L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:TEN 「修学旅行編・裕子の場合」

第二幕


四日目はまた移動、大阪で昼と少しの休憩を挟み、一路京都へ。
この辺りはカットさせて戴く。
「何もなく、移動半分だけど楽しく過ごせた」と言う事で納めて戴きたい。

一行はJRなどの電車では無く、バスでの移動だった為、ホテルへ直行する。
ホテルの人達の独特の出迎えの言葉にも新鮮みを覚え、ロビーに入った時であった。

「十条裕子さん!」

反射的に声の方に裕子含め数人が振り返ると、そこに居たのは

「蒲田 御園(かまた・みその)巡査部長、東京からここまで何故貴女が?」

裕子が声を上げると、ああ、なるほど「火消し係の人なんだ」と皆も判るが
東京からわざわざ恐らくは裕子直々に会いに来た意味とは…

御園は根岸女学校の特に引率の先生方に対して警察手帳の提示と頭を下げ、

「私もまだこちらの特殊配備課とは合流していませんのでまだ確実なことは言えないのですが
 ひょっとしたら日程中…裕子さんをお借りするかも知れません」

それに「ええー」と声を上げたのは裕子だった。

「…え、何かご都合がありましたか?」

「十条本家訪問と共に、竜安寺の石庭だけは楽しみにしておりましたのに…」

「あー…ちょっとそれは…私には何とも…どの程度の何が起きているかも
 判りませんので…とりあえず、就寝時間までお借りします」

と言うと、担任の高島先生が

「十条さん、お仕事のようです、それに先ずは集中して、少しでも早く切り上げるべく
 慌てず・急いで・正確な仕事をすれば良いのです、蒲田さん、彼女を宜しく」

ちょっと納得いかないという口をすぼめた裕子に学友達は「かわいい…」と思ったが

「ではあの…鴨川が近くですのでそちらの方に…と言われていまして」

「判りましたわ、参りましょう」

そこへ蓬が

「待って、京都だって長く都だった場所である以上、十条や四條院、天野の
 人達だって居る訳ですよね、裕子さんも必要になるほどの何かが起っているんですか?」

御園がそれに応え

「先だって申しましたが、私にもまだ判らないのです、でもどうやら今この京都では
 少し人材が足りていないようなので…それでだと思います」

裕子が考えて

「おうじ↑の影響でしょうかね…本州で展覧会を開くような都市で中心を担う
 祓いも幾らか倒されてしまったようですし」

「多分…、まぁその、詳しい内容は本当に私もまだ知らないので、こちらの方へ…」

と言って裕子は借り出されていった。
蓬は少し心配なような、でも弥生から「上級」のお墨付きを与えられ、
奈良でもあのいかにも荒々しいチカラの持ち主である御奈加とも渡り合ったのだ
大丈夫だ、大丈夫だ、信じるのが私の役目だ、と見送った。



鴨川に掛かる賀茂大橋と荒神口通との間の川縁に居るとのことで御園は
そちらに案内しようとするも、御園も京都は初めてなのか地図を見ながらちょっと困っている。
「相変わらず、可愛い人ですわね」と裕子は思いつつ

「仕事にはあれから何件か回られたのです?」

「はい、東京を中心に、新潟と長崎と…後は奈良ですね…六件ほど…」

「あれからまだ一ヶ月ほどですわ、大変でしたでしょうに…」

「いえ…本当に東京での最初の二件はビルや通りに憑いた悪霊祓い…
 時間帯も時間帯でしたし火消しとしてやることなどたかが知れていました…」

しかしその後溜息をついて

「新潟と長崎も祓いの方が手慣れていらっしゃったのか上手く人目も屋外カメラも
 無いような所へ誘導して…私の為なんですが…(しゅんとして)
 一番大変だったのはつい数日前の奈良でしたかね、全てが豪快でした…
 ある程度の年齢の方なんかは判っていらっしゃるようでいいんですが
 矢張り一定の好奇心に満ちた若い子や何でもスマホで写真に撮りたがるような
 人に対して、つい今朝まで火消し補助でしたよ(苦笑)」

