L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:Eighteen

第三幕



裕子や咲耶にもそれぞれ空気そのものの圧力が正面から重くのしかかるような衝撃が走り、
どうしても先ずは踏ん張ってしまう、裕子の腕を攫おうと言う刃を、守りの祓いを帯びた
裕子の右腕をほぼ両断し掛かったところで食い止められ、咲耶へは攻撃が及ばなかった!

しかし更なる相手は深追いせず、早々に武器を捨てつつ、再び衝撃で今度は二人を壁に叩き付けた、
その時に裕子の腕から浄化されつつ落ちる刃と衝撃で右腕は遠く飛ばされてしまう!

その姿…まるで闘牛士のよう、ここまで和風に来たのに、なにかもどかしさを感じつつも

「魔人マタドール…」

裕子が痛みと出血の対応をしつつも相手に問うように確認すると

『マタドールは下敷きになっています、ですがね…』

マタドールは頭が骸骨なのだが…顔の上半分だけは筋があり皮膚があり、目もある…!

『私の名は…竜田としましょう』

「なるほど…風神ですわね…」

『元より三人で掛かれば速いというのに、愛宕も氷川も自己顕示意欲が強くて行けません…
 こう言うことは和ですよね…?』

「…確かに…一度に掛かられたら可成り苦戦したでしょうね…わたくし達はまだまだです
 常建さんがせっかく相手が複数の可能性を示唆してくれておりましたのに」

見えないなりに音から気配を探りつつ常建が

「なぁに、まだ負けた訳じゃないからな」

『勝つ気でいらっしゃる! なんと勇ましい!』

竜田は挑発に乗せられることなく、壁に叩き付けられ呼吸を整えてはいる物の
まだダメージとしては極浅い咲耶に狙いを付け飛びかかる!

しかし、そこは辛くも咲耶の傘が速くその剣が及ぶより先に守りに入ったので竜田は
それならばと素早く裕子に目標を切り替え今度は飛びかかりつつ衝撃で裕子を固定し
剣を突き立てるが一瞬速く動いた脚で裕子は脚を貫通はされる物の心臓などの
大事な部分は守り切って、剣を且つ貫通させた脚は捨てる覚悟でもう片方の脚による祓いの攻撃!

しかしそれも竜田の右手にそれこそ闘牛士の持つ赤い布により、衝撃の発生と共に受け止められ、
貫通された脚を三つほどにバラバラにされながら壁の別の面に叩き付けられる!

そこへ…!

物凄い低い位置から切り上げる形で常建が斬り込んできてマタドールは一瞬躱すのが遅れて
右腕を落とされつつ、距離を取る!

『見えないなりに音で位置を掴んでいますね…?
 壁際はいけない…距離を取りましょうか』

「くそ…へへ…まぁ口ぶりからしてもバカじゃなさそうだし小癪なのはしょうがねぇか」

劣勢にもかかわらず、常建はどこか充実した感じで言った。
外から葵が思わず

「おねーさん! 常建さん! 咲耶さん!」

『五月蠅いですよ』

屋内に居たはずの竜田が一瞬で葵に間合いを詰めまた衝撃からの突き斬りを仕掛ける!
そこへ本郷がほぼ反射的に引き金を何度か引くのだが、衝撃の範囲を広げ銃弾をも
その力で跳ね返し、本郷に逆に襲いかかる形で本郷ごと車の後部に叩き付けた!
だが、それはそれで隙!
次の瞬間には衝撃をも突き破る勢いの葵の手刀が竜田の眼前に!

…竜田の被っていた帽子だけが祓われ、竜田は矢張り屋内までほぼ無傷で退避したようだ!

『恐ろしい子です、氷川の攻撃がまだ治りきっていないことが救いでした…
 その脚がまともに動かせるようになるまで何分でしょうか…二分? …三分?
 それまでにこの三人を先ずは仕留めましょう』

「くっそー!」

葵は悔しがりつつも、本郷が次の瞬間に気になりそちらへ目をやると、割れた後部の硝子から
イテテと起き上がるのを確認する、怪我はしているが、体に何発か被弾した跡から血が出ていない

「集中しろよぉ、かわいい、万が一ってね防弾チョッキくらいの防御は入れておいて良かったぜ」

「本郷さん! わかった!」

じわじわと機能を取り戻して行く葵の脚だがまだ戦えるほどには解凍・修復に至らない。
余り手足に集中して深いダメージを受けた経験がないので、祓いによる回復も余り上手くない、

「みんな! とにかく頑張って、今…もう少しで…助けに行くから!」

『ハッハッハ…』

そこへ咲耶の投網状の祓いが覆う、

「余所見はあかんどすえ!
 いかに空気を操っても、祓いは空気に関係へんからね!」

着弾の一瞬、一点、竜田は僅かな一点から物凄い勢いで飛び出しつつ、
斬られ浄化した右腕と共に防御の赤い布も再生した…!

