L'hallucination ~アルシナシオン~

CASE:TwentyFour

第一幕


空振り出動も時々挟みつつ、あれから一年が過ぎた。

裕子は弥生のマンションと事務所を継ぎ、探偵仕事までは手に付かないが
その勉強はして、時折大学が休みの期間のみ、祓い関係を主に、
そして海老名からも初心者向けと思われるような仕事を回して貰って
なんとか弥生の全てを受け継ごうとしていた。

葵の後見人は弥生から裕子へ。

葵は多少成績に凸凹はある物の一応無試験進級に成功、
里穂達も全員なんとか進級を果たせ、そのまま百合が原の高校に通えた。

葵の生きる分も弥生はキッチリ残していて、そこから教科書代や
制服代を引き出す度に感謝の気持ちと切なさを感じる物の、
「いつだって先のことは考えておく」弥生のお陰で何を気にすることもなく
裕子の支えにも回れた。

中学と高校では女子は若干デザインが変わる程度、男子はそのまま学生服。
少しずつ大人になって行く新高校生組。
光月と祥子は警察学校の寮に入り勉強と訓練に明け暮れるのだが、
弓使いと言っても基は天野系、蓬莱殿系や父のしごきがあって
とにかく実技の成績がとても良かった。

警棒から弓になるギミックを持つ特製品を受け取ったこともある、
光月は燃えていたし、同じく仕込み刀を貰っていた祥子も燃えていた。
光月が前の年、事件の年の10月に入学していたので少し先行しつつ、

二人は実技はもう完璧以上、勉強の方で人並み少し上という位置で頑張った。
ただ、これに関しては既に特備から公安特備の方へ話は通っていて、
何処で研修をどのタイミングで受けるか、と言ったことはほぼあらかじめ決められた。
(勿論あらぬ誤解を生まぬ為にもその多くは他の生徒には伏せられたが)



蓬も大学生活をおくりつつ、高校生になった寿が継ぐまでの間でも
と言うことで父や幹部から現状を勉強しだしていた。
なるほど、弥生が言うとおり、蓬は「全てを含めて」後神会を守ろうとしていたし
それは本気だった。

薙刀の練習も欠かさず、近頃の大学生と来てはもう少し緩くてもいいのでは
と周りが思うほどに一生懸命だった。

「蓬さん、背負った物、キチンと背負おうとするんスね、すげぇッスよ」

一休み時間にたまたまかち合った大崎がそのあまりに真剣な姿に感心した。

「プレッシャーって、かみ合えばいい物ですよ、モチベーションになります」

「そっすかァ…うーん、俺のこの力も、もう少し伸ばした方がいいんだろう
 って事は判るンすけどねぇ」

蓬はそこで

「じゃあ、もし次ぎ私が呼び出されることがあったら、一緒に行きましょう!
 「何が一番不味そうか・どれが今どこに迫っているか」
 それだけでも教えて頂ければ、私心強いですから!」

「え…でも俺戦えないッスからねぇ」

そんな時、市ヶ谷がやって来て後神式ヒトマル…銃と弥生の刻印入り弾丸ケースを渡す。

「やってみろ、折角の蓬さんの誘いだ、俺はそれを手伝いたくても出来ない
 お前ならそれが出来るんだ、やって見せろ」

大崎はそれを受け取りつつ

「そういやこの弾丸…あの姐さんが居なくなった今…誰が…」

「裕子さんが引き継いだ、皆、成長してるんだ、お前も一歩くらい進んでみろよ」

「そうっすね、俺、やってみます」

市ヶ谷は少し満足そうに微笑みつつ

「さぁ、午後の周りだ、行くぞ大崎」

「あ、はい」

その様子を微笑ましく見送る蓬に住吉が

「矢張り男のタイプとしては市ヶ谷か」

「文句ない、けど…流石に困るでしょう、市ヶ谷さんもあまり女性と付き合うのに
 向いていないって引け腰の所あるから」

「うん…ヤツが後十歳でも若ければなぁ」

「それだとまた話が変わってくるんだよ、今この年齢差…体験差があるから
 ってそういう風にも思うの、だから理想はあくまで市ヶ谷さんとして
 私は私で探さなくちゃ」

「継ぐ気か?」

「父さんが会長として退いて寿がちゃんと継ぐまでの間はね」

「…お前もしかして…」

「うん? うん、「かもね」でもね、「そういう」打算も含めて…
 そして成長してくれれば、私それはそれでアリかなって思うんだ」

流石の住吉もちょっと表情を曇らせ

「アイツは…今の段階じゃあ」

「勿論待つよ、何年かはそして私からも促す、ひょっとしたら、そうしたら
 祓いって言う面でも十条と連携が取れるかも知れないよ、警察ともね
 ある意味もっと盤石になるでしょ」

