L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:TEN 「修学旅行編・裕子の場合」

第四幕


「クハハッ…追い詰めたぜ、お嬢ちゃん…守りの領域展開は使われちまって
 二メートルほどのまァまァ堅い領域があるが…さっきより弱っているぜ…
 ジワジワだがお嬢ちゃんに迫れる…ジワジワ刀に切り刻まれる恐怖を
 味わゝせるってのもなかなかいいモンだなぁ…クハハッ」

そう、切り裂きは少しずつ、じわりじわりと裕子に迫っていた、
裕子に近くなればなるほど矢張り堅くなるのだが、時間の問題!

龍前町の南、長者町通りから現場が見える場所まで到着した四人にも
それもう絶望の状況にしか見えなかった!

「裕子はん!」

「十条さん!」

咲耶と御園が叫ぶ、ホンの数時間前仲良くパフェを交換し合って食べたこと
凜としているのにどこかほんわかキラリンとした裕子の笑顔、
それがもう風前の灯火だというのか!

「しょうがねぇ…オレが最後の力を振り絞ってでも…!」

と常建がそう言った時だった。

裕子の笑い声が聞こえた。

「うふふ…フフ…あはは、あはははははは!」

裕子の高笑い、でもそれは、追い詰められた絶望からの逃避で出た笑いでは無い
勝利を確信した笑いであった、四人も、そしてホテルから見守る蓬も驚く。

「貴方は攻めに勤しみわたくしは防戦一方…そんな風にしか思ってませんでしたの?
 滑稽ですわ…! それなりに用意をしていたというなら貴方ももう少し
 知略を巡らすかと思いましたのに、貴方は所詮獲物を追うことだけに
 夢中になって周りの見えなくなるような…狩人としては失格なお方ですわね、
 …貴方の負けですわ!」

「俺の負け !? 俺の負けだとォォオオ? 今こうしてじわりじわりとお前に迫り
 お前の守りの領域は堅くとも、切っ先はもうお前の数センチ前まで迫っているこの状況で
 負け惜しみも大概にしろよォ !?」

「…貴方…こう考えはしませんでしたの? わたくしは敢えて貴方の油断を誘うために
 削られるように、そして今はじわりじわりと領域を侵すように攻め込むように
 誘い込んでいた…そういう風には思えませんでしたの?
 今貴方はわたくしの領域にめり込んだ分だけ背中側の方にわたくしの領域が
 覆い被さっている状態です…貴方…今一歩でも後ろに引けます?」

ハッ、として切り裂きは後ずさろうとするも

「う…動けねぇ…前にも…後ろにも…手も…足も動かねぇ!」

「硬度強、貴方は完全にその場に固定されました…
 そして貴方は今ご自分がどこに居るか…判っておりますの?
 わたくしを追い立てると行動しつつわたくしに誘導されていたことが判りませんでした?」

そして裕子はもう一度笑った

「うふふふふ…確かにもう常建さんにも咲耶さんにも貴方を完全に祓う力は
 残されていないでしょう…でも貴方を無に帰すだけなら別に祓い人など要りませんわ」

その時、切り裂きと共に追ってきた四人も驚愕した! 烏丸通の向こうからそれはやってくる…
ホテルの蓬にもそれが何となくだが判る、漆黒の意思を持つ霊…

「アイツ…無念さんを使う気か !?」

『口惜しや…悔しい…なにゆえ我が…』

そんな思念が切り裂きに迫る、位置も切り裂きの方が先に触れる、勿論それも裕子の計算の内…

「や…やめてくれ! あんな規格外の思念の固まりなんて!
 俺が完全にヤツに吸収される! やめてくれ!」

裕子はヤレヤレと倒れた姿勢から座る姿勢になりながら

「本当はわたくしもひと思いに貴方を無念さんにぶつける方法を考えて居たのですけれど…」

裕子は髪留めから10cmくらい先…40cm程斬られた黒髪の切断面に触りつつ

「折角叔母様にあやかって似たような感じに伸ばそうと思って居ましたのに
 そのわたくしの個人的な恨みを、晴らさせて戴きますわ…」

裕子は冷たい絶対零度の目になり

「大人しく府庁で倒されていたら叔母様のように「また来世」って
 言って差し上げましたのに、貴方にはもう、無になって戴きます。
 精々無念さんの燃料としてその力を捧げてください」

