L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:NINE

第四幕


インカムからぼーっとして意識朦朧な大崎の声で

「あー、なんか空から来ましたねぇ…なかなか美味しそうな女じゃないスか」

その言葉に一気に緊張が高まる。
既に一番高いユンカーの他に二番目に高いユンカーも消費した裕子が
辛そうではあるが声を絞る。

「大丈夫です…皆様…窓から様子を確認してください…相手からは
 私共は姿も霊的にも見えないはず…!」

それは確かに、コウモリの羽を生やした妖艶な女…アンジェリカの風貌も
面影はあるが、人を人とも思わない、路上に転がる大崎を「絶好の獲物」と
捉えている表情だった。
本郷が回りへ無線で

「早まるなよ! お前らんトコの若ぇのだってのは百も承知だが…もう少し待て!」

それに対し公安の一人が

「しかしそれではあの大崎にも銃弾を浴びせる事になりますが…!」

後~会の面々も頷いた。

「お嬢ちゃんはそれを見越してヤツからは見えないように大崎にも防御を
 施しているはず…! 事に及んで悪魔のヤツが完全にその気モードになった時だ!」

「その通りですわ…皮膚くらいは痛めるかも知れませんが…彼には今詞の守りがある…」



「人通りも少なくなってきていい頃合いよ、アンタ私に気付いてたでしょ…
 ただの使いっ走りのチンピラちゃんと思って居たら…
 アンタがこんな所で酔いつぶれていて好都合だわ…
 朝になって発見されるといいわ…何もかも搾り取られたその姿をね…」

サキュバスは地に降りつつ、大崎のスエット下を脱がせ、事に及ぼうとする。

「うっへ…ああ、ホント何かいい女っスよ〜〜〜」

「そうよ、私はその為の女だからね…ふふふ」

いざ事に及び始め、サキュバスだってただ絞るだけじゃない、楽しみたいはずだ
ま、囮代として一発くらいは抜かせてやるか…と言う感じで本郷と市ヶ谷は
目を合わせうなずき合い、そして幾らか経った頃…

「さて…そろそろ…本番行かせて貰いましょうか…」

「ええ〜〜? 今俺本番してるッスよね〜?」

「こっちの話よ…」

と来た時だ、本郷と市ヶ谷が同時にサインを出す。

「構うな! どんどん撃て!」

サイレンサー付きとは言え跳弾や被弾の音と硝煙が立ち上り、サキュバスに対し集中放火する。
サキュバスは人とは思えぬ怨の表情で振り返り、幾らか被弾しつつ空へ飛び、

「罠か…! チクショウ!」

と言いつつ、周囲に対して落雷のような強い電撃をお見舞いした!
本郷達は一瞬ひるむが、そこへ裕子が

「大丈夫です! 良く回りをご覧ください…! この辺りと…大崎さんは
 守られています! ちょっと感電したくらいの電撃で済んでいるはずですわ!
 向こう側の壁や車などは半壊でしょう?
 安心して…彼女を北へ追い込んでください!」

裕子の力強い一声でまた銃撃が始まる。
「祓いの力」と言う物を聞かされては居たが、こう言う事もその範疇に入るのか!
サキュバスはほぼ無傷な大崎や攻撃隊の居る側のビルが壊れなかった事からも
怨の表情を浮かべ、銃弾を浴びつつ空高く飛び上がるのだが、
それも途中途中まで北に向かうよう弾丸は撃たれた。

そして、射程外になり、ここでの陽動は終わった。

市ヶ谷が真っ先に大崎の元へ走り、大した怪我では無い事を確認しつつ、
スエットも穿かせ、一時的に増強した分を大体キレイに吸い取られた
いつもの細マッチョになっている事に驚いたが、肩を揺すり

