L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:TEN 「修学旅行編・裕子の場合」

第三幕


今まで何度か「霊」と「魔」について語ってきたと思う。
しかし、メインの舞台が北海道という明治になってから本格的に開拓された地であった
為に、少々判りづらい面があると思うので、補足させて戴く。

神や魔というのは、そもそもが自然、自然現象などから人が感じた感謝や敬意、
そして畏怖や恐怖から生まれた物がメインである、人口のまだ少なく、国と言う概念が
無かったか希薄だった頃などは特にそれが顕著であったはずだ。
しかし、人の世の統治が広範囲に、長期に及ぶにつれ、伝承などから
かつての英雄や大悪人などがその対象になり、新たに神や魔に昇格するようになる。

人の営みが長くなり、人口も増えて、宗教にも地方差や、或いは征服などによる
合併などが現れてくるようになると、より複雑になってくる。

ある所では性による儀式からくる巫女の最大級の権化として女神であった物が、
別な宗教に取り込まれ、その宗教観、人間観から男性の悪魔というように、
それでも信仰がそれぞれ別に続けばそれぞれが別々に存在するようにもなる。

ローマ神話がギリシャ神話を基にしていたとして、それでもローマに残る信仰などから
ユピテルとゼウスはまた違った神とされるように。

霊は単に人の死んだ残り香のような物、その思いによって霊験あらたかな人にとって
益のある物になったり、邪悪な悪霊になったり…

そして更に歴史を重ねると、その行いや、同志の霊などと融合することも出てくる。
霊とは、生きた人間ほど余計な迷いや考えのないそぎ落とされた物になっていって
そう言ったことも起りやすくなるのだ。

善行を基にした霊は格を上げ、精霊(四元素的な意味合いでは無い)や神になる事もあり、
そして邪悪な霊は格を上げると魔に昇格するのだ。

精霊や神というのは基本波長の合う人にしか見たり感じたりは出来ないが、
他者に対して害意を持つ魔は誰もがその対象と言う事で、基本隠れようとしない限り
誰にも見える、と言う訳である。

閑話休題。

恵比寿警部補が「無茶な!」という顔色を深め裕子に言った。

「府庁を使うなんて…しかも24時間体制の課もあります! 京都府警本部もあるんですよ !?」

裕子はそれに応え

「尚更好都合ですわ、箝口令も敷きやすいですし」

御園が

「でももしそれでその切り裂き魔が府庁内にでも侵入したら…!」

「選択としては余程追い詰められた場合考えられなくもないですわね、ただ…
 どうも二刀遣いのようですから、廊下や余り広いとは言えない場所は避けると思うのです、
 武器は現物です、折れたり曲がったりしてはそれだけで相手の不利に繋がりますから」

なるほど…常建が

「じゃあ…逆にそこへ追い込もうと?」

「それも一つのやり方ですけれど、かなり早いのでしょう? 追い込めますでしょうか」

咲耶がそこへ

「常建、アンタ早ういごく(動く)やけなら出来はる筈でしょ?」

「だがそれじゃあ威力が稼げねぇだろ」

「…せやなぁ…」

裕子がちょっと溜息をついて

「とにかく、ある程度の広さのフィールド領域が稼げて、箝口令…
 火消しのしやすい近場は府庁だと思いますの、協力を要請してください。
 職員の方々は一時的に避難してもいいですし、刀という現物を操る以上
 刀をターゲットに攻撃、あるいは防御するという手もあります」

恵比寿警部補が…深く考えた表情をした後

「…判りました、一時間ほど時間をください、でも、どうやっておびき出すんです?」

「…話を聞く限り、霊はかなり調子に乗りやすい個性のようです、考えがあります」

警部補と御園が頷き合って

「では、来てください、天野君も咲耶ちゃんも公職適用時証明書は持ってますよね、
 全員で手分けです、私の名か、東京の公安特備の名を出しても構いません!」

裕子の作戦内容が今ひとつわからないまま、とりあえず五人は動き出した。



京都御所が通を挟んで直ぐのホテルに中嶋根岸女学校は宿泊していたが、
二十三時…ロビーにはまだ裕子班の他の三人が裕子の帰りを待っていた。

奈良で四條院本家…皐月や御奈加の祓いの歴史を聞いたばかりだ、気が気でなかったのだ。
そこへ、高島先生がやって来た。

「貴女達、もう消灯時間は過ぎてますよ」

光月がそれに先ず

「でも…祓いについての歴史を幾らか聞いてしまったんです…だから心配で…」

丘野が

「裏も裏の歴史…日本の正史の中で日の当たることなく生きてきた歴史…
 あの…おっとりとしていつもニコニコしている裕子さんも矢張りそう言う世界の人
 なんだって昨日思い知って…その裕子さんが借り出されるような事態なんて…」