四人はぞっとした、裕子の方が悪霊より怨を掘り下げられる、それでいてそれを
祓いのチカラにも昇華する、それが十条の強み…肉を切らせて骨を断つ十条戦法…
裕子は確かに、十条の祓いの女だ。

『口惜しや…悔しい…なんでうちが…』

無念さんが裕子の領域に迫ろうという時、裕子はあえてそちら側から領域を緩め解き
切り裂きは断末魔の声を上げ無念さんに向かって吸い寄せられ、引き千切られるように
その身を完全に無念さんに吸い取られた。

そして裕子は立ち上がり、新たに詞を展開し、その守りの指定領域を少し変質させて
切り裂きのいた空っぽになった領域に無念さんが到達した時無念さんをそれで覆った。

そしてそこは車道なので、裕子は車の流れを見つつ、歩道側…詰まり四人の方に戻って来た。

「…あのまま肥え太られても困りますものね…もう彼には霊も近寄れないようにしました
 咲耶さんは彼をブラックホールに例えましたが、ブラックホールには温度がある
 つまり放射をしていると言うこと…ホーキング輻射というのですが…
 ブラックホールは吸い込む物を失ってしまえば長い時間を掛けて蒸発する…
 そのように、彼にはもう餌を与えないようにしました…」

裕子は歩き去る無念さんを見送りながら

「一応千代の食み断ち…としましたが…数百年後には充分祓える弱さになっている事でしょう、
 そして日本が日本である限り、未来の祓いが彼を祓う事になるでしょう、それでいいですわ」

北海道の歴史が浅いとかそんな事では無い、裕子は立派に日本人の職人魂を持ち、
数百年後を見越した仕事を最後に残したのだ…「成り立ての上級」とは思えないほど
その仕事は鮮やかで美しかった。

常建は裕子に向かって頭を下げた

「感謝しかねぇ、有り難う…オレを何だかんだ一段上に引き上げてくれた…
 オレのやり方を示してくれた…やっと…やっとねーちゃんを意識せず活動できそうだ…!」

裕子は微笑んで

「いいえ、咲耶さんとペアを組む限りいつかは気付いたことでしょう、
 わたくしはただ、それを今夜にしただけ…きついことを言いました。
 こちらこそ、ご無礼をお許しください」

裕子のキレイなお辞儀。
咲耶はそんな裕子が(ソッチの意味を含むかはあやふやだが)好きになって

「うちやっぱり裕子はんが好きやわ、お連れ(友達)って事でええよね?」

と言って裕子に腕組みをして微笑みかけた。

「おいおい…でもまぁ…感服したぜ…オレもダチその二って事で宜しくな」

常建が手を差し出す、裕子はそれに応え握手をした。
警部補も御園も心が晴れやかになった、府庁から外に出たことで
火消しは少し大変になってしまったが、それでもいいと思えた。

裕子は少し歩き、ホテル下に落ちた自分の髪を拾い…
それは領域指定を纏っていて殆どばらけず落ちていた、結構な量のキレイな黒髪を警部補に渡し

「鬘(かつら)屋さんにでも寄付してください…はぁ…これで叔母様とはわたくしも
 違う方向に髪型を変えませんと…」

裕子がもうすっかり用のなくなった髪留めを解くと、矢張りキレイに
ボブくらいの長さになってしまっている。
裕子はポーチから櫛を出し、櫛と髪留めでそれを調整しながら
右だけボブ、左側はアップ、前髪はそのまま…そんな髪型にして手鏡でそれを見て

「ま…これはこれで善しとしましょう」

「裕子はん、よお似合ってるよ」

咲耶の言葉に裕子は微笑んで見せてスマホを取りだし、弥生の写真を見せて

「わたくしの尊敬する叔母様です、こんな風に髪型もしたかったのに、致し方ありませんわね」

少し気怠い、アンニュイな雰囲気を纏いつつ透き通るような肌とそれでいて
鋭い光を秘めたその姿、確かに美しかった、京都組三人は見入ったが、
御園はそこに

「確かに弥生さんは魅力的な人でした…そして恐ろしさも併せ持つ人でした…
 でも裕子さん、貴女も…何だかんだ十条の祓い人ですよ」

裕子は微笑んだ、恵比寿警部補がそこに

「とにかく…午前一時か…僕と蒲田巡査部長はこれから本番ですが…
 三人は早く寝てください、特に天野君と咲耶ちゃんは上級に登った疲れもあるだろう
 お互いの瞳を見てみなさい」

