L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:Eighteen point five

第一幕


「ねぇ…弥生ぃ…」

「うん? も一回行く?」

いつものラブホテル、また四半日ほど存分に愛し合ってひと息ついたベッドの上。

「違うよ〜、最後に海に行ったのいつだっけ」

「ん〜、高校の頃だっけ、私はそれが最後、仕事で寄ったりはしたけど
 海水浴とかだと亜美やあの時は秋葉居なかったかな、何人かで行ったのが最後かな」

「ワタシもそれが最後なんだ、うん…何か最近ちょっと行きたいなと思ってさ」

「高校二年の頃だっけ…高三で一応受験やら、私は新橋が担当から外れたこととかで
 その後はもう大学に入ったら入ったで将来に向けて色々動き出して、
 卒業した後はお互い先ずは安定って感じで…ほんの一日の外出なのになんでか
 行くのにはちょっと気力が必要なレジャーよね」

「なぁんか、結構順調だし、弥生も順調みたいだし、今かなぁと思ったんだよね」

「今夜にはユキも帰るんだっけ」

「うん、十日ぶり、今日はユキもクタクタだろうから…うん、結構ワタシも溜まっててw」

弥生は亜美を抱きしめてその額に軽くキスをしながら

「そうね…後ユキに言われていた映像記録の件…そっちもちょっと試してみたいのよねぇ」

「明日じゃ急すぎるかな?」

「急だけど…でも明後日には京都組も帰るのよね…やっぱり当初の一週間以上は休ませられない
 って向こうでも言われちゃったし」

「うん、そうしようよ、土曜夜には初代さんのお話も聞かせて貰えるみたいだし」

「ギュウギュウ詰めだけど、確かにこれを逃したら来年どうなるかまで予想付かないしなぁ」

弥生が煙草に火を付けて、亜美の煙草に先をくっつけることで火を移して二人で一服しながら

「ワタシとしてはさ、来年もこうあるだろうって思いたいんだけどね
 でもそうして「もしも」があったら悔やんでも悔やみきれない」

「うん、大抵の奴に負ける気は無いけど、私だっていつかは…だしね」

亜美が弥生の背中に抱きつきながら

「寂しいこと言わないでよ〜、べつにそこまで言わなくてもお互いに行事が入ったりとか
 順調に流れたなら流れたなりの新しい展開もあるだろうかってそう言う意味だし」

「それも尤も、じゃあ…裕子に電話掛けるかなぁ」

「私はユキね♪」



時計の針を金曜午前…弥生が亜美とラブホテルにしけ込む前まで戻そう。

木曜夜に亜美へ電話を掛けた後、金曜の朝に亜美がやってきた。

余りの南米系ナイスバディに京都組は面食らい、そして弥生との様子に見て取れる
「一番の親友にして古くからの愛人」ぷり、透き通るように鋭い弥生にパッション系ゴージャス美人
凄い組み合わせだなぁ…と思わせ、そして揃える人が揃った頃に桜の苗木は神社の将来の神木として
一番日当たりの良い場所に弥生が植えた。

この時あやめも来ていてやっぱり思い入れの強いこの桜に関しては
「絶対高く綺麗に育てましょう!」と力んだ。

この日、高校三家+葵は当別町から石狩市は浜益の方まで「飛んで」行きたいと言ったので
(空を蹴るのにはまだもう少し修行が必要なようだ)
四人で出掛けていて、丘野は土曜に向けて資料を整理し始めて居た。
弥生と亜美も少し資料の整理には協力したのだが、
そんな時に亜美の溜まりに溜まった欲求が…となり午前九時過ぎ辺りから…と言う流れだった。

「明日銭函まで泳ぎに行かない?」

突然の海へのお誘いだが、京都組にとっても、裕子にとっても葵にとっても
確かに来年またこんな事があるとは限らない、水着は弥生の予算を使っても良いと言うことで
裕子から更に、葵から更に、と言うカタチでどんどん参加者も増える。