「ああ…わたくし何となくその数日前の奈良で蒲田さんが担当補佐をなさった
 祓いの人々を知っているかも知れませんわ…」

「奈良も日程でしたね、何かお話でも?」

「いえ、一切…でも、何となく判るのです」

「祓いの世界は縁(えにし)の世界なんですかねぇ」

「そうですわねぇ…」

と、話していた時、丁度街灯と街灯の間、更に街路樹の間からガサッと音がしたかと思うと
裕子がいきなり早口で詞を唱えつつ両手にそれを移し両手を上げた。

衝撃音がする物の、それは裕子の手から更に上空一メートルほどの位置で受け止められた!
襲った相手…男…らしいそれは裕子の詞による防壁の余りの堅牢さに

「堅ってぇ…!」

仕込み刀の峰がこちらに向けられていて殺す気では無いのは御園も直ぐ判った。
裕子は余り感情を込めず

「天野の方ですわね…一度受けたことがあります…それに似ている…でも
 幾ら人の実力を見る為とは言え…」

裕子はいきなり壁の詞を解き、落ちる襲撃者の仕込み刀の峰を左手で挟み固定して
襲撃者が地面に落ちた。

「イテテ…」

見れば同じくらいの年頃の…高校生のようであった。
髪は多分天然で金髪のように色の薄い…(染めたのではないと思った)野性味のある少年。
裕子は明らかに不機嫌を思わせる冷たい目で(御園はこの目で弥生を思い出した、
 裕子も矢張り十条の女なのだとこの時思った)

「闇討ちのような真似は、無粋ですわよ」

左手に挟んで固定していた仕込み刀を解放し、裕子は周りを見て

「まだいらっしゃるようですわね」

すると茂みの中から

「やから言わはったでっしゃろ、こんやり方ン絶対気を悪くしはるって」

同じくらいの女子高生と、申し訳なさそうな私服警官が手帳を持って現れた。

「恵比寿警部補…! あ、裕子さん、こちら京都府警特殊警備課の方です」

裕子はその女の子と恵比寿警部補にはお辞儀をして

「力試しをなさりたい気持ちは天野の方共通のようですわね、でも
 奈良で会った方はちゃんと順序を心得ておりましたわよ?」

女子高生はその男子高生に駆け寄り介抱でもするのかと思ったら
仁王立ち気味になり

「血気盛んで達者(元気)がええやけなんて、かな人もアカン言うてるわ」

「判ったよ…悪かった、だが、いきなり連携しろって言われてもよぉ」

「そないゆーん(そういうの)、余計かなんわれへん(嫌われる)よ!」

仕込み刀の彼は立ち上がり、刀を納め、裕子に頭を下げ、

「悪かった、でもこれが一番相手の力量測りやすいし、十条なら
 多少の無茶は大丈夫って聞いてたから…」

「ごちゃごちゃ言い訳せん!」

夫婦漫才のようなそれに毒気を抜かれた裕子は携帯している公職適用時証明書を示し

「とりあえず、これからのことは公職と見做して宜しいのですわね」

「はい、いや、天野君が無茶して本当に申し訳ない」

恵比寿警部補が頭を下げる。
そこへ裕子が

「でも、少々お待ちください、ここは京都です、長らく都であった場所です
 なぜ、彼らとわたくしのようなまだまだな者が組み合わされなければならないのです?」

それには京言葉の女子高生が口火を切った。

「おうじ↑で天野が一人、そん後ン魔祓いで四條院と天野がそれぞれ死んでしもたんえ…
 ほして京都には天野ン主な祓いが居なくなって、コイツは東京ン方から
 来やはったんどす…亡くならはった四條院は、うちんねーさんどした」

男子高生がちょっと面白くなさそうに

「正確には中学まで東京…つっても山だけど…そっから奈良、んで俺だけが
 こっちの親戚に厄介になる事になった。
 こっちの天野で今、中上級クラスで動けるのは俺しか居ないんだ」

裕子も流石にちょっと同情的な表情になり

「なるほど…おうじ↑と魔ですか…それで今京都は一時的な祓い不足というわけ
 なのですわね?」

そこに恵比寿警部補が

「京都もそれなりに広いですし、都と言っても結構穢れた部分も多いですから…
 担当がある程度区割りになっているんです、それの割と大きな二区分を失った
 事は余りに大きな出来事でした…育てるべき才能の芽はまだあります、
 将来的にはまた安定するでしょう、でも、今この瞬間だけは…」

裕子がそれに

「皆まで言わずとも事情は察しましたわ、わたくしは十条裕子、
 四條院の貴女は名を何と仰有るのでしょう」

「ウチは、四條院 咲耶(さくや)と言います、宜しゅう頼んますえ」

「関西地方の言葉とアクセントの女の子って可愛いものですわね」

裕子がちょっと頬を染めキラリンとした。
まぁ確かに修学旅行生とか他地方の人に言われることはあれど少し戸惑う咲耶に
御園が耳打ちで事実を告げた。

「彼女…レズビアンなんです…」

うへっという驚きが顔に出つつ、身のこなし、詞の速さ、効果の強さ、
相手の武器を指の間で挟んで固定するなど、なるほど十条のオールマイティーさが
よく判った面、そしてその言葉遣いに違わない上品且つ弁えた仕草、
別に咲耶自身その気は無いつもりなのだが、ちょっと顔を赤らめてしまった。

