L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:TEN 「修学旅行編・裕子の場合」

第一幕


201x年六月第二週、その日は訪れた。
裕子の学校の日程はこうである。
一日目(日曜日)、千歳空港から関空へ、その後奈良着、一日目はそこで終了
二日目、団体行動、各見学場所巡り
三日目、班行動(自由見学)
四日目、大阪で休憩を挟みつつ京都へ、
五日目、団体行動、各見学場所巡り
六日目、班行動(自由見学)
最終日、新幹線で東京、時間があれば15時45分まで自由行動、その後
    JR「北斗星」16時20分上野発、翌日曜日11時15分札幌着予定、
    途中に家のあるモノ以外は学校に戻ってから解散。
次の日の月曜は、三年のみ振替休日。

まぁ実質七泊八日の日程だ。

関空から奈良までの道のりで学生達は皆どこかテンションが上がっていた。
瓦葺きの屋根が普通にある、たったそれだけの事が北海道民としては珍しかった。
特別な場所だったり歴史的建造物云々ならまだしも、
民家で普通に瓦葺き、などそうそう北海道にはない。

それとなく神道に傾いた…とはいえ、特にそこに力を入れた特別教育を施した訳でも
ないのだが、誰しもが「こここそが「日本が日本になった場所」」という意識を持ち
敬意を持って奈良に訪れた。

移動がそこそこあったと言う事で見学などは明日に回し、夕食までの間の
数時間ではあるが、自由行動があった。

裕子はこの旅行で自分なりの自由行動計画を立てていて、既に関係各所には
打電をしていたのだ。
裕子はそのかどで引率で担任でもある高島 浜代(たかしま・はまよ)先生に
自分の計画書の写しを渡していて許可も貰っていたので、意気揚々とホテルから
出ようとしたところに蓬が声を掛けた。

「裕子さん、どちらへ行くんです?」

「はい、四代前の先祖に纏わりまして、ちょっとお目にかかりたい方が
 割と近くに御座居まして…」

地味に「ドコに泊まるか」の決定権は裕子の親にも掛け合っていたのであった。

「へぇ…四代前というと明治時代? 開拓の頃か…私も行ってみていいです?」

「かなり私的な訪問ですのでよもぎさんには退屈かも知れませんが、宜しいですわよ」

他のクラスメイトもちょっといいなーと言っていたが、結構「移動だけで半日」と
言う物は体に堪えたらしく、ついて行きたいとは言えなかった。



「ああ、どうも…子安 入江(こやす・いりえ)と申します。
 何でも明治前に分家になった「子安新」についてとか…大したお話も出来ませんが」

裕子は礼儀正しくお土産を渡しながら

「いえ、明治のわたくしの先祖が大変お世話になった「火消し係」と言う事で
 その生家…と申しますか本家を訪れておきたく…」

「ええ、ウチは四條院さんとは永く付き合(お)うて貰ってますから、
 そう言う内情も良く知っています、よく起こしになられましたなぁ」

そう言って女将は古い資料を運ばせて裕子達に示した。

「天長年間から承和年間からといいますから、千二百年近くは繋がりがありますなぁ」

桁が違う…裕子も蓬もこの時点で圧倒された。

「国教の仏教化…これがどうにも馴染みませんで…とはいえ私共も商売、
 そういった流行り廃りと共に四條院さんには特に目を掛けて貰い…
 …そういえば十条さんとも幾らかお付き合いがありまして…
 とはいえ、お嬢さんの事ですから今の情報では無く…こちらの…」

と言ってまた偉く古そうな記録を出してきてそれを開いた。
裕子はそれらを見て幾らか知らない分派の十条の中に、それを見つけた。
「十條 八千代」三代イツノメ所持者の名…

「この方…八千代様に付いて細かい資料はありますか?」

「あるとは思うんですけど…流石にそれは上を下への大騒ぎになりますかも…」

「そ…そうですか…それでは余り無理も言えませんね」

「でも…書いてはりますな、その姿見の麗しさに見合わぬ野太刀を振い…と」

「そう…今その野太刀を正式に継いだのがわたくしの叔母様…六代弥生なのです
 そして、その叔母様と同じ名を持つ四代前の祓い人で野太刀を受け継いだ
 五代目の名がまた弥生…そしてその火消し係が子安新 守八様でした
 これも何かの縁(えにし)と思い、今日のこの日に先祖を偲ぼうと」

