L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:Sixteen point Five

第二幕


ツタやら何やらが六人に襲いかかる。
流石に総大将たる弥生や、その腹心である葵には歯が立たないと判っているようで
その二人が「傍観決め込む」というのだから遠慮無く潰せるのから潰そうという目論見のようだ。

四條院傍系組は基本飛び詞で戦う訳だが、初級と言うことは単発でしか詞も使えず、
その威力も余り大きいとは言えない、光月は一気に集合体である植物群に矢を射たいようであったが
流石にストレートに撃たせてくれる程相手は甘くも弱くもない、
丘野には石があるので飛び詞は使えずとも何とかなったが、困り果てたのが蓬である。

このままでは埒があかないことだけは判っていたし、自分の体捌きや触れる祓いでは余りに効率が悪い

「弥生さん…、武器取ってきていいですか!?」

「ん、蓬ちゃん詞を武器に込められるの?」

「少しだけですけど…でもこんな四方からの攻撃に単発祓いでは余りに時間が掛かります!」

「言えてるしご尤も、正し私は取りに行く手助けもしないわよ?」

「判っています…ああ!」

蓬が天を仰ぎつつ片手で顔を覆った。

「…あ…、ひょっとして来る時あやめの車に積んだまま?」

「はい、読みが浅かったと言いますか…」

「うん、でもまぁ反射的にあやめに空港行ってらっしゃいって言ったの私だし
 これは私の手落ちでもあるなぁ、知らなかったとは言え…うん、まぁ…」

弥生は稜威雌を蓬に渡した。

「ええええ!?」

「うん、所持者じゃ無い訳だけど…「ただの武器」として一時托すわ」

と言ってから可成り後ろ髪引かれる思いがあるのだろう、ちょっと弥生が情けない表情で

「…折らないでね?」

「流石にこれは…とはいえ…このままでは…」

丁度過ぎた武器が弱い祓いに渡ったことに集合霊達も警戒したのだろう、一気に蓬を潰す方策にでた!

「私の武器は太刀では無いのですが…」

蓬が稜威雌を抜き二メートルほど後ろに飛び退ると集中して襲いかかってきていた
ツタや枝などの植物が蓬の居た場所で衝突したところにほのかに青い光を纏った稜威雌の刃が突き立てられ
なぎ払うような捌きで切り裂きつつ、邪悪を浄化する!

「蓬ちゃんの武器は薙刀か」

「はい…!」

「使いにくいでしょうけれど、何とか頑張って」

「折らないように気をつけます…!」

「お願いね?」

既に愛人の一人である稜威雌だけに中々にハラハラする。
蓬が武器を持ったことで少し優勢が強まる、そこへ陳情にあった「うめき声」が植物群から聞こえる

「な…なんだろう…まだそれほど弱った訳でもないのに…」

葵が不気味そうに呟く。

「イヤーな予感がするぜ、あれホントに邪悪の塊か?」

流石の本郷であった

「核に…普通の霊が取り込まれているわ…カラビト一つ一つでは弱すぎる…
 だから…そう、いつかの「よしお」のように一般霊の力を奪い取りながら活動しているんだわ…!」

弥生の目つきが変わった。
葵もその「よしお」の被害者は汐留であった事を思い出し、目つきが変わる

蓬が突っ込んで行きとりあえず根元から薙ぎ払おう、と言う動きに入った時に、
植物群の前面が開け、そこに捕らえられた霊を見せた。
「何の罪もないこの霊ごと切れるのか?」と言う挑発のように。
ひるんだ蓬にまた全方位で蔦や枝が襲いかかるが、蓬はそれを躱し守りの範囲内に戻った。