二人は見つめ合い、そして天野と四條院の上級の証である左右で濃さの違う瞳を
確認し合って「あっ」と声を上げた。

「常建、なかいなかええ感じよ」

「ああ、お前も…」

見つめ合って、でもそんな空気を微笑ましく見つめる他の三人に気付き

「でっ…でもあれだぜ、今度はでかいの何発でも撃てるようにお前も精進しろよ!」

「常建かて、もっともっと持久力付けなくちゃあかんよ!」

ラブコメみたいな二人のペア、他の三人は苦笑してとりあえず、その場は解散となった。



裕子がホテルに戻ると、高島先生が居て

「お疲れ様、さ、部屋にお戻りなさい」

裕子はお辞儀をしながら

「少々ホテルの前で騒ぎを起こしてしまいましたね、申し訳ありませんでした」

「移動半分でしたもの、殆どの人はぐっすりよ、でも、班の子達の所には
 早くもどってあげなさい、おやすみなさい」

「はい、お休みなさいませ」



裕子が部屋に戻るとそこには班の子全員が揃っていて、裕子は微笑んだ。

「ただ今戻りました、よもぎさんには驚かせてしまって申し訳ありませんでしたわ」

裕子の切られてしまった髪、そして怪我はもう見えない物の、幾らか斬られたか
少々ボロになった制服と滲んだ血。

班の三人が裕子に抱きついて、泣きまではしなかったが
「信じていたかったけど心配して眠れなかった」という気を発している。
裕子は三人に慈愛の心を持ち。

「わたくしは絶対にここに戻り皆様と合流するつもりで最後まで居ましたよ
 ですから、わたくしは絶対に負けません」

そこへ蓬が

「裕子さん、私…何となく霊が見えたんだけど…」

裕子を含めた三人が「えっ」と驚き、裕子が

「先のすすきのでの事件で長時間わたくしの祓いの気に触れたことで
 見方を心得てしまったようですわね、祓いの力ではありません…
 わたくしと同調したと言いますか…でも、ひょっとしたら鍛錬で
 少し…少しだけですよ? 祓いを持てるかも」

ええっ、いいなぁ…と声を出したのは光月だったが、

「私も考古の分野から当時の衣装なんかの研究で見るだけは見たいなぁ…」

と丘野も呟き、裕子は微笑んで

「まぁまぁ…それでは先ずお三方とも合気を本格的にやりましょう、
 そして、光月さんには…伝手で色々体験して貰いましょう、
 心身を鍛えることで、才能にある程度関係なく「見る」「触れる」
 「悪霊でない範囲で逝けない魂を祓う」くらいは出来るようになると聞きます
 もし覚悟がおありなら、わたくしも道半ばながら指導致しますから一緒に精進しましょう」

三人は頷き、裕子も頷いて

「とりあえず、眠いですわ…皆さん眠りましょう、お休みなさいませ」

当の裕子がこのノリ、三人は顔を見合わせいつものほんわかキラリンに近い
裕子に苦笑しつつ安心してお休みを言い合ってそれぞれの場所に戻った。
(二人部屋構成、裕子は蓬と、丘野と光月で一部屋)



翌朝、朝食時にちょっとした騒ぎになったのは言うまでも無い。
裕子の髪が片側ボブというショートになって居たからだ。

「ま、少々お高い勉強代でしたわ」

と言うばかりで平然としていたが問題はもう一つ。
根岸女学校の制服はセーラー服、スカートは膝下5cm(上じゃないんだな)と
校則で決まっているのだが、裕子のスカート右側思いっきりぱんつが
見えそうな位置まで切れ込みが入ってる。
上着の「無かったこと」まででとりあえず手一杯で
(傷を直すこと、無念さんを囲う領域を作るのに残りの力の殆どを使った)
スカートまで手が回らなかったこと、幾ら女子校といえど、その気のある生徒も
居る訳だし、先生方もちょっと困ったな…と思いつつ、とりあえず朝食を済ませ
裕子も安全ピンなどでなるべく開かないようにはしてロビー集合になった時だった。

