L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:10.5&11.5 「その時の弥生と少しその後」

第一幕


裕子と葵のそれぞれの修学旅行に旅立った日曜の昼前、弥生は竹之丸に連絡を取った。
竹之丸はじゃあ、次の日曜か月曜まで水道もガスも電気も止めておくから待ってる。
復帰は水曜昼からだから、って事で先ず迎えに行き、何か持って行きたい物などを
チョイスし、お昼はドコにするとなって

「ここから24条の道突っ走るなら「はひふへほ」でしょ」

と竹之丸は言って、その小さなレストランにて昼食をとった。
ここは特定のメニューで食後にデザートが付くという店で、値段も1000円未満が多く
割と手頃でそこそこ食べ応えのある量のお店である。

竹之丸はもう以前と変わらない姿になっており、ホンの数日前まで
精気を吸い取られ痩せこけ死にかけていたとは思えない程復調していた。

弥生はそんな竹之丸の姿に頬を緩めながら昼食をとり、デザートとコーヒーを
楽しんだ後に、弥生の家に着く。

「…あれ、こんな所に神社なんてあったっけ…? 真新しいけれど」

「ああ、今までの稼ぎの幾らか使って私が建立した、
 祀ってあるのはまぁ一応神だけど、神体はあの刀だから使ってるし家にある」

「…へぇ…貴女は科学とそうでないものの境界をヒョイヒョイ跳び越えられる
 柔軟な人だとは思ってたけど、こうなるとちょっと貴女も「祓い人」らしいと言うか」

「ま…それに関してはもし興味があるなら家に着いてから話すわよ」

「ん」

竹之丸が弥生の家を訪れたのは何年ぶりだろう、葵が学校に行っている時とか
そう言う時だったので行ったにしても余り長居をした事はなかった。
その頃はまだ竹之丸も「自分が心を開いたのは弥生であって葵って子は関係ない」
と言う感覚でいたからだ。

弥生が先ず仕事の有無を確かめたいからと事務所から入ると、留守電が二件入っていた。
一件はストーカー被害に関する事で、もう一件は特備からであった。

「…特備なら何で私の携帯に直で寄越さないのかしら」

とりあえず特備に連絡を取る弥生、ちょっと他にも荷物の関係もありフリーハンドでの会話だ。

『よう、一週間お預けだって?』

「(ムカッ)それを言いにわざわざ連絡寄越せって留守電? お生憎様よ」

『なんだ、つまんねーの…というかまだ確定じゃあないんだ、
 もうちょっと状況を確認してからそっちに依頼するかもしれねー』

「ああ、そう言うのはしっかり頼むわね」

『まぁ明日中には何かしら連絡来ると思う、で場所が根室なんだよ』

「根室? …ちょっと待って現段階で判る状況教えて」

『何かあったか? ま、いいや…末期癌になってから収容された手遅れの患者が
 死んだ後も装置の片付けを拒むかのように「何かが暴れてる感じがする」
 っていうんだ、まー、その辺もう少し裏付け取れたら正式依頼かな
 …ま、お前さんなら訳も無いだろ、特に何かに取り憑いたり
 病院内うろついたりって事は無いんだと、ただいつまでも機器使えないのは
 病院として困るって話で開かずの間にはしたくないって事でさ』

