L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:10.5&11.5 「その時の弥生と少しその後」

第二幕


夕刻前、弥生と竹之丸がマンションまで戻って来たときのことである。
弥生の建立した小さな神社…「稜威雌(イツノメ)神社」に誰かの後ろ姿が…
帰り道的にもそろそろマンションの駐車場へ…と言うタイミングで
そちら側に車も寄っていたので、車を止め、弥生が窓を開け

「裕子?」

と少し自信なさげに声を掛けた。
というのも、ケース:10での通り、裕子は折角伸ばしていた髪を切られたからだ。
でもその服装や女の子に見合わぬ荷物の量などからしてそうかな? と思ったのだ。
振り返るとそれは矢張り裕子で、

「叔母様! 只今戻りましたわ!」

「お…お帰り裕子…でもその…」

「ああ…これ(髪)ですか? まぁ、少し高い授業料でしたわ。
 でも、これでわたくしは叔母様の後追いじゃない、わたくしになれという
 啓示とも受け取りましたの、ですからこれはこれで気に入っていますわ」

弥生は慈愛の瞳で微笑み、運転席から手を伸ばして裕子を撫でた。
竹之丸は裕子には「竹之丸」と呼ばれたい、と言う衝動に駆られていたので
顔合わせの時からそう呼ばせていた。

「裕子、宿題は出来た?」

「はい竹之丸さん、そちらの方も採点と次の宿題お願い致します」

裕子はお辞儀し、弥生が

「兎も角、部屋に行きましょう」

となって三人は部屋に戻った。



「え、なにこれ、私へのお土産ってこんなどえらいモンなの?」

裕子が奈良でオーダーした巫女服は、裕子が純粋な四條院スタイル、
色も白と赤という基本は押さえた物である。
四條院式と言っても、通常の巫女服と大きく違う所は無く、
ただ、少しだけ動きにも対応し、飾りやデザインなどが多少お約束とはちょっと違う
だけのものであった。

そして、弥生用のそれは、馬乗り袴をベースにやや動きやすさを追及した
基本四條院式なのだが、緋色であるはずの袴は黒、白衣(はくえ)は白くなく水色、
千早も黒、襦袢と、紐飾りが白、「いつもの」弥生の色にカスタムしたものであった。

「叔母様の普通の巫女姿って、どうしても先代様を意識してしまいますので、
 どうせなら叔母様らしくと思いまして」

「いいわねぇ、元々幾らか勉強したとは言え正式な神職って分けじゃあない
 ちょっとはぐれモンの私にぴったりだわ、有り難う、裕子」

弥生の喜びように顔を赤らめつつ、裕子は普通に奈良や京都のお土産も
弥生と竹之丸に渡しつつ、お茶を入れて持って来た裕子に竹之丸が

「一回目にしては完璧に近い、赤ペン入れられる所はあるけれど、
 これでもいいわ、そして貴女の疑問に答えるのにアタシはいい例えを知っている
 裕子、数式や化学式ってのはね「詞」なのよ、そう思いなさい
 組み合わせやその効果の違いというのは正にそう言う世界でしょ、
 ちょっとそういう記憶物に迷いがあるようだから、言っておくわ」

裕子の目から鱗が何枚も落ちたのが見えるようだった。

「そ…そうですわね…言語が違うだけ、組み立て方が違うだけで
 数式も化学式も一種の「詞」…今わたくし物凄く目の前が開けました!」

カワイイ子だ、竹之丸は微笑んだ。

「今日は泊まって行くの? もし何なら明日には次の宿題出すわ」

「はい、お邪魔でなければ…」

弥生がそこへ

「葵クンも夜前には戻るし、ひょっとしたらあやめも来るかも知れないのよ、
 だから気にせず泊まっていって」

「本当ですの? 他にもスゴイ情報がありまして…!」

弥生と竹之丸が声を合わせて

「「スゴイ情報?」」

折りたたみカート二つ分に積んであるそれ、また参考書とか大学入試用の
何かかな、と弥生と竹之丸は思って居たが…

「こちらは…奈良で四條院本家から譲り受けました…三代八千代様の記録です」

弥生が驚いた!