そして更に

「あやめ、明日海行かない? あ、参加者物凄い数になると思う(と、おおよその参加者を連ねる)」

『それはその、仕事とか修行とかではなくてです?』

「ええ、手が空くようなら本郷や新入りや秋葉誘ってもいいしさ」

少し間が開いて向こうの声が聞こえる

『いやいや、俺はいいよ、金沢もあれだぜ? 夜勤だぜ?
 確かに一回会わせたいけど、今回はちょっと急すぎるだろ、なぁ』

『というかその…富士警部補から聞く限り男女比がおかしいんですけど…そのぉ…』

そこへ弥生が少し大きめの声で

「気にしなくてもいいのよ、私も亜美も裕子も葵クンも好奇の目で見られるのなんて慣れっこだしさ」

そこへあやめが金沢に電話を渡したのだろう。

『いえ、あのですね、減る減らないの問題ではなくてですね…僕の方が耐えられそうになくてですね』

「あはは、まぁ…(亜美を見ながら)目のやり場には確実に困るでしょうねぇw
 ああ、私が十条弥生、とりあえず声だけ、宜しくね」

『金沢八景(やつかげ)巡査部長です、祓いの世界という物もまだ良く判っていませんので、
 出来れば初歩的な仕事の時にでも…と思います、はい』

「まぁ、そうね、狙ってそんな機会が訪れるわけでもないけれど、機会は伺いましょ
 ではあやめに替わってくれる?」

『行っていいって本郷さんに言われちゃいましたよw 海なんて何年ぶりかなぁ』

「やっぱ皆そうよねぇ、学生の頃ならまだしも」

『んー人それぞれな部分はあるんでしょうけど、これも巡り合わせなんでしょうかねぇ…w』

「とりあえずさ、水着何とかしてね、ああ、もし何なら私や亜美の馴染み行く?
 服メインだけど水着も取り扱ってたはず」

『あー…そうですねぇ…w』

「じゃあ…これから家に一旦戻って丘野とか誘える子達で水着必要な子と回るから落ち合う?」

『いや、流石に今すぐとは…w』

いいから行ってこいよ、という本郷の声がする。

『なんかその…、流石に心苦しいですが…では…w』

電話の奥から本郷が

『そうだ、祓いのなんたるかとか色々教えたり顔合わせもゆっくり出来るだろうから
 土曜夜の初代話の時に全員で押しかけるわ』

「ああ、そうね、それはいいかも…でも流石のウチでも物凄い人口密度になりそう」

『いいじゃねぇか、何を今更だよ』

「判ったわよ、じゃあ、あやめ今日明日借りるわね」

電話を終えて

「と言うわけで亜美、善は急げ」

「うん♪」



あやめと合流し、弥生や亜美御用達の服屋に赴いていると、裕子や葵もそこを利用している事から
図らずもほぼ全員合流、何故御用達かと言えばそれは勿論体型が関係する。

「このお店いいですねぇ、私もここひいきにしようかな」

矢張りちょっと規格外な体型のあやめも感嘆して水着だけでなくアレコレと服を調達している。
客層としてはニッチでもそういう人が居る限り絶対にゼロにはならない、
そういう商売をして居るこの服屋にしてみれば今回の思いつきは弥生の縁で幾人かを
顧客ゲット出来たわけで、Win-Winである。
勿論普通のサイズもある、京都組としては…というか常建はここに来て参加者の大半女である
と言う現状に何か気まずさを感じてしまった。

「いかん…! 北海道の海水浴場とか思ったより暑いこととかで二つ返事だったけど…!」

「なに? ふーん、どなたかに気があるとか?」

咲耶がちょっと妬いた感じで言うモノの、可成り脂汗たっぷりの力説で常建が必死に

「気の有無じゃねぇ! 確実に、確実に目のやり場には困るだろうが!
 いくら弥生さんが気にしないったってさぁー!」

「まぁ、そらそやね…確かに」

弥生・亜美・裕子・葵、この辺りはもうスペシャルに、
あやめ・丘野辺りがその次に、とは言え標準以上には凸だろうという蓬、光月や子くらいだろうか
知っている中で標準の範囲内というのは。
更に葵のクラスメートも来ると言うし、判っている男の参加者は常建の他は
中学生の男子二人組、ちょっと不明なのが蓬の弟と子の弟である。
子の兄、地黄は開店準備の手伝いと言うことで「残念だけど」となっていたので、
最高でも五人、しかも常建が一番上となる。

