L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:FIFTEEN

第一幕


もう、泣いていた。
誰も彼もが泣いていた、弥生ですらも。
これは個人の感想がどうのというのは置いておいてその本人達の気持ちが直接流れ込むからこそであった。

特に、弓が本家へ宛てた書状はそのまま張り付けられており、
弓から守への最後の手紙こそ無かった物の、最後の書状を認めた心には既に最後の手紙もあったのだろう
その文面とそれを泣きながら山を走り抜ける守の気持ちから何から全部がシンクロした。

生々しいなんて物では無い、本物の記憶がそこにはあったのだ。

「あー、もう、だから神社建立したのよ、この古墳どこのよ?
 この当時の桜ならまだ生きている可能性すらあるわ、引っこ抜いてこっちに持ってきたい!」

弥生が涙を拭きながらその悲しみを振り切るように勢いよく喋ったが、
結局は傍観者に過ぎない他の若い子と違って弥生は六代稜威雌所持者である、
誰よりもそれに感じ入ったはずである。

『引っこ抜くのは勘弁願えますか?』

声が響く、それは…

「稜威雌…! どうしたの貴女!」

弥生が驚く、稜威雌の声、弥生以外の皆は初めて聞いた。
そして、弥生の側…正確には稜威雌の側に現れ立ち、

『丘野さんの力を借りて…これは投影のような物です、わたくしは皆様の前には実際は居りません』

そんな稜威雌も涙でぐしゃぐしゃであった。
稜威雌にまでその能力が及んでいたようである、
いや、むしろだからこそ生々しさも倍増だったのかも知れない。

『弓の亡骸と守の亡骸はその桜の下に埋まっております、
 もはや魂も無い空の骸だとは言え、守のためにも引っこ抜くのだけはご勘弁ください…』

「守さんは…守さんはどうなったの?」

葵が精一杯稜威雌に聞いた。

『十条の家が弓と守の二人をひと組にしても実質わたくしは最後弓の手から離れた時に
 無主物になってしまいました…基本主がいて握った状態で無ければ把握しかねます…
 でも…時々刀を持っては悲しみと共に慈しみと言いますか…温かい心を感じました
 守のその後については良くは知りません…ただ…三代の記憶に依れば…
 それは少なくとも戦国時代…三代の頃には簡素な二つの墓と共に桜の下にあったのです』

「うぅ…ボク、尊敬する人がどんどん増えて行く…おやいさんに守さん…」

裕子は元々十条の血に感受性がやたら高い事も手伝って喋ったり出来ないほどに
泣いていてハンカチでは足りずティッシュペーパーを大量に消費していた。

「そう…でも例え苗木でもその木が欲しい…、今も残っているのかな…」

弥生が呟くと、稜威雌は

『判りません…わたくしも歴代は心は通わせつつ矢張りいつか心の隅に置かなければ
 役目は果たせませんでしたし…丘野さん、貴女の力は素晴らしい…当時の事が
 今まざまざと蘇りました…わたくしが歴代の中でも呼び捨てにするのは弓だけ…
 弓とは誠に同列の友達…戦友であるかのように過ごしましたから…』

「それで…」

丘野が呟くと、裕子を慰めながらの蓬が

「どうしたの?」

「前読んだ時より生々しいって思って…二代の資料って少ないんです…初代より…
 独り立ちしてからは都に最後まで戻りませんでしたし、巻物のかさは書状もあるからで…
 だから…実際に読んでいた時間はそんなに長くないんですよ」

