L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:Sixteen point Five

第一幕


二代とは打って変わってお気楽なようで最後にヘヴィな想いがのしかかった。
嗚咽を上げそうになるのを堪えていたのはあやめだった。
そして何とか堪えて振り絞った一言。

「わたし…、自分の「もしもの未来」を見ました…弥生さん、あの時堪えてくれて有り難う御座います」

あの時…それは弥生と葵と裕子にだけ判る、このままふと弥生の愛人になることも
ありなのかも知れないという賭けをあやめがした時のことだった。

「気にしないで…、私もあの時…もう一押し何かあったら…あの瞬間がもう何日か後だったら
 もうダメだったでしょうからね…」

弥生はまた涙を流していた。
葵は二代の時ほどには動揺しなかったが、「もし自分が祓いを持たないただの娘だったら」
といういつかふと思ったIFの結末を見たのだ、矢張りとてつもなく悲しかった。

「千代さんって、どことなくあやめさんに似てるよね」

それは詰まり弥生の初恋ともダブると言うこと、
弥生は矢張り流れる涙は止められなかった。
そう、そこには今この現代でも繰り返されそうなIFがあった。

「聞いていましたか? 警視正殿の目論見ってこういう危険な賭なんですよ、
 既に範囲内に入って居る富士や蒲田巡査部長はもう仕方ありませんが、これ以上
 危ない賭けはしないように願えますかねぇ、重たくって敵わない」

本郷が自分の携帯をいつの間にか公安の新橋へ掛けていたらしい、

『…そうですね、判りました…些か軽い考えであったことは認めます』

「あんたいつの間に新橋へ!?」

弥生の驚きに電話の向こうから更に女性の泣き声が上がった、

「御園もいるの!?」

『たまたまです、報告のついでに居て貰いました、十条さん、私は貴女を
 知っていたようでまだ甘かったみたいです、申し訳ないことを…』

「貴方が謝ることじゃないわ、ある意味当然でしょ、使える物は使うのよ
 ただそうね、思うようにならなかった場合についてはもう一手先を読むようにね
 それはただひたすら私の弱みになってしまう可能性があるから」

『ええ…これほどとは思いも寄りませんでした…』

「ああ、亜美? 聞いてる? 亜美は気にしなくていいのよ?
 一緒に住める間だったらこうなっていたかもだけどね」

それに葵のスマホの奥から小さく答えが返ってくる

『なんかもしワタシが祓いだったらってIFのようでもあったわ…』

「そう言えば…八千代様ってどことなく叔母様と亜美さんを掛け合わせたような方でしたね」

重すぎて涙だけで泣くに泣けなかった裕子が口を開く

「そうね、そんな風に一人で生まれてこられたら…或いはまた人生も変わっていたのかな、
 …ま、考えたってしょうが無い事よ…」

『そうです…、弥生様、Fax使えます?』

「ええ、仕事の関係上使うことはあるから、如何したの?」

『守弓桜…その名さえ忘れ去られていましたが…その場所をお教えしますね』

皐月のトーンは物凄く低かった、罔象や桜の心情が重なったことは言うまでも無い、
だからもう自分たちがもし…を想像したらもうひたすらに重く悲しかった。
でも、不思議と静かにそれを受け止めて言うべきことを言った。

「お願いするわ…まぁ今教えて貰って明日朝一とかそんな話にはならないけれど…番号は…」

そのやりとりから裕子のスマホの向こう、重すぎる雰囲気だがもう泣いて晴らせるような重さでは無い
二代の時とは打って変わって涙と嗚咽を堪えているのは常建の方のようだ。

