L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:Twenty point Seven_Five


八月も中、札幌某所に十条家の運営する霊園がある。
基本神道である十条家が余り世間の本流(仏教)に干渉されない形でと
明治時代には許可を取り運営していた。

埋葬される殆どは十条家、或いはその事業等の関係者でも希望があった者で
信教の自由を標榜し、ほぼあらゆる形態の弔いに対応している。

その駐車場に外見だけは古めかしい軽自動車が止まり、
少し中でごそごそとした後降りてきたのは巫女の姿に扮した弥生であった。

駐車場内の車を見回し、少し口の端を上げてそこへ赴く。

「父さん、二ぃ兄、来てたんだ」

弥生の母、父の妻の墓の前である。
黒に青の巫女衣装という出で立ちの弥生に二人は少しビックリしつつ

「お前も何かそういうの似合うなぁ」

二番目の兄は詰まり裕子の父、文月は本流に拘らない弥生を受け止め、
素直に弥生らしさを褒めた。

「私の普通の巫女衣装は先代を彷彿するって裕子に言われてね
 まぁ、六代らしい何かがあってもいいかなって裕子のお土産なのよ」

「あの子の弥生好きは今でも凄いからな」

「しょうがない部分もあるわ、祓いの力なんて今この北海道では
 自然に芽が出る事なんてほぼないし、私しか裕子を導けなかったし…
 そういえば正陽(まさはる)幾つになった?」

「五歳の一人っ子だった裕子が祓いで取られるとあってはと頑張った結果だから
 十になったよ、祓いはないらしいからこれでひと安心さ、
 いずれは統合する事業とは言え一応こっちの何もかもを継ぐ奴も欲しかったからね」

「十歳かぁ、裕子もあんまりそっち帰ってないみたいだけど、申し訳ないわね」

「そこは、中学から寮で過ごしてるわけでこっちの自立促しと本人の自立心の
 兼ね合いだからいいんだが、年に何度も逢えないとなると、
 そして合気の指導なんかもされてる正陽にとっては裕子は間違いなく
 ヰタ・セクスアリスなんだよな、それだけがちょっと心配だよ…w」

「裕子のあの体じゃあねぇ、まぁ大丈夫だとは思うけどさ」

「裕子は正陽の事はあんまり話さないか?」

「私の側に居る時は完全に祓いとしてだし、こっちも色々あって
 最近歴代の情報色濃く受け継いでいるからなぁ、
 でも蓬ちゃんとかクラスメートには話したりすることもあるんじゃない?
 蓬ちゃんも寿が居るし」

そこへ父が

「歴代っていうのは、その刀のか?」

「うん、ついこないだ七百二十年前くらいのこの刀が初代によって
 生み出されるまでを詳しくね」

七百二十年、父秋初(あきそめ)と文月は心の底から驚いた。
弥生は母の墓標に向かい

「と言うわけで母さん、私は普通の女にはやっぱり成れない。
 でも私にも継ぐモノと継いでゆくモノがあるんだわ、
 私が最初にこの刀を父さんの部屋から持ちだした時に、
 調べてくれたの母さんだよね、認めては呉れていると、私はそう願う」

そう言って、詞を捧げる弥生。



明治から百年近く経って突然生まれてきた祓い人。
半端巫女を自称する割りに、どうしてそれはいっぱしの巫女だった。

文月と秋初はそれが終わるのを黙祷しながら待った。
聞きたいことは沢山ある、本家筋からは遠くなってしまったし、
(五代は京都の生まれではあるが傍系である)
弥生も余り祓いのことは詳しくは話さない。

ただ、例えば北大病院に敷設されたのと同様に訳あり病院敷設を進言する時には
その意義や必要性を実例などから説得はしている。
この場合は特に分かり易い例として明治の室蘭に於ける結核療養所の下りを記した
おやいさんの回想録などが参考で使われた。

