L'hallucination ~アルシナシオン~

CASE:TwentyTwo point Five


「以上になります」

本を二つ並べ語っていた丘野がそう告げた。

三代の時や、初代の時などは特に心を乱さなかった弥生が嗚咽を堪えるように泣いていた。

五代弥生も六代弥生も預言された存在であった事などは稜威雌の記憶にも無かった。
最後の瞬間、宵は稜威雌とは別れを告げていた事、
既にお沙智の手の中にあった事でそこまでは継がれていなかったのだ。
初めてそれを知った。

宵は自らが至らない至らないと思い突っ走りつつ、
いつか誰よりも広く、そして先を見ていたのだ。

五代弥生をフィミカ様が呼ぶ事もなく、そして六代がこちらに…
と思ったところ「玄蒼市の外で」何かが起こるのだと悟ったフィミカ様は
宵の言葉に従って弥生の玄蒼入り辞退を受け入れたのだ。

なるほど、フィミカ様に大胆不敵にも告白し、そして玉砕する事など判った上で
心からフィミカ様に恋をしていた、フィミカ様が手放したくなかったのも良く判る。

そしてその銃と刀を使い、言動、相手の心の隙やミスリードを誘い
気付いた時には王手をとっているその戦闘スタイル、弥生が江戸時代に生まれたら
こうだったろう、というifそのままであった。

葵はそんな弥生を気遣いつつ

「そっか…でも陵さんとの約束はお弥撒さんとして果たしたんだね」

葵も涙を流していたが、しかし気丈に振る舞った。

「おかしな話なんだ、この話だとボクお倫さんに感情移入するかなって、したはしたんだけど、
 おかしな話なんだ、ボク何でだかフィミカ様の気持ちが凄く分かって
 なんでだろうね…でもこれだけは言える、弥生さん、ボクはいつでも側に居るから」

弥生は泣きながらも葵を抱き寄せた。
いつものように涙に暮れハンカチでは足りずティッシュまで使って居た裕子が

「あの…丘野さん…最後の方の…」

軽いようで物凄くヘヴィな宵の人生に声を上げるでもなく泣いていたり鼻をすすったりの中

「ええ…、ただ、今は京都には本家しかないようですし、
 その書物が本家なのか…先代弥生さんが京都庶家から東京…と言う事で
 東京なのかも知れないですし…でもそこまで行くと私も流石に独断では連絡が取れなくて…」

そこで涙を振り絞った弥生が力強く言った

「いいえ、どちらにもないわ、多分だけれど…それは実家にある!」

丘野もはっとした、そうだ、歴史は紡がれている、なにも江戸初期の京庶家とはいえ
移動に移動を重ねその流れは北海道にあるのだ、確かにそこまでは考えが及ばなかった。

「裕子…多分その稜威雌持ちになれなかった祓いは貴女の系統だわ、
 いつか…時間が空いた時に探しなさい、貴女のルーツを…」

「はい…! 既にその方の無念が見えます、でもわたくしはそれを知らなければならない…!」

何という世界だろう、何と重たい世界なのだろう、
初参加の看護師、八柱(やばしら)みのり、まだ研修生である六町八潮(ろくちょう・やしお)
二人はとんでもない世界の足を踏み入れたのだと知りつつ、しかし何の力も無い
ただの町人ですら武器を持ち戦っていた事、お陸やお竹、お志摩やお隅といった
身の程と共に周りと協力して出来る限りの事をしていた事、中坊連中も今回
とてもその大事さを痛感もした。

『おい…二宮二宮と呼ばれてた浪人ってさ…』

涙声の御奈加が言うと、同じく涙声の皐月が応えて

『はい、確かに平塚と名乗っていました、面影や義侠心など、恐らくは…』

「そうね、ヒロ君の祖先ってワケだ…今度あの女せっついて魔界都市新宿の方の
 アイツにも彼の祖先の事教えてやろう」

弥生も言う、何のことか判らない初参加組や動画を見ていない警察組がその動画を視聴して
改めてその縁というモノを感じた。
そして着流し姿の弥生は矢張り宵を彷彿とする事も。