「ふーん…もしそれさ…火曜朝までに間に合うようなら、葵クンにやらせてみて
 火曜午前に根室で休暇する予定になってるわ」

『かわいいで大丈夫…か…暴れたってあいつの前じゃあなぁ』

「ま、そう言う意味もあるんだけど、あの子ならちゃんと昇華成仏に導けると思うわ」

『おや、チカラだけでなくとも行けるかもとか「かわいい」も成長したのかね』

「ええ、日々成長しているわ、素晴らしい助手よ、と言う訳でそっちは確定したら
 百合が原の学校と阿美辺りか…或いは葵クンに直接依頼してみて」

『おっけ、お前の推薦だ、間違いは無いだろうさ、じゃあ、精々楽しんで呉れ給え』

思わず弥生の額に怒りマークが浮かび、電話を切る。

「あー…あの男…私をストレスのはけ口にでもしてるのか…?」

竹之丸がフフッと笑って

「葵クンでも大丈夫ってどう言う選考理由?」

弥生は顔をしかめつつ

「あの子は強く優しく人の痛みのわかる純粋な子だからね、私と違って」

「なるほど、全く科学的では無いが、実に理に適ってる」

「さて…一息ついて…と思ったけれど…仕事も入ってるのは戴けないなぁ」

「待ってるって言いたいけど、アタシも体鈍ってるから一緒に行くわ」

「それは構わないわ…医学や科学系のプロフェッショナルでもある訳だし
 むしろ心強いから…じゃあ…」

弥生は電話を掛け直し、用件を伺う。
今度は荷物は下ろしてあるのでフリーハンドの通話ではなく、普通に受話器で。
弥生の表情を見る限り、特に無茶苦茶深刻という訳でもなさそうだ。

用件のメモをジャケットの内ポケットに入れながら、弥生はまた特備に電話を掛けた。

「本郷、探偵仕事で清田区に行くから、何かあったら携帯の方にね」

今度は憎まれ口は叩かれなかったのだろう、普通に通話を終え、弥生は竹之丸に

「じゃあ、来て早々悪いけれど、行きましょうか」

「ほいよ」



清田区清田、主要道路沿いを離れると基本住宅街、緑も水も各種施設も
揃っている、羊ヶ丘に隣接した街である。
(14年前の上級試験の場所は羊ヶ丘でももっと南西の反対側のほう)
駐車できそうなスペースに車を置き、弥生と竹之丸は依頼者の家へ向かった。

依頼者は普通のご家庭、壮年のご両親に社会人の娘さんに、高校生の弟。
ストーカー被害は娘さんで、といって特に接触はないものの、ここ最近
プレゼントとかが玄関ドアノブや、玄関前に置かれていたり、時には家の中にまで…
今朝昼前にはフリーメールアドレスからの挨拶と盗撮と思われる写真が添えられていた。
それが普通に家で何気なくしていた会話の中で出てきた物だったりして
監視されているようで気持ちが悪い、カレシも居て何とかするよと息巻いてるけれど
結局一般人、と言う事で思い切って探偵に頼んだと言う事だった。

カレシはいい人で弟に対しても面倒見が良く、勉強の手伝いなども快くやっていて
勿論娘さんに対してもご両親への対応についても「好青年」としか言いようが無かった。

竹之丸が部屋を一望して、弥生に、ある一点を指さした。

「…なるほどね…天井の梁の近くにカメラ仕掛けてあるけれど、これはその
 ストーカー対策?」

家族の誰もそんな事は知らない、と驚く。

「弥生、こりゃぁ外に漏れる電波も調べた方がいいよ」

「そうね…」

弥生は指先に詞を込め、床に両手を振れ、家全体にそれを染み渡らせた。

「…家の中の四ヶ所のコンセントに異常がある…あと…梁の部分にあるような
 小型のカメラが…浴室・トイレ…そして娘さんの部屋に一つ…
 このまま私が捜査続行してもいいけれど、警察にも駆け込めるわ、
 これは完全な違法行為だからね…、どうします?」

弥生の言葉に、先ずは調べて欲しいという事で竹之丸は密かに持って来ていた道具箱から
カメラと工具一式を取りだし、現場の状況の撮影、そしてこれまた手際よく手袋をはめて
弥生の肩車でカメラを取り外し、今のコンセントに異常がある部分も
「ほら、ここにこじ開けた跡がある」といいながら先ず撮影し、開けて盗聴器を見つけた。

そしてまた手回しのいい事に鑑識捜査セットみたいなディアゴスティーニみたいな奴の
付録から、指紋なり相手の痕跡を探る。

余りの手際の良さに業者の人か何かかと家族は思ったが、そんな時に弥生が

「貴女のカレシが確実に触ったと言える物何かある?」

と聞き、一家が驚いた、カレシが犯人だというのか?