「おい…大崎…! 大崎!」

「あ…、はい、なんスか市ヶ谷さん」

「良くやったがお前にはもう一つ仕事がある、あの女は何処へ行った !?」

それに対し、大崎は大凡北の方角に指を向け

「あー、はい…ええと…あっち…っスかね…? もう高すぎて遠すぎて判ンねぇっす」

「そうか…よし、お前は良くやった」

領域を解いた裕子は疲労困憊であったが、蓬に

「よもぎさん…残りの一本をくださいません?」

「え…でもだって…」

「まだ…わたくしの仕事は終わっておりません…」

そう言って、ツェナを飲ませて貰い、裕子は本郷に

「屋上…連れていって戴けませんか?」

「何する気だ?」

「追い込みの…仕上げです…」



結局道警公安と蓬に支えられ(本郷は下で色々後始末を始めていた)
裕子はビルの屋上に立ち、鞄のデリンジャーを取りだし、詞を込めた。

「今のふらふらのキミじゃ無理だ!」

「しかし…これを撃てるのはわたくしだけです、詞を載せていますから」

蓬がそこへ裕子の前にしゃがんで

「じゃあ、私の肩使って、相手は高く飛んでるなら裕子さんなら見えるでしょう?」

「ええ…今札幌駅上空辺り…真っ直ぐ叔母様の今いらっしゃる
 北三十二条西三丁目に誘導します…射程距離は関係なく、追尾弾となり…
 しかもギリギリで当たった、という印象に…」

裕子がふらふらになりつつも、先ず一発目を撃った。
それは確かに通常の弾丸では無い光の弾となって遙か向こうまで飛んで行く。
公安も判っている物で、双眼鏡を持っていて裕子の光の追尾弾を追っていって
なるほどそれがサキュバスに当たるのを確認した。

「凄い…当たった」

「当たった弾は相手の昇華に使われますので…弾ごと消滅します」

「そうか…ターゲットはこのまま狙い通りだと確かにその辺りまで行きそうだ」

「もう一発…余り距離を飛べなくする為に…」

そう言って微調整をして裕子はもう一発撃った。
それと同時に裕子は気を失い、蓬にもたれかかった。

「裕子さん! しっかり!」

公安がその被弾も確認しつつ

「羽を撃ったのか…なるほど、それなら余り長距離も飛べない…
 ここから先は十条弥生さんでいいのかな…お嬢さんは潰れたか…
 (無線で)本郷警部、裕子さんの祓いの弾丸二発着弾確認、
 現在ターゲットは…この倍率…北十八条辺りと思われます」

「よし、良くやった…お嬢ちゃんを背負って戻って来てくれ
 鼻の下伸ばすなよ、結構重いはずだから」

言われた公安は確かにこの爆乳お嬢様を背負う事にちょっと鼻の下も伸びかけるが
いざ背負うと、標準的な女子より重い。

「こ…これは…部分的な脂肪とかそう言うのじゃ無い…結構筋肉が…」

結構辛そうにエレベータールームまで降りる階段、蓬がそれに

「彼女…実力だけなら合気道師範級と言われているそうで…その…確かに
 見た目より遥かに引き締まっているかも…」

「なんでそんな鍛えてこんな体に成るやら…!」

「それは私にも…(汗)」

役得もヘッタクレもなく脱力した六十キロの荷物を背負って
何とか一行はエレベータールームに付き、一階へ戻った。

本郷と五反田がやって来て

「よし、二人とも…一人聞こえてねぇだろがよくやった。
 蓬嬢ちゃんも立派に裕子の補佐勤めたな、五反田が早く帰って
 眠らせてやりたいって言うから、裕子お嬢ちゃんも連れてって取り合えずよく眠ってくれ」