「裕子はん!」

快活で、それでいて可愛らしい同年代の女学生と、
ちょっとワイルドな風貌だがカッコイイと言えばカッコイイ男子高生の二人がやって来た。

「まぁ、咲耶さん、常建さん、どうされました?
 あ、先生、少々宜しいですか? こちら昨夜の仕事で一緒になって友達の
 四條院 咲耶さんと、天野 常建さんです」

二人が先生方や生徒達にお辞儀をすると(常建はちょっと頭下げるくらい)
女学生達の目がキレイに常建と咲耶に分かれる、「そういうこと」であるw

流石に二人は面食らいつつ、咲耶が

「あの…きんのは裕子はんをお借りしたんや、ほして…裕子はん、
 制服切り裂かれとったから…これ…ねーさんにゃやけど着られへんかいなって」

その方言の発音と声…ちょっと常建の方に回りかけてた目がまた咲耶の方に
「かわいい…」というオーラと共に注がれ、「何だこの女子校…」と常建も思った。

「悪いですわ、貴女のお姉様のものと言えば…」

「ええよ、ねーさんはんかて、きんのんことで喜んでくれてると思う、
 やから裕子はん、着てね、多分…サイズは合うから」

「そうですか…? まぁ確かにこれではちょっと…祓いの力も今は
 かなり底を着いておりますし…」

裕子が受け取ると、常建がまた結構な荷物を持っていて

「あとこれ…今朝ねーちゃんが皐月さんと持って来た」

それは…

「…あ、注文した巫女服ですわね、わざわざ届けに?」

「それもあるけど、今回の祓い、長引きそうならねーちゃん達が
 請け負うって話もあったんだってさ、ねーちゃんの推薦で裕子が
 適任って事で…まぁ実際その通りだった、ねーちゃんに初めて褒められた気がするよ、
 で、これ渡して言うだけ言ったら速攻帰って行った。
 祓い人なら何かの縁でまた会う事もあるかも知れないからって」

裕子は物凄くキラリンな表情で

「有り難う御座居ます! わたくしの方からも大変勉強になりましたとお伝えください」

「ああ、じゃ…確かに渡したぜ」

「あ、そう言えばお二人は学校宜しいのですか?」

「午前中だけ火消し手伝いさ、あ、アンタはいいよ折角の修学旅行楽しんでいってくれ」

「そないよ、京都んことはわいらに任せてーな、皆はん楽しんでおくれやすね」

咲耶が裕子を中心に全員に言うとお辞儀をし合う、裕子はちょっと中座して着替えに行く。

戻ってくると、裕子は制服上とベストは羽織らず、ブラウスとリボンタイ、
そして濃いめの色のチェック柄のスカートの出で立ちで現れ、ちょっと心苦しそうに

「気温も高めですし、校章が入っているのはまずいかなと…あと結構昼は
 暑いですので、下とブラウスとタイだけお借りしますね」

咲耶はニッコリして

「よお似合ってるよ、札幌に戻ってから送ってくれればええから、気兼ねなく着ていってね」

ちょっとスカートの丈の短いのが…と言っても今時膝上5cmなど当たり前すぎるのだが
気になるようでちょっと恥ずかしそうに、でも裕子は笑って見せて

「では、行って参りますね」

こうして、京都二日目、団体行動の日には全員が揃って行動できた。



班行動自由見学日。

竜安寺の石庭は団体行動には入っていなかったので、班の四人で先ずそこに
出向いて内装などを眺めたりしていたが、裕子に至ってはずっと石庭を眺めていた。
綺麗な正座で背筋も伸びていてまるで彼女自身もその中の風景であるかのような
溶け込みようだったので、他の観光客(外人さん含む)に写真を求められたりしたが
彼女はつたないながらも英語で「では、わたくしを風景の一部としてならどうぞ」と
微動だにしなかった。

あらかた見学を終えて他の三人が戻って来た頃にはそんな有り様で数人の
外人さんに囲まれている状態。
「こ…これは戻りづらい…」と思って居ると、裕子がそこで初めて三人の方へ顔を向け
「ご一緒に如何です?」と来たもので、

「別に正座など気にする必要はありません、座りたいように座り見たいように見る
 それでいいのですよ、ただ、目の前の風景は「世界」であると言う事だけを思って」

これまた蓬たちが慣れない英語で「自分たちは彼女のクラスメートです」と説明し
四人で並んで石庭を眺めている。
裕子を見ると、とても満足そうな表情(かお)をして居て、余程好きなんだな…と三人とも思った。