『元気な祓いを一人でも残しておくのは矢張り危険…先ずは動きを削がなくては…』

また一瞬で詰め寄り、衝撃を食らわそうとするも、咲耶の傘がをれを受け止めた上で
その勢いごと竜田を押し返した!

「なめたらあかんどすえ! おんなじ技を何度も使うんは、馬鹿んしはること!」

『そうですか…!』

それではと物凄い勢いで何度も突きに来る竜田!
咲耶の傘は最初の幾つかは完璧に受け止められたが、剣が貫通した! と思うと
今度は衝撃を併用してとにかく多角的に咲耶を攻め、咲耶の足場を崩そうとした!

そんな時…!

一瞬、ホンの一瞬の間、常建の刀が正確に竜田の足首を片方落とし、浄化させる!

天井に張り付き、警戒したように常建を眺めつつ、とりあえず急速に落とされた足首を再生させる竜田
そこへ矢が飛んできて躱しても追ってくる!
青い光のその矢…祓いの矢だ!

竜田は何とか赤い布を犠牲にすることで祓いの矢を帳消しにして少し離れた三人を見る、

「済まねぇな、咲耶…まだ他にも居るかもしれねぇから探ってたら加勢が遅れちまった」

そこへ裕子も

「ええ…三人のように思わせ次も…またその次も…と言うこともあり得ますからね…」

常建の眼は潰されていたが、それはしっかりと竜田を追っていた、
裕子の手足は切られたが、そこには欠損した手足の代わりに青い祓いの手足…そして祓いの弓と矢、

「祓いの目と祓いの四肢…! そうか!」

咲耶も詞を込め、常建と裕子の間に立つ

「ホントに、何とか三人纏めて掛かってきていれば俺達をどん底まで追い詰められたろうが」

「説得出来なかった貴方の負けですわ」

『それは私を倒してから言ってくれませんか』

また物凄い早さで咲耶に飛びかかり、衝撃と共に吹き飛ばしつつその身を剣が貫く!

『ははは! 先ずは一人!』

…と竜田の下半分の骸骨が骨をゆがめてにやりとした時、その心臓を貫いたはずの咲耶の両手が
竜田の左腕を掴む!

「なめたらあかんかて言わはったでしょ、あんさんん剣…確かにちょいは刺さったやけど、よう見てよ」

剣が後ろまで貫通していない、体の中へ刺さっていった分だけ浄化されている!

「祓いん四肢でなく祓いん体…ビデオん弥生はん見てそん応用…!」

そこへ裕子が冷たい眼で

「そう、祓いの体は肉体の中に潜ませることも出来る、そうすることで
 怪我の回復も、通過する攻撃の浄化も、両方出来ますのよ!」

裕子の矢が射られ、そしてそれはまたも追尾してくる!
物凄い勢いで竜田はそれを避けつつ、また赤い布を犠牲にそれを回避しようとした時!
その右肩根元を背後から両断する常建の赤い祓いを帯びた刀が一閃、右腕と赤い布はその時点で浄化され
そして裕子の祓いの矢が頭部に刺さり、頭の半分を浄化し竜田は愕然と三人を見つめた

その一瞬、竜田の体が大きな力によって上下に分かれ浄化して行く!