「あ、はい、貴重な体験、こちらも有り難う御座居ました」

蓬はきちんとお辞儀をして、そして五反田の車に裕子と共に関内家に向かった。

「あの上品さのまま、こう言う世界に馴染んでくれるとマル暴も
 「マル暴のがよっぽどヤクザだ」って外見にならずに済むんだろうがなw」

市ヶ谷がやって来て

「とりあえずあの化け物の電撃攻撃だけは予想外だった…地域一帯
 今夜だけはと定点カメラや防犯カメラも止めさせたが…現実の破壊…
 これをどう言い訳するかだ…」

「ま、リニューアル開店に向け一時閉店にするしかねぇだろ
 大丈夫だよ…公安辺りから幾らか褒賞は出るだろさ、銃刀法違反には
 目を瞑った上でさ」

「それならまぁ、有り難いんだが…しかしこれで上手くゆくのかね」

「やる、あの女なら必ずやる。
 多少目論見から外れたとしても地の果てまでも追いかけて必ず殺るだろうよ、
 テメェの女弄ばされた礼はキッチリ取る、あの女は実にヘヴィだよ」

「…俺も今度から姐さんって呼ぼうかな」

市ヶ谷の呟きに本郷は苦笑し、あやめにそちら方面に向かった、と短く連絡した。



サキュバス・アンジェリカは追尾弾が二発だけの筈はないと焦っていた。
当たった拍子に少し祓われ欠けた羽では長距離も飛べない!
自分が「彼ら」から捨てられた事の意味を噛みしめ、それでも自分は何としても
生き延びてやると心に誓い、そう…自分の体の…体力や怪我を治し補充するなら
同じ女がいい…あの女…生かして置いたけどそろそろ死んで貰うか…

丁度北32条西三丁目にはその女の匂いしかしない、すすきのから逃げ果せた事で
アンジェリカはどこか油断したのかも知れない。

「あの女…少し回復したっぽいわ…この際は丁度いい…搾り取ってあげるわ…」

サキュバス・アンジェリカは一気に高度を下げ、コーポトモヱの裏側に降りた。
ホンのちょっと魔力を使って窓の鍵を開けるなど造作も無い事、
深夜の闇の中、この辺りはコンビニなどの店以外ほぼ完全に住宅街と言っていい。
札幌の一条一丁は、正方型の場合、南北でなく東西に中通りが作られる事が多い。
コーポトモヱは正にそんな住宅街中通りの中程に面した…都合のいい場所だった。

彼女は寝ている…血色も肉付きも急に回復してるカンジはある事に感じる不自然さより
今のダメージを負ったアンジェリカにとっては「この上ない獲物」としか思えなかった。

南窓の構造で南に向けて寝ている竹之丸に合わせ自分も南向きになり、
先ずは口づけてそこから精気を少し奪おうとした。

夜も夜中のちょっとした光も反射するようなギラギラした物が空を斬り、
サキュバスの羽根を根元から二つとも切り裂く!

「 !!!! 」

暗闇の中から、気配すら全く感じなかった黒いスーツの女がスッと現れ、
その手には刀が握られている、そしてその目はとても冷たかった。
…と、同時に暗がりでも目立つはずなのに気付かなかった金髪の少女が斬られた自分の
羽を殴り抜け、一気に昇華されるのを見る。

リアクションをとる間もなく、サキュバス・アンジェリカは首根っこを
黒いスーツの女の左手で掴まれ、動けなくなった。
そこには既に詞が込められていたらしい。

サキュバス・アンジェリカは一連の出来事が僅か一・二秒と言う事にも驚いた。

竹之丸が起きて

「ふー…やれやれ…ん、なかなか美人さんじゃないの…さて、フィールドはこの布団でいいのね」

ちょっとふらつきながらも起き上がるのを金髪の少女が支えて安全な距離まで離した。
暗がりの中からもう一人女が現れ、警察手帳を示しながら言った。

「貴方はもう目黒アンジェリカさんとして裁く事は出来ません…人に戻ったとしても…
 十人の被害者をどうやって殺したのか…科学的な検証が出来ないからです
 でも、残された痕跡から「どうやら貴方が最後に関わったらしい」事だけは
 判るとして…貴女は精神鑑定から何か科学的に追及できる別の手段を持っていたのか、
 そして裁判と…何年も何十年も…貴女だけじゃない、ご家族の方も苦しめる事に
 なるでしょう…だから…私は刑事で貴女が誰かは知っています、でも…」

