L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:Seventeen

第二幕


百合原 瑠奈による取り次ぎから、両者の齟齬も誤解もとれ、庁舎の一角で改めて会議が行われる。
現魔界都市総監はなんと日系アメリカ人。

「失礼しました、バスターには数十センチ浮揚までは技術はあるのですが
 飛ぶという技術はないものですから、飛ぶ=悪魔という図式に成って居まして」

その名を日光(はるみつ)・ヴァイオレット、元海兵隊で沖縄から首都圏の方々を回り
ここへの配属となった経緯があるそうだ、弥生が少し意外そうに

「へぇ、飛べないのか…でもある意味それが人間の立ち位置の目印なんでしょうね」

「ええ…そうでもないと同士討ちも起こりうる…今でこそ同士討ちはないように
 調整されていますが、名残ですね」

そこへ皐月が

「在日米軍にはこの事はどの程度知られているのです?」

「日本と同じ、ごく僅かですよ、私は…軍人です、日本に在留しながら方々に参戦し
 上の立場になったなら勝ち戦の流れを作らなければなりません、
 戦う以外の事はして参りませんでしたので、志願してこちらに」

「ご立派です、実践を積んだ方だからこそですね」

「いえ…日本は世界から見たら天国のような国ですよ、世界に一つくらいこんな国があってもいい
 軍人として出来る事でこの国に貢献したいのです」

御奈加が敬服して

「まぁ…案外危ういバランスで祓い人なんて言うのも居る訳だけどね、大した物だ」

「ええ、玄蒼市に一旦配属になった時に出会いましたね、お知りでしょう、天照フィミカ
 古来からああいうひと達がこの日本を裏から支えて来たのだとまた奥深さを味わいました
 そして今回はその祓い人の方々が主導…こう言った事は初めての試みです、不手際がありました」

ヴァイオレット氏が頭を下げる。
不思議な物でその人となりなどはよく知っているのに、実際には会った事もない…祓いの三人。
ちょっとどころか可成りこのヴァイオレット氏が羨ましく思えた。
弥生がそこへ

「ま、今回の事で流石に見直しになるでしょうよ、音声もなにもデータに一本化して
 要不要をきちんとフィルターにかける技術くらいはあるでしょうから」

御園も加わって

「そうですね…今回これが一段低い祓い人だったらと思うと結構寒気が…」

皐月がそれに

「守りは出来ると思います、でも…そこで可成りの祓いを使ってしまう事でしょうね、
 立て直すのに二日ほど掛かったかも」

「そういった意味じゃ皐月のワガママも巡り合わせか」

「御奈加さんだって…」

「とりあえず、地上一階から五階まで、後は四十階から上は営業しております、
 他はもう悪魔との攻防で押さえ込むのでやっとと言う状態です
 ご希望のフロアに部屋を取りますよ…
 こんな街でホテルなど業務が成り立つのか? という表情(かお)をしていますね
 主に軍やバスター、及びその関係者がメインですが、日本の省庁や政治家の方が
 泊まられる事もあるんですよ」

「食料はどーすんの?」

御奈加のご尤もな質問にヴァイオレット氏は柔らかく微笑み

「「魔界の門」は新宿区のほぼ真ん中…急造した崖と魔術による障壁の向こう側
 僅かな「残りの新宿区」に田畑があります、それ以外は輸入ですね
 ルートは…まぁ今回の件とは関係ありませんので「幾つかある」とだけ」

妙に感心した四人にヴァイオレット氏は続ける。

「魔界都市新宿と皆さんの知る新宿と二つに分けた時に本来そこに居た人は
 元の世界に残るはずだったのです、でも、心のどこかで「こういう世界で生き延びる事」を
 渇望していた人も居るんですね、そういう人と…後から玄蒼市伝手で入り込んだ人と…
 そういう人が今の住民なんです、人間という物は、困難があると逆に立ち向かいたくなる事もある
 不思議な生き物なんですね」

