L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:Nineteen

第一幕


「海だぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

葵が元気に掛けだして行く、セパレートの水着で、露出はそれほど高くない。
ただ、逞しい手足とバッキバキに割れた腹筋はやっぱりある意味目立つ。
そして、小粒なのに筋肉の発達した葵は浮き輪でも沈みがちでちょっと不満そう。



弥生宅から新川通に乗り、真っ直ぐ進んで国道337号線にぶつかるところで左折、
少し進んだら右折突き当たりまでで小樽市銭函の海水浴場に着く。
おたるドリームビーチ、銭函ヨットハーバー、銭函海水浴場。

直ぐの小樽ドリームビーチでもいいのだが、中学生やら学生が多いこともあり
沖合にテトラポッドで波を打ち消すスペースがある方を選び銭函の方まで足を伸ばした。

参加者はあれから蓬の弟である寿と、子の弟である栄和も参加していた。
夏休み中に登校日があって、その時に同じクラスになって蓬から話を聞いていた寿が話しかけ、
そこそこ意気投合してこの日の参加になった、それはいいのだが

「なぜ市ヶ谷さんまで…」

熱い日差し、サングラスに水泳パンツの出で立ちの市ヶ谷と幾人かの若い衆に蓬が汗して問うた。

「私も姐さん(弥生)が居るから大丈夫じゃないかとは言ったんですがね…」

「まぁ、人数も多いことですし「もしも」と言うこともありますからねぇ」

裕子が浮き浮き顔で語りかける、裕子は黒を基調としたビキニでそれほど際どくはないが
やっぱり体型が凄く良く判るわけで。

「それなりに監督はします、飲み食いはOK、酒は厳禁で」

「せっかくですから泳ぐと良いですのに」

「ま、汗を流す程度には入りますよ、またこの時を歓迎するかのように日差しも強いですし」

そこへ蓬が

「八月に入ったら涼しくなってそのまま秋って事もあるのにね」

「そうですよ、さぁ、参りましょう」

根岸女子高組はそれなりにはしゃいで海に入って行く。

そこへ常建がやって来て

「助かったぜ…蓬のところの人か」

市ヶ谷は常建へ一礼し

「お話は伺っております、これで少しは男女比もマシでしょうし、せっかくの北海道です
 銭函の海は基本遠浅ですから楽しんでください」

「そう言う意味もあったのかな」

「オヤジに「話題」として天野さんのことを話したようですよ、それもあるでしょうね」

「すまねぇな…でもよぉ」

ポニーテールにした亜美、志茂、弥生の三人が準備が出来て砂浜にやって来る

「混んでるって程ではないわね、良かったじゃない弥生、思いっきり泳げるよ」

「高校の時はなんかはっちゃけて泳ぎまくったけどさぁ、流石にそこまでははしゃがないわよ」

「どう言う勢いで泳いだんですかw」

カメラなども持参している志茂ですら結構な凸凹でセパレートの水着。
何より亜美である。
情熱的な赤、布の面積としては標準かそれより多いのであろうがはち切れんばかりの胸と尻!
また浅黒い肌がそれを際立たせる、確実な目の毒!