光月が時計を見る

「…ホントだ…まだ一時間も経っているか…」

弥生も落ち着こうとしつつ何度も涙を流しながら

「よーし、「対処法」は判った…そして稜威雌…私も銃は使いつつ貴女を死んでも離さない…!
 今心を新たに誓うわ…!」

いつもならそんな台詞は胸の詰まる葵だったがこの時ばかりは

「うん、それがいい」

稜威雌はそんな二人の様子に少し頬を緩ませ

『また…歴代の話題が出た時にはわたくしを側へ置いてください、屹度…新たな発見もあるはずです…
 初代八重様、三代八千代様、四代宵様…』

そして基本恥ずかしがり屋と聞いていた稜威雌は消えた。

「四代か…よーし、私玄蒼市のフィミカ様にだって資料請求しちゃうぞー」

弥生の歴代への敬意も新たに、でもそれって大丈夫なの?
という空気も匂わせ、少し落ち着いてからの作戦会議と入った。



「いやぁ…すっごいヒント一杯貰ったわ…」

弥生が一人座を離れて何かをしながら言った。
もう殆ど落ち着いていたのだが、唯一裕子だけがまた涙に暮れていた。

稜威雌の所持者にはならないだろうけれど、それでも十条の祓いの血には誇りを持っている
それだけは弥生にも負けない、裕子が全てを受け入れるにはまだもう少し間が必要であった。

「先ず丘野…これに何か貴女の所有物だって証を刻んで」

不器用に何とか小さく幾つか丸められた粘土玉であった。
それが何を意味するかは判る、守の役目を丘野に托すというのだ。

「これボクが小学生の時に使いかけて残してた紙粘土」

葵が言うとそこへ弥生が

「なーんか残してたのよね、この日という晴れ舞台が出来て紙粘土も喜ぶでしょう、
 葵クン、焼けない程度に堅く乾燥させるにはオーブン何度で何分くらい?」

と言われると葵はその平均的な大きさからその温度と時間を弥生に告げると
弥生はそれをセッティングしつつ手を洗い、

「そして丘野…これを…」

と言って新品のノートを二冊持ってきてそのうちの一つに「丘野」と書き
そこへ万年筆で罫線無視の一文を幾つか書いた。

「細かい発音とかは裕子が落ち着いてから現場に向かう間に覚えて、出来れば
 頭じゃ無く魂に刻みつける勢いで」

自分の役目は判る、そして恐らく「祓い」という面では一番弱いだろう自分、
でも物から記憶を呼び覚ますと言う能力を持つ、恐らく守と同じに石という物を使い
境界線領域を形成したり石その物を使う事で効力を良く発揮出来るだろうという事だ、
丘野はその流れるように綺麗な字の弥生のノートを受け取り

「…はい!」

しっかりとをれを胸に抱えて応えた。
弥生は微笑みつつ、もう一つのノートに言葉を書き込みつつ、それには
しっかりと発音記号まで添えながら、呟くように

「光月…貴女には詞として教える事は何も無い、でもこれを刻んでおいて…
 カラビトの魂は一つ一つは弱いって事は判っていると思う、だから…貴女の矢に込めた
 祓いの力を目標物に当たった瞬間花火のように飛び散らす感覚を刻んで」

自分の役目は弓!?
いや、幾ら何でも…という光月の表情を読み取り、弥生は微笑みながら

「貴女の役目は弓の片方、茸でなく魂の方を相手にしていた弓の役目」

「それなら…、はい、私屹度やり遂げます!」

弥生も強く微笑んだ、光月の実力の程は知っている、期待しているという目だった。

「葵クン、貴女は天野力の役目」

「うん! 頑張る!」

何も言わずともその役目は伝わるって言う事もいい物だと弥生を始めみんなが思った。

「裕子…」

弥生がノートを付けながら呼ぶと、未だ涙声ながら裕子が鼻をすすりながらも

「わたくしは四條院摂津様の役目、心得ております…」

流石だ、ただ悲しみに暮れるだけでは無い、その中でやるべき事はきちんと理解していた。
まさに摂津の役目に相応しい。

「飛び詞なんて技は貴女しか使えない、宜しく頼むわね」

「…はい!」

「そしてさて…蓬ちゃん」

とばかり言った頃、弥生の携帯に着信が入る

「…何よ、こんな大事な時に…」

弥生がぼやきながらもその電話に出ようとしている、
蓬はもう残る役目は「番」の二人しかない、と思い、例えそれでも群れる不浄の魂に立ち向かう!
と心に強く刻んだ。

「何よ瑠奈、わざわざ電話なんて寄越すとか」

玄蒼市からだ、そして瑠奈をもう呼び捨てにして居た。
瑠奈の実力は裕子や葵がよく知っている、強かった。
そして辺りに響き渡るような大声で瑠奈が言う。

『ちょっと貴女! フィミカ様に十条宵の資料渡せなんてフィミカ様をあんまり悩ませないで!』

悩む、二代の記憶からその人は担がれたくないとは言いつつ、生来の性格から
どうしたって貴人(あてびと)の風格がにじみ出て知る人をひれ伏させて壁になってしまう事を
悩んでも居る人だった。
その人をして手放す事を悩ませるほどの人だったのか、宵という人は。