だからこそ社会形態が何であろうと人は栄えてきたのだろう。
四人の目に力がこもる、自ら選択して住み着いたのだとしても、どうしようもない脅威が今この
魔界都市新宿に起こっているのだ、それこそは古くから祓いをしてきた三家の血を滾らせる。

「で、相手は何?」

弥生が大いに乗り気になって前のめりにバイオレット氏に聞いた。

「「十二神将」…というのですか? それらが降り立った事は確認出来ておりますが…
 どうもそれ以上のが降りたようで…そちらはまだ未確認です、魔界大使館は
 たった二人で回しているので玄蒼市外での魔の降臨に関しては一手遅れてしまうようで」

そこへ御奈加が

「恐らくグールはこっちで制圧可能なんだろうけど、少なくともあれより手に負えない訳だな」

「格が違いますね、グールは余程でない限り一般悪魔ですが、こういう場合
 「本霊に近い」というのでしょうか、強さが段違いです」

「そうか…十二いっぺんに纏めてだと疲れそうだけど一・二くらいと先ず戦ってみたいな」

「うん…「カンジ」は掴んでおきたいわよねぇ」

弥生も同意する、御園が〆に

「では…通行を許可してください」



「新宿には何度か来てるんだけど…やっぱ廃墟半分で…30年前後から枝分かれした世界…
 現実の地理感覚はアテにならないな」

「でも防衛省は守り切って円外ですねぇ、多少ランドマークになりそうな物はあります」

そんな御奈加と皐月の会話の中…脇道から影!
そしてそれは御園の持つトランクをひったくろうと襲いかかる…!

刹那、御園は見事な体術で犯人を押さえ込んでいた、矢張り何だかんだエリートなのである。
その犯人…若い男の首筋にいつの間に抜いたか稜威雌の切っ先峰をソイツの首筋に当てて弥生が

「一瞬で力関係は見抜いたようだけれど、残念ながら御園だって逮捕術に長けた警察官なのよね」

「ままままま…参った! 参りました! たまに入り込む腕試しくらいかと思ったんだ!」

御奈加と皐月が顔を合わせ

「それなんだ? なんか非合法な入り込み方があるかのような言い方だな」

「そうだよ、あるんだよ、完璧な蓋なんて出来ないのさ!
 で、そういう奴らなんて大半最初は油断しきってるから…」

「それで私達を? まぁ何とこの際は身の程知らずと言いましょうか」

「見誤ったぜ…あんたらデカい三人はただモンじゃねぇのがすぐ判ったから…」

弥生が稜威雌を引き鞘に収めつつ

「勝負は一瞬と御園に早合点か、まぁ皐月の言う通り身の程を測り損なったわね」

「俺は平塚…この辺のケチな泥棒さ、天辺狙えるようなタマじゃない事は判ってるよ」

「その名乗り方だと私は十条」

「私は天野」

「私は四條院」

「私は蒲田です、階級は巡査部長ですが」

「…待ってくれ、天野? 四條院? その姓は聞いた事あるぞ?」

「…聞いた事はないけど都心の祓いだとこう言うところを試験に使うのかもな」

「そうですね、手っ取り早いですし」

平塚と名乗った若い男は飛び退る勢いで土下座して

「結構な手練れだと聞く、いやホント出来心なんだ、許してくれ!」

弥生が呆れ返ったように

「結構な手練れなんて物じゃないわよ?
 全国に散らばる祓いの四條院本家の当主なんだから、この皐月は、
 で、その恒久的なパートナーがこっちの御奈加…まーこんな運の悪い泥棒もそう居ないわね」