詞を捧げ終わり、一礼して一歩退いてそれは終わる。

「…いつも花は手向けに来るんだけど仕事とか色々絡んでヘンな時間ばっかりだったし
 今年はちゃんと都合付けられて良かったわ」

「仕事?」

秋初の疑問に弥生は

「両方ね、探偵と祓いの、今年は探偵部分は休業にして祓いは幸い入ってないし」

「探偵か…、裕子もそうする積もりみたいだがさぁ」

文月の漏らしに弥生がちょっと済まなそうに

「それに関しては私は勧めたわけじゃあないのよ、うん」

「でもお前の影響の強いヤツだからなぁ」

「そこはまぁ…否定はしないけれど…、いや、申し訳なくは思うのよ…
 まさか医学科から探偵って本気で考えて居るなんてさ」

「生活を保障する物でないとしても、裕子にとっては祓いは医学を修めてから
 使うに値する、それだけの価値があると言うことなんだろう、判ってはいるんだ」

「伝統として祓いが息づいているならもうちょっと天秤に測りやすいんでしょうけどね」

そこへ秋初が

「だが…本家には伝えてあるんだろう? お前のことも裕子のことも」

「ええ、裕子は裕子で単独、私は私で二度ほど」

「そうなったらもうこっちで何を言ってもなぁ」

「とはいえさ、やっぱり親だもの、聞ける希望は聞きたいとも思っているのよ、うん」

文月は苦笑気味に

「誰に似たんだか、裕子はその辺頑固なんだよな、若い頃の父さんに近いのかな」

秋初は笑って

「若い頃というか…、日本が高度経済成長だの言っている間にも
 世情は変わる、どうすれば、何をすれば次も順調に、またその次も順調にと
 職に携わっていた頃は必死だったから、みんなにはちょっと心ない親だったろうな」

「お陰で一族全体で抱える事業はほぼ堅調だけどさ、
 これからも陰りが見えそうな分野を縮小・損切り、事業は拡大すべきか
 堅調を維持すべきか、そういう難しい判断をしていかなくちゃならない
 同じ立場に為って良く判ったよ」

「そう言ってくれると救われるよ、母さんにはちょっと間に合わなくて
 本当に申し訳ないと思っている」

そこへ弥生

「でも母さんはちゃんと逝くべき場所に逝ったよ、思い残しをするほどの渇望も
 ないから先に逝くともね、臨終の席でも私言ったけどさ」

「こちらは見えないし聞こえないから「そうだといい」としか言えないのも歯がゆい」

秋初の呟きに、弥生が詞を両手の人差し指に込め、二人に「目をつぶって」と言うと
その指先を額に当て、目を開けて、と言う。

秋初と文月が霊園を見ると、そこかしこにまだ行けない霊が墓の側に居たり
何かを呟いているのすら聞こえてくる。

「見えるし聞こえるでしょ、聞こえる方は修行してからだけど
 私が小さい頃から見ていた景色がこれさ」

二人が驚いた、弥生の目から見える世界音声が聞こえなかったというなら
相手が何を望んでいるのかも判らない、その陳情も聞けない、
ただ見えるだけなのだ、それはそれは苦しかっただろう。

そのうち父がとある墓に向かい歩き出す。
その墓に居たのは中年の男性で、秋初に自分が見えていると判ると

『社長、大事な時に本当に申し訳在りませんでした』

謝ってくるのである、どうも父が現役時代の部下のようである。

「竹岡君、君、逝けてないのかね…」

ややショックを受けた父に竹岡は

『折角順調に進んでいた計画に、水を差してしまい、多大なご迷惑を…』

「うん、いや、心筋梗塞だったか、突然だった、それはただただ悼むよ
 あの計画は確かにその後紆余曲折をしたが、二年ほど遅れて…
 その遅れの分も新たな計画に加えて一部練り直し事業化できたよ、
 その事業の今の社長が…」

秋初が文月を呼び、来させて

「手前味噌で悪いが継がせるだけの資質はあると次男に任せてある、
 今も堅調と言っていたな?」

「はい、初期とはだいぶ技術から何から上がって…更なる投資で
 新規開発に向かうか、それとも現状で客層を広げ先ずは利益の確保か
 と言うところで岐路に立っては居ます」

