L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:FIFTEEN

第二幕


実際大混乱だったのだが…四條院本家から祓いの指示以外に関係各所へ連絡を取った事
祓いの直後で…つまり「やってしまってから」弥生は新橋に連絡をした。

『全く貴女という人は…』

「でも今回は派手だ地味だ意識してたら祓えないほどの不浄、
 多分四條院本家や…そうね、京都四條院なんかも証言はしてくれると思う」

『何も「知って今すぐ」でなくとも良かったのではありませんか?』

「鉄は熱いうちに打てと言うじゃないw」

『細かい事はとりあえず報告書を戴きますよ…あと…裕子さんのご学友はでは見所ありで良いのですね』

「私が保証する、既に四條院本家には打診しておいた」

『判りました…これを「無かった事」にする事は不可能ですが限りなく小さくする事は出来ます
 「陰謀論者へのエサ」として矮小化させましょう…』

「宜しくね♪」

弥生が電話を終え、特備の二人に

「大丈夫だって、あんなもん無かった事になんか出来ないって新橋にも言わせたわ」

「そりゃどーも…ってかお前、やっぱり最初っからそのつもりで祓いの場面見せなかったな?」

「見せてたら許可出した?
 折角やる気に燃えていたみんなの気を削いで、他のやり方探せと命じていた?」

本郷はボンネットにもたれつつ右手で顔を覆いながら天を仰ぎ

「言うだけは言ってたさ、「どーしよーもないなら」任せるって形で」

「…ま、早々に「任せる」って流れにはなっていたでしょうねぇ」

本郷の職務上の義務にあやめが「仕方ない」を入れる物の

「くっそ、どっちが良かったのか判断が付かねぇ、もう一度…今度は祓いの場面を含め見せろ」

「あらあら、前途ある少女達をこれ以上拘束する気なの?
 私や葵クンや裕子はもう半公的存在だからその言葉には従うけどさ」

「そーですよ、本郷さん、せめて日を改めましょう」

「今夜は眠れねーぞ」

「あんたも結構細かい事ぐちぐち考えるタイプよねー」

「モテねーと言われようがこれは俺の性分なんだ、我ながら損だとは思うがよぉ」

そこへ丘野が

「あの…私寮ですし…外出許可さえ取れればいいですよ?
 ただ…そこそこ防音でそこそこ人数入れてって場所を確保しませんと…」

「そりゃまた何故?」

本郷の言葉に丘野はきっぱりと

「泣きますよ?」

「くっそ、意地でも泣かねぇ、とはいえ…富士もいるしな」

「いや、私は別に今日でなくとも…」

「おう、未来ある少女をそう何度も拘束するのか」

「それはそーですけど、ワガママだなぁ、本郷さんも」

「こんな職務範囲内なのに手も足も出せない状況に立たされてこのまま帰れるかっての」

「そこは確かに…」

「だろー?」

弥生がそこへ割って入って

「なんだかんだ貴方達もそれはそれでいいコンビになってきたわね、
 とりあえず折角だから二代の続きも含みそうな三代の話も私としては聞きたいのよね
 二代三代と続けた方が染みこみそうだし」