「判らないから調べるのよ、容疑者から真っ先に外れるならそれに越した事ないでしょ?」

弥生の言葉に、竹之丸が不適にというかやや不気味に笑いながら

「フフフ…科学捜査班にも就職を考えたアタシに挑もうたぁいい度胸じゃないの
 犯人さんよ…指紋を消したってどこかに不備は残るモンさ…フフフ…
 弥生、他のカメラや盗聴器も片っ端から外しましょう、あと弥生
 フリメに添えられた写真解析して」

「おっけ、ボロが出てくるかなっと、あ、貴女(娘さん)のパソコン見ていい?
 当該メールだけでいいから見せて」

探偵とは言えかなり本格的だ、ただ行動するのでは無く、現状の写真を先ず撮ってから
そのカメラなり盗聴器なりを外して行く過程に至るまで撮影し、ちゃんと指紋なり
取ってシートに「ドコに仕掛けられた盗聴器・カメラからの物」という事まで
記して行ってる、本物の鑑識さんなんじゃないのかと言うほど鮮やかだ。

そして竹之丸の補助をしつつ、弥生はパソコンのメールソフトを起動して貰い、
該当メールを見せて貰う。

「うん、ま、メルアドから送信先を探るのは無駄だと判る、フリメでネカフェ辺りから
 でしょうからね…さて、問題はこの写真なのよね…っと…」

弥生は写真の情報を解析し始めた。

「内容は問題じゃあない…この画質からしてもこれにはちゃんとカメラの情報が
 残るモンだわ…一度編集でもしてない限りはね…っと」

そして弥生はそのカメラの機種からその写真が撮られた時間まで割り出した。
娘さんが驚く、その時間の直ぐ後に彼氏から連絡もあり、異常は無いかとか
聞いてきたからだ、警察か専門機関に頼もうかと考えて居るというと、
ボクが何とかするよ、大丈夫、と慰めたりもしたそうだ。

そしてそのカメラの機種は、彼氏の使っている物のようだった。
写真が趣味でもある父とそれについて盛り上がっていたりした事もあったので
娘さんもその機種名だけは何となく覚えて居た。

竹之丸が三つほど採取した指紋の欠片のフィルムと、小型のスキャナを持って来て
娘さんのPCはノートなのでお父さんのデスクトップを借りてそれをスキャンし、
許可を取ってフリーソフトのペイントツールをダウンロード、インストールして
そのスキャンデータの一つ一つをレイヤー化し、重ね、同一人物による可能性高し、
と判断した所で、彼氏の指紋が確実に着いていると思われる物の提示を受け、
そこからも指紋を採取し、重ねる。

ビンゴだ。

そして弥生は言った。

「別にカレシはアナタ達に危害を加えようというのでは無く、多分
 ストーカー事件をでっち上げ、それを解決して株を上げようとかそういう事なのよ
 だから後は、それを「カレシの貴女達に対する情熱」と受け取るか
 「やり過ぎ」と考えてそれなりの措置を執るか、だわね
 ただ、下手に切るとそれこそストーカー化する恐れもあるかなぁ」

一家の背中は凍り付いた、あんなに好青年だったのに「最後の一押し」で
そんな事をやっていたとは…と、ショックを受けていた。
竹之丸がそこへ

「とりあえず警察でも使えるようにはしたからさ…まぁ結局正式な捜査員でもない
 アタシのやったことだ、向こうも意地で認めない可能性もあるけれど…
 下手にストーカーにさせたくないなら徹底的にそれは違法でやりすぎだと
 公権力にすがるべきだとアタシは思うね、弥生、もし何ならその辺
 豊平署にでも突っつき入れて置いてよ」

「それは、貴女達(依頼者)一家の判断かな、私達はとりあえず分岐点まではやったわ」

余りにも手際のいい…一家は家族会議で今後を決める事を告げ、
来てホンの二時間ほどの調査料を時間割で(流石に二時間じゃ一日分は…と弥生は思った)
提示し、証拠はなるべく保全した状態で取っておくように告げて、

「とりあえず警察に伝手はあるから…「実質的な傷害などがない限り…」とか
 そんな及び腰はさせないから、言われたら私にまた連絡を頂戴、
 あ、一応それは別料金だけど四桁だからお気軽に♪」