「私…何の力も無い、ちょっと鍛えただけのただの人ですけど、
 でも警察になれて、警備課特備に配属された事を幸せに思います、
 やっぱり私は、出来る限り弥生さんや裕子ちゃんや…みんなの支えをしたい!」

あやめが力強く言った。
思わず頷いた本郷が

「ああ、ひょっとしたら二宮ってヤツの血俺にも入ってンじゃねぇの?
 そう思うくらい俺は今回はアイツに感情移入したね」

郷土愛的な意味合いもある、どれほど物騒な土地だろうと矢張りそこには
玄蒼を愛するその土地の人々の思いも伝わってきた。
秋葉も、金沢もあやめの言葉に頷く、出来る限りの事をしたい
増して今この札幌が狙われているなんて事を知ってしまったからには…!

弥生の膝に乗った狛江さんが弥生の涙をひと舐めしてそれが稜威雌を通し

『縁ってのは不思議なモンだ、二宮と一緒に玄蒼を去った時に連れてった猫の
 子猫の方がアタシのおっかさんさ』

あの時現場に居た裕子と葵以外の全員が驚く。
化け猫だとは紹介されていたが、本当にそれは確かに稜威雌を通し、
そして丘野の能力と共にその場に響く。

『おっかさんも子猫のウチだったから余り山桜の覚えはないらしかったが
 三人の巫女の話は時々聞いていたし、アタシは生まれて他に引き取られたんで
 二宮もちょいと老け込んだ姿をチラリとしか知らなかったが、
 さて、その力を受け継いで何の因果かその力であちこちの猫の体を渡り歩くウチに
 弥生と会って、気ままな野良が良かったが、神社住みで弥生の居心地もいい
 ひょっとしてこれはと思ったが、まさかが当たったねぇ』

弥生が狛江さんを撫でながら

「そう、なにもここまでと思うけど、何もかもが一堂に会するような、
 そういう巡り合わせなのね、じゃ貴女、本当の名はなんて言うの?」

『それももう滅んだ体の名さ、弥生がアタシを狛江さんと呼ぶならそれがアタシの名だよ』

狛江さんが眼を細めひと鳴きした。
満足そうな声であった。

弥生が狛江さんを包み込むように抱きしめる。
狛江さんもそれに応えるように頬を弥生に擦り付ける。
そこへ葵が

「もし…あの時、あんな悲しい事件がなかったら…ひょっとしたら
 この出会いもなかったかも知れないんだ…」

裕子もそれに応え

「数々の事件が「仕組まれた」ものとして、これに呼応するように
 叔母様の縁も最大限に発揮される…まるで人の栄華と禍の間のような…」

そこへ常建が電話越しに

『何かが一方的に進む事なんてないんだな、どこかでそれは帳尻の合うようになっているんだ』

『そやねぇ…』

泣いた後はしみじみと常建の言葉に咲耶が相槌を打った。
そして弥生が力強く

「これで一通り…全てではないけれど私の歴代については刻み込んだわ…
 何かがこの世代に集結しつつあると言うなら、今度こそ遣り残しのないように
 私が全てに決着を着ける…!」

すかさず葵が

「みんなでだよ!」

弥生は葵を見て愛おしさ満開に撫でながらキスをした。
その光景はちょっと刺激的ではあるが、しかし「皆でそれを成し遂げる!」という決意には
全員が力強く頷いた。

そうして、蓬との模擬戦も含め忙しい合間の集合は一旦終わりとなる。



大晦日を越え「あけおめメール」と共に大体の人から「元旦は何時集合か」を弥生は聞かれた。
少々面食らいつつ、しかしそれ程までにというなら、それをより意味を持たせるべく
弥生も妙案を持ち、葵に耳打ちし、そして初代の記憶とその力の受け継ぎで得た
「招待」で葵を稜威雌に有無を言わせず連れて合わせた。