「アレやわ、中学生引率んつもりで手綱引くしか?」

「五人に増えてくれー、かえって怖ーよ…」

何か必死に祈るようになっている常建にやっぱりこう、男女比がおかしい事は
逆のプレッシャーかな、と思い全員苦笑した。

そんな時、弥生に電話が

「ん? 檜上某より…か、もしもし」

全員に買い物は続けて、と手で指示をしつつ、弥生は店外へ。
玄蒼市から何の用事だろう…海に行くことになったというのに…と思いつつ会計をそれぞれ…

「ちょ…っ! 何ですって! いえ、今買い出しで…ちょっと待っていてくださる!?」

店外から弥生の物凄く興奮した声、緊張した声ではないので何かの危機と言う訳ではなさそうだが…
弥生が店内に戻ってきて皆に

「四代の資料を今からこっちに送りたいって…、受け渡し場所は稜威雌神社…!
 ちょっと私先に戻ってるわ!」

と言って、車のキーをあやめに渡した。
声を掛けてもう少し詳しい情報を…と皆が思ったが、弥生はあっという間に店外から跳んだらしい。

「えー…私の車どうしよう」

あやめがちょっと困っていると亜美が苦笑しつつ

「ワタシの車弥生の所に置いてきてるから、ワタシが弥生のに乗るわ、貴女も大変ねw」

「緊急事態でも仕事絡みならまぁアリなんですけどねぇ」

あやめが苦笑しながら亜美にキーを渡すと

「何か緊急事態になったら頼るのは貴女って図式になってるみたいねw」

「信頼されるのはいいんですけど、流石に時と場合は読んで欲しいですよ…w」

「弥生は冷静なイメージでも思いつきで結構熱く直感で動くから、これからも大変よ?」

「そのギャップは仕事でならいいんですけどねぇ…w」

しかしこの場で興奮したのは弥生だけではなかった、

「ああ! 私も飛ぶ言葉が使えたら!」

丘野だった、稜威雌持ちに纏わる資料でぽっかり開いた穴、四代宵。
まだ話を聞いていない初代のこともある程度知っている彼女だからこそ興奮した。

そこへ裕子が「どうどう」と丘野をなだめつつ

「話に聞く限り可成りの量があるはずです、稜威雌神社で受け渡しと言うことは…
 一時的に魔界大使館からこちらへ空間を繋げて…という方法でしょう、
 コンテナやプレファブによる一度の運搬ではないはず、
 興味のある方は速く会計を済ませてなるべく早く戻りましょう」

冷静に場を仕切って運転組に「宜しくお願い致しますね?」と微笑みかけた。
なにか妙に裕子が頼れる感じに。
特にあやめにとっては「眠り虫」っぽい裕子が、あの寝起きの悪い裕子が
頼もしいと言うことで何かちょっと感動してしまった。