と言って颯爽とやって来て颯爽と去って行った。

一応、その後一週間この依頼者からは続報はなかったので、アチラで何とか解決したのだろう。



月曜も軽く仕事は在った物のこれも弥生・竹之丸ペアで鮮やかに「分岐点」まで持って行き、
夜は夜でお楽しみ頂いた訳だ、竹之丸は弥生に抱かれながら、
本好きで家事の上手い誰かとなら一緒に住む事も吝かでないと思いつつ、
やっぱり今は弥生がいい、弥生以外に考えられない…と喘いだ。

火曜の祓いのためにあやめは早朝から車をすっ飛ばし根室に赴き、幾らかの後始末の後
速攻でトンボ返りという憂き目を見ていた。
勿論理由は本郷の「俺はヤダよ、根室なんて遠いし」という一言であり。
あやめから根室で祓いを終え、葵を送り出した後

「何ですかこれは、何の刑ですか、一体私何悪い事してこの刑を受けてるんですか」

と某大泉君のようなぼやきも入ったw

「大丈夫、このツケは絶対払うようになるから、それが運命という物だから」

と弥生は慰め、火曜も探偵仕事二件ほど速攻で片付けて、水曜日にまた探偵仕事…
今回は少し粘りを入れなければならなかったのでほぼ丸一日弥生は仕事に付いていたし、
竹之丸も昼から復帰でいきなり連続で夜勤という状況でもあったので
(新しい病棟新設とその主任に就任と言う事もあり)
忙しい再出発となって居た。

そして木曜のアレである。
朝にはビル解体を目の前に「居る」とほぼ確定の霊の祓い依頼であったが、
その直後に葵からの涙ながらの訴えがあり、怒りの炎が静かに確実に燃え広がる
弥生に対し、夜勤明けの竹之丸が付いて行ってのケース:11第三幕後段・第四幕序段
と言う流れになる。

そして運命に従い、祓いを押しつけられた本郷であった。
あやめに代わって欲しそうだったのだが、あやめも弥生も冷たかったw



観音像は札幌西区と中央区の境でもある三角山と呼ばれる山の中に工房があり、
弥生は結構な額と共にその手入れを依頼した。
彼の名は鶴ヶ峰 二俣川(つるがみね・ふたまたせん)元々普通に芸術家であったらしいが
たまたま手直しの依頼を受けた際に
「そこから何かを感じる・その指示に従ってその「何か」の精を損ねる事無く手直しする」
という才能がある事に気付き、創作活動の傍ら、彼は「曰く付き」の修繕も引き受けるように
なったのであった、ケース:11での六年前の弥生が絡んだ盗難品事件を切っ掛けに
弥生は鶴ヶ峰と出会い、以降、由来のあるなしに関わらず修繕が必要と思われる物の
依頼を請け負い、時にはその宿る精の説得に弥生へ逆依頼するする事も出てきた。
ある意味持ちつ持たれつになって居たのだ。

日曜までに超特急でやると言う事で観音像は修繕に入った。
鶴ヶ峰の心の中に観音像からの感謝の念が伝わる、その手直しには魂が籠もっていたからだ。
礼はあんたを救い出した弥生達に言うんだな…と呟き、全身全霊を込めた修繕をした。



金曜から土曜に掛けては竹之丸もほぼ仕事、弥生も軽く祓いや探偵仕事で
それぞれの時間を過ごし、時間帯の合う時は存分に愛し合った。

日曜、またも夜勤明けの竹之丸だが月曜は休みになるという。
お昼前に観音像の修繕が終わったというので、流石にほぼ連勤の竹之丸は
寝ていると伝え、何かテイクアウトでお昼買ってきてと告げて寝てしまった。
『途中の店は幾つか知ってるけどテイクアウトとなるとなぁ』
なんて弥生が思いつつ依頼品を受け取り丁重に車に置いて
結局はマンションすぐ側のダイニというスーパーから総菜やベーカリー、
六華亭の支店などから色々チョイスして帰る訳だ。