それを聞くと葵が

「あー、ボクも守さんのその後になりそうなトコロ聞きたいなぁ」

蓬がそこに

「あ、そうだ、ウチ使います?」

「後~会のど真ん中で俺に根性比べしろってか(汗)」

「そんな無理しないで泣きたければ泣けばいいのに…」

いちいちあやめの突っ込みが入るのがなんだかおかしくもある。

「ああでも…いいかもね、後~会の若いのにも結構有効かも知れない」

弥生も何気に賛成に回る

「でもそうなると弥生さんも周りの構成員さん達もみんな泣いてる状況ですね」

「…流石に鬱陶しいか…」

弥生が一歩引いた。

「このまま弥生さんの家でいいんじゃないですか?
 私にとっては「いつもの流れ」ですし」

「エー、俺にとってはいつもの流れじゃ無いしー」

「ワガママだなぁ…w でもじゃあ署の会議室でも借ります?」

「それも色気ネェよなぁ」

「ホントワガママだわ、いい、本郷、ウチへ連行」

「なんでだよぉ」

「お腹空いた、盛大に」

「ああ、そっか、祓いの後だし時間も丁度いいし、今日の弥生さん物凄く食べそう」

「十条弓ってのも食ってたよなぁ」

「そこの場面はきっちり再生されましたね」

「はい、もうとにかくじゃあ、今夜ウチにだれ泊まる? 明日は学生は祝日だから
 前途ある少女達はお泊まりの許可さえ出れば問題ナシよね?」

そこへ光月が

「あぁ…うちは泊まりは無理かも」

「無理強いはしないというか自由参加よ」

「でも、もう一度、弓さんの生き様を刻みたいなぁ」

「うーん、任せるとしか言えないわね」

「ウチの親…お寺って言うからには住職ですけど…祓いにも中々理解してくれなくて…」

そこで弥生の目が少し変わった。

「そうか…じゃあお泊まりはともかくそこの許可だけは私も同行しましょうか」

「え、弥生さんがですか?」

「そーよ、裕子にあなた達の訓練をお願いしたのは私、総元締めなんだからね」

光月が少し考えてこう言った

「…弥生さんには私の力が必要ですか?」

「でなければ弓の片方をお願いしたりはしないわ」

弥生は即答した、光月の顔が引き締まる。

「…折角見つけた自分の力を、やっぱり私はこのままにしたくはないです」

「よし、親に隠れて祓いの修行なんてのもなんだから、そこはきっちり許可貰いましょう」

弥生は車に向かいつつ

「良かったー一瞬着替えて祓いに挑もうかと思って持ってきてて」

トランクから取り出したトランクそしてそれを車内に持ち込み

「着替えるから待ってて」

本郷が気付き

「おい…おい! 車ン中とは言え公開ストリップかよ!」

「見たけりゃ見ればいーし、その逆ならそれ然りよ」

「なんてかいちいち公序良俗の隙間を縫う奴だよなぁ」

「第一こんな小さい車の窓のぞき込んでまで見たいなんて今の現場でどのくらい居るのよ」

「周りには家だって沢山あるし祓いの最中でも無い今ここを取り締まるような権限俺にはねぇぞ」

「ふむ…まぁ任せるわよ、千早はいいか…よし」

「はえーな」

「いやまぁ、紐や衣の位置整えるのに…よいしょ、一度出ないとだけどね」

「弥生さん足長いのに和服も合いますよねぇ、着流しなんかも良さそう」

あやめが思わず言うと

「そういや四代はよっぽど畏まった時以外は着流しで過ごしてたのよねぇ」

「四代というと…宵さんでしたっけ、玄蒼市に資料があるとかで」

「今回の二代の件でそれも取り寄せたわ、何とかOKも出るでしょう…よし
 さぁ、光月、では行きましょうか。
 あ、葵クンに裕子、たっぷりご飯作っておいて」

裕子は電話中で頭を下げるに止まったが、葵は元気よく「はーい、いってらっしゃーい」
こうして、弥生と光月は先ずは一旦現場を離れる。

「…おい、なし崩しに俺、連行?」

「はい、自らの運転で蜘蛛の巣へ」

「おい、何の刑だよ、しかも一人多いよ」

本郷とあやめの漫才が始まると速攻葵が

「ボクとおねーさんは直で帰るから大丈夫、でもおねーさん今電話中ー」

「なんだかなぁ、出歯亀の網には引っかかってくれるなよ?」

「あ、何だかんだ本郷さん刑を受ける気ですね」

あやめがそれならそれでと蓬と丘野を呼びつつ

「蓬ちゃんのところはいいのかな?」

「ダメとは言わせません」

光月の方の雲行きが怪しいかと思えば蓬の威勢の良さ、色々人それぞれ事情があるんだなぁと思いつつ
特備と女子高生は車で弥生宅へ。
猿楽さんはすっかり今の話を肴の出汁に墓地の霊達と昔話などに花が咲いていた



