L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:FIFTEEN

第三幕


「弥生がそこまでぶっちゃけやがりましたか…そら本気ですな、
 俺も現場に居ましたしね、確かに娘さん、いっぱしの払い人然としてましたよ。
 そしてそれはそこに居た…ここに居ますがね、その全員で一丸となったからこそ
 と言うようでしてね、で、こっちは途中から借り出されたんで
 詳しくそうなった経緯を今から聞こうって話でして。
 …ええ、まぁ捜査とかじゃないんですよ、ちょっと事情を聞きたいだけで」

弥生の家の喫煙スペースで煙草をぷかぷか吹かしながら本郷の話すそれ、
恐らく光月の父親見光からなのだろう、弥生は警察組織にも絡んでいると話し、
バッジを見せた時に「特殊配備」とあったのを流石に見逃さなかったようである。

「光月のお父さんはもう凄い堅物で私もいい顔はされなかったんですよね」

その様子を見ながら既に配膳の終わったテーブルで蓬はあやめに言った。

「まぁ…親としては色々気になるんだろうなぁとは思うんだけど、
 私の親なんか私が警察官になりたいって言ったのを歓迎した口だからなぁ…w
 その前に兄が自衛官になったのも大きかったんだろうけど」

「富士さんのお兄さんってどの自衛官なんですか?」

「兄は航空自衛隊、飛行機乗りだよ」

おおっとざわめく、葵はそれがちょっと不思議そうにきょろきょろする。

「凄いの?」

それに丘野が

「例えば…日本国内だろうと管制通信は全部英語、だから英語は少なくとも
 状況臨機応変に英語で伝えられる程度には習得しているはずだし…
 体に悪いところがないこと、健康で学力もあって、物凄い慣性重力に耐える体力もあって
 昔から大体飛行機乗りってエリートの証みたいなものだよ」

「へぇ〜〜」

「ま、といって兄はジェット機じゃなくて哨戒機とかあっちの方だけどね」

「それでも凄いじゃん」

「まぁ、それで刺激受けて私もと警察官だったんだよね、自衛官にならなかったのは
 自衛官ってやっぱり消耗激しいのもあって退役も早いから
 兄が国という物をそこまで考えてたんだなぁって思ったのも影響受けたなぁ」

「憂う気持ちをどこまで広げるかですからねぇ、こればかりは。
 誰も攻められる話しではありません、でも叔母様はもう「そんな事は言っていられない」
 という心境のようですね」

裕子がそれに応えると蓬が

「自分、家族友達、近所親戚、その繋がりその繋がり…そうしていけば確かにいつか
 日本全国に広まるよね…それはウチでも同じ事だし
 弥生さんはその血と巡り合わせに誇りを強く持っている人だし
 弓さんのカラビト茸祓いでは使わなかった稜威雌さんまで使って」

そこへ丘野が

「その時の弓さんの心境は、そんな穢れた物に例え祓いを込めても
 稜威雌さんを触れさせたくない、って心境」

あやめがそこに

「そんな事まで伝わるんだ…」

「我ながらビックリでしたけど、稜威雌さんがそこにあった…当時も確かにそこにあって
 弓さんの腰元でそれを間近にして居た事から浮き出たみたいです、
 …私の「読み」では個人個人の感情移入の問題では無くて…
 その時のそれぞれの心境も入り込んできます、さっき富士さんも少し体験したと思いますけど」

「うん、凄かったよ…で、全部聞くと泣く事が確実な訳か…まぁみんな泣くならいいか、という感じ」

「本郷さん、往生際悪いよね」

葵の一言、「ぜってー泣かねぇ」を繰り返す本郷にちょっと可笑しさがこみ上げた頃
電話は終わって、本郷がそれとは別に電話をかけ始めた。
何か大事になるのかな? と言う周囲、部屋に本郷の声が響く

「弥生、今どこ走ってる? そか、じゃあ待つしかねーな、早く戻れよ、俺まで腹がペコちゃんだぜ」

見事に本郷らしいオチが待つ。



食事の席、凄まじかった。
人数が八人と言う事もあるが多少でも祓いに関係する者がそのうちの六人なのであるから
これはもう特備の二人が丘野の「読み」で体験した祓いの三家の夕食(ゆうげ)の席よりもっと。

