L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:TWELVE

第一幕


鶴ヶ峰の弟子の不審な行動、弥生の心に一気に不安が広がった。
北海道警札幌方面中央署警備課内特殊配備課…そこへ付いた時に
そこに居たのはあやめだけだった。

「あ、今言づては警務課から聞きました、本郷さんは今日は昼から出勤だそうです」

「じゃあ、自動的に貴女を連れて行くことになるわね…カラにしても大丈夫かしら」

「まぁ、そこは横の連絡は取れると思います、丸一日とかでもない限り大丈夫でしょう」

「いざとなれば秋葉に代理頼むしかないかな」

あやめはそこでかなり慎重に

「…何かかなり不味いことになりそうですか?」

「…まだ何とも言えないけれど…私の最悪のシナリオが展開するとしたら…
 これはかなり札幌中を混乱に陥れるかも…」

「そんなにですか !?」

「あくまで最悪の…よ、まだ今これから訪問する工房で提示される写真如何によっては
 ちょっとした地域の封鎖だけで済むかも知れない」

「…でも、それってカズ君事件かサキュバス事件か並みに大ごとにはなるって事ですよね」

あやめの言葉に弥生は顔色を変えず

「…多少は覚悟しておいて…それで…こないだ本郷に仕事押しつけるついでに
 ここに置いてった祓い弾、後何発ある?」

それに関してはあやめは記憶しているらしく

「本郷さんが撃った弾数は三発、一発じゃ完全昇華してくれなかったんですって」

「ふーん…三発を冷静に撃てるとはアイツも結構使えるわね」

「…と言う事で残り197発です、使い切りそうな勢いですか?」

「ここに来る前特急で追加注文はした…ただ…相手が何処でどんな手を
 使って来るやらがまだ見えてこないのがちょっと痛いわね…、ま、その手がかりを
 今ソイツが昨日まで勤めてた工房に聞きに行くのだけど」

「判りました、急行しましょう」

あやめは取るものも取りあえず弁当だけは持って弥生と共に三角山にあるという
鶴ヶ峰の工房に向かった。



中央区宮の森と西区山の手の間にそれはあるという、車で山道に分け入り
弥生の車は迷いなく突き進んで行く、特に目印らしいものも無く、あやめが思わず

「なんでこんな所に…芸術家さんだから、なんでしょうかねぇ」

「町工場みたいな場所ならそこでも良かったんでしょうけど木を彫ったり
 彫金したりと言った音は響くから…って言うのもあるんでしょう、
 後はまぁ彼なりの美学なんでしょうねぇ」

そして、山道でも結構生気の山道を外れもうホントに車の轍くらいしかないような
小道に入っていって少し、その工房は見えてきた。

特に看板が在る訳でも無く、結構広い敷地にそれはあり、六十代ほどの男性が
開けた工房に居て作業をしているのが見える。
作務衣(さむえ)に額を覆う手ぬぐいを巻いた、ホントいかにもって感じの人だ。

弥生の車の到着に気付き、作業を止めて弥生の方へやって来る、
弥生の方も車を出て挨拶をしている。
そしてあやめを紹介し、とりあえずこれまでの状況などを教えて貰うことにした。

弟子、湘南台 円行(しょうなんだい・えんぎょう)の居た頃の工房内の写真を
撮ったはいいが、それはちゃんとしたデジタルカメラでパソコンが動かなくて
どうしようも無い状態だという、弥生は持って来たノートPCとUSBケーブルで
あやめにそれを確認するよう指示し、弥生自らはパソコンに繋がれたケーブルを
確認しながら外して行き、本体だけにして空気の良い外に持ち出していった。

