L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:Seventeen

第一幕


「上司とは言え毎度新橋が済みません…」

最終便で日付が変わる直前くらいに到着した弥生の前には矢張り御園が待っていた。
二人はまた今夜の宿泊先に向かいつつ

「いやぁ、車じゃ間に合わないなら飛んででも最終便に乗って欲しいとか
 アンタはこないだの三代の話の何を聞いたんだと言いたくなったわ…w」

「あれは泣いちゃいました、富士警部補の言うことを片隅に置いたままなら私は
 こうなっていたのかと、それはそれで幸福なのかも知れませんが」

「そこ、複雑なのよね、でもやっぱり誰かの運命その物を預かるって大変な事よ」

「せめて祓い人であれば…とは思ってしまいますね」

「ああ、御園、そのIFはやめた方がいいわ、今の「その気はある」って白状してるような物よ」

御園は顔を赤くした。

「そうでした…でも私なぜだか千代さんより凪さんに物凄く感情移入してしまって」

「ふーん…貴女ひょっとしたら祓いを持っているのかもね」

「そんな風に言われたことは無いし自覚もないんですけれどね、
 第一才能があったとしてももう二十三ですから、ちょっと遅いかなって思います」

「いやぁ、最近その辺の固定概念崩れつつあるからねぇ、
 ひょっとするかも知れない、まぁ…仕事大変でしょうけれど、折を見てちょっと修行なんかいいかもね」

「んー、やってみようかなぁ…でもそうなったらもう逆に客観的な立場では居られなくなるんですよね」

「そうなるわね、その辺りは任せるけれど、祓いでありつつ特備でありとか言うのは贅沢かなぁ」

「「最後にはどちらかを選択する」事になるでしょうね」

「やっぱ残酷かなぁ」

「でも…それをする価値がある…かもしれません、知りたいような気もします
 そう言う意味でちょっと気になったお話でしたね、三代八千代さんのお話は」

「…うん、最終的に決めるのは貴女だから私はそれに任せるけれど…」

「…? はい、まぁ、ちょっと考えて見ます、修行の件も」

宿泊先に向かう車の中、弥生が言えなかった一言は
「ちょっとそのはち切れそうな胸とお尻、味わいたいなぁ」だったことは言わないでおこうと思った。



「まだ朝だってのに、何よこの暑さ…」

八月初旬の東京、新宿近辺である、その暑さたるや北海道の比ではない。

「弥生さん、今回はスーツのままなんですね」

「あー…魔階関連だって言うなら慣れた服の方がいいかなって…でも上着はちょっと脱ぎたい気分かも…」

因みに御園は一応スーツだが生地はちゃんと夏用、
弥生は夏冬関係なく一種類のスーツを何着も着回すタイプなので暑そうだ。

「脱ぐと目立つかも…」

「んーまぁそーね…基本気にしないけど余りヘンな好奇の目は集めたくないしなぁ」

既に汗のにじみ始めて居る弥生だがとりあえず意地で現場に向かう。

「ところで御園、今回は詳しいこと何も通達されてないの?」

「合流地点と突入する祓いは弥生さんだけじゃない、と言うことだけですね」

「何隠してやがるのかしら、アドリブはお手の物だけどそれも事と次第に依るんだけどなぁ」

「あ、一つ警視正のフォローと言いますか…昨晩の段階で
 増援が本決まりでは無かったと言うこともあるようです、玄蒼市側とも色々調整なさっていたようで」

「まぁ魔階絡みなんだからそこはそうか…ひょっとしてあの女と組むのか?」

「あの女?」

「玄蒼市のA級バスターで私立探偵で魔界との中継役で祓いと普通の人間との橋渡しをやってる
 百合原 瑠奈って女」

「…何か凄そうな人ですね」

「A級ってでも上から三番目らしいのよね、裕子の話によるとでもそれでも可成り強かったらしい
 玄蒼市ってさぞ狂った街なんでしょうね」

「私も話しに聞いたくらいですね…正直生き残れるか余り自信ないです」

「それで且つ一般人含む七十万都市だっていうんだからそうね、警察やバスターとかは
 結構な修羅場をくぐっている人達の集まりなんでしょうねぇ、
 フィミカ様がいらっしゃると言うことが判っているから人生で一回は訪れて
 一回は直接お目通り願いたいところだわ」

