L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:Eighteen

第一幕


A:Part

「叔母様は奈良で一泊だそうですよ」

裕子が事務所で電話を受けつつ居間に戻り夕食時のいい匂いの中戻ってくる。

「そっか、でもこれからこんな機会あるのか判らないしねぇ」

少し残念そうな葵だが、自分のスマホに送られてきた写メを見る限りは
やっぱり「折角のこの機会」というモノを満喫している弥生と御奈加皐月の三人に御園と新橋。
新橋は眉間に指を当てていて苦労が忍ばれる。

横から常建がその写真を見て

「こんなノリのねーちゃん何年ぶりかな、なんかもうすっかり幼なじみってノリだな」

「ほんまや、いつもはようちょいりりしい人なんに、やっぱり揃うトコに揃うとちゃうね、
 みんなおんなじ年代みたいやし」

「あら? 皐月様の髪の毛が」

ちょっともったいなさそうに裕子が言うと常建が

「「授業料」だろうさ、ちょっと高かったんだろうな」

裕子が言った言葉を使った、でと言うことは可成りの戦いをしたと言うことだ。

「それにしては…皆さんとても消耗したとは思えない元気さですね」

「魔階だし、クレープあったんじゃないかな」

「ああ、そうでした、それならいいのですが」

葵と裕子の会話に常建が

「クレープ?」

と聞かれると裕子と葵でCase:13での事を話す。

「ああ、それでか…なんか北海道伝手でなんか妙ちきりんな「呪文」とやらが送られたのは」

「それはわたくしでは無く特備のお二人の判断でしょうね、覚えておいて損はないですよ」

「ほうか、ほなちゃんと覚えてへんと」

常建も咲耶も裕子がそう言うなら、という感じで話が進む。

「あれはちょっと凄かったよ、味はびみょーだったけど」

葵が言うと一同に笑いがこぼれつつ

「薬のようなモノですからねぇw」

そこへ裕子のスマホに着信が

「はい? どうしました本郷さん」

B:Part

「今日今からじゃねぇんだが…明日も京都の二人はいるのか?」

『はい、おりますよ』

「弥生が奈良で一泊って連絡来たしよ、ちょっとこれは「試験」にも使えなさそうで」

『それほどのことが? 今すぐでないのは何故です?』

「一見猟奇殺人だから、直ぐにはこっちには回ってこねぇだろうさ、
 あとで鑑識の方から現場検証の写真送るよ、京都の事件に何やら似てる気がしてさ」

『はい!?』

「いやいや、類似の別のヤツだろうさ、ただ…人を切り裂くことを目的としているようで…
 更に言えばどー言う積もりなんだか、廃墟を根城にして出るつもりはないらしいや…
 被害者は…なんだろなぁ、廃墟ツアーでもやってたのか…
 ただ…他にも被害者がいるようなんだな…多分ここらを根城にしてたミニチュアのチンピラとか
 ホームレス…何で判るかって言うと、この二日間ほど姿を見ないんだと」