うっるさいなぁ、というしかめっ面で携帯を一瞬離しつつ弥生が負けじと語気も強めに

「私は知っている、フィミカ様にとって宵が大事な同志であり友達だった事はね
 でもそれでもどうしても「原本が」必要なの!
 いい? 今からその訳を話すわね」

と言ってカラビトの茸の発見から二代の記録、そしてそれは丘野の能力によって
「原本か限りなくそれに近い物」からでないと細かいニュアンスが再現されない事、
今それでカラビトの茸を今この現代で祓おうとしている事、
決して伊達や酔狂や増してコレクションなんかでは無い、と言う事を強調した。

『…なるほど判った、それは確かに必要な情報だわね…
 でもなんだって貴女が十条宵の事を知っている訳?
 彼女の記録の殆どは玄蒼市にしかないとあたしは知っているわ』

「私はフィミカ様と僅かでも交流のあった弓、八千代、そして宵の所持していた野太刀稜威雌の
 六代目所持者、そして稜威雌にはその名の神が宿っている、稜威雌から概要だけは聞いたわ、
 でも概要だけじゃ伝わらない事があると言う事を今回の事で知ったの、
 だからどうかお願い、フィミカ様を説き伏せて頂戴」

『野太刀ってまた貴女も偉い物持ってるわね』

「しかも七百年の歴史を持つ刀よ、巡り合わせで私の元に来たその刀を宵もかつて所持していた、
 宵は四代目の稜威雌所持者」

『…判った皆まで言わなくていいわ、説き伏せはする、何とか原本をそちらに送れるようにする
 でもそれには結構な数の記録を写すかコピーするかしないとならないわ』

「それも判っている、今すぐなんて言わないわ、ただどうしても、
 今後のためにそれが必要になる時が来るだろうという私の意思も伝えておくわ」

『了解したわ、悪かったわね、突然』

「いいえ、言葉短く少なめにじゃないと取り次げないなんて言う国交省をお互い恨みましょう」

『言えてる、そうしましょう、では』

瑠奈の電話が終る。

「…あの女も大したもんだわ、魔界大使館の取り次ぎでもありバスターでもあり
 そしてフィミカ様との取り次ぎでもある訳だ、ま、あの女に任せておけばいいでしょ。
 結構な数ってどのくらいなのかな、着払いとかじゃ無いわよね」

うんうん、そうだそうだ…という言葉の後に妙に現実的なこぼしが入ってちょっと
調子が狂う少女達だが、弥生は改めて咳払いをして

「そしてー…」



「…と言う訳でね、フィミカ様、あの女の言う事は理に適っている
 感情で許しがたいというのは判るけれど、そこを何とか協力してやってくれない?」

「…カラビト茸を祓おうというのか…しかもかつてそれを祓った弓の後継者じゃと?
 そうか単に十条と言うだけではなかったのじゃな、宵のあの刀、八千代や弓の物でもあったか」

天照院住居部分の…当然和室にて慣れない正座をしながらいったんは自分の意を汲んだ瑠奈が
一転弥生の側に立った事を思い、フィミカ様は呟いた。

「あたしはその弓とか言う十条を知らない、だけれどかつてのそれから学び
 今この現代でそれを祓おうとしていて、その細かい情報を得るのに原本かそれにきわめて近い物が
 必要だと聞いたわ、それが本当なら確かに宵の資料…あたしは幾つかを手に取った程度だけれど、
 渡す必要があると思う」

「ふむ、過去から未来へ」

「そう、未来のために」

「それを言われては、わらわもいつまでも思い出に浸るのもなんじゃなぁ」

「思い出はとても大切だけれどね、でもそこまで大切な人だったのね」

「わらわにとってはふらっとそこの縁側から気楽に現れて
 「いぎりすから入ってきた紅茶とすこーんなる菓子を手に入れましたよー一緒に食べませんかー」
 などにこやかにずかずか入ってくる奴など宵以外はお主がそれに近いくらいじゃからなぁ」