蓬もそれに続いて

「信じるしか今の私達には出来ません…でも余りに心許なくてそれで…待っているんです」

高島先生は「やれやれ」という気持ちで「ふぅ」と一息つき

「判って居るではありませんか、信じるだけ、それでいいんですよ。
 その思いは形にはならずともきっと十条さんの心にあるはずです、
 信じて待つのは、ここでなくても、帰ってきたその瞬間でなくてもいいはずです。
 むしろ、心配しすぎてここでモヤモヤとしている方が十条さんにとって
 或いは重荷となるかも知れませんよ?」

三人とも俯いて黙った、高島先生はそして

「明日朝なら「お早う、お帰り」と、明日昼なら「お帰り、大変だったね」と
 それでいいじゃないですか、「帰ると信じていたよ」って、それでいいんですよ。
 さぁ、貴女達は貴女達の信じるという役目のためにも、明日に備えて寝ましょう、
 ほら、さぁさぁ!」

ちなみに高島先生は十条と繋がりと言うか、弥生の姉(長女はもう四十を越えている)と
友達であった、弥生の姉一(姉二も居る)は別の十条に嫁いでしまっているし
祓いの力は無かったが、そう言う伝統があるらしいくらいは聞いて居た。
だから、裕子が祓いの力を持った子だと言う事は聞いてある程度…
裕子が中学一年として入学した頃には弥生が既に大学生で祓い歴五年と言う事もあり
祓いのこともある程度聞いて知っていて目を掛けていた(贔屓という意味では無い)。

弥生という人物と出会ってある程度その仕事ぶりなどを知り、阿美と言った愛人が
居る事、でもその愛人は弥生を信じていていつでもポジティブに弥生と接していた。
友人と愛人では違うかも知れないけれど、基本そこの「ドコに壁を設けるか」など
人それぞれである、思春期なら尚更だ。

だから、友情でも愛情でも、当然帰ってくるモノとして信じて自分は自分で生きること
それが何よりの相手への心遣いなのだと、高島先生は逆に教えられたくらいだった。

「少しくらい傲慢な考えでも、自分たちの為に必ず帰ってくると信じて普段通りなさい、
 十条さんはそれを望んでいるはずです。
 関内さんも、平沼橋さんも、天王さんも、いいですね?」

三人は渋々承諾という感じではあったがそれぞれの部屋に戻っていった。
三人を見送ってから、先生が呟いた。

「ここで待つのは友達の弟の娘で教え子でそれでいて訳知りの立場の私がやることですよ」

三人の座っていたロビーの席に高島先生が座った。



日付の変わる頃、京都府庁第一号館屋上ヘリポートの上に五人が揃った。

「それで、ここからどーするんだよ?」

常建が指示に従ってばかりなのは癪に障るって感じでぶっきらぼうに言った。

「…先ず前哨戦ですわね…即席トリオに火消しも即席コンビ…とりあえず
 恵比寿警部補…銃は携帯されていますか?」

「ああ、魔ならある程度効くと思っていたから…しかし霊となると…」

「問題ありません…と言いたい所ですが、これを…」

と言って裕子はボーチの中から革袋を取りだし、警部補に渡した。

「9mmパラベラム弾は使用できます?」

「…え…これは…」

「叔母様プロデュース祓いの刻印入り特製弾丸ですわ、六発あります」

「…何の因果か特殊捜査でもあるだけにベレッタ92Fだ、ストライクな弾丸だよ、
 じゃあ…カートリッジ内のを取り替えるから、少し待ってくれ」

咲耶が驚いて

「十条はんは銃も使うん?」

「…正確には叔母様が銃を良く使っていまして…いちいち詞を込めずとも
 使えるという事でわたくしにもある程度練習しておいてと言われては居るのですが
 …(苦笑しつつ)わたくしには余り射撃にセンスがないみたいで…w
 この場はより確実な方にお渡しするのが正しいと思います、
 ちなみに弾は当たれば祓いの対象と共に昇華されますので当たりさえすれば
 火消しが楽にもなりますよ、威力は、相手によるとしか言えません」