「な…何ですって…!? ああ…私が修学旅行の時なんてまだ私が六代目って
 事も知らなかったから挨拶だけで済ませてしまったわ…!」

そして、裕子はスマホから皐月と御奈加の写真を出した。

「あ…代替わりしてたんだ」

弥生の言葉に裕子が

「では叔母様が会ったのは皐月様では無かったのですね」

「あー、皐月って子を修行に出しているとは聞いて居た」

「あ、そうですわ…京都で確か学生時代は東京の田舎の方に…と聞きましたわ」

「こっちは見るからに天野だわねぇ、こりゃ強いわよ、真正面からやり合ったら
 私でも苦戦しそう」

「叔母様もですか?」

「ええ、この女ただモンじゃないわ、当分奈良は安泰だわね、皐月の方も
 この天野の女と物凄いいいコンビネーションを築いてる…
 こりゃぁあと二十年近く奈良は安泰だわ」

「天野の方は御奈加様と仰有います」

「アメノミナカヌシ…生まれて至高神の名を名付けられるほどの力量か、
 そら強いわ、手合わせ願いたいようなそうでないような」

竹之丸が吸塵機に向かってタバコの煙を吹きながら



「手合わせなんかしたら絶対無事じゃ済まないよ、アンタがそう言う事言うって事は」

「そう、与えたダメージの深さで度量測っちゃいそうで…凄いのが居るわねぇ」

裕子は矢張りまだかなり手加減と配慮がされていたんだなと思い、
ここまでではなくとも、ちょっと違った方向でも弥生に肩を並べる祓い人になりたいなと
裕子は改めて思った。
そして

「…それでこれ…わたくし京都で祓いの手伝いをしたのですが…その時に知り合った…」

咲耶と、常建である。

「お、こっちはさっきのには及ばないけど将来有望そうね、何、京都は今人材不足?」

「おうじ↑と魔の来訪で一時的に足りていなかったようです、でも、今度のことで
 このお二人が上級になりましたので、大丈夫でしょう」

「へぇ…」

「そして…十条本家に挨拶に参りまして…もうあちらでも管理がそろそろキツイと言う事と
 こちらに稜威雌様を祀る神社も出来たと言う事で…これを…」

それは、初代の活動記録と、二代目の活動記録だった。

「流石本家…! 七百四十年も前の資料をまぁよく残してくれた物だわ」

その言葉に竹之丸が驚いた

「七百四十年って…鎌倉時代じゃないの! あの刀ってそんなに伝統ある
 物だったりした訳?」

「物だったりしたのよ、私もそれ知ったの数週間前って有り様で…
 まぁ先代から私への引き継ぎが急だったこともあって仕方なかったんだけど…
 あ、興味あったら…(といってノートPCを開き)このテキスト読んでみて
 クッソ長いし、私は文章作成を生業とまではしてないから
 マルにとって読める物かは判らないけれど」

「…わ…判った…ちょっと読んでみるわ」

そこへ裕子が

「葵クンがまだでしたら、わたくしが夕飯作ります?」

「あ、いえ、多分葵クンも張り切ってるから、戻ったら二人でヨロシク…
 それより裕子、旅の話を聞かせて、葵クンの方は道内だし何となく
 伝わっているのだけど…」

「善いのですが…あの…今気付きました、稜威雌様の側の観音像…あれ…」

「鋭いわね、そうよ、室蘭で半分朽ちて埋もれてたのを取り返してきたの
 今日直しから上がって来たばかり」

「神々しいですわ…」

「でしょ? 葵クンから涙ながらに助けてあげてって言われて
 仕事一つほっぽり出してまで取り返しに行ったわ、甲斐はあった、
 観音様は、マルが主任を務める病棟の霊安室に置く予定よ」

「まぁ、それは良かった、役目を果たせるのですね」

「ええ」

「では…わたくしの旅の思い出を…」

と来たときに、物凄く元気な「ただいまー」が響く。
弥生と裕子が「お帰り」と出迎えて、葵が

「先ず戻って来たかったから…荷物だけ置いて、今からダイニで
 夕飯の支度買い出しするね、あ、おねーさんも一緒にどう?」

弥生が裕子に

「旅の思い出は、また食事後に聞きましょう」



あやめは結局月曜が休みになったので月曜に来ると連絡があったこともあり
夕食や入浴などを済ませてリビングでくつろぎながら弥生が

「四代の記録は、そしたらあったとしても玄蒼市かぁ、流石に寄越せとは言えないわねぇ」

「しかも出身が江戸のようですの、東京の十条にも問い合わせは入れたのですが、
 何しろ一人前になるやならずやと言うときに玄蒼の町への赴任と言う事で…
 矢張りそちらになるのでしょうね」