少し固くなったモノの、確かにかつては「敵」の筈の梅だって居た事があるのだ。
増して弥生のパートナーである葵であれば恥ずかしいも何も無い。

「私のいえ、私の持つ縁全員を含んだ、二人のアイドルだわw」

葵は実体のある、稜威雌はスピリチュアルな、確かに象徴的な存在(アイドル)であった。
二人とも少しそれを気恥ずかしく聞きつつも、お互いを見て微笑みあった。

何となく暖かい、ほんのりとお互いに交換しあう物すら感じた二人。



稜威雌はもう弥生の愛人の一人であるし葵もそうだ、何よりパートナーだ。
そう思うと、二人とも「この人とならいいかな」という気さえ受けた。



ひとしきり燃え上がった後、弥生が宵の煙管で煙草を噴かしながら

「多分ここにもお宵さんの置き土産あると思うのよね」

もう、全てを弥生の判断に任せて、それでいいと三人で燃え上がってしまった稜威雌だが
余韻に浸りつつも

「はい…、そも、庭の木のうち実を付けるモノは全て宵様の持ち込んだもの、
 そして…恐らく弥生様が仰有いたいご所望のモノもありますよ」

そこへクタクタな葵も

「…? どういう事?」

「私の事を享楽的なと言っておきながら、お宵さんの方がもっとじゃないのさw」

弥生がその言葉にあちこち探すと確かにある。
稜威雌は弁解するように

「いえ…それらは置き場所がないから、と仰有ったのでお預かりしたモノなのです」

「ま…あの調子じゃあ確かにどこもかしこもモノも溢れるわね、
 それで二人に頼みたい事もあってね、勿論、私達は基本受け身で動くわけで
 予定は予定でしかないのだけど、二人の記憶にも刻まれていると思う、
 葵クンはお倫さんにも感じ入ったと言う事は受け継がれていると思うのよね」

「…うん?」

弥生はにっこりして

「少しだけ打ち合わせと練習ね」



昼前集合となってマンション駐車場にて思ったより大勢が集まった事に弥生は面食らった。
話を聞いた皆はともかく集まれる兄姉やその家族、父までもがそこに居たからだ。

「何もここまで盛り上がらなくても…w」

朝も早くから用意していた弥生だが、足りるかなぁと呟きつつ神社の方へ招待する。
衣装も化粧も頭飾りも完全に弥生仕様、異質な巫女姿だが、葵や裕子は普通に「十条式」
で肩など一部仕様が違うだけで紅白な事もあり、安心感も有り、そして弥生が際立つ。
因みに高校生組も巫女服で参加である、こちらはまだ十条式とは限らないので普通の巫女服。

「ああ、裕子」

「はい?」

弥生は詞を指先から自分の額に当て、そして額越しに裕子に何かを伝えたようだ。
裕子はビックリした表情をしているが、色々思い当たる節を探し、強い表情で頷いた。
何があると言うのだろう?
同じように、高校生組にもそれぞれ伝えて行く。

そして稜威雌神社に来るとあれからまた少し改装でもしたのか少し広く、
建て増しもしてあった。
まぁ、弥生の稜威雌や歴代に対するリスペクトが半端ないのは判っている、
それにしても現実のお金は大丈夫なのだろうかという心配をしてしまう。

弥生は詞を込めて辺り一帯を領域で覆った。
そして何かを小さく呟くと、祓いを持つ者なら聞こえてくるリズムが聞こえた。
弥生は祥子へ

「じゃあ、タイミングは任せる、お願いね」

「はい」

やや緊張気味なれど祥子が祓いで空間を打つと物凄い大口径の太鼓のような響き。
そして、巫女服に固めた全員が祝詞を歌にしたものを歌い始めた。
四代宵の話を聞いた者になら判る、それは元々フィミカ様が普通に新年の良年祈願を
宵がちょっとした作曲やら編曲やらを施し組曲っぽくしたものだ。