「お前も…結構計算高いな…まぁその計算高さにヤツがついて行けるか」

「そこだけは、これから次第だね」

「俺は…少し不安だよ」

溜息をつく住吉に蓬は微笑んだ。



文学科に進んだ丘野だが矢張り教科書や学校にあるような資料からでは
ほぼ何も伝わってこない、ただ、実際の遺物に触れると物凄く色々見えてくる。
こちらもコースの講師や教授らに何気なく丘野の能力は伝えてあるので
例えば進行中の発掘作業現場で実際に発掘に携わらせ、
発掘物がでてくるとその痕跡から彼女は遺跡の範囲をどんどん広く、
そして適切な位置に皆を導き、そこの発掘を自ら進んで促すと出てくる出てくるわ

発掘の深さや慎重さも教えてここにこう言う形で石が配列され
祈りの儀式が執り行われていた、とか言って、実際その通りの配置に発掘が進む。

一時日本の考古学の黒歴史にもなったゴッドハンド的な…しかし丘野は
ついさっき現地入りしたばかりだし、掘り返す地面は「今ここから」掘り返す部分である。

不正のしようがない、丘野の持つ特殊能力に誰もが驚いた。

黒曜石のカケラを並べた刃物が出て来て、「使って居た人が見える」という。
どう言う使い方をしていたかも、そして例えばそれが海産物を捌くための物なら
骨の在処や、骨と共に釣り具も一緒に処分された塚も見つけるのだ。

「これは凄いのが出て来た」と思いつつ、それは特殊能力、
学術的な何かの裏付けから来たものでは無い。

「私のは反則のような物です、でも、道筋を立てるのに到達点を見つけておくことは
 学術には反しないと思いますよ、ですから、慎重に発掘をして痕跡を見つけて
 行ってください」

身の程も知っている、しかしこれは確かに考古学的に神がかり的な能力、
二年になったばかりだというのに、もう丘野は現場に欠かせない人物に成って居た。
そしてある程度詞も教えた、一人でも使える人が居れば…と言う思いからだ。

しかし、考古学を選んでいるからと言ってその能力があるとは限らない。
「やはりこれは丘野が持つ特殊能力なのだ」と言うことで周りも納得していった。





新高校生組にもそれぞれ色々変化があった。
元々里穂と中里君は近所であったのだが(幼なじみと言うほどには馴染んでいなかったが)
小中高と一緒だと言うこともあり、付き合いとまでは言わないが、少し距離が縮んでいた。
そして南澄はゴメと距離を近くしていた。
囃されると否定には入るが、そこには青春も繰り広げられていた。
葵は「いいじゃん」と祝福するし、優も「なるようになっちゃいなよ♪」と囃す。

「そう言えば優ちゃんは? 誰か居ないの?」

優は弥生から太刀を授かっていたことで剣道ではなく剣術、
居合いという形式張った物では無く抜刀術を習い始めていた。
ただ、そういう活動はともかく弥生から自ら打ったプレゼントを貰っていたなど
葵以外には言えないのでちょっと立ち位置は里穂や南澄より葵に近かった。