「弥生さん!」

葵が燃える心で弥生を見上げる、しかし弥生はその捕らえられた霊を見て何かを考えて…
思い出しているようだった。

「どうしたの? 流石にこれは悪質だよ、試験とか何とか言っている場合じゃ…」

「…鶴見豊…」

「えっ」

「あいつ…鶴見豊…先代が千歳で昇華の手助けをした…鶴見君だわ…!」

「ええ!?」

確かに捕らえられた霊、服装がちょっと時代錯誤的ではある…

「え…でもなんで判るの?」

「稜威雌越しに先代の話聞いた時にその姿や声は刻まれたから」

「あ、そう言えば言ってたね…」

弥生が舌打ちをした。

「先代の遣り残しか…」

「弥生さん…」

六人の内先代のことも知っている三人…根岸女学校三人がどうするんだろうと
弥生が気になったようだった…が、

弥生は覚悟を決め大きく深呼吸をして目を伏せそこに止まる構えだ。

「いい、私が自由にと言ったことは崩さない、あれは確かに明治時代に遭難死して
 先代の後押しから札幌まで来て自力昇華するはずだった霊、それだけ、それだけのこと」

葵が心配そうに見上げるも抱えられた背中越しに伝わる弥生の鼓動からは動揺が消えて行く。
そこまで信用されたとあっては…根岸の三人組の心も燃える、先代弥生の仕事の後を
弥生が自分たちに委任したのだ、何としても囚われの霊を救い、取り憑く邪悪を祓う…!
嘲笑うかのように鶴見の霊を再び囲い込んだ、

そんな時

「皆様!」

林の麓側から裕子とあやめ、そして知らない少年少女、あれが京の祓いの一角か…、
その少年の方、常建が

「これ初級の領分じゃないぞ!」

「それでも手出しは無用!」

振り返らず弥生が言った。
…しかしその後、にっこり微笑みながら振り返って

「でも、外から獲物の補給なんかはご自由にどうぞ♪」

「蓬ちゃんの武器が車に置いたままだったけど持ってきて良かったね」

あやめがそう言って薙刀の梱包を解く、蓬がそれを見届け

「弥生さん、稜威雌はお返しします!」

スッと鞘に収め、それを投げると入れ替えにあやめから薙刀が投げられてくる。

それを見ていた奈良筋の三人はお互いを見て頷き合い、子が常建へ

「済みません、それ仕込み刀ですよね? 貸して戴けませんか?
 弥生さんの刀は私には大きすぎて」



やる気なのだ、この六人は…、常建はその意気を受け取ると仕込み刀を回転しないように
子に投げ渡しつつ

「決めろよ」

それが子の手に渡るかどうかと言う時に、兄と弟がそれぞれ左右にそれぞれが集中して攻撃を始め、
その息に合わせるかのように蓬の薙刀が上から襲いかかろうとするつや他枝を祓い落とす!
子は真っ直ぐに走り込んで行き、丘野が直線に近い攻撃を石で祓ったり、子を守ったりした。

そして身のギリギリから攻撃を仕掛けようとする鋭い枝の攻撃に僅かに重心をずらしつつ、
子は左手で刀を抜き右手は峰に添え、一気に下から斜め上への斬撃!
それには祓いが込めておらず、両手での攻撃では無いので
そう、それは深くは切り込まれず、鶴見の霊が露わになる!
子は振り向かないまま

「今です!」

塞がろうとするそれに追撃を食らわす子の背後、光月がこの瞬間、と右手に
四本挟んだ矢の内の一つを構え、赤い光が滾る、

「行きます!」

光月の言葉と同時に打ち込まれた矢を子はまた僅かな重心ずらしからの躱しと、
相手の攻撃の勢いをそのまま貰う形で祓いの陣まで戻ってくる。

そして露わになった霊へ打ち込まれた矢の祓いは浄化では無く昇華の祓いだった、
それは鶴見の霊だけを邪悪の呪縛から解放し、仏教で言う成仏へと導く。
鶴見の霊が集合体から離れたその時、五人が突撃し、光月は再び鶴見の魂を捕らえんとする
邪悪に向かい三つの矢を文字通り「矢継ぎ早に」打ち込み、しかも着弾点から
弾けるように広範囲に散らせつつ、それは鶴見の魂には当たらないようにもして居た!