竹岡は少し興奮して

『おお…、今、どのくらいまで進んでいます?』

と言って可成り技術的な話を始めた。
文月はボンボン社長と言われないように他所での下積みから技術者としても
たたき上げて社長に就任し、現在も新たな技術論文や研究論文などには
目を通しているので、それらに関する事と、ただし、技術工業品というモノは
精度に多少の難があっても安い方に流れがちである現状など、難しい面も話した。

『私が死んだのがいつでしたか…でもその間に技術はそんなに進歩していたのか…』

「ウチで事業としてその切っ掛けを作ったのが君なんだ、
 確かに亡くなった時そのままそっくりとは後れの分言えなかったが、
 お陰様で全世界を相手にシェアの何割かは握れている現状だよ
 本当にお疲れさん、竹岡君はよく頑張ったよ」

秋初が心からそれを言うと、竹岡は秋初と文月に深々と礼をしながら

『これで…何の思い残しもありません、家族は今でも悲しんでくれますが…
 それだけでは逝けなかった、心残りで…でも…やっと、やっと報われました』

そうして、竹岡の魂は昇華した。

「はい、これで一人また和の中に戻った」

弥生が声を掛ける。
いつの間にか弥生は着流し姿になっていて、腕に脱いだ袴などを掛けていた。

「これがお前の世界か…」

感慨深げに秋初が言うと

「こんな風に逝ってくれれば、悪い気はしないでしょ」

「ああ…なんだか良く判らない恐ろしげなモノを想像していたが、
 こんな風にこちら「も」救われるという事もあるんだな、悪くないなぁ」

「父さんから竹岡さんのことは聞いていた、凄い仕事人間だったってさ
 それでいて家族サービスなんかも全部頑張って頑張って…それで
 仕事の最中に倒れてそのまま…
 本当に、死んでまで仕事のことを考えて居た人なんだな」

そこへ弥生が

「居たのは知っていたんだけど、これは父さん辺りと出くわして
 見て貰った方がいいなって今までずっと居たのよね、
 自分から発見して歩み寄るなんて思っていなかったけれどw」

文月が

「俺は今まで見える部分でだけでも日本を愛して来たけどさ、
 こう言うことがあると余計に日本人で居て良かったと思うよ」

「右だ左だじゃないのよね、普通生まれた国や地域は余程辛いことしかなかった
 と言う以外なら愛して当然なのよね、私は普通の人からは見えないところから
 それを体感してきたわ」

政治心情的には「保守左派」時代に合わせて変わるべきは変わるべきである
ただ、変えてはいけないモノもこの日本にはある、という信条の一家だった。

「弥生の生きる世界も…、儲かる儲からないに関わらず必要な事だと良く判ったよ」

「と言うわけで、まぁ…裕子の盛大な回り道にも多少は目をつぶって上げて」

「医者で祓いというわけには…いかないか」

「時間という制約がね、それが緩ければありなんだろうし、医者じゃなくても
 研究職とか他にも医学免許を持っているからこそ出来る仕事は在ると思うけどね」

「とはいえ、裕子はすっかり探偵になるつもりでいるからなぁ」

三人で苦笑しつつ

「まぁまだ時間はあるわ、これからの出来事によっては大学生になったら
 何かまた違う道も見えてくるかも知れないしさ、もう少し見守ってよ」

弥生の言葉に文月が何とも言えない締まらない表情をすると、秋初が

「そういえば葵君はどうしたんだい」

「やっと同年代の友達も出来てさ、実りある夏休みだったとは言え、
 そろそろ夏休みも終了だし、友達のウチでお勉強会をね
 裕子も猛勉強じゃないかなぁ、成績はいい方だけど
 と言って遊んでて何とかなるモノじゃないからね」