刑事の女はうつむき、言った。

「この場は弥生さんに全てをお任せします」

弥生と言うらしいスーツの女が掴んだ自分の首根っこから自分が一種の催眠状態というか
精神世界に引きずられたのが判る、そしてそこに声が響く。

「最初はホンの偶然で戯れだった…そしたら自分…女の体の疲労やダメージには
 女の精気の方が「しっくりくる」事に気付き、体力回復や被害者の最後の
 足掻きのダメージを癒す為にここへ何度か通った…そういう事よね…」

精神世界の中のアンジェリカは叫ぶ

「そうだよ! 竹之丸なんて古くさい名前の部屋に若い女が住んでいて…
 最初は男が竹之丸でコイツは通いの愛人か何かかと思って侵入したら
 あの女が竹之丸自身だった…! 戯れさ! ホンの…!」

そこにまた弥生の言葉が響く

「ハハッ…やってくれたモンよね…人の女に手を出して…一息に殺さなかった
 事だけは酌量してやるよ…そんなにセックスが好きで女もアリかというなら…
 私の攻めを受けてみな…現実では三十分ほどでもここでは十二時間分くらいは
 あるだろう…一時間…丸一日分の攻めを…身を以て受けるんだね…
 道具を使わずこの身一つで代償行為としてではないガチレズの攻めをさ」

部屋内の様子では、布団に突っ伏したサキュバスの首根っこを押さえた弥生が
片膝立ちで冷たい視線を落としているようにしか見えない。
時々サキュバスが痙攣したように動いているのが判るくらいで…

あやめがそろそろっと小声で

「それにしても…何をしているんだろう…」

葵がそれに…

「多分…相手を精神世界に引きずり込んで弥生さんが滅茶苦茶に犯してる…
 先生に対して…愛情を持って六時間愛し合うとかじゃない…とことん
 一方的に犯してる…精神世界の中の時間の流れを早回しにして…
 短時間に何時間分も…何度でも、何回でも…」

葵が決して寒くない気温の中ぞくっとしたように両手で自らの体を抱え込み

「…これが…報復…」

竹之丸はそんな弥生にちょっと愛しさを覚えたようにフッと笑って

「好き者には好き者なりの…弥生らしいやり方だ…」

と言ったきり平然と電気スタンドを軽く暗めの設定で付け、本を読み始めた。
ヘヴィな愛、一旦結んだ縁はこんなカタチでは絶対切らせないと言う弥生の報復。
あやめにはとても重く感じたし、葵には愛のないセックスを嫌う弥生が
敢えてそうしてまで「人の女を弄んだ復讐」をする事に軽く恐怖と…
もしひょっとして自分の将来「皆既日食(ケース:7参照)」が起ったら
こんな風に守ってくれるのだろうか、という…深い愛情も感じた。

あやめは怖いと思ったが、そう言えば…おうじ↑の時、弥生は我を忘れた。
放っておけば先代の様に死ぬかも知れないような怒りを発露した…
それほど自分に価値があるのか…改めてそう思う、初恋の面影と言うだけなのだろうか
それとも…今を生きて今を共に過ごす「大事な仲間」だからこそなのだろうか…
もし…もし自分がこんな被害に遭ったとしたら…いや…無意味だ、やめておこう。

とにかく「ここは弥生の好きにさせる」で同意していたので一時間ほど弥生の好きにさせた。



小一時間経ち、弥生が流石にちょっと疲労を滲ませ「ふー」と一息つき、
右手に詞を込め、サキュバスから何かを引き抜き

「マル、こっち来て」

「…ん」

竹之丸は本を閉じて弥生の元へ。
弥生はその右手で隣に来た竹之丸を横に抱きかかえるようにしてその詞によって
サキュバスから「取り返した」のだろう精気を竹之丸に負担にならないように
優しく、ゆっくりと戻してやっているようだ。