優はニッと笑って

「教えてあげない」

「誰か居るんだ」

「うん、居るよ、でもなんだろう、私はその人の幸せだけを願ってる
 私がそこにどうこうしようって言う気は無いな」

「それって勿体なくない?」

「トコロがこれが結構そうでもないんだなぁw」

「ふーん、でもまぁ優ちゃんがそれでいいっていうなら…でもそれ、
 いつかちゃんと言わないと、苦しくなっちゃうよ」

「そーだねー…でもいつになるかなぁ、取り敢えず高校生の間はいいよ
 とにかく力を付けたいんだ、出来ればよもぎさんとか、光月さんとかあのくらいには」

葵はそこで優の袖を掴み直接の霊会話で

『弥生さんが優ちゃんだけはいい線行けそうって言ったの、響いてる?』

『勿論、だから今すっごい充実してるよ、本当に』

「そっかぁ」

通常の会話に戻り

「まぁ、溜め込むばかりでなくてさ、言うタイミングは計るよ」

「うん、その方がいい多分その人にとっても」

「そうだといいなぁ」

「そうだよ」

優は柔らかくその真剣に自分の話に乗る葵を見て微笑んだ。





裕子の生活は多忙を極めたが、葵や光月・祥子、時に蓬が大体を率先して
引き受けてくれたので兎にも角にも先ずは弥生の仕事引き継ぎと学業に専念した。
裕子は弥生の影響もあろうが、法的に死んだモノ扱いにせねばならず
そのほぼ全てを受け取った身として黒を基調とした服を着ていた。

弥生のカンカン帽を受け継ぎ、弥生のP7も受け継ぎ、少し指の力なども鍛え
射撃の練習も再び始めた。

弥生からのメッセージも相変わらず時々届く。

医学部は一年次医学教養コースの後、二年から基礎医学コースに入り、
いよいよ本格的に医学を学ぶようになる。
取り敢えず竹之丸が影ながら特訓支援、そして四~六年次の臨床実習コースでは
「ワケあり病院」での実習が「勿論単位を落とすことなくストレートで通ったとして」
約束もされている。
竹之丸は道筋だけは示したが、しかしその「宿題」も高度になり大変な日々を
裕子はおくっていた。



そんな四月初旬のある夜、弥生から受け継いだ勘が食後の裕子と葵を奮い立たせる。

「…来る…!」

おおよその方角も分かる、

「これ…ボクの学校も近いじゃん…! 不味い!」

取るものも取りあえず出来る限りの銃弾とカートリッジを持ち、裕子と葵はベランダから
飛び出して現場へ急行した!

裕子や葵がそれぞれ飛びつつ電話でそれぞれの友人に連絡し、数珠つなぎに
連絡が回るよう指示する、その途中で本郷とあやめからもそれぞれに連絡が

『弥生が既に周辺の警察や消防を動かしている! ただ結構が規模らしいから
 救助優先と戦闘優先で分けてくれ!』

「判った! ほんごーさんは?」

『勿論急行するよ』

電話の奥でせっつく秋葉の声も聞こえる、同棲期間もそれなりになって
もうそろそろと言うところに来ているのだ。

『私は救護や避難の方に回るから、裕子ちゃんもどっかのタイミングでお願い!』

「わかりましたわ!」

北区百合が原からあいの里当たりに掛けてかなり大きな範囲の亀裂が生まれ始めている!
その奥は赤く光り、「ただ悪魔が降りているのではない」と言うことが判った。
幸いにも亀裂の一番近い百合が原と、一番遠いあいの里以外はそれほど人口も密集していない
とは言え、それらはランダムに、そしてあらゆる方向…先ずは道を歩くような
一般人に取り憑き始めた!

「…いよいよ…来ましたか…!」

そう、ただ侵攻するだけでは無駄も多い、力も使う、
だから強烈な悪気を持つ魂だけになり人を乗っ取りデビルマンとして
人質でもあり、人間側の削減であり、イコール戦力にしようという事だ!

「なんて事を…!」

「でもある意味やりやすいですわ、マウントをとってその穢れた魂だけを祓えばいい…!」

葵が百合が原で降りて「人間の素体ごと吹き飛ばさないように」
取り憑いた悪魔だけを祓う掌底で悪魔化しつつある人々を救って回る。

その時であった、もう一つ亀裂が走りそちらは青く光っている!
それで何が衝撃かというと、明らかに赤い亀裂組が驚いて居ることであった。

裕子はあいの里に向かいながらも混乱した。



祥子と共に警察学校の寮を飛び出した光月だがそんな光月に電話が。

「はい、光月です!」

『光月、今そこからでも見えるでしょう、赤い亀裂だけをなるべく塞ぎなさい』

「…! 弥生さん! 何故…!?」

『私も細かいことは判らない、でも、どうやら赤い亀裂に対して
 対抗するためにもう一つの亀裂は生まれたようだわ、今頃本郷かあやめの方にも
 大使館から連絡が行くと思う…とはいえ、向こうも様子を掴んでるとは思えないけど』