何でも出来そうな人なのに苦手なこともあるんだ…と思うと咲耶も常建も何か少し
ホッとした気分になった。

「そして蒲田巡査部長、貴女は多分携帯していませんね?」

「はい、補佐役と言う事でまだそこまでは…」

「ではこれをお使いください、二発しか撃てませんが、訓練その物はされていますよね?」

「レ…レミントン・デリンジャー…これ…セーフティ無いですよね…」

「しかもわたくしの指に力に合わせやや引き金も甘くなっております、
 撃つ際は利き手人差し指で銃身を支え、中指で引き金を引いてください」

はわわッ…と言う感じでそれをおっかなびっくり受け取る御園の姿に
「この人大丈夫かな…」と裕子以外の三人が思った。

「そして先ず、特備のお二人には相手が見えていて貰わないと困ります。
 赤い布や刀など、その気になれば一時的に捨て去って襲いかからないとは限らないからです」

恵比寿警部補が

「なるほど…そうだね…祓い弾なんて物を持っている以上それがバレれば考えられるし
 何より正確な姿が判らないのでは射撃にも影響を及ぼす」

そこへ咲耶が

「あ、そん詞うちが二人に掛けるよ、四條院は十条はんと違って詞特化で体術は個人差が
 おますやけど、そん代わり詞ん使用制限は十条はんよりすけない(少ない)はずよ」

その言葉に裕子が詞を額に込め、自分の前髪と咲耶の前髪をそれぞれ上げて額をくっつけた。
裕子の瞳を迂闊に真正面から見た咲耶はまた頬を染めた。
何やら喚きながら爆発しそうになる常建を必死で止める警部補。

「…本当ですわ…わたくしの1.5倍は多く使えますわね、流石に詞の四條院…
 では、お願い致しますね、やって欲しいことは、特備の皆様に
 「ここから四半日ほど見ることと、霊会話が出来るようにする事」
 わたくし達三人の守りの詞、最強硬度で頼みます、
 あとは咲耶さん自身に飛翔の詞と、身体能力向上は…?」

「あ、かんにんえ、ウチそっちゃん修行追いついて無くて…ちびっとなら使えるやけど…」

「判りました、では身体能力向上はわたくしが…」

「オレはいらねぇ」

ムスッとした常建が言う。

「スピードで負けて言える台詞ですか、常建さん」

裕子は真顔で言った、彼のプライドに思いっきり五寸釘を刺す言葉だった。

「意地で戦って意地で負けて後は知らないと言える立場でない事を貴方は胸に刻んでください、
 わたくしが気に入らないなら構いません、今ここで即興で組んだだけのトリオですものね。
 しかしわたくしはそれで全体が崩れ負けることだけは容認できません、
 わたくし達は勝つ為に今ここに居るのです」

全くのド正論…

「それにわたくしは貴方達の戦いに於ける度量をまだ今ひとつ知りません、貴方が本当は本当に
 物凄い人なのかも知れませんけれど、でしたら尚更勝率は上げなければなりません、
 わたくしには帰りを待つ人が居ます、友達が居ます、彼女達の為に
 わたくしは何が何でも勝たなくてはならないのです、いいですわね?
 貴方の個人的感情などわたくしの知ったことではありません」

咲耶はその通りだと思ったが、流石に「男のメンツ」に拘り
「姉には適わない」というコンプレックスを抱えて生きる常建を可哀想に思って

「裕子はんん言葉はきついやけど、そん通りよ、常建…今は勝つことやけ考えよう」

常建は俯きながら

「…東京の田舎に住んでた時ねーちゃんにも言われたよ
 「オレは男だから」「男なんだから」ってそればっかり言って拘りすぎると
 アンタ早死にするよって…その時は奈良から家に修行を兼ねて同居してた
 皐月さんが「でも男の子だから仕方ないよね」って慰めてくれて…
 オレはそれに甘えたんだ、その時のねーちゃんの冷たい目は忘れられねぇよ…」

「わたくしは叔母様に憧れています、あんな風に成れたらと思います。
 …でもわたくしは叔母様ではありません、十条裕子として立ち位置を見つけなければ
 ならないのです、でなければわたくしが存在する意味などありませんから
 さぁ、身体能力向上の時間・中、効果中の詞を全員に使います。
 落ちるだけなら30メートル、垂直ジャンプ20メートルいけるはずです、
 これは祓いの力の有無の制限は実は受けません、特備のお二人にも使いますわよ」