気になったので店で落ち合った全員が稜威雌神社に押しかけるカタチとなった。
マンションの駐車場に車を止めて神社に駆けつける全員。

稜威雌神社境内、拝殿が魔界大使館との出入り口になっているらしく、
弥生が一人渡される段ボールの受け渡しに奔走していた。
既に境内には結構な段ボールが…

「うっわ、なにこれ!」

葵が思わず声を上げると、空間の向こうから

「うん? 誰か来たんですかぁ?」

軽妙な感じの男性の声がして、弥生が

「ええ…客を含めて結構な数が…、段ボールあとどのくらい? 繋いでいられるのはあとどのくらい?」

「そっスねー、檜上さーん」

少し間が開いて、弥生が流石に額に汗し、上着も帽子も脱いでいた弥生が額の汗を拭った。

「皆速かったわね、流石に結構な作業だわ、これは」

丘野がちょっと愕然としながら

「これ…全部書物なんですか?」

「らしいわ、もうどんな小さな記録も全部寄越すみたい」

「情報の取捨選択が…」

「これに関しては必要でしょうね…流石のアイツも現実の輸送を諦めるような量なんだから」

と、そこへ向こうから

「十条さーん、あと十五分ほど、量はまだ…半分行って無いっスかねぇ」

天を仰ぐ弥生、

「あのさぁ…鶴谷さんったっけ、私もそっち行って運び出しに回っていい?」

「確かにこれじゃあ、一度の輸送は厳しいですけど…あ、いいんですか?
 檜上さんから許可は出ました、じゃあ十条さん、そのままこちらへ進んでください」

「よし…、じゃあ、力仕事にそれなりに自信のある人、受取係宜しく!」

誰とも無しに言うわけだが、それはもう常建や葵に殆ど向けられた言葉である。
弥生はその謎空間の向こうに行き

「あ、どーも、俺鶴谷です、まぁ檜上の部下です」

「どうも、私は十条弥生…ん? あなた…」

「ん? どうしました?」

「魔界大使館ってどう言う組織なんだろうと思ったら…そう、それが世を忍ぶ仮の姿って訳ね」

「あああ…! 頭上げてくださいよ、そんな偉いモンじゃないですって!」

向こうの景色は見えない、声だけは伝わってくる、どうやら軽い感じの人なのに
弥生が見抜いた正体は弥生に頭を下げさせるほどの人らしい。

「俺そういう堅苦しいの苦手なんで、普通にしてください、ね?
 同じ日本人じゃないですか!
 それにほら、百合原さんなんかも俺達には全くいつも通りに接してますよ?」

「そう? まぁ貴方がそういうのなら…しかし…これ全部そうなの?」

「そうですよーw あ、この赤テープのは最後にしてくれって百合原さんからの指示です
 開けるのはこれが最初だそうで」

「なるほど…わかった、(声が境内側に向き)じゃあ、いくわよ」

というわけで弥生と魔界大使館の鶴谷さんの二人による「こちら側」への配送が始まる。
常建や葵が受け取ると裕子と子が居たのでその二人で積んで行く感じだ。
量が今ある分の倍以上というのだから…場所の確保もして行きながら、
そのうち段ボールに走り書きのように番号が振られていることに気付き、
残る人員で番号の大きい方、十の位で区切る入れ替え作業を指示する。