「これじゃあ、動かないって…w」

弥生が蓋を開けると木の粉やら何やらがびっしり積もってる。

「ありゃあ…こんなになっちまう物なんだなァ」

鶴ヶ峰は空気を吹くちょっとした道具や、埃を払う筆などを弥生に渡し、弥生も慎重に
パーツその物を出来る限り外して隅々まで掃除を開始し、鶴ヶ峰もそれを手伝った。

「弥生さん、お弟子さんのってこの辺りですかね」

あやめがノートPCを持ってきて中身を示す、しかし酷い埃

「ああ…ちょっと作業場に戻りましょう、ここはちょっと…」



「これは…間違いないわね…玄蒼市で確認されたケモノ型の悪魔の彫像だわ…」

弥生は念のために「魔階レポート」を持参していて一つ一つ確認していった。

「悪魔の彫像って…アイツ、何する気なんだ」

「これに悪魔を降ろすだけでは無いわ…多分動物霊をつかって悪魔に仕立てるつもり
 なのよ…ただのペットじゃあ悪魔にまでなんてなりきれないことも多いでしょうし」

そこであやめが気付く

「弥生さんちの近くの動物センター!」

「そこ一カ所だけなら話はまだ簡単…問題は札幌にはもう一カ所
 動物センターがあって…そこが問題だわ…」

「ドコにあるんです?」

弥生はノートPCからブラウザを開き地図サービスのページを開き
札幌の一点を示す。

「北区篠路町福移…ウチの近所のもここのも条件的に似てる節がある、
 福移のセンター近くには牧場もある、うちの近くには北大があって牧場もある…
 福移の方を封鎖しきれるなら被害も最小限でしょうけれど…
 ウチの方でやられてもし突破されたら…そこは住宅地…
 とんでもない事になる…しかも突破されたら怖いのは本当は福移の方、
 民家が少ないだけに下手に逃げられたら追うのが難しくなる」

あやめが一気にいやな汗を一筋。

「…北区・東区・隣接する厚別区や白石区などの警備係その他
 応援を付けて福移の方は警戒させましょう…中央区西区手稲区豊平区南区…
 弥生さんの家の近くのはそう言う布陣ですね…でも…何故こんな事を…」

そこへ鶴ヶ峰が

「アイツは動物への感情移入が強くて…それで現実の動物の像だろうと
 架空の生き物の像だろうと任せていたんだ…ひょっとして…その中に
 何か人への恨みを持った像が混じっていて感化されたのかも知れねぇ…
 毎年保健所で処分される動物のことなんかもかなり心を痛めていたし…」

弥生が追加で

「そんな時に「どう言う訳か丁度よく接触してきた」のが「誰かさん」
 …彼に「動物たちの人間への復讐の機会を与えてはどうか」提案し
 彼はそれに乗ったんだわ…それでこの…(魔階レポート)の…そうね
 例えば妖獣ガルム…ほら、この像も幾つか彼の彫り物の中にある
 後は魔獣関係も多いな…猫に類する悪魔が余り居ないので
 そこをどうするつもりなのか…とはいえ、人への恨みが強い犬なんかが
 例えば妖獣フェンリルとかになられたら…結構厄介よ…」

「妖獣ガルムは評価レベル9に対してフェンリルは57…
 こないだ私が魔階で遭遇した魔獣オルトロスが30…祓い弾でも二発か三発
 必要でした…もしこれに牧場の馬や牛が加わってもしフラストレーションの発露で
 悪魔化したら…これ…下手したらカズ君事件どころじゃあないですよ」

あやめがいやな汗たっぷりに呟く。
鶴ヶ峰にとっては今ひとつ判らない会話ではあるのだが、「情念」「怨念」という
像に宿る精のことは肌で感じ取れる、だから弥生にそれを祓うことも
依頼したりしていたのだ、だから、これがとんでもない自体だと言う事は理解できた。

