L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:Eighteen

第二幕


B:Part meets A:Part

「本郷サン、本郷サン!」

結構大きい施設の廃屋をじっと見ていた本郷、
うっすらと開けて置いた車窓越しにノックしてきた秋葉の姿にやっと気付き

「ああ…もう朝か…」

「目を開けたまま寝てるのかと思いましたよ!」

「いやいや…集中しすぎたわ、一応は向こうも約束は果たすよーだな」

「あやめサンから話は聞きましたけど、幾ら仕事でも…」

秋葉の目線に睡魔に負けた葵が。

「お母さん役ならワタシしか浮かばないなんて言われたら、こんなかわいい子が居たら
 とは思っちゃいますね、こんなトコで見張りなんてとてもじゃないけどさせられない」

「まぁでもコイツ実際強いからなぁ…んで…」

「ああ…遠くは無いから寄っちゃいましたよ、はい、これ」

「ああ、有り難うな、ちゃんとかわいいの分まで」

「聞いてましたからねぇ、かわいい子なのに凄い食べるんだなって」

「毎日だとキツいよなw」

「ああ見えて弥生って結構稼いでるのねぇ」

「食べる分は別枠で考えてるって言ってたな、燃費が悪いのだけはもうどうしようもないってよ」

「学生時代とか皆で食べる時とかもそんなに凄い量は食べてなかったんだけどなぁ」

本郷は笑って

「ああ見えてあいつシャイだからな、あんまり自分が話題の中心になりたくないみたいでさ」

「そうなんだ、うーんやっぱり学校時代の友達って言うのと仕事でそれなりに
 深く付き合うのとでは見えてくるところも違いますねぇ」

「それに「祓い」なんて世界には巻き込みたくなかっただろうしさ、
 五月に亜美を巻き込んでしまったのも気にしてたくらいだし」

「あーそう言えば亜美もあっけらかんと詳しくは知らないってずっと言ってたなぁ」

「そういう奴さ、知らされないならそれもアイツなりの友情なんだよ、
 相手は生きた人間やその組織じゃあなくて化け物だからな」

「うーんでも、アタシもそろそろ片足突っ込んだ訳だし、ちょっとずつ教えて欲しいもんです」

「これから次第だな…あ…それでだな」

本郷は少し首をかしげるようにしてちょっと不安げな表情で

「…考えてくれたかよ?」

「えー、それ、けっ…こん…前提って事ですよね」

情けない表情なりに本郷が頷くと秋葉は

「そこまで考えてるなら…はい…まぁ、でもそこは一歩一歩ですよ!」

「判ってるよぉ、俺だって盛りの中学生じゃあねえんだから」

「あとは…どこかで最低半年は同棲もしてみないと」

「だよなぁ、一緒に暮らす…それが出来ないばかりに弥生と亜美が恋人にまでは成れなかった
 なんて話も聞いちまったらなぁ」

「うん、ですから最終的にそこを通過してからですね!」

「へいへい、判っておりますよ」

「返事はハイで一回です!」

「ハイ、じゃあ、まぁヘンな始まり方だけど宜しくな」

「はい、こちらこそ」

…と言った時、葵が半開きの窓から腕だけを飛び出させるとその指の間には鋭利な刃が…!
固まる本郷と秋葉に葵が窓を開けつつ身を乗り出して

「ルール違反だよ、脅かすつもりだったのだとしても」

『このチビッコが…思ったよりやりやがる…!』

そこへ本郷がドアを開けて秋葉をかばうように表へ出て

「おーい、のぞき見や立ち聞きは良くないなぁ、34のおっさんが将来考えたっていーじゃねーの」

「そうだそうだ、やっと巡った春なんだぞ!」

「そこまで飢えてた訳でも無いんだけどよ…いやぁでもルール破りに明確なペナルティ
 考えなかったのは痛いな」

葵はキッと愛宕を見据え、

「こうしよう」

イヤな気配を悟ったのだろう、愛宕が逃げてそれを葵が追う!
ビックリしてる秋葉が戻ってきた葵の手に愛宕の左手が握られているのを見て初めて
葵が「本当にただ者では無くて弥生の好みと言うだけの子じゃない」と言うことを心底痛感した。