蓬や丘野は自らの食欲増進に驚いてもいたが、光月は腕を上げていた事もあって素直によく食べた。
ここの所ずっとそうだという、でも光月はどちらかというと細身である。
蓬や丘野もそれで食欲のリミッターを外した。

…何より弥生である。
葵並みに食べていた、モリモリとよく食べた。
確かに今まででも最高に近い力を使ったのだ、そうだろうと思いつつ
そんな弥生の姿に矢張り全員弓の姿を重ね見た。



神社の書庫より三代の記録も持ってきた弥生は、改めてきちんと祓いの装束になり
その左手に稜威雌をしっかりと立てて握り「さぁ来い」の構えである。

洋室の居間での「読み」とはいえ、何か矢張りそこだけ時間の流れが違う感じもある。

「…そうですわ…、これって電波を通じて離れた場所でも効力あるのか…」

裕子がスマホを取り出した、丘野はそれに

「どうなんだろう…、効力は薄い気も…後は感受性かな…」

「感受性でしたら奈良も京都も負けないでしょうね、特に奈良の皐月様は」

「当主なら確実に摂津の絶望は伝わるわね、大丈夫なの?」

弥生が懸念を少し表情にも出して言う。

「でも非常に聞きたがっておりましたので…」

「うーん…、よし、裕子、御奈加って天野とは余計な約束はしそうだけど
 本家の看板背負った四條院となら私もやっぱり話しはしておきたいし、そっちの電話番号教えて」

「判りました、ではわたくしは京都の咲耶さんに」

京都の方はこの一大実験に集められるだけ人を集めるからちょっと待って! となる。

「ええ…何か私恥ずかしいな…」

丘野がちょっと困ると弥生が奈良の電話番号とその皐月の名を登録しながら

「貴女の能力上手く磨けば朗読会とかそういうので生計も立てられるかもよ、
 特に靖国とかで特攻隊の遺書なんか読んだ日には大号泣で国や家族への思いを
 聞いた人が再認識する事間違いナシでしょうね」

「それ、私も泣きます…」

「そこが大きな障壁よね…、でも読み方とか声の出し方は訓練した方がいい、
 これは裕子にも言ってある、滑舌と声の通りは良くしておかないと
 必要な時にさらっと詞が言えるかって言うのは大事な事だからね」

「あ、そうですね」

「…出ないわね、また盛ってるのかしら」

その言葉に弥生と特備以外の五人は顔を赤らめた。

「…と言って留守電になるでも無し…仕事なのかな」

と言った頃に誰かが電話に出たようであるが

「…どうも、夜分に…私はそちらへ六月にお邪魔した裕子の叔母で十条弥生という者ですが…」

皐月本人が出た訳でも無く、御奈加でもないらしい。
電話の向こうからでも伝わるドタバタが聞こえてくる、弥生にはそれがどういうことか判っていて
大丈夫なのかな? という表情で一瞬携帯を見て

「お風呂に入っていたらしいわ、入り嫁って人が電話出て呼んだら慌てて風呂場で転んだらしい…
 大丈夫なの、皐月って人は」

流石にこの威厳のなさに弥生は困り果てたが、直に会った裕子含めた四人は目を合わせて、蓬が

「普段は物凄く凜としていて涼しげなんですけれど、テンションが上がるとどうも
 キャラが壊れるみたいで」

「…ふむ、私の名でテンション上げたか…裕子、京都の方は?」

「まだもう少し掛かるそうですから、大丈夫です」

「…これでちょっと悪戯でも仕掛けてみるかな」

「え、何をする気です」

弥生は電話を待つ間、スッと目を閉じて精神統一した。
皐月が怪我を治してそして慌てて体を拭き、簡単な服で身を包み慌てて電話に出る、
静まりかえっていたのでそのテンパった声が聞こえる

『どうも…、お待たせ致しました! お初にお声も拝聴致します、わたくし四條院当主の皐月と申します!』

そこで弥生が薄く目を開け喋り出すのだが、その目に皆が驚く、その目に光がない、それはまるで…

「…遙かな時を経ましてお声をおかけ致します、摂津さん、弓に御座居ます」

同じ血族で一振りの刀の時を経た所有者という繋がりはあるにしても、その声は弓であった。
確かに共通点というか似た感じはあったのだが声の出し方というか調子は全く違うし
まるで弓が乗り移ったかの如くの弥生、その纏った空気も完全に弓…!

