L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:Twenty point Five


野太刀稜威雌の中からもう聞こえるように稜威雌が号泣した。
弥生はそれでしっかりと稜威雌を抱きしめて聞いていた。

稜威雌とは、古代の刀工…何があったか丹精込めて作り上げたそれを
奪われまいとして果て、ミズチが居たが故にそこに止まり続けた魂に
八重と共に生きて、共に作刀に励んで命を捨ててでも守り、八重に托した
一女の姿の魂だけが宿っていたそれに融合し、新たに生まれた。

稜威雌とは一女でもあった。
突かない限り過去を余り話さないと言う八重だっただけに、
七百年以上も経って稜威雌は初めてそれをはっきり知ることになった。

似た魂に似た状況、そして八重の思い、それが結実した、それが稜威雌。
八重を愛さぬはずが無かったと言うことだ。

弥生は稜威雌を抱きしめながら

「奮い立ちって私の発明かと思ったら再発明だったのか…丘野知ってたの?」

丘野は首を横に振り

「稜威雌さんがそこにあるからこその細かさでした…、いえ、
 稜威雌と名の付く前から、その精が宿る前からあった事で染みついていた
 記憶も掘り起こされたと言っていいですよ、
 二代よりは多いとは言え、八重さんだってもう七百年以上前の記録です、
 読んだ量なんてたかが知れているんですよ」

午後九時くらいに読み始めて、確かに流れ込んできた情報量からしたら
とても短い…まだ日を跨いで少し、そんな時間だった。

「…そう、…よし、初代の何もかもを受け継いだわ、あの見事な抜刀術、
 確かに受け継いだ、物質の根源を探る術も、地表を読み取る術も
 何もかも受け継いだわ」

弥生の言葉に皆が驚くが、電話向こうの御奈加が少し涙声で

『弥生は元々居合いからの抜刀術も習っていたみたいだから、
 最終的な切っ掛けを会得したって事だろうさ、実力は既に及んでいたが
 八重様が死に物狂いで取得した「最適化」を受け継いだというか
 稜威雌にとって一番いいやり方を会得した』

そこへ涙に暮れハンカチでそれを拭きつつも裕子が

「それに…物質を探る詞はわたくしも受け継ぎました、
 矢張りわたくし、絶対に医学部に進みます、そうすれば、もっと、もっと
 厳しい状況でもやれるはず」

弥生が頷いた。

中学生やピュア高校生二人には少々刺激の強い場面も多々あったが、
それ以上に八重のストイックさと周りを取り巻く状況に深く深く衝撃を受けた。
中学生女子の里穂・南澄と常建・咲耶の二人には何よりも嵯峨丸と大丸の二人が響いた。
運命に翻弄されながらも前向きに、そして愛し合ってしまったが故に
変更されてしまったそれも受け止めて最後まで役目を果たすその姿、
そして一人の子を見事に授かって恐らく、今もどこかで紡がれているのだろうと言うこと、
それがかつて何気なく血を残すことを勧めた人の子孫と結ばれたことも。

志津子と稚彦の師匠二人、刀工の仲間達とその頭、蓬莱殿の僧、
貴人の丘と後に名付けられたそこに確かに住んでいた墓守の家系、
祓いでなくとも表の歴史にキチンと記録に残る安達秦盛や宇都宮景綱、
そして詳しいことは余り判っていない鎌倉大地震、
更に悪党として登場し、名乗った彼らは二代と三代をそれぞれ苦しめた悪霊だ。

電話の向こうから泣き声の皐月の声が

『天野と四條院の恋物語って伝説の形では残っていたんですけれど、
 こんなに詳しく…八重様と深く関わりを持っていらしたなんて…』

常建もそれに頷いて

「名前も伝わってなかったんだぜ、ただ、そういう事があったっていうさ…」

涙でぐしゃぐしゃの咲耶も頷いた。
そこへ弥生がふっと

「あれ、ちょっと待って、淡女と沙緒理…?
 兄が姉になって天野のパートナーとの子供を…どっかで…」

そこへ皐月が

『はい、余程お話の最中に声を上げてしまいたくなる衝動を抑えておりました…
 弥生様はご存知ですね…、貴女様の代わりに玄蒼市へ赴いた二人の祓い…』

葵は今回は感情移入というかただひたすら「愛」という物に感銘を受け泣いていたが…

「そう…ボク弥生さんとその家、確か行ったよね」

「天野宇津女と四條院沙織、確かその沙織も小さい頃は病弱だったと…」

『その姉になった兄は「嵯峨」、亡くなった夫は「真神(しんじ)」と言います
 生まれた子は…澄江(すみえ)…エピソードそのものは
 まぁ、過去の恋物語をなぞるようなことがあるなんてとそれだけでした』