葵はそれを握って浄化させながら愛宕の逃げた方向を見上げると

『その程度…まだ立て直せるが…チクショウ…お前…何者だ』

「私立百合が原桜木中高学校、中等部二年四組、日向葵!」

『おまえ…微妙に空気読めてないな…』

「だって他に何て言うの?」

そこへ本郷が

「いや、ほら、祓いで言えばどういうのとか…」

「ああ…うーんでもみんなボクは分類不可能って言うし初級とも中級とも言われないからなぁ…
 でも、ボクは弥生さんのパートナーだ!」

『「あの女」のパートナー…そういう事か…油断したぜ、少々舐めていたことは認める』

「そうそう、あんま舐めてたらおねーさんたち待たずにやっちゃうよ?」

『それは流石にお前…、驕りだぜ?』

そこへ本郷も

「そうだぜ、例え一人で勝てるとしても、そこはちゃんと手順を踏まねぇと」

「むー」

本郷は葵の頭をポンポンしながら

「まぁ、とりあえず「迂闊に迂闊なマネしやがったらどうなるか」は向こうも判っただろうさ
 せっかく寝てた所を済まねぇな、ありがとさん」

「秋葉さんは? とりあえずいい?」

「えっ、いやまぁ…うん、有り難う」

「そーじゃなくて、気は済んだ? 今の秋葉さん狙ってたんだよ?」

「アタシを?」

そこへ本郷がイマドキ用語っぽく

「リア充死ねって奴だろ…」

「リア充って…まだそんなとこまで話進んでないじゃないですか!
 そんな理由で命狙われるって、(愛宕を向き)ちょっとあなた!
 そりゃぁないでしょうよ!」

浮き世離れした展開だがその理由を知って秋葉の曲がったことが嫌い魂に火が付いた。
本郷が困り笑いで

「まぁまぁまぁまぁ…葵のお陰で何事もなく終わって向こうにもいっときペナルティは与えた、
 それで収めてくれや…角まで送るわ、もう余裕あんまないぞ」

「あっ、ああ、そうでした。
 それじゃあ、昼は署に?」

「どっちに転ぶにしても、昼には決着付くと思うぜ」

何だかんだ角を曲がってもう少し歩いたところまで送ってから本郷が戻り

「いやぁ…ひでぇ朝だな」

「そうでもないじゃん、正式にお付き合いスタートしたんだし」

「ありがとうよぉ」

本郷は時計を確認し

「おう、飲みモン何がいい?」

と葵にリクエストを聞きつつ、秋葉から渡された葵用の弁当を差し出す。
秋葉は特に料理が上手い訳ではないが、それでも色々バランスと彩りを考えたお弁当
葵がキラッキラした表情で戴きますしながら

「そーか、これが弥生さんの気分か、いーもんだねぇ」

まだ暖かい弁当を突きつつ

「お前も大したもんだよ」

「いやぁ、ボクは進んでだから大変とは思ってないけど、でも、うん、こういうのいいよね」

「そうなんだよなぁ、いいよなぁ、こういうの」

「お前…将来はやっぱ弥生の正式な助手だろうけど…学校は?」

「どーかなぁ…中卒でもいいんだけど、弥生さんが今この現代なんだから大学は出て置けって」

「まーそーだな、俺の頃になったらもう進学率だいぶ高かったし俺は高卒から警察学校だけどな
 お前さんの場合就職先は決まってる訳だから後は基本お前さん次第だよな、
 とはいえさ、一応弥生の希望は聞いて置けよ」

「うん、でも大学ってなったら出費もバカにならないんだよね」

「俺はまさにそれで警察官になることは決めてたしエリートコースに興味もなかったし
 でもよ、詰まり目的さえあるなら大学に進む意味は大きい訳よ、
 お嬢ちゃんだって自分の祓いの能力にプラスになるかもって理由で医学科志望だろ?
 ま、まだ時間はあるけど、ちょっとずつ先のことも考えておけよ」