その様子もまた景色の一つのようでバシバシ写真を撮られていたがw

午前十一時頃、「そろそろ行きましょうか」という裕子の一声で
四人は竜安寺を後にして、門前まで出た時であった。

「よお」

そこに居たのは常建と咲耶であった

「お二人とも、何故ここに?」

裕子がびっくりして問いかけると咲耶が

「裕子はんん所んせんせに聞おいやしたら、今日は自由行動で
 竜安寺ん石庭を見たがっとったから、そこにいてると思うって聞いてきたん」

「で…でもまた学校は…」

「へへ…公職って事でフケてきた」

「いいんですか、そんな事して…」

流石の裕子も少し呆れ気味だがそこへ常建が少し真剣な表情で

「裕子じゃなくてさ、その三人…裕子の気に当てられたのか
 祓いって程じゃないけど自分で危機管理が出来るくらいのチカラ付けられそうなのと…
 あと、光月って誰だ? ねーちゃんがその子に学校の施設とか知ってるトコ使って
 色々体験させてやれって言われててさ」

光月がそれに

「あ、はい、私です!」

常建は光月をじっくり見た。
女子校だから男っ気に飢えているタイプでは無いのか光月はただそうするに任せたが
咲耶が額にちょっと怒りの青筋を立てつつ我慢してるのを裕子がなだめる。

「オレの見立てだとアンタは弓って感じがするな、他の二人も
 やって見るか? 集中力とかも鍛えられるし」

実は、午後から十条本家に裕子は参じることになって居たのだが、
流石に他三人の来訪は渋られていたこともあり、ひょっとしたらそっち絡みの
要請のあったのかも知れないな、と裕子は思い

「どうです? やって来ては」

蓬は少し寂しそうに

「うん、でも十条と繋がりのある私もダメって結構厳しいね」

「まぁ…北海道十条なんて分家も分家もいい分家ですからねぇ…
 とりあえず、お昼だけ何か食べてその後はお二人の高校に迎えに行きますわ」

「おん、嵯峨埜高校ってトコやから、あ、電話番号とメルアド交換ええ?」

「いいですわ、常建さんはどう致します?」

「う…」

ちょっと困った、その葛藤の正体は裕子もわかった、そして咲耶が

「なんヘンなトコに気を使こうてるんよ、交換すればええでしょ」

「じゃ…じゃあ…」

と交換して、竜安寺すぐ側の智足庵と言う所でお昼を済ませた後、彼らの高校の前で
二手に分かれてそれぞれがそれぞれの時間を過ごす事になる。



夕刻、嵯峨埜高校の前で下校生徒も居る中、自分の所の高校の夏服なのに
見たことのない、そして凸凹凸なプロポーションの子が居て見てくる生徒に
ニッコリとお辞儀をするのはいいのだが、彼女は折りたたみのキャリーカート
二つにどっさりと風呂敷包みの物を積み込んでいて、誰かを待っているようだった。
下心七割くらいの男子生徒がそこへ標準語ベースだがイントネーションが京都って感じで

「君…ここの生徒…?」

「いいえ、咲耶さんのお姉さんの物だそうです、お借りしまして…
 今はここで咲耶さんと常建さんと、クラスメート三人を待っております」

「常建…って事は君も祓い人?」

どうやら、この学校でもある程度彼らの事は知られているようである。

「はい、と言っても祓い人としては駆け出しなのですが、北海道で…」

下心七割君は北海道あるあるネタを絞り出し、話を盛り上げようとする。
裕子もそれが間違っていても決してほんわかキラリンは崩さずやんわりと訂正して居た。

「そういやあいつ…昨日から雰囲気ちょっと変わってて…赤い眼って珍しいとか
 …いや、アイツにそれ言ったことは無いんだけど…それが更になんかこう…
 左目のが濃くなって右目のが薄くなってて、んでなんかこう…余裕みたいなのが
 出てきたって言うかさ…それって一昨日になんか警察の要請とかで
 祓いに行ったとかに関係するのかな?」

こう言う事は、何処まで言っていいのだろう、裕子は少し考えた

「ご本人は何も?」

「高校にもなって目の色がーとか苛め臭いこと聞けねーし、アイツも
 あんまり仕事のことは話さねーからさ」

ここにも、友人として心配してる人が居るんだな、と裕子は優しい微笑みになって

「あの方と咲耶さんは、きっといいパートナーになりますよ
 貴方は彼を信じて、いつも通りで居てあげてください」

下心七割君は

「君も警察の人と同じ事言うんだなぁ、やっぱり何か色々秘密とかあるのかなぁ」

「秘密なのではありません、大っぴらに出来ないだけですわ
 考えてもみてください、悪霊だなんだ…現代は映像記録も簡単に撮れます、
 そんな物が大っぴらに居てそう言う物を大っぴらに祓う事を生業としてます、なんて
 公表したり広く知られたり出来る訳ありませんわ、科学で霊が検証出来るなら兎も角…」