そこへ御園がちょっと悲しそうに

「警察を脅威に上げていないと言う事はここでは警察はないかあってなきがごとしなんです?」

「んなこたねーよ、でも重武装さ」

そんな時平塚が何かに閃き

「やべぇ…! あいつらが来る!」

「あいつら?」

弥生が聞き返すと

「天辺取れないなりにやってこられた俺の唯一の特技さ!
 手に負えない悪魔…危機が来るって事を感じる事が出来るんだ!」

「数は?」

「二! 最近来やがった十二神将だぜ…ヤバい! あいつら半端なく強いんだ!
 あんたらも一時身を隠すなりしろよ!」

その焦り方に演技はなかった、嘘では無い、安全な場所に隠れようとする平塚の首根っこを捕まえ弥生

「使えるわ、コイツ、付き合って貰いましょう」

「そうですね、私どもには混沌としすぎていて掴みづらいですし」

「数も二と来た、丁度いい腕慣らしだ」

通りを曲がってそれらは現れる、十メートルほど、

『其は何者也や!』

『此処は仏法による平定に向けた実証地である、それ以外は早々に立ち去られよ!』

弥生がそこへ

「鎚を持ったのがアンティラ、棍棒の方がミヒラかうん、確かに十二神将だわ」

『今一度問う、其は何者也や!』

「私らは…神道…明治以降のじゃなくてもっと古い神道の体現者って所か…
 ところで混沌の平定といいながらも貴方達自身結構な混沌だけれど一体どんな平定しようとしてるの?」

『仏法に依る守りを受け入れずんば討つ!』

「…そらあかんわ」

思わず訛りがでてしまったのは皐月だった。

「ああ、知らねぇぞ、皐月が訛るのは怒り心頭に発するって時だからな」

『其れ等を外敵と見做す!』

ミヒラとアンティラが四人+一人に襲いかかり、その武器を振り降ろす!
…それらは手前三メートルほどで祓いの障壁に受け止められ、しかも皐月が更に網状の祓いで
武器を障壁に固定させた!

その直後には御奈加がミヒラの首を居合いで落としていて、
弥生は稜威雌を下から上へ斬り上げ御奈加と同じくらいの高さには跳んでいた。
何とも呆気ないが、ミヒラとアンティラは倒され、強制浄化されていった。

「世はいつまでも一つ所には止まりません、今この現代において信教の自由も持てない日本など
 あり得ない事です、仏教は仏教で素晴らしい物の考えですのに、残念な事です」