確かに瑠奈もちょっと限定っぽい食べ物などを見かけたらフィミカ様に差し入れはしてたし
あんまり堅苦しいのはイヤだと言うから敬意は払いつつなるべく「いつもの感じに」接してはいた

「…貴女は生来のリーダー格なのよ、そこを否定したってどうしようもない
 ただ…まぁ、そうね、そのせいで窮屈だったろうとは思う
 貴女に掛かる面倒は先ずあたしが受けるようにはするわ、だから貴女にはのびのびと居て欲しい」

「うむ、矢張りお主は態度こそ違うが宵に似て居る、宵から資料を渡してやれと
 言われた物じゃとわらわは受け取る、よし、何かよい「こぴー」の手立てはあるのかや?」

「本や巻物を「そのまま」コピーする事も出来る、印刷じゃ無くて
 張り紙がしてあればそれもそのように、虫食いがあればそれもそのように、
 しかも酸化した分は調整出来る、新品同様にほぼ同じ物をそのまま生成出来るわ
 …ま、ドクターの手は患わせるけれど」

「その「ほぼ」というのは何かの?」

「どうしたってオリジナルじゃ無いって事よ、そこが多分弥生の方で必要なモノなんだと思う。
 墨で書いた文字も墨で書かれたそのままに生成はされる、
 でも何をどう足掻いたってかつて貴女なりが紙に向かって書いたという記憶ばかりはコピー出来ない」

「なるほど、そしてそれこそが今必要と来たか、判った、複製をしておくれ、費用はなるべく出そう」

「あとで弥生にでも請求しておいて」

「うむ…しかし問題が一つあってじゃな」

「どんな問題?」

フィミカ様は立ち上がり、瑠奈を手招きして廊下を渡り、一つの部屋を開ける

「まさか…」

瑠奈にイヤな予感が

「うむ、まぁ狭いとは言え一部屋丸々宵のための部屋でな…物を除いて記録だけでも結構な量じゃぞ?」

「…着払いで送りつけてやろうかしら…」



現場へ向かう車は二台、一台は本郷の車であやめも居た。

「カラビト茸とは何だと来たがなるほどそれは潰さにゃならねーな」

本郷の車には葵が同乗していた。
弥生からの火消し要請で駆けつけた物のそもそも話が良く判らないところに葵が車内で説明した。
本郷は大いに乗り気であった、カラビトとは何か、それがはびこる事がどれほどの危機なのか
あやめにはその最初の「カラビト」の段階でつまずいていた。

「それっていわゆる外来アンタッチャブルなひと達を含みますよね、それってだけで
 そんなに危険な物なんですかねぇ」

本郷は車を走らせながらも強い目の光でそのあやめの言葉に応えた。

「あれらがそれぞれの国の中でだけガチャガチャ言うならナンボでも喚いてりゃいーのさ
 だがその舞台がこの日本で日本内部に潜んでる奴らこそその火種とくればそりゃ全力で潰さにゃ…
 これ以上奴らの好きにさせる訳にはいかねー、
 いーか、なんでアンタッチャブルなのか、そっから考えろ
 「そういう風にされたから」に他ならない、体のいい理念だったはずの言葉は利用されて
 すっかり胡散臭い言葉になっちまった、そうだろ?」

「私も兄が自衛官ですから、多少は判るつもりなんですが…
 もうちょっと掘り下げないとダメですかねぇ」

「まぁネットとかに転がってるのを鵜呑みにしろとは言わねぇ、
 だが明らかにそいつらが犯人なのに報道じゃあ扱われない、あるいはそうだと判った途端
 報道されなくなる、そんな事例はリアルタイムでごろごろ出てくるぞ」

「うん、弥生さんも「またかよ」っていつも言ってる」

葵も参戦した。

「日本って勿論私達が生まれ育った国です、それはそれで愛して守って育まなければならない
 私も警察官ですからそれは承知しています、でも、日本ってそんな何か物凄く特別なんですかねぇ」

「歴史時代で考古学的に確認されただけでも1500年は続いた国家で今も続く世界最古の国家
 当時から今でも続く天皇家の血筋、それだけで世界唯一を二つも持ってるって弥生さんよく言ってる」