「二分二十四秒! ボクを忘れて貰っちゃ困るよ!」

圧倒的なその祓いのパワーに散って行く竜田。
葵はそれを壁にへばりつきながら見届け、降りて直ぐ裕子の手足を回収し、
まだ戦闘体勢を解いていない裕子の該当場所にはめ込むように置いて行くと、それらがくっついて行く。

「おねーさん、見た目の傷も治さないとダメだよ? おねーさんの肌綺麗なんだから」

裕子はそこで戦闘体勢を解き、祓いの四肢だけは継続しつつ、斬られていない左腕で
微笑みながら葵をナデナデして

「判っておりますよ、叔母様ほど豪快ではありませんし、幸いどのデビルマンも
 鋭利な刃物の魔でしたから、綺麗にくっつくと思います」

咲耶の治療を受けながら常建が

「ま…結果的には動画見ておいて良かったな、通用するのはこれ一回きりかも知れないが」

「一人目から見せないでおいて、そして最後の一人と確認してからになりましたが、
 まぁ、どこかで見られはしているのでしょう、構いません、
 向こうがそれを研究するのなら、わたくしはそれより一手先を読んでいればいいだけ…」

「簡単なようで、そん一手先がえらいやね…精進せんと」

「出来ますわよ、私達なら」

「ああ、また一つ先に進んだ気がする…あ、咲耶…傷…少し残してくれないかな
 俺の場合は戒めの意味でね」

「そう…? まー常建がそない望むなら」

そこへ出入り口から本郷が入ってきて

「おーい、終わったか?」

「終わりましたよ、本郷さん、今本郷さんも治しますね」

「頼まれてくれるか? 折れちゃ居ねぇようだが結構な衝撃だったわ」

廃屋の中でそれぞれがそれぞれの資料を進める中…ぱらぱらっと天井から砂利のような…
本郷が気付き

「おいおいおい! あいつらか? それとも誰かさんか? 余計な置き土産を!」

あっという間に建物は内側に向けて崩れ皆が下敷きに!

…本郷が気付くと咲耶がドーム状に祓いの守りを展開していて、そして裕子が
範囲型結界で破片や煙が散ることを防いでいた。

葵はあっけらかんと

「油断ならない奴らだね!」

常建は目を開きつつ

「ま、こういう足掻きも戦いの一つだから最後まで気は緩めないことだな」

「うん!」

上に覆い被さるような瓦礫を祓いで砕き、それを下に回しながら全員が瓦礫を登り外に出る頃には
裕子と咲耶の二人で風を操り埃や煙を上へ上へ舞い上げていった。

瓦礫の上に立って本郷が

「…これで廃屋全体を警備していた理由も立つ、せいぜいこれも利用して火消しするさ」

「転んでもただでは起きへん、基本やね!」

また一つ強くなったような三人、そして一つ経験を重ねた葵に本郷が苦笑いで

「お疲れさん、署に戻るついでに送ってくからよ、ついでにどっかファミレスででも飯食おうや」

「あ、それなんやけど、によしのサッポロに行きたい!
 弥生はんがかつて修業時代に世話にならはったって!」

「あーいいねぇ〜〜ボクもああいう余り何も考えないの食べたいなぁ」

「いいですわねぇ♪」

そこへ常建が恐る恐る

「でも…餃子にカレーってホントに美味いのか?」

葵がきょとんとして

「京都には無いの?」

「全国的に余りないと思う、ちょっと調べたけど今じゃそれ北海道でも札幌限定らしいじゃないか」

「えー、美味しいけどなぁ、ちゃんと餃子に合うようなルーになっているし」

「そうなのかぁ? うーん」

本郷はいよいよ苦笑いで皆をすっかり後部座席側がやや凹んだ車に案内しながら

「まぁまぁ、餃子定食とかカレーのみとかも出来るからよ、行こうぜ、かわいいは
 食ったばかりだが祓いでまた腹減っただろ」

「うん! あ、そういえば弥生さんももう流石に動いてるよね…今日のいつ帰るんだろ」

と言って葵がスマホを取り出し弥生に電話を掛ける。

◆C:Part

「…ああ、葵クン、仕事終わったの? …そう、よし、皆良くやったわ」

『…弥生さんちょっと泣いてる?』

「これが泣かずに居られますかって、今居るのよ、桜の前に」

『あの桜か…そうか、それもあるモンね、いいなぁ』

「つい二ヶ月前まで自分の持つ刀の出自すら知らなかったのにも恥じ入るわ…
 でも、それも巡り合わせなんでしょうね…で、今二人と枝選別して挿し木にしてるトコなのよ」

『うん、大切に持ってきてね』

「判ってる、絶対大きく育てて美しい花を咲かせてみせるわ」

皆と食事に行って帰るという葵と少し会話をしつつ、電話を切る弥生。

「人の一生…あるいは祓いの一生など更にひとときの物ですが…それらを見て後世に伝えて欲しいですね」

「ああ」

皐月も御奈加も思い入れたっぷりに挿し木を祓いで馴染ませくっつけている。

粗方の作業が終わり、三人が立って葉桜を見上げる。
力強く、でもどこか嫋やかに、それでいて生命力溢れるその桜、厳密な種類など判らないし
そこまで調べようとは思わない、ただそれは三家にとって何にも代えられない象徴のようなもの。