お倫がやって来て数年当たり…安政の途中から亡くなる天明三年まで続けられた「行事」だ。

別に特段「詞」としての意味はない、本当にただの祈願のための祝詞である。

途中から演奏に移ると既に当たり前のように弥生はバイオリンを、
しかも空間的な詞の調整で複数の音が鳴り響くようにしていて、葵もコントラバスを
弾いていた、裕子も素養として色々習っていたので稜威雌の中に所蔵されていた
楽器類から展開に合わせて弥生と共に演奏していた。

最初の頃は「捧げ物」としてしまったらしまいっぱなしとかしか出来なかったが
既に弥生は稜威雌の中と外で物の出し入れも自由に出来るようになっていた。

出席者が圧倒される。

弥生の演奏部分が終わると今度は舞と歌で稜威雌を奉納し、まだ曲は続く
すると、祓いを持たない者でさえうっすらと判る、そこに稜威雌が現れ祥子のリズムに
神楽鈴で相打ちを打つ、本当にあの刀には何かが潜んでいて、そして本尊として
持ち手でもある弥生のために、宵の記憶と共に参加した。

時間にして十分は行かないほどだが誰も「長い」とは思わなかった。
ただただ圧倒されてそれが終わるとまばらに拍手が始まり、やがて全員で拍手になり

そして宵の如く「お手を拝借ゥ」からの一本締めで「有り難う御座いました」で締める。

『いいねぇ、こう、腹の底から響くような魂に訴えるモノがあるというか』

閲覧していた猿楽さんも言うと、今度はつきたてのまま保存されていた餅を
切り分け、出席者全員に振る舞うのだ。

一口噛んで思わず本郷が

「突き立てなのにかってぇ…こんな所まで四代引き継がなくたっていいじゃねーか…」

弥生が笑って

「腕によりを掛けたからw」

なるほど、山桜名物「お宵の固い餅」とはこれか…となったところで

「まーまーw 火も用意してあるし、あ、裕子、葵クンがお汁粉用意してるから、
 葵クンは雑煮係で…手伝える人は宜しくね♪」

そう言って改めて新年の挨拶などを直で行って回っている弥生。
勿論本尊として捧げられた稜威雌はまた腰元にある。

末っ子でちょっとぐれてた弥生が立派な大人になっている事を改めて年の離れた
兄姉も感じ入って久々の再会に話に花も咲いた。

既に酒の入った竹之丸が受験生へ景気よく「まーあと二週間くらい本気で挑みなよ!」
と激励しているのだが、医学部医学科の裕子、文学部北方文化論コースの丘野は
とてつもないプレッシャーが蘇ってしまった。
蓬は流石に北大まで言わずともという事で二人ほどでは無いが矢張りプレッシャー。
救いなのは竹之丸の特訓の成果もあり、裕子は試験を越えなければならないものの
AO入学審査を通っていた事だった。

敷地近辺では可鳴り響いていた演奏も直ぐ近くのマンションにはあまり
響いてなかったらしく、何をやっているのだろうという感じだったのだが
結構賑やかな催しをやっていると言うのが見て取れるので周辺住民も
ちょくちょくやって来て色々振る舞っている時である。

不意に弥生の動きが止まり集中したかと思うと稜威雌を抜き、祓いの矢を四本出現させ

「水差そうってかい、させないよ」

一斉に放たれた四本は宙でらせんを描き少し曲がりつつ空間の一点に当たる!