「それでか…あいつ…次に連絡した時には家から出るなと言ってたのは…」

弥生がその鶴ヶ峰の呟きに

「この家は色々有り難いものの庇護があるからね…ここに居る限りは大丈夫…
 と思ったのでしょう…」

「弥生さん…不味いですよ…これ…」

「とはいえ、基本玄蒼市の悪魔に沿った魔物として現れるなら、ここにデータはある
 ガルムもフェンリルも銃攻撃が弱点、と言う事も判ってる。
 猫又やイヌガミ、馬に取り憑いてバイコーンになってもそれらは電撃が
 弱点と言う事も判っている…後は規模の問題だわ…
 動物センターで最も処分数が多いのは猫、しかも生まれて間もない猫、
 だから恨みの何のの前にしょうがなく果てるんでしょうけれど、
 全体数と範囲が絞りきれない…そして、決行日がいつか判らない…痛いわね…」

弥生はそう言って外にあるPCの掃除に再び戻った。
あやめは思った。

『昼間は人の活動も活発なだけに被害を大きくはしやすいけれど
 施術がそれなりに派手なものなのだとしたら真夜中の人目のないときを狙うはず…』

「鶴ヶ峰さん、とりあえず…円行さんからの電話があったら、即弥生さんや…
 (名刺を取りだし)私…というか「警備課内特殊配備課」に連絡をください」

鶴ヶ峰は名刺を受け取り

「ああ…判った…あいつめ…優しすぎたのが徒となったか…心を鬼にすることだって
 必要なことだと説いたはずなのに…」

あやめも正直複雑だった、先日感じたあの何とも複雑な心境の渦巻く
動物センターの気配を自ら感じ取っていただけに…

弥生がPCの掃除をあらかた終え、各部品等も点検の上組み立て直し、
元PCの置いてあった場所に戻してからケーブル類をなるべく正確に元通りに
して組み上げて行き、電源ユニットから通電させて、起動スイッチを押す。
PCが動いた。

「おお…そうか、埃も溜め込んだら行けねぇんだな、助かったよ弥生」

「ま、コンデンサとかが逝かれてたり基板上に何か不都合がなければ
 こんなもんだわ…とはいえ、形式自体そんな新しいPCじゃないし
 そろそろ買い換えを考えてもイイかもね」

「うん…ま、それは考えて置く…よかった…これで連絡とか
 ホームページの更新もまたできる」

「息子サンはまだ継ぐ気になれないみたい?」

「ああ、普通にサラリーマンやってるよ…小さい頃は色々教えたりもしたが…
 継ぐかどうかは兎も角、先ずは普通に生活してみたいんだとさ」

そんな時昼時になり、奥さんがお茶と共にお昼でも…となるのだが、
弥生もあやめも弁当持参と言う事で、場所だけ借りて食べることにした。



「合図も師匠に電話が掛けられた時ってんじゃあ…今からずっと人員確保して
 ずっと封鎖して待機なんて出来るはずもないし…自衛隊の力を借りるにしても
 限界はあるぞ…まして今この札幌…自衛隊には風当たりも強い奴らが
 ウヨウヨして居るからな…」

特備に戻って三人が会議をしていたが、やはり「いつ」が判らないのでは
連絡や協力の要請は出来ても下手に警戒を敷いて長期戦に持ち込まれたのでは
こちらに不利であると本郷も説いた。
しかし本郷も

「…とはいえ…八軒でそれが起れば直ぐにでも大惨事…
 篠路町福移でそれが起きて拡散されたら「見つけ次第」以外手の打ちようがねぇ…
 …そいつ、二箇所同時で騒ぎを起こせるかな…そこが大問題だ」

弥生のノートPCにコピーされた写真を提示しつつあやめが

「総数その者はそれほど多くありません…弥生さんが言うにも
 八軒と福移で同時に施術するにはそれなりに大規模な陣が必要なはずで
 今札幌の神社寺院の位置情報と共に玄蒼市に問い合わせています…
 もし…相手が大規模な無念の動物を使った悪魔召喚・合体の施術をするのだとして
 一つ二つでも施術に必要なものを排除すればもう陣としては意味を成さない
 らしいので…恐らく「どちらか一カ所」になるのではないかと…」