そして時間を多少前後させ、祓いの後には京都や奈良からそれはもう電話が掛かってきていて
どっちから出たものだか裕子も困りつつ、先ず奈良の四條院本家から通話に出て

「はい、裕子です」

『今の凄い光…弥生様ですか!?』

皐月の声だがとても興奮している。

「よもぎさんの祓いによる後押しがありましたが、はい、叔母様です」

『まるで室町の当主摂津様が参加されたカラビト祓いと同じでビックリですよ!』

「あ、そうですわね本家ですから記録にありますわね…あのそれで…御奈加さんから
 京都の方へ「少し待って」と連絡を入れてくれませんか」

『あちらにも祓いの通話をしたと言う事ですね? 益々室町のカラビト祓いです…』

「あの時居たよもぎさん、丘野さん、光月さん、それぞれに花が咲きかけていまして…
 丁度札幌にカラビト茸が出来ていたんですよね、
 丘野さんの能力が資料に乏しいはずの当時の記録をまざまざと蘇らせまして…
 それでカラビト茸の対処法を知り、あの時とは逆に空に打ち上げたのです」

『十条弓様ですね?』

「はい、摂津様とも結構仲が宜しかったようで」

『「らしい」んですが、実は交流があった程度で個人的な手紙などは摂津様は残して
 くださらなかったんですよ、ただ、貴人の丘については書いてありまして、
 検められなかった事だけが最大の心残りと…
 そこから後の…十条であれば八千代様の時代で遂行はされたのですが』

「なるほど…当時の三家から弓様・摂津様・力様、この三人で古墳を検める事を
 望んでいらっしゃったようですし、どうも他にしばらく十条の祓いが出なかったようで」

『何故知っておられるのですか!? それも丘野さんの能力で?』

「それもあります、あとは稜威雌様の記憶も引き出されまして」

『うぅ…羨ましい、わたくしも是非それを拝見したく思いますが…』

「流石に皐月様が北海道までいらっしゃるのは…(汗)」

『敵わないですよねぇ…ああ修業時代が懐かしい、結構あちこち回れましたのに』

「それも摂津様がこぼして居ましたね、カラビト茸の祓いで結局は当主にまでなって」

『ああ〜〜〜〜羨ましい』

テンションが上がった時の皐月はたまについて行けない、裕子は汗しつつ

「泣きますよ? 恐らく皐月様ですと盛大に」

当主にまでなるほどの祓い人、自分の血筋へのリスペクトも半端ないはずだ、
摂津の絶望感を受け取ったらそれはもう盛大に泣くだろう事は目に見える。

『そ…それほどですか』

「基本的に祓いは成功させましたけれど決してハッピーエンドでは無いですからねぇ…あ、
 思い出したらわたくしまで…」

『う…四條院にとってそれは致命的かも…』

「そうですわね…でも、摂津様はきちんと全てを受け止め教訓として生かすべき事を
 しっかり実行されたようですから…あの…丁度その辺りから中級以上…あるいは才能の目によって
 定期的な体の祓いによる検めが組まれたはずです」

『はい、そうです、摂津様のそのお陰で四條院や天野はギリギリにはなっても
 足りないと言うほどにはならなくなったんですよ、偉大な人なのですが…あのもしかして…』

もう涙声になりつつある裕子が

「その戒めとなったのが弓様の全身を蝕んだ病魔でありました」

『…ああ…やはりわたくし…そのお話は聞けないかも…』

「ただ…物凄く闘志は湧きます、それでも生き残った方は生きて行かなければならない訳ですから」

『…あ、もうダメかも…御奈加さんに代わりますね』

『…なんだかなぁ、もう…すっかり本題忘れてやがる、
 裕子、手配はしたそうだ、あんたらの夏休み入った頃には移り住んでいると思うぜ』

「北海道とは言え夏休みの入りの時期は本州とそう変わりませんよ? そんなに早くですか?」

『何でも小さいレストランやってる一家だそうだが、北海道と聞いて一気にテンション上がったらしくてさ』

「あー…確かに食材だけは宝庫と言えますからねぇ」

『んまー魚とかだいぶ変わるだろうにもう北海道ってだけで飛びついたらしくて…
 …ところで私も興味はあるんだ、あの場に居た祓い人は十条は弓、四條院は摂津、天野は力が主で
 あとはカラビト茸の番が二人ほどと後もう一人守ってのが居たらしいんだが』