観音様は、次の竹之丸出勤日に合わせて持って行くのを手伝うつもり。

竹之丸を起こし、レンジを使ったりして黙々と二人で食べてると竹之丸が

「…六華亭みたいなのはいいとして…やっぱ普段食べるものは葵クンのに
 慣れちゃうと感動薄いねぇ」

その呟きに弥生は苦笑しつつ、

「夕方には帰るでしょう、今夜はまともなもの食べられるわよ、
 明日いっぱいまで居なさいよ」

「悪いでしょ…あの子だって一週間お預けだったんだし…」

「大丈夫、あの子は多分物凄く充実した気分で帰ってくる、あと一日二日
 何てことないわよ」

「観音様ねぇ…まぁあの時見た半分朽ちたのがウソみたいにキレイになって」

それは居間にイツノメと共に一旦飾っておいていた。
流石に一回りくらい小さくはなったが、ちゃんと木目に合わせて朽ちた部分をくり抜き
元々そんな精巧な作りでもなかった民間彫りのそれを流石職人のリフレッシュぶり。

「祓いは科学に出来るかも知れないけれど、流石に霊や魂まではまだまだ無理
 最後に頼りになる所はこう言う物なんだよね、悔しくは無い。
 何か物凄く生き物の奥深い何かが形になってるだけ…そう思うと、
 働き場所を提供できそうで何より…あ、そう言えば弥生」

「…うん?」

「「彼女」引取る事になったから…大宮珠代さん(参照・ケース:1)」

弥生は少々思い詰めた表情になった。

「このままじゃ生命危険の判断がでた?」

「何しろ生きる希望全てを失った状態での保護だったんでしょ…?
 まぁ何とか特備からの配慮もあって治療費に関しては心配しなくてもいい、
 だけど何しろ、これこそ本人の生きる意思の問題だからねぇ」

「…彼女のご両親を救えなかったのは落ち度だったわねぇ…恨まれてるかなぁ」

「それならそれでいいじゃない、生きる力にはなる、それすらないンだから始末に悪い」

「うーん…もうだいぶ筋肉量から何から落ちてるからリハビリも必要な状態だろうし
 祓いで賭けに出る手もあるけれど…」

「まぁ…とりあえず当面はもう少し医療的に補佐は出来るからさ、それはもうホンと
 このままだと衰弱死だって所まで行った時にヨロシクだわ」

「ええ…」

日曜も昼過ぎに今度は白石署から特備への要請で、名前は伏せるがとある学校で
生徒が一人暴れ出したのだがその暴れ方が尋常でない、薬とかでもないような
とにかく異常な力を発揮していて止めて欲しいとの緊急要請であった。

あやめと弥生は現地で落ち合う事にして、何故か竹之丸も一緒に出動していった。



現場の学校で落ち合うと、校内はパニック状態のようだった。
白石署の警官にあやめと弥生が身分証明をする。
…とはいえ、イツノメを所持したそのヤの字も震え上がる雰囲気、警官達もびびった。

「…で、こちらが北大病院に籍を置く…まぁ薬物に関してもスペシャリストの山手さん」

「はい、どーも」

そっけない挨拶に一同もあやめも戸惑うがそこで弥生が

「それで…人払いが上手く行ってないようだけれど…」

警官が一人代表して

「それが…我々でも止められなくて…」

警察官と言えばそれなりに柔道やら剣道やらやっている物である、
それが複数人がかりで歯が立たない事、少年には補導歴もないことなどから
薬物による物ではない、と判断し、特備への要請になったようだった。

話を一通り聞き終えた弥生は学校へ入って行く、後を追うように
あやめと竹之丸も学校に入っていった。

「あ、それでもなるべく先生方の指示に従って生徒の避難宜しくお願いします!」

あやめの声に警官達はとりあえず逃げ出した生徒を、グラウンドではなく、
敷地外道路を挟んで広がる空き地の方へ誘導した。



「弥生さん、何か感じます?」

「うーん…完全に取り憑かれているというか、個性と一体化しているというか
 対面すれば一発で判るんだけどなぁ」

「デビルマンです?」

「いえ、そんな偉いモンじゃないと思う」

悲鳴や破壊音の聞こえる方へ足を運んで行くと、破壊の跡が色々と見えてくる。
竹之丸が断言した。

「薬じゃないね、憑かれたにしても人間の体には限界ってモンがある、
 薬物等の強化だけじゃ、こんな破壊やっといて傷の一つもつかない…
 血が出ない付着しないなんて有り得ない、何か他のチカラが働いてるね」