「あ…!」

次に気付いたのは裕子だったが、
その時には「裂けかけた空間が祓いの矢によって縫われた瞬間」であった。

「あ、皆さん、今のはちょっとした余興でして~」

と、咄嗟にあやめが言い出し、本郷や金沢も加わって「何でもない」と言う事にした。
本郷へは志茂が「撮影はこちらで一本化していると言う事で撮影禁止にしています」
という「もしもの為の」仕事の早さを伝えていて本郷もにやっとサムズアップで応えた。

と、そんな時に弥生へ電話が

「なに瑠奈、あけおm…」

『今の何!? 檜上さんから緊急が…と思ったら直ぐもう終わったって向こうも混乱してるわ!』

相も変わらずの勢いに「うっるさいなぁ」という表情をしながらも、弥生は
一般人からは離れつつ通話に応じて

「正直言うわ、御免、私も良く判らない、直感のような物があっただけで…」

『直感ですって? ホントに?』

「それが…ホントに何かいきなり「不機嫌の素が来る」って感覚で、方位とかも勘なのよ」

そこへ志茂がやって来てSDカードを渡し「コピー済みです」と言いながら。
弥生がその用意の良さに思わず志茂にキスをして(見ていた亜美に「あ、いいなぁ」と言われつつ)

「裏手に回るから大使館と繋げて、数秒でいい」

『映像撮ってたわけ? まぁ、有り難いけど
 勘じゃなくてちゃんと予兆を感じ取れるようになってくれるとこっちも助かるんだけど』

「そう何度も何度も同じ事やってくれるとは思えないけど、数少ないチャンスは
 なるべく掴んで少しでも身につけるようにするわ、さ、ホラ、
 こっちの新年の祝詞なんかも入ってると思うから、見せてあげて」

『フィミカ様に?』

「泣かせるかも知れないけど」

『…それはこないだ渡した四代との関係が?』

「大あり」

『…判った、慎重に見せないとならないわね、原本渡した甲斐があったようで何よりだけど』

「そう言う意味でも、見せて上げて欲しい、私がしっかり受け継いだわ」

『じゃあ、大使館に連絡するわね』

「ええ、では、あ、明けましておめでとう」

『あまり本年も宜しく…とはなって欲しくないけれどね』

「でも何かが動いてるわ、これはもう避けられないと思って」

『了解』

通話が終り、裏手の縁側越しに僅かな間だけ空間が繋がり、SDカードを受け取った感触と

「有り難う御座います、しかし何かこう、我々も胸の詰まる思いがしますよ」

「お宵さんはそんな事気にしちゃ居ないわ、他ならない私が言うんだから間違いない」

「そう言って戴けるとこちらも救われます」

大使館との連絡も途切れ、弥生はひと息ついてフィミカ様を悲しませる事になるだろう
という思いを少し噛みしめ、少し精神統一をしてテンションを戻し、亜美にキスしつつ
戻って夕方辺りまで続いたそのちょっとした催しも終えた。

因みにあやめの両親や兄家族も来て現代にも未だ使われる野太刀に父親と兄は魅了されて
母親磯子は相変わらず「爆乳スーツかっこかめい」と言おうとしつつ巫女姿で
ちょっとどう呼ぼうか詰まった事に笑いを誘ったりもした。



一月も下旬に差し掛かる頃、入試の時期だ。
精も根も付き果てた、という受験組三人を労うべく、祥子の親のレストランにて
ちょっとしたパーティーをしたりした。

そして下旬の頃、一本の電話が弥生に掛かってきた。

『お久しぶりです、大宮です』

「ん、声からすると順調そうで何よりだわ、良かった」

『はい、有り難う御座います、これから雪まつりの雪像作りの体験という募集があって
 …力付けなくちゃと思いまして、どうあっても強くならないと』

「でも貴女の場合、かなり特殊だわ、もしどうしてもフラッシュバックがキツいようなら
 ウチにいらっしゃい、薬とかでなくそれを緩和する事も出来るわ」

『有り難う御座います、もしどうして持って言う時は…
 でも出来る限り自力でやってみたいんです、その、もしもの時は宜しくお願いします
 という電話だったんです』

「いつでも、どうぞ」

弥生が電話を終え、なんとなしに雪像作りの体験募集ってどう言うのだろう
とPCで検索を始めたが、雲を掴むような話だ、サークル単位かも知れないし
範囲が広すぎる、まぁ、彼女なら大丈夫だろうとそれで納得をする事にした。