『本郷さん今現場ですか? 大丈夫なんですか?』

「舐められたもんでな、どうも祓い人を呼び込みたいらしいんだな、端的に言えば弥生だろうが…
 まぁこっちの祓い弾の威嚇もちょいとは効いてるのかねぇ」

『何処ですか? 今からでも向かいますよ?』

「まぁまぁ…世の中には七面倒くさい手順てのがあってさ、今夜は俺も張り込むが
 一帯の封鎖ともしもの為に祓い弾支給くらいしか出来ることねーや」

『でもそんなお話聞いた後では眠れませんよ』

「そこを図太く出番まで待つ、弥生ならそうしてるぜ、こっちがGoを出すまでいつもの調子で
 居てくれねぇかな、ただし、明日には仕事が待っているって話でさ」

『…』

「なんなら弥生に電話掛けて状況話してみな、俺と同じ事言うぜ」

『はぁ…うー…それでは…』

「はは、そう言う意味じゃあこれは試験だな、耐える時を過ごすのも必要なんだぜ」

「たってさぁー、気になるんだよ」

「だから…うぉッ!! 「かわいい」じゃねーか! なんでここに居る、なんでここが判った!?」

『そうなんですよ、葵クンが飛び出して行ってしまいまして…』

「見える訳じゃないんだけど「なんとなくこっちの方からほんごーさんの言葉が飛んでくる」って
 カンジで、あとはパトカー一杯の廃屋って言うの探したの」

「お前も輪を掛けてハイパーになってきやがったなぁ…死体は見ても大丈夫なのか」

「大丈夫だよ、カズ君の時なんてもっと酷かったじゃん」

「それもそーだ、今更だな」

「とはいえ…なかなかむごいね」

「ああ…」

『と言う訳でして…どうしましょう』

「いやいや、状況は変わんねぇよ、正規に俺達へ回ってくるまで逆に何もするなって話なんだ
 面倒くさいんだよ、責任の所在とか管轄とかさぁ」

『そうですか…それでは葵クンを…』

「そーだな、一回下がらせ…」

と言った時、建物のどこかからか一瞬で間合いを詰め葵に襲いかかろうとするも
葵がそれに気付いて斬られる前に殴れ…! と拳を振るったが、それを素早い動きで相手も躱し
またどこか暗闇に溶け込んでいった…!

0.何秒かではあったかホンの一瞬相手が止まり、後ろへ飛び退る間、相手が見えた!

「人間の速度じゃねー、だが俺にも見えたぞ!」

『魔…と言うことですわね!?』

ファイティングポーズは崩さないまま葵がそこへ

「でも、知らないヤツだ、あの悪魔図鑑みたいなのにも載ってない悪魔…」

「デビルマンか…」

「今のは様子見だね、本気で戦う気は無かった感じ」

「お前もそー言うところは野性というか…勘が働くねぇ」

そこへ暗闇から

『お前の飼い主は何処だ?』

「ボクは猫みたいだけど猫だとは思ってないって弥生さん言ったよ!」

焚き付ける気が大まじめに返されて「それ」は苦笑し

『お前たちのことは知っている…今となっては…だが…十条弥生と戦いたい、どこだ?』

「弥生さん出張中だよ、帰りはさぁ明日の夕方とか夜じゃないかなぁ」

「ああ、昨日の夜公安に引っ張り出されてさっきまで新宿で仕事してた」

『ちぇ…なんだ』

「でも今、おねーさんたち含めてこの札幌には三家揃ってるよ、十条と天野と四條院」

『へぇ…それも興味あるな…だが刑事さんの話によるとまだ正式に動けないんだろ?
 待ってやるよ…明日の朝までには許可取れよ…?
 でないと待機してる警官や通りがかるヤツ狩るからな?』