「連合国家から朝廷政治、封建政治、そして近代化で議会制民主主義になってもなお
 権威の象徴で在り続けて、しかもそれはまぁ怪しい年代があるとは言え
 一応確認できるだけで1500年、皇紀に則れば2700年以上続いているんだぜ?
 「日本は蛮族の田舎国家で子分でなきゃならない」って奴らには今から望んだって手に入る物じゃ無い
 ならやる事は二つ、この国を乗っ取るか、完膚なきまでに破壊するかだ」

「民族単位で?」

「下手したら個人単位で」

「弥生さんよく言ってるよ、いい人はいるかも知れない、でもそれを基準にしちゃ行けない
 ここは日本で先ずは日本人が日本人のための国家で無ければ日本という国の意味が無いって」

「その通りだ、弥生もそこだけは譲れない奴だからな」

「お兄さんの影響が強いみたいだね、二ー兄(にーにい)って呼んでるけど、お姉さんのお父さん」

「確かに、そうですねぇ」

「ピンとこないなら後で見せたげるって弥生さん言ってるんだから、先ずはお仕事しようよ!」

「出来れば見てから仕事と行きたいんだけど…だめかなぁ」

「それは…難しいかも、もうみんなやる気満々だから、ボクだってそうだ、
 今回天野力さんって人の役回りだけど、その人の気持ちも分かる、ボクは全力であれに
 立ち向かわないとならないんだ!」

「そっか、葵ちゃんがそこまでなら、私も四の五の言わず先ずお仕事だね」

「記録に残る他人の感情が流れ込んでくるとか、大丈夫かねぇ」

「泣くよ、多分本郷さんも!」

「よーし、意地でも泣かねぇぞ」

車はいざ現場へ



夕方、一帯は封鎖され、お寺の住職にもその旨は伝えられ、カラビト茸を実際に見れば
一般人に毛の生えたとは言えその禍々しさにこれは危険だと理解を得られる、
今回の祓いで塀は壊れるかも知れないが、その旨はこちらの警察に宜しく、と弥生は
特備の二人に体よくバトンタッチしてしまう。