『あかんわ、わいらには重すぎる』

恐らくそんな常建をなだめながら咲耶が言った。

『「残された方」になんでも入り込んであかんやわ…』

「そうですわね…、そうですわね…」

裕子はそこでやっぱり感受性が先に立って泣き出してしまった。

「残酷よね、ただ生きて死ぬだけで」

弥生が言った。

「いえ! それは祓いでなくても誰だってそうです、弥生さんは今この時に必要な方だから
 生まれて生きて誰かと関わって居るんです、そういう事を言ってはいけませんよ」

あやめが速攻否定に入った、そういう所もなんだか千代に重なる。

「…やっべ…私ちょっと外すわ」

弥生が顔を隠しつつ事務所の方へ行ってしまった。
本郷がそこへ

「弥生も罪作りだが、お前も罪作りだよな」

「えっ、私がですか?」

「無自覚なところも罪作りだぜ、全く」

「今絶対弥生さん、あやめさんを抱きたいって思ってたよ」

葵が言った、咎める気では無く、ごく自然に代弁した。
いつもだったらそこまではならないのだろうが、なんと言っても三代の生々しい記憶の後だ
あやめの心の中にも千代のような何かが入り込んできて真っ赤になって俯いた。

「ああ、あやめさん、ダメだよ−、帰って来てー」

葵に揺すぶられて正気に返るが

「うわ…そうか、二代の時はわたしなんとなく俯瞰で居られたんだけど…想いが入り込んでくるって
 これか…うう、まずいなぁ、これは」

「いやもう聞いちまった後だからなぁ、これから先大変だぜ? しっかりしてくれよ?」

本郷の言葉にあやめはコーヒーを一気飲みして

「はい、頑張ります!」

そこへ読み手の丘野が

「大丈夫ですよ、片方の結末を知ってしまった、それだけでも収穫なんですよ」

「しっかりしたヤツだなぁ、大物になるぜ、丘野ちゃんよぉ」

「私これ何度か読んでいますから…竹之丸さんのお願いで…というのも…
 これ、途中で地方病と思われる事に触れているんですよね、それで
 もっと何か深くそれと特定出来ることはないかって」

「地方病?」

本郷が知らなそうで聞き返すとあやめが

「そう…、甲斐と言えば今の山梨です、そうですよ、地方病…日本住血吸虫症!
 ええと…歴史で今のところ最初期にそれと思われる記述があるのは…甲陽軍艦です、
 記録に残る最初の患者さんは…小幡 昌盛(まさもり)…あ…八千代さんのお話に出てきたのは
 そのお父さんの小畠虎盛さんですね…、うわ…何か凄い…そう思うと凄い…
 甲斐で働きつつ信長と面識があるとか…、あ、天文二年生まれって言うことは
 信長の一個上ですよ、うわ、何か凄い!」

饒舌になったあやめに周りが少し引く、本郷が怪訝な表情で

「おま…歴女?」

「いえいえいえ、そんな偉い物では無くて…これも父や兄の影響ですよ」

「影響ってきっちり知識として生きてるじゃねぇか…お前がすげぇよ」

丘野がちょっと羨ましそうに

「直ぐポポンと関連した物が浮かぶって凄いです…そう、日本住血吸虫症、
 江戸時代から問題になり始めて明治時代に正式に根絶のために助成金が下りることになって…」

そこへあやめが

「終結宣言がでたのなんてまだホンの最近です、百年以上に及ぶ伝染病との戦いの記録…
 凄まじいですよ、これもっと知られてもいいと思うなぁ」

「知らねぇでもいいお前の濃さばかり知れてくるわ…」

呆れ返る勢いで本郷が思わず言うと、でもその妙に広い知識を丘野が羨ましがり

「素晴らしいです、あやめさん戦国時代と近代史に?」

「ええっとねぇ…資料のある年代なら大体…といってもやっぱり武士の時代になってからかなぁ」

「ざっと千年と言ってるよーなもんじゃねーか、つか戦国時代に偏ってないって凄いなおい」

「父が武士という生き様に憧れていたみたいでそういう本があって…先ず兄がそれに影響受けたんです、
 父の方はだから平安後期から安土桃山、江戸の夏の陣までですかねぇ、
 兄はそこを下敷きに幕末から近代史に進んで…それで自衛官になったんです」