主に御奈加の残しを浄化させる皐月がそう言い放った。

地に降りた御奈加と弥生がそれぞれの獲物を鞘に収めながら

「もちょっと本気で斬り込んでもよかったな…体の浄化余しちまった」

「私はちょっと緩めすぎたかな…もうちょっと絞っても良さそう」

そこへ御園が

「とりあえず十二神将は問題なさそうですね」

「よっぽど残りで知略を絡めた攻めじゃないとね…ま、総大将がどんな物か判らないのだけは
 油断しないでおくけれど」

弥生が煙草に火を付けながら平塚に寄り

「まぁそういうわけよ、逃げるためじゃなく攻め込むためにその特技貸してくれる?」

「…すげぇ…」

御奈加が平塚に

「このくらいじゃないと外でだって魔には対峙出来ないぜ」

「いや、貴女達はその中でも別格でしょうよ…w でもまぁ、外から来たと言って
 平和ボケとも限らないって事は判ってくれたわよね?
 下の名前なんてーの?」

「…大磯(ひろき)…」

「平塚でいいか」

「何だよ、折角名乗ってやったのに!」

「だって「ヒロ君」って呼ばれたい?」

「やめろ! かーちゃんじゃあるめぇし!」

「でしょー」

「名乗ったんだから名乗れよ!」

「十条弥生」

「天野御奈加」

「四條院皐月と申します」

「私要るのかな…一応…蒲田御園です」

祓いの三人には近寄りがたさを感じたのだろう、平塚は御園に近寄って

「あんた、この三人の何なのさ」

「はぁ…御大層な言い方をするとこの場合は手綱引きなんですが…」

「あの三人を?」

「実力的には無理なのは知っていますよ…でも私はそれが仕事ですから」

「あんた何モンだよ」

「警視庁公安部特殊配備課所属です、その中ではヒラですけれど」

「誰から誰までただモンじゃねぇ」

そこへ弥生が

「御園は居てくれないと困るのよ、場合によっては唯一の理性の拠り所になるから」

「理性の拠り所…そうですわね、私もつい先ほど一瞬キレてしまいましたし」

「訛ったお前なんて久しぶりだぜ、お前一人でも倒せただろうに」

「そこで理性ですよ…、これは仕事で四人のチームで、ここは外とは少し勝手の違う場所だと
 ギリギリで思い至れましたから」

「そう、御園も魔の退治に加わって貰った事もある、戦力でもあり、
 祓い人だけで無茶しないように思い至るための大事な存在なのよ」

もう言われると御園もほっとする、でもそうなると、やはり祓いとしての修行をすると
そこのさじ加減も難しくなるのかな、と思った。



夕暮れまでに十二神将八人目までは倒した。

「…うーん、少し戻りが悪いかな」

御奈加がぼやく。

「そうですね…、このまま最後まで…となると少々無茶が必要になるかも…」

「とはいえ降りかかる火の粉に対してはいつでも対応したいのよね、
 プラザホテルに戻るのでは無くどっかで適当に休みましょうか」

弥生の提案に平塚が

「大丈夫かよ、あんたらが強いのは良く判った、でも夜は魔物の真骨頂だぜ?
 十二神将以外にも夜になると現れる特殊な魔物ってのも居るんだ」

「ホテルに泊まったとしても気の戻りが同じくらいなら大差ないか、
 逆に休んでるところを襲いかかるなんてマネしてくれた方が手っ取り早くもあるかなって思ってね」

「でも…一時も気の休まる間もないよりはいいんじゃないですか?」

御園の提言に御奈加が

「そーだなぁ、朝方まで途切れなく十二神将に拘らず魔物が代わる代わるやって来て
 最後に総大将って流れだと流石に「ヤバい」ってカンジはあるな」

「であるなら、矢張り一時戻るべきですよ」

そのやりとりに平塚が

「気の戻りってどういうことだ? チャクラドロップとかクレープとかでもいいならアテがあるぜ」

弥生以外の三人にクエスチョンマークがでる。

「それって若しかして裕子や葵クンがあの女から渡されたクレープの事かな…
 だとしたらあって欲しい気はする」

「行ってみてもいいが…もう両替商閉まってるなぁ」

「と言う事は此処の通貨は円じゃない…あの街と同じ通貨って事でいいのかな」

「魔ッ貨…レートはほぼ円と同じだけど、場合によっちゃ円は使わせてくれないからな」

「場合ってなに?」

「ソイツの伝手や手持ちって事」

「山羊屋?」

「知ってるのかよ!?」

「一度だけ魔階なら経験あるのよね、あの時はまだ祓いを抑える呪文知らなかったからキツかったなぁ」

「俺が立て替えるって手もあるんだけどよ、正直手持ちがねぇ」

「むぅ…でもすっごく効き目あったって言われたのよね、手に入れておきたいなあ」