サキュバス・アンジェリカはもう尽き果てていた。
弥生の…精神世界の中とはいえ、圧縮された時間の中で丸一日分の攻めを受けた
彼女は、もうすっかり何をする気力も無くうつ伏せていた。

弥生は竹之丸への施術が終わると、右手でジャケット内ポケットからスマホを取りだし
あやめに渡した。

「聞かせてあげて、留守電…あの後もう一件入ってる最新のそれをね」

あやめは受け取りつつ

「持って来てたんですか?」

「ふん…マルを利用する為とはいえ、ひと思いに殺さなかったせめてもの情けよ」

あやめはスマホを操作し、それを回りに聞こえるように設定し、流した。
それは少年の声、変声期が遅いのか中学生のそれとは思えない、少し力は無いが
澄んだ声で喜びの電話だった。

『姉さん、僕…リハビリ始められるようになったよ…!
 先生も奇跡としか言いようが無いって…姉さん、いつも有り難う
 父さんも母さんも姉さんを持て余してたけど…今姉さんは僕の為に
 働いてくれているんだよね! じゃあ、また掛けるね!』

あやめも葵も一気に悲しくなった、方法はともかくとして、その為もあって
彼女は悪魔にまでなって居たのだから、アンジェリカも涙で溢れていた。

弥生はそれでも余り温度を感じさせない口調でアンジェリカに言った。

「理由だけなら泣かせる話じゃあないの、でも、それで貴女は十人の人を殺し
 そして私の女を殺し掛けたのよ、さっきあやめも言った、
 貴女を人に戻したところで貴女も貴女の家族も人生は滅茶苦茶だわ
 「誰かさん」が誰なのか、どんな手順で貴女は悪魔に成り代わったのか…
 そんな事…話せないわよね…即報復が飛んでくるだろうし、
 私もここを戦場にしたくはない」

アンジェリカは涙に濡れつつ、首を横に振った。

「そうよね…だからアンジェリカ
 ここで私達にじゃない、貴女の信じる神に懺悔するといい
 貴女の魂は、前世での何もかもを真っ新にしてもう一度生まれ変わるでしょう」

弥生は右手に強い詞を込め(光り方がいつもより強い)

「また来世」

それをサキュバスの背中に通すと、一気に穢れた何かが浄化され昇華して行く。
サキュバス・アンジェリカは浄化成仏という少し無理矢理の…魔に対する
方法で昇華させられた。

でも、浄化され消えゆく彼女は確かに最後に「ごめんなさい…」と呟いた。

弥生は立ち上がり

「祓い完了」

六月の北海道、もう東の空が白み始めていた。

「ちょっとイヤな物見せちゃったわね、みんな、ゴメンね」

そう言って弥生はイツノメの刀身を専用の紙で拭き、鞘に戻して腰に差し、

「煙草吸ってくるわ」

と言って外に出ていった。

少しして葵が

「サキュバス…夜の淫魔って昼間はどうしているんだろう…」

あやめがそれに

「弥生さんが言うには…ああ、これ先日の話だけど…
 昼間は無機物に変質して何かの像に紛れたりとか、森の奥深くとかで
 じっとしているんですって…今この現代…昼も夜もあった物じゃない
 都会では、少々生きにくいタイプの悪魔なのかも…ただし
 銃刀法の厳しい日本だからこそ…その性格や目的次第では野放図にもなるって」