「しちメンドクサイ社会のルール守ってくれるとよ」

本郷が電話越しに裕子へ伝えると

『でも…』

至極当然な反応

「おい、信用していいのか、名前なんてーの」

『名前なんてもうどうでもいいだろ…ただの人でもただの悪魔でもないと判っているのによ…
 とは言えそうだな…愛宕(あたご)とでも呼んでくれ』

「重巡洋艦かよ」

『ミリオタさんかい、まぁそれもいいだろ…』

「違ったっぽいか、まぁいいや…お前さんの後ろ…は、教えてくれねーだろーな」

『判ってるだろ? ただ、十条弥生については色々教えてくれたぜ、倒せば悪いようにはしないってな
 そこのチビも…今試したがけっこーなモンだ』

葵は口をとがらせ

「やめてよ、気にしてるんだから」

『悪いな、ハハハ! と言う訳でよ、目的は飽く迄十条弥生なんだが
 前哨戦として将来の芽を潰させてくれるって言うなら、喜んでお手合わせ願おうか』

そこへ電話から裕子が

『挑発には乗りませんよ、最初に出会ったのが叔母様でなくて良かったと思い知らせて差し上げましょう』

『明日朝だ! 待ってるぜ…』

と言ったきり、愛宕と名乗ったソイツは闇に紛れた。

「…気配を殺すのが上手い奴だな…、詳しく中調べないとどこに居るか判らない」

葵が呟くと、本郷が

「暗闇の蜘蛛の巣にわざわざ掛かって行くこともねーだろ…と言う訳で
 夜中中にはなんとかこっちの領分にはするよ、かわいいも、お嬢ちゃんたちも備えてくれ」

『本郷さんはどうなさいます?』

「俺か? そうは言ったって見張りくらいはしておかないとそれこそ職務怠慢だからな、張り込むさ」

「じゃあ、ボクもいるよ、大丈夫、弥生さんと夜中張り込みもやったことあるから!」

「俺の車で?」

「ダメ?」

「いやいーけどよ…親子くらい年離れてるってもお前そろそろ危機感くらい持ってもいいんじゃねーの」

「え、ほんごーさん無事で済むと思ってる?」

「俺の方が危機感か…」

そこへ裕子の笑みが聞こえて

『判りました、では「その時」が来るまでお待ちしますよ』

「ああ、頼むわ」

と言って電話を切る。

「ま、弥生の車よりは広いと思うぜ?」

A:Part

電話を切った裕子は事務所のパソコンでメールチェックをすると、警察からの物ともう一つ、
結構な容量の動画を添え付けてあるファイルがあって、メールチェックをした直ぐに電話が。

「ビックリしましたわ、百合原様、この動画付きメールは詰まり玄蒼市からと言うことですか?」

『市は通さなかった、ごにょごにょっと…』

「あ、はい、なんとなくお察しします、お疲れ様ですそれでこれは…」

『外の公安からも欲しいって要望あって折角編集に翻訳までしたんだから勿体なくてね、
 三家にはそれぞれ配ったわ、本家筋なら十条は京都らしいけど、あたしが知っているのは
 貴女達だけだし、まあいいかって』

「一体どんな…」

『ああ、そっか…今回玄蒼市でも公式に認められた「魔界都市新宿」での三人の戦いよ
 貴女達祓い人にとっては可成りの資料だと思うし、弥生本人にしても
 自らの反省点なんかを客観的に探るいい資料でしょ、と言う訳でね』

「え…そんな凄い記録を普通に流していいのですか!?」

『参考にならないわよ、フィールドも特殊ならこの三人が集まることも特殊なんでしょ?
 今後じゃあ例えばこの弥生を参考に弥生対策を…としたって動きから働きから
 違うパターンで来るとしか思えないわ、だからこれは一種見せしめ
 生半可に力を持って現世(うつしよ)を支配しようって奴が観たら大半思いとどまると思うわよ』

「それほどの相手だったのですか?」

『あのレベルのがほぼ本霊で降り立つなんて先ず無いでしょうね、
 まぁ魔界都市と言うことで現実世界に降り立つよりはやりやすいでしょうけど
 …これでまぁ…、少なくともアタバクよりは上の奴が絡んでいる…と思っていいでしょうね
 そう言う意味じゃあ、向こうも賭けだったのだろうけど』

「…それでは…」

『いえ、勿論これは推論だけど…でも、何の前触れも無しにいきなり仏法の守護神が
 降り立つとも思えないし…とはいえ、仏教絡み…とも言いがたい』

「何故でしょうか」

『仏教系で確認された悪魔だとほぼ最上段だから…そんな判りやすい構図とは思えない』

「確かにそうですね…判りました、今少々抱えた仕事もありますので動画の方はもう少し余裕を見て
 きっちりと観ますね」

『貴女が抱えてそれなりに対策が必要って結構な事件じゃあないの?
 何があったの、教えなさいよ』

何だかんだ、知りたがりの瑠奈に少し頬が緩んで

「デビルマンによる殺人…本人がそう言っておりましたし、遭遇した葵クンが
 いつか作って戴いた資料にもないと言いますので間違いないかと…で…
 どうも叔母様狙い…広義には祓い人狙いと言うことで、刑事課から正式に
 特備に話が回ってきましたら対峙するという約束に成って居ます」