「そうだねぇ、中学とは言え私立で高校付属なんだから高校までは行かせて貰うのは確実」

「うん、そーだな、そっから先はお前の人生さ」

「うーん、やっぱりほんごーさんお父さんみたいだ」

「いやいや、このくらい、年の離れた後輩くらいなら普通に話すことだよ」

「そうかぁ、年を取るって言うことはなんとなくじゃないんだよね、その間に色々あって」

「まぁ余り起伏の無い事はあるけどなぁ」

「色んなひとの人生聞いてきてさぁ…祓いの人だけじゃなくて…
 「時代が違う」ってだけじゃなくて何か…凄く良く判るって事もあって
 年取ればもうちょっと判るようになるのかなぁ」

「なるけどよぉ、こんな事判りたくなかったって事もあったりするんだなぁ」

「でもそれが大人になるって事でもあるのかなぁ」

「知るだけじゃダメでな、そこに自分なりの決着をキチンと着けられるようにならなくちゃな
 …とはいえさ、だいぶいい大人になってから考えを改めることだってある訳よ」

「そっか、ユキさんがそう言えばそれで180度転向した人になる訳だ」

「あの糸目のねーちゃんそうだったんだ」

「うん」

「すげぇぞぉ、今まで自分は騙されていたと思った後の転向は」

「そこはでも弥生さんが暴走しないようにって時間をおいて弥生さんのお兄さん…
 おねーさんのお父さんに紹介して貰って色々修行してたみたいだよ」

「なーるほどねぇ」

本郷がもう一度腕時計で時間を確認して

「そろそろかな…おい、急いで食おうや」

「食事中なのに色々喋っちゃった」

「弥生は食うことその物が好きって奴だからな」

「うん、でもそれも歴代譲りだったんだなぁって思うと何か物凄い納得」

「享楽的な奴だなって思ってたが…唯一の娯楽のような物でもあったんだよな
 人より食わなくちゃやってけないって事情もあってああなったんだろうな」

二人して弁当箱のご飯をかき込み、二人して満足げに食べ終わり、二人してご馳走様。
顔を見合わせなんとなく幸せを噛みしめた二人。
どれほど明日の知れない仕事をやっていようとも、やっぱり未来は夢見たい。

そこへ八景から電話が

「よう、回ってきたか」

『はい、ええと、十条裕子さんの方へは富士警部補が』

「よしよし、いよいよか…夜勤お疲れさん」

『ではお先に失礼します』

八景を知らない葵がきょとんとして

「今の人誰?」

「あの書類の山何とかしたくて前から事務方の増員頼んでたんだよ」

「あー、確かにあれはねぇ、現場のことは知らせなくていいの?」

「「仕事だから」でどんな浮き世離れした要件も眉一つ動かさないで聞きたがりにならずに
 デジタル化してくれる、あんまり付き合いは良くねーが詮索しないのは有り難い。
 たまーにどうしても状況が掴めないって時だけかな」

「でもそのうちに実際に体験はして貰わなくちゃね」

「それでやめられちゃぁ敵わないんだが、そうなんだよなぁ、そういや、お前のクラスメート三人は?」

「みんなの家の行事優先って弥生さんが」

「そりゃそーか、まだ中学生じゃなぁ、義務教育だし、進捗は如何よ?」

「まだ体も出来ている訳じゃ無いんだし、焦っちゃダメって弥生さんが」

「そういう感じか」

「優ちゃんがでもいい線行けそうって、皆の前では言わなかったけど」

「優ってどれだ…つか俺会った事すらねぇや」

葵はスマホをいじって「この子」と指さす

「ほうほう…とはいえ、祓いの一族って訳でも無しだしな、お嬢ちゃんのご学友は
 どいつもこいつも一癖も二癖もありやがるけど、何か無理に引き込むにもなんだって感じあるな」