「どういう事です? 詰まり、乗っ取ろうとする秘密組織があれば
 それを秘密裏にでも阻止しようという勢力もあると言うことに…!」

『恐らくそうなのでしょう、ただ、どっちにしろこんな事は違反だわ、
 ならぬ物はならぬ、青側もそれを重々承知して赤が例えば武器などを持った
 警官などに憑こうとすればそれを邪魔し、自らがまず取り憑いて
 デビルマン化した一般人を相手に戦うでしょう、ただ、加減なんて
 出来るかどうか判らない、向こうもそれは承知しているでしょう、
 なるべく祓いに事態を終結させたいはず!
 だから光月! フルパワーで赤の亀裂をどんどん縫っていって!』

「判りました!」

光月と祥子の居る警察学校は疑惑の地のど真ん中とも言える真駒内南町!
イヤな視線を感じつつ「お手並み拝見」とでも言うかのような余裕の表情さえ感じる。
光月は心を燃やし、大通りのテレビ塔の天辺に陣取った!

祥子が触れる祓いで光月の力を向上させつつ、自分たちの居る領域をボカす。

まさか警察官になる前にこれを使う日が来ようとは、と、警棒のスイッチと
一定の挙動からそれは光月の左手の中で和弓になり、赤い祓いが更に補強、
糸にもなり、そして光月の右手に四本の祓いの矢が!

「祥子、出来ることが終わったら現場に向かってね!」

「判ってます!」

かなり強めに光月への援護を幾重にも施し、そして祥子が去る頃には
強烈な赤い、同じ赤でも性質の全く違う、浄い赤さを持つ四つの光のらせんが
亀裂の真ん中に絡みつき光月が汗を滲ませ操りそれを出来る限り引き締める!

ただし、それに固執するのではなく、第二弾、第三弾と四本の矢を生みだし
真ん中の真ん中をそれぞれ縫い上げて行く!

その上で一つ一つを更に絞って掛かる、それも限界かなと思えば
また更に半分の半分の半分という感じで四カ所に撃ち込み、絞り上げて行く!

亀裂は流石にそうなるとあまり広がれず…詰まりこれまでの間に出切ってしまった
大物以外はもう小物しか出られないようにした!

だが既に光月は活動限界に近い力を一気に振り絞ってもいた。
それでも、やらなければならない!
大きく何度か深呼吸をし、背後などの気配にも気をつけながら少しでも力の回復を待つ!



隠し通せそうにもない緊急事態に何故か秋葉まで付いてきて回転灯とサイレンで
自らの車両を優先させ現場に急行する本郷、フリーハンド通話でやはり大使館から

『我々にも訳が分かりません、ですが、このまま人間界を侵攻しようとする派閥に対し
 同罪になってでも阻止したい勢力という物もあるようです!』

「とりあえず赤と青で判り易いっちゃ判りやすいが…
 もうちょっとそっちも諜報機関なりという物がないもんかね?」

『あるにはあるのです、そちらで言う公安のような物もあります、ですが…
 今現在の日本がそうであるように、魔界の方もかなり穴だらけなのです』

「なんでそうなっちまうかなぁ…」

『ここ二・三十年の動きが急すぎて議会の議論も何もおぼつかないのです』

「魔界は魔界で何か戦後体制みたいなモンがある訳か?」

『力関係は多少違いますがあります、何しろ国も地域も年代もバラバラな
 神や精霊、魔物が集まっているのですから、悪魔と総称はされつつ、
 例えば日本の神でも大きく二つに分かれていますから』