「凄いお方だというのは三代さんの出雲の祓いで痛感しました、
 あんな強烈な祓いが必要な状況になって欲しくないですね…」

「真横に撃ったら山ごと吹き飛ばすから…凄いわよね、あの大蛇こないだのより強い個体よ
 あのレベルのがこないだの私の前に居たら私可成りの月日を入院していたかも」

「あれ…八千代さん勝ててましたかね」

「勝てていたと思う、ただ、千代の愛情がなければ枯れ果てていたかも」

「天野の人ほどではなくても、やっぱり十条の祓いも命を削るんですね」

「森羅万象の息吹を自分を通して発露する…通す時にはその増幅として自分の気を使う、
 大まかに言うと祓いってそういう感じなの、無茶をすれば矢張り削るモノがある」

「なるほど…」

「今の言葉を意識して詞を習ってみるといいわ、才能があれば今からでも伸びると思う」

「はい、機会を見つけて一度は試してみます…、あ、そろそろ合流地点ですね」

新宿駅を出て京玉プラザホテルに向かう。

「私地味に東京を修学旅行以外で訪れるのって初めてなのよね、
 仕事としてそれなりに物になってからこの地に来ると…物凄くカオスだわ…
 良く東京の祓い担当はやっていられるわね…」

「新宿二分封鎖からですから…1988・9年以降からはバスター派遣もちょくちょくあって
 それで何とかバランスを保っているようですね」

「…何て言うのかな…田舎の凸凹の道路…全面補修とも行かず長い年月で修繕分と元の分で
 可成りの齟齬が出来た道…なんかそんな感じの危うさだわ」

「…どこかでテコ入れが必要になるんでしょうか」

「うん…ただまぁ一年二年先とかじゃない…そこは祓いやバスターが必死に補修しているから…」

「一目でそこまで判るモノなんですね」

「いえ…ちょっと前までの私なら見えていなかったかも、二代や三代の詳しい話を
 当時の光景や音、記憶込みで知ってから…祓いの使い方をちょっと広げられてね」

「聞くだけでなくちゃんとそこから得るものは得ていたんですね、流石です」

「私にとってそれは命に関わること…私の周囲の安全に関わることだからね、必死にもなるわ」

「何て言うか…やっぱり素晴らしい人ですよ、弥生さんというか…稜威雌を手にしてきた方は」

ホテルに到着し、ロビーに入った時、
弥生の目が一直線に左手前の席に座る二人に向けられた。

「矢張りこう言う巡り合わせなのね」

近寄りながら言うと、こちらを向いて座って本を読んでいた方が

「弥生様!」

物ッ凄いキラッキラの表情で立ち上がり、綺麗なお辞儀をする。

「四條院皐月に御座います、夜更けまで誰が行くかで揉めましてそれで現地集合になりました!
 ああ、お目にかかりたかったです!」

「すっごいムッチムチ、裕子の言う通りまんべんなく撫で回したくなるわ…」

何が何だと言っていつもの巫女服では無く普通の服装で居る。
和服系統であると腰回りだけは線が出るが他の線が見えにくい、
それが洋服など着ている物だからもう体の凸凹が凄く良く判る。