「四代だけはじゃあイツノメからの記憶のみって事か、まぁそれでも大分
 真には迫ってると思うけれど」

そこへPCと共に資料も読んでいた竹之丸が

「二代は勿体無いな…これ多分死因が癌だよ…対処法対処法で悪いとこ治してたんだ
 ろうけど、地味にその頃には全身に転移していた…そんな感じだったろうな…」

「ああ…病死なんて十条には珍しい死に方だと思ったらそういう事なのね…そうか…」

竹之丸らしい分析から弥生が呟いた。
確かに祓い人で病死というのは珍しいパターンなのだ、四條院にしても天野にしても。

「室町時代ですからね…せめてそれが江戸の頃…四代の頃でしたらもう少し
 違っていたかも知れませんのにね」

「それでも昇華成仏をしていると言うことは、自分の活動に一定の区切りは
 付けられたって思ったからこそなのでしょうけど」

裕子も弥生も葵も、竹之丸もしんみりした。
竹之丸は随分と熱中したらしく、資料と弥生がイツノメから聞いた話を総合して
それぞれの人生を思った。

「祓いってのは大変だねぇ、弥生だけを見てたら全然そうは見えないから
 ついつい弥生基準で見てしまうけど」

それには弥生がすかさず

「私は、先代から同じ轍を踏むなって言われてたからね、二度ほど踏んだけど…」

「それはどういう?」

「我を忘れて怒りにまかせたこと…最初は12年前、その時は先代が止めてくれた
 二度目は四月か…あやめに大けがさせちゃって…その時は裕子が止めてくれた」

「富士サンってアナタの愛人でもなさそうだけど…ああ「だから」か
 愛人なら我を忘れるどころか無茶苦茶冷酷で冷静に怒るからね」

「まぁ、まだまだ私も修行が足りないって事だわ」

その一言に竹之丸は一応全てテキストは目を通したのか

「五代…詰まり先代明治の弥生についてはよく判った、特にあの観音像については
 その由来もその精神もよく判った、有り難く配置させて戴くとするわ」

「そうして上げて」

葵が心を込めてそう言った。
竹之丸が葵を撫でながら

「ホントにキミは優しい浄い子だ、巡り合わせの妙をまた一つ味わったよ、
 キミがあのタイミングで室蘭に行ってなかったら、或いはあの観音像も
 本当に朽ちてたかも知れないんだしね」

「そこは先生にも感謝だよ、何だかんだ言って先代さんを偲ぶ旅にもしたいって
 希望叶えて呉れちゃったから」

「流石弥生長年の愛人だね」

弥生はちょっと苦笑気味に俯いてタバコを吸いながら

「先代だけはね、私にとって特別な…師匠だからねぇ…阿美も感じ入ってたし」

弥生がタバコを消して、裕子に向き直り

「そしてさて、裕子、貴女の旅の話をじっくり聞きましょう」

「あ、はい、ええと先ず…矢張り奈良「日巫乎待社」からになりますか…」

ケース:10参照…多少裕子は自分については控えめに話したのだが、
咲耶と常建の成長について「役目が逆だ」と説得したことなどは言った。
そして「無念さん」の通り道に誘い込んでのトドメと、無念さんに「食み断ち」を
施したこと、友人達にも少しだけ祓いに似た力が持てるかも知れないコト。

弥生が開口一番

「良くやった、まだまだ上は目指せるけど、貴女はもう立派な祓い人だわ
 ああ、これで裕子が大学生になればもう北海道も暫く安泰だわね
 葵クンも、高校生になれば順次公職適用も上がって行くでしょう
 二人にとって実りある旅だったようで私も満足だわ
 友達三人についても、出来る限り貴女が見てあげなさい、私の出る幕じゃあない」