「アンジェリカさんか…ちょっとボクには責めきれない人だったな」

「正直…私も思った…でも…」

「十人殺してアタシも死にかけたんだ…弥生が最後に懺悔の機会を与えただけでも
 まだ温情ある祓いだったんじゃないの」

竹之丸が言ってのけ、続けて

「はー、もう寝るのなんのって気分じゃないな、どうせまだ休暇中だし…
 ダラダラするかなぁ」

葵がそこへ

「何か負担の少ないスープでも作るよ、みんなで食べよう」

「いい子だねェ…アタシも欲しくなるよ…」

あやめはドコが淫の気の線引きなのかちょっと分からなくなって苦笑いしたが
ハッと気付いて本郷に連絡を入れた。
「祓い完了しました」と。
それはもう、被疑者は居ないと言う事を指していた。

『お疲れさん、とりあえず今からでも寝てまた明日な』

「はい、お疲れ様でした」

と言って通話を終了するも、部屋を見回し
キッチンやトイレ、風呂などを含め9畳ほどのスペースにこれでもかとある本と
何とか二人分くらいは確保できそうな生活スペースを見て

「これで寝るって言うのもなぁ…w」



翌朝、裕子が目を覚ますと、ヤケに具合が悪かった。
生理痛も酷い…そこはどうも関内家の和室であり、医者まで居た。

「何が起ったか知らないが、なかなか酷い症状だったので各種薬やらは処方したから
 ゆっくり寝ていなさい」

と言われ

「あ…はい…、お手数お掛け致しました」

と答えたところ、自分の左脇に重さを感じる。
それはイツノメだった。

縁側には見慣れた黒いスーツの…

「叔母様…!」

「目を覚ましたようね、裕子、起きてはダメ、そのままイツノメを抱えて寝て
 貴女は正式な所持者では無いけれど、同じ時代に生まれた私の血族でもある裕子と、
 私の葵クンだけは特例で面倒を見るってイツノメからの許可は取ったわ」

「しかし…なぜこんなに用意良く…」

「蓬ちゃんに感謝ね、起きたら貴女の様子がおかしいって事で
 大慌てで私に電話掛けてきて、生理も酷いって言うから軽く「皆既日食」について
 教えて、こう言う時は祓いのチカラの何の言ってられないから、普通に
 お医者さん呼んであげてって、そして後は私に任せて貴女は日常を過ごしなさいって」

「わたくしに…皆既日食…」

「一線越えたって事よ…裕子、貴女はもう上級に登ったいっぱしの祓い人…
 あとは現代医療とイツノメに身を委ね、祓いの力を静かに保つよう
 なるべくコントロールなさい、そうすれば、私みたいに一週間寝込むなんて
 馬鹿な事にならずに済む、二日ほどで動けるようになるでしょう」

「あのような事で上級で…いいのでしょうか」

弥生はフッと笑って

「魔に検出されない領域指定四時間なんて私だってきついわよw
 しかもフィニッシュに詞による追尾弾二発、蓬ちゃんの肩を借りて力尽きた…
 立派だったわよ、裕子」

自分でもかなり負担な事をやれと言ったのか、この人は…でも、
受験生でもあり余り細かく修行の何の言っていられないこの時期、
こうでもして多少無茶でも力を付けないといつまで経っても中級と上級の間を
フラフラする事になるのだろう、それなら、多少の無茶は承知でやらせてみせる、
それが弥生なりの裕子への上級試験だったようだ。

「わたくしが…上級…」

「そうよ…北海道に二人そう言うのが出てきた事は公安特備には朗報でしょうね
 どっちか片方を世話の焼ける本州の祓いに赴かせられるだろうし…ま、
 貴女は受験生だから、そう言う役目は暫く私になるのだろうけど」

「え…ではわたくしが叔母様に成り代わって単独…或いは葵クンと働く事も…」

「当然あるでしょう、私の役目の一つがまた果たされた、いい気分だわ、実に」

弥生は満足そうに庭を向き、タバコを吹かし始めた。

「さぁ、眠りなさい裕子、イツノメに会えるかどうかは判らないけれど、
 その力の行使は長く受けた方が復活も早いわ、初代から四代までの話を
 詳しく聞こうなどと思わないで、快方に向かう事だけを考えなさい」