「例えば?」

『この場合…恐らく青は秩序、赤は混沌に根差すと思われますが…
 天津神であれば秩序に分類され、国津神であれば混沌に分類されます、ですが…』

「そうなるとかなりメジャーな…例えば大国主命なんかは赤って事になるな」

『そうなのです、日本人にとってはどちらも神です、ですが、世界的な分類に
 従うとそういう色分けになってしまう場合もあるのです』

「そーなるとこの場合は赤が敵だが逆もあり得る、或いは同じ色でも
 考え方によっても変わるって事になるよな?」

『はい、ですからややこしい、こちらも今両方の特定を急いでいますが
 恐らく逆探知の前には一度収束に入るでしょう、赤の開きっぱなしなら
 ともかく、今回は邪魔が入りましたから…!』

「そうなると…敵の総大将なんかは来てないことになるな」

『今ある反応からしても…居ませんね、これは壮大な宣戦布告…そう言う立ち位置かと』

「やれやれだな…もう隠すのも限界だ、どうにか事態を矮小化出来ないか…」

『その辺りは…申し訳ありませんが我々にももう…お力に添えず申し訳御座いません』

「謝るこっちゃないが…火消し係公務員としては勘弁願いたいぜ…」

「本郷サン! もうすぐ現場ですよ!」

「あー、お悩み時間も終了だ、まぁいいや、誰かさんの他に誰かさんが
 突きを入れて三つ巴じゃないだけマシって事にしとくわ!」

本郷は車を止めつつ、

「もう悪魔化しちまった人間は葵たち祓いに任せて、俺達は未だ彷徨う
 赤い方の魂(たま)を撃つ方に専念だ、いいな、来たからにはやって貰うぞ!」

「判ってますよ!」



「おりゃぁぁああああああああああああ!」

諸共浄化するような攻撃が不可であれ、格闘技から相手を弱らせての直接祓いなら
初級から中級を目指す新高校生組にも出来る!

中里君が空手の技を幾つかからの柔道での投げで悪魔化した者を地面に叩き付け、
里穂がそこへ手のひらによる直接祓いでその悪気だけを浄化する!