葵がそこに

「そう言えば…里穂ちゃん達も微かに気配を感じるようになったと言ってて…
 そうだ、三人明日相談に乗って貰っていい?」

「うん? いいわよ、結構な大人数になりそうね、明日は」

「じゃあ、連絡するね」

「葵クンの祓いは特殊だから、そっちは私が詳しく見るわ」

「うん」

といって代表で里穂に電話を掛ける葵。

裕子が弥生へ

「わたくしの指導で大丈夫でしょうか…」

「貴女はそろそろ後進…とまで行かずとも、祓いの芽を育てることも始めた方がいいわ
 上級に登ったって事はそういう事でもあるのよ」

「なるほど…(表情を引き締め)判りました」

竹之丸がコーヒーを飲みつつ

「はは、弥生一人が北海道中を回るなんて…先代はそれをやっていたとは言え
 当時とは規模も何も違うしね」

「あとこれは…祓いの質の変化というか…「開拓型」「街型」と分けても
 時代によって死生観が違っていて「情念の強さ」も昔のが段違い、
 ただその代わり、そこまでの強い情念を抱きつつ死ぬ事も稀だったから
 先代は今ほどには走り回ってなかったと思うわ、一週間に一回依頼とかね、
 今は権利だ人権だ自由だってのがあるから、昔より情念は弱いけど
 簡単に悪霊の領域に片足突っ込んでくれるのよね…で、まぁ今は
 交通の面ではそれも可能だけれど、当時とは人口も違うしね、
 祓いが広がることはいいことだわ」

ここでまた「私の役目が果たされて行く」と言うと葵が寂しがるので
それは飲み込んだが、その飲み込んだ言葉を弥生は心の中で噛みしめた。
ひょっとしてもし今死ぬような事があっても、昇華成仏できそうな、そんな感覚だ。

里穂達のアポイントを取り、また旅の思い出話やお土産のお菓子などを美味しく
つまみながら、夜は更け、彼女達は眠りに着いた。



朝のラジオ体操第一、朝食の準備がてら交代でシャワー、洗濯も始め
物凄く家庭的な雰囲気。

「今はやっぱ弥生以外見えないんだけど、やっぱこういうの、いいねぇ」

竹之丸がしみじみ言った。
弥生は食器の用意や配膳等を竹之丸とこなしつつ笑って。

「ソッチ抜きにでもいい子見つけなさいよ」

「アタシももう深みにダイブ嵌まってるからやっぱ選択肢はオンナだねぇ…」

「まぁ、ご縁はどこかにあったりする物だわ、面倒くさがらず
 赤い糸をたぐるのも幸せへの道かもね」

「全く科学的じゃないんだが、その通りだなぁ」



食事も済ませ、食器洗いは炊事ダメ組、それ以外の洗濯物を干したり掃除したりと
家事を裕子と葵で分担し、それも終えて午前十時頃、少しマッタリとお茶やコーヒーで
和んでいたときである、裕子のスマホに着信が。

「お早う御座います、丘野さん。 ええ、今日いっぱいこちらに居ようかと…
 …はい、少々お待ちください(通話口を塞ぎ)叔母様、友達の
 平沼橋 丘野さんという…考古学志望の子が活動記録など読みたいと申しておりまして」

「ああ、いいんじゃない? 今日は住居スペースだけじゃなく事務所も開放すれば
 イイと思うし、後あやめと葵クンのお友達でしょ、あと一人来たから何だって話だし」

「(通話に戻り)はい、いらしてください、ええと…こちらに到着しましたら
 また電話なり戴ければ…はい、お迎えに上がりますので…はい、では」

通話が終わるかどうかと言うとき、あやめが来るという電話を弥生が受けた。
更に葵の方にも里穂達が来るという連絡も入った。

「こら、一気に賑やかになりそうだねぇ、アタシは事務所の方で本でも
 読んで過ごしてるかなぁ」

竹之丸の言葉に葵が

「いいじゃん、たまにはこう言うのも」

屈託のない笑顔でそれを言われ、弥生にも微笑みかけられると竹之丸も少々しけたツラ
ながらも、居間でコーヒーを飲んで居るしかなかった。



先ずはあやめの参上である。
日持ちする根室土産や途中で寄ったのだろう、根室の「エトピリカ煎餅」
「寒風干し焼き鮭ほぐし身」、釧路から「タンチョウヅルのタマゴ」「猫のタマゴ」
帯広からは六華亭詰め合わせ、日持ちするようのもを先週の根室トンボ返りの
帰りに買っていったらしい。
全員に感嘆の声、