「でもやっぱり初級祓いでも覚えてくれればって」

「まーなぁ」

と、そんな時に上空から気配と共にスッと三人が降り立つ、咲耶の持つ和傘をまるで落下傘のようにして。

「おいおい! ビビった、メリーポピンズかよ! 真上からってどんなけ迂回したんだよ」

裕子がちょっと寒そうにしつつ

「三人力を合わせたら何処まで高く上れるんだろうって…でもちょっと寒かったです」

常建がそこに

「寒いより息がキツい、一気に上がるのは危険だな」

「お前ら何処まで上がったんだよ…」

咲耶が興奮した口調で

「頭ん上が黒い空になるまで! 凄かった!」

「おいおい、一気にそんなんじゃ高山病に掛かるぞ? 大丈夫かよ?」

「一応、そん辺りはなんとなく守った!」

寒そうながらも三家合わせたこその体験にキラッキラの咲耶。

「でも…飛行機にでも乗らないと味わえない光景…素敵でしたわ」

裕子もキラキラしているのだが、そこには無意識に八千代の癖が見えた。

「えーすっごい、いいなぁ」

「高度はある程度取れとは言ったが…しかしまぁそれも三家揃うことの意味なんだろうなぁ」

そこへ愛宕が

『来たのか!』

そこへ三人がやる気を滾らせた表情で向かい

「はい! お待たせしました」

といって葵を連れ立って建物内に入って行く。

◆C:Part

「三国岳…まさにそこの近辺だそうだ」

御奈加の運転する車に揺られ、山道に入る。

「悪いわね…ここまで三角跳び的になるとは思ってなかった」

「いえ、私どももそのお命、分けて欲しく同行している訳ですし」

助手席の皐月が後部座席を振り返りながら微笑む。
弥生の隣には接ぎ木のためのベースが三つ、

「ついでに京都にでも寄ってさ、本家にでも顔出しておけば?」

御奈加の提案に

「そうね、稜威雌を正式に継いだって事くらいはちゃんと口から言わないとなぁ
 婆さんから私への引き継ぎが急だったとは言え、無知は罪だわ」

「仕方がありませんよ…資料も何も盗られてしまった後だったのでしょう?」

「うん、まぁそーなんだけど、本腰入れて調べようと思えば出来たことを放置してた訳でもあるしね」

「まー確かにそん時に同輩の修行仲間が欲しいとなったら都合付けて弥生を
 東京の私ンとこには来させられただろうな」

「そう思うと、ちょっと惜しい事した」

「巡り合わせですよ、ここまで来るための、何もかも」

「そう言われちゃうとな…」

御奈加がそろそろか、と速度を落としつつどこか脇に止められる場所を探しつつ

「ホントはさ、一週間でも一ヶ月でもずーっとでも居ればいいと言いたい
 でも弥生は北海道の要…そうなるべくなった訳だから、そこはもうしょうがない」

皐月がにこやかにスマホを掲げながら

「あの頃とは時代が違います、直接会う機会は少なくとも」

弥生が俯きながら微笑み

「カタッ苦しさが増した今この現代の唯一の救いよね」

いよいよ御奈加が路肩を外れちょっとしたスペースに車を止め、
「公務中」である旨のプレートを見やすい場所に掲げ置く。

「公務はやり過ぎじゃないの?w」

「混同だけど、三家…いや、あの体験を共有した私らにとっては公務も同然」

「まぁね、こんな山の中で違反切符切られたとかも笑い話にもならないし」

「そう言った訳でさ…」

三人が跳び上がり、姿を消しながらも物凄い勢いで空を蹴る。
山奥の地形まではそうそう変えられないはず、二代や三代の見た光景から「そこ」を探る。
何しろ正式には抹消した古墳や社のデータ、しかもそれは四百五十年以上も前、
「このあたり」という事しか出来なかった。