黙ってないのが天野の坊やで、「おいおいおい!」と立ち上がり

「聞こえたぞ、咲耶! それでいーのかよ!」

「なんもうち、こン人に惚れたとか一言も言うてへんでしょ!」

裕子はキラリンと

「大丈夫ですわ、同世代は基本的に「アウト・オブ・ターゲット」ですの、うふふ」

「基本的にってなんだよ! 例外もあるってコトじゃあねーか!」

「貴方は彼女の恋人ですの?」

裕子の聞き返しに二人は「えっ」と固まってお互いを見て顔を赤らめつつ

「ちっ、違げーよ! 別にそんなんじゃあねーよ!」

「そないよ! うちかてこないなヤツ、なんとも思ってへんし!」

当の二人以外の二人の刑事と裕子は「青春だなぁ(ですわねぇ)」と思った

「天野の方は…少々お待ちください…ええと…ひょっとしてですが…
 「アメノトコタチノカミ」から天野 常建(つねたて)とかそう言う名でしょうか」

京都の三人+御園も驚いた。

「な…何でオレの名前を正確に…」

裕子はふふん♪とスマホから写真を読み込み提示した。

「ねーちゃんと皐月さん! あんたねーちゃんとやり合ったのか!」

「強かったですわ、正直に申しまして貴方より何倍も」

常建は判りやすく悔しそうにした、十歳ほど年が離れているしキャリアが違う事を
差し引いても、姉にはどこか適わない気がしていたからだ。

「ねーちゃんは…目標にも出来ない天上の人だ…悔しいけど、それは
 生まれた順番でもキャリアの差でも無い、天性のモンだ…!」

裕子はスマホを仕舞いながら

「それはどうでしょう、わたくしの叔母様、十条弥生はわたくしなど遥かに及ばない
 強く美しく恐ろしく、そして優しい方ですが…それでもわたくしには叔母様には
 出来ない事も出来ます…常建さん、貴方には貴方の道があるはずです。
 御奈加様と同じ土俵を目的にするのでは無く、違う角度から
 「貴方らしさ」を追及すべきでは無いでしょうか、そう思いますわ」

オマケに同じ高校三年生だというのに何かを悟ったこの物言い、
咲耶はホントにちょっとだけ「惹かれる」感覚を覚えた。

「なんて凛々しい…」

「あー! おいおいおい!」

「なんよ、今んアンタより、かな人ン方がよっぽど頼りになる素晴らしい人やわ!」

夫婦漫才になりそうな気配を察知して恵比寿警部補が

「まぁまぁ、でも天野君もまだ若い、沢山男を磨けばいいじゃないか
 どうすれば磨かれるんだ、とか沢山悩めばいいんだよ、でもそれは
 自分の為じゃないよ、大事な、大切な人の為だ」

ちょっと弱気の気の漂う人かと思ったら、なかなかの捌き上手、裕子は少し
この警部補を見直した。

「それで…自己紹介でこんなに長くなるとは予想外でしたが、事件のあらましを…」

何のかんの一時間は潰れてしまっていた。



「いや…済まないね…居酒屋に連れて行く訳には行かないし…
 何か京都らしい店でもと思いつつ普通の店で…」

恵比寿警部補の案内したのは丸太町通と河原町通の交差する所にある
びっくりドッキドキ(ハンバーグ屋)、裕子はそれでもキラッキラしていた。

「聞いては居りましたが来るのは初めてでしたの! 餃子ノ玉将も気になっていたのですが…」

恵比寿警部補は笑って

「あっちは店舗が狭くて会議するような場所には向きませんのでね…w」

なるほど、お嬢様だからごく普通のチェーン店ですら知らなかったりもするのか…
こんな普通の店でこんなにテンション上げられるなんて羨ましい…と学生二人は思った。

「あら…? 450gが上限ですの?」

裕子がメニューを見て呟いた。

「え? そうですよ? でも450gって結構なものですよ?」

と御園が言うと、警部補も頷いたが、これに関してだけは咲耶と常建の方が同情した。

「足りねーよな、プレートメニュー二つ+何か単品くらいじゃないとさ」

「ウチはそこまで食べへんやけど、ほんでもプレートに単品二品くらいは欲しいな」

裕子はまたちょっと不満げに口を尖らせつつ
(それに関しては全員「あ、ちょっと可愛いかも」と思った)