集合霊がこれでは分が悪いと悟り、再び散ろうという気配を察した時、弥生が叫んだ

「待機解除! 全員で残りを浄化するわよ!」

と言って膝から飛び出して真っ先に前線に出た葵を見送りつつ詞を一つ込め
稜威雌に渡らせてから、鞘に収まったまま地面に突き立てた!

「逃がさないって」

それは「領域指定」のようでもあり触れると作用する「祓いの障壁」となって
広範囲に広がる、その間にも地を伝い逃げおおせようとする邪悪は祓われ、
花火のように時々地面がスパークする。

常建は肉弾で祓いに参戦し、咲耶は投網のような祓いの詞で惑う邪悪をそれこそ一網打尽にした。
本郷やあやめもなるべく音を押さえるための装置を付けた上で祓い弾をお見舞いする。

そうして場が収まる頃、ふわりふわりと上空で昇華しつつある鶴見の魂を弥生が跳んで捕まえた。

「…と、貴方にはちょいと聞きたいことがあるのよね、今少し気力を分ける、目を覚まして戴ける?」

着地した弥生、衣擦れ以外の音がしない、
鶴見の魂は気力を渡されて質量を持った訳ではないが「その記憶」が蘇り、地面に落ちる。
そして、その魂が目覚めた。

『…はっ…、ああ、あいつらを祓って戴けたんですね、有り難う御座います!』

鶴見の魂は誰という訳でなく全員に頭を下げた。

『うん、その礼はこの六人にお願いね、私は貴方に用があってまだ今少し昇華成仏は待って欲しいのよ』

『僕に用って…ああ…!? いや、そんなまさか…! でもその太刀と貴女の顔に見覚えが…!』

『私は明治の払い人十条弥生からその技とこの野太刀を受け継いだその名も十条弥生、
 貴方の会った弥生の…兄のひ孫に当たる、うん』

『僕への用は判りました、これまでの経緯をお話しします』



それによるとこうだ、
鶴見君の霊はあの後この羊ヶ丘までたどり着き、眼下に札幌を見ながら昇華成仏の構えだったのだ。
霊として眠りにつけばそれでもう何もかもが終わるはず、そう思い眠りについて…

気付いたら自分にまとわりつく霊があった、そして自分の力というか気力を吸っているようだった。
一つ一つは弱いので魂の力としてそれらを払い落とせば少し長い時間が掛かるけれど大丈夫かな
ついでに発展して行く札幌を見て感無量になればまた気力も蘇る、
すると最近、物凄い祓いの光と共に自分に纏わり付いたのより遙かに多い邪悪が散り、
そして自分に沢山やって来て自分を核にして植物を取り込み囲っていった…

弥生は頭を垂れて

『申し訳ない…方々に残党が散ることを放置したのは私の責任だわ』

『お気になさらないでください、祓いの人に関知されないくらい僕はもうすぐ逝くというところで
 自力では無く自然にそれを任せようとしてしまった、そこが間違いでした』

『どちらのせいでもありませんよ、巡り合わせがあったのでしょう』

裕子が会話に加わった、皆裕子の言葉に頷いた。
鶴見の魂は俯き少しばつが悪そうに

『しかしながら、僕は熟々自分が欲張りだと悟りました、
 何か…「もう少し見ていたい・もっと見ていたい」という下心があって
 そこを憑かれたのだと思うんですよ、自力で逝くのは、ひょっとしたら難しいのかも知れません』

そこへ弥生が

『よし、では皆で後押しをしましょう、ある意味貴方は百年以上ここで札幌を見守ってきたのだし
 自力で札幌へ到着した、貴方のことは先代がちゃんと調べ骨も回収して当時の警察から
 きっちり…余計な部分は省いて連絡してあるわ、もう大丈夫、お疲れ様よ、貴方はやり切ったの』