二月に入り中程少し前…、
小規模な召喚騒ぎが有り、流石の弥生も規模を絞られるとほぼ感じないな…と
忌々しく現場にて…その時は中高とも授業中だった事もあり、
受験を終えて発表間近でとてもじゃないが平常心を保つ事は難しいだろう
裕子には敢えて出動しなくていいと連絡した上で光月と祥子を呼んで事の対処に追われた。



「…実験なんだろうとは思ってたけど…思ってたより厄介なモノ呼び出して
 呉れたモンだわね…コープス…というかもうホント怨念のカケラの寄せ集め…」

魔界の蛇口を少し緩めたかのような、しかもそれを結構な郊外でやられたものだから
それは結構な怨念の塊になっていて、多少斬ったり諸友で浄化しても捗が行かない。

「でも…弥生さん可成り正確に位置を指示してくれました、これがもう少し
 特定に時間が掛かっていたかと思うと…!」

光月の赤い弓と矢がコープスを貫くも殆ど散らない、
祥子は臨時で定規で戦っているが、これがまた結構な威力と防御力で
祥子自身の守りの壁もあり至近距離戦だというのにキチンと渡り合っていた。

「埒があかないって程でもは無いけど一汗かきそうだわ、やれやれね…」

雪深い山奥に足を取られがちになるも、
弥生は衝撃で既に付近の雪を埋まらない程度に圧縮していたし、動き回るのに苦は無い。

そんな時だ、また弥生にイヤな予感が…!

「…来たか…しかも複数…どこ…!? 予兆は…!」

稜威雌を抜きそれを弓にして四本の青白い祓いを帯びた矢を出現させ射る!

「光月!」

弥生が叫びつつ祓いを載せ思念としてそれを伝える

「はい!」

弥生の祓いの矢は二本ひと組でらせんを描き、光月の矢は三本矢張り束なって
らせんを描き少し軌道を修正しつつ裂けかけた空間にヒットし裂けかけたそれを縫う!

「なるほど一気に複数と来たか…」

弥生は追加で三本、それぞれの綻び三カ所に当てて追加で空間を縫う!

「…くっそ、私でも一カ所三本ぶん必要か…!
 でも誰かさん、一度に複数箇所はそちらも逆探知の危険を上げる事になるわよ!」

そこへ祥子が

「弥生さん! 不味いです! 残った悪霊が散ってどこか一点に…!」

弥生もその一点を見つめ

「ほう…むき出しの霊体じゃ限度がある…と来たか、二人とも、最大防御、
 無理して戦おうとは思わないで、今すぐ!」

えっ、と二人が思うとその瞬間には二人の目の前に魔に昇格したこの現代で有り得ない
大きさのヒグマが迫っていてその腕が二人にそれぞれ襲いかかろうとしていた瞬間だった!

二人の頭に去来したのは「死」だった。
二人諸共肩口にその鋭い爪が体を引き裂こうと食い込んだ時に、
そのヒグマの形をした災厄は飛び退った。
弥生の稜威雌がそれ以上下に腕を振るったら腕を落とすぞという軌道で二人を守っていたのだ。

弥生は災厄を見つめつつ二人へ

「思ったより厄介だわ、二人とも、治癒と防御に専念して」

それでも敢えて弥生はヒグマに対し真正面に構え直し、稜威雌を鞘に戻す。
二人は恐怖で凍り付きそうだったが、冷静な弥生に押されるように距離を取り専念する。

しかし、またしても「災厄」は二人を狙うかのように動いたようだったが
二人の手前数メートルの所で豪快に転ばされていて、弥生が稜威雌を鞘に収めたまま
ソイツを転ばしたのだと言うことだけは二人に伝わった。
初手の隙は突かれたが、少しずつ、二人も勘レベルではあるがその動きを追えるように。