「じゃあ、ちょっと待って、それ過去の話よね、魔の一斉蜂起みたいな
 そんなこと起きてないわよね?」

『はい、ただ、嵯峨の出産に対して強い魔が差し向けられたのは本当です、
 こちらからも出来る限り応援要請はしました』

「私はそこへ八重の役回りでは参加していない、何か定めの巡り合わせが
 起きているにも関わらず、それとは少し違う巡り合わせになっているわ…
 そうか、澄江の代に引き継がれたんだわ、じゃあ…割と近いうちに…」

そこへ御奈加が

『いや、澄江はまだ十歳で修行中だよ、そして嵯峨ももう亡くなっている』

「いつか巡るって事か…じゃあどこかに梅が居る訳ね、稜威雌、
 貴女を抱いた二人目、私の代でそれが回ってきそうなのは、矢張り巡り合わせよ
 稜威雌、私の力になって、貴女の力を貸して」

『でも…でも「だとすると」…弥生様まで…!』

「八重はほぼ一人だった、私はどう? 周りを見てみなさい
 同じ轍は踏まない、五代からの忠告でちゃんと備えているわ、
 似た歴史が巡るのだとしても決して同じようには繰り返させない、
 そして今度こそは終わりに向かうのでしょう、第一私の役目はもう決まっている」

そこへ中里君が

「その、澄江って子の手助けじゃないんですか?」

弥生は人差し指を立て左右に振りつつ

「違うんだな、私の本当の役目は「梅を解放すること」よ」

「あの紫の波動…あれは何なんですか」

中学生女子組で唯一恋物語ではなく、八重そのものに感じ入った優が聞いた。
奈良組からも京都組からも中々言葉が出てこない。

「あれは多分、本調子で無いだけ、何しろ魔に縛られた上で幾らか解放された
 という足枷付きの解放だからね、恐らくその祓いの光は紫を纏いつつ黒い光なんだわ」

全員が声を上げる、
これはこれで重量級の衝撃を受けつつ、二代や三代ほどには動揺しなかったあやめが

「黒くて光っているって何なんです? 正規の家系じゃあ無いですよね?」

「いいえ、正規の家系なのよ、ただし、一番強いキミメ…フィミカ様は
 可視光を含む広い波長を持つ祓い、その可視光部分で表現される
 赤、緑、青がそれぞれ三家よね、梅は古い家系で、恐らく紫外線に偏った
 波長を持った強烈な祓いなのよ、ひょっとしたら王家からの傍系なのかもね」

そこへ竹之丸が眉をしかめて

「その例えだと天野は一番光子エネルギーとしては弱いという事になるが、
 常建を見る限りはそんなこと全くないよ?」

「天野の凄さは詰まり赤外線波長側まで含んでいること、そして波長の長さと
 光子が沢山集まるエネルギーの高さは連動して無いわ」

「それにまぁ、あくまで「祓いの光」での例えだし、実際とはまた少し違う物かな」

「ただ一つ言えるのは、フィミカ様は全波長祓いなのよ、
 だから八岐大蛇を一瞬で吹き飛ばせるほどの強烈な祓いになる」

「あくまで例えとは言え、なるほどねぇ」

そこへ丘野が

「と言うことは目に見えない波長の祓いというのがあるはずですね」

「あるでしょうね、ただ長波側だとまとまりがなさ過ぎて…そう、大崎みたいに
 細かいことは判らないけれど大まかに、という感じ。
 短波側だと鋭すぎて決め時というか、威力の抑制をしたとしても例えば治癒に向かない
 とか傾向はあると思う」

