこむ
淡い光が誰の目にも見えた。

「さて…食いついてくれるか…」

本郷が呟く



午前零時になり、風営法上開けてはいけない時間になった事から
アリバイでつけさせていたネオンも一斉にならないようにちょくちょく
消させていった。

裕子は既に辛そうで、かなり汗を滲ませているが、蓬がハンカチなどでそれを
拭い、一本試してみるかどうかと聞いて居る。

「そうですわね…効くか効かないか…試してみましょう…」

裕子の一言で、蓬がツェナの一番高い物を開け、蓋を開けたところで

「ストローは結構ですわ、そのまま、わたくしに飲ませてください」

蓬はそうしつつ、

「何故そんな飲み方を? 裕子さんならストローを使いそうなのに」

「いえ…それが…特備の富士あやめ警部補に…こんな風にエヌタロンモカを
 二度ほど半強制で飲まされた事がありまして…あ、何かこう言うの
 ちょっとイイかも…って思ってしまいましたの」

本郷がしけたツラで

「何やってんだアイツは…そしてお嬢ちゃんもだよ…」

「うふふ…w でも…流石に直ぐ効くという実感はありませんが
 体への無理が多少利きやすくなってきている感覚がじわりじわりとあります
 あと三十分粘れそう…があと五十分と言った感じで…」

「若ぇから効きもいーんだろうが…そんなモンあんま頼るなよ?
 ま、今回は仕方ねーが…蓬お嬢ちゃんよ、あと幾つある?」

「ツェナとユンカーの一番高いのと二番目のを一つずつ…ツェナの一番上を今使いました」

「うーん…ギリギリいけそうかな…まぁお嬢ちゃん、踏ん張りどころだ
 弥生に四時間と言われたならやり遂げてくれ」

本郷の言葉に続いて蓬が

「そうですよ、気を失ってもその後の事は私に任せて!」

裕子はちょっと笑って、

「ええ、それではその時は遠慮なく…」

そして午前一時…流石に人払いも余り意味の無くなってきた頃だった。
それは…やって来た…!


第三幕  閉


Case:Nine キャラ紹介その3

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