「行くか? 魔物もうようよしてるところ通らなきゃなんねぇが」

「構わないわ」

「よし、じゃあこっちだ」



「困りましたねぇ、「私は」円を扱っていないんですよ」

ここまで来るのに何十体か悪魔を倒した後とあって流石に全員に殺気が漲った。
御園もカートリッジ一つ消費していた。

山羊屋は恐れをなしつつ

「い…いえあの…お客様、外からの来訪者でしたらプラザホテルで換金出来ます…」

とまで言った時御奈加が平塚に

「おい、ホテルが夕暮れごときでその辺終(しま)うとは思えないが何で言わないんだよ!」

「俺は此処で生まれ育ったんだ! あんなホテル使った事もねーよ!」

皐月が御奈加に「どうどう」しながら

「それもそうです、地元だからこそ知らない事、ありますよね…ではどうしましょう」

弥生が

「私が一っ飛び行ってくるわ、幾ら換金するか教えて、後で精算しましょ、
 御園、一旦戻って私達は市街地で泊まる事を伝えておいてね」

連絡用にトランシーバーが渡されていて、それは当然御園の管理だった。

「判りましたけど…弥生さん、連絡してから行ってください、
 向こうに話が伝わる前に到着してまた一波乱ありそうですから」

今すぐ行く気満々だった弥生はシケたツラで

「そりゃそうだ、流石に私高射砲の弾を範囲で受けるのはきっついわ」

御園が連絡を入れている間に弥生が山羊屋へ

「しかしまたなんで通貨が入れ替えになった訳よ」

「そこは…魔界のプライドと言いますか…ああ、いえ…弁解させてください
 魔界が魔界として玄蒼に結びつき始めたのは明治時代でして、日本もその間
 通貨レートも変わりましたし、何しろデノミもあった訳ではないですか、
 玄蒼市がいよいよ魔界と魔術的に繋がる事になった時、魔ッ貨の方がレートも安定していますので
 人間界と掛け合ってそう決めたのですよ…」

「マッカのレートの変動ってどうやって起こるのさ…まぁ悪魔の増減とか色々あるか」

「はい、あと管理をルキフグス様がやっておられまして」

「ルキフゲ・ロフォカレ…地獄の宰相にして世界の富を管理する者、か、成る程ね、
 それならレートが安定するのも判る」

「弥生って博識だなぁ」

「まぁ元々オカルトにも興味はあった事と…後は魔階に突入せざるを得ない事件があってさ
 GWに…、そこで玄蒼市に詳しい事纏めて送れって言って送ってきた物にも書いてあってね」

「GWっていやその頃か、京で咲耶の姉さんとパートナーの天野が散った魔との戦いは」

「やっぱり連動しているっぽいわね…「外で」建物などが魔階化してそれを解決するために
 魔界に突入した頃、条件のあった土地に魔が出現するみたいなのよね」

「いつか戦いの中で果てる事も覚悟の上とは言えさ、咲耶も強い子だよ、精神的に」

「裕子がお邪魔した時にはまだ亡くして一ヶ月ちょっとか…そうよね」

「体の弱い方だったんですよね、ですから上級とは言え余り長くは続けられなかったらしいんです
 彼女としては咲耶さんに全てを托したかったのでしょうが、ただ譲るでは心も燃えない
 自分の死を掛けてその精神を引き継いで貰おうと言う事のようです」

「まぁ実際強かったらしいんだけどな、なんとか二人で倒したけれど、と」

御奈加と皐月のリレー、弥生は少し残念そうに

「でも死ぬ事はないのにねぇ」

「応援呼ぶにしても京の周りでは被害を広げかねない、奈良から私らを呼ぶには時間が掛かる
 決死の覚悟だったようだよ」

「なるほどね…」

そこへ御園がちょっとタイミングを計って

「弥生さん、どうぞ、大丈夫ですよ」

「ん、じゃあ行ってくるわ」

あっという間に高くジャンプしたかと思えば空を蹴ってあっという間に視界から消える。



「いやー参ったわ、通信どこかで傍受されてるみたいでさ、待ち構えられてたわ、
 十二神将の一人と取り巻き…十二神将はこれで残り…シンドゥーラとヴィカラーラとクンビーラ、
 取り巻きは多分一般悪魔ね、空飛んでナンボってヤツは特に偏ってなかったけど
 地面で待ち構えてたヤツはインド系多かったなぁ」

弥生の服があちこちボロボロになっていた、恐らくは傷も負ったはずだがそれは既に治されていた。
皐月が思わず

「お供を考えなかったのは落ち度でした…申し訳ありません」

「気にしないで、二代や三代で聞いていた「三人だと余る」というのを凄い痛感した、
 あと一応待機はして居てくれたけれどフレンドリーファイアも怖くてねぇ
 警戒しすぎて…あ〜あ、髪留めも壊れちゃったわ」