「まぁまぁ…そうでしたか、それでしたら、四條院本家さんトコの方が
 もっと詳しい事も聞けると思います、多分ウチで探しても恐らくは
 どんな召し物をどんな尺と丈でと言った記録と思いますし」

「申し訳ありません、わたくし、それでも宜しいので写しが欲しいのです
 お手数掛けます、わたくしこちらで巫女服のオーダーも致しますので
 どうぞ、探して貰えませんか?」

「おやおや…判りました、それではその巫女装束は如何なさいます?
 十条式というのは特にないのですが、四條院式ならありますよ」

「四條院式で!」

裕子は即決した。
古い古いまだ日本が日本でもなく大まかに「やまと」だった頃よりもっと前
祓いの詞はその頃の呪術言語であった事は知っている、あやかるなら
最もその古式に則って居るであろう、四條院しかないと裕子は固く思った。

「あ、叔母様の分もお願いしたいのです、大丈夫です、必要な丈は全て覚えてますから
 こちらは袴を馬乗り袴ベースにお願い致します」

全てのやりとりに蓬はただただ圧倒された。
歴史も長い、伝統も長い、そんな雰囲気に気圧されたのが一つと、余り普段
興奮した様子など見せない裕子の食いつきっぷり、裕子はとても自分の血筋に
誇りを持った人だと言う事は「叔母様」の嵐で何となく判っていた物の、
ここまでとは…

後は分家した子安新家の写真にまだまだ幼少の子安新 守八が写っているのを
微笑ましく眺めたり、それで訪問は採寸などを含め、いい時間になって
裕子と蓬は深々とお辞儀をして子安家を去った。



「裕子さん、幾らか教えて戴けません? あの弥生さんの持っている
 野太刀にまつわる事とか…あの迫力…家に出入りする構成員の人達が
 みんな縮み上がってしまうほどの迫力でしたし…」

ホテルに戻り食事やお風呂の後(勿論裕子などは垂涎の的だ)同じ班で同室に
割り当てられた蓬が裕子にあのグイグイ推す理由を尋ねた。

「わたくしも、全てをきちんとおぼえた訳ではありませんが、先代様と叔母様…
 その繋がりを含めましてわたくしなりにではお話ししますわね。
 結構長いので、覚悟してくださいね?」

ほんわかキラリンでそれを言われると、蓬は済ませられる事はなるべく済ませ
飲み物も側に用意して「バッチ来い!」とばかりに聞きに入った。



話は深夜、消灯になってからも続き、裕子的キラリンな底上げはあったかも知れないが
大凡聞いた通りには伝えたつもりで裕子は先代と、弥生が六代目になるまでを話した。
(六代目である事を知った先日の学校絡みの事件もある程度話した)

「それで最近ウチの建業部門や碑石部門に超特急で社とか作らせていたんだ…」

「はい、叔母様も歴代に対して多大な敬意を払うようになりました…あ、これ…」

裕子のスマホには明治の先代とおやいの写真を撮った物、そして
先代の扮装をして出来たばかりの社で奉納を捧げたばかりの弥生を撮った物があり、
交互にトップを飾るようにしてあったが、写真閲覧モードでそれをじっくり見せた。

「…凄い…よく似てるね…弥生さん、畏まったらこんな雰囲気にもなるんだ」

「特に叔母様にとって先代は大きな誇りと指針、そして何より恩師であったのは確実です」

「そうかぁ…ウチ、家系もある程度は辿れるんだろうけど、そんな凄い話は
 ないだろうなぁ…何かちょっと羨ましいかも」

「でも…どうも初代から五代まで…全員二十代から三十代で亡くなっているようです。
 死と隣り合わせの中で生きてきて燃え尽きた人達でもあるのです、
 もし、その定めが現代医学などで回避できない物なのだとしたら…
 叔母様も…そしてわたくしも、ある程度覚悟はしませんとね…叔母様に至っては
 いつそれが来ても悔いが無いように…だから享楽的にも映る生き方をしているのだと
 わたくしは思うんです」