「これ…結構ヤバいんじゃないんですか? カズ君事件の再来とか…」

あやめの言葉に弥生が

「血の臭いはそんなにしないのよね…物に当たるのがメインで人を傷つけることには
 抵抗があるのか何なのか…」

「弥生さんも結構五感が鋭いんですね」

「ああ、学校に入ったときに強化したから…流石に集中するだけで
 発揮できる葵クンほどには私は便利じゃあないわ」

「でも…詞を唱えた様子なんて感じなかったのに」

そこで弥生はくるっと振り向いてあやめに笑いかけ

「そこはね、訓練の賜物だから」

そして弥生達が歩を進めると段々その音が近づいてくる。
逃げようにも逃げ遅れた子なんかも居るのだろう、悲鳴なんかも聞こえる。

その時、幾つか先の教室のドアが蹴り破られ、壁も半分破壊しながら
出てきた生徒が一人、左手と、左目に何か黒い炎のような物が見える

「中二病をこじらせた若者か」

竹之丸が言う。
まぁ確かに左手が疼くだの左目が疼くだのはその手の最たる物だが…w

「ああ、居た居た…えーと、名前は何てったっけ」

挑発なのだろうが一応あやめが彼の名を教えようとすると、その生徒は叫ぶように言った。

「俺の名は『折れた剣(オールザット)』! 今の俺に触れるな!
 傷つけたくもないのにこの左手が…この左目が…!」

弥生は心底呆れた表情(かお)で彼に近づきながら

「"おーるざっと"ねぇ…」

教室の避難できない生徒に弥生は声を掛け

「なに、彼いつもあんな感じだったの?」

物凄く冷静にそれを言ったため、多分知り合い以上くらいの男子生徒が

「ふざけてそういう事言い合ったりしたことはあったっスけど…」

「ふぅん…」

そこへあやめが

「彼は今一体どう言う状態なんです?」

「多分さぁ…こう言うの「中二病」って言うんだっけ、彼は半ば本気で
 自分の設定考えたりしてたクチなのよ、そこに…多分だけど
 同じように中二こじらせたまま死んだ端霊が幾つか合体して
 「こじらせた中二病」を霊的に実現させちゃったって所だと思うわ」

「じゃあ、やっぱり一種の憑依か…としたら…」

竹之丸が推理を始めると弥生が

「判る?」

「放っておいてもいつか電池切れ…ただしそこまで行ったら本人廃人かもね」

「多分ね…まぁ、取り憑いた端霊が何をエネルギー源にしてるかにも依るけれど
 高校という場所で発現したって事は…多くの人が若い頃に一度は思う
 「もし自分が」という妄想を燃料にしているのだとしたら…
 ちょっと疲れるかもねぇ」

弥生が余り自分の事を相手にしないのが気に障ったか

「お前俺とやり合う気か…やめろ…! 今俺は俺自身を止められねぇ!」

イタタタ…弥生が痛ましいという顔をして、言った。

「どれ、止めて見せましょうか、アンタの暴走を…」

「俺を…オレをその気にさせるな…! 死ぬぞ!」

「さてね…」

「斬影乱舞縛妖撃(シュナイゼルブレイク) !!」

左手の暗い波動が幾重にもぶれて見え、鋭い剣の乱突きのように迫る!
弥生はあやめと竹之丸を少し引かせつつ、全く隙の無いような
廊下一杯に広がるようなそれをすれ違いざまに…

「今ので…ホントなら右手貰ってたからね」

すれ違っていた二人、彼の殴り抜けたぞってポーズを付ける右手の脇近くにイツノメは
鞘に収まったまま、しかも峰側を当てられていた。

「俺を…本気にさせたな」

「させたら何よ、宣言するわ、次は刀も使って上げないからね」

「月花滅砕炎舞(ジャーキングバルデシオン・ファイナル) !!」

全身にその黒い炎が燃え移ったようになり、分身と供に無数の連打を繰り出す技のようだ!