「そっか…まぁ今のは特別とは言え、単独行動は控えた方がいいな」

御奈加が言うと弥生は頷き

「二人としても別れる時は奈良組と私・御園って割り振りじゃないとバランス取り難いわ」

「お召し物、直しますけれど」

「いえ…、とりあえず後で着替えるわ、スーツに着替えるのはこの暑さだとちょっとねぇ」

「厳しいですか」

「ええ…それもちょっと体調に影響しているから…札幌も三十度は超えるとは言えさ、
 東京の暑さはなんかもう耐えがたいわ、都民の皆さんは凄いもんだわね」

「その東京より暑い埼玉県とか群馬県ってのがあるんだぜ?w」

「真夏にそこの依頼があってもなるべく断ろう…、で、はい、これ、一万マッカずつ渡すわ」

「後で一万返すのでいいのか?」

「その方が面倒がなくていい」

「助かるわ、実は金一銭も持ってきてなかったんだよ、いや正確には幾らかあるけど
 こっちに来るガソリンとネカフェ代で使っちまった、降ろせばあるんだけどさ」

「まぁねぇ、楽勝なようで結構粘られる感じだからしょうがない…さて、山羊屋、クレープは幾ら?」



「いいのか? 本当に、此処のビルは最近打ち棄てられたばかりで
 ベッドはないがソファとかはあるから…とはいえあんたらじゃはみ出しまくりだろ」

平塚が案内したそこは成る程最近と言うだけあって余り汚れても破壊されても居ない
割と条件のよいどこか商社の社長室、と言った風情であった。

「いいよ…、野宿や車中泊も結構ある、それに比べたら全然贅沢な話だ」

山羊屋での買い物の後、一行は先ず腹ごしらえをして店の全てを食い尽くす勢いに
アウトロー達も恐れをなして、平塚もここぞとばかりにそんな得体の知れない
でもただ者じゃないグループと知り合いなんですよーと周りに誇示し、
自分の立ち位置を一段上げさせたりしても居た。

いいだけ食べたら寝る、と言う訳でこの廃ビルである。

御奈加の言葉に弥生が

「今日は盛(さか)らないでね?」

奈良組は顔を真っ赤にして

「流石にこの状況でそれはないよ」

「はい、流石に…」

「えー、あんたらそういう関係なのかよ、つか俺も一緒の部屋でいいのかよ」

弥生がすかさず

「貴方の才能は本物だわ、確かに魔の気配を読める、居て貰わないと困るわ、
 貴方も死にたくなかったら私達を必死で起こすでしょ?」

「そりゃそーだよ」

「じゃあ、それでいいのよ、一晩くらいなんてこたーないわ」

「寝てる間に俺がもしとか考えねーのか?」

「ぁあ? 触れた瞬間あの世でいいならそうしな」

御奈加が凄み、平塚が縮み上がったところに弥生も

「御園にも同様よ? この子に迂闊なマネしようとしたところでその両手首落として上げるからね?」

これが脅しでない事がすぐ判る、屹度、絶対そうする、という気迫が垣間見える。
御園も怖っ、と思いつつ、弥生のその気遣いが嬉しくもあった。
弥生の愛人という訳でもないのに、両手落とすとか無茶苦茶なのに、でもやっぱりほんのり嬉しい。

「ぜってーしねーよ…ソファ二つ…どう言う割り振りだよ」

「私は皐月と寝る」

御奈加が速攻答えると弥生が

「後は御園ね、わたしは椅子に座って寝るわ、探偵稼業でそう言う時もあったし平気、
 と言う訳で平塚はどっかで雑魚寝ね?」

「ひっでぇなぁ、まぁ慣れてるけどよ」

「落ち着いて寝られないほどなんですか? この「新宿」は」

皐月の質問に平塚は

「場所に依りけり、開発著しいところなんてのは危険も伴うけど
 昔っから神社や寺のあったところなんかは割と穏やかだよ、
 俺みたいなチンピラやアウトローには退屈なところさ、悪魔共も流石に
 昔っからの信仰の場所みたいなのは苦手らしいな、属性関係なく」

