L'hallucination ~アルシナシオン~

CASE:TwentyFour

第二幕


瞬間去来する「死」の感覚!
しかしそのダメージはかろうじて駆けつけた裕子が範囲守りでギリギリ
今戦っている人々を守り、辺り一面が瓦礫の山と化す!

『ほう、中々やる…しかしお前も先ほどまで戦いに明け暮れまだ体調も万全ではないだろう』

そうしてその悪魔はデビルマンのカケラを食べてより大きく強力になりつつ
その手を瓦礫に中に突っ込みこそからもう怪我だらけで生きてるかどうかも不明だが
女性を一人、四つの腕の一つで掴み「人質」にして周囲の残りを吸収して行く。

荒い呼吸の裕子だがここまでの流れで何かを掴んだ。

「…最初から完成された強い悪魔を降ろすのではなく…
 悪魔合体の要領で降り立ってから何体か強力な悪魔を仕立てるつもりだった…!」

『…流石に私一人にまで削られるとは思っていなかったがな…
 思ったより強力に育っているようだが、それ…人質も居れば迂闊にも手は出せまい?』

「流石…破壊神…、日本に根差した神ではないからこそ…!
 インドラジット…でしたっけ」

あやめがそう言いつつ銃でなんとか狙いを付けてみるモノの
インドラジットはその銃口の動きに合わせて人質を持つ手を動かす。

そこへ四つの石が近辺を囲い、領域化する!

「丘野!」

蓬の側に舞い降りた丘野だが、その表情は厳しい。
矢張り無理に無理を押した上で人質までは如何ともし難い。

インドラジットが一向に向け武器を振るう!
大学生組三人で祓いによる防御を試みるモノの、矢張りもう弱っていて
警察やあやめ諸共薙ぎ払われる!

武器からの直接のダメージはないモノの、コンクリートなどの壁や道路に叩きつけられる!

市ヶ谷も流石に堅気さんらしい怪我人の女性が人質とあっては一緒に吹き飛ばされつつ

「カラビトを黙らせるには圧倒的な力…なるほど、その性根といい力といい桁違いだ」

そこへ葵が飛び込んでくるのだが、ある意味葵の祓いの気は目立つ、
振るわれる拳の先に人質を持ってこられると詰まって武器で瓦礫の方へ弾き飛ばされた!

「葵クン!」

瓦礫をかき分けながら葵はまだまだそこそこ戦える唯一の祓い人として元気よく

「だいじょおぶ! でも…! 人質か…!」

『こんな事でこちらの仕事が楽になるんだ、ある意味滑稽だよ
 創作物でなら人質ごと撃て! などという場面もあるようだが、
 今この現代日本、そうはいかないようだな、ハハハハ!』

そんな時葵に電話が入る。
インドラジットの攻撃を躱しつつ葵がそれに出ると

『住所、判ったぞ! 拓北駅少し南の拓北五の四の十三の…!
 篠路川のカケラ見たいのが時々通りの側にあるそころの…』

「ちょっと待って!」

『どうした?』

「それって…この辺り……!」

拓北五の半分ほど、一部拓北四の三、四の二、五の二も含んでほぼ瓦礫になっている!

「あ…ひょっとしてあの人質さん…でも女の人で似た感じの髪の長さとか…
 そんなことしか判らない…! 怪我もしているようだし」

『なんだ、相手は人質取ってるのか…チッ…やってくれるなぁ』

そのやりとりが聞こえた丘野が敢えてストレートに

「それは彼女ですか!? 敢えて何度でも利用するつもりで…!」

『さぁてな…あいつらが念入りに何かしていたようだし、そのつもりもあったようだが
 私にはどうでも良い事だな、私はその「彼女」と言うのを知らない、
 だが、そうか「そうかもしれない」んだな…、尚更好都合だ』

大宮珠代の生死も不明、避難しているのかも知れないし逃げ遅れたかも知れない、
今目の前の人質かも知れないし違うかも知れない、
何もアクティブな攻撃手段が浮かばず全員が悔しさを顔に滲ませた!

そして、インドラジットはそれを承知でニヤリと笑い裕子達に向かい三つ叉の槍を
構え、それを鋭く突き出してくる!

そんな時に、インドラジットの左側頭部と、人質を握る手に煌々と赤く光る
祓いの矢が直撃し、頭は半壊、人質を持つ手は切り離された!