電話の向こうで皐月が絶句しているのがこれまた伝わる、弥生の目に光が戻り

「…やり過ぎた御免なさい、十条弥生よ、宜しくね」

『ビッッッッッッッッッッックリしました…! そのお声を拝聴した事など当然一度も無いにもかかわらず
 本当に室町時代から弓様が入らしたのかと…!』

「…裕子から丘野の能力について話は聞いたと思う、それで今それが
 電話越しにも伝わる物なのかという試しをしようとしていてね、京都には裕子が
 私はやっぱり四條院の当主である貴女とは話しておきたくて奈良には私が、という
 流れだったのよ、御免なさいね、あんまり慌ただしかったからちょっと悪戯を…」

冗談じゃない、今そこに居たのは弥生だが確実に弓でもあった、
悪戯というかなんかもう霊界通信というか…弓は昇華してしまったのだろうから
その魂ももう存在しないはずだけれど…

『え…では当時のお話を今?』

「ええ、都合悪い?」

『御奈加さんをお呼びしたいです、宜しいですか?』

「近いの?」

『はい』

「では、お願いするわ、天野に本家は無いとは言えその血には確実に伝わるでしょうからね」

『家電(いえでん)の方から掛けますからそのままお待ちください!』

またなんだか慌ただしい音が聞こえる。
弥生はもう本当にいよいよ大丈夫かという表情になりつつも

「なるほど、感受性高そう」

「ええ、もうわたくしが概要をお伝えしただけで声が震えておりましたし…」

裕子も電話の合間に弥生へ皐月の事を伝えた。

『…お待たせ致しました、跳んでくるそうです、比喩で無く』

「京都の準備もあるから、跳ぶまでしなくても…」

『いえ、もう…このお話は何が何でも聞かなくてはなりません、四條院としても、天野としても』

「そこは確かに胸に刻んだ方がいいと思う、それで皐月、貴女に一つ忠告と助言がある
 忠告の方は裕子が言ったと思うから、私は貴女に助言を」

『え…なんでしょう』

「貴女の心は絶望に包まれる、でも話を聞き続けて。
 貴女には御奈加がいるのでしょう」

なるほど、言わんとする事は判る、同じ悲しみでも、愛で満たせという事であろう。
少なくとも祓いの他の五人にはそれが伝わった。

『わ…判りました』

「よし、時に貴女も言葉の同時掛けは出来る?」

『出来ますよ、三重掛けまでならいつでも』

「さすが詞の四條院、出来れば会ってみたいけれど、そこはご縁の世界ね」

『はい、でも一度はお目にかかりたく存じます、あ…御奈加さんが来ました』

「よし、じゃあどこか多少の防音もしてあるような部屋に移動して」

『そ…そうですね、あ…御奈加さん、こちらへ』

「叔母様、京都良し」

「奈良も良し、スピーカーフォンで音量全開にも今しているでしょう」

すっかり緊張を高められた丘野が深呼吸を一つして

「じゃあ、あの…もう一度二代の記録から読みますね」

「よーし、ぜってー泣かねぇぞ」

「「頑固だなぁ」」

あやめと葵のこぼしが入ったところで丘野が再び二代の記録を読み上げる。



…そして矢張り大泣き大会になった。

カラビト茸の祓いという因んだ払いも行った事もあり、それは北海道組も奈良組も京都組も。

奈良組は大和組に何よりも、京都組は芹生や稚日女に何よりも感じ入る。
しかしそれだけでもなかった。
涙声の御奈加の大声が聞こえる

『皐月! 私は死んでもお前を離さない、死ぬ時は一緒だぞ!!』

『はい!』

弥生の忠告通り、絶望の中でも温かい気持ちで心を満たしたらしい、
最後には弓と守の二人の心がドスンと響いたようであった。

『今ねーちゃんの声が聞こえたぞ、チクショウ、俺は絶対生きて次に繋いでやる…!』

これまた涙声の常建だ、咲耶ももう声にならないらしいしゃくり上げだけが聞こえる。
その奥からも関係者の嘆きと誓いがうっすらと聞こえてくる。

…他に別のところから盛大な泣き声が響いた。

「亜美!?」

もう一度涙に暮れた弥生であったが、その声には聞き覚えがありすぎる。
葵が自分のスマホからいつの間にか亜美宅に掛けていたようで、自白するかのように
それをテーブルに置いた。
泣きながらも葵は