「成る程…これからの検査で電磁波置き換え仮説が正しいかも検証してみよう」

そこへもう一つの電話向こう…国土交通省と公安側の二人、
御園はもう思い入れたっぷりに聞いてしまって涙に暮れ居て、恐らく
凜が彼女を慰めつつ、会話の間を縫って

『いやぁ…私フィミカ様には会ったんですけど、こんなに凄い人だなんて
 今のあの様子からは中々伺い知れませんよ、そして、その配下の血族の家系とはいえ
 十条八重さん、凄かったです、あれほどまでしてそれでも「その程度」って世界
 なんですね、あやめちゃん、大変だろうけどしっかりね』

「うん、いやもう一度は右腕引きちぎられたりとか殆ど毎日そこそこの事件があったり
 実はもう結構大変だったんだよね、右腕は裕子ちゃん…ああ、弥生さんの
 姪御さんなんだけど、彼女の能力で「無かったこと」には為ったんだけど」

そこへ本郷が

「お陰さんでホンの二三ヶ月でいっぱしのベテランだ、こっちは有り難いが
 要するにこの話総合するとさ、俺達が備えたり力を付けたりすればするほど
 相手もまた力を増すって事でいいのか?」

そこへ皐月が

『あ、いえ、人の世がそうなれば魔の力も…であって札幌の弥生様の
 周りで変化があったからといって魔全体に変化がある訳ではありませんよ
 ただ、そうですね、仮に十回戦いがあるのだとしたら、十一回か十二回に
 増える、と言うことはありそうです、あるいはそれこそ予想外の
 何かの巡り合わせが働く可能性もあります』

「なるほどね…まぁどのみち備えに動くんだけどな、誰だってただ黙って
 滅びを受けたくはないだろうからな」

「当たり前ですよ! 最後まで足掻いて足掻いて、生き延びてやりましょうよ!」

興奮して本郷に同調したのは秋葉だった。
彼女は嵯峨丸の四條院家そのものに可成り感情移入していた。

「そして誰も犠牲になんかさせませんからね!」

そこへ亜美が柔らかく、

「やっぱり、それが秋葉だよねぇ、ワタシも随分助けられちゃったし」

「アンタは…そういえば亜美は…弥生になるの? その…志茂になるの?」

弥生がタバコを一服しながら短く

「二人は私が守る」

何と頼もしいのだろう、八重の姿も被さる、言うからには必ず成し遂げる、
そういう強さも感じる。

新米の金沢はウンウンと頷きつつ

「この時代に特備はありませんがそれは祓いの人が並行してやっていたようですね、
 途中そんな下りがありました、最後の戦いの方でも戦いが視認できないように、と」

「そうだな、現代は情報社会だから、どうしても漏れたりする中から
 情報の削除を「お願い」しに行く形になるんだけど、どうもお嬢ちゃんが
 可成り使える能力を会得したようで」

そこへ後~会No2の男、市ヶ谷が

「あ、それはこっちで確かめたぞ、ええと…」

ケータイを操りつつ撮ったムービーを差し出し

「あー、ボケてるわノイズ走ってるわ確かにこんなん精細に分析しようも無いわな」

そこへ志茂が

「あ、そうだ、私の方も確認しなくちゃ」

と言って、詞を刻んだカメラ二台にビデオカメラ二台、それぞれ弥生、あやめ、
そして裕子に渡して、自分の手元の物はノートパソコンに繋いで見てゆく

「…裕子の結界前までは写りが結構微かね…」

弥生がこぼしつつ、あやめが

「結界後はでも…普通にカメラの腕前が必要だって以外はそこそこ写ってますよ
 …これ私が使ったカメラだなぁ、凜ちゃんと違ってカメラの才能は無いなぁw」

「カメラのノイズは問題薄いですわね、時々少々酷いのもありますが」

裕子の報告に志茂がトリで

「動画になると結界後は少し厳しいですね、無論市ヶ谷さんのムービーに比べれば
 何をどの程度やっているのかは判るんだけど…」

どれどれと弥生が割り込む

「…うーん、確かにちょっとノイズがうるさいけど、これ多分
 祓いを受け取った結果なんだわ、祓いを見るだけでなく受け取ってしまったが故…
 これはテイク2決定だわね、これでも資料にならないことは無いけど」