「…そっか…うん、裕子さん。 いつでも私の家頼っていいんだからね!」

裕子はニッコリ笑って

「そうですわね、あれだけお世話になっておいて、何かお返しもしませんと」

「そう言うのはいいから、遊びにも来てよ、合気ももうちょっと本格的にやりたい」

「ええw」

そして一日目は終わった。



二日目、法隆寺など定番を回りつつ、地味に神社巡りがメインであった。
昼食などは高級と言うよりは奈良ならではの物(の高級バージョン)といったような
お嬢様学校の様相を呈しつつ、結構な強行軍で奈良のあちこちを回り、
日暮れ前、西日の差し込む中、一つの…とても地味で古い神社に寄った。
敷地は広いようで、奧にそれなりの家もあるようだが、神社としては古く、
立派と呼べる物ではなかった。

日巫乎待社

「なんて読むんだろう」

これが急に日程に組み込まれた物らしく、殆どの生徒も先生も判らなかった。
そこへ

「「ひみかまちやしろ」と言うのです。
 地元では「ヒミコタイシャ」なんて言われていますけれどね」

一行(先生生徒合わせて五十人ほど)の後ろから彼女は石段を上がってやって来た。
涼しげな目元、通った鼻筋、でも濃い顔かというと、それほどでもなく
身長は180近く…弥生ほどはあり、上も下も凸凸ウェストは凹、キレイな黒髪は
腰の下まであり、帯で結んでいたり、結わえたり、おそよ二十代中程と思われる巫女。
超のつく美人…誰もが圧倒された、裕子ですら頬を染めた。

一行の先頭に立ち、「どうぞお参りなさってください」といいつつ参道を歩き
全員が参拝を終えると彼女は語った。

「ヒミコなんて言われてるくらいですから色々世間も煩いのでここの場所は
 地図には入れないようにして貰っています。
 今日あなた方のお越しに関しましては、先だって是非伺いたいという
 打診がありまして…」

その巫女は真っ直ぐ裕子を見て

「初めてお目にかかりますのに、直ぐ判ります…十条の血を引いた方だと…」

「もしかして…貴女様は…」

巫女はお辞儀をしてから

「当「ひみかまちやしろ」の管理人…祓い人でもあります、四條院 皐月(さつき)と申します」

「あの…わたくしはまだ0.75人前くらいですが、十条裕子と申します!」

裕子が最敬礼(90度お辞儀)で頭を下げた。

「まぁ、そう緊張なさらずとも…w ここの社の歴史は…口伝も含めますと
 1800年と言われていますが…記録があるのは万葉仮名の普及した頃…
 遥か昔お隠れになった唯一無二のキミメ様の目覚めを待つ為の物…
 鎌倉時代には役目は終えたのですが…祓いを生業とし、今の今まで
 繋いで参りました、社は室町の頃のものをベースに直し直し使っています」

また桁が違う、しかも万葉仮名でなら記録があるとなると少なくとも
1400年は確実に歴史がある事になる…

蓬が気付いた

「もしかして、ここが四條院本家…」

五月はニッコリ微笑んで

「はい、然様に御座居ます、当主は別に居りますが、四條院では
 祓いの力を持つ者…社を管理する者に全ての権限があります、
 一般のお家とは全く事情の異なる特殊な家風、ちなみに、遥か遠く
 流れ着いた異人さん…ドコの人かは判りませんが外の血が入りまして…
 たまに未だにその色が出てしまうのです」

なるほど、その顔立ち、どことなくコーカソイドの雰囲気もある。
先生の一人が

「後ろからやって来られたと言う事はその」

「ええ…祓いの仕事が終わりまして戻って来たところです
 でも、丁度よかった、皆様、家は神道と言いましても国家の定めるそれとは
 また少し違うもので、神社庁などには組みしておりません、
 ここはここ…それだけは約束を守られた古い信仰の生きる社…
 信仰にはこのように地方差・歴史・政治・解釈から発した宗派というものがあります、
 何を信じ、何を糧に、或いは神などを捨てて生きる事だって認められます。
 人はそれぞれです、其れで善いのです、ですが、わざわざこの様な所まで
 お越しくださり、有り難う御座居ました」