「あくまで私と真正面からは最後って事か、舐めたマネしてくれるじゃあないの」

弥生はその動きを完全に読めていて対処しているようだが、このままでは足手まといだ
二人は呼吸を合わせ

「もう大丈夫です!」

その強い声に弥生は口の端を上げ

「よし」

次の瞬間にはまた「災厄」が二人を襲うが、二人とも直前で衝撃を使い
逆に自らを飛ばす形で回避し、弥生が二人の居た地点で稜威雌を抜刀術で一回転、
次の瞬間には災厄の右肘から先が宙に舞っていた。
すかさず光月が二本の矢を一斉に射て腕部分に憑いていた悪魔を浄化に導く!
弥生は間髪入れずに「するっ」とスーツの上着を災厄の顔に被さるように覆い
左腕での攻撃を躱すと、やられた分のやり返しとばかりに祥子が強い祓いの衝撃を
その顔面にお見舞いし、災厄は吹き飛ばされはしないモノの
仰け反りスーツに覆われた視界が晴れ、祥子を見たと思った瞬間!

「まぁ、まとまりのない悪魔のままよりは強力だけど、私と真っ向勝負に出なかったツケね」

稜威雌が弥生の片手と片足で災厄の首に食い込み、そして切り離される!
驚愕する頭は祥子の範囲が狭いながらも「祓いの投網」で受け止められ、
そのうえで直接祓いで頭部分の浄化をする!

残るボディ、弥生は跳び上がってからの稜威雌を弓にした四本の矢、
そして光月も力を振り絞り四本の矢を生みだし計八本がその体を貫き誘爆するように
祓いが祓いを呼び浄化されて行く!

「ヒグマなんてボディを得たが為に浄化もやりやすくなったわ」

戦いは終わり、襲いかかってくる痛みと共に光月と祥子は自らの傷の手当てを優先させた。

「二人とも意図を良く読み取ってくれて嬉しいわ」

「「手を出すな」とまでは言いませんでしたからね」

光月が言うと祥子も

「押せる時には押さないと、「もし」がありますからね」

「まー一対一なら腕か足一本くらい呉れてやるつもりだったけど、
 貴女達をしつこく狙ってくれたモンで全力排除だわ…とはいえ、まだまだ
 魔界の扉の開く予兆は掴みきれないままだわ、これで相手に多少こちらの限界も
 知られたけれど、お互い様か」

電話が鳴り弥生がでて

「ああ、あやめ? 来なくていいわよ…手稲の山奥…住所的には南区かな? よ?」

『あーでももう手稲のインターチェンジ辺りまで来ちゃったモノで』

「わかった、そこまでは行くわ、カモフラージュはするし、急行する時も
 それとなくルート指定で写って一瞬点が移動する程度だと思うわ」

電話をしながらも弥生も二人の治療の後押しをしていた、制服の修復も込みで。
あやめとの通話も終わりつつ、二人を連れだって手稲山の麓まで飛ぶ時

「今日のはいい経験よ、覚えておいて、このままじゃ死ぬって感覚」

他ならない弥生が言うのだ、それは確かに克服すべき心、二人は強く頷きこの事件は終わった。



そして三月のあたま、受験生組は喜びに沸いた。
京都組二人を含め、全員合格にこぎ着けたのだ、電話で喜びを伝え合い、激励し
常建と裕子はこの勢いで運転免許も取得する、と言う話で勢いを付けた。
裕子はAOでの合格自体二月初旬には判明していたが、仲間のことも有り全員の結果を
知るまではどっちとも言わず黙って過ごしていた。

警察学校の募集から試験、合格までの流れは最大一年間が開くので光月と祥子は揃って
出願し(祥子は卒業見込みで)それまでの間は光月は半年ほどの間試験やその他費用などを
なるべく稼ぐためにも祥子の家のレストランでアルバイトを続行する。
ただこれも既に実績があるので光月に至っては10月には警察学校に入るだろう、
油断だけはしないように過ごしつつも、全員がそれぞれ次の進路に向けて前へ進む。