「そうかそうか…」

静かにでも満足そうに秋初が言うと文月が時計を見て

「おっと、抜け出しに近かったし、こっちは戻るけど、悪い、弥生は父さんを
 家まで送って行ってくれるか?」

「こっちは基本今日は休業だからね、全然おっけー」

急いで文月が去って行くと、弥生が父に

「そういえばお昼は?」

「まだだなぁ」

「んー、じゃ戻るついでもあるしあの辺で決めるか」

「うん?」

「むったどありがどーごし食堂」

父は少し呆れたように

「お前は、たまにはいいモノ食えと言ってもああいう所が好きだったなぁ」

「今でも大好き♪」

「まぁ今ならお前のこともだいぶ判るから、味はそこそこでも沢山食べたい
 そういう事なんだろう?」

「燃費悪いからねぇ」

「そこは祓い人の弱点なのか」

「概ね歴代もその周りも大食いよ、そこも歴代譲りと思えばこそ大食いすら誇らしいわw」

父は締まらない笑いで弥生とともに歩くと、駐車場には相も変わらず
クラシックとも言い切れない微妙な古さの車がある訳だ

「ここまで徹底した懐古趣味は何なんだろうなぁ、お前が初めて買った車も
 どこから探してきたのかスバル360、むしろ俺の青春だよ…w」

「今のこれにした時、父さんに譲ったけど、今どうしてる?」

「会長職も退いてから免許も返上したからなぁ、車検だけは通してるよ」

「んー、じゃあ裕子も後どれくらいかで免許取るでしょうし
 裕子にプレゼントしてもいい?」

「いいが…今の時代にあれはさすがにキツいだろう」

「まぁほら、この車みたいに中身は最新って具合にね」

「それで下手な新車より高く付くと言う具合だ、酔狂だよ、お前は」

「褒め言葉だわ、さ、ホラ乗って」

弥生の隠れた特技の一つ、早変わりで食堂に着く頃にはいつもの格好になっている。
十条は背の高い遺伝子があるようだが、それでも秋初の年齢はもう七十代、
幾らか曲がって縮んでもう弥生が祓いとして目覚めた頃の威厳も丸くなった。

食堂に着くと弥生はメニューとにらめっこを少ししたかと思うと
父がメニューを決めるまで待ち、注文を取りに来ると定食に単品二つに小鉢二つ
と言う具合に安い食堂でも一千円は確実に越える注文をする。

父はまだ食が細くなったわけでもないので普通に普通の定食メニューで
いざ目の前に食べ物が来ると、矢張り弥生の食べる量は凄い。
しかも戴きますをして、何から食べようかという視線や箸の行方、
そして頬張り、思った通りの味である事を確認して満足そうに食べてゆく。

父も眼を細め、食べ進めてゆく。

そして一服の頃合いになると、父は

「祓いになってからと言うモノ、いつも苦虫を噛み潰したような
 表情だったのが柔らかくなって、いつかそんな風に食べることを楽しみにしていたなぁ」

「そーねぇ」

「味の良く判っている普通のモノでも、調理の段階で失敗がなければ
 どんなに普通でも美味そうに食うんだよ、その姿、
 霜月も文月もお前の姐さんの二人も、たまに襟を正されるって言ってたな
 俺もそうだ、一応曲がりなりにも…何て社会的なことを気にしたりして
 素直になれなかったりしたんだが、普通に食べられる、それだけで本来
 充分だし幸せなことなんだよな」

「勿体ないよ、食えるモノを不味いとか言っちゃうのはさ」

「そう、そこが初心なんだよ、俺もそれでちょっと仕事のあり方とか考え直して…」

「たださ、上を見られる時はギラギラ上見てていいと思うのよ、
 下見て見下さなければね」

「そこも大事なんだ、少なくとも今の十条も、祖先が積み上げたモノの結果
 他よりは恵まれた場所から始められるって事を、ちゃんと考えないとならない
 そうでないと、経営も何も見失ってしまう」