一瞬の出来事だが蓬は最後の力を奮うように飛び出して薙刀で
人質を握り締める「指だけ」を祓いの矛先で切り取り、人質を保護しつつ
裕子と丘野が組んで領域+相手の勢いを逸らす動きで槍を地面に突き立てさせる!

愕然としたインドラジットの視線の先、テレビ塔の上に力を振り絞った光月が見える!

『おのれェェェェエエエエエエエエエエエエ!!』

そう叫んだ瞬間、インドラジットのボディが大きく下腹から胸辺りまでアッパーの要領で
しかも強烈な祓いが体を貫いて浄化の光になって行く!
葵の怒りの一撃だ!

残る体の破片もその時点で動ける警察や大崎、市ヶ谷の銃でどんどん散らされて行く。



振り絞った二つの祓いの矢を射た後、下級悪魔だろうそれが光月の右肩を後ろから
ナイフで貫き貫通し、光月が思わず左手で庇うように動かすが、余りに苦痛に手が回らない!

『ハハハ! 今のオイラならお前ごとき切り刻める! 切り刻んでやるゥ!』

光月は大きく息をしつつ

「この瞬間を…誰かが狙っているって思えなかったと思う…?
 シナリオは幾つか考えてたけど、一番簡単なので来てくれて良かった…
 ジャック・ザ・リッパー…私の右肩を刺した時に私は右肩には触れなかったけれど
 今貴方の首の後ろ、何がある?」

『オイラの首の後ろォ? 祓いも乗ってないようなおもちゃの弓だ!』

「そう、祓いを乗せなければね…!」

その時ジャック・ザ・リッパーはその意味を知った!
自分の首前に祓いの弓糸が…!

次の瞬間にはジャック・ザ・リッパーの首は刎ねられ弓に込めた祓いで浄化された!

「…とはいえ…」

光月が膝を落とし

「このままじゃここで気絶…いい的になるなぁ…」

崩れかけた光月の支えに入ったのは祥子だった!
怪我だらけだがそれでも光月の元へやって来たのだ

「あっちはもういいの?」

「葵ちゃんがまだ元気残してる、もう殆ど漂っている悪魔もないです、
 だからお先に離脱しましたよ」

「そっか…、上手くいったかな」

「私少し離れた篠路だったんですが、拓北の方で大きな魔がそれを切っ掛けに
 一気に攻められて浄化しました、大きいのはもう無いでしょう
 …少しここで休みましょうか」

「うん、いい眺めだね、ここ」

「はい…」

そうしてお互いの気を交換し合った。



その前後、瓦礫の中での話である。

『あなたは侵略魔との戦いの筈でしょう、何故こんな事に…』

『私はただ取り敢えず体になるモノが必要だっただけだ、相打ち覚悟の対消滅など
 真っ平御免だからね』

『でもそれで今この弱った体では…持ちません、三つ分の魂が詰め込めるほどには…』

『こっちもそっちも半ば融合…もうどうしようもないだろう、人間、一つだけ道がある』

取り憑かれた人間は瓦礫に埋まっていてかなりの重症ではあるが意識はあった

「なん…でしょう」

『君の体に同時に二つの悪魔が飛び込んでお互いがそれぞれ少しお前と融合してしまったが為
 このまま誰も譲らないのでは共倒れになる、そこで提案というのはだな』

『それは行けません、そんな提案は私としては…』

『ではどうする、人と悪魔の1:1なら融合も出来よう、しかし
 このようなキメラになると何が起こるか判らないよ』

「…私…生きていられるなら生きていたいなぁ…もっと…強くなりたい…」

『だが君が死なない限り私達は解放されない』

『やめてください、何か手はあるはずです、何か…』

「心の奥底にだけ潜ませてくれれば…私を全て捧げますよ、それでもいい、
 このままじゃまた色々な人に迷惑が掛かる」

『私はそれを断ち切るためにここへ来たのですが…』

『だがこの体、作り直さねば既に魔法でしか判らない刻印も刻まれている
 ただ乗っ取っただけでは繰り返しだぞ、誰がやったかまでは知らないが』

「私の体…そんなことになっているんですか」

『そう、私は魔術には明るい方でね、君は既にそのままじゃイケニエの身分なんだ』

『…判りました、私がこの体を作り直すことに全てを捧げましょう、
 私の力や成分はかなり弱まりますが、その上で貴女が乗っ取って融合してください
 それならば、私の目的はある意味達成出来ます、ただ…』