しばし探し回ったが見たことのある光景が近づいてきた、正確には「見た記憶」を受け継いだ場所…

そして山間の木の上へそれぞれが留まり周囲を見回し「面影」を探り当てて行く。

「その土地」に来ると二代三代やその周囲の人々の「思い」が浮かび上がってくる。
とてつもなく切なかったり、安らぎでもあり、帰って来たという感じもある。

そのうち弥生が一点へ跳びだした、二人も後を追う。

そこはもう林の中、特に手入れもされていないので原生林に戻ったと言うべきか。

夏の濃い緑の中、弥生が降りた先は緩く上り坂、もう建造物跡も何も無い。
でも何故か伝わる「帰って来た」感覚

記憶に残る鳥居の位置、一行は一礼をして記憶の中の参道を歩き、
そして記憶と現実の風景からそれを見つけた。

もう結構な老木となってしまったが今でも生きる、桜の木。
その陰にひっそりとあったのだろう墓標ももうないが、その位置は判る。

もうそこに誰の魂がある訳でも無い、何の思い残しもない。

でも何故かそこに何かがある気がして、自然と弥生の目から涙がこぼれる。

「やっとここまで来られた…」

鳥居跡の前で帽子は脱いでいたので、弥生はその額を幹に寄せ思いも深く目を伏せた。
夏の風、山を流れる少し涼しい風は優しく三人を包み込む。
歓迎されている、この土地に。

弓の、守の、摂津の、力の、芹生や稚日女とその子供や孫…茶戸、八千代、罔象、桜、そしてフィミカ様
その色々な思いがこの土地には染みついているのだ、それが呼び起こされる。

何百年経っていようとそこにあった記憶は刻まれていて、それを受け継ぐ三人。

これだ、これが八千代が受け継いだ「何か」だ。

石に刻んだ記録よりもそれらは明確に三人へと刻まれて行く。

◆AB:Part

廃屋の中に四人、そして天井近くの闇に愛宕…

一瞬空気が張り詰めたと端から本郷が思った瞬間、咲耶と裕子は詞を唱え、
常建はいつでも仕込み刀を抜く構え、そして葵は軽く構える。
…と同時に襲いかかる愛宕は先ず弥生の近縁である裕子に狙いを定めた!

『うっ!』

一度は浄化された左腕も戻っていて、真っ赤に焼けた鉄のような剣を持つ愛宕

「なるほど…愛宕…そう言う意味でしたのね」

その刃は裕子まで到達せず、柔らかく、でもしっかりとその防御領域に絡め取られていて
愛宕は抜くことも刺すことも出来ない状態!

『くそッ!』

そこへ咲耶の飛び詞と共に常建の素早い退路塞ぎ、愛宕はもう捕らえられた…!

…しかし、そこで愛宕は負傷覚悟でとにかく大きな一発を避けるべく、自らの武器を捨て、
常建の攻撃は最小限に受けつつその範囲から飛び出す!

体の幾分かを祓われつつ

『ははは…大したモンだ…!』

…と!
愛宕の胸に大きな風穴!

「ボクもいること忘れないでね」

葵がいつの間にかその背後から拳を貫かせていたのだ!

愕然とする愛宕に改めて、今度は三人が同時に攻撃を仕掛け、それは破裂するように浄化される!

「三人じゃ余る…俺にも良く判ったぜ」

常建が呟きつつ着地し、鞘に刀を収める。

「なんか…全然だったね」

「忘れてた、四人じゃ更に余る訳だな」

葵の一言に常建が苦笑しつつ答えた時!
葵の野性的な勘から直撃は避けたが素早い一振りの後、葵の左足ほぼ全てと、右足の半分ほどが凍った!

「うわっ…!」

葵は体勢を崩し倒れ込みつつも、衝撃で脚が割れないように絶妙に倒れ込みつつ

「なにこれ!」

裕子が構え直しつつ

「愛宕の次は…差し詰め氷川と言ったところでしょうか…」

「あー! 愛宕ん神さんは火ん神さん! 成る程そんな事か!」

咲耶が次に気付いた、それは軍艦でも山でも無い、象徴する物!

『気付いたか…愛宕の奴…先に十条の流れと戦ったのが徒となったようだ…』

そして仮名「氷川」はどん、と床に降り立つとその剣を床に刺す、イヤな予感が周囲に!
全員宙に跳び(葵は手で)床に物凄い冷気が行き渡ったことを視認した!

『勘もいいな…だが…!』

先ずは一人とばかりに葵に飛びかかる氷川!
しかしその間に常建が、敢えて刀を鞘に収めたまま守りに入り、葵の凍っていない部分を緊急で蹴り
外に居る本郷へ押し返した!