「威厳も大事だよ、詰まらないことは詰まらないと断じることもね
 絶対正義じゃなくていい、一理あればそれでいいのよ
 一理を相手に考えさせることが出来るなら、上流思考とか
 そういうのも悪くはないと思う、厳しかった頃の父さんの方が好きだって
 かつての部下もいるんじゃないの?」

父は笑い

「そういう事もあるなぁ…w」

「でも、そんな風に年取ってみたいよ」

「おいおい、親より先に逝くことは考えないで呉れよ」

「抗うわ、色々と」

「着物を着ていた時に袖から幾つも傷跡が見えた、
 きっと安らぐこともあれば基本厳しい世界なんだろうと思う」

「正直言うと何度か死ぬかもとは思った、でも、生きているしね、
 これからもそうする積もりよ、ただ、希望だけでそれが叶うほど
 巡り合わせは甘くないからねぇ」

「いつでも覚悟は側に置いておく、か、戦国時代とかでもあるまいに、
 今この現代にそういう世界があるなんてなぁ、だが、お前や裕子が確実にいて
 警察にも専用の部署まである、その世界をさっき少しだけ見た。
 ただ、親としては許さんぞ、先に逝くのは」

「はぁい、肝に銘じておきまぁす」

会計を済ませ、父を実家まで送り、家に戻る途中であった。
着信音で弥生は車を路側帯へ寄せハザードを付けて電話に出る

「もしもし、十条弥生」

『あ、お疲れ様です弥生さん、今どちらですか?』

「二十四条線に乗ったとこだからまぁもう少しで家だけれど、何かあった?」

『…これは厳密に特備になるのか判らないんですが…』

「うん?」

『自治体も何も公的な機関での物ではない監視カメラのような物があると』

「それは確かにウチらの領分?」

『ただその場所がですね…カズ君事件…今でもまだ再造成区間として
 一般には開放されていない筈の場所なんですよね』

「…そう、通報はどこから?」

『電気工事をしていた業者が通報元のようです、そんなところにないはずの場所に
 どうも稼働状態らしいカメラが設置されていると』

「なるほどね…それは一応あの自衛隊とかにも…いや、そんなボロは出さないか」

『…そう思います、ですので何か心霊現象待ちのオカルト趣味の人くらいの
 オチであって欲しいなって』

「了解、今からそこだと…上手く流れてくれれば十分くらいかな」

『判りました、お願いしますね』



「おや、金沢君」

現場には金沢がいて、弥生にぺこりと頭を下げ

「仕事になるかどうかも判らない確認と言うことで僕が来ました。
 現場は…ここより一条南の西へ二丁目ほどの場所ですね」

「おっけおっけ、折角だわ、貴方にも見て聞くだけだけも体験して貰うか」

と言って弥生は問答無用に詞を唱え金沢の額に当てる。

「えっ、えっ、ええっ、な、何ですかここ、凄い数じゃないですか」

先代と初代の記憶を見ているだけに見えてきた光景だけではパニックにはならなかったが
さすがにその数には圧倒された。

「これが「カズ君事件」の痕なのよね、でも地鎮も済んで造成され直しているのに
 まだこの有様か…」

死のその瞬間で止まってしまったかのように酷い状態の霊があちこちにいる。

「この有様見て吐かないとは良くやるわね」

「問答無用で見せて置いて何を今更ですね…、
 色々記録映画ですとか見ていますから、匂いまで加わらなければまだ範囲内ですよ」

「ふふ、貴方も結構素質あるかも」

「警察になったからにはある程度は覚悟はしていますよ、でも
 どうにも実技が余り良くなくて」

「本郷は筆記とかの方にイマイチなのよねぇ、経験で何とかしてきたって感じの」

「それっぽいですが、一度為ってしまえばやっぱり一番モノを言うのは経験ですよ」

「…よほど予想外だって事以外はね、さて…あれかな?」

電柱の上に堂々と備え付けられていたそれ。

「大胆ですね…あの…さすがにでもあの辺りに引っかかっている人間の破片がチラチラ
 目に入るとさすがに余計な想像力が働きそうなんですが…」

「そーね、突然の理不尽とは言え自然に任せようと思ったけれど、これは多すぎるかな」

弥生は詞を唱え、両手の先にそれを点し両手を広げてそれらを周囲に散らす。

「しつこくないのは昇華、多少しつこいので今の昇華できそうな霊くらいにはなるわ」

確かに祓いの目を一時持った金沢もそれらが細かく崩れキラキラと昇華して行くのが見える。
そしてただの普通の人間の眼としても何かが揮発してゆくのが見える。
丘野の語りである程度見た経験として入り込んでは居た物の、
矢張り今現実に目の前でそれが起こっているとなると、金沢も何か感慨深げだ。

「有り難う御座います、これでじっくり観察できますよ…
 というか稼働状態でここではないどこかに有線で繋がっていて、
 どこかにデータを流しているのすら見えますね…」