「祓いで塀は壊れるかもと、一体何をしようとしているのですか?」

住職の問いに特備の二人は言うべきかちょっと困った
弥生がそう言うのだからカラビト茸の辺りはそれはもう壊れるのだろう事
しかし、本郷が住職に言った。

「墓にだけは累が及ばないようにしますよ、アイツは多分それだけはと思っているはずです」

ちなみに猿楽さんはお寺の中からそれを望む事にした。



特備が祓いの現場に来ると、葵から話を受けていた弥生が

「丘野、二代の資料の…墓を検める辺りの巻物でその部分だけ読んでやって」

丘野は車から巻物を持ってこようとしつつ

「そこでいいんですか? カラビト茸の部分ではダメなんです?」

「とりあえず「どんな厭らしい奴か」だけ判ってくれれば、ね」

弥生が言うと、丘野は特備の二人に数分ほど自分の言葉に耳を傾けてくれと言って
そして該当部分を読んだ。
内容的には前段三幕後半から四幕始めの節までである。

「…こ…これは…」

本郷がちょっと焦って自分の車に寄りかかった。
葵があやめの元へ寄り、

「判った?」

あやめは俯いていた

「あやめさん?」

そしてその手が堅く握られ

「判りました! この日本を中から破壊するってどういうことか!
 許せません、一日本人としてそんな事は断じてさせません!」

弥生がそれに

「古墳に中に入り込んで中から蝕もうとか、もう日本人の発想じゃ無いでしょ」

「はい! 絶対に許されません!」

必要以上に伝わってしまった気もする、本郷が「オイオイ」という感じに

「やっぱ危険だよこれ、すっげぇ洗脳に使えそう」

「貴方の懸念も判る、本郷。
 でもこれらは事実、少なくともカラビトの魂は古墳を穢そうとしたし
 そして今カラビト茸は…そこにあるのよ、これがその穢れた魂の巣」

「後段の方でそこ払う場面もあるんだよな」

「勿論、でもそこは「そこだけ読ませる」には勿体なくてね」

「なんだよ、それ、もったい付けるなよ」

「っていうか祓いでも無い貴方が今それを体験してどうするの?」

「んーまぁそれもそうか、でも…なーんだろなぁ、なーんだろ、この漠然とした不安は…」

「はい、ヘンに悩まない、付け込まれるわよ、ファイトだけを燃やして、ほら!」

「ま、そりゃそうだ、立ち向かわれると一気に弱いのも奴ららしいなぁ」

「本郷は若い頃そっち方面の事件にも携わって生きてる方でウンザリした口でしょ、なら判るでしょ!」

「ああ、判ってる、まぁいいか、とりあえずやる事やらなきゃどーにもならんな」

「そう、よし! じゃあ行くわよ、皆心の準備!」

葵はファイティングポーズ、光月は弓をいつでも射られる体勢でその体にほの赤い光を纏い始めた。
そして弥生が言う

「よし…では…まず蓬ちゃん!」



時間を少し戻す、瑠奈からの電話を切った後だ

「私の役目は番の二人ではないんですか?」

蓬がきょとんとした、文献と体験から来る記憶の役割は他には無い。

「違う、そこは私のオリジナルの役目を作って貴女にはそれをやって貰う、
 私の勝手な想像なのだけど…屹度貴女にはこの言葉が馴染むはず…」

そしてもう一冊のノートの表紙に「蓬ちゃん」と書いてそれを渡す。

「それを良く頭にたたき込んで、発音記号も付けた、イントネーションもそこにある通り」

弥生直々にそこまで細かく指定するとは…ちょっと蓬が緊張してそのノートを開く。
少し目でその詞を追いつつ、蓬は弥生に問うた。

「これは…どう言う詞です?」

「それは…、今私が即興で作った、でも効果は保証する」



「行きます!」

蓬が詞を唱える、ほの青い光が蓬から発せられ、そしてそれが両手に移り周囲に作用する。
詞の最後が要のようで、蓬はそこの語気を強め言う

「奮い立て!」

するとどうだ、祓いの全員の光量が一段増した。
一時的とは言え、その詞の作用で詰まり中級ほどの力の光月は上級レベルにまで上がる!

蓬の特性、それは自分にも周りにも気を掛け応援するという物、その見立てに間違いは無かった
弥生はにやりとしつつ、

「次、丘野と裕子!」

丘野が詞と共に石を投げ、カラビト茸の周りを囲うと同時に裕子の投げ詞が更にカラビトの回り直ぐに
一重の封を施す!
そして方々から群れ襲いかかるカラビトの魂を見据え、敢えて裕子は目を伏せ両手を耳に宛がい
奈良と京都にそれぞれ居る四條院と天野の二人ずつに警戒令を出しつつ、
出来れば全国各地の祓いへの伝搬願いを伝える!

その間にやって来たカラビトの魂達には矢による炸裂祓いの光月、全身これまた武器の葵、
丘野も石に詞を込めて充分引きつけてからの祓いに加わる!

「…おい、いきなりど派手なんですけど」

「…弥生さん、これ知ってて肝心の祓いの方読ませなかったんですよ」

「…まぁ仕方ねぇか」

本郷は自分に寄ってきたカラビトの魂に祓い弾をお見舞いする、

「四方から襲いかかってくる物はどうしようもないですからねぇ」

あやめも全方位で狙いの付いた不浄の魂を祓っていった。

葵は長い髪の毛に大きめの髪留めをして居るが、それも宙で上手く振り回し当たった物は祓った
四肢だけでは無い、葵はまさに全身武器であった。
光月の矢もまるで花火のように赤い光りを散らせ、当たった穢れが祓われる光がまた花火のようでもある
蓬は裕子から貸して貰った銃と、弥生からの弾で祓い弾に依る祓いと、折を見て「奮い立ち」をかけ直し、
状況を良い方向に引っ張ろうとする、その心には武士霊団最後の将と戦いに挑む弓の心が響く
たとえ十年が五年になろうとも、この身を燃やそうと守るべきを守る、祓うべきは祓う!
弥生も銃に更に祓いを込めその弾が封手前に着弾すると展開する封というように
「弓のもう片方」の役割を担っていた。