皐月が深々とお辞儀をして、修学旅行の面々も頭を下げると
彼女の後ろ姿が本家の家に向かっていた。

「今日は参拝だけのつもりでしたのに…大収穫ですわ!」

裕子のキラリンがいつもの三倍増しで興奮していた。

「口伝1800年の社…祓いの一族…凄い所を知っていましたね、十条さん」

高島先生が言うと

「四條院本家と言うのは話には聞いておりましたので無理矢理日程に入れて戴きましたが
 有り難う御座居ました!」

裕子はルンルン気分で

「宿に戻りましょう!」

こんなテンション高い裕子を見る蓬以外の面々は少々圧倒されてそこを去った。



三日目は自由行動の日、裕子の班は全部で四人だが、
これは今回の裕子の全行程を知った上で賛同した者で構成されている。
裕子、蓬については紹介は必要あるまい、後の二人は、
・考古学者志望の平沼橋 丘野(ひらぬまばし・おかの)。
・天王 光月(てんのう・みつき)お寺の子なのだが、小さい頃からどうしても
神道以外に馴染めないと言う違和感を抱えた子だった、この子も
裕子の合気道場で「やる気のある子」として昇級試験も受けている。
祓いの才能があるらしいが、系統が違うのか十条式の詞では伸びなかった。
ちなみに「て↑ん↓のう」であり、「てん↑のう→」ではない。

「これから昨日参りました四條院本家に行きますが…ある程度覚悟してください、
 迂闊に吹聴できない話題が含まれると思いますわ。
 一つは科学的に信じられるかという領域、もう一つは…今の日本では
 限られた人にしか知られていない領域を含む、と言う事です」

蓬がそれに

「祓いの歴史ってやっぱりどうしても裏の歴史になっちゃうんだね、何か悲しいね」

「それでも、わたくしはその血に、チカラに誇りを持っております」

「興味本位に近いのは私かぁ、うーん確かにヘヴィかもなぁ、考古学なんて
 実にシビアな学問だから」

丘野の言葉に光月が

「でも、実証する為に到達点を知っておく…これは決してズルじゃ無いよ」

「うん、そう言う考え方もあるね、なるほど、そうか…」

一行が四條院本家、日巫乎待社に再び訪れ参拝して、四條院本家に訪問した。
四人連れである事に皐月はちょっと面食らって、先だって裕子が言った
注意点を改めて示した。

蓬は
「十条と繋がりのある関内家としては今後訳アリ病院や、特定地域での
 祓いの活動に協力する機会も増える為、知っておきたい」旨を
丘野は
「考古学を目指す者として踏み込める領域と行けない領域の見極めの材料、
 或いは朱に交わりその専門筋として限られた働きでも構わないので知りたい」旨を
光月は…これが少々特殊であるが、寺の娘に産まれたが仏教に馴染めず、
宗派の違いとかではなく、小さい頃から神社や神道の考えの方が自然に馴染む事
そのため、祓いの力の断片のような物はあるらしいのだけれど、
十条式では発揮できないようで、自分の力を活かす為にそれを探したい旨を

それぞれが話すと、皐月は少々複雑そうながらも頷き、四人を通した。

「最初に天王さん、十条式では発露できないと言う事は、四條院式も
 期待は出来ないとだけ言っておきますね、非常に近い詞構成なので…
 ですが、神道の系列ならもう一つ…天野の家系があります。
 何故天野という氏を持つかは…これは古くはアメノ…詰まり
 「四條院」とか「十条」とかの漢字ありきの氏では無い、
 一番古くその氏で活動を始めていた戦闘特化の一族がありますので…
 そちらでもう一度その旨を告げてみてください」