「はい、弓様の一生の人で三人で検める事を望んだ古墳の土地に生きる守の家系だから
 弓様が守と名付けた方ですね」

『うっわ、ホントに細かいところまで知ってるんだな、すげぇな丘野』

「ええ、稜威雌様の記憶も呼び覚まされたとはいえ、資料の乏しい弓様ですら事細かかったです」

『稜威雌か…そんな獲物私も持ってみたいなぁ』

「なぜそうなるに至ったかは恐らく初代八重様の記録を丘野さんに読んで貰えば…と思うのですが
 どうも叔母様は「楽しみは最後まで取っておく」お積もりのようで」

『今回は必要があったとは言え真ん中攻めてるって訳か、気持ちは分からないでも無いけど
 それにしてもありゃぁ凄かった、北の空光ったぜ?』

「それはよもぎさんの力の上乗せがあった上での叔母様ですね」

『よもぎの力の上乗せってそんな詞あったっけか』

「叔母様が緊急で作りました、そうですね…中級ほどの光月さんが上級の威力とタフネスになるほど」

『すげぇな、何か北海道すげぇな』

テンション上がった御奈加も何かちょっとヘンなノリになる。

「それもありまして、全盛期の弓様を上回る程の力を一時的に発揮出来まして、
 叔母様は祓いの後も気絶する事なく、はい」

『今すぐ北海道に飛んでいきてー気分が移ってきたなぁ』

「そう言えば、天野には本家は無いのですか?」

『無い、上も下も横もへったくれも無い、移動も自由、せいぜい一個家庭単位だな
 常建は一人で京都の親戚に移籍だし』

「では力様の血筋とかも今はもう」

『判らないね、記録も四條院に任せてる節がある、ただ、時たま古い家屋から
 出ては来るんだよな、断片的に』

「そうですか…そちら大きな乱れ…蜂起とかありました?
 わたくしとしてはそれが一番お聞きしたくて」

『人口的にそこはやっぱり関西でも大阪を中心に、関東圏、北九州圏って感じじゃあ無いかなぁ
 ウンでも奈良にも緊張は走ったしそれなりに祓いもしたぜ
 通達は速攻皐月や私から北半分は請け負ったから、残りは常建の方に聞いてくれ』