「規模がでかけりゃでかいなりの穴はあるってことか…なるほど…」

そこへ弥生が

「もう一つ問題があって…いえ、それを問題と見做すかは任せるしかないのだけど…
 悪魔化しても人への信頼や愛情を持ち続ける友好的なのも居るかも知れない…
 勿論そんなの実際に接触しないと判らないんだし、実際に接触して
 襲われる率上げるのも馬鹿馬鹿しいでしょうし…でも私としては、そういうのは
 昇華成仏に導いてやりたいのよね…」

本郷は余り顔色は変えないが静かに

「お前の気持ちも良く判るよ、お前が大の猫好きなのも知ってるし地味に俺犬派だし
 だが……」

弥生が続いて

「人が開拓し人が築き人が運営している都市である以上…人が絶対…」

あやめも辛そうにした

「悲しいイヤな事件になるでしょうね、今回のはどう転んでも…」

特備を重い雰囲気が包んだ。
弥生がそこへ

「…とにかく、湘南台 円行の軽トラは自らの所有物…手配は掛けてあるし、
 今のところどこかに放置されたと言う報告は無い…「誰かさん」が手引きを
 続けているのか、後は成り行きに任せるのか如何で対応も変わってくるわ。
 一応ナンバーと同系統の車種の写真、そして積み荷…まぁ多分雨よけや
 検閲逃れにシートでも被せて一見関係ないもの積み込んでるように
 見せかけるくらいはやるかも知れない、ナンバーも取り替えたりしてね…」

本郷が続いて

「後~会にも手を打って札幌中の「そう言う手配逃れに手を貸しそうなトコロ」を
 当たらせてる、こう言う時には役に立ってくれるよな…ヤの字も…」

「軽トラですからね…それなりに狭い所でカモフラージュして時を待ってる
 可能性もありますし…大捜索ですよ…」

そんな時に特備に直通で電話が掛かってきた。

「はい、特備…ああ、国土交通省の…どーも、手間取らせますな…
 地図の件の回答が来た…じゃあ、いつものリレー行きますかね、
 富士、タブレット用意、直ぐにオフラインに出来るようにな」

「はい、OKです」

「よし、じゃあ手はず通りどうぞぉ」

またしちメンドクサイ手順を踏んでのファイルのやりとりの後、オフラインで
その圧縮ファイルを解凍し、PDF形式のそれを開く。
矢張りというか執筆者は彼女…百合原瑠奈だ。



まず、よく寺院などを線で結べば陣になると言うのがあるが、それはあくまで
結界として機能する物であって、これに手を加え魔術の陣に仕立てることは
神仏の怒りに触れることもある行為なので、余程の覚悟がなければ有り得ない。
施術の範囲が広くなればなるほどその動きは目立つので、心配であれば
(以下、幾らか魔法陣の幾らか簡略化したものを数点)に合致する
寺院などを調べてみると良い、どんな仕掛けがしてあるかさえ見破れば一般人にも
判るものなので、最初だけそれらしいのを祓い人にやらせれば良いと思う。

加えて軽トラ一台分にそれなりの大きさの彫像となると数は稼げない、
施術の範囲も余り大きく派手にすると思わぬものが影響を受ける可能性がある
(野生の生き物など)恐らく狙うのは都市部、
容疑者は、それらを束ね指揮するものとして、現場に居るはず、
生物界の均衡者を気取るはず、手引きをした物については、こちらからも常に
シッポを押さえるための捜査をしている故、最初の接触から先は殆ど言伝のみと思われる。

以下理由、まず、魔術その物が人間の産物である事、それを漏らしているという点から
「誰か」の影に神に近い悪魔が着いているのだとしても自らは手を下せない、
玄蒼市・あるいはそこに繋がる魔界の方もそこは厳しく監視している。