『なんて名乗っていた?』

「それが…ボカしたかったのか何なのか「愛宕」という仮名を」

『山の名かそれを基準にした旧軍の重巡洋艦か…ただの思いつきか…ちょっと判らないわね』

「そうなんですよ…まぁバックを探ることは恐らく無駄になると思われますが
 とりあえずきっちり祓いませんと」

『うん、まぁ判った…でもその「仮名」、頭の隅には置いておくわ、ではご武運を』

「はい、有り難う御座います」

電話が終ると二人も来ていて

「裕子はん、今ん電話はどなたから?」

「玄蒼市の百合原様からですね、こちらでメールチェックをしたら連絡する気だったようで」

「こん件名もへんメールんこと?」

「凄いですよ、叔母様と御奈加様と皐月様の新宿での戦いの記録のようです」

「なんだそれ、見てぇ…」

「でもその前に…先ずはこちらですわね」

裕子が鑑識から届いたメール添え付けの写真を開く

「…切り裂きとは違うな」

「そうですわね、これはただの示威的な行為ですわね…そしてやはり…切り口にただの刃物では無い
 禍々しさがあります…」

「せやな、切り裂き被害者ん写真とはちゃう…切り口が傷んでるっぽい」

「なるほどな…なんかこう…上手く言えないけど「ただの切り口じゃあない」って言うのは判る」

「…葵クンは反応出来て迎撃可能だったようですから…こちらも補強はすれば
 単純な早さで負けることはないでしょう…ただ、まだ情報が少ないですわね」

「正直相手が一人とも限らないな」

「…何か確証が?」

「いや、最悪を考えてって事さ」

「そうですわね、それは大事な物の考え方ですわね」

「あれからもちょくちょく仕事で力ん使い方は工夫できとるやけど、どもないかいな」

「不安か?」

「なんも思いまへん、と言うたら嘘になるし」

「まぁそうですわね…お互いまだ上級間もないですし…でも…上がったからには
 上がったなりに責任も重くなります、わたくし共はそれに応えませんと」

「プレッシャーがないと言えば確かに嘘になるな、でもそれをテンションにしねーと」

「せやな、うーん、凄すぎて参考に出来ーひんかもしれへんやけど弥生はんたちん仕事ん方見へん?」

「何かかき立てられるモノがあればいいのですが…」

「下手したらこっちの自信が折れるな」

C:Part

奈良の四條院本家ではそれはもうお祭り騒ぎであった。
手の空いている近隣の四條院も天野も全員集まる勢いで、四條院家は上を下への大騒ぎであったが
申し訳なく思いつつも主賓である弥生は中々解放されず正直少々困っていた。

そんな時四條院家嫁の志保里(しおり)が

「皐月さーん、ちょっといい?」

「あ、はいはい」

廊下まで出て

「申し訳ありません、お義姉さん…まさかここまで盛り上がるなんて、正直助かりました…」

「こう言うところに嫁ぐからにはと思ってた割には余り集まりごととかもないし拍子抜けと思っていたら
 …こう言うことなのねぇ、いやぁ…もう絶対全員分調理なんて無理って判ってたから
 いいんだけど…、いえ、そうでなくて…メールが来ているんだけど特に件名もなくて
 添え付けファイルは動画で…怪しいんだけど普通怪しいメールなら必死にこっち釣ろうと
 してくる訳でしょ、判断しかねて」

「ああ、はい」

皐月個人では無く家で使っているパソコン…正直余りこう言うことに詳しくないので
結構形式の古い昔ながらのミニタワーデスクトップPCがあり、モニターだけは今時の物に
買い換えて使って居る、そのメールソフトには確かにそのメールが。