「ナイス! 常建!」

鞘付きで応戦していてやや冷気は抑えられている物の可成り冷たさに耐える面持ちだが、
それでも常建は本郷を見てにやっとした。

「くっそー! 油断しちゃったよ!」

「とりあえず一時退避だ! お前の触れる祓いじゃ分が悪い!」

常建と戦いながらもまだ余裕の氷川は本郷と葵の方を向き

『逃がしゃあしねぇよ!』

「速く溶かさないと!」

葵がその体の祓いを込めると凍った脚もすこしずつ溶けては行く、

少し常建の動きが寒さで鈍ってきたと思うと、氷川は祓いの飛び詞を撃つ咲耶へ!

「咲耶ァ!」

咲耶が傘を開いてその刀を受け取めた、それは武器としてではなく盾として祓いを込められており
そして更に、その表面が透明な石のようになって行く!

『!?』

「四條院は武器に祓いを込めるんは向かいない、
 やて守るためん祓いならモンを使えるってきょうび知ったん!
 ほんで…今時ん高校生馬鹿にどしたらあかんどすえ?」

傘の柄を握る咲耶は冷気を帯びていて守りもそれに準じる、

「知ってる?
 ダイヤモンドって熱伝導がたこおしてあっちゅう間に熱を奪うん、
 なんぼ魔モンやてドコまで熱奪える?
 こんまま力比べしよけ!」

熱の奪い合い!
漠然と冷気には熱気かと思っていたが成る程、熱で守るのには逆に奪われると言うことで
咄嗟に咲耶は傘に含まれる炭素の結晶構造を変えてそれを綱引きの道具にした!

『浄化の言葉を投げるだけの小娘と思っていたら…』

「うち、これでも上級んお墨付きやからね?」

『考えは悪くねぇ…、だが所詮人!』

綱引きは微妙に氷川裕利か!
そこへ裕子が掛かってくると、氷川は片手を離し裕子の腕を受け止める、
裕子も冷気を帯びていた、強烈な冷気を!

「咲耶さん…」

「判ってる!」

裕子と咲耶はそれぞれの片手から熱を放出しだした、流石に二手に綱引きをするのは…

『くそ…退かなくては…!』

しかし、踏ん張っても踏ん張っても体が重い!

裕子も咲耶もポースは固定、微動だにせず淡々と氷川の熱を奪う。

「この世に例え魔だとて基本原則である絶対零度は超えられないはず…
 いえ、絶対零度に到達すら不可能なはず…技の名前としてそれがあったとして、
 それには可成りの力を要する筈です、絶対零度の世界で動けたとして、
 それには可成りの力を要する筈です」

氷結に対して氷結では無く、どちらが寄り熱を奪えるか…これは氷結属性の魔物が良く持つ
氷結吸収ともまた違う駆け引き、何しろ冷気をぶつけているのでは無くむしろそれを奪いに掛かっている

「そういう事なら俺も手伝うか」

常建も全身に冷気を纏い、刀を氷川のすぐ側に突き立て地面の熱を奪い、背面からその熱を逃がす、
その速度たるや直接触れている訳でもないのに咲耶や裕子より強い!

『うわぁああああああ! やめてくれぇえ え え  ぇ』

氷川が凍った…!
その一瞬、三人がそれぞれ触れる祓いと常建は下方向彼の回し蹴りで氷川を打つ!
まさに氷が割れるように、粉々に散り浄化して行く!

「ふぅ、あ〜〜〜〜寒いって言うか戻ってくる熱で暑い!」

咲耶が急速に戻る熱で一気に汗を拭きだし、裕子も常建もそれは例外では無く

「そうですわね…朝お風呂に入ったばかりだというのに、もう一度入らなくては…」

「まぁ、いい運動には…」

と言った時、常建に強烈な空気の衝撃と共に、それに踏ん張ろうと固まった一瞬!
何とか首だけを逸らす物の、真横一文字に常建の顔に刃物が横切り、そして
突いてきた刃物で念入りにその両目が潰される!

「常建!」


第二幕  閉


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