そう言って全員に集まって貰い、胴上げを始める。

『鶴見豊君、万歳!』

万歳三唱と胴上げの一回一回で鶴見君の心は一編に満たされて昇華して行く。

『ああ、皆さん、有り難う御座います…』

三度目の胴上げ、彼は戻ってこずそのまま空に紛れるように昇華していった。

「よし、婆さんの残りこれで完遂!」

あくまで直接的な祓いではなく心を満たすことでそれを成し遂げた。
ここで初級組も上級組も格の違いを見た。
効率云々じゃない、美学に基づく祓いを見た。

「いやぁ、思ったより強いヤツだったけど、皆良くやったわ、
 葵クンも、貴方が常建で貴女が咲耶ね? 貴方達も良く堪えてくれた、有り難う」

と言ってクールな女の微笑みに、その目に矢張り燃えるような熱い魂を見る。
常建はたったこれだけのことの筈なのに感服し、咲耶はちょっと顔を赤らめた。

「いやぁ、弥生はん、聞いとった通りん人やわ、なりええ!」

「おい…とことんミーハーだな、お前も、改めて俺が天野常建」

公職適用時証明書を見せながら言った。

「あ、そうだ、刀」

気付いた子が慌てて持ってきて

「丁度良かったです、有り難う御座いました!」

「居合いやってるのか? 凄いな、俺も剣術だけでなく居合いやるかな」

「女なのに恥ずかしいってたまに言われるんですけど…性に合うんですよね」

そこへ長兄の地黄が笑いながら

「子は三船敏郎好きだからなw」

聞き逃さなかったのが弥生である、

「「用心棒」のあれよね!? 貴女の太刀筋はそれに近かったわ!」

「あ、はい、それです、格好いいですよね」

弥生の顔が輝いた、そこからは濃い話がちらりちらりあったので割愛するが…
とりあえずそれぞれの自己紹介などを終えて特備の二人は署に戻ると言うこともあって
札幌駅で一度解散、寮は閉められる訳ではないが裕子は弥生の家で、
丘野は竹之丸の家を基本にして夏休みを過ごす気らしく、一度荷物を取りに行くという。

奈良組三人は大通りから電車、根岸女史の四人は地下鉄で中島公園駅までは一緒と言うこともあり
途中まで七人の団体で帰ることになる。



「さすがご兄弟、息が合ってましたね」

裕子が口火を切ると三人が少し照れながら

「まぁ、それっきゃ無いって言えばそれっきゃないんだけどね」

地黄の言葉に蓬が

「いえ、やりやすかったですよ、薙刀の範囲はきっちり空けて置いてくれたようですし」

それに三男の栄和君がちょっとばつの悪そうに

「届かなかっただけッス…」

地黄も加わって

「上の方とかになると明日筋肉痛に…とか考えちゃうしなぁw 俺もヒデも荷物運んだりはするけど
 体育って方面はあんまり…だし」

裕子は聞きに徹していて色々話を聞いていた。
光月がそれとは別に子へ

「子供の頃から体動かすのが好きだったの?」

「いえ…切っ掛けは映画なんですよねぇ、今思うと特撮とか何テイクも重ねた上での
 アクションに夢中になって…フィクションをフィクションだと割り切るまでに
 結構本気で色々習っちゃってたんですよね」

「それであんなに…動きもいいし…やっぱり何よりあの居合いからの相手の勢いを貰った
 間合い開けとか…もうあれなんとか躱してくれるって信じて本気で射たんだよね」

「まぁ…ゴリラ女とか呼ばれるだけだったのがちゃんと理由付けになって有り難いです」

それぞれに和んで一度それぞれの帰路につく。



葵は常建&咲耶、裕子に丘野や竹之丸が来る可能性も考えての買い出しで一足先に帰っていった。

「あの…葵って子はなんどすねん? 何や…分類出来ーひんってゆーか」

弥生の家への車中で咲耶が弥生に聞くと、常建も頷いた。

「あの子は…なにかポッと生まれ出でた才能なのよね、私が色々教えたりしているから
 青系統の祓い纏っているけれど、本当の色は判らないのよ、ただ、天野や四條院でもない
 出雲とも…違いそうなのよね…、あの子は奇跡なのよ」