「う〜んでは…おろ紫蘇バーグ150とフォンデュ風チーズバーグ150…
 …そしてもう一品…これを300gの方で…これが迷いますわ…」

三プレート食う気か…流石十条、何から何まで規格外だ…と思いつつ、
食事しながらでも話しましょう…という警部補に裕子が待ったを掛け

「食べる時は食べることに集中する、美味しいとかそう言う一言は構いませんが
 仕事の話などは無粋ですわ、ちゃんと段階を踏みませんとね」

弥生式美学を裕子も持って居た。
何だか物凄くおっとりしていてほんわかキラリンのような、でも鋭い刃のような時もあれば、
ちょっと蠱惑的な小悪魔のような、そして何かを悟って生きているような
裕子という人物に計り知れなさを感じた他の四人だった。



食後の飲み物など一息タイム…と思いきや裕子と咲耶はデザートで何を頼むか
二人でメニューを見てアレコレ思い悩んでいて、常建は呆れ顔で

「オメーらまだ食うのかよ」

「デザートはデザート、基本でしょ、そないな事」

「そうですわ…ショコラパフェかカフェ・アフォガートか…悩みますわね」

「決めた、うちシルキー食感純なパフェにしよけ」

「そう来ましたか…ではわたくしは珈琲メリーゴーランドで」

「ちょいずつ交換しよけね、裕子はん」

「ええ、そうしましょう、ウフフ♪」

楽しそうな女子群、どことなく面白くなさそうな常建に何気なーく警部補が御園に

「蒲田さんはいいんですか?」

「あ…ええ、したくもないダイエット中で…w ここ数日でやっと
 お肉まで食べられるようになりましたけど」

裕子がそれに

「かなりの物を見てしまわれたようですわね、あやめさんも最初は大変だったようです」

「ええもう…この世で最悪な地獄を…あ…思いだしたら…」

御園が喉元を押さえようとするそのスキマに裕子は詞を込めた右手を触れ

「貴女が見た物は現実でしょうがそれは今の視点では過去のこと…
 恐らく祓い人との連携で「一時的に見えるように」したが為の
 副作用だったのでしょうけれど…もう大丈夫ですわ、それはもう
 祓う事は出来るだけの幻覚…悪い夢…そうお思いください」

御園の喉元に当てられた裕子の手の上に乗った御園の手を通して
その十条特有の淡い青い光が染みこんで行く。

「…落ち着きました…不思議なほど…」

「体術も詞も両刀遣いなんて正に十条ん人ね」

警部補はちょっと困ったように

「これから仕事の話をと思いましたが…デザート中もダメですかね?」

「デザートは別ですわ、皆様の珈琲と一緒です、構いませんけれど…
 ひょっとして結構な現場写真がありますの?」

常建が相変わらず面白くなさそうに

「吐くんじゃねーぞ、オレはもう幾分慣れちまった」

警部補がそれに応え

「ま…第一発見者になったりしてるからね…」

「そうですか…では念のため予防しておきましょう…」

「あ、ウチもそないしよけ」

警部補はちょっと意外という感じに

「十条さんは余り凄惨な現場というのは馴染みがないですか?」

「あやめさん…私共の担当の人の右腕が引き裂かれるのを見て治したくらいですわね…
 流石に臓物がどうという所まではわたくしは今のところ…なので、予防しておきます」

裕子の詞には淡い青い光、咲耶の詞には淡い緑の光、詞は同じようなのに、
その光は違っていた、御園がそれに常々思って居たらしく、

「それ…不思議なんですよね…詞は同じなのにどうして色が違うんだろうって
 全国回って熟々思いました」

祓いの三人の内の誰かが言うのかなと三人共が遠慮し合った空気が流れ
「僭越ながら…」と警部補が代わりに。

「力の源の違いだそうです、そしてそれをどう言う経路で具現化するかという
 違いでもあるそうですよ、天野は赤、四條院は緑、十条は青…
 そして…祓いの頂点と言われるフィミカ様は白だそうです」