「これを機会に、天野にも本家置くかなぁ、振り返るべき物が沢山あるこの現代、
 前だけ向いていた天野も、少し振り返りが必要だと感じるわ
 …ま、勿論一存で決められる事じゃないけどさ」

「今天野で本家を担えるのって御奈加さんでは?」

「うーん…実力と言うよりは何か広く世の中を見回せるような奴になって欲しいなぁ
 欲を言えば…弟なんかはもう十年もすれば適任かなと思うんだけど」

御奈加と皐月の会話に弥生が

「ああ…いいでしょうね、十条も本家なんて祓いでも何でもない訳だし」

「そうなんだよな…あ、本家の名前も出たし京都向かうか、カラビト祓いとか
 二代三代の話は十条本家にも行っている、アポなんてなくたって
 追い出されやしないだろう」

弥生はそこでシケたツラでケータイを取り出し

「ま、そーも行かないから電話はしとかないとね」



十条本家は今となっては隠れ財閥の総元締めと言ったところで確かに祓いではないが
社会的には大変に強いところである。
やや緊張しないでもない、でもそんな雰囲気は極力見せずに対面を済ませ、
初代や二代に纏わる追加資料、五代弥生の幼少の頃の記録などを追加で受け取った。

「それで…稜威雌についてお願いがあります」

「…何か?」

現当主、十条弥栄(やさか)、もう老年であるが鋭い眼光、若い頃から可成りのやり手で
その名の如く戦後くたびれていた十条で連絡の付く、連携の出来る分家と連携を取り直し
現在の十条、及び奈良以外の祓いを立て直した張本人でもある。

基本的に厳しい人格なのだが普通に愛情深い人物でもあり、同じ字を一字持つ弥生のことは
気に入っていたようである。
短い言葉だが、静かに聞き入る構えで弥生に問うた。

「どうも…祓いの流れが北海道傍系にある事…あとは…稜威雌を祀る神社も作りましたので…
 できれば…もし何かがあって無主に還るのだとしても…神社の本尊として
 こちらで管理させて戴けませんか」

弥栄は少し表情を変えて考え

「それは…お前の死んだ後、と言うことでいいのか?」

「はい」

「管理は向こうの十条が?」

「私の祓いを継ぐ者達が、力の有無は別にして」

「ほう…今…祓いで何人育てているのかね?」

「二人を頭に八人、それ以外にも奈良より四條院系が三人」

「はっは…頑張っているようで、何よりだね、うん、いいんじゃないかな。
 ここにあったってここから生まれるとも限らない訳だしね
 流れが北海道にある、というのなら、それがいいんだろう、そうしなさい」

弥生が頭を下げ礼を示す

「時に…」

弥生が頭を上げ

「なんでしょう?」

「あの…ハーフというのかな、あの子とは?」

弥生が苦笑した、かつて高校生の頃一度訪問した時に亜美も一緒だったのだが

「一緒には暮らせませんが、今でも仲良くやっていますよ、
 気にしてたんですか、「混血」と言ってしまったこと」

弥栄は決まり悪そうに

「他に言い方を知らなくて…心に引っかかることを言ってしまったと気になっていてね…」

「でもそれはどう言う言い方であれ彼女に一生ついて回ることです、
 確かに気にしていないと言えば嘘になりますが、彼女はその思いで国語教師になっていますよ」

「そうか…、まぁ次に会う時にでも、傷付けるための言葉ではなかったと謝っておいてくれないか」

弥生は少し笑いを噛みしめて

「「そんなには気にしてない」と言いますよ、彼女なら、どうあっても変えられない事実ですから
 でも悔しいだけで教師になったのでもなく、自分の体に流れる半分の血に誇りを人より
 持つためでもあるんですよ、そう言う意味では当主の言葉も一助であったと」