「あー…なるほどなぁ、んで妹のお前も歴女になって…」

「警察官になって、って言ってくださいよぉ」

重苦しかった雰囲気が二人の掛け合いで軽くなって行く、
本郷は救いだ、この人の何かいい加減な空気は何かとても救いだ、

「ほんごーさんがお父さんだったらボクどうなってただろうなぁ」

葵がぽつりと呟いた

「ぁあ? 先ず近所で「その子どこから盗んできた」と言われてだな…
 んで多分弥生との交際は認めません! と言いつつ最終的にはお前の決めることだって
 やきもきしてる親だったろうよ」

「あー、何かそういうのもいいなぁ」

「ってもそうはならなかった訳だからな、お前さんがいっちょ前にグレ始めたら
 俺病院と家を何度往復すりゃいいんだよ」

「二回くらいで済むと思うなぁ、きっとおかーさん…秋葉さんになるのかな?
 ビンタされたら流石にボクぐれてても目が覚めると思う」

「覚めるかなぁ…ってかなんだよ、お前もそこ突くのかよ」

「だって今のとこそれらしいおかーさん役って秋葉さんしか知らないもん」

「覚悟を決めてくださいよ、本郷さん、時は残酷ってお話の後じゃないですか」

「うー…やー…」

本郷が詰まるとそこへ弥生の声で

「たー?」

「少年ジェットかよ俺は」

奈良の方から笑い声、御奈加のようだ。

『何か面白いな、北海道の面々は、色々考えさせられて重たくなったけど、救われたよ、なんか
 生きるからにはそんな風に笑っていきたいよな、じゃあ、とりあえずもう遅いし
 私らはこれで失礼するよ…あ、おい、常建! アンタきっちり次ぃ繋ぎなよ、
 さっき言ったこと忘れないからな!』

電話の電話越し、急に名指しされてそう言われたのでは常建もいつもの調子が戻って

『う…うっせ! 先のことなんかわかんねぇよ!
 わかんねぇけど…』

『なによ、うちに何や言おいやしたいことがおす?』

『うっせ! じゃ、じゃあな、夏休みには近辺の都合付きそうだから、そっち行くぜ!』

すっかり重さも抜けた裕子は涙の後は残しつつ微笑んで

「お待ちしてますよ」

『では本郷警部、忠告はしっかり受けましたよ、貴方も頑張ってください』

「警視正も俺いじる?」

『ふふ…では、十条さん、また』

「ええ、ま、もうよっぽどでなければ札幌も大丈夫だわ、本陣が動き出さない限りはね、
 だからまた何か出雲の用事みたいなのがあったら呼び出してよ…、そういや…
 記録上フィミカ様が倒したって大蛇…あれ三代が関わってたのか…大先輩だわ
 祓いの四肢…なるほど、そういうのもあるのかって感じ」