「皐月はやらねーよ、それとも何かな?
 罔象様のように私が二人ともかわいがろうか?」

御奈加はそういつもと変わらない格好で背中を向けて座っていたのだが振り向きながら言った。
弥生は大まじめに

「私攻め専なのよね、二人で皐月襲うなら大賛成だけど」

「それでは私の身が持ちませんよぉ…」

とことんマイペースな会話が繰り広げられる、御園がそこへ

「あのー、天野御奈加さんも四條院皐月さんもお久しぶりです、揉めていたというのは
 戦況からでしょうか?」

そこへ御奈加がシケたツラで

「メインが弥生になるだろうって言うのは判っていたんで上級でも成り立てくらいのを
 その更なる成長見込みで…くらいの感じだったのに、こいつ(皐月)がさ…
 (皐月っぽい演技をしながら)「この機会を置いて弥生様に会うことも無いかも知れません!」
 って物凄いアピールしまくってさ…とはいえ、こいつ当主だろ、
 流石にそれは…って夜中過ぎくらいに押し通す形で決めたんだよ、んで
 車で速攻こっちまで来てついさっきまでネカフェで仮眠してた」

皐月はちょっとすねた感じで

「でも、御奈加さん、積極的に止めはしませんでしたよね?」

御奈加が立ち上がり弥生の方を向く、弥生より10cm近く高い身長

「私よりでかい女なんて滅多にお目に掛からないのに、目立つカップルねぇ」

「そんな風に育っちまったモンはしょうがないさ、そうだろ?」

御奈加が普通に握手を求めてきたので弥生もそれに応えてにやりとしながら

「ええ、まったくだわ」

そこで一瞬両者に緊張が走る…御園にもその緊張が移るのはいいとして、皐月までもそれに飲まれた
…が、一瞬で和らぎ御奈加が

「同格か…」

「お互い腕試しって訳には行かないわね、これから仕事だって時に」

「あくまで組み手って意味合いで同格って風格で更に詞もあり…まったく恐ろしいよ、十条は」

「御奈加さん! ここはホテルのロビーですよ、宿泊する訳でもないですし」

皐月がまた手をぶんぶんと振りながら戻ってきた平常心で咄嗟に言った。

「そう言えば…何故ここ集合なの?」

弥生の言葉に御園が

「ここが出入り口になるからです」

祓い三人とも驚いた、三人ともが詳しい話を知らなかったのだ。
そして御園がカウンターに行きバッジと用件を伝え、

「開かずの間…、宜しくお願いします」



プラザホテル、開かずの間…何処にあるのかは伏せるが、そこへ案内されながら
御園は電話を掛け

「担当の方ですか、蒲田巡査部長です、開かずの間の前に来ました」

電話口から女性の声がして弥生が

「あら、特殊地域課の担当変わったのね」

御奈加が

「そうなのか?」

「前は山吹って男だったのよね」

「ああ、そうでした、一度は赴く直前だったのですよね」

「その直後に私の一生の出会いがあって、貴女達にも迷惑掛けたのよね、申し訳ないと思ってる」

「そういう物だろ、人生なんてさ、この二日間常建から写メ凄いんだぜ、動画まで付けてさ
 葵って子…凄い才能が眠っていたもんだな」

「それに可愛いですよね♪」

「もうね…大人になったら超弩ストライク大決定の可愛さで
 性格も私好みで声も可愛くて祓いの才能が高くて…手放せないのよね
 玄蒼市に一緒に連れて行くことも考えたのだけど「これから伸びる祓いの芽」に
 影響がありそうだったから苦渋の決断だわ」

「うん、これは素直にこのまま伸ばしてやりたい芽だよなぁ」

「判ってくれる?」

「判るさ、私らが出会ってたら完全に罔象様と桜様になってただろうな」

「貴女達は幼なじみなの?」

「あ、奈良から東京の山の方にわたしが中学生になるタイミングで御奈加さんの家に
 下宿することになったんですよ、人生の半分くらい連れ添った訳ですから
 幼なじみと言えるかもですね」

そこで弥生が悪戯っぽく

「告白いつどっちから?w」

「中三の時私から」

御奈加が少しばつの悪そうに顔を赤らめていった。

「東京の山奥と言っても時代を遡ればそれなりに色々あった歴史ですからね
 もうそろそろ中学生活も終わりと言う時に上級祓いがあったんですよね、当時中級で…
 息も心も合わせて乗り越えたんです、もうこの人しかいないってわたしも思っていました」