「あ、はい…」

「あ、もし何なら今から呼びます?」

「え、いいんですか?」

「お暇なら…ええと…」

古風な扮装の皐月がその大きな胸の懐からスマホを取りだして連絡を取る

「あ、どうも皐月です…今、御奈加(みなか)さん手が空いています?
 わ♪ 良かった、じゃあ、今すぐ家に来てくださいって言づて願いますね♪」

あれ、何かテンションが違う…裕子がひょっとして…と思い

「アメノミナカヌシ…もしかしてそういう事ですか?」

皐月は微笑んで

「はい、天野家では代々中身はどうであれ、実際にどう育つかはまた別で
 生まれた子には…特に才能に溢れているのが判る子には神に纏わる名を
 …そのままでは申し訳が無いので少し捩(もじ)って名付ける慣習があります」

「アメノミナカヌシといえば至高神とも言われる世界の始まりに現れた神…
 期待されてその名をつけられたと言う事は…」

「御奈加さんはお強いですよぉ、私などそれに頼り切って運動がまるでダメで…w」

袖をまくり力こぶを作る真似をするが、なるほど、ふにゃふにゃで女性らしい体だ。

「パートナーでいらっしゃるんですのね、皐月様の」

裕子のちょっと確信に満ちた言葉に皐月は頬を軽く染めただけに留めた。
なるほど…四條院と天野のペアはその性別に依らずベストパートナーとなると
結ばれる事も多いと聞く、裕子は微笑んだ。



御奈加到着までに四人は大凡今までアルシナシオンで出てきた
「天照フィミカ」「玄蒼市」にまつわる話を聞く事になる、
主にケース:2、ケース:3第一幕、ケース:6などに関わる。

そして天照フィミカとは弥生時代に王家に生まれ、その才能から
第一次の黄金期を築いた偉大なる大君として慕われ治世も長かったが
人の寿命は尽きる、そこで巫女の一派が一計を案じ、フィミカ様の
体の若返りと共に千代の後の復活、必ずや彼女のチカラが必要になる時が来る
として「詞をカタチにして」石棺に刻み、バレないようにした。
老いさらばえ、いつまでも自分が王ではいけないとフィミカ様は生きたまま石棺に入り
「隠れた」分けだが、いつかの目覚めを見届ける為に四條院本家はここに置かれ
そして約千年後、本当に若返って目覚めてしまい大変な怒りを爆発させていたが、
過去の四條院の巫女が怒りをなだめたと、

そして今でも天照フィミカは生きている、玄蒼市内で。

そう言う話を聞いた。

「詞をカタチにするのは基本タブーなんです、意味の一つくらいならいいのですが文章は。
 制御が大変に難しく本来目覚めには最もフィミカ様が輝いた二十代の頃に戻る予定が
 十歳そこそこにまでなって居た物ですから、フィミカ様の怒りは、
 自分が必要だという我ら先祖の心では無く、その為に詞をカタチにした事でした」

確かに一足飛びに信じられる話では無い、弥生時代に生まれた人が
千年の間を置き生き返り、未だに生きているなど…

「あ…わたくし…」

と言って裕子が荷物から一枚のコピーを出した。
それはフィミカ様から弥生に宛てた「自らを全うせよ」という意味合いの書状である。

「まぁ…コピーですが確かにこの無駄とも言える勢い、フィミカ様の真筆ですわね
 十条弥生様といえば、その代わりに誰が玄蒼市に赴くかで私も候補に入ったんですよね、
 ただ、もう少し将来を見越して若い方が…となって東京近辺の四條院と天野の
 若い…当時高校生の彼女達が二人赴く事になったのですよ」