人でありながら人間界の魔界化目論むような「手引き者」が主な「誰か」になるだろう、
しかしそれは矢張り、「尖兵」に過ぎない。
尖兵の出来る事は魔術の漏洩や、事件当事者への精神的焚き付けであって、
実働部隊も主に人間で構成されているであろう事、ただし、分霊の形で
ほぼ人間並みの能力と気で検出の難しい状態で黒幕がそれらを指揮している
可能性は考えても良い。

詰まり相手はそれなりに組織化して動いている可能性も充分考えられる。

この件に関しては、恐らく満月の夜になると思われる。
満月の夜は、玄蒼市では悪魔達が唯一コミュニケーション困難になる月齢であり
玄蒼市内から生まれ、外の世界に翻訳された魔術を使うにしても、恐らく
悪魔達が暴れやすいその月齢を狙うはず、昼間では無く、夜間の可能性高し、

以前の魔界レポートを参照し、動物型の悪魔個々の対応を準備しておくよう、
祓い弾という玄蒼市には無い万能属性弾がそれなりにあるのなら力強いとは思うが
場合によってはマニュアル外の特別仕様の巨大なバージョンとして襲いかかってくる
可能性もあるので、数発で倒せると楽観はしないこと。

その後については、また応相談



「…流石だわ、向こうには向こうの駆け引きもある…人間の魔界信者が尖兵か…
 こりゃぁ正体掴むまで骨が折れそうだわね」

弥生の言葉にあやめが

「可能性だけに絞れば八軒の動物センターが可能性としては高いと言う事になりますね」

「ただよォ…「あえて」野生動物を巻き込む可能性はやっぱり否定は出来ねぇんだよな」

「そうですね…どうしても人員は二手に分かれさせなければなりませんね…
 そしてどちらかに私か本郷さん、そして弥生さんか裕子ちゃん辺り配置しないと…」

弥生が自らのPCを操りながら

「で、直近の満月の日が…?」

本郷とあやめも横から見て固まった。

「「「……今日……」」」

本郷が

「どうする、今から方々に応援掛けまくって八軒の動物センターと福移のを両方
 監視下に置くか…?」

「余り派手な動きをさせて悟られて次の満月までとなったらその間に依り代を
 増やす可能性があるわ…あと、警察だって甘くない、包囲網は確実に狭まる
 妙な場所で強硬手段に出られたらそれこそ大惨事だわ…」

「あくまで人情的に攻めるなら、早く容疑者の居場所特定して説得すること
 なんでしょうけど…」

「確かにそれも手だが…こうなると「手引き者」がその時がくるまでとその
 下準備に手を貸している可能性もある…もうそろそろ軽トラの方は
 見付かるかも知れない」

「…まずは軽トラと荷物の行方ね…」

「弥生、今日は探偵仕事は遅延かキャンセルしろよ」

「判ってる、それどころじゃあない…」

弥生が留守電の確認などで家の電話の留守電を席を外して確認しに行く。
あやめがそこへ

「じゃあ…今のウチに軽く説明と人員確保はやっておきますね」

「…俺今もうちょっと恐ろしい想像したんだけどいいか?」

「はい?」

「動物園とかあり得ねぇかな…」

あやめも眉をしかめる、確かに…と言う表情だ
弥生が戻って来つつ

「可能性は薄いと思うわ…確かに狭い空間に閉じ込められている「可哀想」な立場と
 言えるかも知れないけれど、それも人間の尺度…元々野生生物の彼らにとって
 「食と住」の確保された身分と言う事で思ったほどには人に敵意はない
 可能性も充分高い、やはり犬猫と言った人の側にあって進化してきたような種の方が
 怨は残しやすいと思う」