南澄と駒込君も同じように良いコンビネーションで相手を弱らせてからの浄化
と言う手段で何とか回していた。
中里君と里穂が

「俺達ウルトラマンかよぉー」

「そんな偉いもんじゃないでしょ!」

「いや、そうじゃなくて、相手を弱らせてからの必殺技って流れがさぁ」

「あれってそう言う意味なんだ?」

「そーだよ、ただのプロレスごっこじゃないンだよ」

「そういう風に思うと、納得出来る、でも…多すぎるなぁ…」

葵はあっちこっちでこの二組の手に負えないレベル以上のをどんどん
問答無用レベルでその悪魔のみ浄化して行っていた。

「青い方が味方してくれたからか、これでも結構楽だけど…
 参ったなぁ、ボク投網祓いとか出来ないからまだ誰かに取り憑こうとする赤い方の
 どうにも出来ないや…」

そこへ、割と大きな通りに四隅を作りそこが結界となった。

「丘野さん!」

葵が声を掛けると駆けつけた丘野が

「待っててね、もう少し楽に動けるようにするから!」

結界の中へ更に小さい領域を作り、

「疲れた人はこの中に入って! 普通に過ごすよりは楽になるのが早いはず!」

丘野には丘野の貢献がある、なんて素晴らしい機転なのだろう、
高校生組はちょっと感動して礼と共に治療領域で休みつつ

「丘野さん、石幾つある?」

「あんまりは…出来れば方々に「陣地」作りたいの、手伝ってくれる?」

「うん!」

二人で組んで百合が原から母校である桜ヶ丘、地面から屋上までの四つずつ八つを使い
あとは病院を幾つか「陣地化」してそこを避難先とした。

『おーし、いいぞよくやった、丘野はまだ行けるか、もうダメか?』

葵のスマホ越しに聞こえる本郷の声に

「まだ…石も気力も残ってます、出来る限り陣地を広げます!」

『同じ要領であいの里の医療大学や支援学校、養護学校、教育大辺り頼む!
 特に養護と支援学校はヘタをしたらあの事件の再来になる!』

「カズ君事件ですね! 聞いています、判りました!」

その時だった。
葵に物凄くイヤな予感が走った。

「あれ…いや…でもたしか…」

『どうした葵!?』

「…そうだよ…確か…珠代さん教育大学で、そんな遠くないトコに住んでるって
 でもあいの里じゃないンだ」

『…拓北辺りか…! 住所判るか!?』

「基本的になるべく縁に触れないようにって弥生さんも住む場所とかまでは
 知らないんだよ! 電話番号くらいだけど…一旦事務所に戻らないと!」

『待て…待て待て…! おし、特備で保証人になって借りた物件の住所が
 判るかも知れねぇ! 埋もれてなきゃな!』

「じゃあ、早く金沢さんに調べて貰って!」

『おっしゃ!』

「…関わらせるつもりだったんです」

電話を終え、あいの里に向かう二人(丘野も飛翔が使えるように成って居た)
その途中丘野が呟いた。

「…うん?」

「詰まりたまたま別件で関わったわけではないと言うこと…
 あの辺りを調べた上でカズ君の父親に魔術を教える傍ら
 事が同時に進むように仕組まれた…弥生さんが縁を持たないようにしても無駄だった、
 最初から狙いは…一般人を利用して弥生さんを翻弄する策謀!」

「珠代さんって詰まり…」

「生き餌…そういう事でしょう!」

そう思うと全てが繋がる、向こうだって最初から何もかも上手く行くなど思っていないだろう、
そうやって長期的に、しかも間接的な繋がりで祓いを釣り潰して行く作戦…!

「…守らなくちゃ…!」

葵に純粋な怒りの祓いが漲る、丘野も疲れかけた力に新たなエネルギーが湧くのを感じるが

「でも葵ちゃん、順番は守らないと、同じ事を繰り返さないためにも!」

その冷静な一言、今ここに弥生が居たら確かにそう言うだろう、
葵の祓いが怒りだけで無い冷静さ、気合いを織り交ぜて煌々と光り、

「そうだね! 急ごう!」

丘野の手を引いてスピードを増す。



その頃裕子は疲れ果てていた、到着が僅かに遅かった分既に取り憑かれて
悪魔化していた人々も多かったし、慣れない投網祓いで既に限界近かった、
途中から蓬が大崎を連れ援護に入り裕子に特にヤバいヤツの指定をしたことで
幾らか楽にはなった物の、事態の収束にはまだ遠い!

蓬は既に悪魔化した者には薙刀の柄の部分で一打与えてからの直接祓い、
多少の殴る蹴るは容認と言うことで大崎も恐怖心が先に立ちつつも
弱らせた上で蓬か裕子が直接祓い、と言う形を取っていた。

救いは光月が限界近いながらもジワジワ亀裂を縫い上げつつある事で
もうほぼ大した悪魔は降りてこられず、それに呼応するように
青い亀裂も狭まりつつあったことだ、それだけが救いだった。

そんな時に凄いスピードで百合が原方面から葵と丘野が参じ、
養護学校をまず陣地化し、あいの里教育大駅前のスーパーや銀行、医療大を含む一角を
渾身の力で陣地化、そしてその中に更に療養域を展開する!

「おねーさん! もう少しだよ! 頑張って!」

葵が裕子に触れると葵の力が裕子にも流れ込んでくる!

「…ああ…有り難う御座います、裂け目の位置からして茨戸(ばらと)川や石狩川近辺は
 ほぼ大丈夫だと思われます、とにかく線路沿いに近く少し湾曲して居りますので
 篠路や拓北辺りの方も…既にあやめさんが警官と共に奮闘しておりますが…」

「判った! まずおねーさんは少し息を整えて!」

葵が裕子を療養域に連れて行きながら丘野が

「「それでも」先ずは周辺の公園などを私は陣地化します、葵ちゃんはまずこの一帯を!」

「うん!」

「丘野! じゃあ私と大崎さんはどうする!?」

「二人はまだ余裕ありそうだね…、拓北に向かって! 祥子ちゃんが篠路の方を固めてる!」

裕子は換えの弾倉から弾丸を13発全て抜いて大崎に托し

「どうかお願いします…!」

「わ…判りました! あんま銃上手くないっすけど」

「大崎さん、「目でロックした相手に当てる」というイメージを強くしてみてください
 弾は…真っ直ぐ飛ぶとは限らない、とも…!」

「う…ウッス!」



祓いを持たない警官達は宙を漂う悪魔の浄化は出来たが、取り憑かれた人となると
そうも行かず、とりあえず柔道剣道他それぞれが知っている武道で相手を気絶させる事で
凌いでいた、幸いなのはそれで体から離れる悪魔も居ることでそうなると容赦なく
祓い弾で浄化出来るので、あちこちで格闘戦や時々銃声が聞こえた。