「如何したんですか…?」

『記憶から何からほぼ真っ新になります、貴女も私も
 そしてかち合ってしまった彼女も全てをやり直さなければなりません』

「やり直すって…赤ちゃんから?」

『いや…、力や技、そう言ったモノを時間を掛けて「思い出す」というか
 再習得しないとならないんだ、何しろ記憶はほぼ消去されるからね
 …それも無理かな、「新しい誰か」になるんだ、何もかもやり直しさ』

「…」

瓦礫に埋まった彼女が考えて居る、瓦礫の向こうでは凄い騒ぎになっているのも聞こえる
あれもある意味自分が呼び寄せたのだと思うと彼女は決心した。

「やり直しましょう、いえ、やり直させてください、このままじゃいけない」

『本当にそれで良いのですね』

『その場合メインで取り憑くのは私になる、人間をベースに私の成分が濃くなるが…
 …まぁそれも忘れてしまうのだけどね、それしか三人とも助かる道もないというなら
 それも何かの定めなのかも知れない』

「私はこれを逆に…チャンスだと受け取りました、お願いします」

『…ではまず、私が貴女に溶け込んで全てを作り直します』

『ある程度行ったら私が融合した君たちを包み更に融合しよう』

「お願いします」



事態が収束しつつある、あちこちで火災も発生していたことから消防も出動しており
上野も勿論そこに居た。

「そろそろ詳しいこと教えて貰わにゃならんなぁ…こんなのいったい如何すればいいやらだ!」

部下の東も訳が分からないままとにかく消火活動や救助活動に勤しみ

「もう僕には追いつきませんよ、とにかくやる事をやらなくては…」

「ああ! そりゃ勿論だ、だがGWの学校とかでなくこんな広い範囲を悪魔というのか?
 そんなのが荒らし回ってあの人達が事態の収拾に回っているんだろ?
 こっちもこのまんまじゃ収まりも付かないぜ、まったく」

「それは確かに、そうですね…信じられなくとも実際目の前にそれが起こっているわけで…
 とにかく、僕はあの平沼橋って子が指定した避難所の方に救助した人を送ります」

「そうしてくれ、拓北四から五の駅南方面の捜索はこのままじゃだめだ、
 自衛隊やレスキューにも出動要請を俺が掛ける!」

「はい!」

そうして上野が連絡も終わりに差し掛かった頃だった、
被害の確認をと電話しながら拓北駅南口付近から更に南下しようと道を歩いていた時
脇道からデビルマンなのだろう悪魔が血しぶきを上げ飛び出してきたと思ったら
その体が揮発するようになくなって行き祓いとは違い何もかもが雲散霧消して行く。

上野がそれに思わず固まっていると、その奥から返り血を浴びたと思われる
全裸の女性…受ける印象は弥生に近いのだが、何かが決定的に違う。
混乱しつつも、その少し背の高く細身で有りながら出るところは出ているような女性が
しかも何か茫然自失としていてふらふらと通りに出て来た。

人…ではあるようだが…上野は混乱しつつ、取り敢えず全裸は不味いと駆け寄り

「あなたは…! 生存者の方ですか!?」

茫然自失とした女性は生気の失せかけた虚ろな瞳で上野を見て

「ああ…そう…なるのかな…」

風呂か何かに入っていたのだろうか?
にしては返り血以外何も浴びた形跡もない、取り敢えず着る物を…と探すものの
自分の着ているモノも色々な装備付加状態なので迂闊に貸してあげられない。

「あの…貴女のお名前は?」

その問いに女性はゆっくり通りを見回しまず目に留まった表札から

「木下…」

そして次に

「真美…」

あからさまに適当に名乗っただけだが、この女性に何かがあって
少なくとも記憶が喪失、或いは混乱していることだけは間違いないと確信し

「大丈夫です、今保護しますから!」

とばかり言った頃、通りの向こうから裕子が飛んできた。
彼女も相当疲労しているようだが、なんとか呼吸を整え参じた、という感じで。

「…先ほど…、ここに魔の感触があったのですが…」

上野が裕子の問いに応え

「さぁ…何があったやら、いきなり血しぶきと共にこちらへ出たと思ったら
 ふわっと消えてしまったモノで…あ、それより、生存者のようなのですが
 どうも記憶が混乱しているらしい、あと…何か彼女に着せられるモノありますか」