「天性の才能には敵わないって言うか…全身武器って感じで俺あの子とどっこい未満かもしれねぇ…」

「なに? やっぱりそないゆーん気になる?」

「ならないっちゃ嘘になるけど、まぁ指導してる人が指導してる人だしな」

「葵クンは殆ど独学よ、あの子の意志に任せてたらああなっちゃった、
 でも背丈が欲しいって言うから、最近筋トレは控えさせてるの」

「ああ…、俺もそれで若干…」

「常建、平均より高いんやさかいええではおまへん?
 弥生はん、こいつ180cmは欲しいって毎度いってるんw」

「うっせ、言うなよ」

「葵クンもねぇ、170cmは欲しいって言っているのよねぇ、まぁ個人の資質にも依る部分があるから
 必ずしも筋トレで成長を阻害って訳じゃないだろうけど、色々鍛え方変えてみるのもいいかもよ」

「とりあえず居合いだな、あの捌きは覚えておいて絶対に損はない」

「そうね、私ちょっとビックリしたわ、でも四條院の血にも昴様や清様のような力も
 眠っている訳だしね、あれは上級はともかく中級のいいところまでは行ける、
 組む相手を間違えなければ二人ひと組でそれこそ可成りいい線まで行けそうだわ」

ああ、三船敏郎話で盛り上がるだけでなくやっぱりちゃんとそういう所は見ているんだな、と二人は思う。
そうこうしているうちに家までやってきた。

「あれが…稜威雌神社どすか?」

「ええ、そう神体を持ち歩いているって言うのもいかがな物かって話だけどね
 …いずれこの稜威雌もまた無主物になってしまうのよ、その時の居場所を確保したくてね」

二代や三代の話の記憶も新しい、そう弓は二十代で、八千代は記録がきっちり残っていたこともあり
三十六歳(満三十五歳)で亡くなった事も知っている、その死に方も、どんな思いだったのかも。

「悲しい話どす…出来はるモンなら、祓いん歴史んそこを変えていって欲しいって思うて」

「そりゃぁね…(車を降り、二人を先導し稜威雌神社に向かいながら)
 私だってもっと人生謳歌したいし、出来ることならババアになって寿命で死にたいわ」

「ただ…いつ何時どこからどんな風にそれがやってくるかなんて判らない」

常建が言うと、弥生がそれに応えて

「そうなのよね、だから出来る内に何もかもやっておきたい、これもその一つ」

小さい真新しい神社だが、可成り古式を意識した作り。
三人が一礼をして、弥生は一度本殿に稜威雌を戻し、お参りをする。
そしてまた礼と共に弥生は稜威雌を手に取った。

「どうあれ稜威雌は誇りだわ、今この世にこれを私が受け継げたことを先代に感謝する、そして歴代にも、
 どうあっても私はこの体に受け継がれた「何か」に対して全力で応える」

京都の二人は話の中で出てくる同世代に生きた四條院や天野の弓や八千代に対する
畏敬の念のような物が一発で理解出来た。
世が世ならもう反射的に様付けでこちらが頭を下げて当然、そういう人だ、そういう器なのだと思った。

「所で二人はいつまで居られるの?」

あれだけ重みのあることを言ったかと思えば弥生は屈託なく優しげに質問をする

「あ…、一週間ん予定どす」

「勿体ない、十日くらい居なさいよ、裕子も刺激になると思うし
 葵クンがちゃんと二家の人達に会うのも初めてだから…、とはいえ、京都には京都の事情もあるか」

「そこを何とか調整して貰って…今奈良は余っているまで行かないけど
 多少他にまわしても回るって状態で、それで俺が京都に移った訳だし」

「ん、そうかそうか、まぁこっちも祓いの種を抱えてる訳だしさ、私なんて正規に
 師範やって良いのかどうかも判らない自己流だし、この際ちゃんと
 「三家が揃うとはどういうことか」というのを教えて上げたいのよね
 最終日前くらいには一日二日延長出来ないか聞いてみるわ」

「それは構いませんけど、お邪魔じゃないですか?」

「どうしてもムラムラきたら葵クンとラブホテルにしけ込むからw」

常建と咲耶の顔が真っ赤になる。

「御免、ストレートすぎた…」

弥生はちょっとこのピュアな高校生に掛ける言葉選びを考えなくちゃと反省しながら、
そして二人は案内されつつ、やっぱりこの弥生にもどこか歴代の「匂い」がすると思った。