皐月は少し考えて「ひょっとしたら」と思い、スマホを取り出すと

「あ…着信があったのですね…あの騒ぎのなかでは気付きませんでした…」

「まーねぇ、あんなに盛り上がるなんて「三家揃う事の意味」ってやっと理解したわ
 弥生さんかわいそう、あれ絶対抜け出したがっているわよ」

皐月は苦笑の面持ちでリダイヤルすると、それは通常あり得ない電話番号。
どこだろう…?
しばらく呼び出し音が続き、何度か接続を繰り返すような感じ。
もうそろそろ諦めた方がいいかな、とスマホの画面を見た時、大声で

『ゴメン! 出るの遅れた、四條院皐月の携帯で間違いないわね?』

少し皐月が圧倒されてから改めて

「あの…そうですがどちら様で…」

『玄蒼市デビルバスターでなんとなく札幌担当にされた百合原 瑠奈、
 貴女にはこう言った方が通りがいいでしょうね、「フィミカ様への取り次ぎ係」でもあるわ』

「えっ!! まぁまぁまぁまぁ、それは! どうも初めまして、弥生さんそこまで仰いませんでしたので…」

『まぁそこはいいのよ、動画の件?』

「あ、そちらからなのですね、公安特備辺りか、でもそれにしては件名もないのはおかしいし…
 と考え倦(あぐ)ねていまして…それでこの動画は…」

瑠奈は裕子に言ったことをもう一度説明した。

『というわけで、天野御奈加や弥生にも電話は入れたのだけど誰一人として繋がらなくて』

「ああ〜…今ちょっと…説明しにくいのですが歴史的にそれなりに祓いとして実力を持った
 三家が一堂に会するなんて何百年に一度くらいの物なので…」

『うっすら聞こえるわ、そういうしがらみも大変そうね』

「私自身ここまでとは…」

『じゃあほら、この動画の上映会でもしてとりあえず残りの二人解放してやりなさいな』

「あ、そうですね! いいアイデアです…後がもっと大変になりそうですけど…」

『そこはもう無理矢理にでも寝るとか弥生は明日帰る予定みたいだから
 その為とか何とでも言って切り上げなさいよ、そこまではあたしも責任持てない』

「ですよねぇ…とりあえず一旦隙を作るのに…これどうやればいいのでしょう…
 広間のテレビのDVDプレイヤーで見るようにするには…」

『DVD? そんな小さい事言わないでBDで見なさいよ!
 4k画質だからSDで見るのは余りに勿体ないわ』

「すみませ〜ん、私そっちの方はとんと分からなくて…」

『判る人は? 判らなければあたし弥生は行けると思うんだけど弥生連れてきなさい』

妙に高圧的というか誰とでも対等という感じの瑠奈の言葉に突き動かされるように
大広間に戻り、今度は皐月が生け贄に戻る代わりに弥生を呼び出す。

「やー瑠奈、このタイミングばかりは助かった…」

『やっぱり主賓には向かないタイプか』

「私は若い頃孤高を貫くを地で行ってたからねぇ…裕子ならこう言うの上手く捌けるんでしょうけど」

『まぁいいわ(斯く斯く然々(かくかくしかじか))…と言う訳でそれをとりあえず
 酒の肴にして一時撤退しなさいな…で、皐月が動画の移動とか判らないって言うからさ』

「あー、こりゃ…参ったなHDMIもないし…BDに焼くことも当然出来ないわねぇ
 このパソコンでは4kを再生も難しいな…どれ…」

弥生は自分の荷物を置いた場所へ移動し、自分の荷物を漁りながら

「行けるといいんだけど…」

『なに、どういうやり方』

「一旦データを私のノートに移して外付けドライブでBDに焼く、
 広間の大型テレビにはBDレコーダーが付いていたのは確認したから、4kは無理だけどフルHDでなら」