「まるで光の三原色ですわね」

警部補は笑って

「そうですね、そう、つまり全てを併せ持つ人、その人こそが頂点と言う事のようです」

裕子は頷いた。

「彼女が目覚めた時、怒りで山が一つ吹き飛んだそうですわね、
 しかも吹き飛んだ山のあらゆる生き物は生きたまま、無事地に降ろされたと
 そう四條院本家で聞き及びました。
 我を忘れるような暴走でもないのにそれ…確かに凄まじいお方のようですわね」

「天野や四條院じゃ語り草でね、オレも小さい頃から結構聞いた。
 何があっても、従うべき我らのキミメ様とね」

「ええ、うっとこ(私の家)かて(にも)そない伝えられています」

常建と咲耶の言葉、それが伝わってないのは十条だけ。

「やて裕子はん、気にしはることはあらへんよ。
 伝承や継承を途切れへんことを辞さず天野や四條院ん祓いを支えることに全神経を
 注いやんが十条はんなん、ほしてわいらは金銭的な事を余り気にせず活動できとるんやから」

ちょっと複雑な思いもしたが、裕子は慰めてくれた咲耶に微笑みかけた。
咲耶の顔が少し赤くなる。

「おいおいおい!」

「天野君、君もいちいち反応しなくても…いやまぁ…気持ちは判るけどね」

意中の人を紅潮させているのがレズの女というのでは確かに…警部補も苦笑した。

「あ、私もうなんか凄く大丈夫です、不思議なほど落ち着きました、
 会議始めましょうか…あ、私にも和風パフェくださーい」

調子を戻したと思ったら女子デザート会に加わった御園に流石に警部補もちょっと呆れた。



「赤毛布の切り裂き魔?」

裕子がデザートをぱくつきながら物凄く普通に現場検証写真に見入っている。
被害者の傾向としては女性は若い方がいいようで、押し倒すように前からバッサリ
男は特に年齢制限は無く、数は少なめで後ろからバッサリ
まるで刺身にでもするかのように細切れにされたものもあれば、
二・三度斬ればもういいや的に放置した物もある、しかしいずれも
一刀両断、かなりの切れ味の物を持っているようだ。

「まるで福井の未解決事件かそこから端を発した怪人赤マントか…
 そんな感じで赤い大きな布に包まれ、刃物だけがギラギラ光る魔なのですね」

警部補が驚いて

「よくそんな古い都市伝説とその原因と思われる事件まで知ってますね…
 その通りで、赤い毛布なのか布きれなのか…それに身を包んだ者のようです
 一般人にも目撃情報がありますので…魔と言うことで警戒レベルを上げました
 天野君も追ったそうなんですがかなり素早いヤツのようで…」

警部補はコーヒーを一口飲んで

「被害はここ十日ほど…周辺に被害状況を打診しました所…十二日前の山梨を皮切りに
 十一日前長野南部、十日前岐阜と滋賀の間…そして…八日前から
 大体二日おきくらいに少しずつ京都中心部に迫り、京都中心部隣に到達が
 六日前、そして今…この中心部で四日前と二日前に一件ずつ…」

裕子と咲耶と御園が仲良く一口ずつお互いのを食べ合っているというとても
凄惨な事件の話をして居ると思えない光景の中で裕子は言った。

「違いますわね、これは魔ではありません、凶霊に近い怨霊…
 被害者の共通点にはまず前から襲われたものは女性が殆どと言う事…
 男性の犠牲者は目撃して逃げようとした所を後ろから…と言うように
 傾向が御座居ます、男を切り刻むのは余り趣味では無いと言う感じで…
 古い伝承か都市伝説が生きていた頃に死んだ方のようですね、
 これは霊の仕業です、ただし赤い布と刃物だけは本物ですわね…」

「な…何でそんな事が判るんだよ !?」

目撃者でもある常建が裕子に噛みついた。

「そこに御園さんが絡むのだと思いますわ、何か情報を持っていますわね?」

「あっ…ハイ…と言いますかこれ、警視正から渡されたんですけど…」

その資料を警部補に渡し、警部補が読み進める。

「展示されていた重文の刀剣…ただし贋作…とはいえ、本物とまるで見分けのつかない
 精巧な贋作を二振り盗まれていた…? しかも監視カメラには盗んだヤツはまるで
 写っていなかった…これ、いつの話なんです、蒲田さん」

「ええと…私がどうも出張中だった時のことのようで二週間ほど前のようです
 詳しいことはその報告書に」

「二週間…」

裕子が水を飲みながら

「写真の死体の断面はただの刃物の切れ味です、魔物は自らの武器を持つ場合、
 他に武器を用いないのが原則です、己の武器は己の姿その物の筈…そして
 それの纏う禍々しい跡が見当たりません、本当に刺身でも作るかのような
 普通の肉片なのです、若い女を切り裂きたい欲望だけに特化し、
 手段は判りませんが赤い布と刃物を「持つことが出来る」強い霊だと分析しますわ」