弥栄は締まらない表情で

「言葉は難儀だなぁ、全く」

「人の作った物です、時代にもよりけりで如何したって至り尽くせない物ですよ、
 増して心の内を表明するなど」

「いや、然りご尤も…他の二人は待たせておいていいのかい?」

「当主もまだ完全引退した訳ではないですし時間が取れるかも判らないですからね」

「出来れば手合わせなど見たかったのだけど、ダメかね?」

「御奈加…天野御奈加とは勘弁願えますか」

「それは…どう言う意味で?」

「ここ滅茶滅茶になりますよ?」

驚きというか呆れたというか、そういう表情で弥栄が

「それは困るな」

「私も彼女もちょっと戦いになるとそれを楽しむ傾向があって…
 しかも大体お互い似たような力量っぽくて…これはもう周りなんて見えなくなって
 暴れ回るとしか思えないんですよね」

「八重が…稜威雌初代の祓いがそのような性格だったらしいね…いやはや」

「そういう訳でして…手合わせするとしても普通の…でも師範級とかだと
 その人のプライドまで投げ飛ばす可能性が…」

「それも困るな…」

「ああ…もしなんでしたら」

弥生は挨拶の際もしかしたらと思い持ち込んできていたノートPCを立ち上げ差し出し

「差し上げますよ、この…ええと…これを二回つつけばとりあえず
 三家揃った祓いの戦いは見られますよ」

「見せてくれるかな、良く判らなくてね」

弥生がファイルをダブルクリックして全画面でその動画を見せる。

「依頼側の方で録画して居まして…、ではご覧になっていてください」

「うん」



「お待たせ」

応接室でぼんやり過ごしていた御奈加と皐月が弥生に気付き

「あ、おう…いやぁ…変な感じだよ。
 建て替えられる前の十条本家の何もかもが判る…その手触りやら居心地やら
 何処に稜威雌があったとか何もかも…」

「ええ…そういえば…守弓桜…そしてあの土地から記憶を受け継いだ時にですね…
 お目に掛かったことの無い方の記憶もあったんですよ」

「ああ…あった、服装からしても暮らしぶりからしても江戸や明治じゃないんだよな」

弥生がそれに

「恐らく初代の記憶なんでしょうね、
 そう多くはなかったのはやはり特別な場所という程ではなかったからなのか」

「なぁ…、弥生はどうやら初代は最後の楽しみにとっておいているようだけどさ、
 またあの子…丘野だっけ、あの子の語りで聞かせてくれないかな」

「同じく…」

御奈加の提案に皐月も乗った。

「うん…、楽しみにしていたというか…」

弥生はその手に握っていた稜威雌を目線の高さに持ってきて

「彼女にとっては辛い記憶でもあるから、それもあって最後に回していたのよね」

そこへ皐月が

「そう言えば…初代様と結ばれていたのでしたね」

「でもさ…今は弥生がその思いをかっさらって居るんだろ、弥生が付いてるんなら
 慰めは出来ると思うんだよな」

「かっさらったって言うか…うん、あの状況はかっさらったと言うべきか…」

「弥生はホント、乱れてるんだけど乱れ方に何て言うか巡り合わせがあるみたいでさ
 そこら辺も何か培ってきた物なのかなぁ」

「そこはなんとも…でも歴代の話を聞く度に…何て言うか好みは網羅しているというか…ええ」

自分から言い出す分には強気だが誰かから言われるとばつが悪くなるらしい、
そんな弥生に二人は微笑みつつ。

「お聞かせください、遙か七百数十年…稜威雌様が作られ宿るに至った経緯を」

「言われちゃう抑えてた知りたい欲求が一気に来るな…今日は木曜で…
 明日色々持ちかけて…予定は土曜辺りでどうかな?」

「ああ、予定は予定としてなら承知した、お互いどうなるかは判らないからな、受け身だし」

「そうなのよね…」

と、少しお茶で時間を過ごしていた後、離れた部屋で大きな手打が鳴る。

「ああ…w 今倒したんだなw」

御奈加が言うと弥生も皐月も苦笑する。
奈良でのあの騒ぎを思い出したのだ。

そこへお茶の代わりを注(つ)ぎに来た使用人に弥生が

「ああ…ここブルーレイ見られる設備ある?」

品の良い中年男性の使用人が頷き

「御座いますよ、御用向きですか?」