「叔母様一人で二人ですか…」

「はい、彼女の力は大変に強いと聞き及んでいます、あのおうじ↑も倒しています。
 …あ、おうじ↑というのは…(ケース:3参照)…という難攻不落でして…」

「判ってみればどうと言う事は無い…ただのルール破りだった…と言う事ですけれどね
 あの場にあやめさんがいらっしゃらなければ叔母様も葵クンも危なかったでしょう」

「一般の人の目って…時々凄く目から鱗なんですよね」

「はい、わたくしにとってもあれは祓いの力だけが全てでは無いと思い知った事件でした」

そんな時だった。

「ぅおーい、皐月ー来たぜー」

決して柄のいいとは思えない言葉遣いに戸の開け方で女性の声がする。
ハイハイハイ、と出迎えは家人に任せず皐月自らが「♪」まき散らしながら玄関まで行った。

「…うん、間違いない、同類ですわ」

裕子が呟き、蓬がそれに顔を赤くして

「それってその…女同士で…」

蓬と光月については寮では無い事もあり初(うぶ)度も高かったが、
丘野は寮住まいながら余り色恋に興味が無く、裕子とも十条が「古い家柄」
と言う事で考古学的興味から接し始めたという感じで、彼女も矢張り初(うぶ)だった。

身長が170cm台後半の皐月が軽く腕をパタパタしながら「♪」と飛ばしまくり連れてきた
彼女…身長180cm台中程、股上の低いジーンズを腰履きで、タートルネックで
ノースリーブの深い切れ込みで丈のやや短い体にピッタリしたそれを着た女性。
髪はほぼ無造作に長くしているだけ、前髪は何となく切っただけ、

とても野性的な…それでいてその露出した体で判る細くも大変に鍛え上げられた体には
うっすらと古い傷跡も見える、間違いなく、修羅を生きる人の様相であった。
そして、二人揃ってよく判ったことだが、皐月は左右で目の色の系統は同じ青系だが
右目がやや深い青灰色、左目がかなり薄い青灰色、御奈加は左目が緑濃色、右が薄い緑だった。

「うぉっ何だよこのJK集団」

JKって…

「…ん?」

御奈加が鋭い目つきになり、その視線は裕子に注がれた。
矢張り蛇の道は蛇、判る物なのだな、と裕子は改めて思った。

「なぁ、十条の…ちょっとご挨拶いいかな?」

と言って彼女は自らの顔の前で拳を握る、裕子は多少緊張した物の、勤めて平静を装い

「はい、構いませんよ、いつでも…」

御奈加はニヤリと笑い、ゆっくりとした動作で腰に差していた木刀などを床に置く…
と見せかけていきなり物凄い速さで裕子の正面にパンチを食らわせる!

「!!」

皐月を含め当人達以外の四人がビックリする。

裕子の眼前3cmほどで拳は「何かの障壁」によって止まっており、
裕子は顔の前で腕が×字に交差されていて、詞のチカラを行使していたようだった。

「皐月から0.75人前と自己紹介を受けたって聞くが…私の拳を止めるとは…
 一流と言って差し支えないぜ…」

「いえ…目の前10cm…めり込んでも半分までの積もりでした…貴女は今殺気も
 帯びていません、本当にわたくしを殺す気の一撃なら私はダメージは負わないまでも
 大きく後ろに吹き飛ばされていたことでしょう…なんてお強い…」

ハイレベルな綱引きがこそには在った事だけはクラスメート達にも判る。
皐月がハッと我に返って

「御奈加さん! 何をしているんですかこんな所で!」

といって腕をパタパタさせている。
完全にキャラが変わっている…御奈加の前でだけの皐月…なるほどこの二人出来てるのかも
とクラスメート達も思った。

「やっぱ十条の血ってのは滅多に発現しないだけに出てきたら強いってのは
 ホントだな…そして…おい、アンタ」

御奈加は光月を見た。

「は…はい!」

「なるほど…十条の詞は四條院とも通じる…それじゃあ力は発現しないな」

同じ事を言われた。

「で…ではどうすれば…!」

「知りたいのか? 知ればアンタは確実にイイトコ五十代には尽き果てる運命になる
 それでも十条ほど苛烈でも無いけどな」

光月は俯きながら

「私まだ…「見る」事は出来ません、でも違和感として霊を感じる事はできます
 邪悪を感じる事も…知っていてどうすることも出来ない苦しみは…
 これ以上味わいたくなくて裕子さんに色々指導賜っていました」

御奈加はそれを鑑みて裕子を見て

「そういや十条は体術にも長けている…裕子ちゃんとやら、ちょっと庭に出てくれるかい?」

裕子はしっかりとした真剣な目つきで

「はい」

皐月が焦って

「え…御奈加さん!」

「その子(光月)にその覚悟があるかの見稽古だよ…」

裕子と御奈加が庭に出て軽く構える。

「身体能力向上くらいは使わせてくださいね」

「おう、お互い待って居ちゃあ何時間でも出方を待つ事になる、一気にお互いで行くぜ」

「…はい!」

いつものほんわかキラリンでも、部活で見せる程度の動きでも無い、
裕子の本気の動きはかなり速く、そして美しかった。
御奈加も殺気とまでは行かないが裕子を獲物として仕留める積もりの動き!