「そうですわね、判りましたはい、ではお晩です」

通話を終えると、速攻電話が掛かってきた。

「はい、裕子で…」

と言いかけた途中で

『なんやったんあれ! まるで室町んカラビト茸祓いみたいな!』

テンションが上がった咲耶、同じ説明を繰り返すのは仕方ない…と思いつつ、ふと裕子は思い立って

「京都四條院はやはり当時の事を記録に? ひょっとして芹生様?」

『何で裕子はんが芹生さんを知っとるん!?』

そこで裕子は皐月や御奈加にした説明をして

「京都以南のカラビトの魂蜂起などは如何でした?」

『結構おしたよ、同族に取り憑いて暴れたりしいや、やて全国ニュースには取り上げられへんかいな』

「ふむ…一斉となるとちょっと厳しかったようで…矢張り現代では事前に電話が必要でしょうか」

『そんほうがええかもね、やてかな通達は緊急で最重要な場合んみ使用やさかい、
 そないゆー意味やと鶴ん一声にはなるし丁度良かったよ』

「そう言って戴けると…」

『トコで丘野ちゃんん能力凄いね、そない詳しい事まで判るんや』

「ええ、もう叔母様ですらビックリで」

『あ、そないいえば夏休みに遊びに行けるかも』

「ホントですか? 是非とも来てください!」

『かな刀、今は弥生はんが持っとるんどすなぁ? 野太刀稜威雌、是非それも見とうて』

「はい、戦いの時芹生様の手から弓様へ托されたその刀は、今は叔母様の所有です」

『すごいなぁ、巡り合わせったーるんやね』

「ホントですねぇ…まぁこの辺りはまた北海道に来ましたら、ええ、では…」

奈良と京都からの電話が終わると葵が

「もうみんなとっくに居ないから、ハンデにもならないね」



光月の家…香蓮寺、中央区と南区の境の辺り…
南三十条付近のどこかにあると思って戴きたい。

「けっこー際どい場所だわ…」

思わず洩らしてしまった弥生がちょっとしまったという表情をした。
光月は矢張りそれに反応して

「ウチの近くにもしかして何かあるんです?」

「いや…御免、聞かなかった事には出来ないでしょうね」

「できません、もしそれが祓いに関係する事なら尚更です!」

「よし…じゃあ言っておくわ、現段階ではそれに触れない事、よ」

「そんなに…?」

「確定じゃないからって言うのもあるんだけど…相手の勢力も何も掴めない
 放っておく訳にもいかないんだけど、流石に向こうもこっちを迂闊には突いてこないし」

「武士霊団のような?」

「もっと酷いと言っておく」

光月は流石に恐れた、武士霊団だってその頭領ともなると弓の四肢を瞬時に切り落とすほどの…
それが弓の作戦だったとは言え…そう言う敵なのに、それより酷いとは…

「でも…弥生さんの先ほどの祓いは見たはずですよね」

「ええ…抑止にはなったかな…そしてこっちが向こうの勢力を測りかねているのと一緒で
 向こうもこっちを測りかねているでしょうね、その一翼が貴女、
 そう言う意味じゃもう遅いのかな、巻き込んだ事にはなるのかも」

「それでも…祓いに関する事なら、それはもう捨ては置けません、
 迂闊に手を出すなと言うならそれは守ります、でも、もし降りかかる火の粉があればそれは祓います」

「その意気や良し、とはいえ、それを貴女のお父様に許可取らないとね…ここか…」

香蓮寺の駐車スペースに車を止め、光月が降りる。
弥生もそれに続いて家屋の出入り口へ向かう。

「因みにお父さんは…あの…良くありますよね、合わせて何段みたいな、そういう人でもあります」

「それはまぁ問題ないわ、殺さないようにだけ気をつける」

光月は愕然とした、段位を意にも介さず、しかもその娘に向かって「殺さないようにだけ気をつける」と
平気で言ってのける、いや、祓いの世界の厳しさは弓の一生で判っていた。
でもそれは室町時代だからという要素もあった。
しかし今この現代に生きる弥生ですらその感覚を常に持っている…!

何が起こるか判らない緊張を受けて少し緊張した光月が「ただ今」と家に入って
速攻「お前はそんな事をしなくていいと言っただろう」という怒号が聞こえる。
なるほど、これは強敵だ。

しかし光月も黙っていない、自分がやっと見つけた道を閉ざす権利は例え親にだってないと。

いやぁ、結局逆らえない事もあるんだけどねぇ、などとは思って見るも、
正直払いの手は欲しかったし光月の才能は買っている、先ほど
「でなければ弓の片方をやって貰っていない」といったのが紛れもない本音。
弥生くらいになると地味に余り蓬の底上げは効かなかったのだが、それに光月や葵が
後ろを守ってくれたからこそ全てをカラビト茸に集中出来た、紛れもない事実だ。

それにしても余りにも喧々諤々とやっていてそっちが大丈夫かなと思い始めた。

義務教育では無いとは言え、中高一貫の女子校に通っているとあっては義務教育の延長のような物
まだまだ手の掛かる子供って意識は強いだろうなぁ、とは思った、そう言う意味では
頭ごなしに否定に入る父親の気持ちも分からないでもない、自分の父親は違ったけれど。

埒があかない、弥生は玄関に進んだ。

弥生の姿が見える前に「誰だ!」という声がする。
へぇ、やるじゃん、と弥生は思った。

「十条弥生、その子の指導員みたいなものと思ってください」

「お前か!」

光月の父、あっちこっちにある看板やら案内やらによると見光(けんこう)と言うらしい住職。
そして彼が玄関からまだ夜の闇から玄関の光が届ききらない場所に立つ弥生を見た。
正直、圧倒された。
巫女のようなのに黒と浅黄の組み合わせなど余りに異端、あれから独自に改造を施し
弥生も裕子も四條院式そのままでは動きに着物が耐えられるか不透明と言う事で特に上の方をいじった。

つまりどう見ても本式の(とされる)巫女では無い!