「ああ…八重の力加減が混じっちゃったかな…でもそこまで見えてくれてるなら
 話も早いわね、辿りましょうか」

二人でそれを追ってゆく、駆動するための電気は盗電、
そして画像のケーブルは巧みに地中や物の隙間を縫って封鎖地域外のとある一軒家に…。

「「中里」いやぁ…イヤな予感するわ」

「そう言えばお邪魔した時に中里という子が居ましたね」

「多分そのイトコがここだわ…やだなぁ、私多分見られてるのよね、
 映像証拠としては残させてないって言うからまぁいいんだけどさ」

「ここまでする出歯亀根性は何なのでしょうね」

「刺激が欲しいのよ…多分だけれどね…ちょっと…これは稜威雌持ってくるか」

「なんでです!?」

「有無を言わせない威厳のような物が必要なのよ、こう言う時は、
 ヤレヤレ、少し待っていてくださる?」

「はぁ」



金沢がチャイムを何度か押すが無反応。

「居ないのか居留守なのか…」

弥生が壁に手を当てそこから青い祓いの光が家を巡って戻ってくるのが微かに見える。
なるほど、何をやっているのかは判った金沢。

「居留守ですか」

「居留守だわね…舐めたマネしてくれるわ」

「さて、どうしましょう、令状取ります?
 少なくともデータは有線でここまでですが、電源はどこかで盗電していますし」

「まだるっこしいのよねぇ」

「ふむ…」

弥生は軽く跳んで二階の特定の一室の淵にへばりつき、指で窓をノックする。

「その部屋にいる事は判っているのよ、どうしてそれが判るかって?
 何狙ってるか知らないけど公共の電気盗電してまで覗きやってる貴方がそこを問う?」

と言って懐から警察バッジを取りだしてカーテンの閉まった窓に押しつける

「言っておくけれど、今この場を逃げたって次には礼状もって押しかけるだけよ」

ちょっと無茶だがうん、このくらいの取引はあってもいいか、
それより周りに見えてないのかな、と少し周りを警戒する金沢。

「なんで…何でここが判った!?」

窓を開けて愕然とした二十代始めくらいの若い男が顔を出すが、
弥生の顔を見て凍り付いた。

「ああ、やっぱり私の姿押さえて消されたって貴方なのね
 入れてくださる? 今すぐ撤去を誓えば盗電については不問にしてあげる」

そこへ金沢が

「そこまでの取引は許されないと思いますよ?」

「まぁまぁ、盗電の実態を知っているのは今ここの三人しか居ないんだから」

「…判りましたよ、でも、上がって何をしたいんです?」

そこで弥生がその若い男へ

「何か写ってた? 包み隠さず見せてくださる?」

「ま…また消すのかよ!」

「当たり前じゃないの、今このフェイク画像や動画だって幾らでも作れるご時世
 「そんなもの」残して公表したとして話の種にだってなるかどうかよ?」

「でも消すって事は本物って事だろ!?」

「それを今ここで私が貴方へ保証したとしてネットの向こうじゃやっぱり話の種の種よ」

男は黙り込んだ、何をどう足掻いたって映像に撮ったと言うだけでは不十分だ。

「刺激が欲しいなら、見せるモン見せたら少しだけご覧に入れるわ」



「撮れたのはこれだけ…ここだけだ、なんなら全部早送りでも何でもしていいよ」

それは坊さんが念仏を唱えると何かが昇華して行くという部分だ。
光月の父親、間違いない、ここへ来たと言っていたし。

「ふーん、益々あの人も中々やるもんだわね、悪霊化しそうなのを祓ったか」

「悪霊って…じゃあやっぱり…」