そんな時もう合宿気分でやって来た葵のクラスメート五人。
中里君が思わず

「うっわ、なんなんだこれ」

「あ、いいところに…中里君に駒込くーん、手伝ってくれないかなぁ」

葵がやっぱりこう言う地道な力仕事には少し汗を滲ませつつ言った。

「お…おう…これ…一体何だよ?」

そこへ空間の向こうから弥生の声が

「来たわね少年、深く考えないでとにかく運んでくれる?」

と言って何も見えない空間の向こうからどんどん段ボールが出てくる。

荷物運び第一弾と第二弾がそれぞれ三人になり、里穂や南澄、優は段ボール整理組に回り
何がなんだか判らないまま作業を繰り返す。

「はい、これが最後です!」

空間から鶴谷さんが荷物と共に上半身を乗り出した、精悍な顔立ちにフライトジャケット越しにも
伝わるガタイの良さ、そして境内を見て

「うっは、凄い、皆祓い関連ですか?」

弥生が空間の向こうから出てきつつ手で案内するように

「いえ、一般人が一人、特備が一人、ここの天野と向こうの四條院は京都から交流に
 それ以外の少年少女は弟子に孫弟子と言えるのかな」

「お〜〜、いやぁ着実に祓いが広がっていますね!」

「ええ、もう気分は上々なのよ、では、お疲れ様、有り難う」

「いえいえ! だいぶこちらからも無理言ってますから、では、皆さんも」

鶴谷さんが頭を下げると、皆もポカンとしつつ頭を下げ、そして鶴谷さんが引っ込むと魔界ドアも消える

「今の方、魔界大使館の方なのですね?」

裕子が言うと弥生は煙草に火を付け一服しながら

「向こうが「言うな」って勢いだから正体までは言わないけどさ、あれ神様よ」

ええーー!! と驚く一同、無理もない。

「んでホントにあの空間二人で回してるっぽい…時間があればあの大量の本棚吟味したかったわねぇ」

「え、大使館に本だらけ?」

亜美が思わず聞くと

「そうなのよ…間違いない檜上さんって方の趣味だわ、ざっと見てほぼあらゆるジャンルを網羅してる」

「うわぁ、ワタシも見たかったなぁ」

「凄いわよ、全体で三十分っていう接続の枷が無かったら一ヶ月は籠もれるわ」

「興味あるぅ〜〜」

と、そこへ里穂が

「あの、これなんです?」

「あ、そっか、里穂ちゃん達途中から来たんだもんね」

葵がちょっとへばった体をストレッチでまたほぐしながら言うと、弥生が稜威雌をかざし

「四代稜威雌所持者、十条宵の全記録よ」

中学生組がおおっと声を上げる。
そこへ子が

「人一人の一生分の記録ですか…」

「とはいえ、宵は二十代で亡くなっているのよ、毎日毎日イベントがあったとも思えないから
 大半ただの日常日記だと思うわ」

そして弥生は赤いテープで留められた段ボールを手に取る、
ちゃんと手書きで天地指定してあり「取扱注意!」とか書いてある、恐らくは百合原 瑠奈の直筆。
正式な習字では無いがそこそこ整った字、少し払いに特徴のあるちょっと独特な字。
勢いと信念を感じる書体、葵と裕子、あやめの三人は直に会った事もあるのでなんとなく頷けた。

梱包を解いて箱を開けると、先ずは手紙が入って居て、普通の封筒と古式ゆかしい手紙の二つ。
封筒を手に取り、弥生が中を検めると、段ボールの字と同じ、詰まり瑠奈の字で

『流石にコンテナでの配送は非現実的だから魔界大使館からの特別接続にしてやったからね!
 でもこんなことで借りは返したとは思ってないからね!
 あとはSDカード入ってるけど、これはリクエストで入れた、データは翻訳してあるけど
 くれぐれも外には漏らさないよう!       百合原 瑠奈』

思わず弥生が笑う。

「あー、これがツンデレって奴?」

葵が後ろから読みながら言うと弥生は益々笑いをかみ殺しながら

「デレの要素あんまり無いけどねww」

そして、もう一つの手紙、包み紙を開けて中を取り出すと、紙と共に煙管(キセル)があり、
手紙を広げるとそこには

『心して読め 心して使え』

とでかでかと書いてある。
直感で分かる、フィミカ様の直筆だ。
弥生は丘野を呼んで、手紙を見せ読ませる。

すると矢張り卓の紙に向かって断腸の思いでこれを書きながら原本を渡すフィミカ様の思いが伝わる。

「うっわ、何だこれ!」

中学生組の中里君が声を上げると、里穂達も今巫女の画が浮かんだよね、と盛り上がる。
優が動揺しつつも

「これが…葵の言ってた丘野さんの力?」

「そう! 凄いでしょ、どんな気持ちでこの手紙書いたかとかも伝わるでしょ!」

初めて味わう中学組や子は盛り上がっているが、丘野がこれが物凄いプレッシャーであった。
蓬がそれを察知したか

「これは気合い入れて読むしか無いね…、でも大丈夫!」

「そうだといいんだけど…w 祓いの頂点からのプレッシャーは流石にキツいよ…w」

そこへ弥生が最初の一冊目に当たるのだろうという本を取り上げながら

「まぁまぁ、そうは言われたって全部読んでたらいつ終わるかって話だし、
 先ずはちゃんとここから欲しいとこだけ抜き出さないとね、これはやっぱり先に初代だなあ」

と言いつつ本を開けると、記録の前に一枚の四つ折りの紙が挟まっていてそれを開く、
丘野もその弥生に答えようと弥生を見ていた時だった。

その四つ折りの紙には絵が描かれており、そしてそれは誰の作かは判らないが、
少し洋画の影響も垣間見えるが筆で線描きされた着流しの後ろ姿、そして右手で大きな剣を
その肩に掛けて少しこちらを見ているすらっとした女性…左手にはキセルを持っている。
全員にそのビジョンが流れ込む!
それは四代宵!

不敵に微笑んだその表情、見た目のバランス、背丈、ほぼ弥生!

「くあ…! これ見せられてお預けか…!」

弥生が誘惑を振り切り、絵をまた折りたたみ本にしまう。

「うう…モン凄い誘惑やわ、やてこないな量確かに今すぐ読んで欲しいとは言えへん…!」

思わず興奮した咲耶が言う、改めて見るその量…、少し皆がウンザリする。
ここからまた家に運び込まなければならないからだ。

一服終わった弥生が携帯灰皿に煙草を放り

「このキセル…宵の使った物ってことか…ますます興味もそそられるけど…」

弥生がお金を幾らか取り出し、力仕事じゃ無い組にちょっと情けない表情で

「ダイニに売ってたかな…台車何台か買ってさ…お願いするわ」

といいつつよっこいしょと無理の無い範囲で段ボールを何段か持ち上げようとすると
いつの間にか神社の猫、狛江さんが乗っていてまたどかすのに苦労する。
弥生は猫には物凄く甘く、無理強いはしないようで皆の笑いを誘う。