「飛翔ん詞は祓いん力に依存しはるから、うちやけでええん? 二人は?」

「負担で無ければ三人共で宜しくお願いしますわ、では、わたくしも詞を…」

プライドに突き刺さった五寸釘はそのままに、裕子の詞を受ける常建。
それでもやっぱり彼は「絶対オレが仕留めてやる」という表情に満ちていた。

裕子はその目の光を見逃さなかったが、もう自分が何を言っても届かないと思った。

「後は咲耶さん、飛び詞も四條院の得意でしたよね?」

飛び詞とは…まぁ飛び道具系の詞である。

「当然、いけるよ、四條院はそれがでけへんと初級にもなれへんから」

「羨ましいですわ、十条は余りそちらに力を割けなくて…それで銃など
 出てくるのですが…それで…詞の属性を「聖(ひじり)」にしてください、
 もう一段上の「破魔」という物も玄蒼市にはあるようで威力も高いのですが、
 これを言葉に変換すると余りに長すぎて詞で代用するには向かないので」

「おん、判った」

警部補がそこに

「よし…大体準備は揃った、確かに…(といって軽く5メートルほどジャンプする)
 僕の身体能力は向上している、せめて足手まといにはならないよう、出来る補助に心がけるよ」

裕子は微笑んで

「頼みましたわ、御園さんも」

「あ…はい、でも…ここからどうするんです?」

裕子は霊会話でも周り中に響き渡る…とはいえ、それはきちんと
赤い切り裂き魔だけに届くよう指定までして専用の詞を喉に込め

『わたくしは北海道からわざわざ貴方を倒す為に派遣されました、
 怪人赤マント気取りの切り裂き魔さん、わたくし十条裕子と申します!
 さぁ! 腕と速さに自信がおありのようですからどうぞ存分に…
 どちらが勝つか勝負と参りましょう!』

うわ…偶然なのに「わざわざその為に来た」とか挑発的な事を…と全員が思いつつ、咲耶が

「いてるよ! 嵐山ん方角やわ! こっちゃん様子を窺ってる!」

続けて専用霊会話で

『祓い人は三人、一人は貴方も見知っているでしょう?
 怖じ気づきましたか? 罠を張っているかも、とか臆病風にでも吹かれましたか !?』

なおも挑発…

「…来はる!」

咲耶のその言葉のホンの直後、ソイツは裕子に斬りかかっていたが、
裕子は咲耶とは別に自分の防御壁を展開しそれを受け止めていた!
早い! 矢張り早い!

『…堅いが…怨を込めれば削り取れない堅さじゃあねェな…』

切り裂き凶霊が呟く、その瞬間仕込み刀の常建が斬りかかるが、
切り裂きはそれをちょっとビックリした様子で躱しながら

『ボーズ…以前より早いな…だが、それじゃあまだまだだ…クハハッ』

切り裂きは挑発してきた裕子に先ず狙いを定め圧倒的速さで斬撃を幾度となく繰り返すも、
裕子はその太刀筋を利用し、上手くそれを最小の力と詞の防御で捌いている。

『動きもいい…だが矢張り…削れない堅さじゃあないな…いつまで持つ?』

そこへ咲耶の「聖の投げ詞」や、一気に勝負を決めたい常建がたびたび突っ込んで行くも
ことごとく躱される。
ここから先は霊会話は全員出来る物として特に区別しなければならない場合を除き
会話は全て普通の「」で行う。

相手の斬撃を受け流しつつ、裕子はふぅと溜息をつき、切り裂きに話しかけた

「こんなのではいつまでも勝てませんわよねぇ、貴方もそう思いますでしょ?」

「ああ…北海道なんてド田舎で歴史も浅い所からやって来たなんて
 期待してなかったお前が一番手強いがそれも防戦一方…どーするんだよ、こんなんで」

「そう…例えば…」

裕子は相手の一瞬の隙を突き、両手の壁で斬り先の両手を挟み、

「祓いの頸木(くびき)…」

祓いそのものの力は弱いが、相手の動きを封じる為の枷のような物を
裕子は両の足先から出し、斬り先の膝関節裏に掛け押し倒すカタチに持ち込む。
今だ…! 誰もがそう思い、常建は上から袈裟懸け、咲耶はボディ部分への聖飛び詞、
そして特備の二人も警部補は二発、御園は一発、撃った!