あやめがカメラを志茂に返しながら

「裕子ちゃんの居る現場であれば音声や映像に残せないだけに
 何処までもすっとぼけることは可能ですね、えー問題は弥生さん一人とか
 組んでも葵ちゃんの時で…」

弥生はシケたツラで

「ある程度は頑張るけど、こっちも勝ちに行くためにそれなりに作戦が必要だしねぇ」

本郷も一服開始しながら

「初代から二代三代と見せて貰ったが、まぁ鮮やかなんだが派手でもあるんだよな
 それに今や何処にも監視カメラや野外カメラがあるような、そして
 アマチュアで出歯亀してくれる奴もちょくちょく居るからなぁ、
 火消しっていう本来の目的は当分消えないわなぁ、
 それにこないだみたいに宇宙に打ち上げるとかあー言うのはもう地方公務員の
 出る幕じゃねぇよ、なぁ」

金沢がメガネを拭き掛け直しながら

「派手なのは遠慮願います、矢張り基本事務でしょうか、ただ、これで
 何をすべき部署なのかは良く判りました」

「いいね、まぁ現場は今んところ俺と富士がいればどうにかなるだろ、
 将来的に祓いが増えるようなら、それはまたその時だな、
 未来ある学生諸君に君も祓おう!
 なんてそうそう勧められたことでもネェや」

あやめが汗しながら

「さすがにそういう勧誘は…w
 中学生のみんなも判ったと思う、弥生さんクラスになるとそれはもう本当に
 命の取り合いになるんだよね、だから「敢えて」そこまでは…と言うのも
 選択に入れていいんだよ」

駒込君がしかし

「うーん、でも、こう言うのは軽い動機で怒られそうッスけど、
 あんなに強くなれたら、とは思いますよ」

常建がそこへ

「怒りはしないよ、むしろ歓迎する、自分でここまでと決めるのも決めないのも
 後はお前達次第さ、それこそ…何かの巡り合わせで「なくてはならない」
 みたいな強要でも無い限りはさ」

弥生がそこへ

「私も地味に巡り合わせよりは婆さん…先代の眼鏡に適った祓いになるのが
 半ば楽しかったことは否定しないわ、その途中で段々自分の背負った物に
 少しずつ気付いて…それでも半ば飄々と生きるつもりで居たのよ、
 それこそ私が「武器の選択を増やしたい」って軽い理由で
 婆さんから引き継いだ刀を…稜威雌を使い出すまではね」

電話向こうで御奈加の声が

『失伝の危機だったって言うんだから危なかったよな』

「なにげなーく、刀抱えたまま寝たことで稜威雌に初お目見え、
 刀受け継いでから既に十二年だもの、我ながら遠回りだったわね」

そこへ蓬が

「でも、それでも受け継がれました、初代が発見して弥生さんが再発見した詞も
 私が受け継ぎました」

みんながそれぞれ何かを引き継いだというのに、葵には特に何かを
と言う物がそう言えばないな、と思い

「勉強に為る事は一杯あるのに、ボク何も引き継げてないな」

あやめがそこに

「葵ちゃんは…今までのお話の中で力とか技とかでこの人っていうの無いんだよね
 本当に、十条の祓いの歴史の中では初めての存在なのかも、
 これで狼になるとか豹とかになるっていうなら大丸さん受け継いだのかもだけど」

御奈加も割り込んで

『常建から来る動画見る限り、天野の系統では無いんだよ、例え肉弾で
 体術だけで戦う天野がいても、それとも違うんだ』

「ん〜〜、ボク何なんだろ」

弥生がにっこりとして

「だから、貴女は奇跡なのよ」

「んーむぅ」

葵がモヤモヤしながら弥生を見て、ふと

「そういえば、八重さんの最後、魔階でギリメカラの刃受け止めた弥生さんと
 同じ感じだったよね、何が違ったんだろう」

ああ、あの時かとあやめ・亜美・志茂・本郷・裕子が思う。
そこへ矢張り八重の弓捌きからそれを指使いでトレーニングしていた光月がビックリして

「え、そんなことがあったんですか!?」

「あれビックリしたわ、ワタシ弥生が気絶でもしてたらもう取り乱してダメだったかも」

亜美が反射的に言う。
弥生はそこは冷静に、静かに

「先ず、八重はあそこから回り全員に響く詞を掛けて、その上で
 自らも稜威雌に最後の力を込めて魔王両断っていうのをやってるからね
 あと、刃を止めてから決着付くまでに八重の方がやや時間があったこと、
 で、大事なことは魔王はギリメカラより可成り強いって事、
 だって普段使いとはいえ特製の野太刀折って更に八重に食い込んで、だからね」