「死ぬ時は一緒に異存なし?」

「勿論ですよ、「ただの女」ではありませんからね、いつでもそれを受け入れる覚悟はあります」

弥生は満足そうに強い眼で微笑んだ。

「どうやら同年代だしさ…、小さい頃からあなた達二人と交流持っていたかったわ
 私もヘンな回り道しないで済んだのに、まぁそれも巡り合わせなんだけど」

「気にするな、私も思うから」

電話でのやりとりからの待ち時間の間、御園は三人のやりとりが微笑ましくも
矢張り「普通には死ねない」事の共感で急激に距離を縮めた事に縁遠さというか…
現代人なのにどこか大昔の死生観の生き続ける祓いの世界を垣間見て
少しまた「そういう世界へ足を踏み入れる事」への戸惑いも出来た。

『お待たせしました、玄蒼市魔界大使館檜上です』

「…あっ、はい、お疲れ様です、公安特備の蒲田です、では解錠宜しくお願いします」

『今回の依頼なのですが…どうもあれから侵入側が力を増したようでして…
 祓い人だけで大丈夫でしょうか、もし何でしたらバスターの方へ派遣要請を致しますが』

「今回払い人は三人…でも…今この日本で考えられる最強の三人だと思います
 私はその全員の仕事も見ました、行けます」

『そうですか、では…一度開いて閉まったらとりあえず二十二時間はこちらも操作出来ません
 どうかお気を付けて、一日経ってもう一度増援などをお考えください』

その声に御園が電話口を軽く塞ぎつつ

「ではこれから現場に進みます、皆さんいいですね?」

三人の強い眼、三人が頷きつつ御奈加がサムズアップで

「任せときなよ」

鍵の開く音、そこで弥生が

「ここで問題なのよね、御園を連れて入るべきか」

その懸念は判る、御園はそれに

「心遣い有り難う御座います、でも私はもう片足突っ込んだ身ですよ、何を今更です」

「ま、そう思って貴女の分、弾一杯持ってきたんだけどさ」

「では行きましょう、電話、終わりますね、ではまた…」

『ご武運を』



「ただ使われてないだけの普通の部屋じゃないか」

魔階と聞いて多少は予習していた御奈加だったが肩すかしを食ったように言う。

「多分この部屋に入って出ることで本番なんだわ、そうまでしないと封じきれない…」

弥生の言葉に全員が入室したことを確認した御園が再びドアを開ける。

「そうだ、二人は魔階での祓いのコントロール呪文は知っている?」

「はい、札幌から「或いは」と言うことで…丁度弥生様が出雲へ出張後ですよ
 全国の祓いへそれとなく普及させて欲しいと」

「本郷の判断かあやめの判断か判らないけど、なかなかの仕事するわね
 よーし、一歩外へ出たら唱えないと多分私らだもの、あっという間に空っ穴の恐れがあるわ、慎重にね」

入ってきたはずの廊下には案内人もいない、そして壁も何もボロボロだった。
そして感じる魔の気配、払い人三人は廊下に出て先ずは祓いのコントロール呪文をそれぞれに唱える。