「そ…そうだなぁ」

雲行きが怪しかったが、雨が降ってきた。

「あら…」

裕子がそれに気付くと、下心七割君はイイトコ見せようと折りたたみ傘を
急いで鞄から出そうとするが上手くいかない、裕子はクスッと笑って

「大丈夫ですわ、この場はむしろ、わたくしより資料を守らなくては…」

裕子は両手に詞を込め大きく自分の上に円を描き、もう一度両手に詞を込め荷物に行き渡らせた。
そのほのかな指先の青い光…

「綺麗な光だな」

「有り難う御座居ます」

そんな時下心七割君の頭を小突き

「峰生(みねお)、何ナンパしてんだ」

「な、ナンパじゃねーし! 常建! おい、なんだよそれハーレムじゃん」

常建の後ろには咲耶とそして裕子の友人達三人が居た。
咲耶は咲耶で詞の傘を全員分にしてあり、ほのかに緑。

「ハーレムじゃねェし、遠的なんて久しぶりにやって来て腕痛ぇ」

峰生と呼ばれた下心七割君がちょっとキョトンとしたので、裕子が

「弓道に於ける競技…という位置付けで的先を六十メートルと定めた物ですわ、
 二十八メートルの近的という物も御座居ます」

常建が

「へぇ、詳しいんだな」

「小さい頃から色々試しては居たのですが、中学に入りますと、
 ちょっとわたくしでは規格外になってしまいまして…弓を上手く引けなくなりましたの」

乳だ…乳のことだ…誰もが判った。

「ま…まぁ…それは置いて置いて…」

顔を赤くしつつ常建が咳払いをする、ちょっとツッコミ的な目つきで常建を見る
咲耶だが、でも自分も思った、姉も割と凸凹凸の人だったけれど、何をどうしたら
こんなになるのだろう、というくらい裕子の胸は大きいからだ。

「コイツは、星川 峰生、済まないな、飢えてるから」

「なんだよ、同伴登校同伴下校常習者だからってそりゃねーよ」

「同伴登校でも同伴下校でもねぇ! 仕事やら家が近いやら…たまたまだ!」

そこへ裕子が

「あら、たまたまで済ませてしまって宜しいんですの?」

常建と咲耶はまたちらっと目が合ってお互いが顔を赤くしながら

「た…偶々でええよ! こないな奴!」

「おう、上等だよ!」

星川君が裕子を見て「ホラ、これだぜ?」という締まらない顔をする。
裕子はクスクスと笑って、とりあえずお互いの自己紹介を
根岸女子校の四人と星川君の間でしてるうちに雨は上がり、陽も差してくる。

「とにもかくにも、彼女達を宿に連れて行かへんとならへん、
 結構こん三人疲れさせてしもたから、責任持たへんとね」

咲耶の言葉に、蓬たち三人は笑みを浮かべる物のやっぱり結構疲労がたまっている。
最後に、裕子から二人…星川君も入っていいと言う感じで写真を求めた。
星川君は調子に乗って他の友達達も寄せてきて結構な人数に。
それも撮る物の、常建と咲耶だけのも撮らせて貰った。
咲耶の方も同様に、四人組と、裕子単体を。
常建はぶすっとしてアリバイ作りの為か、全員(学友含む)で自分抜きの記念写真的に。

そして裕子達をホテルに送り返した所で

「ほな、もし許可が取れたら夏休みに遊びにいかはったよ!」

裕子も

「どうそ、歓迎致しますわ…あ…その場合連絡をください、わたくし一応
 寮ですし、どうせでしたら叔母様とも会って戴きたいですし、お二人でどうぞ」

と軽く約束を交わし、そして京都での全幕は終了した。





翌日新幹線で東京に付き(静岡では富士山フィーバーだった)上野に移動して
北斗星に乗り、そして日曜札幌着、予定通りに裕子は寮なので学校まで行って解散となる、
裕子はとりあえず帰りの報告を弥生にして、「お土産が沢山ある」と言って
弥生に泊まりに行く旨を伝え、充実した一週間に疲労はある物の、何だか少し
成長した気分にもなり、満ち足りていた。

昼下がりに高島先生に外出許可を取り、裕子は荷物を沢山抱えて弥生のマンションに向かった。

その事は、次の次に譲ろう。


「修学旅行編・裕子の場合」 第四幕  閉


Case:Ten 登場人物その4

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