仕留めたか…!

常建の刀は僅かに自由の利く「斬り裂き」の手首の動きから刀で受け止められ、
咲耶の詞も、特備の二人の三発の弾丸も当たったのだが、それは赤い布越し、
赤い布に穴は開くし、確かに当たって幾分昇華するのは見えた。

「うう…」

裕子が少しずつ力で押される、斬り先は殆ど無傷であった!

「てぇーしたモンだ…確かにこの女…もう四日前…いや二日前でもかな…
 そん時だったらやばかったかも知れねぇ…クハハッ…
 だが俺も祓いの追っ手が掛かるくらいは百も承知…準備はさせて貰ったぜ!」

力比べで押し合うのは切り裂きにとっても若干不利と思ったか、
力一杯裕子をはね除け、一定距離を取る。

「祓いの弾丸なんて、そんなモンあるんだな、銃自体に祓いを込めるってんなら
 知ってたけどよ…さてどーする、ただの人間のようだが俺もバッチリ見えているようだし
 先に消させて貰うか…」

その素早い動きで切り裂きは狙いを定め斬りかかる!

「…狙うならデリンジャーの彼女…見え透いてますわよ…」

間に入って詞の防御で防いだのは裕子だった。
ここに来て斬り先の顔は明らかに不機嫌に寄った、裕子に先を読まれているのが
癪に障ったようだ。

そこへ警部補が背後から三発、切り裂きに向けて近い場所をほぼ正確に撃った!

「うッ…! クソ…腕のいい奴!」

斬り先の背中の一部が祓われたらしく、先程と違い、ダメージが通ったようだ!
一瞬、その刃の先は警部補に向けられていたが、それは常建が二本の刀を
一本の仕込み刀で止められるよう受けていた。

「フン、オレもちょっと分かってきたよ、お前の単純さがな!」

その隙にジャンプして後ろに回り込み、なるべく正確に同じ所を撃とうとする
警部補に向かって片手の剣で常建を牽制しつつ振り返りもう一振りの刀で
斬ろうというタイミングで今度は咲耶の飛び詞!

「チッ」

切り裂きは回避行動に重点を置かねばならず、銃弾からも、詞からも逃げられるように
体をひねりながら空に浮かび飛ぶ、そこを狙い澄ましたかのように一発の弾丸が
斬り先の右目を撃ち抜き、右目が祓われる!

「…ほ…本当にあそこに行きましたね…」

撃った本人である御園が驚きを隠せなかった、裕子は撃つべき箇所を指示していたのだ。

「さ…御園さんはこれで弾が尽きました、後ろの扉から階段室へ避難してください!」

「は…はい!」

しかも逃がす算段まで立てていたと来た物だ、連携が取れているのか取れていないのか
でもそれは確かに裕子によってペースを作り上げて行かれ、その通りに
コマが進んでいるようだ。

驚愕と怨と怒りを滲ませ、切り裂きは体を震わせた。

「慌てないでください、王手はまだ先ですわ」

更に裕子は挑発する。
そして切り裂きも「釣られている」と判っていつつ、裕子の冷たい視線には
どうしても我慢がならない!

そんな時、また一気に勝負を決めようという勢いで常建が突っ込み、
咲耶も補佐になるよう飛び詞で幾らか逃げ道を塞ぐように打ち込む物の、
斬り先の剣技は確かに高く、飛び言葉は躱されつつ、常建もいなされる。

「クッソぉぉおおおおお!」

叫んだのは常建だった

「なんでだ! 当たらねぇ!」

悔しそうだった、その悔しい気持ちは判る咲耶もちょっと切なそうな顔になった。
そして切り裂きは狙いを裕子に定め斬りかかり、裕子はまた両手の詞の盾で
それを華麗に捌きながら叫んだ。

「当たり前です! 貴方には素晴らしい速さがある、なのに全てを一発で決めようと
 ばかりしています! そんな直線的で直情的な動き、幾らわたくしが身体能力を上げても
 手練れには読まれ効かなくて当たり前ではありませんか!」