「「もう少し私の到着が遅れていたら或いは貴方も為っていたかも知れない未来の姿」よ
 さ…(詞を唱え彼の額にそれを当て)その目を通して窓から現場ご覧なさい」

彼は言われたとおり窓の外を見て

「俺もああなっていたかもって…」

「「あの時」はそれを考えなかったわけ? 暢気ね、無条件で無差別に襲いかかる
 災いに対してどうして貴方だけがそれを免れると思えるのさ、
 死ぬ時は一瞬でも、何だかんだああならない保証もないのよ」

彼は少しだけ自らを省みたが

「貴方が知りたいと思うなら知るといいわ、ただし自分の足と目と耳でね」

弥生は問答無用でPCケースの常駐ソフトを止めて行き、シャットダウンする。

「…なによ、付けっぱなしで更新も再起動待ちのまま過ごしてたの?
 暢気ね…誰がここを監視して貴方のその危険な趣味を突くかも知れないのに」

そこへ金沢が取り外した機器を持ってやって来て

「施工会社に手助けして貰って外してきましたよ、ケーブル類は重すぎて困ります」

「な…なんだよ、パソコンごと押収するのかよ」

弥生はパソコンのケースを片面外しながら

「そんなことまでしないわよ…ありゃ、裏配線か、こっちも外さなくちゃ…」

そして弥生は一つのハードディスクを取りだして

「見た感じこれこのカメラの録画データだけのようだから」

弥生はそのハードディスクのラベルを確認してポケットから万札と
五千円札を一枚ずつ取りだして彼のPCケースの上に置き、
そして空の缶ジュースの上に置いたハードディスクを前に一歩退きつつ

「自分が何か行動するには、そしてその内容によっては対価は思ったよりも
 高く付くことがある…肝に銘じなさい、貴方が悪だとは言わない、でも…」

金属の閃きと何か音がしたと思ったら次の瞬間には弥生が稜威雌をその鞘に
収めているところで、缶の上のハードディスクは真っ二つになって床に落ちた。

「今の貴方の命に見合う趣味じゃあないわ」

男も金沢もビックリした。
決して広いとは言えない室内でごちゃごちゃ物もあるのに野太刀で
切りたい物だけを一瞬にして切ってしまった!

「おれ…そんなに危ないことに手を出してたのかよ…」

一気に怯えた男だが、弥生は冷静に

「今はまだ、そこまで行っていない、けれど行ってしまえばもう私も
 貴方に何かあってからの対処になるわ、自分だけでなく近所中を巻き込みたくなければ
 少しだけでいい、その行動力を他に…普通にでも全うに生きることに費やしなさい」

男は息をのみ、取り敢えずHDDに相当する弁償代はあらかじめきっちり相場分
置かれていたことからガタガタ言わずに取り敢えず頷いた。

「んで、私のこと銃刀法違反とかで訴えても無駄だからね、と言っておく」

そしてすっかり萎縮した男を残して二人は去る。

「初代の技を受け継いだと言っていましたが、凄いですね…」

金沢の言葉に弥生はシケたツラで

「十三代石川五ヱ門に言う「また詰まらん物を」…って奴だわ、やれやれ」

「脅しと言いますか、抑制には為ったと思いますよ、確かにあんな趣味
 どう発展しても碌な結果にならないと思います」

「熱意の向けどころは間違って欲しくない物だわね」

そう言って、大した内容になるでも無く、金沢立ち合い第一号の仕事は終わった。

そこからしばらくは、順調が続いているようにだれもが感じた。


Case:20.75  閉


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