「こりゃ、お昼要らん感じかもね」

という竹之丸の声に葵が

「鮭ほぐし身なんてあるから、おにぎりだけ握ろうか」

なんていうと「いいねぇ(いいですわねぇ)」なんて声も上がる。
そんな時、裕子と葵にそれぞれ連絡が。
どちらも学園都市線八軒駅に居るという。

二人が迎えに行く間にあやめが

「あれ、ひょっとしてなんか凄い事になっちゃってます?」

弥生がそこへ

「ここを私が買ってから最大の客数かもね」

「あちゃーお土産足りるかな」

「増えると思うわよ、どちらも修学旅行帰りだし…」

弥生の言葉にあやめの一筋の汗。

「ああ…太る(確信)」

「食ったら動いて燃やすは基本だけど…億劫だねぇ」

何だかんだ食うつもりの竹之丸。
数分もすると、「ただいまー」の二重唱と「おじゃましまーす」の四重唱
元々余裕のあるマンションで続き二部屋を買い、リフォームして
住居部分を広くしてあるとは言え、九人。
流石に人口密度が高かった。

着いて早々、とりあえず自己紹介などを挟みながら、弥生は
イツノメと観音像を飾ってある所に行き、ちょっとした詞と言葉を掛け
葵や裕子には「答えは言わないで」
そして葵の友達には「三人とも答えを合わせておくのも無しね」と言って

「さぁ、それぞれ貴女達には観音像とあの刀に何が見える? 私に耳打ちして」

と来た物だ、イキナリのテスト。

三人の答えをそれぞれ聞いた後、ふむふむと頷く弥生に丘野も「私もいいですか」と
耳打ちをした。

「ふぅん…確かに皆それぞれ掴みかけてるわね…平沼橋さんなんか
 結構遅咲きと言えるのに、一番正確に見えてるかも知れない、やっぱり
 考古学志望とか古いものに触れて思う分野に憧れているからかしらね」

里穂がそこへ

「そ…それでこれ…どうやったら鍛えられるんですか?」

弥生はそこは慎重に

「「鍛えてどうするのか…?」という問題があるわね…確かに葵クン…
 平沼橋さんは裕子と近くて寮も一緒(同室では無い)ということで
 その影響として芽吹くかどうかって所には居るけれど…
 言っておくけれど、合気道その物はただの武道、別に祓いの人が
 やっておくべき事という訳でもないわ、偶々私が
 「なるべく疲れないで相手を黙らす」のに先ず突破口として習ったのを
 裕子が後追いしたって流れだから、合気道さえやっていればって話では無い
 …とはいえ、何かしら武道に打ち込んで、祓いの方にも注力しながら
 と言う分には合気でも全然いいんだけどさ」

「それじゃあ…」という表情を四人ともする、弥生はフッと笑って

「先ず、それを体得したとしてどうするの?
 裕子は才能があってもじっくり時間を掛けて色々経験させてからだから上級になるまで
 十二年掛かってる、葵クンは元々が才能の塊、それでも私と共に五年
 修行だって積んでるのよ、言っておくけれど、そうね…余程の事が無い限り
 中級だって難しいかも知れないわ…」

丘野がそこへ

「中級ってどのくらいですか?」

「例えば…ビルとか「場所」に憑いた霊で…長年うろつくタイプの…そんなに
 暴れるの取り憑くのはナシに彷徨って人を驚かしたり、たまに物に当たったり
 そう言う程度のは祓えるようになるかもね…心意気次第では悪霊も行けるかもね」

丘野が更に

「中級と上級の違いは…?」

「祓いの力のタフネスさ、ある程度の経験から瞬時に作戦を立て、プランを幾つか
 持って誘導できる知略、そして、霊でも悪霊や凶霊と言われる霊の更にかなり凶暴な奴
 そしてその霊の上の「魔」と対峙できるか、魔は霊の比では無いわ、
 祓いの力だって初級と中級と上級ではその威力も変わるしね、
 後滑舌は良くしてちょっとした隙に必要な詞を使えなければならないわ」

聞いて居る葵や裕子には「なるほど」と思えた。
弥生が中級から上級へ向かう途中で「凶霊」と化した初恋の人を払ったのは
まさに「心意気」があったからで、実力的にはまだかなり危うく、先代が
止めたのも正にそう言う所からだったのだろう。

里穂達が何かしら相談して

「じゃああの…初級って」

「死んだことを諦められない一般の事故や病気の霊…それでいて危害も加えないようなのを
 説得し、成仏に導くことかな…、内容としてはね
 ただし誰も彼もそれをやれば良いってものじゃない、普通は数年内に自然と本人が
 悟って成仏するものなのよ、そこを見極める事も、初級で積む修行かな」