喋りながら防御というのは矢張りちょっと制御が甘くなるらしく、
盾は少しずつ削られていっているようだが、それでも裕子は続けた。

「貴方達は役目が逆なんです! 男だから決める、女だから補佐する、
 そんな事に拘って居ては貴方達は上級になんてなれませんわ!
 常建さん! 折角のスピードで相手をとにかく牽制し動きを止めるように
 動いてください、確かにそれでは一撃が弱いでしょう!
 でもダメージの蓄積は出来ます! そこへ咲耶さんが強く詞を込めた
 範囲性の高い飛び詞でとどめを刺す、そう言う分担でもいいではありませんか!」

常建と咲耶がお互いを見る、確かに…その方が確実だし、お互いの得意に適っている
不思議と裕子の言葉は癪に障らなかった、その時、常建の赤い瞳の左が少し濃くなり
右目が薄く変わった、咲耶も、その緑の目の右が濃くなり、左目が薄くなる。

そんな時、裕子がとうとう壁と壁の隙間を突いて通された刀によって右肩に
深くそれが刺さり、苦痛に歪んだ顔になる。

「クハハッ…説教にかまけて防御に身が入りきらなかったツケが来たなぁ…
 体に掛けた詞の防御なんて今の俺の怨を込めた剣先なら何てこともねェ…
 これでもうお前の右はほぼがら空きだ…切り刻ませて貰うぜ!」

斬り先の言葉と共に、常建と咲耶がお互い頷いた。

「!!」

切り裂きの動きを読むように、そして倒そう、と言うのでは無く
裕子を守り、牽制する、という隙の無い動きになって常建はあっという間に
斬り裂きを自分の牽制の動きの中に入れた。

警部補はそれを微笑んで見上げ

「手を掛けたね、上級の壁の上に」

「裕子はん!」

「大丈夫ですわ…こんな傷…直ぐ無かったことに出来ます…それより…
 貴方にはやるべき事があるでしょう?」

素早い常建の牽制から逃れようとしても、その動きすら読まれまた牽制の動きに入れられる
流石の切り裂きも焦った、そう「一気に仕留めよう」なんて動きは早くても躱せる、しかし
自分が裕子にそうしたように、少しずつ動きに制限が加えられ、反抗しようとすると
少しずつダメージを負わされるようなその素早く正確で且つ直線的でない動き!

「咲耶ァ!」

常建のかけ声に咲耶が

「これで…昇華しなはれ!」

咲耶渾身の力を込め大きく膨れあがった飛び詞のそれは手を離れると投網のように
広がりつつ、切り裂きに向かって飛んでくる!
逃げようにもそう言う動きを見せれば常建がその先を読んでくる!
常建はもう全力を持って斬り裂きの動きを牽制することに集中していた、疲れても
限界が近くてもそうした!

避けられない!

着弾の瞬間、常建はやっとそこを離れ、そして切り裂きは「聖属性」の
投網式連鎖反応型の投げ詞でソイツを包み込み、それは確かに昇華していった!

やった!

常建と咲耶、そして勝利と共に二人の成長に立ち会えた恵比寿警部補と、
扉のスキマから勝負の決まった瞬間をのぞき見た御園は喜びの笑みを浮かべた。

……赤い布がぼろ切れになってひらひら舞い落ちると、そこには…

「…危なかったぜ…端霊を体中に纏ってなければ今ので完全お陀仏だ…
 やっぱり今日の今日で良かったなァ…祓いを屠れば俺もそろそろ魔に昇格か?」

愕然とする常建・咲耶・警部補、御園、そして警部補が呟いた

「そうか…同じ所を何度も撃たないとダメージが通らなかったのは…
 食う為だけじゃない、鎧にするために体中に端霊を纏っていて…
 今の攻撃でそれを全部はぎ取っただけ…と言う事だったか…だが…」

警部補が残り一発の祓い弾を撃つ、
ふん、そんなもの…と言う感じでこれを刀で払おうとした時にそれは来た。
裕子が一瞬で斬り裂きに迫り、その右腕の関節を取って弾に当てさせた!

そこは人差し指!

「…流石に腕や手首と言った場所にまでは隙は作れませんでしたわね…
 でも刀を持つ者なら人差し指を失うことの重大さは判りますわね?」

「裕子はん!」

「あの一斉射撃後のダメージの軽さでおかしいと思って居たのですわ…
 祓い弾の威力は相手に依る…それは間違いなくとも聖属性の詞にまで
 彼は体のドコにも欠損がなかった…赤い布はただの赤い布では無く、
 その内側にびっしりと端霊を纏っていた…」

「クハハッ…刑事さんもあの瞬間で弾を一発だけってこたもうねぇんだろ、
 ボーズやおじょーちゃんにももう同じ事もう一度やれったってそんな
 気力残ってねぇだろうさ…確かに右手人差し指は祓われちまったが…
 今…、お前を全力で切り刻んで殺す!」

裕子はその意思を百も承知とばかりに、ヘリポートから一気に飛び降り、
駐車場スペースに行く!