『無茶は程々にしてくださいよ』

「貴方に言われたくは無いなぁ」

『ふふ…、では失礼します』

『弥生〜、ワタシ達も切るね、何か凄い話有り難う、平沼橋さんだっけ、凄いわアナタ』

「いえいえ…これも元を正せば裕子さんが…裕子さんはとなると弥生さんが…
 弥生さんが今ある一助には亜美さんが…となります…、全ては巡り合わせですよ」

『ホントに高校三年生?』

「はぁ…そのつもりなんですけど…記録のお陰で耳年寄りになった感じはします」

『そぉか、そぉよねぇ…当時は十三四歳にもなれば成人ですものねぇ…
 うん、色々勉強にもなった、有り難う、あ、弥生』

「うん?」

『一緒に住めないって当時結構凹んだんだけど、これも一つの正解だよね?』

「結果オーライよ」

『うん、じゃあまたね』

「ええ」

こうして、泣いたり悲しんだり重かったりした時間は終わり、いつもの日常が戻ってくる。



いつもの日常なのだがそこには結構な変化も待ち受けていた。

「金沢 八景(やつかげ)巡査部長です、本日付で特殊配備課に転属になりました」

「おう…、宜しく頼むわ、偶然とは言えこのタイミング、いいタイミングだよな」

「そうですねぇ…、事務方が欲しいって要望出したの結構前でしたからねぇ」

「話が見えないんですが」

「気にせんでくれ…って訳にも行かないか、この日本の少子化に貢献する訳にも行かなくてなぁ」

「そんなんじゃもっと判らないですよ、本郷さん」

「はい、判りません、で…僕は」

「あ、ええとですね…アナログ記録のデジタル化…それだけと言えばそれだけなんですけどね」

特備を見回す新入りの金沢。

「これ僕一人で何年掛かります?」

そこへ本郷が

「しかもあれだぜ、これからも増えるんだぜ、いやんなっちまうよな」

「仕事ですので何年掛かってもやり切りますが、お手柔らかにお願いします、あ、
 富士警部補、書式など教えてくださいパソコンは使えますから」

「あ、はい、ではですね…」



夏休みに入る前日に根岸女学校に転校生、二年生だったが転校生自体珍しいし
全校生徒も少ないこともあって朝礼の段階でその場は設けられた。

「橿原 子(かしはら・しょうこ)です、奈良から来ました、宜しくお願いします」

三年生組四人にはもう「奈良」と言うだけでピンとくる。
朝礼も終わり、夏休みに入る旨の連絡や通達、挨拶が終わり、各学年各クラスでまたHR
そして午前で解散の運びだが、四人が子を呼び止める。

子のことを色々聞く二年生達に分け入る形になる訳だが裕子の一団、黄色い声も上がる訳だ。

道をあるきつつ

「はい、聞いてますよ、でもウチ兄、私、弟の三人で三人とも祓いの力が少しって感じで…」

そこへ裕子が

「とりあえず…飛び詞は…」

「あ、はい、何とか初級クラスは…でも私ちょっと苦手なんですよね、兄や弟の方が得意かも
 そうだ、十条先輩合気をなさっているとか、私入部します
 私格闘や武器からの直接祓いの方が向いていて…」

「はいはい、なるほど、昴様や清様の系統ですわね」

「あ、その話向こうを出る前に皐月様から聞きましたよ、いえいえ、そんな本家当主とかの
 レベルじゃ勿論なくて…」

そこへ蓬が

「今は裕子さん以外みんな祓いとしては初級だよ、気にしないで」

更に光月が

「三人居るのかぁ、どうしよう、これ組んで色々初期祓いなりやらないと相性なんて判らないよね」

因みに子は余りぱっとしない髪型で受ける雰囲気は丘野に近い、静かで大人しそうな感じなのに
動くのが性に合うという。

「お兄様や弟さんにもとりあえず会ってみたいですわねぇ、お家の方にもご挨拶をしなくては」

「そんな堅くなることないですよ、奈良では結構あることですし」

「いえいえ、ここは北海道ですから」

「そういえば…札幌って意外と暑いですね」

「夏も冬も容赦ないですわよ? お体にはお気を付けくださいね」

「はい、うちのほう来ます? レストランはまだ準備段階ですけど」

とりあえず四人が四人とも会いたかったので行くことにした。

まだ看板も掲げられてなく、内装もどうやら身内で出来る限りという気のよう、

「まーまーこのたびはどーも♪ 北海道と聞いて飛んで来ちゃいましたわーw」

また底抜けに明るいお母さんが出迎えてちょっと圧倒される
そこへ裕子が

「あの…でも良い物は優先的に築地などへ回りますので、素材の取り寄せや契約などは
 多分それなりに頑張らないと…かも…」

「あー、やっぱりそうなるのねぇー、でも遣り甲斐はあるわ♪」

舞い上がったお母さんにお父さんが作業中の長男と末弟を呼びつつ

「僕たち夫婦には祓いはないんだ、お互いの親にも…、で子供達にいきなり出てきてね
 地黄(じお)! 栄和(ひでかず)!」

地黄って…四人は少し長男に同情しつつ長男地黄はぺこりと頭を下げて

「いや…正直祓いって言ってもピンとこなくて…とはいえ折角だから修行はしてるけど」

「奈良ですし本家もありますから人不足と言うことも無いでしょうしねぇ」

裕子が言うと地黄も

「そういうわけで…一番長い時間掛けても一番芽が出なかったのが自分で…料理は好きなんだけど
 参ったな、でもこんな事になるならもっと必死になれば良かった」

目の前に居るのは年頃のお嬢さん四人…まぁそのうち二人は少なくとももう
ターゲット外なのであるがこの時の地黄には知る由もなく。
なんとなくナンパ目的もありそうな感じに四人はちょっと微笑ましく感じて