里穂達の何とも言えない表情を見て

「私や葵クンみたいなのを想像してた? 残念でした、祓いの道は遠く険しく
 そしていつか戦いの中で敗れ去ることだって受け入れなきゃならない時が来ることを
 覚悟しなければならない領域の世界なのよ、とても厳しい世界なのよ」

と、来た後で弥生はしかし優しく微笑み

「とはいえ、初級から頑張って中級にでもなってくれれば、私にとっては楽なのよ、
 まぁ幾らか稼げなくなるけれど、、この広い札幌、いえ、北海道を隈無く全部
 管理なんて今の世の中じゃあ余りに厳しいからね、もしその気があるなら
 鍛錬なさい、払いの手が増えること自体は私は大歓迎なのよ」

里穂グループの優がそこへ

「あの…根室で葵ちゃんが祓った霊ってどのくらいになるんでしょう」

「葵クン、ちょっと…」

と言って弥生が葵の額に額を付ける。
多分、記憶を読んでいるのだ。

「…これは中級クラスね、とんでもない力を持った悪霊と言う訳じゃあないけれど
 強制成仏前提でそのくらい…葵クンは階級付け不能に近い子だから何とも言い難いけれど
 これは葵クンだから説得で何とか出来た…そう言う意味ではなりたて中級でも行けるかな」

そこへ裕子が、

「あ、では叔母様、わたくしの対面した「怪人切り裂き赤マント」などは如何でしょう」

そして裕子にも同じように額を合わせ、弥生がそれを判定している。

「こんなの…良く対処したわね…相手に「堅い」と思わせつつ「切り抜けられない
  堅さでもない」という油断を誘うことに成功したからこその勝利…そして
 京都という古都を利用したからこその勝利…そしてこの凶霊は…もう殆ど
 「魔」に手を掛けていたわ…それこそ犠牲者があと数名増えていたら完全に
 上級でも上の方が…出来ればタッグ組んでそれでも苦戦を強いられそうな魔に
 なって居たでしょうね…改めて良くやったわ、裕子」

「下手をしたら奈良の皐月様と御奈加様が来るかも…と言う話になっていた
 というのは本当のことのようですわね」

「でしょうね」

と言う所で裕子が改めてスマホの写真を葵や里穂達に見せて回り「皐月と御奈加」
「咲耶と常建」などを紹介する。

そこへあやめが「あ、そういえば!」と、声を上げた。

「いえ、裕子ちゃんに蒲田巡査部長から報告を受けた新橋警視正よりこれ…」

感謝状である。
「切り裂き」が刀を盗み出してからのルート選定で犠牲者を増やしてしまったが
丁度ホントに運命としか言いようのないタイミングに修学旅行で上級に登った
裕子が居てくれたからこその勝利であった事を感謝する物であった。

裕子は満足そうにそれを見つめたが、

「これは叔母様がもたらしてくれた勝利です、いえ、元を辿れば先代様が
 もたらしてくれた勝利と言えるかも知れません、友達を大事にして、
 友好を深め、それが励みになる事がどれほど私の力になったか…」

この場に居る代表として裕子は丘野に微笑みかけた。
丘野の顔がちょっと赤らむ。
弥生も満足そうであった、と、そういえば。

「平沼橋さんったっけ、四代以外の活動記録はそこに在るから、読んでいって。
 もし…何か副次的に当時の資料が見たかったら…マル、お願いしていい?」

ここまで話題に参加してなかった竹之丸がわかさいもを口にしながら

「ふぁ?」

「ウチの図書室の中身とか場所とか知ってるでしょ?
 それにアナタも考古学を科学の観点、医学の観点で興味あったって
 そっち系の本も持ってたはずだし、その子の事手伝ってあげて、
 こっちは…裕子も一緒にちょっと三人の特性とか詳しく見るために
 狭めだけど道場に出来る和室あるから、そこで葵クンたちや
 警察であるあやめからの武道指南なんかもあってもいいかなって」

「ちょっとまって、居間は二人きり?」

「何か不都合でも?」

「いえ…ま…じゃあ、ヨロシクだわ」

竹之丸の言葉に丘野も「宜しくお願いします」と応えた。


「その時の弥生と少しその後」 第二幕  閉


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