「いえ、これ…」

荷物から奈良で余分に焼いたBD-Rを差し出し

「今当主が見ているものと同じ映像が入っているから、また見たいという時にこれを宜しく」

「判りました…このままでは内容が分かりかねますので、何か目印お願い出来ますか?」

三人は顔を見合わせ、弥生が自分の名前をサインペンで書く、
なるほど、と皐月も御奈加もペンをそれぞれに回して自分の名前を自分で書いていった。

「これで判ると思う」

「判りました」

そんな時、廊下の向こうからノートPCと共に当主がやって来て

「おお、いや、君たちは凄い! 素晴らしい! どんなになっても諦めずやり遂げる
 痛くは無かったのかね、諦めそうにはならなかったのかね」

決まり切った答えになるが

「痛みに屈したらそこで終わりなんですよ、私達は、何か言いたいことがあっても
 先ずは勝ってから、先ずは安全を確保してから、そういう事になります」

弥生の言葉に弥栄は大変に感激して

「いやぁ…十条から祓いが出づらくなって幾星霜…やっと恵まれた君、そして
 二家の君たちも、本当に良くやってくれている、有り難う、これからも、宜しく頼むよ」

流石に当主ともなると祓いの価値をよく知っていて力量の程なども俯瞰ながら掴んでいる。
今この時代に同程度の強力な三人が揃ったことの意味を深く痛感したようだった。

「京都には弟の常建が居ますんで、これから先、京都も安泰だと思いますよ」

御奈加が言うと、弥栄はまた満足そうに頷き、三人に握手を求めた。



そんなこんなで京都土産やら大阪土産やらをまた大量に抱えて弥生が札幌へ帰る。
勿論写真の追加や別れる前には固い握手や抱擁も忘れず、ホンの数日の付き合いなのに、
本当に心から古くからの友人のようにお互いが感じられた。



弥生が窓から帰ってきた時、応接室に居た全員が凍った。

「? 如何したの」

「あの女医さんが言ったこと、今なら判る、心臓に悪いというか…」

常建が代表するように言う。

「あー…、飛んで行ったからには飛んで帰って来ての…玄関とそう変わらない感覚なんだけど…ダメ?」

「いや…、ビックリするってだけで、ダメって訳じゃ…」

「まー、勘弁して、この荷物だもの、あんま歩きたくなくてね」

そこで葵が飛び出していって弥生に抱きつき、弥生が二回転くらい葵をぶら下げて回ると荷物を置いて

「京都組には退屈かもだけど、これ奈良と京都と大阪のお土産ね、
 こっちは東京のお土産…んでこれが本家から追加で掘り出してきた資料、
 初代二代と先代の稜威雌を受け継ぐまでくらい」

丘野が驚いた

「まだ資料が眠っていたんですか!?」

「裕子があらかじめ行くって言ったって十日前とかだし、相手は百年から七百年前の資料だからねぇ」

七百年、祓いの歴史だけならその三倍以上の月日が重ねられているし、
万葉仮名が形成されつつある頃には四條院本家が大きく記録はしていた物の、
一人に焦点を当て、更に言えば「稜威雌」という武器を中心に語り継がれた…となると
七百年でも相当な年月であった、素性が明らかな刀を今でも受け継いでいるのだから。

「そしてこれが…」

葉桜の苗木…その場に居た全員が釘付けになる。

「今日はもう陽が落ちてきてるし、明日、これを植えるわ」

弥生にべったりになった葵が元気よく顔を上げて

「あ、そう言えば弥生さんが飛行機に乗っている辺りで先生から電話来てたよ」

葵の頭を撫でながら

「んー? 亜美も仕事でしょうに、どうしたのかしらね、まぁそれも連絡しましょう
 …それよりご飯ある? お昼も急ぎ急ぎだったから中々お腹空いててさぁ」

「用意してありますわよ、叔母様、お疲れ様でした」

「貴女達も大きな仕事一つ終えたようで、嬉しいわ」

特例で二カ所に三家が揃うというイレギュラーではあるが、それぞれの身の程や成長にも寄与した、
そして何よりずっと一匹狼だった弥生にやっと「仲間」が居たことを確認出来た出張だった。


第三幕  閉


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