「うーん…若干力の出し具合が変わるかなぁ、何度か軽く戦えばコツも掴めるだろーけど」

「そうですね…成る程少しコツの要る空間です…」

「うん…でもまぁ…葵クンの言った通りだわ…こんなものか…
 流石に普段の場所と同じように…とは言えないけれど…ちょいとストイック目に行くかな」

廊下は真っ暗であったため、皐月が手早く灯りの詞で八方を照らす、と、
御奈加がそれと同時に凄い勢いで近辺に居た「何か」を居合いで倒す。

「あれっ、貴女木刀だって聞いてたけど仕込み刀も使うの?」

弥生が声を掛けると

「ああ、本気出すことを念頭にした時はこっちが本来なんだ」

「へぇ、そこは姉弟って感じね、あっちは剣術でこっちは居合いか」

「アイツ私に影響されつつ私の逆行こうとするからなぁ」

御園がちょっとビックリして

「え、あの…それより今のはなんです?」

斬って浄化させた御奈加が

「なんだろ、とはいえ今のは悪魔…とでも言えばいいのかな、弥生」

「幽鬼族・グール、放っておくと突っ込んでくるヤツらしいから、祓いが続くなら見つけ次第倒してOK」

「ふむふむ…今のがグールですか…」

物凄く平静に三人が会話している、そう言えば今考え得る最強トリオと推したその三人の
自分は手綱係でもあるのだと今更ながら御園はちょっと分不相応を感じたが今更である。

「まぁ御園もさ…」

と言って弥生はケースを開けて稜威雌と銃、そして替えのカートリッジ二つだけを服に忍ばせ
残りは小さめのリュックに弾丸が収まった箱を詰め込み背負ってケースはまだ締め切っていない
部屋の中に放った。

袋に入りきらなかった弾丸ひと箱を御園に渡し

「リュックの中の弾丸は全て貴女用だと思っていいわ、いつでも言って」

「あ、はい…、弥生さん、トランクは私が運びますよ、弥生さんが思うように動けなくては」

「そう? ありがと♪」

中身は多少の生活必需品と着替えのみなのでこちらはそれほど重くは無いしキャスターも付いている。

「ああ、その刀が稜威雌様なのですね」

皐月がまたキラキラしていてその刀へ一礼した。

「稜威雌が恥ずかしいって」

「いえいえ…二代・三代とそのお話を聞くに付けその神々しさ…そして二代からでも六百年、
 今その刀が正統継承者と共に目の前にあるんですよ、これが戦いの場でなかったら
 私感激しすぎて泣いちゃうかも」

「そうだよな、初代からだと七百何十年かだろ? 凄い話だよ」

「しかも五代から六代…詰まり私に至るまではほぼ何もかも失伝していたのよね
 私のじいさんや父がちょっとお金に困ってたり本家も特に返せと言ってこなかったようだし
 或いはただの骨董に成って居たかもなのよね、私がこの刀の本当の価値を知ったのなんて
 つい二ヶ月くらい前のことだったし」

廊下を歩きながら弥生は続けた。

「なるべく楽しく飄々と生きようと思っていたけれど…知れば知るほどマジになっちゃってさぁ」

「いや、なるだろ…、天野は武器や格闘での直接祓いだけど…そこまで武器に思い入れもないのが
 徒になったか、これぞ天野の魂、みたいなの無いんだよ、いやまぁ皆がそれぞれに自分の道を
 と言うのが天野だからそれはそれでいいんだけどさ、でもこう…
 「そこにある血の誇り」みたいな物も七百何十年続けば圧倒的だよ、羨ましい」

「まぁ、それで私も二ヶ月間で一気にのめり込んじゃってねぇ」

「弥生様には是非、ただ継ぐのでは無くなにか…違う可能性を開いて欲しいですよ、
 どう言う可能性かまでは私がどうこう言えることではありませんが」

「そーよねぇ、何か六代ならではっての、欲しいわよねぇ、もー教わるばかりでさぁ」

などという話をしながら廊下を進んで行く、こんな何気ない会話の間にも悪魔を祓っていた。
もう大体感じは掴んだのか物凄く軽い祓いのみで直ぐにコツも掴んだようだった。

と客室の崩れた一角から差し込む光。

「人口的な「灯り」じゃあないですよね、あれ…揺らめきからしても強さからしても」

御園が言うと

「じゃあ…現場ってまさか…」

御奈加がそこまで軽く走って幽鬼・餓鬼を軽く蹴散らしつつその風景を見て

「おいおいおい…私達の戦場ってこのホテルじゃあなくって…」

弥生も追いつき、流石に驚いた。
崩れた客室の向こうには…新宿区だけをくり抜き隣の区との間が断崖絶壁に成って、向こうが
霞みがかったように見えない…魔階なんて物では無い、魔界都市…!