一日目は大きな荷物を抱えて何日も居座る気の裕子もやって来てワイワイと盛り上がり、
二日目、弥生には仕事もあるので日中は葵も休みを取らせ、札幌を案内するついでに
三人と札幌案内ついでに色々見たり話したりして学ぶといいと弥生は朝言った。

「弥生さんはいいの?」

「うん? いや、予感なんだけどね、他愛もない予感
 私には私の機会があるような、何かそんな気がするのよ」

それに常建が加わって言った。

「判るような気がする、いや、格がどうとかそう言うのじゃ無いんだ、
 でもなんか…弥生さんにはねーちゃんとかあっちの方に縁がありそうな気がする」

「普通に考えたらあり得ないんだけどね、私は札幌の一応柱で、向こうは奈良の柱なんだから」

裕子がそこに

「でも、実際に叔母様は出雲へ出張なさいましたし、確かにどこかで引き合う縁があるのかもしれません」

「うん、そういうわけでね、葵クン、貴女も折角の夏休みなんだしいってきなさい」

「ん、判った」

弥生が思わず愛しさから葵にキスをする訳だが、それすらも京都の二人には刺激が強かったようだ。
裕子はちょっと困ってしまった。
とりあえず、弥生の仕事上がりの時間までもうこの件というかなるべく観光や祓いメインで
過ごすしかない、裕子は

「それではあの…先ずどちらへ向かいましょう?」



「弥生ー! 京都の二人って何処?」

「マル? 仕事は?」

「天野と四條院がやってきたと聞いて医者の本業なんてどーだっていいわ、で、どこよ?」

夜七時とかその辺り、興奮している竹之丸の後ろで、ちょっと申し訳なさそうに丘野が頭を下げた。
弥生は苦笑気味に、でも微笑んで

「今ちょっと私以外の四人は和室の方で組み手をね」

「よーしよーし!」

余程興奮しているのだろう、ずかずかと上がり込んで行く。

「済みません、先生ああなると止まらなくて」

いつの間にか竹之丸を「先生」と呼ぶように成って居た丘野。
弥生は丘野を優しく撫でながら

「ま、正規の四條院や天野がやって来るなんて二ヶ月前まで考えられなかった事だしね」

勢いよく襖を開けて「そこの二人! 血と口の中の組織ちょっと戴くわ!」などといきなり入って行き
「うわ、何だこの人」と常建がうろたえるのも聞こえる。

「うん、まぁ…、裕子が上手く取りなすでしょう…w」

「本当に申し訳ありません」

そんな丘野に弥生は目線を合わせ

「マルとは何処まで?」

丘野は顔を真っ赤にして

「いえ…まだ…」

「あら、でもまぁまんざらでもなさそうね、いざという時はマルを守って上げて
 そういう心の目的があれば貴女は多分もっと強くなれる」

赤くなり俯きつつ、でもそれは真理だ、丘野は頷いて弥生を真っ直ぐ見つめ

「はい!」

弥生もにっこり微笑んで頷き、

「コーヒーでいい?」

「あ、はい、有り難う御座います」

「濃いーのだけどいい?」

「はい、いつも私も酸味がきつくなるくらいまで濃くしてますので」

「おおう、コーヒー仲間発見♪」



組み手や竹之丸の乱入が終わった頃にはお風呂と食事である。
せめて手伝おうと思っていた丘野だったが既に葵や裕子が作り置き、或いはオーブンや
圧力鍋での調理中と言うこともあり配膳くらいしか出来なかった上、
竹之丸が当然のように食べている姿にまた申し訳なさを炸裂させていた。