葵と裕子が途中で調理のため抜けたこともあり、物凄い突貫作業で作業を終えて、
全員で代わる代わるシャワーを浴びてからの大合宿ご飯。

祓い上級以外既にクタクタだったが、とりあえず子と中学組の紹介など必要な事を済ませ、
そして志茂も合流した。
物凄い段ボールの量に唖然としつつ、十七人にまで膨れあがった人数にも唖然。

流石に寝床の確保も毛布などの支給もギリギリで、夏で良かった…と言った雰囲気。

丘野と弥生と亜美が資料の整理を始めて居て、最初の幾つかはそれなりの資料だったようだが

「なにこれ…安永年間辺りになったら殆ど祓いに触れてないのね…」

弥生が思わず声を上げると亜美も

「殆ど差し入れとか将棋で勝ったの負けたの…筆跡は二人分あるけど本人とフィミカ様って人?」

丘野が

「…そのようです、凄いですね、文章だけですと本当にそれだけなんですけど
 情景や会話も入れるとなるほど一つ一つが思い出に残ると言いますか…
 一冊一冊がそれほど長い期間では無くしっかりした作りなので量は多いですけれど
 …取捨選択はそれなり出来そうですよ、あの…何か気になった記載のあるところに
 しおりでも挟んでおいてくれませんか、気になる内容は何でも構いません、直感で…」

「うーん…といって数を決めないととりとめも無い、
 よし、じゃあ基本的に一冊から一つ選んで行きましょう」

「そうですね、それでも全体のエピソードからしたら可成りの数ですが…
 後で時間のある時にそれらも私が精査します」

「確かに総合的には丘野さんに頼むしか無いわね、読む能力は丘野さんの物だし」

「いやぁでも…大変な能力に目覚めてくれた物だわ」

「戦う祓いの方は本当にどうも向いていないみたいなんですけれどねぇ…」

「いえいえ…素晴らしい、私も私なりに歴代全員の資料読み直さないと
 今後特に五代とか、量の多い四代から似た案件を探して解決策の手探りの一つにするとかも可能だし
 …実際二代の記録のお陰でカラビト祓いなんて出来たわけだしさ」

「そうですね…滅多に起きないけれど関連のある出来事とかは出てくるでしょうね」

「そう思うとこれは可成りの強みだわ、皆の中にも一種の体験として入るわけだし…
 亜美、亜美、読みふけっちゃダメよ」

「あっ、ゴメン、何かついついw
 四代さんも桜好きだったみたいね、日記の代わりに桜を描いてあるのがあったり
 弥生みたいに絵心はある人だったみたい」

「『桜切る馬鹿 梅切らぬ馬鹿』って言葉も良く出てくるわね…大体祓いの後」

そこへ葵が

「それってどう言う意味?」

亜美がその疑問に

「うーん、解釈は色々あるのよねぇ、まぁ
 「やって良いことといけないことを取り違えてはいけない」的な戒めが強いかな」

そこへ咲耶も

「どっちゃも程度ってゆーモンはあるやけど、
 梅は回復が早うて選定しやすいから枝振りから見栄えをようせんと損やけど、
 桜は選定がややこしいからバキボキ折っちゃあかんなんよ」

常建が

「詳しいんだな」

「うひひ、観光都市に生まれ育ったからにはね、こんくらいはね」

そこで葵が

「ああ、花見で枝折る人に物凄く怒る人が居るのはそういう事もあるんだ」

「そ、まぁ小枝くらいならどないにかなるかも知れへん、
 やてそこそこ育った枝バッキリ折ってしもたらそこから腐ってないないすることもあるから」

「なるほどねぇ〜〜」

葵はもう咲耶や常建を仮の姉兄に認定していたので素直に感心した。
そして弥生は瑠奈の手紙に添えられていたSDカードを取り出し

「これがなんなのか…新宿の仕事を改めて、とかかな」

ノートパソコンからHDMIケーブルを伸ばしテレビに接続して皆が見やすいように大画面で
SDカードの中身を開くと、ビデオファイルでは無く写真の数々であるようだ。

「ファイル名で分けてないけど…順番とかはどうでも良いのか…」

試しに先頭のファイルを開くと…65型のテレビにドンと本殿の床に座るフィミカ様とはとほる。
それは反射だった、常建と咲耶がすっ飛ぶ勢いで立ち、最敬礼で画面に向かって頭を下げた。
弥生も地味に少しドキッとして体をテレビ正面に向けた。
裕子もそうだ、もう反射的にテレビに対して真正面になった。