常建はほとほと困って

「見ないように見ないようにってのも不自然だし、といって積極的に見るのも何だし
 自然に振る舞おうったって目に入れば如何したって目に付くし…」

「私ぁ枯れかけた人間なんでいいんですがね…、こっちも若い衆押さえつけるの大変ですよ…」

咲耶もすぐ側に居たのだが

「いやぁ〜〜〜〜、目立つねぇ、へんねし(嫉妬)も出来ーひん、常建に同意しはるわ、
 どないしたらあないなにパッツンパッツンになれへんんやろ」

「皐月さんより凄い体型の人なんてこの世に居るんだなぁ」

「皐月はんはああ見えていごく練習はしたはるからね」

「中坊達には同情するぜ…」

そこへ弥生が気付いて少し距離を置いたところから人差し指を左右に振って

「亜美は教師としては結構厳しいし芯も強いから生半可な青春の欲望なんかには押されないわよw」

ギクッとする京都二人組に後~会の面々、亜美はにっこり微笑んで

「弥生と深〜〜〜〜〜い仲だって言うのも知られているし、大丈夫大丈夫♪」

そこへ志茂が

「でも、気をつけてね? 中学男子の2/3は獣だよ?」

「それはワタシが教育実習の時思った!w 他の学校に行った子も言ってたわw」

「ま、それとなく亜美には簡単な護身術教えてあるからw」

弥生が涼しい顔で言うが、きっとえげつない方法なんだろうなぁ、と予想が付く。
皆が凍る。

そんな弥生は…意外なことにあまり色気を感じさせない競技用の水着であった。
黒を基本に脇の部分は水色系で水流を調整するような加工もしていて結構本格的。

後ろから見るとセパレートの水着ぽくもあり、後ろ姿には結構色気も漂うが…

「弥生さーん、「一応」小樽や手稲の方には連絡しておきましたよ」

やって来たあやめも競技用、こちらは地味でもなく派手でもなく渋くもなくな色合い、

「ありがと♪ 祓いが全員ここに来てる状態だからねぇ、一応稜威雌持ってきているけれど」

「はい、よく考えたら凄い状況ですよねぇ」

「とにかく、ちょっと泳ぎましょうか」

と言って弥生・亜美・あやめで海に入って行く。
志茂は残って海ではしゃぐ皆を写真に収めているようだ。

「こう言っちゃ何だけど…妬けないのか? 亜美って人は今はあんたの恋人なんだろ?」

常建が志茂に声を掛けた。
志茂は細い眼で常建と側に居る咲耶に微笑みかけて

「私は私で弥生さんの愛人でもあるんだよ」

刺激的すぎる、なんて乱れた人間関係だろう、赤くなる二人を余所に志茂は話を続け

「あの二人は一緒に暮らすには向いていない、でも結んだ縁は切れないし切りたくも無い
 乱れてるんだけどさ、それでもいいと思わせる魅力が弥生さんや亜美にはあるんだよ
 それに…見てご覧よ、今この瞬間だけは恋人のようになれる事を精一杯楽しんでいるんだよ」

海ではしゃぐ亜美と弥生、更に志茂は続け

「それに私が離れているのはただの記念撮影のためでもないんだ、私の提案で
 文書じゃない記録が残せないかという実験でもあるんだよ」

「それってどないなこと? 祓いを写真に残すんは余程力を出さへんとややこしいよ」

咲耶の尤もな疑問に志茂はデジイチとムービーカメラ二つに刻まれた物を見せる。
常建が驚いた。

「おいおい…文章とまでは行かないけど…これ…制御しきれるのかな」

「そこも兼ねての今日は実験でもあるんだよね、弥生さんが所々で「さり気なく」
 祓いの効果で色々バレない程度のことをやるのを写せるか、データを別に避けても見られるか」

「…うん、確かに時代に合わせてこう言う記録も判っている人の間で残せるなら
 文章にするより判りやすいし、いいんだろうな」

「せやな、これあんじょういかはったようならこっちゃも試してみよっか」

若い二人は頭が柔らかいというか、すんなり「それもアリかな」と思ったようだ。

「ただ、弥生さんは報告書は報告書の形式は残すと言っているけどね」

「そりゃぁなぁ、公式の記録としては文章だろうし」

「それに丘野はんに読んで貰えばもっと色々情報も得られへんしね」

なるほど、ただのレジャーというわけでなく、やれる時にやれることはやっておきたい
という弥生の抜かりのなさ、そして協力してくれる人が居ること、乱れきった関係も
わかり合える人々だからこそ取れる連携、そう言う意味では一分の隙も無いヒトだな、と二人は思う。

実際弥生は実にさり気なく一瞬だけ水面に手を付いて体重を掛けたり腰掛けてそこから
背面で海に入ったりほんのちょっとした亜美とのはしゃぎの中でその効果を発揮している。