「…確かに…オレは姿もちらっと見たが、目撃者は赤い布と血の滴る刃物しか見てねぇ…
 魔は見える人を選ばねぇ筈…確かにかなり強い凶霊(目的特化型)と言える
 でも何でそんな魔の痕跡とかが判るんだよ?」

「わたくし料理をしますので、よくよく見れば死体ももうただの解体した生き物
 と言う感覚しか持てませんでしたわ…それが大事な人とかなら話は別でしょうけれど」

他の四人はぞっとした、裕子にとって心の繋がりがなければ人の死体など
何という事も無いと言うことだからだ、そして裕子は続けた。

「京都にどんな思い入れがあるのか判りませんが、或いは古い戦で死んだ霊の
 欠片を取り込んでもっともっと剣術なりを磨いた魔に昇格するつもりなのかも…
 その辺りはお目見えした時にでも伺いましょう、このタイプは嬉々として語りそうですし。
 とにかく魔に昇格だけはさせてはなりませんわ…そうなったらこの三人ではキツイかも…」

裕子が冷静に分析すると、常建が噛みついた。

「俺達じゃ足手まといだって言うのか!」

「わたくし「も」です、それに落ち着いて聞いてください「魔に昇格したら」です。
 そうなったら恐らく五月様、御奈加様のコンビでも命の危うい状況になるでしょう
 つまり、もうこれ以上犠牲者を増やす訳には参りません。
 斬る楽しみをこれ以上増やしてもいけない、そして、端霊に成り下がった過去の
 武士の霊などを取り込ませる訳にも行かないのですわ。
 赤い切り裂き魔の二日おきと言うのが取り込みモードと、欲望を満たすローテーションなら
 出没するとして今夜でしょう、今夜しかチャンスはないと言って過言ではありませんわ」

裕子の強い主張。
そしてそれは最悪を見据えての前提…一気に皆にやる気が燃えたぎるが、警部補が

「ただ一つ、困った事に出現場所の特定が難しい…天野君の探知力も範囲はそれほど
 広くないですし、四條院さんのは距離は稼げても手間が掛かる…」

「常建さんとは一度まみえているのですわね?」

「ああ、掠りもせず余裕で馬鹿にしたように逃げられたがな」

常建は面白くなさそうに言った。

「ふむ…では、少々作戦が御座居ます、フィールドの剪定をしたいのですが…」

「あ、京都御所とその周辺の道路はヤツは寄りつかない、そこだけはな」

常建の言葉に裕子がキョトンと

「どうしてですの? まぁ、御所そのものは何となく判りますが…」

「丁度頃合いだよな…あんた「無念さん」見たことは? 奈良にも行ったんだろ?」

「あ、いえ…それが丁度そう言う所を回避…或いは時間帯が合わなかったか…」

「そうか、時間も大事だからな、おし、作戦立てがてら
 「なんで御所の回りもダメなのか」見せてやるよ」

常建の言葉に、咲耶も警部補も頷いた。



びっくりドッキドキを出て、御所側に歩き、そして寺町通という通りに入った時だった。

「そん霊は、生きた人やモンには殆ど影響あらへんよ。
 せやけど、おんなじ霊や魔になると偉い怖い…まるでブラックホールみたいに作用しはるん」

なるほど、そこには相当古い官職と思われる服装をした帯刀もしてるが力なくただただ
通を歩く霊が居た。

『口惜しや…悔しい…なにゆえ我が…』



そう言う思念も確かに伝わる。
確かに生きた人や物には影響は及ぼさない、ただし、霊や…そして祓い人に対しては
非常に強い引力を持つ触れては行けない領域になっているのが判る。
裕子も背中がぞくっとした、祓いの力の無い警部補や御園には判らない事だが
裕子ですらその反応をすると言うことにやはり、恐怖の片鱗を改めて味わった。

「あれがうろつく範囲にだけは絶対来ないぜ、まぁ区画一丁も渡ればいいようだけどな」

「…判りましたわ…では…フィールドは…逆に相手の得意そうな場所にしましょうか…
 わたくしの作戦ですが…恵比寿警部補、今すぐ京都府庁を一次明け渡させてください」

「府庁を !?」

裕子以外の全員が驚いた。


第二幕  閉


Case:Ten 登場人物その2

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