一つ一つが成る程と思えた、弥生は確かに刃を受け止めた後は
葵にだけ力を渡したが特にそれ以上の無茶はしていない。

「で、何より私の意識がある内に裕子が来てくれたこと、裕子の祓いは
 治療では無くて程度の差はあっても「無かったことにする」能力だからね
 あれが普通に治療だったら私先ず数日生死彷徨ってたかも知れない」

そして改めて言う

「八重は基本一人だった、弓も八千代も祓いでは基本一人だった、先代もおやいさんが
 ある程度育ったら役目の分散をして祓いそのものを二人で分けた、
 でも私は違う、任せられることは任せられる人に任せる
 だから生き延びていられるとも言えるわ」

なるほど、と思える、歴代のことを知らなくても、どこかに教訓が活かされていた
そんな感じがする、それも巡り合わせなのかと。

ああ、そうだと弥生は志茂にデータを呼び出して貰って先代とおやいさんの
二人の写真、デジタル処理でブラッシュアップしたそれをノートパソコンから
主に中学生のみんなに見せる。

「彼女は先代、名は同じ弥生、次の祓いを見つけて育てることが出来なくて
 例外とも言える思い残しで彷徨って九十年くらいしてやっと目に留まったのが
 この私、六代目稜威雌所持者、先代からは「後進を育てること」
 「感情にまかせて我を忘れない事」の二つを忠告として受けたわ、
 つい何ヶ月か前我を忘れて感情爆発したけれど、ま、それはまたいつかね」

おうじ↑の時だ、基本祓いを持たないあやめに手を出したから、
そしてそのあやめが初恋の人にタイプが似ていた事による感情の爆発、
あの怒りが裕子によって醒まされなければ先代のように枯れ果てていたかも知れない。
感情にまかせて我を忘れてしまったけれど、裕子という後進が居たことで最悪を免れた。

本当に、知らず知らずのうちに弥生はキチンと歴代の反省を活かしたように
今の今まで大きなリタイアをすることもなくやってこられた、増して死ぬことも無く。

「わたし、先代って人が気になるのよね、弥生がいきなり巫女姿で
 中央署に来た時、ビックリしたモノ、その刀持ってさ」

秋葉が言うと、本郷も

「そういや俺も詳しくは聞いてねぇんだよな、見聞書の形で多少読んだけどさ」

今まで黙って聞いていた子は密かに泣いていたようだがそれを拭い

「今弥生さんのお話の中で何度も出てきました、先代からの忠告という形で
 私二代目や三代目、四代目は聞いていませんが、今を生きている
 このメンバーでその話は共有した方がいいと思うんです」

「でも、今からとなると夜明けになるわよ?」

子と同じように今の今まで涙に暮れていた咲耶が

「こん際やわ、うちもそん話、聞いておきたおす!」

常建も

「そうだな、弥生さんさえ良ければ、丘野さえ良ければ
 俺達は明日帰るわけだし、帰りの飛行機の中ででも少し寝られればいいよ」

丘野は

「私は構いませんよ、徹夜は慣れっこですし」

弥生も

「まぁ二徹くらいなら私も平気だけど、それでもいい? みんな」

本物の歴史、今まさに鎌倉時代のそれを追体験した全員が頷いた。
弥生は本殿書庫から抜き取りで資料を持ってきて、丘野に渡してから

「じゃあ、覚悟してね、先代のその後には私も関わるからさ」



そして本当に朝になった。

弥生の抜き取りは見事にCase:8のエピソードを抜き取っていて、それを丘野を通し
今度は追体験として全員がまたそれを受ける、それが終わった頃、
今度は弥生がCase:4の話をちょっとかいつまんでして、そして昇華した
先代の魂は無事おやいさんと合流し、稜威雌はそれを見送った事を付け足した。