「弥生さんが背負った物を…少しでも知って欲しくて…それに…
 祓いの人じゃなくても電話越しで伝わるのかなって…ちょっとした思いつきだったんだ」

『弥生ぃぃい!』

「亜美、貴女には今となりにユキが居るでしょう! 気をしっかり持って!」

『もう二人して大泣きだよーー!』

「悲しいだろうけど受け止めて、二人は二十代で死に別れたけれど、それも巡り合わせなのよ
 でもそこで終わる物でもないのよ、愛は永遠だわ、例えその身滅びて魂果てても
 ユキと手を取り合って、その絆をしっかり結びなさい!」

亜美とは一緒に暮らせない、でも亜美を愛しては居るしその幸福を願っている、
それは弥生の本心でもあったし、弓から守へ向けた最後のメッセージでもあった。

あやめは声を出して泣く事はなかったが涙は幾筋にも、鼻水まで垂らしてうつむき加減になっていた。
地味に感受性が多方面に高いあやめには登場人物殆ど全ての心が響きまくっていた。
悪霊の魂にさえも、あやめは一分の理を見出していた。
自分だって似た立場に置かれたら判らない、そして乾いた魂は弓に引きつけられ手合わす事で
ある意味報われてある者は消し去られ、ある者は浄化された上で昇華して行く。

そして矢張りその中心にあって弓の側に居続けた守の心だけは特別に響く、それに対する弓の心もだ。

最初の方こそ素直に感心し、弓が攻めだと知った時にはいつも弥生に抱くような「なんだかなー」という
ツッコミ心もあったのだが、そこから先はもう感情移入しまくりであった。
そして今、亜美に対して激励した弥生の気持ちが分かりすぎて辛い。
あやめは「弥生は亜美とは暮らせる人間では無い」という話しを直接された訳ではないが
あれだけアツアツなのにそれでも一緒になれないと言う事は矢張りそれなりの事情があるのだろう
とは思っていたからだ。

あやめはいつも平均的な立場や心がけをして居た、だから殆どの魂に共鳴し涙をこぼした、鼻水まで。

「いやぁ…新橋警視正にも聞かせれてあげれば良かったですかねぇ…」

振り絞った一言目がそれであるのだから、その証左であろう。
涙を拭きながらも集塵機を全開にして煙草に火を付け深く一服した弥生が

「『仕事にならなくなります、またの機会にしてください』って言うわよ、あいつなら」

あやめはそこでぐしゃぐしゃながらもちょっと笑って

「ああ…、言いそうですねぇ…w
 基本的に悲しいですけど…でも私は結構満たされましたよ、
 ヒトっていいなと思います、心が通じるっていいなって思います、
 弓さんの桜ってどこにあるんですかね、滋賀なのか岐阜なのか三重なのか今ひとつ判りませんでしたけど」

「やっぱりあの桜こっちに持って来たくなるわよね?」

「なります、精一杯世話して精一杯綺麗だって言いたいです」

あやめのその言葉に葵がまた泣いた、守に感情移入しまくってる葵なのだから当然だ。
電話向こうの皐月が泣き声ながらも

『その場所なら…知っていますよ…もう里も何も無いんですけど…
 朽ちて埋まるに任せた古墳と桜…大体の位置なんですけど…
 もしなんでしたら…探して苗木をお送りしましょうか?』

「後で場所だけ教えてくださる? 取りに行くのは私がやりたい」

『そうですね、それがいいです…』

「そうか、あの桜、まだあるのね…、それだけで私の人生また一つ大事な何かを見つけられる気がする
 折を見て絶対に私がその命を分けて貰う」

「きっと桜も弥生さんが来る巡り合わせを待ってますよ」

あやめが泣きながらも結構爽やかにそれを言った。
結構あやめは泣かせ上手だ、まんまと裕子がそのたびにまた泣いてしまう。

一番早く前向きな姿勢に戻ったのは蓬だった。
誰かに感情移入はするけれど、現代札幌においてある意味自分がトリガーを引いたカラビト茸の祓いに
弥生は自分へ当時には無い自分だけの役割を作った、そしてそれを果たした。
自分の思いをみんなが受け取って、少なくとも弥生以外の祓いにはそれが良く効いた事を実感していたし
弥生はもう伸びしろが僅かである事も判っていた。
敢えてそれを口にはしなかったが、絶対に言うまいとも思った、弥生は気付いているだろうし
裕子や増して葵に言えるはずもない。
伸びきったら終わりとは限らないが、何かのサインにはなってしまうはずだから。