皐月も言葉を失い、御園も愕然としつつ

「魔界都市新宿…本当にあったんだ…」

「え? なに御園、貴女菊地秀行原作のあれ読んだことあるの?
 じゃなくって…これを知っているの?」

何気に濃い…緊迫感で張り詰めるようでどこか抜ける意気

「いえ…「らしい」くらいの噂話で…八十年代も終わりに新宿が二つに分かれたって…
 都市伝説に近いような…そう言うのだったんですよ…!
 二分封鎖と言っても限定的な空間だと思っていました、まさか新宿区丸々とは…」

「くっそ…新橋はただ取り次ぎで知らなかったのか…
 どっちにしても誰か教えてくれるべきでしょうこれは…!」

「魔界大使館の人…何で言わなかったんだろう…」

「檜上とか言うヤツね? もうそういう話は通っているモノとしてどこかで「魔界都市」って言葉が
 削ぎ落とされたんだわ…多分」

「見える風景が…廃墟半分にしてもやっぱ途中で枝分かれしたって感じで結構建物が違うな…
 新宿駅からしてもう違うし…」

「皆さん…ここ「断崖の向こう側」ですよ…こちらから向こうへ橋が掛けられています
 橋を渡った向こう側が魔界都市新宿の本ステージのようですね」

御奈加と皐月が驚きながらも色々状況を把握して行っている。

「うん? 八十年代後半というと…年代的に都庁の計画や建設がスタートしていた時期かも知れない…」

弥生の一言で皐月が素早く三人同時に「飛翔」を掛け、弥生は問答無用で御園を抱えて
そして空を飛んだ。

半ば廃墟のプラザホテルの屋上まで登った四人が見たものは…

デザインは確かに都庁に準じている物の、所々要塞と化したそれ…
地面には結構物々しい軍備もある、そして上空の自分たちを認識して…

「おぉぉおおおい!! 待て待て待て待て!!
 私らは「外」から来た祓い人だ! この「もう一つの新宿」で大きな異変があるって言うから
 派遣されてきたんだよ!」

御奈加が思わず叫ぶが撃ってくる!
祓いの壁で皐月がそれらを全て受け止め、御奈加が

「ダメだ、どーするよ?」

「甘い考えなんですけど、銃弾が防げるなら一回バッジなり何なり見せて説得したいかなって…」

御園の言葉に弥生も

「帰りもここ通る訳だからね…流石にこんな出迎えを毎度毎度じゃ堪らないって言うかさ…
 こっちはこっちで何の連絡も受けてない訳?」

「とりあえず、降りましょう! こんな事で祓いを使いたくありません」

皐月が言うと問答無用で降りてゆく訳だが…御園は密かに戦慄していた。
割と近距離からの高射砲やら機関銃やらの弾を広範囲で受け止めつつ、
それを「こんな事」と言ってしまえる皐月、いや、同士撃ちを差して言ったのかも知れないが…

そしてどんな攻撃も受け止められると言うことで半ば狂乱状態に陥りつつ或る中
四人が降り立つと御園が大きな声でバッジを示しながら

「私達は救援です! この新宿で何か大きな異常があると言うことを受けて派遣されてきました!
 私は公安特殊配備から蒲田御園巡査部長です、この方達は祓い人で…」

流石にその流れに理性残った上官が攻撃にストップを掛けた、そこへ御園が

「なにも伝わっていないんですか?」

「救援があるとだけ…来るとしてもバスターの方だと…」

弥生がそこへ

「まぁ、普通そうよね…、これもどこかで「外から祓い人が」が抜け落ちたんでしょうねぇ」

「そこ一番大事だろうがよ、なんで抜けるんだよ…」

「あの街との連絡取り次ぎの段階でさ、電話だと秒数制限とか、文書なら文字の大きさとか
 メールでも文字数とか限られてるのよ、割と細い回線一本でしか繋がっていないからって」