「そうか…そうだといいんだがな…」

「もし心配するなら、札幌近郊のそれなりに畜産業をやってる所全てに
 それこそ判りやすく人員配置した方がいいかもね、ターゲットを絞らせる意味で」

あやめが頷いて

「判りました、手配させます…銃器の弾は通常弾でも行けますよね」

「それは…どんな動物が何て悪魔に変貌するかによるから何とも…
 私が円行の造った像から犬族か猫族かそれ以外かをなるべく割り出すから
 とりあえず動物園や牧場、畜産業の最たる場所は先ず警戒に当たらせて」

「はい、」

「はぁ〜〜〜どんどん事がでかくなってきやがる、ホントに火消し限界かもな」

「…ま、ギリギリまで頑張りましょう、札幌が第二魔界都市候補地だなんて
 早々気軽に発表できることじゃないしね」

と言って弥生は写真から種族とその特徴を割り出して行き、表にまとめて行く。
外見については「一例」としてあり、あるいは元の犬猫の特徴が
残る部分があるかも知れない事を添えて…



「午後三時前…授業中か休み時間か判らねぇがそろそろお嬢ちゃんや
 「かわいい」にも連絡入れておくか…」

弥生は作業を続行しながら

「そうね…彼女達には八軒の方に配置ヨロシクね、私は一応篠路町福移の方に
 張り付いておくわ、八軒の方の指示は本郷、あんたに任せた。
 福移の方は私とあやめで現場を指揮する」

「OK、バランスはとれてる感じだな、あと…あの糸目のねーちゃん
 どーするかなぁ、出歯亀避けにあの目と観察力が欲しいんだが…」

「それは…私から交渉してみるわ…多分今修学旅行の記録編集でデスマーチだと
 思うけれど…夕方の六時…そろそろ夏至が近くとも日が陰るくらいの時間には
 流石に二箇所配置はやっておきたいな…編成にはどのくらい時間が掛かる? あやめ」

電話中のあやめが「少々お待ちください」と通話口を塞ぎながら

「…とりあえず、動物園・畜産業辺りの方は判りやすく張っていいと言うことで
 直ぐにも…ただ、やっぱりそれなりの重装備を揃えた部隊編成となると…」

「陸自の苗穂分屯地にも要請を出して…何なら公安辺りから防衛省に突き入れてもいい」

「…判りました…警察の方が終わったら直ぐに…」

それぞれの仕事の忙しさの中でぽつりと本郷が

「…しかしなんでまた札幌なんだろうなぁ…京都は…まぁ色々陰謀渦巻いてたにせよ
 長く都だったし、奈良もそうだ、だから守る力が強いと言うのは判るんだ、
 何で東京じゃなくてこんな北の田舎なんだろうなあ」

弥生が資料作りをあらかた終え、プリントアウトしながら

「東京って実はもう既に綱引き状態だそうよ…時々バスターが派遣されてるらしいわ、
 ただし、バスターがその力を保ったまま派遣するには魔界の特別許可が必要で
 時間制限もあるから数日掛けるような場合、ホントに捜査能力を持つ
 「訳知りの立場」としてほぼ一般人と変わらない能力で…とはいえ多少技能使える
 らしいけれど…派遣されることもあるんですって、
 北九州や福岡なんか九州あたりは悪魔より汚れた地の影響で余り悪魔も
 好まないけど、それでもやっぱり時々そんな綱引きあるようよ…」

「ふーん…でも札幌に目を着けるなら何で弥生が育っちまうのを指くわえて
 見てたんだろうな…不思議だぜ」

「…それは何とも…抗う勢力があった方がその摩擦も使える…と言う事なのかもね
 増して特に霊的な守りが特に強いとも言えない土地柄…下手したら
 悪魔側でも「誰が札幌…北海道を取るか」で綱引きがあったのかもね」

「まー縄文時代・続縄文時代・擦文時代…アイヌの時代…どっから時代を数えるか
 によっちゃ五桁に乗る時代な訳だが、近代化という意味でなら百数十年だからなぁ
 何かご大層な守りも特になし、攻めやすく案外人口もあって自然も豊富と来れば
 魅力的ッちゃぁ魅力的なのか」