志茂は二人に微笑みかけて

「さ、行ってきなよ」

二人ももう見とれるだのと言う段階を超えて感心しきりで海に入って行く。

そして志茂はちょっと汗してレジャーシートにビーチパラソルまで立てて
まんじりともせず市ヶ谷以下総勢五名の集団にも向かって

「…無理せず海水浴に興じてもいいんじゃ」

「いえ、我々にとってこれは仕事でもありますので…」

という市ヶ谷の額にも汗が滲んでいる。



「っていうか…怪しいですよ…大の男六人が砂浜に座っているのは…」

「…」

市ヶ谷はまんじりともせず少し考えて

「二人ずつ三十分交代、俺はいい」

そう指示をだすと速攻じゃんけん大会が始まって先行二人が海に行く。

「なんだかなぁ…w でも有り難いですよ、統制をとる人が増えたことは」

「まぁ任せてください」



お昼時には後~会からの包みと葵や裕子や丘野で作ったお弁当が開けられ皆でそれをつつくのだ。

「いやーそれにしても、いい光景ですよー、これがプライベートならもっといいんですけどねーw」

「浮かれるんじゃあないぞ、大崎、それと失礼のないようにな」

Case:9でおとりになった大崎だ。
弥生が保冷サーバーからコーヒーを紙コップに注ぎ飲みながら

「大崎も、ほんの二ヶ月前にサキュバスに狙われたとは思えない懲りなさねw」

「あれ俺教えて貰えなかったですからね、酷い話ですよー、裕子さんもー」

裕子も上品ながらモリモリと食べながら微笑んで

「わたくしも知らされていなかった物で…w」

「それに最初ドジ踏んだのはお前だぞ、給料さっ引かれずに済んだだけありがたいと思え」

「危険手当くらい出してくれたっていいじゃないッスか〜銃弾の雨あられなんて
 中々味わえないッスよぉ」

「ま、そこは確かに…とはいえ、俺が算盤弾いている訳じゃあないからな」

「ほうほう、あのアンジェリカを追い込んでくれたのはあなた方か」

声がして一同振り向くと、白衣の下は水着の竹之丸が居た。
丘野がビックリして

「先生! 今日は昼勤では…!」

竹之丸はよっこいしょとレジャーシートに腰掛けつつ酒瓶を開け

「理屈じゃない、今日は何にもしたくない」

「その格好で電車に乗って?」

「流石にボタンは留めたよ?」

「いえ…それにしても…」

「なに、本読んでたら人目なんかどーでもいいし結構あっという間よ」

そのまま酒をラッパ飲みしつつ平気で弁当をつまみに来る。
弥生が苦笑しつつ

「あなたもいい感じにいい加減になってきたわねぇ」

「主任って立場はクソ真面目にやってたら息も抜けないわ、指示が欲しかったら電話しろで
 抜け出してきたよ」

あやめがそこに

「本郷さん的な崩れ方ですねぇ…w」

弥生がそれに

「何アイツそんなんで抜けることあるの?」

「いやぁ、寝る時間以外署に詰めているみたいなことも多いですから、そこは判りますよ」

少し酔いの回ってきた竹之丸が

「それでいて管理職だからってみなし残業の給与制だもの、物には限度があるっての」

そこには市ヶ谷が思わず難しい表情のまま深く頷いた。

市ヶ谷は後~会ナンバー2である、組織はきっちり役所からつつかれても何もでないように
格差も少なくそれでいて幹部ともなると矢張りそういう扱いな訳で何をや言わん。

「お陰で楽しみが食い歩きになっちまって」

「そーそー、まー最近は人のぬくもり感じる物食べられてるけどさぁ」

それはもう丘野のことである、ちょっと俯いて赤くなるのだが、やっぱりそう言われると嬉しい、
蓬や光月がちょっとからかうように肘でツンツンとつついたりする。

「何あなた結構渋い感じなのに一人モンなの?」

少し酔いの回った竹之丸は遠慮無しに市ヶ谷に聞いてきた。
流石の弥生も少し凍り付くほどなのだから、なんだかもう全員凍り付くが、そこは流石に市ヶ谷

「まぁ、付き合ったところで長続きしない、何というかある意味独り身の身軽さが好きな物で」

「へぇ〜〜いやぁ〜縁があるといいねぇ、そういう身軽さを余り失わせないようなさぁ」

「そうですね」

絡まれ続けると流石に市ヶ谷も追い込まれつつある。
弥生が思わず

「そういえばマルさぁ、研究の方はどう?」

「ここに来て研究の話ぃ? まぁでも大事よねぇ
 うーん、明確に「これだっ」って言うのはないのよねぇ、ただ傾向はなんとなくあって…
 一般人含むなるべく多くの比較サンプルが必要ねぇ」

思いのほか感触があるようだ、弥生は助け船のつもりだったがちょっと前のめりに

「多分それは力の向きとか系統の違いとか、そういう物が絡んでいるとは思う、
 そうすればもう少し範囲も絞れるかもね…後これ力をほぼ使っていない普段の状態と
 使った状態とで全身それなりに見た方がいいのかもねぇ」