上野は身長が181cmと結構高いのと体格や服装などでほぼ隠れて見えなかったが
返り血を浴びた女性がいる。

「…その方は…」

裕子が駆け寄り、自分の上着を羽織らせつつ、「血の処理」を詞で行う。

「…この方の血ではないですね…怪我はないようですが…」

木下真美と名乗った女性は裕子を見た。

「…その…青い光を…知っているような気がする…」

身長は裕子より数センチ高い感じ、弥生よりは少し低い、が、受ける印象は似ている
虚ろながらも鋭くそして何もかもを見透かすような眼差し、
裕子は思わず赤面しつつ

「知っているって…でも…祓いの方では無いようですが…」

赤面した裕子を見て木下真美と名乗った女性も少し微笑み、そして崩れ落ちるように気絶した。
上野がビックリして

「あッ!」

「大丈夫です、何か…余程何か消耗していたようです、空っぽに近い…気を失っただけです」

「貴女方の稼業を知るような発言がありましたが…」

「ええ…でもこの方は祓いではありません、ありませんが…」

裕子が力を振り絞り、青く光る指で支えたその女性に触れ

「…確証はありませんが…「ただの人」でもないような…予感に近いモノですが…」

「デビルマンというヤツですか…?」

「…そうとも言い切れないんです…人なんです…なんですけど…」

「まいったな、何処へ収容すればいいやらだ」

「そういう事なら…心当たりの病院を知っておりますので、安心して他の作業へ
 移行してください、この方のお名前は…」

「それが、記憶が混乱しているからなのか、そことそこの表札から「木下真美」と…」

「…なるほど、取り敢えず仮名としてこの方を収容します、わたくしが連れて行きますので」

「お願いします…あ、それでですね」

「なんでしょう?」

「これ一昨年のGWどころの騒ぎではありません、もう私も部下達も
 理解も何も追いつかないのですよ、全員にとは言いません、私と代表だけにでも
 詳しいことをお教え願えないでしょうか」

裕子は少し考え

「…判りましたわ、近いうちに…少し遠回りになってしまいますが
 確実に記憶に刻まれる形で、祓い人とは何か、何と戦っているのか、
 その現状、今札幌がどう言う立場に陥っているのか、全てお教え致します、
 ただ、結構纏まった時間が掛かりますので一日二日の時間を空けて置いてください」

「何かこう、要約して数時間とかには…」

「出来ないのです「全てを理解して頂くには」少々お時間を頂きます」

「…そうですか、判りました、追って連絡はします!」

「はい、お疲れ様です!」



騒ぎから三日ほど経った。
隠しきれることではないのに余りに非現実的な出来事に大半に人々は
むしろ現実から目を背けるように事故からの集団ヒステリーだったと言うような
感覚に、直接被害者に近ければ近いほど思いが強くなった。

「優ったらなんで一人で闘ってたのさ、一緒だったら良かったのに」

見舞いに来た代表で里穂が真っ先に口を開いた。

「いや…ウチ拓北だしさ、みんな百合が原から篠路だろうから穴になるかなって」

確かに、里穂や中里君は百合が原の一つ札幌側の太平に住んでいるし、
南澄も篠路なので、「集合地点」として百合が原の桜ヶ丘学校は確かに目安だった。

「でも誰か呼べば良かったろうよ、祓いがあるったって俺達まだ
 そんなに強いわけでもないんだし、裕子さん達も疲れ切って実際今綾瀬は治しきらなくて
 入院してるんだしさ」