光月は泣きながらもその指を小さく動かしてイメージトレーニングのような事をしていた。
それが弓の電光石火の矢捌きの反復であった。
四本の矢を指と指の間に一本ずつ挟み、一つ一つを連続して撃つ、
その指使いだと見ていた人々には理解出来た。

丘野は勿論涙は流したが割と冷静を保っても居た。
弥生の「朗読への勧め」もあって「読み」の能力を完遂する事に重きを置き始めていた。
それでも感情移入はしてしまうし、やはりそれに心が支配されるのだけれど。

そして…
お待ちかね、本郷である、
片手で額の辺りを抱えて俯いていた。
肩は震えてない、だから確かに泣いては居ない、でもそれはもう最後の際で踏ん張っている状態であった。

弥生が声を掛けようとすると、咄嗟にもう片手で「ちょっと待った」をする本郷

「強情っ張り」

弥生が言うが、でもその口の端は微笑んでいた。
仕方ない人だな、という表情では無い、その精神性を評価する、という表情だ。

「…当時は室町とは言えよぉ」

「ええ」

「今この俺はもう三十四なんだよな」

「今この現代ならまだまだこれからじゃないの」

「だが身の振りは考えた方がいいよな、お前の次と俺の次は違うが」

「なに、やっと秋葉に告白する気になった?」

本郷が驚いてもう酔いも覚めた感覚で驚いて弥生を見た。

「秋葉は亜美の小学生の時からの親友だわ、そして私の友達、あんたに言い訳しながら
 弁当差し入れまでするその素直になれない女心に気付かないとでも思った?」

「…まだそこまで進めて考えてねぇよ…」

「でもあんたは今言ったわ、「俺の次」ってさ、結婚は意識したって事でしょ
 現代医療ならまぁまだ十年近くは猶予もあるでしょうけど
 どっかで腹くくりなさいよ、今しろとは言わないけど、時間は有限よ
 芹生様と稚日女様は当時でも限界近くまで待っただろうけど」

「くっそ、ヤな奴だよな、男女の機微なんて判らねぇくせに女女の機微からきちんと見抜きやがる」

「そりゃ、人と人だもの」

「ああ、やっと少し展開進める気になりました?
 これどっちが言い出して先に進むんだろうっていつも思ってましたよ」

あやめも参戦する、いつも署でお互い言い訳しながらの弁当受け渡しなどは見ているだろうから
特に驚くでもなくさらっと受け止めた。

「ここにアイツがいなくて勢いで言わなくて良かったぜ…全く」

本郷も煙草に火を付けながら愚痴のように言う。

「ホントに弥生さんの言った通り強情っ張りですねぇ」

「お前にはいい人の一人や二人居ねーのかよ」

「居たらこんな冷静に本郷さんに突っ込んでませんよ」

「お前は…三十なんて直ぐだぞ?」

「そーなんですけど、巡り合わせじゃないですか、こういうのは」

「ずりーなぁ、お前さんの事だから「自分に出来る事は精一杯する」「信じて待つ」は
 響きまくっただろーけどよぉ」

「そりゃ、響きますよ、そういうお仕事ですし」

本郷はその時、一つ言おうかなと思った事があったがそれは飲み込んだ。
そして弥生を見ずに言った。

「弥生よ」

「何よ」

「お前は罪な女だな」

「…そうね」

弥生も本郷を見ずに、何か二人だけに通じる会話だった、そればかりは他の誰にも判らなかった。

「あの…八千代さんのほう…行きます?」

丘野がなんとなく空気を変えなくては、と慌てて今度は若干本の形式になった物を手にとって言う。

「その前に、奈良、準備宜し?」

『いいぜ、私も皐月ももうどんと来い超常現象だ』

懐かしい…という空気が渦巻きつつ

「京都、如何です?」

『おう、来い』

弥生に御奈加、裕子に常建という天野組の返信による物なのが何か…
京都に至ってはまだまだ素直になれない二人ではあるが、
奈良の方はもう死ぬ時は一緒とまで誓っている、その二つに何か微笑ましいような
深遠なような、何かを感じつつ丘野は読み上げ始めた。



ところがこの後、丘野は慌てた事もあって多少順番を入れ違って読み上げてしまった。
と、前置きをして次なるは三代八千代のお話…


第三幕  閉


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