裕子の通達が終わり、戦列に加わって封を重ねると言う時である、
弥生がここだ、と強烈な祓いの力を銃に込め始めた。

弓矢では無くそれは銃であるが、弥生の心はまさにそれを構える弓のように
静かな気持ちで、でも確かな気持ちでその闘志を銃弾に込めた。

裕子は重ねた封を引き締め、一点からわき出そうとするカラビトを締め付け誘導する、

轟々と沸き上がる弥生の祓いの気、弥生はそれでも詞を小さく唱え続け、
どんどんどんどん詞の力を重ねて行く、銃弾が自壊する一歩手前まで詞を込め続け…

そして発砲されたその弾は近距離とは言え、封に直撃し一気に中のカラビト茸をその勢いと
祓いの効力による自重での押しつぶしからの反動で破裂させる、その光たるや…!
夕焼けもそろそろ夜に塗り変わろうという札幌の街の一角を明るく照らし、
そして二代弓の光がそうであったように…いや、蓬の力の上載せがある分より白く強力に輝き空まで照らす

「近代美術館の時もこんな光だったっけか…」

「でも…それなら弥生さん、可成り無茶しているような…そうまでしないと祓えない…!」

そして弥生は十三プラス一発の装弾数最初の一発でカラビト茸を撃ち、残り十三発全てを
更にカラビト茸にお見舞いするが、それらは全て封になり、そして弥生の詞とたぐり寄せるような
動作と共にその光が小さく引き締まって行く、どんどん浄化させ、どんどん封を消費させる
裕子もそうしつつ、カートリッジを二つ目に換える弥生は弓の片方だけ…と言うように全く
後ろから来るカラビトの不浄など気にもとめず前だけを見ていた。

一瞬どきっとする裕子だが、葵がそれを祓い、そして漏れようともする不浄を素早く祓う!

弥生は全てを周りに任せている、自らはただカラビト茸を浄化する事のみに集中している、
ならばそれに応えなければ、裕子に再び自らの闘志も増し、封を施しつつの投げ詞など
まさに四條院摂津さながらの動きを見せた。

弥生が一発目の弾を装填し、また轟々と祓いの詞を込め始める。
この流れは蓬以外殆ど弓のカラビト茸祓いを再現した物であるが…
…しかしここでオリジナルの展開が待っていた。

「ささげー、筒ッ!!」

弥生がそう叫ぶと、その「ささげ」には意味が無い事を裕子は理解していた、
そこかけ声が意味する物とは、

裕子の詞から小さく球状だった封が、筒状…とは言え大砲を真上に向けたような形になりつつある。

そしてまた弥生が銃を撃つ、二度目の祓い弾は更に燃料をくべるが如くカラビト茸の封に突き刺さると
その浄化の光が大きく天に打ち上げられる!

そして打ち上がってゆく浄化されつつある穢れを…
とんでもない高さまで跳び上がった弥生が…最上級の祓いを込めた稜威雌で斬った!
その浄化の勢いは空高く成層圏にまで達し、祓いきれなかった不浄の魂はそして
宇宙空間にまで達し放出される、一つ一つは弱いその魂、善も悪も無い宇宙線や太陽風に吹かれ
破壊されながらどこまでも地球から離れて行く。

周囲の緊張の糸が途切れようと言う時、地に降りた弥生が振り返りざま目にも見えない抜刀で

「逃がさない」

壁を一閃しそこに断末魔の声を上げながら浄化されるカラビトの魂。
稜威雌を鞘に戻し、慣れた仕草で煙草に火を付けて一言

「お疲れ様」

辺りの緊張がほぐれる。
最後まで祓いを続けていたのは葵だったが、本拠地がやられたとあっては逃げ出す不浄の魂を
深追いする事も無く着地し、緊張を解いた。

弓は地中深くカラビトを押し込んだが、それは土地柄大きな地殻変動の少ない地域だから出来た事でもある、
札幌は地盤も弱く遠くの大地震すら結構な震度で拾う土地、だから逆に打ち上げた。
地球の中に戻すのでは無く地球の外へ残りを放り投げたのだ。

弓の記録を見たものにならそれが分かる。

ただ、こうなる事を知らされず参加した特備の二人はこぼした。

「こんなんもう火消しがどうのってレベルじゃネェよ…」

「今もぅ世界中が大変な混乱かもですねぇ」


第一幕  閉


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