矢張りこう言う時に戦う手段を持ち、治安を維持する、と言う心構えのある警官には
なまじの悪魔は取り憑けず、とりあえず青い方の悪魔の手助けもあり、
(時に激しく衝突して対消滅のようにお互いが強い光と共に消え去ったりもした)
「なんとか」回っていた。

蓬たちも駆けつけ、また少し回転が速まった頃である。

数人のデビルマンが付近を破壊しつつ集結し、今だ彷徨う悪魔を食いながら
どんどん強力に育って行っているのが判る!
そして逃げ遅れた人などを「無意味に」襲っている!

「え…ちょ、ちょっとこれ不味いっすよ」

大崎がたじろいだ、かなり不味い相手だと言うことが判る、と言うことだ
しかし相手はデビルマン…元は人であったはず!

あやめが残りも厳しくなってきた祓い弾で「これ以上の捕食」を止めるのだが、
取り敢えず蓬は薙刀の「腹で」強く叩き付けると言う作戦のようだ…が!

まるでサッカーでもするかのようにその三人に蹴られ翻弄されながら
元々の立ち位置…あやめ側に吹き飛ばされた!
咄嗟に大崎がクッションになる物の、それでもかなりの衝撃!

「ちょ…よもぎさん!」

「わ…私はまだ…でも…強いオマケに三人…、私達だけでは…!」

そんな時に一行の後ろから

「撃て、ありゃ撃っていいヤツらだ」

振り向くとそこには市ヶ谷が

「来てたンすか!」

「そりゃ来るさ、目に見える対象もあるようだし…蓬さんをお前一人に任せられる訳ないだろ
 というか、警察の皆さんも、コイツらに「元は人間だ」なんて遠慮は無用ですよ」

躊躇無く市ヶ谷はその内の一人に集中して何発も祓い弾を撃ち込んだ!
流石にそうなるとかなり弱るデビルマンの一人!

「で、でも…」

「警部補、貴女はまだキャリアとして浅いし私らのような世界は縁遠いでしょう、
 ですがね、こういう世界に身を置いてるからこそ判る事もあるんですよ」

市ヶ谷は更にダメージを与えた一人に数発撃ち込む。
蓬が気付いた!

「もしかして…!」

「そう、ベースは「カラビト」ですよ、都合がいい、ちょっと掃除させて貰うか」

装弾最後の一発を相手の額に撃ち込むと蓬が情けなど無用と青い祓いの乗った
薙刀でトドメを刺し、そして散ろうとする悪魔のカケラよりカラビトの魂を優先し祓う!

「…! 確かにあれはカラビトの魂…!」

あやめが叫ぶ。

「ええ、私にゃこいつらが持つヨッパライが路面にぶちまけるもんじゃ焼き未満の
 臭いが鼻につくんでね、ヘタに生かして後で仲間引き連れて集団抗議とか面倒でしょ」

冷静にリロードしながら

「遠慮無く駆除させて貰いますよ」

また射撃を始めるところにあやめも加わった、そして周囲の警官にも

「構いません! 撃っちゃってください!」

「そうそう、ヘタに生き残られた方が面倒になる」

『なんて差別主義者だ! そんな風にヘイトをまき散らして日本市民にとって害悪だ!』

「うるせぇよ、日本市民ってなんだよ、ヘイトの塊が」

冷静に撃つ市ヶ谷に押されるように大崎もそれに加わる!

『こんな事市民が黙っていないぞ! お前達の顔は覚えた! 精々家族の…』

と言った頃、残り二体まとめて蓬がその首を横一線に二人ともはねていた!
そして銃弾の雨あられでその体が崩れようという時、別な住宅街から

『おっと…それ以上はちょっと困る…』

数メートルの大きな…これは…デビルマンじゃ無い!
周囲を破壊しながらそれは現れ、通りに出るのに辺り一面を噴き飛ばす呪文を使った!
その勢いは警官達含む後神会の三人にも襲いかかる勢い!


第一幕  閉


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