「とりあえず祓いで新鮮さを保つことは出来ますので、そういう方向で修行するのも
 良いかも知れませんよ」

祓いってそういうのもあるのか、と夫婦がやんやと騒いでいる。
凄い、なんか重苦しい歴史の話を聞いた後だけにこの暢気さ。

「とりあえず、今詞だけお教えしましょうか?」

「あ、頼むわ、でも覚えたら俺買い付け係決定だなぁ」

「もー、料理人になるために生まれてきたような子だわ!」

母の強烈さがちょっと強い。
三男の栄和は明らかに四人に意識し、顔を赤らめないようにこわばりながらぺこりと頭を下げた。
地黄がまだ中学生の弟の頭を撫でつつ

「コイツが一番四條院の血に忠実って感じかなぁ」

「ふむふむ…、とりあえずお三方わたくしに付いてきてくださいます?
 詞その物は四條院も十条もほぼ共通、申し訳ありませんがわたくしも見ておきたいので…」

「俺はいいけど…」

「私もいいけど?」

親としては開店準備もしたいところだがそこはやはりこの北海道の地に飛んできた元々の理由。



夏休みに入って幾日か経った。
裕子は常建や咲耶と連絡を取り合っていて、そしてこの日今から関空を発つ、と言う連絡を受ける。

「丁度いいわ、裕子はあやめと二人を迎えに行って」

そこは羊ヶ丘、弥生にとっては因縁の地も近い…とは言え羊ヶ丘も広いのでまた別な場所、
小高い林の中に分け入ろうという時であった。

「ああ、四條院系の三人との顔合わせやお嬢ちゃん達の実力見ついでだしな、
 俺が火消しなんかが必要になったらやっとくから行ってこいよ」

その場には本郷も居た。
弥生・葵・蓬・光月・丘野・地黄・子・栄和、祓いやその苗木は合わせて八人という状態。
確かに裕子が無理にいる必要はない、あやめが

「じゃあ、行ってきますよ」

「ちょっと本番ではまたどうなのか見ておきたかったですが、叔母様も居りますし、そうですね」

羊ヶ丘と言っても広いとは先ほどの通りだが、畑の部分やら自然公園的な部分やら色々ある。
その中の一つから「奥の林で妙なうなり声が聞こえることがある」という陳情を受けての出動、
弥生の見立てからこれ幸いと実戦試験というわけでこの流れであった。

三人兄弟が初めて見た裕子なども「凄い体型」と思っていたが、
長身で涼しげなイメージの爆乳スーツに先ず見とれ、葵のラフな格好から垣間見える
凸凹した体型と共に超引き締まった体と筋肉、何より弥生のもつ稜威雌