一瞬の交差、そして二人はお互いの関節を片手で取り合って固まって居た。
ややも暫くそうして、お互いがお互いの極めかけた関節を解放し離れた。

「これ以上続けてはお互いの関節を痛め外れるか…」

「ああ、下手したら腕を引き千切り合う結果だな、ここまでだ…流石すぎるぜ…十条」

「いえ…やはり天野の祓いは荒々しく強い…よく判りました」

裕子がお辞儀をした、御奈加はそれに軽く応え

「と言う訳だ、どうもアンタ(光月)は系統としてはウチに近いらしい、
 武芸の中できっと「見たり触れたり」と言ったことはその実力と共に
 確固たる物になるだろうさ、ただし、拳で戦うって向きでもないようなんだな」

光月は

「では…どうすれば…」

「そーだな…皐月、私の木刀くれ」

皐月が「まったくもう…」という表情(かお)をしつつも木刀を投げて寄越し
御奈加にとってジャストなタイミングでそれが受け取れるようになっていて
「サンキュー」と自然にそれを空で持ち手を掴み受け取る。
こう言う所にも阿吽というかツーカーが見て取れる。

「あ、そうです、御奈加さん、塀の上のせり出した岩…そろそろ風雨に負けそう
 なんですよね、壁に落ちられては困りますので、庭に落としておいてください」

「おお、あれか…よし」

といって木刀を構えるとそれにほんのりと…でも裕子が発する青い光とは違う
赤いそれを纏い、御奈加は十メートル程を跳び、庭側にせり出した自然の岩を一閃した。

その岩はまるで鋭い刃物で切られたかのようにキレイに数メートル幅で切られ落ちる勢いで
更に御奈加の空中での三撃で分割され、庭に大きな音とちょっとした振動で落ちる。

家の奥からパタパタと女性がやって来て

「皐月さん! 御奈加さん! また何やってるんです!」

「あ…、済みませんお義姉さん…でもあれそろそろ崩れそうでしたので…」

「もう、そういう事はちゃんと家族内で通達してからお願いします!」

皐月がぺこぺこと謝っている。

「はは…四條院本家じゃあ、今は外から来た嫁さんが家の中では最強なんだぜ」

御奈加は笑いながら言い、

「と言う訳だ、私は主に木刀を使う、幾らでも用意できるし
 銃刀法に縛られる事も無いからな、だからアンタ(光月)も色々試して
 自分にしっくりくる獲物探しな、槍かも知れない長刀かも知れない、
 弓かも知れない、それこそ銃かも知れない、どんな手段で試そうが
 自分にしっくりくる獲物を探すんだね、合気は合気で続けるといいよ
 続けるウチに見たり触れたりという開眼もするだろう、そのチカラの程とかもね」

「あ…はい!」

そして、改めて和やかに四條院や天野の歴史から、それに携わった
十条の歴史…特にイツノメの所持者三代八千代の資料を裕子はほくほく顔で収拾した。
資料の多くは何百年も昔のモノであり、考古学志望の丘野も興奮した。

他の班はそれこそ自由に各地訪問やレジャーを楽しんだのだろうが、
裕子班にとってもそれはそれで実りある訪問であった。
ちなみに、と裕子はスマホに撮りためた「弥生・葵」「弥生先代扮装」「先代とおやい」
なども嬉々として見せ、皐月と御奈加も「へぇ…これが」と見入った。
あ、勿論裕子は二人の写真も撮ったw


第一幕  閉


Case:Ten 登場人物その1

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