「あ…はい…ではお休みなさいませ、叔母様」

「おやすみ、裕子」



竹之丸はそこから数日リハビリを兼ねて散策などを始め、
弥生がイツノメと共に裕子の側にその復調まで居るとのことで、葵との生活。
ただし、探偵業やちょっとした祓いなどで弥生も葵も席を外す事はあり
べったりという訳でもなかったが。

そして、そののち、弥生はふらっと竹之丸の元へ現れ、書類を差し出す。

「国立の訳アリ病院を北大内に緊急設置だって !?」

「そうよ、こないだ話したじゃない、当分間借りだけどちゃんと専用病棟も
 作らせるってさ、余り大きな物じゃないらしいけど、主任として着いてくれるわね?」

「アンタはホントやるったらやるねぇ…ああ、勿論受ける、
 そしたらアンタら祓い人にも協力して貰うよ、今後この札幌…北海道で
 「祓い」を効率よく発掘する為の総合的な研究をさ」

「喜んで、人口一億以上居るこんな状況で闇雲に当たり引くまでくじ引くなんて
 アホらしいにも程がある、もし何か決定的な「違い」さえ簡単な検査で
 判るようになれば、今後は祓いを途切れさせる事も少なくなるでしょう」

「よーし…アタシが祓いを絶対に科学にしてやる」

「あ、それでね、私の用事なんだけど…」

「ああ…そういえば、何だかんだまだ聞いてなかったね」

「六月二週から一週間さ…裕子も葵クンも…名前は知ってると思うけど
 阿美も志茂も全員修学旅行とその随伴で居なくなるのよ…」

弥生はちょっとわざとらしいが寂しそうにそう言った。
竹之丸はフフフと笑って

「それで寂しくなるってんでアタシに電話掛けたらアレだったって事か…
 なるほどね、アタシとアンタはいい縁で結ばれてると思うよ、ホントに」

「あ! それだけじゃなくてね! 裕子が北大理学から北大医学部に鞍替えで
 入試受けるつもりらしいの、それでまぁ、その指導もして欲しくて」

精一杯繕うように弥生が一気に言う。

「へぇ、まぁそれなりにちゃんとやってれば受かるっちゃ受かるけどね」

「その「それなりにちゃんとやる」が問題でしょ、お願いよ、裕子も
 あの事件以来体調崩してたんだけど、やっと今日復帰したからさ、
 近いウチに顔合わせだけはしておきたくて」

「ん…ま、確かに先行した身として言える事はそれなりにある、受けましょ。
 ただし時間的制約もかなりある事だけは覚悟して、主に最初にアタシが
 やるべき事を提示し、次までに判らなかったところを「なぜ・どうして」まで
 分析させてアタシに提出、場合によって復習から次の宿題ってカンジになるよ」

「OKよ、裕子もちゃんとやるでしょう」

「よし…休みは来週火曜までだから、後はどこで会うかだけど」

「裕子がね…B級グルメに憧れていて…やきそばや大通り店…どうかしらね
 日取りは…土曜お昼辺りでも」

「ふむ、それでいいわ。 …で、弥生」

余り熱も何も籠もってないような竹之丸の瞳にちょっと色が見える

「寂しくなったなんてアンタに言われたら…アタシもその気になる訳よ」

「ホテル行く? 葵クンはまだ四時間は帰らないけれど」

「ここがいい、久しぶりに燃えたい」

「二週間後は貴女も忙しさに戻るだろうけれど、ウチから通う?」

「そうする…」



その後土曜に裕子と竹之丸の顔合わせは実現し、
やきそば四玉にこれでもかとトッピングを載せたそれに好みの味付けをしながら
美味しいと頬張る裕子と、裕子に負けず劣らず五玉でそれをやる弥生、
そして十玉に同じくトッピングでがつがつ食べる葵に竹之丸は苦笑いした。


第四幕  閉


Case:Nine キャラ紹介その1

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