駒込君も口を開くと南澄も頷いた。

「うーん…後は橿原さんが来てくれたのも大きくて」

そう言われると「ああ、そうか」となる。

「でもやっぱり、連絡くらい欲しかったよ」

葵がそう言って、優の手足のギブス(釣っては居なかった)に優しく触れる。

「御免ねぇ、私里穂や南澄とは光も違うみたいだし、なんか自分のやり方
 見つけないと不味いかなぁって思っちゃったんだ」

そこへ南澄が

「そう言えば…里穂と私は四條院系かなって光だけど、優は十条系っぽい感じだよね」

「うん、今まで聞いたお話でも私初代本人とかに凄く感情移入しててさ…
 ああ、なんか燃やし尽くす勢いでやらないと開眼しないかなぁとか思って」

葵がそこへ心配そうに

「無茶だよ…、あの人達は大きすぎるよ」

「そーなんだけどねー、感じ入ったからにはそこに道があるかなーってねぇ」

葵の慈愛が優に感じる、傷が安らいで行く、勿論葵はそんな自覚はないし
優は一言もそれには触れず

「まぁあと何日かだよ、ノートだけ誰かとっておいてw」

急に学生気分に戻される、校舎移動となり制服もちょっと替わって
自分たちは高校生活をスタートして間もないのだと言うことを実感させられた。

因みに葵に理解の深い亜美は特例として現国担当として高等部で教鞭も執っていた。

そこへ裕子がやって来て皆が会釈で迎える。

「皆様本当に良くやって頂けました、わたくしももう振り絞って後一戦いけるかどうか
 と言うところまで行ってしまったので…綾瀬さん、今怪我を診ますね」

「あ、もうギブス外せるかもですよ」

因みに優はワケあり病院に収容された時には右手以外裂傷打撲傷に骨折にと
物凄い状態だった。
その容態を知っている裕子は「はいー?」と言いつつ祓いで経過を見ると
確かに思った以上に回復している。
優の力量も上がっているがそれだけでは追いつかない、不思議に思いかけるが
「友達に心配し寄り添う葵」がそのギブスの上に手を掛けている。
しかし、葵は別に祓いの力は行使していない。

『どういう事なのか判ってもどうか黙っていてください』

裕子専用チャンネルまで開いて優が裕子に語りかけた。

『…よいのですか…?』

『いいんです、私は「今この状態で」みんなと共にあって、
 葵には笑っていて欲しい、それだけなんです、弥生さんも滅びたわけではありません』

『…判りましたわ、かなり強い覚悟…受け取りました』

『むしろ早く弥生さんに戻ってきて欲しい、教わりたいことが沢山あるんです』

『それは同感ですわね…意味や範囲は違えど…』

裕子はそれでも使える力を使い

「…確かにあと一日二日と言うところでしょうか、申し訳在りませんが
 他に入院している後神会のお二人にも用がありますので、余り強く力を使えません」

「気にしないでください、いい経験でした、死にかけた時に湧き出す心や力
 みんなには悪いけど、すこ~し先行かせて貰ったよw」

そこへ里穂が

「でもやっぱ無茶だよ、今度はなるべく一緒に行動しようよ」

「そうした方がイイよ」

葵も続いたことで優も笑って

「うん、そうする」

そこへ裕子が荷物を幾つか持っていたのだがその一つを優に渡し

「祓い人の食欲の差は大きすぎて測りにくいと竹之丸さんも仰っていましたので
 どうぞこれ、作ってきました、足りないようであれば食べてくださいね」

それは裕子お手製の弁当、おおっとみんながどよめく
その味は知っている、とても美味しいのだ。

「うわー、有り難う御座います! ちょっと足りないかなってマジ思ってたんで!」

優が喜んでそれを受け取り、夕食のタイミングで一緒に食べると言った。
そして病室をみんなで出て廊下にて中里君が

「後神会の人も入院してるんですか?」

「ええ…もうこちらもギリギリという時には警察の方々を含めた全員を守る程に
 力も出せませんでしたので…」

そこへ、偶然にも幾らか包帯巻いて点滴を吊しながらではある物の大崎が通りがかった。

「あ、裕子ちゃん、市ヶ谷さんっすか」

「市ヶ谷さんもそうなのですが、大崎さんの方は…もうそろそろ退院出来そうですわね」

「いやぁ、流石上司と言いますか、インドラジットでしたっけ、ヤツが
 全員なぎ倒すって勢いの時前にいた裕子ちゃんや蓬さん達はどうしようもないとして
 あの人俺を庇ってくれたんすよね、あんな状況で、とことん男ですね、あの人は」

裕子はにっこりして

「そうですわね、伊達に№2ではないと言うところでしょうか」

「んで、俺は怪我はもうほぼ大丈夫なんすけど、山手先生に
 「ひょっとして何かがどうか変わったか」っていう検診で今終わったとこです」

「それはそれは…でも実戦に出られたのです、少しずつでも
 積み重なる物はあるはずですわ」

「そっすねぇ、ただやっぱ焦ってもしょうがないっつーか
 そこは実際に生きて経験重ねないとダメなんだなって市ヶ谷さん見て思いました」

あのお調子者も今回のことでだいぶ人生振り返る結果になったようだ。
裕子は益々微笑んで

「それでいいのですよ、あんな大規模な事件…起こって欲しくはないですが
 蓬さんや丘野さんにも公職適用時証明書発行されましたので、
 これからは小さいことからコツコツと機会も増えるかも知れませんよ」

そこはお調子者のサガか

「いやぁ~なるべく少ない機会でヨロシクって感じッスよ、じゃあ」

大崎とすれ違い、市ヶ谷の病室へ向かうと市ヶ谷はちょっと元気が無さそうだった。
ベッドは半分起こしているものの、いつもの押し黙った雰囲気ではなく、
明らかに憮然としていた。
裕子の入室に気付いて