弥生は出来た資料をチェックして、本郷にコピーを何部か摺らせながら

「北海道の歴史の一番の弱点は地方差がそのまま統一されてこなかった事にある、
 それぞれに神はあるし、それぞれの信仰があったのだろうけれど、
 まとめられることなく、そして近代化の波に飲まれてしまったこと…
 確かに霊的に…というか神的に弱いところ…1987年に完全に魔界は
 玄蒼市とのみ基本繋がるようにしちゃってから二・三十年…
 そろそろ「自分の支配地を持ちたい」とか考える輩が出始めたのかもね」

「戴けないねぇ…」

「ええ、まったく…ある意味私が育つことさえもある程度の敵対勢力が
 あった方がやり甲斐がある的に見逃されてきたのだと思えばこっちも腹立つわ…」

そこへ連絡があらかた終わったあやめが加わり

「…しかも弥生さんと言えば祓い人の中でも最上級に分類されるほど強い人…
 裕子ちゃんや葵ちゃんも居て…それで破れたとあっては日本の他の
 祓い人も流石に及び腰になるでしょうしね…」

「私の強さは兎も角…確かに少ない人数で広域カバーしてることは事実…」

「うん、そのたびに返り討ちにしましょう! 頑張りましょう!」

久しぶりにあやめが根性を判りやすく見せた、弥生も本郷も微笑んで

「ええ、お楽しみのためにとっておいた獲物が返り討ちを食らわせてやるわ」

「いいねぇ、俺ももうちょっと本気出してえげつなく行かせて貰うかなぁ」

あやめがその本郷の言葉に

「えげつなくって?」

「それこそ後~会でも何でも使って祓い弾も正式な製造に切り替えさせるとかさぁ
 各所にちょいとでも才能ありそうな奴が居たら初期除霊くらいなら
 いつでも来いくらいの準備は整えさせるというか…まぁ弥生に負担になるが」

「公費でそれやってくれるなら構わないわよ、つい昨日も葵クンのお友達に
 ちょっとした訓練施したしね、あやめにも詞を幾つか…といって
 見る・喋るくらいだけど」

「よっしゃ、ちょっと北海道もキッチリ脇固めてみるか…!」



午後六時集合と言う事で取り寄せの弁当くらいしかない現場に
裕子と、そして葵が志茂の車で現れた。

「いやぁ〜〜〜〜こっちの仕事が入って助かった…編集期限伸ばして貰えたし…
 …でもさ…これ私必要かな?」

現場…これは職員にも話を通し、八軒九条五丁目を幾らか囲う緊急の足場と
中が見えないような幕が張られつつある所だった。
裕子がそこへ

「お隣の脳神経外科病院の屋上辺りからチェック…と言う感じですかね…」

「それっきゃ無いなぁ…しかし、こんな判りやすく警戒敷いて、それでも来る物かなぁ」

葵が志茂に

「弥生さんによると、容疑者が使ってた軽トラが見付かったけど積み荷も何もなし
 既に何らかのカモフラージュで二箇所ある候補地のどっちかに向かっているはずだ
 って、一応下水道もこないだの経験から警戒してるみたいだよ」

「この満月を逃せば次の満月まで伸びる可能性があり、そうなると
 今度は約ひと月逃げ果せないとならなくなる…そう言う意味でもやってくるだろうと
 睨んでいる様子です、後はそれがどんな手なのか…」

「ふむ…とりあえず外科病院にも話通ってるよね?」

それを聞きつけた本郷がやって来て

「警官を二人ほど随伴して行ってくれ、あと…上からの様子を判りやすいように
 お嬢ちゃんとかわいいも一旦見てきてから戻って来てくれ、
 ドコでどんな形で魔術を使うかはっきりしねぇからな」

二人は頷いて、志茂と警官達と共にまずは覆われつつある動物センターを上から見る事にした。


第一幕  閉


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