見とれた後には底知れない恐ろしささえ感じた。

「もし何だったら引き延ばし引き延ばしで裕子や京都の二人を待つわよ、そっちも見たいしね」

「え、流石にそれは」

「…そうね、多すぎか、まぁ行ってらっしゃい」



「裕子はーーん♪」

やって来た二人、咲耶は飛びついてきた。

「思ったより北海道って暑いんだな」

常建が言うと咲耶を受け止めつつ裕子が笑って

「奈良からいらっしゃった四條院傍系の方々も仰ってましたわ、札幌も夏は36度を記録したことも
 ありますしね、それでも後二ヶ月…十月になれば紅葉の時期なんですよ」

「凄い土地だよな、良く開拓したと思うよ」

「そうですわねぇ、あ、こちら札幌の特備、あやめさんです」

あやめは名刺を渡しながら

「と言っても配属四ヶ月ちょっとなんですけどね、もうなんか色々ありすぎて
 二年くらいやっているような感じですけどw」

「いや…恵比寿警部から色々聞いたら可成り偉い目に遭ってるみたいなのがにじみ出ているというか」

「おん、ベテランん風格やね」

「流石にベテランは…w まぁ、ひょっとしたら弥生さんの方にも間に合うかな
 忙しいけどちょっと羊ヶ丘に寄り道するね」

「羊ヶ丘! クラーク像! 少年よ大志を抱け!」

すっかり観光気分の咲耶が北海道らしいそのネーミングにキラキラしてる、常建が汗しつつ

「ああ、丁度オレ達も会いたいと思っていたし、それが祓いの場だって言うなら尚更だ」

「とはいえ…初級含めて祓いが十一人になってしまうので…」

それを聞くと流石の常建も

「それは多いな…」



「朧気に「居る」感覚は分かるんだけど…分かり難いわねぇ」

羊ヶ丘組の方が難航していた。
検知下限ギリギリの強さらしく、そうなると実力の差は余り関係なくなる。
本郷がそこへ

「林の中のうめき声って言うのも「このへん」ってくらいにしか判らないって言われたし
 祓いじゃない一般人だからこそ判る的なモノもこう草木だらけじゃ判り難いなぁ」

「余裕かましてたけれど、確かに何かが潜んでいるのが判っていて受けた陳情を放置するのも
 私の流儀に反するしなぁ」

弥生がこぼす。
葵も五感を研ぎ澄ますが矢張り「居る」と言うことしか判らない。

そこへ子が

「さっきから通りがかる木に触れて回っているんですけど…
 木に居るようで逃げ回っているというか…でも木に居るのも本当に極弱いもので…
 範囲として感じるそれには足りないですし…」

「…それだわ! 丘野! 石で周りを!」

えっと思った全員だが、それなりに大きな範囲を石と詞で囲う。

「全部祓えなかったツケか…これは…」

弥生が範囲の外に出て稜威雌に手を掛けつつ詞を…
と言う時にツタが弥生に襲いかかってくる!
弥生はそれを躱し、丘野の範囲内に戻ると目の前の植物が絡み合い大きくなってどんどん
邪悪な何かが強くなってくるのが判る。

蓬が気付いた

「あ、この林の範囲「全体が」一つの集合霊の中…!」

弥生がそれに

「正解…まんまと誘い込まれてしまったわね、こないだ祓いきれなかった
 カラビトが集結して悪気を増したんだわ…」

「おい! カラビト祓いであんなに派手にやっておきながらまた同じ事繰り返すのかよ!?」

そこに光月が

「いえ…カラビト茸程の邪悪は感じません…目の前にあるのも実際の植物に取り憑いて居るだけで
 悪気だけで見えていたカラビト茸よりは遙かに弱い物です…」

「んー、光月もだいぶ「見えてきた」わねぇ、お姉さん嬉しいわ」

弥生が満足げに言う。
そして近くに切り株を探しそこに座り込んでしまった。

「見えてみればなんてこたないわね、蓬ちゃん」

「はい!」

「「奮い立ち」は使わないように」

周りがビックリするが、蓬はその意図を読み取った。

「…判りました、ここから先は私達の実力その物で…そういう事ですね?」

「ホントにお姉さん嬉しいわ」

しかし、初級六人居るとは言え、それだと少々手に余る感じが…

「あの…ボク、どうしよっか」

葵が困惑していると

「私の側に居て、でも流石に不味い、となったらその分だけ助けることは許す
 …正しそれは六人には減点対象」

葵が更に困惑を強めた、性格的にこう言う時に手助けしたくて堪らないタイプだからだ。

「何気に「かわいい」への試験でもあるっぽいな」

本郷も弥生の側で傍観を決め込む構え。

「試験なんて物じゃあない、ただ、これも修行の一つ」

「わかった、みんな頑張ってね」

うずうずしつつ葵も弥生の元へ、すると弥生が葵を膝の上に載せる。
膝の上の葵を抱きかかえつつ

「さぁ、どうぞ、やり方も何も任せる、どんなやり方だろうと減点とは言わないわ
 思いっきりやって頂戴」


第一幕  閉


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