そしてその手に握られた大きな太刀、無表情なようでどう転んでも対処するという目の光
ただ者では無い、いや、こんな気配現代人ですらないと思った。
弥生は綺麗にお辞儀して

「見えない位置からお気づきとは貴方も大した物で」

弥生がそう声をかけ直す、自分の年の半分ちょっとくらいの…でも自分より大きな女。
見えない位置から弥生の気配を掴んだのは事実だ、でもその後目に頼った、
見光は少し落ち着きを取るために二三度大きく鼻呼吸をして

「そちらもただの人という訳じゃなさそうで、そんな現代人にあるまじき気風の方が
 うちの子の何を欲しがると言うんです」

流石に頭に血を上らせたらダメだと思ったか、見光は落ち着きを取り戻し弥生に問うた。
正直、姿を見せただけで父を静まらせた弥生のすごさを改めて光月は知った。

「その…赤く燃える魂の力、それは不浄を祓う古い力の表れです
 見つけたからには捨て置けない、私は私以外の払いの手を見つける事もしなくてはならない
 でなければこの先「もし」があった時、僅かな身内だけでは対処も出来ません
 だから私が欲しいのはただ一つ、娘さん…光月のここから先の人生の半分が欲しい」

弩ストレートに言った、むしろ生半可な言い訳でない分、見光が驚いた。
娘にそれほどの力が?

「半分とはどういうことだ」

「私生活までは縛りませんよ、妙な宗教ではないので。
 ただこの日本に日本人として生まれ育ったからには宿る力もあって、
 そしてそれがなくなったように見えてもある日突然子にそれが発露する事もある
 それが光月、貴方彼女の赤い光を見た事は?」

「…ある、「だから」反対している、あれは命を削る!」

「そこまでお分かりとは、益々貴方も大した物で
 今…祓いの一つの拠点からその光月に命を継ぎ足す者を呼び寄せました
 でも問題の解決はそこではありません、必要なのはその命を燃しても祓わなければならない者に
 対抗出来る力を持っていると言う事、守る力を持っていると言う事、
 芽吹いた才能を潰してはそれも出来なくなる、親としてそれでもいつまでも子を守れると思いますか」

「この子である必要はないだろう?」

「では誰ならよいと? 私だって結局はただの人、絶対では無い」

「それに…、そんな危険な何かが今この世に存在するのか?」

「…三ヶ月ほど前…ここよりやや北に行った場所で地域一帯を破壊した者を祓いました」

その情報に二人は驚いた、事件は知っている、酷い有様だった事も知っている。

「あれは…やはり事故ではないのか…」

父見光が脂汗を滲ませ少し戦いた、

「人為的です、私は「たまたま」仕事…探偵なんですけどね、その仕事の依頼者から
 助けが掛かったのではせ参じ、祓った次第で、この広い札幌…北海道の全てを事前に
 把握するなど不可能です、多くの場合起こってからの対処になる」

「あれをやったのは誰だ…私も僧侶の端くれ、現場の近くで多くの霊を感じたが
 あれは事故でなった霊じゃない」

「あれは…この札幌を乗っ取ろうという者達による「実験」のようでした」

「実験? 乗っ取る? 何のために?」

「現代的な社会だからこそ人が多い分付け入る隙も多い、そして戦う術など知っている人は少ない
 もっと荒々しい力で支配したいという者達がいるとだけ、
 そしてそれは、人の皮を被った化け物だと言う事だけ」

見光はそれならこの女のこの気配も納得出来る…と思ったが。

「娘はまだ子供だ」

「因みに言うと私がこの世界に入ったのは十四の時でした」

そして弥生は上の衣を半分脱いで傷の数々を見せる

「何度も死ぬような怪我を負ってはそのたびに生き延びて今まで来ました。
 そういう世界が、この日常の隣にあるんです、まぁいきなり信じろと言っても無茶な話だとは思います」