…しかしその一発目、弥生の詞を込めた右手がスッパァァーーーンといい音を立てて
彼の左拳を攻撃すると、分身は消え、そして左手で目を覆うように彼の顔を押さえつけると
彼の全身の黒い炎も消えて、弥生は改めて右手に詞を込めて彼の後ろにいつの間にか
回り込んでいてきつめに言った。

「夢と妄想は違うわ、夢の実現と妄想の実現も違う、才能があったからと言って
 いきなり目覚めてヒーローもダークヒーローもあった物ではないわ、現実に戻りなさい
 アナタは万騎が原 善部(まきがはら・よしとも)一介の高校生なのよ!」

と、彼の後頭部をこれまたいい音で引っぱたくと彼は吹き飛びながらも何かが
強制昇華され彼から放出されて行くのが誰からも見える。

「祓い完了…ああ、馬鹿馬鹿しかった…」

弥生の動きは鮮やかだった、黒いスーツで長身で、黒髪の…スレンダーな印象の
ボディに見合わぬ大きな胸…そしてどこか冷めきっていて、それでいて鋭い眼差し
逃げることが出来ずに残っていた生徒や、外からこの様子を見ていた生徒は湧いた。
ちなみに「あ、勝負決まったな」と思った瞬間にはあやめは警官達に
「もう終わりますから現場に来て大丈夫ですので彼を保護してください」
と、伝え終わっていた。
「むぅ、この二人なかなかいいコンビだわね…富士あやめ、侮り難し」と竹之丸は思ったw
あやめは冷静に

「じゃあ、普段から妄想滾らせてた彼を拠り所ににこじらせちゃったまま死んだ霊が
 幾つか取り憑いて妄想を仮に実現させたって事でいいですね?
 彼のノートか何か見れば切っ掛けは掴めそうだなぁ」

竹之丸は一応彼の容態を見て問題ないと判断し

「黒歴史なんてモンじゃないね、現実に騒ぎまで起こしたんじゃ」

「まぁ…何らかの追及はされるでしょうねぇ、彼がこれで懲りる人だといいんですけど」

「こじらせ度が上回っていたら、あのチカラよもう一度…ってなるんでしょうね
 ああ…やれやれ…」

そういう厨二的な要素を持ちつつ、それでも真剣に努力と修行と悲喜こもごもを本当に
経験して積み重ねてきた弥生にとってはうざったいことこの上なかったようだ。

スゴイスゴイと依ってくる生徒にも半分ウンザリしつつ、

「どいてくれる?
 私は仕事をしに来たの、ヒーローのアトラクションショーじゃあないのよ」

そのクールさも、また魅力に映ったようだ、男子生徒の歓声、女子生徒の黄色い声
弥生はもういい、さっさと行きましょう、と言う感じで現場を引き上げたかったのだが、
車に辿り着くまでに避難先から様子を見ていた生徒達にもみくちゃにされそうになり。
「ああ、詞の防壁を使ってでもこの状況を変えたい…」とウンザリしてるのが見て取れた。

やっと車まで辿り着けた弥生と竹之丸、そして弥生が電話越しにあやめへ

「あやめの方で報告書書いてくれる?」

「いいですよ、派手な割にあっけなかったですね」

「そんなモンよ、妄想の具現化なんてね…修行も鍛錬も積んでないようなまやかしに
 惑わされるほど私も付き合い良くないからね。
 ともかく、裕子が修学旅行から戻ってウチに来るって言うからさ、失礼するわ」

「あ、何かお土産期待、私も上がったら行こうかな…」

「明日裕子も葵クンもみんな休みだから、ウチに泊まるか明日ウチに来るかでもいいわ
 連絡頂戴ね」

「あ、はい、お疲れ様でした」

「ホントお疲れ様」

と言ってクラクションを鳴らし、それぞれが去って行った。
ちなみに、この手の「中二病をこじらせた人と霊によるコラボ事件」は
たまにあるらしい、弥生の請け負う仕事の中でも最も「下らない」ランクだった。

どれほど泥臭く、汗臭くとも、どれほど才能があっても、やはりそれは磨かねば光らない。


「その時の弥生と少しその後」 第一幕  閉


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