そして改めて江戸終盤辺りからの家系図と、先代の写真等を差し出す。

写真の映像は丘野を通して場を共有する全員に映り込む。

京都組や蓬・光月、本郷にとっては先の羊ヶ丘で出会った「先代の遣り残し」の正体が
分かったし、先代は決してしくじったわけでは無い事、何というか、
少し方向性が違うにしても「仕事が綺麗」という印象は八重と共に先代にも抱いた。

中学生組は亜美や葵の室蘭に対する思い入れがなんなのかをとてもよく知る出来事だった。

特に優が室蘭でのエピソードに感じ入っていた。
里穂や南澄は

「そっかぁ、そんなことがあったんだ」

「あの観音像にはそういう意味があったんだね」

中里君や駒込君はその事は判らないわけだが

「あー、俺とゴメで総合格闘技の体験学習してたときかぁ」

「あの観音像ってじゃあ今も?」

そこへ竹之丸が

「ウチの病院にあるよ、傷んだ箇所も修復して綺麗になってさ。
 ウチの病院もまた弥生絡みで不可解な事情(ワケ)あり患者受け入れ施設になっててさ、
 無念の魂も多かろうと弥生のススメで、ウチで役目を果たして貰ってる」

矢張りそこかしこに巡り合わせが出てくる、先代が思いも寄らなかっただろう事まで。

そして、弥生のその祓い人として出発した時の略歴を知った。
迷い苦しんで、それでも何とか先代や亜美に支えられつつ何とか成し遂げられた
上級に登るまでの話、受け継いだ時にはさすがに稜威雌は大きすぎて
それで別な手段で迂回策を探すウチに拳銃に行き着いてしばらく
稜威雌は厳重に保管されていたままになっていたこと。

「それでも模擬刀を使って剣術は習っていたのよね、
 師範には呆れられたわ、「何でそんな馬鹿でかい使いにくい剣に拘る」とね
 でも私もなんとなくレベルだけど「ここぞと言う時」「もし刀で戦うとしたら」
 それは稜威雌しか無いとだけは思っていたのね、だから野太刀で修行をして
 そして巡り巡って、初代の体験からもう私は「野太刀稜威雌」については
 短刀より素早く、太刀より深く確実に「その一点」を狙える自信があるわ」

そこであやめが

「弥生さんよりも少し大きい鎌倉時代の女剣士、なんかもう凄いですね」

そこで電話の向こうから

『なるほど、なぜそんな物を、と思っていましたがそういう由来なのですね』

「あら、新橋、会議は?」

『とっくに終わっていますよ、もう夜明けなんですから』

「そう言えばそうか、御園や凜は大丈夫? 眠くない?」

『眠いとかいうより、重いです…、でも弥生さん、矢張りそれらを
 進んで背負い込むんですよね』

「当たり前じゃない、稜威雌は稜威雌それ自体もそうだけど、
 受け継がれてきた五人の魂もまた私の誇りよ、私は十条弥生、
 どれほど飄々と生きていたいと思ったって、血の底から湧き出す
 祓いと想いと誇りは私をかき立てるわ」

『いやぁ、玄蒼市のデビルバスターって言う職業がある事とか
 瑠奈さん始めとしたそういう事を「当たり前」としている人達も
 とんでもない世界だなって思いましたけど、今この世界のちょっと影の部分も
 充分とんでもない世界なんですねぇ、あやめちゃんと私と
 どっちがハードだろうとか以前ちょっと思ったんですけど、
 これは比べられないなぁ』

「残念だけど玄蒼市の中を知っているのは今、凜だけなのよね、羨ましいわ
 フィミカ様に一度お目通りしたい」

うん、と京都組、奈良組の力強い同意が一斉に響く。

『十三四歳って感じなのにやたら威厳ある人だったですよ』

あやめがそこへ

「二代・三代のお話で登場する姿そのままかなぁ、今でも」

『私そっち知らないから、いつか聞かせてね、電話代は経費で落ちるとは言え
 そろそろ切るね、えっと、そちらから公安・国土交通省・玄蒼市に今
 伝えたいことなんてあります?』