「んー、そういう人間ドック的な調査も必要かもねぇ」

「とりあえずわたしはいつでもサンプルになるわ、裕子や葵クン…あとは丘野も好きにしていいと思う」

丘野は名指しされ真っ赤になってビックリするが

「丘野は特殊だわ、比較サンプルの一例として極端な傾向があるのかも知れない、
 あるいは逆に可成りフラットか」

「んーそうだねぇ…、夏休みの間にさ、出来れば皆一通り検査したいなぁ
 そこの青春まっただ中の中学生達もさぁ」

葵を除く中学生組がえっ、と驚く。
そこへ常建が

「ビックリするよなぁ、大丈夫、普通の健康診断とそう変わりない、この人の勢いには押されるけどさ」

咲耶を始めとした既に通常時のサンプルは取られている女子高生組は笑う。
最近祓いとしての修行を積み始めたのをまぁなんとなくだけど知っていた蓬の弟寿が

「そういや栄和もだっけ」

「ああ、うん、オレは一応その筋の血を引いては居るらしいから」

子が

「らしいじゃないでしょ、一番四條院らしいのはヒデなんだから」

「それだってあくまで三人の中じゃって話だろ」

「そうだけど、もうちょっと伸ばしてみようとか思わない物かなぁ」

余り栄和としては面白い話題ではないようだ、弥生はそこへ

「うんまぁ、いきなりそういう血を引いて力があるからって無理に伸ばすこともないというか
 先ずはやる気になるからねぇ、心の整理は付けるといいのよ、
 ただ、初級までは力を付けているんだから、せめて衰えないようにだけはして欲しいなぁ」

「は、はぁ、頑張ります」

しょうがないな、という表情の弥生。
自分だってもっと微かな能力であったならこうだったのかも知れない、そう思うと
無理に引き込むことも良くないと思った。

幾分酔いは酔いでそれなりに方向も定まってきた竹之丸はそこで

「休み中のどこかでアポイントは取るよ、来る来ないは任せる、
 サンプル数も余り多くなったところで今度は煩雑になって一般サンプルを十倍くらい
 増やさないと的も絞れなくなるし、絞ったら絞ったで物凄くボヤ〜っとしそうだし」

蓬がそこで

「そういう事ならとりあえず寿を含めた会の全員健康診断も兼ねて診させます?」

「あ〜、一般サンプルの方は血と組織の一部だけでいいから他の科でそれこそ健康診断の
 手続き取ればいいしねぇ、そうして貰うと捗るわ」

「じゃあお父さんに言っておきますね」

「すげぇよな、最近ねーさん父ちゃんにガンガン物言ってさ、
 そのうち絶対「舐めたらいかんぜよ」って言い出すんだぜ」

寿の一言で場は和むし蓬も少し恥ずかしいながらも全くあり得ない話じゃないし
後~会からの五人はなんとなく洒落にならないものを感じて苦笑いするしかなかった。
そこで弥生が気付いたように

「そうだわ、大崎、あんたのサンプルも結構欲しいかも知れない、人間ドックコースで」

「えっ、いや、有給扱いならいいっすよ」

市ヶ谷が少し苦々しく

「お前…もう少しその口の軽いの治さないと本音ダダ漏れ過ぎるぞ」

「そうなんすよねぇ、思ったら口にしちまう癖、出世に響きますよねぇ」

「いや、その多い一言がいいところでいい指摘をするのに発揮されたら判らんぞ」

「とはいえ、オレ頭悪いですからねぇ」

そこへ今まで場に溶け込んでいた亜美が

「自分のことをそういうヒトって、ホントは負けず嫌いなのよ、
 ほんのちょっとやる気を出せばいいだけ、次にもうちょっとやる気を出せばいいだけ
 何年も掛けて鍛えて行くといいんだわ」

「いや〜〜〜〜そんなこと言われるとオレ惚れちゃいますよ」

例え冗談でもそれはタブー!
弥生と志茂の視線が凍る、あやめが思わず

「弥生さん、弥生さん! ユキも! 気を確かにお願いしますよ!」

「まぁ、私を前にいい度胸だと言っておくわ、そういうところがいい方向に向けばいいわね」

市ヶ谷はもう何も言うまいと食事に専念しだす、
真夏の日差しの中体感気温が四十度くらい下がった大崎だが持ち前の軽いノリで何とか音頭を取り
昼食会は進められた、亜美はと言えばそんな弥生や志茂の態度がただただ嬉しいのであった。