父見光がはッと気付いて

「もしやさっきの大きな光…」

「私ですね、因みに光月もその場にいた、彼女に背中を預けられなかったら
 私はもっと苦戦したでしょう」

見光が光月を見る、光月は流石にちょいとヘヴィな祓いの世界に少し畏れも抱いたが、
しかし、自分は確実にその一翼を担ったのだし、信頼もされている、

「だから私は…、たとえ十年が五年になろうと出来る事を精一杯やりたい!」

光月が言った。
それは弓の精神

「大丈夫、貴女はそんな短命に終わらせたりはしない、
 その為に四條院本家に打診したのだし、まぁあと70年が50年くらいには縮まるかもだけど
 天野の力は無理矢理使わなければ四條院のパートナーが付いたなら
 殆ど寿命ってところまで行けると聞いたわ、二十代三十代で果てる十条とは違う、
 充分「次の世代へ」繋ぐ事も出来る、だから欲しいのよ、私も例外では無いはず、
 私だけがその運命から逃れられるとは思っていない、だから光月の力を貸して欲しい」

口先だけではない、その血は知っている、そういう言葉だった。
そんなに年が離れていないであろう光月ですら「次」そういう世界。
余りの深淵だった、見光は何も言えなくなっていた。

「直ぐに許しを得られるとは思っていませんよ、
 ただ私にはもう余り時間はないのかも知れない、だから多少脅す形にはなってしまいました。
 無礼をしました」

弥生が頭を下げるが矢張りその動作の一つ一つ、現代人とは思えない。
寿命が短いとは聞いた、だがその血には長い年月を掛けて伝えられた「何か」がある。

「ああ、因みに…」

と言って弥生は袂から警察バッジを取り出し

「一応、これは特殊な例になりますけどね、警察機関には祓いを統括する部署もあるんですよ
 私はそこから捜査権も付与されている、そう言う意味じゃ「ただの公僕」です
 だから安心とは言いませんけどね、ただ、孤独な戦いでは決してない、とだけは」

「国家がこれを知っているのか…」

「祓いの歴史は長いんですよ?
 だって縄文や弥生の頃、日本はそういう国だったんですから。
 日本でたかだか千数百年の仏教とは歴史が違う」

千数百年を「たかだか」と言いのけてしまう、そしてそれはその通りだ

「縄文文化を舐めちゃあいけません、弥生もそうだ、おっと私の名でもあるけれど
 弥生時代の弥生は地名から、私の弥生は単に三月生まれだから」

弥生はきびすを返しつつ顔だけ振り返り微笑みながら

「とりあえず数分待ちますから、光月のとりあえずの要求が飲めるか飲めないかだけ
 車の中で待ってますよ」

そして弥生が歩き去って行く

「…とりあえずの要求って何だ?」

「あ、今日のは単にあの人の家で友達と一緒にお話を…」

「お話?」

「警察の人も一緒」

「一体何の話だ」

「大切な事」

「どういう?」

「将来の事とか、そういう」

「警察官にでもなりたいのか?」

「ううん? 大学の後はまだ考えてない、だって祓いは生活を保障するものじゃないらしいから」

「そういえば探偵とか言っていたな」

「うん、弥生さんは探偵、でも生き物じゃないものも扱ってる探偵」

「漫画みたいな話だ…」

「とりあえず電話だったら今からでも出来るけど、丘野とか蓬とか…
 ホントの事だよ、別に何か怪しい宗教じゃないって弥生さんも言ったでしょ。
 ただ便宜上祓いだから神職の格好をして居たの、普段はあの人もスーツだよ」

「お前の将来の事はまた今度じっくり話そう、確かにこの年で泊まりに行く事も許さないなんて
 そんな時代でもない、泊まりの方はいいよ、行ってきなさい」

光月の表情が輝いて弥生の車へ走って行く。
娘がなんかどえらい人に見初められたというのは、ある意味嬉しくもある。
でもそれは生と死の背中合わせ、誠に複雑であった。


第二幕  閉


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