「ダメだ…血だな…テレビに映った画面だって言うのに…」

常建が声を漏らすと咲耶も

「ほんまに、条件反射やわ…」

中学生組、代表して里穂が

「これってさっきの人ですよね…一体…」

弥生が一呼吸置いて

「本流三家祓いの頂点、私達が何があろうと従うべき方よ…ビックリした…」

あやめがそこへ

「見た目で判断しちゃダメですよ、この方もう千年くらい生きている方で…」

裕子が更に

「弥生時代のキミメ様、一度人生を全うするところその死を惜しんだ当時の祓いが
 石棺に詞を刻みつけてまで後の世に若返って生き返る術が暴走と言いますか…
 調整が上手く行かなくて、外見はこのまま…死ねないお方なのです、
 そして「もう担がれたくない」という気持ちの強い方なんです、
 でも、にじみ出るキミメとしての威厳はどうしてもある物で…」

祓いの血と記憶…二千年経って世代を幾つ超えても薄れない敬意。

弥生がファイルを順繰りに映し出して行く、それは荷物の選別、運び出し、複製作業
そして原本と複製品の違いを並べて比較、再梱包、そして大使館へ
と言う一連の流れだった。
瑠奈がスケッチブックで写っている人物の紹介を入れている。
ドクターこと杉乃翠、その設備と翠のパートナーでピクシーのリズ、
そしてその翠がシャッターを押したのであろう、その他の探偵事務所の仲間達の集合写真
隙を見て撮ったのであろう、瑠奈とアイリー、そして荷物運び出しと、大使館の二人へ渡すところ。

「まめな女だわ…「ちゃんと原本送ったからね!」という記録か…
 葵クンのスケッチはやっぱり正確ねぇ、こりゃぁ肝座ってるわ」

「玄蒼市ってこうゆートコなんか、妖精とかネコマタとか当たり前にいてるって凄いトコやね」

「ええ…瑠奈さんとアイリーさんには今ここだとわたくしと…葵クンとあやめさんで会ってますね
 直ぐ近くの動物センターが魔階化してその応援で…今回の荷物受け渡しのように
 マンションの壁を出入り口にして…」

「体なんか細いのに、どうやったらこんな殺気立った目になれるんだよ…」

常建の疑問に葵が

「魔法使いなんだって、とっても強かったよ!」

「このアイリーさんとのコンビネーションもこれ以上無いくらいの阿吽の呼吸でしたわ」

そこへ弥生がちょっとシケたツラで

「会ってみたいけど、会うにはかみ合わない巡り合わせを感じるのよねぇ
 物の好みや車も古い軽使ってたりとかコーヒーも私と好み似てるっぽいし…何か残念」

亜美がそれに

「そういえば弥生も最初は古い中古の軽自動車だったわね、うん、なんか少し弥生に印象似てる人」

「似てるからなのかもね、まともに会えそうに無いっていうのは」

弥生がそう言いつつ残り一つのファイルを開くと、
そこにはテレビの画面に向かって興奮しているフィミカ様の後ろ姿
その画面に映っているのは…

「うわ…やっぱりご覧になったのか…喜んでいるようで何よりだけど…」

中里君がそこへ

「何見ているンですか?」

「私昨日まで二日ほど出張で祓いに借り出されていたのよね、その動画…ほら…この大使館の…
 この二人のウチ眼鏡の方、この檜上さんってのが記録していたみたいでさ」

裕子がそこへ

「その動画、こちらにも配布されているんですよ」

そう来るとまだ見ていない人達が沸いた、

「そういや私まだ客観的に見てないのよね、事務所からケーブル引っ張ってここで見るか」

と言ってセッティングをし、上映会が始まる、熱狂の次には凄まじい戦いに誰もが戦慄する事になる。
その後少し感想や質問があり、夜中近くまで行われた懇談の場はそこで一旦幕を閉じた。


Case:Eighteen point five  閉


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