午後の部は少し遠泳というか水中の様子も欲しいなと思った志茂もカメラに防水ケースをして
一緒に海に入った。

竹之丸は砂に埋まって横になってそのまま豪快に寝てしまい、放っても置けないので
あやめが番をしていた。



学生組は泳ぎを堪能している。

「裕子さん、変わった泳ぎ方ですね」

概ね平泳ぎの声を掛けた子と一同に対し、裕子は頭は正面なれど体を傾けて泳いでいた。

「癖なんですよね、古式泳法に近いと叔母様に言われましたが…余り意識はしていません
 それよりも子さん、上着を着たままだと重くありません?」

「ええ…、まぁ水難時を含めた鍛練のつもりで」

「良い心がけです」

少し離れたところでは中学生組がひと息ついて向こうは向こうで談笑している。
葵も加わっていて、レジャーに徹するようだ。
日常の殆どが弥生中心だった葵だが、矢張り歴代の話や、修学旅行での思い出など
その世界に「友達」が加わって行く、裕子も例外ではない。
そんな水中でバレーボールを始める気の中学生組の様子を眼を細め見届けてまた少し沖まで泳ぐ。



「口は災いの元…、お前も判っただろ…」

砂浜より少し離れた喫煙所というかそういう場所で一服しながら市ヶ谷が
未だ固まっている大崎に声を掛けた。

「…とはいえお前…あれは見える地雷だったぞ」

「…ウッス…変わったことが出来る人くらいにしか思ってませんでしたけど…
 おれちょっと殺気感じましたよ…」

「伊達じゃねぇぞ、いや、伊達も極めるといっぱしの道だって見本みたいな人だ」

「あんな殺気背負えたらちょっといいっすねぇ」

「実力も伴わない殺気なんて格好の的だぞ?」

「そういうモンですかねぇ」

「お前…あの姐さんの戦っているところを見たことは?
 第一お前発掘したのあの姐さんだろ」

「いや、大した動きもしないで決めちまったモンで…そんな凄いとも思わなくて」

市ヶ谷は暢気な大崎の言葉に渋い表情をして

「お前も何か武道でも習った方がいいぞ? 筋肉付けるばかりが能じゃない」

「そういや、市ヶ谷さんも何かやってたんでしたっけ」

「まぁ古武道からちょくちょくと…でも俺はもう勘弁してくれ、流石に年だ」

「何言ってンすか、50そこそこくらいっしょ」

「体の衰えなんて四十越えたら顕著だぞ? 今は鍛練なんて積んでる暇ねぇしよ」

「ジョギングとか腕立てでもいいもんすかねぇ」

「それじゃただのトレーニングだろ…」

「うーん…なんか、なーんか今ひとつなんスよね、何か切っ掛けが欲しいっていうか」

「さっきのは切っ掛けにならなかったのか…中々図太い奴だな…」

「あ、オレあんまストレス溜め込まないように生きるのが目標なんで」

「それは無神経を通す方向じゃなくてちゃんと考えて捌けるようにしろよ…」

「そっすねー」

「どことなく他人事だなぁ…」

「うーん、なんかこんな風に生きて来ちまいまして…」

「持ち味としては悪くないとは思うよ、だが地雷原は突破出来るようにならんと…」

「そこは思いましたねー姐さんには呆れられることしばしばでしたけど
 そこそこ気に入られてる感触あったのに、あの殺気ですもん」

「厚意の上にあぐらかいちゃダメだって事だ」

「そこはけっこー来ました、肝に銘じておきます」

「さて…」

二人が一服を終え改めて海を見た時だった、一瞬大崎が固まった。

「…どうかしたか?」

大崎は少しずつわなわなして冷や汗をかき始めた

「…なんか…ヤバい…!」

「何がどうヤバいのかちゃんと教えろ!」



海水浴場圏内の海をぐるっと回って高校生組が砂浜に戻ると、中学生組も小休止で
レジャーシートまで戻っていた。

葵が元気よく「おねーさーん」と手を振る。
裕子もそれに応え、あやめが寄ってきて

「やー、良かった、竹之丸さん放置も出来ないしで、私ちょっと一泳ぎしてくるね」

「はい、行ってらっしゃいませ」

「先生がどうもすみません…」

「気にしないで! 管理職の悲哀みたいな物は私も間近で見ているからw」



「…ん?」

防波堤近くまで泳いでいた亜美が何か足の引っ張られる感覚を覚えた。
志茂は海からテトラポッドの積まれた上に居て砂浜側を撮影している、
自分の周りには志茂や弥生以外居ないことは知っている、
そして弥生はこんな冗談をする人では無いと知っている、
亜美が海中に向けて目を見開いた時!