『4kってそっちではまだ余りなじみないの?』

「過渡期ねぇ、なに、玄蒼市では当たり前なの?」

『プロユースだと当たり前って所かな、まぁ…一般だとどうなのかな』

「こう言うことに関しては祓いは基本門外漢だからねぇ、私は探偵稼業で画像扱ったりするから
 ウチのメインPCは4k動画でもどんと来いだけどさ」

『ああ、やっぱり貴女呼んで貰って良かった、じゃあまぁ、何分掛かるか判らないけど
 それで急場をしのぎなさいな』

「そーよねぇ、で、これ何の動画?」

『…またそれ言うのか…』

「皐月には言ったのね? じゃあいいわ、良く判らないけど」

『そうしてくれる? あと、札幌でデビルマン出現ですって、明日朝裕子たちが戦うみたいだけど』

「ふーん…まぁ…あの子たちなら多少苦戦はすれども立派にやり遂げるでしょう」

『随分簡単に言うのねぇ』

「心配じゃないと言えば嘘になるけど、飛んで帰ったって私がふらふらだし、信じる他ないわ」

『そういう割り切りは素晴らしいわね、まぁ信じて上げて』

「とりあえず有り難う、向こうから電話が掛かってきた時のために予習はしておくか…
 じゃあまぁ、電話切るわね…う、やっべスマホか…この受話器マークをタップでいいのかな」

『ふふ、貴女「も」ガラケー派か』

「何色使ってる」

『黒に決まってるじゃない』

「そういう所の好みとかは凄い似てるんだけど、不思議、コーヒーは?」

『濃いーのがっつり派、まぁウチの他のが飲みにくいって言うから妥協もするけど』

「うーん、貴女と会いたいなぁ」

『機会があれば会うこともあるわ、でも、まともには会えそうにない気がする、なんとなくだけど』

「そーねぇ…微妙にすれ違いすれ違い…ま、それも巡り合わせか、じゃあ」

瑠奈との電話を終えつつ作業はしていたのでまだもう少し焼き上がりには時間が掛かることを確認し

「あ、えっと、志保里さんだったっけ…、御免なさい、いきなりこんな」

「まったく、と言いたいところだけれど普段はそれほど横の付き合いも濃くないし
 こう言う時にここまで盛り上がるのね、いや、店屋物にデリバリーに、こっちが作ったのなんて
 味噌汁くらいだから気にしないで」

弥生は財布を漁りつつ

「幾らか足りないかもだけど、足しに」

「いえ、主賓だからではなくて、なんであろうと十条の金銭援助は受けません、
 それは四條院本家としての意地みたいな物ですから、あとで皆から幾らかでも取りますよ、全く」

「外(この場合は祓いの因果の外)から来た人って言うけど、そういうとこしっかりしてるのね」

「家訓というか厳命として言われたのがそれだもの、むしろ余りの拍子抜けに思わず「はぁ?」って
 声上げちゃったわ」

「まー奈良時代からそうしてきたからって何かヘンな伝統が…」

「そうみたい! まぁでも、嫁に来るんだからある程度とは思っていたし、こんな程度で良かった!」

「幸せなようで何より、出来れば一緒に騒いで欲しいけど」

「あー、それはもう先に遠慮してたから、気にしないで、むしろ誰かが冷静に見てないと」

弥生が苦笑の面持ちで

「じゃあ…私も一度戻るから、そのBD焼き上がったら上映会やるって割り込んできてくださる?」

「ええ、そういう水差し、大好き♪」

「結構な鬼嫁っぷりw」

「主賓に気を遣わせる宴会なんて開いてる側が舞い上がりすぎよ」

「言えてる…w」

弥生は生け簀に戻りまた質問攻めや挨拶などに付き合いながらも志保里のヘルプまで耐え、
やっとヘルプが掛かるモノのうるさすぎて声が通らない、そこへ皐月がどんっと祓いで家に衝撃を与え