「メンドクセェ街なんだなぁ」

「いや…今この世に光ケーブルも引いていない方がどうかしているって言うか…
 でもそれも「出来ない事情」があるんでしょうね
 それもそれでじゃあ大事な部分だけでも魔界大使館の檜上って男が
 調整していると思ったんだけど…今回どうも人間側の方でゴタゴタした経緯から
 「正式な通達」が遅れに遅れたって事情もあるんじゃあない?」

「皐月ぃ、お前が当主の仕事ほっぽってでも行くってごねるからだぞぉ?」

「え〜〜でも、御奈加さんも強く反対しませんでしたしぃ」

「まぁ会ってみたかったっていう欲求は認める、悪いね、どうも私達が原因みたいだ」

弥生がそれに

「いえ、それにしたって未明には決まった訳でしょう?
 通達する間くらいはあると思うんだけどなぁ」

自衛隊のような組織が魔界都市都庁と連絡を取り一応皐月は警戒しつつ
連絡結果待ちを銃口が半ば向けられた形でしなければならない、皐月の守りがあると言うことで御園が

「とりあえず何とか通じてくれて良かったですよ」

「有能な隊長がきっちり状況を見て把握しているのは好ましいと言えるわね」

「ったーいえまだ信じて貰えた訳でもないってむずがゆい状態だけどな」

「そうなったらなったで問答無用で市街地の方に突入して仕事を済ませてしまいましょう
 帰りは強行突破でもしょうがないですよ」

そんな時に弥生の電話が呼び出し、弥生は着信音で相手を変えているのか鳴った瞬間に

「ん、瑠奈からか…どれ、もしもし?」

電話先からまた結構な大声で

『あたしが連絡した訳じゃないんだけどさ、とりあえずゴメン!』

「また秒数制限とか文字数制限とかで大事な部分削られたって所かしらねぇ」

『ええ…、こういう齟齬を無くすためにって新しく担当になった子が陳情しているらしいんだけどね』

「その子知ってるみたいね?」

『元々この街に迷い込まされた外からの訪問者だったのだけどね…、この町と
 外の世界を結ぶ仕事をやりたいって、あれは四月中程だから…三ヶ月半くらい前
 それまでの外での仕事やめて国土交通省の特殊地域課に入ったのよね』

「へぇ、見上げた物ね、よっぽどの知りたがりなのかな」

『ご明察、元々映像製作会社のクルーだったらしいわ』

うん? ちょっと弥生が記憶の糸をたぐり寄せ

「四月といえばその頃に同じような子に探り入れられてたっぽいのよね、
 担当の特備の従姉妹ってのが結構洞察力鋭いようで」

『ここまで絶対秘匿でやって来たけれど、ちょっとずつ限界なのかもね、
 ウチのドクター…魔階報告書の悪魔部分担当した杉乃翠っていうのにも言われたんだけど』

「まぁでもその子に関しては朱に交わってくれたようでよかったわね」

『全くよ…ぐいぐい知りたがるから帰るのならこっちも記憶いじらないとならないしさ』

「そういう事も出来るんだ」

『祓いではそういう事は?』

「出来るけれど、よっぽどね」

『そっちも覚悟するといいわ、凜はたまたまこっち側になってくれたけれど』

「凜って言うんだ? へぇ」

『何れは貴女も連絡付けると思うから名前だけは教えるわ、富士 凜』

「富士?」

『何か? まさか貴女に探り入れてきたって言うのも?』

「直じゃないんだけどさ…担当の特備が富士 あやめって言うのよね」

『あー、何か巡り合わせを感じるわ』

そんなやりとりに御奈加が

「おーい、世間話はそのくらいにしてくれ」

おっとそうだった、こんな事態なのに、と弥生も少し襟を正した


第一幕  閉


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