海中が青く光り、何かキラキラと発散する物が海から揮発するようにして宙に消えて行くのと同時に
亜美の足下辺りの海が球状に凹み、落ちようとする亜美の体を海中にいた弥生が受け止め
まだ残る底の海そのものを蹴って志茂の居る側へ着地し、亜美を優しく下ろしながら

「…穏便に済ませるつもりだったけれど、ここへどんどん水死者の霊が集まってくる…」

弥生がそう亜美に言ってテトラポッドの上で立ち上がると、砂浜へ形相変えて走り込んできた大崎が
精一杯弥生に向かって声を上げ

「姉さーーーーーーーん!! ヤバいのが来るっすよ!」

「おせーのよ!! ヤバいのは今どの辺!? ソイツが水死者を引き寄せて攻め込んできている!」

「もうちょっと沖の海の底だって事くらいか判んねぇっす!」

「おっしゃ! 後~会の皆! 一般の人達を退避させて! そして裕子!」

その頃には浅瀬から砂浜側の方にも水死者の霊が群がってきていたのだろう、

「判りました! でも…その前に…!」

裕子が言葉を呟き始めるとそれより先に蓬が「奮い立ち」を使った!
一段上がった皆の力、裕子の先ずやったことは「領域指定」のようだったが、

「これで大丈夫…通常の機器ではこの状況は動画にも写真にも撮られません…!」

あやめが速攻本郷に連絡を取りつつ

「ありがとー! 裕子ちゃん! 頼もしくなって私まで嬉しい」

裕子はニコッとしてそれに返しつつ、弥生の車へ走り出す、

「なにこれ!? いきなりこないな数、あり得へん!」

咲耶がなるべく目立たないように海中へ投網のような広がる祓いで一旦隙を作ると、
高校生組と葵は即座に動いて海に入っていた人達を救出に掛かった!

葵がそこへ中学生の祓い組に

「お願い! 少し手伝って! 大丈夫、一人一人は強くないから!」

とはいえ、群がる水死霊達は矢張り可成りおぞましく、躊躇もする。
優が最初に心を決めて祓いを纏わせると…いつもより勢いが強い、葵のクラスメート達が驚くと

「今もう一度、私が詞を使うからね! 余り長い時間は持たないけど、皆の力が少し底上げになるから!」

蓬がその詞と共に祓いに集中する、丘野は「こんな事もあろうかと」ウェストポーチに「石」を
詰め込んでいて、既に結界も張っており、その領域を少しずつ広げることに腐心していた。



「弥生さん、「ヤバイの」は細かく探れないんですか?」

志茂の質問に弥生は

「こうなっちゃうと当てずっぽうに特定のラジオ放送探すような物なのよね…
 細かい危機を探れない大崎だからこそ大体の元兇の位置は判るけれど、
 細かく探れないだけに位置も大雑把…痛し痒しなのよね」

「なるほど…」

そんな時砂浜から裕子が弥生を呼び、祓いの弓を射る!

「サンキュー! 裕子!」

受け取った物は祓いの矢にくくられた稜威雌!

「錆びないんですか!?」

「まぁ…私が生きている間は大丈夫」

そして亜美に向けて片膝を付き

「今貴女とユキに目と通訳を一時的に授けるわ、こんな事に巻き込みたくはなかったけれど
 …あと、貴女の脚に絡みついた霊…後一歩だと思う、出来れば宜しく」

そして二人に詞を載せ、弥生は稜威雌を水着の背中部分に差して立ち上がりつつ

「取り敢えず…出来る限り水上からあぶり出しましょうかね…」

祓いの矢に空中も水中もない、それは物凄い勢いで水中に撃ち込まれ、中で炸裂しているようだ。
そして弥生は一本射たら二本目も直ぐ弓を引いていて三本目、四本目も指の間に控えている、
それらは水中で霊に当たり炸裂し、昇華に導きつつ寄り深く深く奥に進んでいるようだが

「…矢張り矢じゃ限界あるわね…」

弥生が霊の群れの中に飛び込んで行く!



第一幕  閉


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