「あー、済みません、私達の新宿での活動を玄蒼市魔界側から撮影していたらしいのでそれを…」

一瞬止まった時がその一言でまた大騒ぎになるも、志保里がBDをセットし再生を始める。
弥生が御奈加へ

「さ、今のうちよ、外しましょう」

「えぇ? でもそういうのあるならちょっと見たいなぁ」

「何言ってるの、もう貴女へろへろじゃないの、明日朝車飛ばすのよ?」

「それもそっか…やれやれだ…」

皐月とも目配せで広間から逃げおおせる三人と志保里。
四條院本家から併設の日巫乎待社の拝殿までやって来て

「皐月さん、幾ら何でもあれは…家も決して新しくないんだし」

「そうなんですけど…そうでもしないとあの場は…と思いまして」

「それもそうか、私声の通りはいい方なんだけど、あんな中じゃ御奈加さんも弥生さんも
 大変だったでしょう」

弥生はウンザリ顔で

「ええ、歓迎は嬉しいけど、流石にここまで熱烈歓迎でしかも…
 土下座の勢いで「お目通り出来て光栄に」なんて言われた日には…
 フィミカ様のうんざりっ振りが何かちょっと判ったわ
 幾ら珍しいったって私だって祓いの一人に過ぎないのにさ…」

御奈加は縁側に座って風に当たりながら

「いやぁ…でも「それほどの」出来事なんだよ、まぁ判ってくれ」

広間の方から歓声が上がる、戦闘開始から皐月が全てを受け止めて弥生が矢を射る辺りだろう、
御奈加が苦笑しつつ

「三代の時点であの大歓迎っ振りだったんだぜ? しかもそれから450年経ってると来た」

「はぁー、稜威雌はしまって置いて良かった」

「稜威雌様まで出していたら取り返し付きませんでしたね…w」

少し夜風に当たっていると志保里が大広間を気にした。

「うん? どーかしたのかい、ねーさん」

「いえ…機械の不具合でも起きたのかと…でも音は鳴っているし」

広間が静まりかえっていた。
志保里がそろっと確認すると、手に汗握ると言うよりは圧倒されていたようだ。

その後ろを三人がのぞき込みつつ

「ああ、眼を潰されてからの…おお、弥生が祓いの目と四肢を使って、なるほど、
 ああやって御園への攻撃を受け止めてたのか…ふむふむ、
 こりゃぁ…祓いの目を教えろって殺到するかもな」

「戦いの手段の一つとしてはいいんだけど…あれはやっぱり全盲の弓だからこそのものなのよね…
 それに広く出回りすぎて迂闊に祓い以外へ広まったら「詞が一般化しすぎて」
 効力が薄くなる…フィミカ様の懸念はそれ…参ったわねそういやそうだった」

「でも、あれで危機を一転勝利へと向かえたのは確かです…どうしましょう」

御奈加が考え込み

「全盲か重度の色盲か上級でも伸びしろがあるヤツ限定かな」

弥生が続いて

「そうね…、門外不出とその理由も添えてそうするしかないわね…収まり付かないし」

志保里が映像を驚きながら見つつ

「痛くなかったの? その…手足斬られて」

「痛みに負けてたら死ぬから…祓いとして活動するからには死のその瞬間まで冷静でなくちゃね」

「御奈加さんもここまでのことにならないのに」

「それは御奈加が天野だって所に繋がる、祓いの防御がああいうときは常にある状態、
 詞を詞として明確に使って触れる祓いが不得手な代わりに全身これ祓いって状態になるのよね」

「そう、だから先ず余程油断しない限り両断はないね…ただ、例えそうされたとて弥生は
 後から後から次の一手を出してくるんだから…平塚も言ってたけど、
 アタバクの方が余程恐ろしかっただろうな」

祓いを終えた所で大歓声になるのだがそれがもう物凄い地割れのようで空気も振動する。
逃げた三人を何処だ何処だと探す勢いに発展、もう逃れられぬ、そう悟りつつ、
弥生は次の日には関空に送って貰うついでに大事な用事があることを大声で告げ、歓迎を自制させた。

ようやっと解放された時には午前様だったが宴会は続くようである、
流石に付き合ってられないと、弥生は御奈加や皐月と共に彼女の寝室に泊まった。


第一幕  閉


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