「あ、どうも、裕子さん」

「どうされたのです? 怪我は酷かったですが上半身起こせるくらいにはなりましたか」

「ええ…蓬さんが流石にあの次の日は無理として二日前からここに来て色々と…
 「これも修行だから」と…お陰様でだいぶ楽ですよ」

そこへ葵が

「その割には何か不満そうだけど…何かあった?」

いかん、顔に出ていたか、と市ヶ谷はその表情を振り切りつつも、

「いえ…病院食というヤツはやはりこう…物足りなくて…」

市ヶ谷の食い道楽から来る不満だったようだ、裕子を含め高校生組の頬が緩む
そこへ裕子が荷物から更に一つ、

「蓬さんからそれとなく聞いて置いた物を作ってきました、
 確かに内臓疾患とかでは無いのですから、量も含め物足りですわねw」

市ヶ谷はただの食い道楽でもなく、結構食べる人でもある事は弥生から受け継いでいる。

「え…いやいやいや、そんな勿体ない…」

「何を仰有るのです、あの場に貴方がいなければ余計な苦戦を強いられていました
 経験から来る「カラビトの気配」見事としか言いようがありません。
 叔母様の神社に関する無茶などもだいぶ聞いて頂いていますし、
 色んな意味でのお礼と、あと事態収拾のため警察の方の回復を優先したお詫びです」

割と量のあるその包みを受け取り匂いは余り漏れないようにはしているのだが
市ヶ谷はそれに鼻を近づけ眉間にしわ寄せながらもうっとりした表情を見せた
「匂いだけでこれはもう美味いと判る」というモノローグさえ聞こえてきそうだ。
益々皆の頬も緩む。

「頂きます!」

しっかりとした口調と出来る限りの姿勢で頭を下げ、市ヶ谷は弁当を受け取った。

「市ヶ谷さんも後一日二日ほどだと思いますので、英気を養っておいてください」

嬉しそうに包みを見ながら

「いやもうこれさえあれば…」

本当に食べることが大好きな人なのだ、稼業は少し怖い所の人だけど
その人間性は決して歪んでは居ない、大崎も言ったけれど、この人は男なのだ。
裕子は少しだけ怪我の様子を祓いで診て後押しをして処置をしつつ

「本当に、完全回復とまで行けないのが申し訳在りませんが」

「いえいえいえいえ…、まぁ流石に悪魔相手ってのはそれなりの人生でも初めてでしたんで
 ちょっと私にゃぁキツいですが、出来る限りのことはしますよ。
 弾だけは、宜しくお願いします」

再び市ヶ谷がその姿勢で出来る限り頭を下げると、裕子も綺麗にお辞儀をして

「お任せください」

病室を出て、高校生ズは帰宅するという。

「今日はボクが夕飯作るから、おねーさん帰り何時頃になる?」

「んー、これから竹之丸さんのところに顔を出したり…ちょっと読めませんが
 食事の時間には戻れるように調整しますわ」

「ん、判った」



「やー裕子、来たね」

「はい、あの、「彼女」どうですか?」

竹之丸は裕子にこれから説明するためのデータを呼び出したりするのに色々操作をしながら

「そっちは、健康状態的にはほぼ問題ない、ただ…これを「面白い」と言っては
 悪いのかも知れないけど…「彼女」…本当に言葉や自分の性別くらいしか憶えてない
 色々質問しながら脳波やら色々測定もしたんだけど、完全に一部
 「機能としては保ちつつそれを積み直さなくてはならない」状態だね
 …そして彼女は…あの地域には存在しない事が警察や消防の調べで判った」

「大宮さんは…」

「行方不明だね、まぁ行方不明者もか成り居る…既に餌食に為ったりして…
 ただ…瓦礫から彼女の血は採取されたし、インドラジットの登場と暴れたので
 とばっちりを受けたことは間違いないのよね、でも、どこにも居ないのよ
 「その瓦礫周辺にいたはずなのに消えた」としか言いようがない」

「そうですか…」

「…で、丁度その瓦礫の近辺から現れた仮名「木下真美」の血も調べたけど
 見事に他人、他人なんだけどそれだけじゃなくて…ここからが本題だね」

「矢張り「彼女」には何かあるんですね」

裕子がこれから何が語られようと驚くまいという覚悟を持ち、右手を固く結び
胸の上に置いた。


第二幕  閉


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