「そんなトコロに逃げたって無駄さ! 追い詰めてやる! クハハッ」

裕子は飛翔と身体能力向上を併せ、なるべく直線的にならないよう、
ランダムな動きで守りの盾の詞で切り裂きの切っ先を躱しながら府庁敷地内の
狭い所にヤツをおびき出そうとしているようだが、そんな裕子の読みなど
お見通しとばかりに切り裂きもその先を読んでそれを阻止、
裕子は仕方なく府庁敷地外新町通から御霊町京都地方検察庁に回り、北側の
東長者町、元頂妙寺町の路次に誘おうとするも、切り裂きはそれを先に読んで
民家の屋根…裕子は広い場所に追い込まれてしまう…

「裕子はん!」

「くそ…! 俺達は最後確かに全てが重なった…! 勝てたと思ったのに!」

咲耶や常建の言葉に、警部補が、

「いや、君たちは確かに成長したよ、今回はヤツが少し上手だったけれど…
 とにかく咲耶ちゃん、ヤツと彼女を見失わないよう、そして
 チカラはまた少しでも一発でも使えるように気を鎮めて追うんだ!
 蒲田巡査部長もいいですね! 四人で追います!」

「…は…はい!」



「無駄な足掻きをするなァ、お嬢さん…さっさと切り刻まればイイ物を…
 防戦だけで何する気だ? 言ったろ? 切り刻めない守りじゃねェってよ!」

裕子のセーラー服の右側に切れ込みが入れられ、右太ももにも軽く切り傷が…

「くっ…!」

裕子も流石に苦渋の表情を見せるが、切り裂きもちょっと苦渋の顔で

「今ので足を貰おうと思ったのに…やっぱり堅ぇな…まだやる気って事か!」

ずんずんと裕子を追い詰め、龍前町のまた高い建物のひしめく区間の上に
裕子を追い立て、対峙する形になった。

建物の東西の端と端にそれぞれが立ったその時、
この一瞬、と裕子は守りの領域指定を行おうと詞を込めるも、その展開前に
切り裂きは切り裂くのでは無く、タックルのように裕子にぶつかり、落下させる動きに出た!

斬るだけに拘らなくなった斬り裂きの行動に裕子は一瞬隙が出来、飛翔が遅れ、
身体能力向上にしても足場にする場所を失った空中に一瞬放り投げられた形になった!

そこへ「この瞬間!」と切り裂きが裕子に迫る!

急いで追う四人の内、状況の見えている咲耶が

「ああ! 裕子はん!」



ホテルの自室で、高島先生にああは言われた物の、それでも眠るなんて出来ず
蓬はカーテンを少し開け通を挟んで目の前に見える京都御所に向かい祈っていた。

「祓いはひいては歴代の天皇家…この日本のために命を燃やしていた人達です
 どうか、どうか裕子さんにお力添えを…」

そう、祈っていた。

そんな時である…、窓の外、上から気配がすると思ったら落ちてきたのは裕子!
そしてうっすらと存在を感じる事の出来る狂気をはらんだ何者かに握られた
二振りの刀が裕子を切り刻もうとし裕子は何とか詞を展開しつつ体をひねるも
彼女の長い髪の毛と共に軽くではあるが背中まで切られた様が丁度眼前で
繰り広げられ、そのひねりの時に裕子の視線が蓬と合った!

「裕子さん !!」

落下中なのであっという間だったが、今のはどう見たって「攻め立てられた」状況
蓬の心の中が絶望に包まれようとしたその時、
霊会話、蓬専用チャンネルで蓬の心の中に直接裕子の声が聞こえた。

『よもぎさん、心配なさらないで、王手…取りましたわ』

あの状況が勝利の動き !?

蓬は窓に張り付いて裕子の姿を探したが、真下では無い、烏丸通という国道367号線の
向こう側に裕子は寝転がっていて、裕子を追い立て切り刻もうとしていたヤツが
それに迫り覆い被さろうとしてる所だった、何となくそれが見える!

あれが裕子の王手 !?


第三幕  閉


Case:Ten 登場人物その3

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