御奈加がそれに

「属性?」

そこへ弥生が残っていた紙とペンで簡単なグラフを書き、御奈加に示した。

「まず、X軸が絶対秩序に従うLaw、戦国時代的なノリのChaos、両者の間にNewtral、
 更に表のY軸は善行に基づくLight、悪行に基づくDark、間のNewtral。
 これは平面だけど枠に少しモヤモヤした領域があってドーナツ状だと思っていいわ、
 どっちだろうと過ぎれば何れは対極と合流する」

「なるほどね、総称が「悪魔」なのはそういう事情からか」

「この場合「悪」は必ずしも善悪の悪では無いと言う事になりますね、なるほど…」

流石に祓いの二家はぐいぐいと来た。

「もう一つ言えば八岐大蛇は竜王族でニュートラルなのよね、十二神将もライト・ニュートラル」

「間を取っているとしてもこの有様か」

「ニュートラルの定義は難しいわ、本当に均衡に根ざした物なのか、どっちとも付かないからなのか
 或いは、司る物の都合でそれは人間にとって益でもあるから、害でもあるから…
 更に或いは益と言うほどでもなく害と言うほどでもなく、的なね」

「なるほどなぁ」

「人間を大本の基準としてあるわ、逆を言えば人間が一番分類不可能って事なのよね」

それについては弥生以外の四人が頷いた。

「この図だけで奥深すぎるなぁ、祓いとしちゃ昇華か浄化しかない訳だし」

「それでいいのよ、元々分類分けしようなんて言うのが愚かなのかも知れない、
 分類しようとした人間も悪魔もね」

そこへ御園が

「「自然は美しいはずだ」と言う信念の元自然哲学は数学を取り込んで科学になった訳ですけれど」

「知れば知るほど知らなければならない事が増える、とはアインシュタインの言葉ね」

「どこかで自分の立ち位置は決めてしまわないと、それこそ混沌ですね」

弥生の言葉に皐月が応えると

「でも、時々振り返って心変わりはしたっていいのよ、でしょ?」

「そーだなぁ、自縄自縛…祓いもそういう面はあるけどな」

御奈加が呟くと弥生が

「祓いですら自縄自縛になり得る、と言う言い方も出来る、増して属性に縛られた悪魔になったら
 もう余程利害の一致を見なければ共生などあり得ないでしょうね、そこの間を取り持つのが
 「悪魔召喚プログラム」らしいけれど、私は直に触れた事ないし」

そこへ平塚が

「てぇーしたモンだよ、バスターは、戦うしかないと思ってた悪魔を従えちまうんだから」

「出来レース的なモノも否めないけれどね」

「あ、そういや此処に一カ所悪魔が管理していて人間悪魔属性関係無しで利用出来る回復施設があるぜ
 生きてそこまでたどり着ければって含みはあるけどな」

御奈加が感心して

「へぇ、そういうのもあるのか」

「国立東京第一病院にある、地図上は…ど真ん中少し東北ってカンジか」

「なるほど、辿り付けられれば、だわね」

弥生が言うと

「よし、有益な情報はどんどん刻んでいかないとな、
 「もしも」は想定しておかないと強烈なしっぺ返しを食らう恐れがある」

御奈加の言葉に全員が頷き寝る構え、しかも暑いからと言う事で窓は全開である。
「自信がある」と言う事だな…、平塚や御園はそう思う他は無くややおっかなびっくりだが眠りにつく、
しかし案外と気疲れのような物…特に祓い人はそうだろう、直ぐ眠りに落ちてしまった。


第二幕  閉


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