「四代の資料を有り難うと、あの女とフィミカ様に伝えてくれれば私はいいけど」

みんなはある? という感じに弥生。
奈良組がそこで

『「次」からは大事な語句の通達は省かないように願えるかなぁ?』

御奈加だ、それに関して新橋が

『改善されると思われます、プロテクトと独自のファイアウォールの準備ができ次第、
 海底ケーブルを従来の回線から光に置き換えますので、今後は通常の範囲であれば
 余り限度を気にせず情報のやりとりが出来るはずです、新宿での出来事も
 ありますが、玄蒼市内から正規で動画など送れた物ではなく、
 百合原女史は非公式に公安や貴女方に動画を送りましたし、
 それも是正されるでしょう』

弥生が

「そりゃ助かるわ、両方の要望が重なったって事が幸いしたわね」

『ただ、そうなりますと玄蒼市と「その外」の垣根が低くなることも意味します
 そういう意味では覚悟もしてください』

御奈加がすかさず

『任せなよ! 少なくとも三人揃えば何にでも立ち向かってやるよ』

実力が同程度の、しかも高いレベルで同程度の三家が揃うことの意味は魔界都市新宿での
動画が示している、決して大言ではない。

弥生は目を伏せ少し俯いてニヤリとしたとも微笑んだとも取れるような笑みを浮かべた。

その余裕、いや、少なくとも何が相手でも冷静に、最大の力で立ち向かうという気構え
矢張り八重の姿も重なる、歴代の姿が重なる。

「ああ、凜ちゃん」

あやめの言葉に凜が

『うん? 特備としても何かある?』

「ううん、今度いつ来られる?」

あやめも大物になりつつある、公私混同も何のその。
これはこれで器のでかい…皆が汗した。



夜明けから昼前までの数時間、さすがに仮眠を取ってからそれぞれが解散を始めた。
特備三人+秋葉、後~会の車にて竹之丸と女子高生組、亜美と志茂でそれぞれ中学生五人、
そして最後に弥生が葵と裕子を乗せて千歳まで京都組二人。

「来て良かった、弥生さんにも会いたかったし、稜威雌も拝んでみたかった。
 裕子とももう一度組めたし、事件はあったけれど、結果良しだし、良かった」

別れ際、常建が口火を切ると

「そないそない! 実際に札幌で会ったこと以上ん体験も出来やはったし、
 モン凄く深い事情もたんと知れへん事が出来やはった、
 一応看板背負っとる身やし、
 抱えたモノや積み重ねたことん大きさはやっぱり支えがもあるし、伝えるべき事やし!
 ようみんなに感謝どすえ!」

咲耶も興奮気味に一気に喋って、葵に向かって頭を一つ撫でて

「葵ちゃんに会えたことも凄く良かった、
 こないな可愛くて強い子がいもとやったらなぁって思うよ」

「そーだな、世の中にはまだまだ型にはめられないこともあるんだなと思う」

常建も葵の頭を一つ撫で、微笑む
葵は顔を真っ赤にして

「うん、ボクも良かった、家族みたいな人が増えた気がする!」

裕子がそこへ

「愛宕に始まる魔人の祓いはもしわたくしと葵クンだけならもっと凄惨に
 長引いたでしょうね、三家揃って、葵クンも居て、本当に良かったですわ」

弥生も加わって

「そーよねぇ、新宿の案件はそれはそれで外せない出来事とは言え
 丁度この時で本当に良かったわ、巡り合わせは重いけれど、感謝だわ」

「十条の祓いが継いできたモノ、積み重ねたモノのすさまじさも良く判ったし
 四條院や天野もそれぞれやっぱり誇りに思う、祓いなんて異能、
 命がけで戦うこと、イヤになりかけたことがないと言えば嘘になる、
 でも、今やっぱりそれは継ぐべき誇りだと思う」

常建が締めた、五人それぞれも頷いた。

「冬はこっちおいないって言おいやしたいけれど、受験があるんどすなぁ、
 また来年に、会おうね!」

咲耶の言葉に

「ええ、是非、今度はこちらからでも!」

裕子が言って、そして気持ちよくそれぞれがまたそれぞれの場所に戻っていった。


Case:20.5  閉


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