免許取得へ向け動き出した裕子だが、マンションの空き室やら値段やらその位置やらで
なかなか折り合いが付かずに居た、そこで弥生が自ら「しばらくウチを使いなさい」
と進言したことでキラッキラで既に半ば居座り掛けてる。

事件も細々したモノが多く、「敵」の実験らしきモノも含めて規模は押さえられていた。

「それでね、裕子も葵クンも、これ未だにまだ私の中でも「勘」でしかないんだけど
 その感じを伝えたいのよ、伝えたいんだけど、ただ祓いに乗せて記憶を…
 って言うだけでは伝わりにくい物もあってね」

ある休日の朝に二人を買い出しに誘い、ダイニで大量に買い出しをしつつ、
向かう先はマンションのほうではなく稜威雌神社であった。
それほど広くないながら一応居住も不可能ではない作りになっていたそこについて

「どうしてここなの?」

葵の尤もな疑問に

「うん、そう言えば…と思うこともあってね、祓いで範囲指定とか色々やってと…」

弥生は稜威雌を二人の前に差し出し

「二人を招待する、葵クンはもう何度か出入りしているけど、裕子もどうぞ」

「えっ、いいのですか?」

「でね、裕子」

「はい?」

「まぁ…私の「勘」を色濃く伝えるための手段として…後はまぁ親睦とかの意味も含めて
 …だけど、裕子、「私とは」なるべくこれっきりって事で宜しくね」

裕子の顔が紅潮する

「貴女は貴女で、いい人見つけなさい」

「は…はい!」

「でも、買い出し含んで今から?」

葵の尤もな疑問に

「稜威雌ってそう言えば料理とかの記憶がないみたいだし、稜威雌含んで
 みんなで食べてってのもアリかなって思ってね」

そうなると葵も明るい笑顔で

「いいね! それ!」

となり、全てを持ち込んでの稜威雌入りとなった。



「いえ、まぁ…確かに変わりゆく時代それぞれの飲食物には興味はありましたが…」

それは物凄い量であった、既に弥生は何度か往復していて

「お酒も古今東西種類も問わず色々預かっておりますが、いいのでしょうか」

「出来るんならありじゃない、と言うわけで、まぁ先ずは食事よ」

そう言って四人で炊事やその手伝いを始める、この中でなら特に鮮度も気にしなくていい。
幾らでも作って作り置きが出来る、相も変わらず餃子を包むのが下手な弥生に
葵や裕子も微笑みつつ、それとはまた別に洋食を作り全員で食べる。

稜威雌の目が輝いていた、美味しいと言っていた。
温かい雰囲気になり、弥生と稜威雌は少しお酒も入って、
派手に盛り上がってしまった四人、この日と次の日は探偵仕事は元愛人に譲り
祓いも光月や祥子、出来るなら蓬や丘野、そして中坊連中にも手伝ってやってみて欲しい
という流れで話も付いていた。

狛江さんや朝霞はマンションで留守番、両者とも何処にご飯があるか
どう言う手段で食べるのかなどなどそんなことは判りきっているのでそれをこなした。

愛し合いながらも弥生から流れ込む「魔界が繋がりつつある瞬間の感覚」も伝え
余韻などに浸りつつも「まぁここまでしなくても良かったんだけどね」と弥生。
とにかく、なぜか「出来るウチに出来ることをやってしまいたい」という本音を
半ば隠して絆す形で伝えるべきは伝えた。

それにしても稜威雌の中、居心地がいい、稜威雌自身がこの状況を受け入れて居るし
もう弥生は八重から先代弥生までの受け継げるモノを受け継いでいる代表人物
稜威雌も弥生の気を汲んで受け入れたし、ちょっと歴代のことなども思い出しながら

「もし、歴代の皆様が一同に介したら」

と言う枕話も少し弾み、そして全員が就寝する。


Case:22.5  閉


戻る   Case:23へ進む。