因みに弥生はマンションの並んだ二部屋を契約しぶち抜きにしてリフォームしている事もあり
風呂は二つあって、常建も困ることはなかった。

食後にマッタリしつつ

「葵強いな、ルールで縛られると弱いところもあるけど、ルール無用になったら先が読めねぇ」

「うーんでもボクとしてはルール上でも勝てるようになりたいんだよなぁ」

「祓いんルールは武道んルールとはちゃうさかい気にしはることないわ」

「そうなんだけどねぇ、動くことに関してはちょっと自信あったから、なんかこう、負けたくない」

そこへ酒もちょっと入ってきた竹之丸が

「高校生組は十七・八、葵クンは十三じゃないの、まだまだこれからさ」

と言って笑いながら葵の肩をぺしぺしたたいた。
そこへ裕子も

「そうですよ、普通なら相手の勢いだけで相手の体勢を崩す事でさえわたくし結構全力で
 それでも投げられなかったりしたんですよ?」

「んーー、でも結局は投げられちゃったしなぁ」

「でもそこから直ぐ立て直したじゃないか、あり得ない俯瞰の位置から
 あっという間に懐に入ってくる、結構焦るぜ」

「なんやろう、葵ちゃんには何や野生が溢れとるよ、なんかこう…迂闊に手を入れちゃあかんみたいな」

「ああ、そうですわね、何か葵クンなりの道を何処までも突き進んで欲しいような」

「うーん、そっかぁ」

「経験ばかりは実際に積まなきゃどうにもならないからな、俺も結構悩んだけど」

「ん、物凄い正解を聞いた、そうだねぇ」

四人のやりとりを微笑ましく見つめる弥生と竹之丸と丘野。
もうそろそろいい感じに大人には酒も入ってきたそんな時だった、弥生の携帯が鳴る。

「ふぁ? …新橋から…すっごいヤな予感」

電話に出て弥生が

「(話を聞いて)…無理、お酒入ってるし…何それマジで言ってる?
 無茶苦茶ねぇ…そんなに大変なの?
 …ふむ…、成る程ね…そう言われちゃうと私も疼くモノがあるのよね…
 私まだあの呪文の効き目試してないし…うーん…判ったわよ…行ってやるわよ…
 向こうに着いてからはまたとりあえず御園の指示でいいわね?
 はぁい、判ったわよ」

葵は電話中から出張用の荷物を詰め始めていて

「またお仕事?」

「そう、今度は新宿だって」

「新宿? 東京ど真ん中だったら祓いの他にもバスターとか言うのもいそうなモンだけど
 弥生さんを欲しがるような事態って無茶苦茶なことじゃないのか?」

弥生は皆からは遠い位置でシケた面で煙草を噴かしながら

「それがまた電話口じゃ大したこと言われなくてさ、
 でもどうやら魔階絡みらしいのよね、イレギュラーな出来事だし
 私まだ祓いの力を魔階でコントロールする呪文の効果実感してないし、
 それ持ち出されるとこっちも知りたくなっちゃう、流石に新橋には読まれるわ」

「そうですわね…知りたいと思って即魔階が出来る訳でも無いですしね」

裕子が言うと葵が元気よく

「弥生さんなら大丈夫だよ、屹度「ああ、こんなものか」って感じだと思う。
 ちゃちゃっと終わらせて帰って来てね」

スーツケースを渡す葵に、矢張り愛おしさ全開になる物の、流石にちょっと京都の二人に遠慮して
重ねた唇は見えないような角度で葵にキスをした弥生。

弥生は弥生で武器を特製のケースに詰めて、ベランダ側を開け、

「じゃあ、ま、行ってくるわ、裕子、管理頼むわね、もし何だったら探偵稼業もやってみる?」

「えっ、ええと…」

「ふふっ、葵クンも居るしさ、このくらいならと思うならやってみても良いかもよ?
 じゃ、行ってくるわ」

祓いの翼、飛翔でベランダから飛び立って行く弥生。

「うわ、速っ」

弥生をちょっと追尾した咲耶が感嘆した。
新宿で何が起こっているのだろう、一同は思ったが

「ベランダからいきなり飛ぶのやめて欲しいんだよね、一言ないと祓いのないあたしなんか
 ホント心臓に悪くてさ」

竹之丸の尤もな感想に周りは思わず頷いた。


第二幕  閉


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